男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です! 作:takker
「んで……どうするつもりだよ? 五月」
机で頬杖をついている梅が、ジトッとした視線で問いかけてきた。
「そっ、それは――――っ」
しかし、五月はそれに答えることはできない。下唇を噛んで押し黙る。
それもそのはず。
この世界では、女性が男性を自分の家に泊まるように誘うなど、ありえるものではないのだ。
例えるなら、蟻に対して『ねえ、ちょっとそこのアリ地獄(性的)によってかない?』と誘っているに等しい行為。
しかも現状は、
世間から男性の人権迫害と糾弾されてもおかしくない。
(まずいまずいまずい! まずいですわっ!!)
五月は脳が焼き切れんばかりに対応を思索、そして葛藤中だ。
朝日ならば、あるいは理解してくれるかも……いや、いくらなんでもこれは……。
とにもかくにも結論が出ない。
今さら
かたや、そんな五月を見つめる深夜子と梅。
これは朝日を確実に守る手段を実行した結果。
だんだんと憔悴していく五月に同情も覚える。
二人は顔を見合わせ、小声で相談をしてから声をかけることにした。
「まあな……五月。いっつもお前にばっか手間なことさせてっからよ。たまにゃ――なっ、深夜子!」
「そう。
日ごろ、実務という実務のほとんどを五月が処理している。
善し悪しはともかく、たまにはこういった役割を二人が請け負うのが、人として正しい道。
いかに
「ええっ!? や、大和さん! 深夜子さん!」
その発言に驚いた五月。
カバッと顔を上げ、喜びの表情を浮かべながら二人へと顔を向け――――たのだが……。
表情がゆるやかに、喜びから平坦へと変わってゆく。
――深夜子を見つめる。
(対話、交渉スキルゼロの半コミュ障……)
――梅を見つめる。
(脳筋、まごうことなき
「「「………………」」」
しばしの沈黙。
暗く視線を落とした五月が、重々しく口を開いた。
「…………あっ、はい……よろしく……お願い……しますわ……」
「おいてめえ! 今、ものっすげえ失礼なこと考えただろ!?」
「よくわからないけど訴訟も辞さない」
――とにかく任せておけ!
不安げな五月をよそに、深夜子と梅は、彼女らなりの対応を真剣に話し合いはじめた。
それを見て、五月は少し面映ゆい気分になる。
(ふふっ、あのお二方が頭を使われるなんて……ありがたい話……ですわね)
声には出さず、心の中で深夜子たちへ感謝の言葉を口にした。
さあ、チーム結成後初と言っても過言ではない。深夜子たちが頭をひねって出した説明方法とは――。
「よし決まりだぜ! やっぱ、こんなときにゃあ小細工無しで
「さすが梅ちゃん。さす梅! ならば、朝日君の待つリビングまで、走れ正直者!」
「いやあああああああっ!」
――残念。そんなものである。
◇◆◇
それから経過すること十五分。
「あのさぁ……僕が聞いているのって、そこじゃないよね」
滅多に聞くことのない、朝日の冷たい声が部屋に響いていた。
「ちょっと、聞いてるのみんな!?」
「「「ひいいいいっ!!」」」
ただいま、五月も含めて三人揃って土下座中だ。
正面に仁王立ちする朝日。笑ってはいるが、目は全然、まったく、笑っていない。
ここで、話がこじれる原因となった二人が、朝日を宥めようと努力はするも――。
「だからよ朝日。その……五月にも悪気があったわけ――」
「梅ちゃんは黙ってて!」
「ひいっ」
その剣幕にびびってしまう梅。
「あ、朝日君。お、落ち着いて――」
「深夜子さんも黙ってて!」
「ありがとうございます」
ご褒美になっている深夜子。
――朝日が二人の間をつかつかと進む。そこには、真っ青な顔面を脂汗まみれにして震えている五月がいた。
「で、五月さん! どうして黙ってたんですか?」
「あひいぃっ、あっ、あああ朝日様。お許しを……お許しを……」
床につっぷして、ただひたすらに許しを請う五月。
それを見た朝日は、話がすれ違いになっているのを察して困り顔。
「もう、五月さん。だから、さっきから言ってるじゃないですか。僕は謝って欲しいなんて言ってないんです!」
「あ゛あ゛あ゛――すびばぜん……どうか、お情けを……お情けを……」
やはり話が通じていない。朝日はほとほと参ってしまう。
これはどうしたらよいものか……。
先ほどから、朝日が問いただしている『黙っていたこと』とは、『五月の母、新月に海土路造船との交渉依頼をしたこと』だ。
無論、五月の実家にお泊まりする事を怒っているのではない。
自分が原因で、五月の母親に手間をかけさせてしまったこと。
それを知らなかった、いや、知らされなかった事実に怒っているのだ。
朝日にしてみれば、五月雨家に御礼訪問するのはなんら不思議でもない。
むしろ、そうするべきだと思っている。日本男児は礼儀正しくあるべきなのだ!
一方、そんなことを朝日が考えているなど知るよしもない五月たち。
強制お泊まりになっちゃいました。と聞いて、朝日が怒ったと思っている。
それは会話が噛み合うわけもない。
以後、ひたすらすれ違いが続くこと十数分。
あわれ五月の精神耐久力は限界を迎えてしまう。
「ふふっ、ふふふ……うふふふふ……朝日様……五月はもう、すっかり疲れ切ってしまいましたわ。ああ、五月は……五月は、朝日様のそばで暮らしとうございました」
死んだ魚のような目になった五月。
突然、そうつぶやくと同時に、テーブルの果物ナイフへと手を伸ばす。
ポロポロと涙を流しながら、穏やかな笑顔を朝日に向け、その切っ先を自分の喉元へと――――!?
「ちょっとおおおおお!? 深夜子さん! 梅ちゃん! さっ、五月さんがまた勘違いしてるぅーーーっ!!」
「ぬわあーーっ、
「うぉぉい五月ぃ! さすがにシャレになんねえぞ、てめえ!」
「は、離してぇ! もうっ、もうっ、五月は死んでお詫びをするしかありませんの! 朝日様ッ! どうかこれで五月を許してくださいませーーーっ!」
「だから五月さんやめてえーーーっ!!」
ちょっと重たい系女子から、とても重たい系女子へと進化中の五月であった。
その後、三人がかりでの説得と説明が続くこと三十分。
とりあえず全員の意思疎通は完了した。
◇◆◇
――数日後。出発当日の朝がやってくる。
五月雨家からの迎えは、午後四時到着の予定となっていた。
現在、時間五分前。玄関にお泊まり用荷物は準備完了だ。
ちょうどそこに迎えの車が到着する。車種は日本基準で言う超高級車リンカーン。
ちなみにお値段五千万円。
玄関横の駐車場に停車するリンカーン。
その運手席から出てきたのは、黒の高級スーツに身を包み、紫柄のネクタイをしめた身長175センチほどの女性。
少し細めながらモデル並みのスタイル。歩く姿もさまになっている。
朝日の送迎役。五月雨ホールディングス社長秘書室長『
「こうしてお会いするのは……四年ぶりでしょうか? 五月お嬢様。おかわりなく――いえ。より、お美しくなられましたね」
五月の前まで来ると、サングラスを外して一礼。
オールバックの髪型だが、腰まである美しい漆黒のロングストレートヘア。
少しアイシャドウがきつめで、鋭くも凛々しい切れ長の目。
五月のそばにいた朝日。蘭子を見て、宝塚の男役トップスターを思い浮かべる。
五月と方向性は違うが、今まで出会った女性の中でもトップクラスの美形だ。
「ええ、お久しぶりね。蘭子さん」
「んだぁ? また
蘭子の態度が気に入らなかったのか、梅が近づいてきて悪態をつく。
「ふふっ、これはこれは、中々に元気なお嬢さんだ」
しかし蘭子は、余裕を持ってそれを軽く受け流す。
バチっと視線がぶつかり合い、しばしの沈黙。しかし、お互いそれ以上何を言うわけでもない。
「……ふん。なるほどな」
ぼそりとつぶやいた梅は、
(おい、五月)
(はい、なんですの?)
(あいつ、相当やるだろ?)
(あら? さすがですわね。蘭子さんはお母様の秘書室長ですけれど、兼任で護衛部隊の隊長でもありますわ)
(ふーん、やっぱりそうかよ。一度手合わせしてみてえな……まっ、とりあえず荷物積んどくぜ)
梅は蘭子を
対して蘭子は朝日の前へ、丁寧に一礼をする。
「神崎朝日様、初めてお目にかかります。本日、お迎えに上がりました五月雨ホールディングス社長秘書室長播古田蘭子と申します。僭越ながら道中、神崎様の護衛も勤めさせていただきます。何なりとお申し付けくださいませ」
「あっ、はい。か、神崎朝日です。えと、今日はよろしくお願いします」
一分の隙もなく、流れるように美しい所作を見せる蘭子。
その華麗さに圧倒され、朝日は緊張ぎみに挨拶を返す。
かたや、間近で朝日を見た蘭子の動きが止まる。少し間をおいて、軽くため息をこぼした。
「ふぅ……なるほどお噂通り。いや、それ以上にお美しい。この私
朝日の前で膝まづき、なんとも歯の浮くようなセリフ。
――のみならず。当たり前のように朝日の左手を取って甲にキスをした。
「えっ!?」
宝塚っぽい人だけど、まさか行動までもと驚く朝日。
むしろ堂に入った一連の動作に感心すら覚える。
――がっ!
「んなああああっ!? ちょ、ちょっと待ったああああっ!」
当然、そうはいかない深夜子が即座に朝日の左手をかばう。
「これはセクハラで立件もの! 朝日君、大丈夫? あっ、あとでそこあたしが舐めて消毒してあげる」
「それ貴女が立件ものですわよねっ!?」
深夜子が朝日を隠すようにして、蘭子の前に立ちはだかる。
さらに、猛禽類のような目をより鋭くして威嚇もする。
「フッ……」
が、なんと蘭子はそんな深夜子の視線にもまったく動じない。
どころか、つかつかと深夜子に近寄って、クイッと顎に指をかけて顔を近づけた。
「うええええええっ!?」
「フフッ……なんとも気の強いツバメちゃんだね。それに、君のその力強い目つき……私の好みだよ! 君、歳はいくつだい?」
「んななななななな? ちょっ、ちょちょ、さ、
播古田蘭子三十歳、モノホンのガチ百合である。
「はぁ……蘭子さん! お戯れはそのくらいで」
「これは失礼しました。深夜子さん……と言ったね。五月雨家にお泊まりの間、私でよろしければ何時でもお相手しますよ」
深夜子にウィンクしながら、蘭子がチラリと舌をのぞかせる。
「ンノオオオオオオッ!!」
――まさかの展開。ターゲットとなった深夜子の悲鳴が朝日家の玄関に響いた。