脚を全力でしならせて草原を駆け回る。俺達はこんなにも草原を歩いていたのか? スライムのせいなのか?
「食われたくねぇ! 早く仕留めてくれよ!」
「私が潰したのは私から見て右目なんだよね。言い難いんだけどそもそも狙いにくいのに……」
あぁ、そういう事か。角度的に無理ってことだな。右手にアンジュの顔がないとダメなのか。
「狙いにくいと言ったな?」
「うん、横向いては無理だよ」
「狙いやすくしてやるよ」
左手でアンジュを起こし、引き寄せる。同時に右手でずり落ちないように腕で座れるように下に手を回した。
「ちょ……もしかしてエッチじゃない? わざと?」
「狙いやすいかどうかだけを言え」
「答えなさい! 本当は触りたかったんだよね!」
「どうでもいい」
勝手にふてくされるのはいいが、俺をあの世に道連れにしてふてくされるのは滅入りそうだ。
「答えるまで撃たないもん!」
こういう時にめんどくさい女だな!
「凄く良い体ですね……」
「そんなに言うなら仕方な……そんなとこ触っちゃダメぇ……」
俺は腕で太ももを触ってるだけだと思うんだけどな。
「どうでもいい」
実際良い体とは思うが、胸が貧相。いわゆる貧乳の部類とか言ったら本当に撃ってくれなくなる。
「そんなに魅力感じないわけ!? 早く鉄針持ってきて、片目潰す所か突き刺してえぐるから」
「可哀想に」
八つ当たりにされる恐竜キングが哀れで仕方ない。
「悔しいけどすごく撃ちやすいんだよね」
「良かったな」
撃った時に有りもしない胸が倒れてきたが、乗り出して撃ったほうが撃ちやすいのだろう。
「だからね、一撃で決めるから」
俺の毛という毛が僅かに逆立つ。アンジュは電気を体に宿している事が微かに伝わる。
針を装填し、数分の沈黙が流れた。恐竜キングが咆哮しながら追いかける音だけ辺りに響く。
一瞬の閃光が発射された瞬間。
『パルスライフル』
僅かな感電音が嘶いた。射出された鉄の針は、音を時間を置き去りにして目標を貫く。誰も気づくことは出来ない。
敵の慟哭だけが唯一の証拠。
「グォォ! グッ!」
完全に目が見えなくなった恐竜キングが自暴自棄に走り出す。さっきとは違うかなりの速さだ、やはり街を狙っていたのかもしれない。
「潰される!」
一か八か、俺はアンジュを抱えて右脚で草を踏みしめる。全力で跳躍したヘッドスライディングは恐竜キングをなんとか避けることが出来た。
着地は当然の様に、俺が背中から着地する。衝撃でポーションが砕けたのか、痛みは感じなかった。
「シンク、大丈夫?」
アンジュが心配してくれる中、横目で恐竜キングが深そうな水源に飛び込んだ事を確認した。
「お前こそ、草原の泥で汚れてねえよな?」
俺のクッションが役に立ったのか、靴すら汚れていない。
「汚れくらい心配しなくてもいいのに……」
「そんな事より、だ」
俺は勘違いしていたのかもしれない。
『ここ何処だ?』
そう、俺は恐竜キングが走る方向に逃げるように走ってしまった。もし、その逃げた方向が街じゃなかったら?
「分かんない……でも無事で良かったよね」
「通りで街につかないはずだよな」
街についても困るから助かったとも言えるかもしれない。だが、俺達が走った距離は相当だろう。
まだ草原の区域に居るとしても、スライムの代わりにゴブリンと狼が蔓延っている。ゴブリンでキツいのに勝てるわけがない。
――真面目に詰んだ、そんな考えが思考を支配し始めていた。
「ギルドに就いてるのにこんな事も考えれなくてごめんね」
確かにクエストを何回も見て受注したであろうギルド職員が、他のクエストの強敵に遭遇する可能性を考えれなかったお前が悪い。
それを責め立てる事は出来ない。何故なら、それを真っ向から倒せない俺がもっと悪いからだ。
「今日はお前がVIPだな」
立ち上がり、座り込むアンジュに手を差し伸べる。
「ありがと」
立ち上がったアンジュの足を一気に攫う。驚いた時にはもう俺の両手に収まっていた。
「きゃぁっ……離してよ!」
「わかった、悪かったな」
下ろして街の方向を考える。多分逆方向に行けば帰れる気がするが、体力的に嫌だ。
「二択ある、来た道を帰るか近い街があると信じてその辺をブラブラ」
「私あの街しか知らないんだよねー、別の街行ってみたい!」
ペンデュラムとかいうあの街か。
「夜までにつかなかったら死ぬのと、確実にスライムしかいない場所で野宿出来る。どっちが良い?」
「夜にドラゴン会えるかなぁ」
「おーい、寝惚けてるのか?」
こんなに走って遭遇してないなら、相当先だろうな。
「草原って聞いたのにまだ会えてないなって思ったの」
「ドラゴンが出会い目的のお前は嫌だとよ」
「会えなかったらシンクに拾ってもらうし」
「ドラゴン、必ず出てきてくれ。来た道を戻るぞ」
幸いにも恐竜キングの足跡がくっきり残っている。草が潰れてたり程度だが、参考にはなる。
他愛もない話をしながら、ゆっくり歩いていく。疲れからか走る気もしなかった。
「辺りの警戒を怠るなよ、そして……」
「分かってる、エーススライム見つけたら叫ぶよ」
「安心だな」
鉄針を渡しつつ、ツーマンセルで見回りする事にした。アンジュが前を歩き、俺が後ろ歩きで付いていく。
1時間は歩いたと思った時、変な静けさに包まれた。気づいたのかわからないが、アンジュが立ち止まってこんな事を言い出した。
「疲れたー、逃げた時みたいに抱っこ欲しい〜」
絶対背負わない、背負うわけがない! 無視に決まってる。
「……」
「無視は酷いよ!? おんぶで良いから」
背中に飛び込まれても気にしない。気にしたら負けだからだ。
「びっぷ……」
「そういう訳で抱っこしてやったのに離せと喚いたのは誰だっけな」
頼りすぎはマジでやめて欲しい。むしろ俺がこの世界生まれのアンジュを頼りたいのに。
「逃げる時だけ背負ってやるよ」
その時は攻撃しながら逃げるヒット&アウェイ戦法が出来る。
「……今こそ逃げるタイミングだと思うよ? ねぇ?」
「んなわけ――」
俺が振り返るとそこには無数の毛むくじゃらな四足歩行の犬が群がっていた。まさに狼だが、幸運な事にゴブリンは見当たらない。
「なんで居るんだ?」
「臭いじゃないかな……」
静かだったのはコイツらが現れたからなのか分からないが、数は10を超えている。
『アンジュ、水を浴びせてやれ!』
扇状に囲むなんて、狼も知恵が浅い。俺には雷と海水を扱う女が居る事を教えてやる。
「逃げたいんですけど」