男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!   作:takker

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第七十五話 今後ともごひいきに

「――クソおっ! このバケモんがああ!!」

 

 特殊警棒(エモノ)を構えて、茶髪は威嚇の声を上げる。

 ……そうは言ってみたものの、万里が自分より格上なのは明らかだ。

 正直、尻尾を巻いて逃げたいところだが、彼女の上司(・・)はそれを許さないだろう。ヤクザ者としての意地もある。

 茶髪は間合いを取りながら、一矢報いるための手を必死に考える。

「あっれぇ~? 特殊警棒(エモノ)を出したのにオタクからこないわけぇ?」

「ちっ、舐めやがって――」

 

 安い挑発だが、茶髪はあえて(・・・)それにのる。

 舐められている内がチャンス。そう判断したのだ。

 右手に持った特殊警棒を振りかぶりながら、巧みに半身を(ひね)って、それの出所を隠す。

 そして、いざ振り下ろすぞと見せかけてからの、左肩によるタックル!

 武器の存在を活用したフェイントだ。

 しかし、万里にあっさりと反応される。即座にバックステップで間合いを確保。

 本来はタックルの死角から振りだされる特殊警棒だが、これでは丸見え。軽く逸らされて、奇襲は空振りに終わる。

 

「ふぅ~ん。オタク、思ったよりやるじゃな~い」

 先の攻撃に感心しながらも表情はニヤケている。所詮は少しイキのいい獲物に過ぎないと言うことか。 

「ちいいっ、ふざけんなぁ!!」

 今度は一転。

 特殊警棒のリーチを活かして、踏み込みながら万里の頭を徹底的に狙う。

 傍目(はため)には、怒りにまかせて乱暴に警棒を振り回し、万里はそれを楽しむように捌いている。――ように(・・・)見えているはすだ。

 茶髪には狙いがあった。

 ただひたすらに、右横から、左横から、万里の頭を狙う。右、左、右、左、横のみ(・・・)の攻撃を単調に繰り返す。

「あれぇ~、もうヤケクソかい? つまんないねぇ~」

 かわしながら万里がぼやいた。

 

 茶髪は内心でニヤリと笑う。ハマった、油断した、と。

 人間の目というのは左右の動きには強いが、上下には滅法弱い。

 視野角、眼球の動き、身体の構造上そうなっているのだ。

 

 すぐに狙っていたタイミングが訪れる。

 

 充分に左右の動きに慣れさせたところで、今日一番高め(・・)に特殊警棒の攻撃を繰り出す。

 それを万里が軽くしゃがんでかわした。

 ――ここだ!!

 狙いすました茶髪の蹴りあげが、万里の顎を真下から襲う。

 ガツンッ!!

 鈍い打撃音といっしょに万里の頭が後ろに弾ける。

 蹴り応え充分。意識を刈り取ったであろう会心の一撃だ!

 

「っ! ……あっはぁ~ん。今のはいい蹴りだったねぇ。ちょっと感じちゃったよぉ」

 

 なのに! ありえない!

 茶髪は混乱する。たった今、渾身の蹴りあげが決まったはずだった。

 だが、結果は、万里に抱きしめられている(・・・・・・・・・)自分がいた。

 

 ――蹴りが入ったその瞬間。

 万里は意識を刈り取られるどころか、お構いなしに間合いを詰めて羽交い締めに持っていったのだ。

 茶髪はその耐久力(タフネス)、いや、実力差を完全に理解して絶望する。

 

「は、離せえ! くそっ、どうする気だよお?」

「……そうだねぇ。オタク、アナコンダって蛇を知ってるかい? 大型の奴になると獲物を締め付ける力は500キロを遥かに超えるってねぇ。いやぁ~あたいもさぁ、ちょっと自信あるんだよねぇ……し、め、つ、け」

「っ!? ひいいいいいいいいっ!」

 

 本当の絶望はここからであった。

 

◇◆◇

 

「あ、あの……万里さん。あの人たち放置して良かったんですか……?」

「ん? あぁ、気にしない気にしない。うちの社長(ボス)お掃除(・・・)は頼んだからさぁ」

 

 ただいま万里が朝日に付き添って移動中だ。

 もちろん、目的地は五月が待っているであろうロビーである。

 例の不届き者二人は、社長(ボス)である海土路(みどろ)造船代表取締役『海土路(みどろ)竜海(たつみ)』に万里が片付けを依頼した。

 この物件へ出資絡みで、何か理由もあるようだ。しかし、竜海と電話でしている会話を朝日が横で聞いても、内容はさっぱりだった。

 

「それにしても、あの二人も運が良かった(・・・・・・)ねぇ。あたいじゃなくてオチビちゃんか、もう一人のお嬢ちゃんに見つかってたら殺されてたんじゃな~い?」

「えっ? あっ、あー……、あはは……」

 もし、あの場に駆けつけたのが、梅か深夜子だったならばどうだろう?

 ……先ほど以上の惨劇が容易に想像できる。ちなみに五月だった場合は、社会的に抹殺されたと思われる。

 

 時間にして数分。話途中で本来の待ち合わせロビーへと到着。

 しかし、深夜子、五月、梅の姿は見あたらない。

 

「んー、やっぱみんな僕を探して――あっ!? そうだ……忘れてた……」

 

 朝日がポケットからスマホを取り出す。突然のピンチにその存在を忘れていた。

 画面を確認すると、三人からの着信履歴が表示されている。着信回数は二桁。朝日は苦笑いだ。

 

「うう……やっぱり……でも、連絡しないと……五月さん怒ってるかなぁ――――?」

 そっと、万里の手が朝日の頭に乗せられた。

「なんだぁい? そんなこと気にするなんて本当に変わってるねぇ。うちらの坊ちゃんなら、ここは逆に怒りの電話をするところだよぉ。それにあのマジメなお嬢様のこった。どうせすぐにすっ飛んでくると思うけどねぇ。あっははは」

「そうですか……うん……じゃあ……」

 スマホに手をかけながら気に病む朝日の頭を、万里が優しく撫でる。

 

 ――連絡して間もなく。

 

「うわああああさひさまああああああっ! ごっ、ごごごごごごぶじでええええええ!?」

 五月がすぐにすっ飛んで来ました。

「さっ、五月さん。その、ごめんなさい。ちょっと道に迷って――――うわぷっ」

 その勢いのまま抱きつかれ、朝日の顔は問答無用で五月のやわらかな胸に埋められる。

「朝日様っ! 大丈夫ですの!? 何がっ! 一体っ! お怪我はっ!? 体調はっ!?」 

「あはは……」

 抱きしめながら、ぽんぽんハタハタと朝日の体中を触れまわる。撫でまわる。

 決して診察(・・)ではありませんよ。

 

「この五月雨五月、一生の不覚ですわ。このような場所で朝日様を一人にして不安にさせるなど……五月は、五月は――――って、万里さんんんっ!?」

 とにかくせわしない。

 今さらになって万里の存在に気づいた五月。驚きつつも顔を見合わせる。

「こりゃ~ご無沙汰だねぇ、お嬢様。ところで……どんだけ焦ってんやがんのさぁ」

「これは? ……まさかっ!? 万里さん、貴女がっ」

 朝日を連れまわした。と言わんばかりの勢いである。

「ちょっと待って五月さん! ち、違いますよ。万里さんは僕を助けてくれたんです」

「えっ!? と……言いますと?」

 

 五月たちの間を割って、朝日が説明をする。危機一髪のところを助けてもらったのだ、と。

 ――ところが、さらに万里が割り込みをかけてきた。

 

「そうそう。そうなんだよぉ、お嬢様。実は変な連中に絡まれてた美人さんを、たまたま見かけてさぁ――」

「「えっ!?」」

 しれっと朝日の肩に手を回した万里が、五月の元からぐいっと抱き寄せる。

「助けたお礼にって言いくるめてぇ。ちょうどこれからあたいの部屋に連れこんで、お楽しみ(・・・・)の予定だったのにさぁ~。美人さんたら、お嬢様へ電話なんかしちまうから参ったじゃな~い。あっははははは」

 いや、残念。

 朝日を抱きよせ、そんな空気で万里はカラカラと笑いながら、ベロンと舌を出して五月におどけて見せた。

「なっなななななっ、ばっ、万里さんっ!? 貴女と……貴女という人はああああああああっ!?」

「ちょっ!? ふ、二人ともーーっ!?」

 

 ――怒りの五月とご機嫌な万里による、実戦組み手(らしきもの)が開始されること五分間。

 

「はぁっ、はぁっ、くっ……本当に貴女は……何を考えてますのっ!」

「あっはははは! いやいやいや、相変わらずお嬢様の反応は最高だねぇ~」

「五月さん。本当に違うから! 万里さんも、五月さんをからかわないで――――」

 

『うおおおおおおおおおっ!! 朝日君いたあああああああ!!』

『くぉらあっデカ蛇女。なんでてめえがここにいやがるううう!!』

 

 そこへ、それぞれ別の階を捜索していた深夜子と梅が絶叫しながら戻って来た。

 正面通路のはるか奥から突っ走ってくる。

 

「ありゃあ。こりゃそろそろあたいにゃ分が悪いねぇ。小悪人はさっさと退場させて貰おうじゃない」

 ピシャリと額をうっておどける万里。そのまま(きびす)を返そうとしたところで、五月が声を掛けた。

「はぁ……万里さん。暴力沙汰の事件ばかりで、野蛮で、粗野で、どうしようもない貴女でしたけど……男性に対してだけは誠実でしたものね。忘れてましたわ……」

 腕を組みつつ右手で眼鏡のフレームをカチャリと鳴らし、顔を伏せた五月がもごもごと続ける。

「その……朝日様の件。ご協力……感謝……しますわ」

「ぷっ、お嬢様。女のツンデレってのはあんまりいただけないねぇ」

「はあっ!? いやっ、それをおっしゃられるなら貴女も似たようなものですわよねっ!? 朝日様を助けたなら助けたで、変な照れ隠しをしないで欲しいものですわっ!」

「照れっ!? なぁっ!? あ、あたいは、たまたま暇つぶしの運動をしたくなっただけさぁね!」

 

「「…………」」

 

「「……ふんっ!」」

 

 五月と万里が背を向けあったところで、深夜子と梅が到着。

 あれこれと騒ぎたてはじめる。「やんのかオラ? くんのかコラ?」とやたらオラつく梅に、「ふしゃあああああっ! かふうううううっ!」とナワバリを主張する獣と化した深夜子。

 無駄に興奮する二人を、朝日が宥めてなんとか場を収めるのであった。

 

「万里さん。今日は助けて貰って、本当にありがとうございました」

 朝日は感謝の言葉を口にしながら、万里と目を合わせその手をきゅっと握る。

「んっ……ま、まぁ、それじゃあ、男性警護会社タクティクスを今後ともごひいきに。ねぇ、美人さん」

 そう言って万里はさらりと朝日から離れ、(うやうや)しく一礼をする。

 結局、報酬を要求することもなく。飄々(ひょうひょう)とした態度のまま去って行った。

 

 

 ――さて、程なくして、タクティクスメンバーの宿泊部屋に戻って来た月美が、部屋の扉をがらりとあける。

 

「ふう、主様は夕飯まで部屋で休むからって、姉者たちと交代したで――――うえっ!? ば、万里(ねえ)、鼻にティッシュなんて詰めてどうしたのですよ? 鼻血? 顔も赤いし。こんな時間から温泉で長湯とかしてたのですよ?」

「うるさいっ、ほっときなぁ!」

「もう……変な万里(ねえ)ですよ……?」

 

 蛇内万里、二十六歳。結構やせ我慢をしちゃうタイプである。

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