男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!   作:takker

2 / 100
第一話 寝待深夜子は仕事がしたい

 寝待(ねまち)深夜子(みやこ)は男性保護特務警護官(通称Maps(マップス))である。

 

 男性保護省本庁舎、立派な二十階建て高層ビル。その五階にある『特務部警護課』の一室。

 深夜子の眼前には書類が山と積まれている。現在、それとにらめっこの真っ最中。

「ふああ……むう、今日も暇。それにしても、毎日ひたすら書類チェックして判子(はんこ)を連打。もはや判子の達人。どうしてこうなった?」

 あくびをかみ殺すと同時に、そんなぼやきが口をついて出てしまう。

 デスクチェアに背をもたれて、きっちりと切り揃えられたミディアムストレートの黒髪を左右へと規則正しく揺らしながら考える。

 こんな仕事をする為に、Mapsになったのではないと――。

 

 

『国立男性保護特務警護官養成学校』――競争率は常に千倍超(せんばいちょう)

 

 仮に合格しても、待っているのは在学中に半数が脱落すると言われる”地獄の教育過程(カリキュラム)”三年間。音に聞こえし公安職公務員養成学校である。

 深夜子はその狭き門をくぐり抜け、軍隊経験者ですら裸足で逃げだすそれを耐えぬき、見事卒業したのだ。余裕だったけど。

 

 しかし、自分の置かれた現実の前に、その過程はなんの意味もなさない。

 気を入れなおすために、ふんっと伸びをする。返す動きで机に向かい、再び大量の書類チェックを進めようとするが……。

 

「ん?」

 

 デスクの(かたわ)らに置いてある業務用スマホが呼び出し音を鳴らした。

 壁の時計をながめると現在十一時三十分。昼休憩の時間も近い。ひょいとスマホを手に取り、発信元を確認して深夜子は少し眉をひそめた。

 仕事が増えませんように、と願いつつ通話マークをタップする。

 

「こちら判子の達人」

『ふむ。今日のノルマを三倍にして欲しいのか?』

「大変失礼した。こちら寝待深夜子」

『やれやれ……まあいい。突然ですまないが、急ぎ私のところへ来てくれ。業務は中断してかまわん』

「ん、らじゃ」

 

 なんの用だろうか? まあ、仕事(ノルマ)の追加ではなかったのでよしとしよう。

 さらりと思考を切り替え、深夜子は鼻歌交じりにパンツスーツのポケットへとスマホをしまう。散乱する書類を束ね、処理中のタグがついた引きだしに手早くしまい込む。

 

 それからデスクワークで少しこった肩をほぐして席を立つ。

 エレベーターに乗りこんだあとは、軽く身だしなみを整えて準備完了。目的の階へ到着するのを待つだけだ。

 

 ――七階へ到着。

 

 しばし廊下を進み『警護課長室』の前で立ち止まる。

 明らかにノックが必要な場所、という思考は深夜子に存在しない。さらりと扉を開け放ち、ズカズカと部屋に入って声をかけた。

 

「はーい、呼ばれて飛び出て深夜子さーん! やっちー、もしや独り飯が寂しいから、今日はあたしとお昼をいっしょ――うごおっ」

 深夜子の脳天に衝撃が走る。背後から拳大の何かが頭頂部にめりこんだ。いや、間違いなく拳だ――鈍い痛みが頭に、鈍い音が脳内に響く。

「このアホ! 部屋に入る前にノックくらいはしろ。それと私のことは課長をつけてと呼べといつも言っているだろうが!」

 

 衝撃が残る頭を手で押さえながら、深夜子は振り返る。そこにはパッと見三十代前半。黒髪を後ろで束ねた大柄な女性が拳を握り、自分を見下ろしていた。

 身長166センチの自分より10センチ以上高く、一回り以上大きな体格。少し筋肉質な身体つきだが、出るとこは出ていて健康的なプロポーション。

 キリッと整った眉にわずかに下がり目で知的な雰囲気の美女。彼女の名は『矢地(やち)亮子(りょうこ)』。自分の上司であり、所属する課の責任者でもある。

 

 ちなみに、この世界の女性の平均身長は170センチ。男性は160センチである。

 何十世代にもわたって保護され続けてきた男性は、女性にくらべて身体能力も弱く、体格も小柄になっているのだ。

 

「失礼した。これは反省」

「はぁ……毎度のことだが、お前がS評価(ランク)で配属されたことがいまだに信じられんな」

 

 矢地はジトッとした視線を深夜子に向ける。毎度のことだが、何度注意しても少し期間があけばこんな感じだ。

 

「ふっ……逮捕術、格闘術、射撃術。三冠!」

 

 ならば! と言わんばかりに、深夜子は殴られた頭をさすりつつ残った片手でサムズアップ。

 己の優秀な学校卒業時の実績をアピールしてくる。まったくコイツは……。

 

「ああ、そうだな。史上最年少の十三歳でMaps養成学校に合格。実技はすべて首位、座学でも男性学は上位常連。だのに一般常識欠如のアホっぷりを披露して、現在警護任務(男性との)面接を十連敗中(・・・・)の寝待深夜子さんだったかな?」

「げふぅ! そ、それは言わないで……心に、心に来るから」

 

 せっかくなので皮肉(カウンター)を食らわせてやる。

 事実、深夜子はMapsとしての評価と現状があまりにもアンバランスなのだ。

 Maps養成学校では卒業の際、その成績に応じた評価がなされる。ランクは上からS、A~Eの六段階となっており、ランクが高いほど男性警護に着任できる確率が高い有利な職場に配属される。

 

 そのSランクが日々デスクで書類業務など、異常と言わずしてなんと言おう。

 

「まあ、それだけが理由……とは言わんのだがな」

 矢地はちらりと深夜子に目を(・・)合わせる。

「むう、あたしの目は生まれつき。いわゆる不可抗力」

 それは心外、と深夜子は口を尖らせた。

「うむ、それはわかっているさ――」

 

 と言ってはみるが、事実深夜子の目つきはとても怖いのだ。

 猛禽類(もうきんるい)を思わせる眼球に、切れ長で鋭い目の形。それがせっかくの細くキリっとした眉、整った鼻に少し薄いながら形の良い唇。

 すべてを悪い意味で引き立てる要素にしてしまう。

 

 スレンダーながらスタイルも悪くなく、総合的に見れば美人に分類される容姿なのにだ。

 まさに天は二物を与えず。いや、身体能力的に軽く三物以上持っている彼女。

 それゆえ天が調整をしたのではなかろうか? 真相を知るよしもないが、実に残念な話だと矢地は思う。

 

「――女性(われわれ)からすれば、見慣れれば問題ないとは思うのだがな」

 

 そう、女性であれば(・・・・・・)さほど問題ではない。それは深夜子も理解していることだ。

 ただし、男性目線の場合はどうなるだろう? 人の印象は見た目九割と言われている。

 

 この世界の男性は管理される側である。社会の運営は、常に人口の大多数を占める女性によって行われてきた。

 男性は権利が確立する近代社会まで、宝石や貴金属と同等であり、それでいて愛玩動物であり、はたまた性奴隷だったのだ。

 世の中では女性に対して、大半の男性が何かしら嫌悪感や恐怖感をいだいているのが現状だろう。

 

 矢地はふと思い返す。過去の深夜子と警護対象(だんせい)たちの面接は――。

『また機会がありましたら……』

『ちょっと、常にいっしょには……』

『この人怖いです……』

『何人か人を殺してますよね……?』

 ――散々な結果ばかりだった。

 

 何度かは面接の場を持たせようと、努力をしているらしい場面を見かけたこともあったが――。

『んー、でもあたしSランク(じー)』

『はうっ……で、でも』

『考え直したほうがいい(じーー)』

『す、すみません。ほんと……む、無理なの……で』

『ならば致し方なし!!(くわっ!!)』

『ひいぃーーーーっ、ゆ、許してっ、殺さないでーーっ!!』

『あれ?』

 ――このザマであった。

 

 あとで聞いてみれば『えーもーそんなー、あたしってば怖くないですよー(きゃぴるんッ)』と、深夜子なりに媚びて萌え萌えアピールをしたつもりだったとのこと。

 さすがにこの時ばかりは、無言で肩に手を置いてやるのが精一杯だった。本人はめげずに努力しているようだが、もちろん結果はお察しだ。

 

 そして、天に調整されたらしく深夜子にはもう一つ欠点がある。

 

「それで……その三冠の深夜子さんは、前回の面接がどうして失敗したと考えている?」

 回想を終え、矢地は話の続きとばかりに、顔をずいっと深夜子へ近づけながら質問を投げかけた。

「んー、警護対象(だんせい)と趣味があわなかったから!」

 てへぺろっ! と効果音でも入りそうな勢いの舌を出し片目(イラつく顔)で、深夜子がサムズアップを決める。

 

 これだ。

 

 矢地はこめかみに血管が浮かぶのを感じる。同情は憤怒によって塗り替えられる。

 流れるように右手を差し出して、深夜子の顔面をガッチリと捉えた。

 

「そ、の、ア、ホ、さ、加、減、がいかんと言ってるだろうがぁーーーっ!」

「ほぎゃあああああああああ! やっ、やっちーのアイアンクローはダメえええ。死ねる。それ死ねるからーーーっ!」

「課長をつけろと言ってるだろうがああああああ!!」

 ギリギリと顔面に指が食い込み、深夜子の頭蓋骨が音を立てて(きし)む。

「ふんげえええええ! やっ、ややや矢地(やっちー)課長。ギ、ギブ、ギバーーップ!!」

 

 この通り。空気が読めない上に、耳に余る言葉使い(口べた)っぷり。

 Maps養成学校時代でも対話、交渉など対人能力関連の成績は壊滅的だった。

 

 自身の外見にコンプレックスがあり、それを払拭(ふっしょく)どころか悪化させるコミュニケーション能力。

 これぞ負のスパイラル。

 改善させる努力はしているが、深夜子のマイペースに巻き込まれるのが日常となっている。本日も怒りのお説教へと続く矢地であった。

 

◇◆◇

 

 お説教タイム終了。

 

「で、――深夜子。お前を呼んだのは他でもない。本日付けで男性警護任務に着任してもらう」

「ふえっ!?」

 突然の言葉に深夜子は固まってしまう。矢地から差し出されたのは辞令の書類であった。

 

「聞こえなかったか? 本日付け(・・・・)で男性警護任務に着任だ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。