「やめろ、嫌な予感しかしない!」
「大丈夫ですから」
「やめ……てください」
「名前はどうしますか?」
手を掴まれたまま、俺は口ごもる。笑顔とは言い難い不敵な笑みになんとか打ち勝っている所だ!
「はっ! 名前を言わなければ勝てるな」
「名前は雪乃下そめごろう……っと」
「待って! お願い!」
「5秒だけ待ちます」
そめごろうはダサすぎる。でも、本名って案外珍しい的な扱いになりそうだな。
「名前は……メイドさんってなんて名前なんだ?」
「もう5秒経ちますね、雪乃下熊五郎にしときます」
「体売るから名前ぐらい最初に聞かせてくれよ! お願いだ!」
「適当にプレート見てください」
ポイっとカウンターテーブルに投げられた銀色のプレートには。
――『見本太郎』と書かれていた。
「見本じゃねーか! 最初金色だしそんな気がしてたけどな!」
「雪乃下猿次郎49世にしときますねー」
「えっそんな……待ってくれよ!」
なんとか説得して猿次郎は止めてもらったが、結局は本名に決まる事は無かった。
「49世から10回くらい繰り返しましたね」
「いい加減メイドさんが名前を教えてくれたら、だな……」
「メイドじゃなくて、アンジュです」
「アンジュさん……」
「さんも要らないので、私がもう決めますね」
「嘘だろ? おい!」
アンジュの白い指がキーボードをカタカタと叩き続ける。未だに片手で拘束されていた俺は近づく事も出来なかった。
「はい、出来ました」
「まともな名前で頼むぞ……」
俺の新たな名前?が、読み上げられる瞬間。俺は今か今かとアンジュの口元にばかり視線が行っていた。
『無剣聖魔王雪乃下シンク=ザラ《今宵は光に抗いシ者》』
唱えられた名前は俺より痛かった。
「あああ! 痛すぎる!!」
「どうですか? 最初の名前からストーリー繋がりで進化してるんですよ、聞きたいです?」
「痛すぎてどうでもいい! 今宵ってどこ指してんだよ、自分か? 空か?」
「比喩です」
「うるせぇ」
俺は今もってる全力の力で、アンジュを揺さぶっていた。
火事場の馬鹿力は存在するらしく、動じなかったアンジュがぐわんぐわん揺れている。
「ここで取引です。このエンターを押せば本当に決まっちゃうわけなんですが……あっ」
――カチッ。乾いた音が俺の焦りを落ち着かせる。
「今なんて言った? おいまさか」
「……シンク様、プレートが完成致しました」
アンジュは申し訳なさそうに顔を引き攣らせつつ、黒いプレートを人差し指と親指で摘んで持ってきた。
俺は容赦なく奪い、名前を確認する。
「あはは……プレートは黒にしたんですけど、変えれますよ」
無剣聖魔王という白い文字の名前が見えた辺りで、プレートをカウンターに置いた。
「名前変更は?」
「冒険の書を改名する事は出来ません、あしからず……無理なんですよねー」
「……」
色々どうでもよくなってきた。猿次郎とかよりマシだしな。
「名前やらせたし、俺は体を支払わないってことで」
「冒険者にはクエストが必要ですよねー!」
「その手離してくれ……くっなんだよもう」
「身の安全的に私の話を聞いた方がいいと思うんです」
引き戻された俺は、プレートに照明の光を与えて輝く姿を吟味していた。
「マトモな理由があるんだよな?」
そう言えば、メイドギルドと普通のギルドがあるらしいな。しかもすぐ近くに。
武器屋に騙された気がして、大きなため息しか出なかった。
「シンク様のプレートと、私の本当のプレートを見てください」
「ようやくか」
慣れない名前に応えつつ、金と黒のプレートを並べてみた。
「……名前は隠さなくてもいいんじゃないか?」
「ダメです、私の機密情報です。そんな事よりこのチートを見てくださいよ」
「チートってなんだよチートって」
アンジュのプレートには無くて俺だけにある枠、それがチート枠だった。丁寧にチートって名前の下に変な名称が書かれてる。
「本来なら能力って書くんですけど、能力がない冒険者が『強すぐる!』『ズルすぐる!』『卑怯すぐる!』とか言い出して皮肉ってチートって呼ぶらしいんですよ」
チートは直訳するとズルらしい。
俺の枠に書かれている内容は。
「ライフブレイカー、ライフオーダーか」
「もう一つありますよ?」
「え、無いだろ? 見えてるけど俺はないと思ってるんだが」
俺は現実逃避をする主義だ。マイナスな能力なんて認めたくな――
『ポーション中毒者じゃないですか!』
「声が大きい」
「後輩よ! 見てください! この人ポーション中毒者だって!」
「おい、待て! カウンターから手を出せないからってつけ上がりやがって……」
アンジュは他のメイドに俺のプレートを掲げながら消えていく。入ろうかと思ったが、誤解を招きたくないのでやめた。
「ふー、楽しかった」
「そうか。俺は全然楽しくなかったな」
「そんな事より、後輩から聞いたんですけど」
「なんだ?」
アンジュの銀色のポニーテールが真面目にゆさゆさ揺れる。悔しい事に意識を奪われた感覚に襲われた。
「……って聞いたんですが、本当ですか?」
「え?」
「空から落ちて死んだかと思ったらポーション飲んで、知らん顔して立ち去ったって聞いたんですけど」
「ポーションって回復すんの?」
嘘ってこういう時に使うんだろうな。