男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!   作:takker

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本日は二話更新します。


第四十二話 朝日を救え!看病大作戦!(前編)

「隊長。ま、さ、か、救急に出られるおつもりじゃありませんよね?」

 

 (ひいらぎ)の背後から声がかかった。

 ジトッとした視線を向けるのは、ふわっとした外ハネボブの黒髪に黒縁メガネ、丸顔で優しげな顔つきの女性。

 看護十三隊十一番隊副隊長鳴四場(なるしば)エミリである。

 白衣を着用し”拾壱”の文字が刺繍された、黒の腕章を身につけている。

 そして、何より目立つのは白衣からはみ出さんばかりの豊かな胸。体格は柊よりも小柄だが、痩身の柊とは比べ物にならないソレ(・・)の持ち主だ。

 

 後ろを取られ、少しバツの悪そうな表情をみせた柊だが、振り返る時にはすまし顔。

 スッと髪をかきあげながら、余裕たっぷりに答える。

 

「フッ……鳴四場。(やまい)に苦しむ男性が其処(そこ)()る。それ以外に理由が必要なのかね?」

 

 さも堂々と返す柊に、鳴四場は長めのため息をついた。

 

 それもそのはず。

 男性医療の頂点と呼ばれる『看護十三隊』。その隊長、副隊長ともなれば、それなりの役割がある。

 彼女らは、いかなる状況(・・・・・・)においても男性救急医療をこなせる、国にとって重要な存在だ。

 

 例え大地震の現場であろうと、戦場であろうと、極限状態で医療行為が行える強靭な肉体と精神。

 さらに患者(だんせい)を、そんな環境からでも守る力を兼ね備えていなければならない。

 

 つまり、彼女らが男性救急に動くのは、国から依頼された有事の時のみ。

 ――のはずなのだが、柊明日火にとっては目の前の患者こそが全てなのだ。

 長い付き合いの鳴四場はそれを知っているし、彼女のそんな部分を悪しからず思っている。

 

「…………移動用の救急ヘリは手配済みです。それから後日、総隊長に提出する始末書もですね」

「フッ……流石だな鳴四場。君が副隊長で――」

「何も出ませんし、始末書を書く手伝いもしませんよ」

 

 こんなやり取りも二人にはいつものことである。

 

「はいはい。それでは、皆さんちょっと失礼しますね」

 

 鳴四場は愛想をふり撒きつつデスクに向かうと、手際よく救急依頼データをタブレットに転送する。

 さらりと準備を終え、ただただ呆然としている栗源(くりもと)ら男性救急対応スタッフに見送られながら、柊と鳴四場は伝達室をあとにする。

 ヘリに乗り込み離陸。

 すぐさま鳴四場がタブレットを操作して、朝日の救急データを読み上げはじめた。

 

「神崎朝日さん十七歳。身長164.5センチ、体重54キロ。特殊保護男性で、過去の診療記録(カルテ)データはありません。症状から急性ウィルス性胃腸炎の見立て、意識はあり――あっ、現場からバイタルデータが飛んで来てますね」

「ほう、早いな……医療室の機能をきっちり使いこなせる者がそばにいるのか、それは重畳(ちょうじょう)――ん? どうした鳴四場」

 タブレットを見つめ、鳴四場が固まっていた。驚いた表情のまま口を開く。

「え……胃腸炎にかかった状態で……このバイタル数値? ……ほんとに男性……なの?」

「どういうことだ。どれ、見せてみろ…………ッ!? なんだこの数字は! ――ん? 神崎……朝日……はて、何処かで?」

 

「「…………」」

 

「「あーーーーっ!!」」

 

 二人の脳裏に男性健康診断時の悪夢が蘇る。

 この七月、看護十三隊始まって以来の失態を演じてしまった。それはもう、あとで鬼の総隊長からたっぷりと絞られたアレ(・・)(第十八話、閑話参照)の元凶。

 脅威の体力測定記録に、傾国の美貌、看護十三隊の中でも話題の絶えなかった彼だ。

 

「なる……ほど……結果的に我々が出て正解と()うことか……あれだけの美貌の持ち主だ。並の医師ではまともな診察になるまい。なあ、鳴四場……!? ……鳴四場?」

「た、隊長……ちょ、ちょっと思い出し鼻血が……」

 医療用ガーゼを数枚手に持った鳴四場が、ふがふがと鼻に当てている。

「おい、診察前からそれでどうする。むしろ二度失態を演じてみろ……二人そろって仲良く除隊モノだぞ」

「す、すびばぜん」

「まあいい、(たと)え誰であろうと、病に苦しむ男性には変わりない。いかに傾国の美貌と(うた)われようとも、私にとっては救うべき対象でしかない。行くぞ!」

 

 そうこう話し込むうちに朝日家(げんば)に到着。

 必要な医療器具を携え、意気込んで朝日の診療にむかう二人であった。

 

◇◆◇

 

 ――約一時間が経過。朝日の診療処置は無事終了する。

 

「あの……先生……大丈夫ですの!?」

「フッ……心配無用だ。輸血用パックは大量に準備してある」

 

 五月が心配する程度には、鼻血による失血を余儀(よぎ)なくされた柊たち。どうにも朝日の診察には、相当骨が折れたようだ。

 他にも、心配が空回りしていた深夜子が途中で暴走したりと別のトラブルも発生。

 だが、そこはさすが男性医療の頂点と言われる看護十三隊の二人。

 朝日の状態をうまく深夜子に説明して落ち着かせながら、朝日の処置も完璧に行った。

 現在は五月たちに処置後の説明をしている。

 

「さて、本来なら回復まで最低二週間はかかる疾患だ。しかし神崎君の場合は、そうだな……あと二日もあれば、医師(われわれ)の経過観察も必要なくなるだろう。全快まで五~六日と言った感じかな」

 

「「「…………ぷはああああっ」」」

 

 深夜子たち三人の口から、そろって空気が吐き出された。

 朝日の無事に安心して、安堵の表情、と言うよりは放心状態。口を開く者もおらず、柊はそのまま話を続ける。

 

「では念のため、私が彼の経過観察に二日程付き添おう」

「ちょっと待ってください隊長……今、なんとおっしゃいました!?」

 柊の一言に、鳴四場が即座に反応する。

「いや、経過観察にあと二日と言っただけだが……」

「ま、さ、か、後任の医師を呼んで交代もせずに、隊長自らが経過観察をするとおっしゃってる訳ですか?」

 ニコニコとしながらも、まったく笑っていないと感じれる器用な表情で、鳴四場が問い詰める。

「フッ……鳴四場。この私が一度()た患者を中途半端で投げ出すなどありえぬな」

「さっき明日の非番申請を出されてましたね?」

「うっ」

「ついでに、その後もう一日くらいならセーフとか思ってますね?」

「ぬっ」

 

 あれこれとやり込められながらも言い訳を続ける柊に、深夜子たちから微妙な視線が送られている。

 

(おい……あいつ絶対朝日のそばにいたいだけだろ?)

(ですわね)

(ま、気持ちはわかる)

 

 一安心した深夜子たちによる軽いやり取り、いつもの調子に戻りつつある彼女らだった。

 

 一方の朝日は、医療室で点滴と投薬が終わってから、自室へと運ばれる。

 少し強めの睡眠薬が投与されていて、今はぐっすり眠っていた。

 柊が最終のバイタルチェックをしている間に、リビングで鳴四場から深夜子たち三人へ、今後についての説明が行われる。

 

「それでは、夜間の看護対応説明をさせてもらいます」

 

 朝日はこの世界に肉親がいない。

 そのため、身の回りの世話はMapsたちの役目となる。

 夜間看護のチェック項目、客間に待機する柊たちを呼び出す必要判断の基準など、鳴四場がテキパキと説明していく。

 ところが、しばらくして突然表情を曇らせて口ごもった。

 

「最後は……その……貴女方にお願いするしかないの……ですが……問題と言うか……負担と言うか……」

 

 先ほどまでとはうって変わり、何故かはっきりとしない鳴四場。

 もちろん朝日の世話とあれば、それなりの自負がある三人。五月が真っ先に声を上げた。

 

「どうかなされましたの? 何かはわかりかねますが……(わたくし)、朝日様のためなら、例えこの身がどうなろうともかまいませんわ」

「あたしも、なんでもするって言ったよね」

「そうだぜ。俺らをみくびるなよ」

「あ……はい。そう言われますと安心ですね。では――」

 

 再度、説明が始まり……。

 

「「「きっ、ききき着替えっ!?」」」

 

「ええ、本日は睡眠薬も効いてますし、体調的にもご本人だけでの着替えは難しいと思います。神崎さんは通常男性より回復が恐ろしく早いので、間違いなく熱が出ますし、汗も相当かかれると予想してます。なので、お着替えが必要ですね下着込みで(・・・・・)

 

「「「し、しししし、したっ、したっ、下着込みぃ!?」」」

 

 あら大変。

 

 安易に想像できてしまう朝日のあられもない姿。

 三人とも動揺は隠せない。

 普段であれば――やったぜ大勝利の深夜子、冷静にして内心歓喜悶絶の五月、単純に恥ずかしい奥手の梅なのだが、今は事情が違う。

 

 病に倒れた朝日の看病なのだ。

 

 そんな神聖な行為に対して、性的興奮を覚え、あまつさえイタズラでもしようものなら『女性(にんげん)のクズ』トロフィー獲得間違いなし。

 では、冷静にこなせる自信があるか? と問われれば戦々恐々の三人。

 唯一梅だけは奥手で純情な分、多少は切り替えできそうな気配ではある。

 

「神崎さんの布団に敷いてあるマットから、こちらの計測器に発汗と体温が表示されます――って、ほんとに大丈夫ですか?」

 

 鼻息荒く、血走った目を爛々と輝かせる深夜子と五月。

 まったく大丈夫に見えない二人を心配する鳴四場であったが――そんな空気を打ち破り、突然リビングの引き戸が勢いよく開いた!

 

「話は聞かせてもらった! 本来ならば些事(さじ)にまで、隊長格ともあろう者が対応はしないのだが、今回は特別に私がお着――がっはあああぁっ!?」

 

 颯爽と現れた柊を、無表情の鳴四場が容赦なく引き戸を閉めて挟みこむ。

 気の毒なうめき声を上げてダウンした柊の首根っこを掴むと、ニッコリと深夜子たちに笑顔を向ける。

 

「では、後は皆さんで詰めてくださいね。あっ、コレ(・・)にはしっかりと言い聞かせておきますので……腕は抜群なんですけどね……ほんと」

 

 そのままずるずると柊を引きずり、客間へと戻って行った。

 

 ――それからしばらく。

 なんとか朝日のお着替え対策の打ち合わせを終えた深夜子たち。

 柊らとローテーションを組んで、食事や入浴を終わらせる。その頃には二十一時を回っており、予定通り朝日の看病のため部屋へと移動する。

 

 そして、二十三時を過ぎた頃。

 部屋の隅で雑魚寝状態になっている三人であったが、もちろん寝ているわけが無い。

 悶々としながら、その瞬間(お着替え)を言葉も発さずに待っていた。

 朝日と三人の呼吸音だけが聞こえ、一秒が十秒に感じられるような空気感が支配する。

 そんな中――ついに小さなアラーム音が室内に響いた!

 

 朝日のベッドから伸びるケーブルの先、計測器の発汗チェックに警告ランプが表示される。

 深夜子ら三人はびくりと身体を震わせランプ凝視する。

 来てしまった。ついに、この瞬間(とき)が来てしまった。

 

「はうあっ!? きっ、ききき着替えの着替えが、さささ五月(さっきー)!?」

「みみみみみ深夜子さん、おち、おちおちちち着いて」

「おまえらが落ち着けよ。つか、静かにしろよ。朝日が起きるっての」

 

 さあ、ここからが本番。三人(特に内二人)の緊張はピークに達する。

 打ち合わせで決めた、三人連携による速やかなる朝日のお着替え完了作戦『オペレーション・オキガエ』の発動である。


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