目前に現れた赤い竜の咆哮は草原を揺るがし、俺達を迎えていない事は確かだった。
耳を塞がなければ聴覚は焼き切られてしまう。
「アンジュ、ちゃんと髪は纏めてるか? 焦げさせられても知らねえからな」
「最初からポニーテールなんですけど」
「銀色だから炭になったら辛いなー」
「たしかに辛い」
言ってるそばからドラゴンは羽ばたき、戦わずして勝とうと風を巻き起こす。吹き飛ばすつもりなんだろうが俺たちは強くなっている。
「あっシンク! ドラゴンブレス来るよ!」
言われて意識して見てみる。確かに口元から炎がチラリと見えていた。
「マジかよ……草原燃えちまうぞ……」
「グォォォア!!」
ドラゴンの咆哮と共に放たれる爆炎の息。俺は無意識にアンジュを引き寄せる。
「きゃっ」
しゃがませて、覆うように守る。背中が焼けても俺はポーションで回復できるからな。
何秒も続いた炎の息は、辺りを燃やし尽くしていた。そんな事よりアンジュだ。
「……」
珍しく何も喋らない。
「髪は……一本も焦げてねえな。守れてよかった」
ドラゴンに怯えているのか分からないが、安心させる為に頭をポンポンと撫でて、乱れた前髪を整えてやる。互いのサポートは必要不可欠だ。
「顔赤いな、大丈夫か?」
「別に……ありがと……」
俺カッコ良すぎだろ。
そう思った時には視界に燃え盛る草原ではなく、天井が広がっていた。
あれ? 夢見てたの俺? あれはどう見ても現実だろ!
「くそ……だな。正夢になったら言ってやるわ」
「何が正夢だって?」
隣りにアンジュがいたのか。
「ここは何処なんだ?」
「メイドギルドの休憩所」
「そうか、助かった」
「ちゃんとありがとうって言ってよね」
「ありがとう、アンジュが居なかったらもうダメだった」
「素直なんだ……ねっ」
素直じゃダメなのか。女心と秋の空とはよく言ったな。
そう言えば、アレからどうなったのか聞いてみたんだがちゃんとポーションを砕いてギルドまで背負って来たらしい。
意外に頼もしいな。
「死んじゃうかと思ったのに……ポーション飲ませた瞬間体温が下がったんだよねー」
「へ?」
やっぱ勘づかれるか。アンジュが飲ましてくれるまで意識が持ったら良かったのに。
「ねえ、本当はポーションで回復……」
「するわけないだろ?」
「嘘でしょ」
起き上がっていた俺を枕まで押し戻したアンジュが、馬乗りになってまで拘束してくる。
「嘘じゃない」
「じゃあ……!」
アンジュは腰から小ぶりのナイフを引き抜き、俺の手の甲を切りつける。僅かな痛みがズキズキと響いた。
「何しやがる!」
「試してあげる」
ポーションの栓が良い音を立てて引き抜かれる。
そして、ポーションが俺の口に運ばれていく。抵抗もせず飲むことにした。
女の子に飲まされるなんて美味しく感じるだろ! しかも馬乗り、胸騒ぎが収まらない。
飲み終えた後、俺の手の甲につけられた傷は血を残して塞がっていた。
「……ほら」
「回復しようがしまいがどうでもいいだろ?」
「どうでもいいけど……」
アンジュの顔が僅かに曇る。何かを悟ったように。
「どうして嘘をついたの?」
強引にドラゴン退治を約束させた奴に責められるなんてな。
「バレたら俺を犠牲にする前提で提案してきそうだからだよ」
曇った顔から、僅かに口が開いた。図星だったらしい。
「そんな事しない、逃げる時は2人で逃げるもん」
「当然だろ? それよりいつまで俺の膝に乗ってるんだ」
いつの間にかパーティーみたいになってるよな。可愛い女の子と2人きりってなかなか無いから噛み締めておこう。
「あっ……ダメ、?」
「どうでもいい」
「そんなにどうでもいいの……」
乗ってても気にならない、降りても別に気にしない。乗ってくれてる方が嬉しいのは確か。
アンジュは椅子に戻っていた。
「あのゴブリンは、草原によく現れるのか?」
「よく現れたりしないけど、野草採取に来たりするらしいね」
5体の鬼が武器持って綺麗な実とか集めてるなんてギャップが激しいな。
「遭遇、したくねえな」
「偶然チームに遭遇しただからそんなに強くないと思うよ?」
「普通に2体同時に攻撃してきたら死んでたわ」
「うぐ……同時は確かにキツイかも」
やっぱ他のクエスト受けるとか仲間集めるとかした方が良いんだろうけど……しないんだろ。
「クエストの掛け持ちはどうだ?」
「しちゃう……?」
「しろよ、出来るなら最初からそうするべきじゃなかったか?」
「うん……」
しょんぼりするアンジュは気にしなくてもいいな。
「クエストどんなのあるんだろうか」
「行ってみる?」
時間は窓から伺える明るさ的にまだ大丈夫か。
「そうだな」
ベッドから出て、靴を履いた時に気づく。俺の服が泥と血に汚れた姿から真新しい洋服を来ている事に。
革で出来た肘と膝を守るように隠すプロテクターはかなり助かる。
パンツはトランクスに変わってやがる……もしかして着替えさせて何食わぬ顔で馬乗りになったり?
「アンジュ、聞いてもいいか?」
「なに?」
「……やっぱいいわ」
「変なのー、早くしてよね」
皮と頑丈な草で出来た小綺麗な紐靴を忙しなく履いて、彼女の後を追いかけた。
メイドだった姿は何処へ、私服姿で受付をするギルド店員がそこには居た。
メイドギルドは今日も人が居ない。機械の整理券売り場みたいなのもかなり無駄に見える。
人が溢れ返ると予想したメイドギルドも、このアンジュみたいな問題人材を避ける事は出来なかったらしい。
「なんなの? その、哀れむような目は」
「哀れだなぁってな」
「私はこれで満足してるし! ギルドって公職なんだからね」
お前じゃなくてギルド……なんて口が裂けても言えない。
「お、結構面白そうなクエストがあるよ」
「ほう? 気になるな、嫌な予感しかしないが」
『草原の恐竜キング現る! だって。面白そう』
『学習しろ』