「なんだ?」
手に取ってみると確かな重みを感じる。手のひらに収まる程の四角い何か。
ピンク色でキラキラしているが、裏面は何かのパネルを嵌め込んでいる部分が見える。しかし蓋がされていて中を伺う事は出来なかった。
「――鏡、自分の顔見たいって言ってたじゃんか」
「ああ、そうだな。助かる」
早速開いて自分の顔を確かめ始める、傷一つない綺麗な壁が俺をありのままに映し始めた。まるで俺が前の世界で使っていた様な使い心地。
「おお……本当にありがとな……」
初めに目を引くのは銀髪より白髪寄りの白い髪。確かにこんな髪じゃ銀髪より夜は目立つ。
瞳は赤、だが深みを帯びた色。アンジュとはどう違うだろうか。
「なあ、こっち向いてみてくれないか?」
「終わったの?」
振り向いたアンジュと肩の距離を詰め、なるべく頬を近づける。
「何よ……」
「目の色見たくてな」
2人で映った鏡には、赤なのに全然違う赤をしていた。
「こう見ると赤は赤でも違うんだな。お前の方が良い色してやがる」
「シンクも深みのある色してるじゃん」
アンジュの瞳は曇りが一切無い透き通った明るい赤。湖の水だったら底に光を通してしまいそうな程だ。
対して俺はどうだろうか、曇ってくすんだ黒い赤は光を閉じ込めてしまうそうだ。まるで闇が潜んでいるような。
一通り確認して鏡を閉じると、アンジュに返した。
「ありがとな……貴族だったのか?」
俺の顔は悪くは無く、普通に輪郭が揃っているというくらいだ。普通より僅かに輪郭がいい顔。微妙だな。
「実はね。嘘ついてたわけじゃないんだけど」
馴れ馴れしい貴族っていいと思う。
「貴族とか気にしない」
俺は背を向けたアンジュに背を向ける。無意識に体はベッドの端に寄っていた。
「気にしないでもっと頼って」
結構頼ってる気がするんだが、俺が『おんぶして』とか頼むのは論外だと思う。
「どうして? 俺は女に頼る事はあんまりしたくない」
「いつも死なない様に頑張ってるじゃん」
何日も旅してる感あるけどまだ一日目だぞ。でも俺は、否定をしない男。
「そーだな」
「だから、危険な時以外は頼って欲しいなって思ったり……」
「どうでもいい、配慮しなくていい様に強い女になってから言え」
俺は目を閉じた。
「ちょっと!? 流石に肯定的してくれても……あっまだ話は!」
「……」
「あの、実はトイレ一人で行けないんだよね……付いてきてくれたり? ほんっっとにおねがい、これは真面目に……あっ漏れ」
「分かった! 行ってやるから! そんな泣きそうな顔は……嘘だろ……」
コイツがマトモじゃないレベルで馴れ馴れしく、誰にでも好きと言いそうで身勝手自由奔放なのは分かっていた。
俺がコイツの正体を知るのに時間はそうかからなかった。
鳥がチュンチュンと嘶く朝。アンジュはうつ伏せで顔を埋めて寝ていた。
何故なら、彼女の人間としての尊厳を0.1%、ほんの僅かだがこのベッドの染みに捨ててしまい、ズボンを洗顔で洗っていた。
途中でライトとかきて染みを即座に発見、アンジュがあまりにも可哀想なので『俺って童貞だから女と寝ると一人事を致しちゃうんだよな、処理しきれなかったわ』と言ったら冷めた目で俺を軽蔑しながら部屋から消えてしまった。
俺が洗っていたわけだが、洗い終えて寝たのに俺の方が起きるの早いってどういう事だ。泣いてたにしても起きるの遅くないか?
ふと隣の回復職が入ってくる。
「ノックしろよ」
「おはよ童貞」
「おはようございます、童貞さんっ!」
「うわぁ、アンジュの前でだけはやめてくれ」
ガチで頼み込んで金額の2倍を払えという約束までさせられたが、アンジュに調子乗られると精神的に辛い。
「しっかし、ヒーラーは朝が早いんだな」
軽く化粧を施しているのか、昨日の寝る前より若い印象を受ける。
「早く起きて日光浴する決まりなんだわ、これが辛いのねーわかる?」
「ですです」
「それが分かるんだな俺は。朝起きたら支度して毎日隣の街で商いを学ぶんだぜ」
「同士ねー、童貞の癖して理解のある奴かな?」
「おい、ヨシヨシはやめろ。なんで小さい癖にブレイバーも低いのに撫でられなきゃなんねえんだ」
ちなみに俺が4で2人は3である。
「童貞くんは努力してるって事ですよね? ライトさんっ!」
「童貞よしよしかと思って」
まあいい。話を逸らすべきだな。
「そんな事より、貴族っていうのは長時間寝るのか?」
「寝ますね。面白いことにこんな逸話があるんですよ」
「聞く前に君の名前を聞きたい」
「クロスです」
「いい名前だ」
教えてくれた逸話によると、貴族は寝る時間が比較的長いという。理由としては働く意味がなく娯楽もせずに寝る人が過半数を超える。
つまり、ゲームがないニートだな。
しかし、この国のお嬢様、王女は格が違った。そもそも部屋から出てこないという。
出てこない理由は諸説あり、脱走したり寝てたり色々あるらしいが有力なのは己の魔力で冬眠している説。
んなわけあるかと突っ込んだが、食事も取らないで反応もしないもんだからそう信じ切るしかないという。
鍵は常に閉まっていて開けられることも無ければ、開けることもない。
姿は一般的には公開されていないらしい。まさに箱入り娘、籠に入った鳥か。
つまり、ヒキニートだな。
「ニートじゃん」
どう見てもニートだろ。
「ニート? 何それ? まあいいけどさ、私達の上でのうのうと暮らす勝ち組が貴族ってわけ」
「羨ましい限りです」
その時、ドアがコンコンと鳴る。アンジュは幸せそうに布を抱きしめていて、顔は見えないが幸せそうに寝ているのだろう。
『入りまーす、新聞でーす』
世界の情報を見るのは初めてだな。