男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!   作:takker

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第十二話 はじめてのけいごにんむ

「こちらが朝日様専用のハザードマップですわ。危険度に合わせて青・黄・赤でわけてありますので、目をお通し下さいませ」

「あの……これ青い場所って、家のある壁に囲まれた区域以外には……ほんのちょっとしか無いんですけど?」

 

 朝日が困惑の表情を向けてくる。が、五月としては想定の範囲内。

 なんせこの朝日専用ハザードマップ、青表示が最も安全度の高い区域だが、家を除けば、男性専用施設と商業施設の一部にしか設定していない。

 

「ええ、これは『現在の(・・・)朝日様専用』と言うことですわ。その……はっきり申しますと、朝日様は殿方としての危機管理意識が、かなり欠如されておれられますの。ですので、慣れるまではこちらでお願いしますわ」

 

 しばらくは万全を期したい。その気持ちもこめて朝日に説明する。

 もちろん、慣れてくれば青や黄色の区域を拡大するつもりだ。

 

「うっ、そうかぁ……。でも仕方ないですよね……お任せします」

「ご理解いただけて何よりですわ。それでは、本日は(わたくし)が朝日様の身辺警護担当。深夜子さんと大和さんは、私服で周辺警護担当になりますわ」

 この一言に朝日が敏感に反応した。

「えっ? みんなでいっしょに行かないんですか?」

 聞けば朝日にとって身辺警護とは、五月ら三人が常に身の回りを囲んでガードしているイメージだった。

「朝日様……いくら護衛と言っても、過度な殿方の拘束は許されませんの」

「あれだ。男性の権利だのなんだのって、うるせぇヤツが多いんだよ。そのくせ何かありゃ、全部俺たちの責任だけどな……」

 

 現実はそうはいかない――『男性権利保護委員会』通称"男権(だんけん)"。

 行政機関の一つで、男性権利を守る為の行政委員会である。

 この手の組織は独立した権限を持っており、そして例外なく面倒くさい。

 朝日が疑問に思った件もまさに一例。警護官による身辺警護は、男性に不要な圧迫感を与えてはならない。と言う条令がある。

 指定区域内では、確実な危険が伴わない限り男性の近くに警護官は一人のみ。

 以外の警護官は、男性が圧迫感を感じない程度に距離を置かなければならない。

 男性の権利を守ると言えば聞こえは良いが、実にダブルスタンダードな条令で梅が愚痴るのも仕方ない。

 

「え……と、僕は構いませんから、みんなでいっしょに歩きませんか?」

「……そういう訳にはいきませんの。Maps(われわれ)もいくら警護対象(朝日様)が良いとおっしゃられても、守らなければならないルールがありますわ。それに、家の中と違って外には人目もありますので……」

 五月としても申し訳ない気持ちが先立つが、ここは朝日を(さと)すしかない。

「あっ……ご、ごめんなさい。初めてみんなと外出できると思って浮かれてました……」

 

 朝日の残念そうにしゅんとした表情を見た瞬間、五月の脳内が沸騰する。

 やだもう、いじらしい。

 

「ああっ、そんなっ、そんな悲しいお顔をされないで下さいませっ! 朝日様は何も悪くありませんわ。大丈夫ですの、朝日様には(わたくし)()ついておりますわ! ですので、何もご心配なされずに――そう、例え世界の全てが敵に回ろうとも、五月だけは(・・・)朝日様の味方ですのっ!! それにすぐに慣れますわ。いえ、慣らせて見せますわっ、この――あうっ」

 勢いあまって演説調になりかけたところで、五月の後頭部に衝撃が走った。

五月(さっきー)、謎理論アピールはそこまで」

「んなっ? なんですっ……て、あら深夜子さん」

 

 背後から手刀を落としてきたのは、復活の深夜子。

 朝日に言い寄っていた自分への不満か、はたまた逃避した己の不甲斐なさへの憤りか、不愉快そうな鋭い視線を送ってくる。

 

「こほん……しっ、失礼しましたわ。それでは――」

 

 気を取り直して五月は必要な説明を終える。

 

 こうして、四人は春日湊で最も大きな商業施設がある地区へと移動を開始した。

 

◇◆◇

 

 ――現地到着。

 

 初の警護任務となる本日。最大の目的は朝日の服を購入することである。

 現在、朝日はこの世界に転移した時の服しか所持していない。つまり学生服のみだ。

 下着など最低限の手配はあったが、それ以外は現地調達になっていた。

 

「んと、朝日君。最初は好きにお散歩して、五月(さっきー)とあたしたちがついてくのに慣れて」

 

 まずはMapsを連れ歩くことに慣れてもらうために、と深夜子が自由行動をすすめてきた。

 

「あ、うん。深夜子さん、梅ちゃん。よろしくね」

「らじゃ」

「まかせときな」

「んじゃ五月(さっきー)、梅ちゃん、インカム準備」

 

 朝日は離れていく深夜子と梅の背中をみつめる。

 よろしくとは言ったものの、心中には多少なり不満が残っていた。

 そもそも、今日はみんなとお出かけして楽しく買い物をする。これが自分の想像であり理想だった。

 ところが現在、側にいるのは五月だけ。しかもバリバリのスーツ姿で、雰囲気は完全にお仕事モード。

 深夜子と梅に至っては会話すらできない距離である。

 なんだかなぁ……と思っていると、そっと五月が側へと寄ってきた。

 

「朝日様……やはり、ご不満ですか?」

「えっ? ……あっ、ご、ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃなくて……」

 しまった。気持ちが表情に出ていたのだろうか? 朝日は恥ずかしさに少し顔を伏せた。

 

(おっふおっはああああっ! 可愛い! 可憐! 健気! 今すぐに抱きしめて、たっぷりと慰めて差しあげたいですわっ、朝日様――ハッ! いっ、いけませんわ五月雨五月! ここはしっかり、しっかりとしなくては)

 

 何故か目を見開いて、動きがしばし停止する五月。もしや、困らせてしまったのかと朝日は焦る。

 

「あの……五月さん。どうかしましたか? もしかして怒って――」 

「おりませんわっ、まっっっったく、怒ってなどおりませんわ! ともかく、朝日様のお気持ちはわかりましたわ」

 反応すると同時に、五月が鼻息があらく迫ってきた。

「え……あ、はい」

 勢いに気おされるも、少しは歩みよりを見せてくれそうな気配に安堵も感じる朝日であった。

 

◇◆◇

 

「――そそそそそそれでは、参りましょうか。ああああ朝日様」

「えーと、あのー、五月さん。どうして手をつないでいるんですか?」

 これは何事? 朝日は困惑する。出発にあわせて五月が手を握ってきた。

「そっ、それは、その朝日様のご要望に……お答えを……」

 自ら手をつないできたわりに、顔を真っ赤にして挙動不審な五月だ。

「んー、要、望?」

 

 みんなでいっしょに楽しく買い物がしたい。とは思ったが、これは何か方向性が違う気がする。

 それでも、不器用ながら五月が自分に気を使ってくれているのはわかる。

 ふと昔を思い返せば、一番上の姉と五月の姿が重なる。

 そう言えば、よく姉はデートと称して自分をあちこちに引きずり回したものだ……そして、朝日はとある事(・・・・)も思い出した。

 

「あのっ、朝日様。けっ、けけけ決してやましいつもりなど無く……そう! そうですわっ、道にっ、この不確かな地で朝日様が道に迷わないように、と。(わたくし)としましては――」

 

 あたふたとしている五月の右腕を、朝日はすばやく左腕で絡めとる。

 そのまま手を取って、軽く指を交差させた。

 

「へっ…………はいいっ? こっ、ここここここれは? あ、朝日様?」

「そうですよね。せっかく、五月さんは僕の近くに居てくれるんですから。これくらいはいいですよね?」

「ふへ? いい? あああ、そ、そう……よろしいですけれど――えっ? はっ? あっ、あああ朝日様から……(わたくし)に!?」

「昔、姉さんがよくこうしろって言ってたの思い出しました。ふふふ」

 

 これまた深夜子同様、五月が知るよしもない朝日の過去。

 彼の姉は自慢の美少年(おとうと)を連れまわす時、手をつないだり、腕を組んだりと、中々の溺愛ぶりだった。

 そして、そんな懐古の念にかられた朝日に遠慮はなし。

 先ほど軽く指を絡めた手をきゅっと握りしめる。俗にいう恋人繋ぎ完成である。五月さんやったね!

 

「ちょぉおおおおおっ!? そっ、そそそれは、朝日様の指と五月の指ががががが、か、絡みあって? はわあっ、手っ、温かっ、柔らかっ……ちょっ、ちょっ、ちょ――――」

 

 五月の視界が純白に染まる。

 先日のダメージ(チクビ)が完全に抜けていないから?

 否! 万全だったとしてもこれは無理だ。

 朝日との恋人繋ぎ。恐ろしいまでの多幸感に脳がしびれる。

 からめられた指、握りしめられた手、下半身の力がごっそりとそこに吸い取られていく。

 

「あふんっ」

 

 その場でとろけるように五月は崩れ落ちた。

 

「あっ、あれ知ってる。合気道の達人とかが良くやるヤツ」

「いやちげぇだろ!? それより朝日のヤツ何考えてんだ。あれじゃ警護もくそもねえぞ? つか、次回担当俺じゃねえかよ……耐えれる自信ねえぞ」

 とんでもない光景を目の当たりにしてしまった。深夜子と梅がそれぞれの感想を口にする。

「ぐっ、それにしてもなんたるうらやま! なぜあたしは今日担当で無かったのか……」

「お前が決めた順番じゃねえか? って、お前あんな状態で警護できんのかよ?」

「三十秒なら耐えれる」

「意味ねえだろ? それ」

 

 いまだに警護開始地点から1メートルすら移動できていない朝日様ご一行であった。

 

◇◆◇

 

「――朝日様……大変な失態をお見せして申し訳ありませんでしたわ」

 

 なんとか腰砕け状態から回復した五月は、ずれた眼鏡の位置を修正してから謝罪する。

 

「今度こそ、この(わたくし)が、五月雨五月が、朝日様のご要望にできる限りお答えして見せますわ」

 などと口に出してはみたが、朝日と恋人つなぎ(あの状態)で警護任務をやりとげる自信などまったく無い。

「その……さすがに手をおつなぎして……と言うわけには……ちょっと、ゆきませんが……」

 だんだん言葉の歯切れが悪くなっていく。

 

 本音では、手をつないで歩くという誘惑に、それはもう心が揺らぎまくる。

 しかし、本日はスーツ姿。さらに自分は二十三歳、朝日との年齢差もそこそこ。学生服姿の美少年と手をつないで街中を歩きまわる……。

 冷静に考えたら、青少年犯罪真っ最中の絵面にしか思えなかった。無念。

 

 最終的な妥協案として、朝日の隣に並んで歩き、会話などに応じる形で決着がついた。

 

(今日はここまでが精一杯! それでも、いつかは、いつかは必ず実現させてみせますわ……)

 

 ――やっぱり手はつないで歩きたいんですね。

 

「え? 五月さん、今何か言われましたか?」

「ひいっ!? い、いえいえ。ひ、独り言ですわ。ささ、朝日様、それでは参りましょう」

 

 ごまかし半分、そそくさと歩き始める。

 それから街中を進むことわずか数百メートル。やはり朝日は恐ろしく目立ってしまった。

 

 確かに春日湊に住んでいる女性たちは、一般地域と比べて男性を目にする機会はずいぶん多い。

 だがしかし、道行く女性とって朝日は初めて目にする絶世の美少年である。

 

「ちょ、ちょっと、ちょっとちょっと? 何あの子……可愛すぎるんですけど?」

「ありえない……あんな男の子がこの世に存在するの? ……してるわね」

「どうなってんのこれ? 美少年ってレベルじゃねーぞ?」

 

 朝日の容姿に驚愕し、すれ違いながらガン見するものたち。

 

「何あれ……映画の撮影? ……特殊メイクじゃないの? ――ぐはぁ」

「天使……天使が歩いてるわ――ぐはぁ」

「ふつくしい――ぐはぁ」

 

 朝日に目を奪われ、電柱やガードレールなどに激突するものたち。

 

「警護担当うらやましすぎだろ常考(じょうこう)

「く、Mapsか、エリートか……爆発しろよ。ちくしょう」

「担当の女、ちょっと顔がいいからって……あっ、ただし美人(イケメン)に限るってヤツね……うん、死のう」

 

 どす黒い怨念を込めた視線を、五月へとぶつけてくるものたち。などなど盛りだくさん。

 だが、そんな視線にさらされても、五月はまったく気にならない。否、気にするどころでなかった。

 今この時、脳内は麻薬的な優越感で支配されていた。

 過去の警護任務で、確かに羨望の眼差しを受けていた経験はある。

 

 しかし、今回のそれ(・・)は全く異質であった。

 例えるなら、世界に一つだけしかない究極の宝石を見せびらかせながら歩く。そんな下卑(げび)た快感を感じてしまうのだ。

 なんせ稀にすれ違う男性とその警護官ですら、朝日の姿を見た瞬間に呆然となっている。

 ちょっぴり調子にのって街の案内を装い。朝日の肩に手を添え「さ、朝日様。こちらですわ」と、これみよがしに言ってみれば、怨嗟(えんさ)と嫉妬が混じりあった羨望が大量に己へと注がれる。

 これが実に心地好い。愉悦とはまさにこのこと!

 

「ふっ……ふへっ……ふへへ……ぐへへへへへ」

 

 無意識に表情がだらしなく崩れる。口からは出てはいけない笑い声がこぼれてしまう。

 

(じー)(じー)

「――――ハッ!?」

 

 遠巻きに深夜子と梅から発せられるジリジリとした視線が突き刺さり、五月はハッと我にかえった。

 そこで全身に寒気が走り、冷や汗が吹き出る。

 自分の心理状況を把握して戦慄した。

 これはMapsとして想定内の心理状態。教育の過程で理解し、影響されない訓練も充分に積んでいる。積んでいたはずだった。

 それがこのざま、五月は改めて朝日の規格外ぶりを認識し、心の中で自分を律する。

 

 今回はあくまで初外出、いわば練習回。こんなところで失敗はできない。

 五月の目標はあくまで警護任務(こんかつ)を成功させることなのだ。


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