「海水の使い方を教えてやる」
俺は右腕を左から右へ振る。
「全体的に水を浴びせるんだ、しないと負ける」
「えーめんどくさ」
「背負ってやるから」
「びっしょびしょにしてあげる!」
チョロい。どんだけ歩きたくないんだこいつ。
両手に魔法陣を宿したアンジュが腕を大の字にして、仰ぐようにクロスを描く。
描く間に放たれた大量の海水は、狼が当たる事もなく草原を濡らすだけだった。
「ちゃんと濡らせよ!? 何やってんだ!」
「勢いが足りなくて避けられたみたい……あはは」
誤魔化しが効かないアンジュの乾いた笑み。もし当たっていたなら、即座に雷系で感電死させてる所だったのに。
地面から電気が伝うなら水に濡れた所を増やす作戦が使える。敵は幸い水に警戒していて動かない。
――逃げるべきか戦うべきか。俺は確実に戦力にならない、ポーションはあれど囮が精一杯だという自覚がある。
だが、武器を振るうしか強くなる方法もないよな。
『剣槍斧』
右手から吹き出る粒子が武器に変わる。僅かな痛みが胸に響いた。
「鉄針は一本しかない、自衛手段だと考えた方がいい」
針を投げ渡し、合理的に攻める作戦を考える。
剣槍斧は運がいい事に剣のような持ち手が端についているだけで、他は刃だ。リーチは前だけじゃなく全体にある。必殺技で纏めて消せる可能性がある。
「雷をアイツらの後ろに落としてくれ、俺がその間に一撃で仕留める」
「絶対だよ?」
俺の攻撃がミスしない様に魔法で驚かせて、その間に仕留める寸法だ。
「俺が武器を振る少し前に落としてくれたら良い」
「もう発動できるよ」
頼もしい限りだ。絶対口では言わないけどな。
剣槍斧を片手に大きな一歩で狼達の眼前に立つ。着地した瞬間にはもう、体は後ろを向いている。このまま、流れにまかせて体と武器を左から右に振れば回転斬りになる。
若干振りにくいが、アンジュにタイミングを合わせてもらう為だ。
そこから振り払うまでが俺の短い最強の時間。
「今だ!」
「雷霆の管轄ね、『フォルゴーレ!』」
痛過ぎる詠唱の後、放たれるベストタイミンクの魔法。狼は何が起きたのかわからずに、音の方向から後ずさるように俺に近寄ってしまう。
感覚的に10体は切り倒せる範囲。後は全力で振るだけ。
『ライフブレイカー』
地面を踏みしめ、左から右へ戦況を切り開く斬撃を放つ!
白い粒子の残り香の後、痛みが走る。
「クゥゥン……」
ポーションを掲げて砕きながら、倒した数を確認した。プレートをかざして吸ったソウルは6体。
4体は陽動をもろともせず、容易く避けたという事だ。これは冷静な強さを表していた。
「どれかがリーダーってことか……」
まだ9体は残っている、どうするべきだ?
群れならリーダーを倒せば連携が崩れるはずだ。見分けがつかない様にしているって事は相当の知性かもしれない。
「ギルドに務めてるんだろ! こいつの特徴とかわからねぇのか!」
「実は分かんない……」
「冗談はやめろよ」
ゲームじゃギルドでクエスト受けるとそのモンスターの特徴とか一言教えてくれるぞ? 普通の魔物くらい知っててもいいんじゃねえのか。
「冗談じゃないよ!」
言い合っている間に前線に立つ俺が狼に囲まれてしまう。アンジュが援護出来ないように3体くらいはアンジュの前に立ち塞がっていた。
「『フレイムランス』やっぱり軽い方が使いやすい」
即座に飛び交ってきた1体を槍で弾いた時、連携するように2体目が急に視界を包む!
「当たるわけねえだろ!」
2体目に槍を振った瞬間の隙を付かれ、後ろに激しい痛みが走る。背後には血濡れた爪を剥き出しにした狼。
「いっつ……」
まて、これは最高のタイミングじゃねえか。
「アンジュ! 俺目掛けて魔法を浴びせろ!」
「わか、あっ」
「その後即座に雷を撃て! 俺の事は気にするな」
アンジュは狼を槍で追い払いつつ、準備を始めた。俺はそれまで死なない様に抵抗をするだけだ。
「足はマジでやめてくれ! これからあの女々しい奴を背負うんだぞ!」
言った瞬間、狼が噛む力を弱めてくれた気がした。まるで同情するかのようにアイツを見つめていた気がしたが気のせいだろう。
狼に文句を垂れつつ、群がる1体に槍を突き立てる。偶然当たった時を逃さなかった俺は白いオーラを即座に纏わせた。
『ライフブレイカー』
「キャンッ!」
遅れて光った狼を見つつ、噛みつきを槍の持ち手で阻止していく。
「魔法まだか」
「もうちょい!」
同時に詠唱をしているとしたら仕方ないだろう。まだ我慢出来る……。
そう思った矢先、俺の左腕が不意を突いた狼に噛まれてしまう。
「はぁ!?」
キリキリと噛み付かれた場所から広がっていく痛み。二の腕が暑くなってえぐれていくのが見える。
「痛てぇ……ぐろ……」
槍を捨ててまで腕から引き離すのはナンセンス過ぎる。なら、槍を捨てて……能力を使うべきだ。
「魔法行けるよ!」
「狼も濡らす勢いで俺を濡らしてくれ!」
「えっいいの?」
「早くしろよ!」
確認するアンジュに怒号を浴びせた直後、魔法が発動して水が降りかかる。
俺は当然のように濡れ、俺に意識が逸れていた狼はずぶ濡れだ。
塩水が傷口に強く染みて背中と腕が痛くて堪らない。消毒液を塗るとかの比じゃない、塩を塗り込んでいると錯覚してしまう。
それでも俺は二の腕を噛んで離れない狼より、ポケットから取り出したポーションを呷る。口を付けて飲むのはいつぶりだろうか。
「『ジュピターバレーノ』行くからね!」
「相変わらずカッコイイ言葉だな」
「それほどでも」
アンジュが言い終えた直後、俺の近くが大きく光る。光の割に聞こえない音が雷を意識させた。
刹那、辺りの狼の苦しそうな慟哭。俺に噛み付いていた狼でさえ、吹き飛んで狼狽しているのがわかる。
「アォォォ!」
「アォ! ォォグ!」
泣き止んでぐったりした狼は死んだ順から消えてソウルに変わる。それをアンジュのプレートが吸い取っていた。
「あれ、なんでシンクはピンピンしてるの?」
「知らない」
多分ポーションを使ったからだろうな。回復している間に雷を受けたからダメージすらも凌駕して回復して、痛みを運良く感じなかったんだ。
だって今更力が抜けていくんだぜ。
アンジュが2体の残った狼を雷と鉄針で倒し、俺が倒れる前に白い手が支えになってくれた。
意識は途切れない、ただ衝撃が今更襲ってきた感じ。痺れた感じが気持ち悪い。
「いつも俺だけ倒れてんな」
「終わってから倒れてるじゃん」
当然だろ、運んでもらう前提だからな。
問題はここから。本来なら歩き始めるべきだが、アンジュが俺を背負うわけがない。待機するか置いていくかだろうな。
でも、アンジュの膝枕がずっと続くならもう死んでもいい気がした。
『私の事女々しい奴って言ったよね? どういう意味?』
俺は体が動かない事を心底恨んだ。