男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です! 作:takker
深夜子と五月が、風呂場で裸の打ち合わせをしているのとほぼ同時刻。
――本館『
こちらは女性客向けだけあって、別館『
約三倍の敷地面積に加え、二十階建て、客室数も五百を超える。
そんな本館のロビーには『本日、六階は貸切となっております。歓迎 カゲジマ人材派遣会社 ご一行様』のプレートが掲示されていた。
どうみても影嶋一家のフロント企業である。
しかし、この男性福祉対応リゾートホテル建設の出資・施工の筆頭は桐生建設。なんらかの
五月に渡された花美の調査結果によれば、こちらに入っている影嶋一家構成員は総勢十八名。
対して、貸切となっている六階ワンフロアには、大部屋小部屋合わせて宿泊部屋が三十六室。実に閑散としたものだ。
そんな中、フロアにある一つの小宴会場。
ここだけは賑やかで、明らかに
そう、影嶋一家の組員たちだ。
――ふと、宴会場内があわただしくなる。
入り口の両扉が開け放たれると、中からぞろぞろとスーツ姿の組員たちが出てくる。
全員が向かった先はエレベーター。その扉の前に集合して、両側に列を作った。
しばらくして、エレベーターの階層数を示すランプが一階……二階――と点滅して、六階で停止する。
ロビーにチーンと響く到着音に反応して、組員たちが緊張気味に姿勢を正す。
「「「「「
扉が開いたと同時に、威勢のいい挨拶が飛び交った。
エレベーターから、身長190センチ以上の巨体。黒服にサングラスの女性が姿を現す。
だが、挨拶をした組員たちの視線はそこにはない。
その黒服の影に隠れていた、
「キャハッ! みんなぁ、お迎えおっ疲れちゃ~ん!」
やたらと明るく可愛らしい声の主が、組員たちの前に姿を見せた。
髪は染めているであろうピンク色でギャルツインテール。黒服と比較するに、身長165センチ程度でやや細身。
釣り目だがパッチリとした二重、鼻筋も通っており、盛り気味の化粧に歯並びが少し悪いのが気になるが、美形であることに間違いはない。
さらに、服装もスーツである他の者たちとは一線を画している。
黒のセーラー服風の上着、胸元はスカーフでなく濃紫の大きめな可愛らしいリボン付き。冬場らしく、厚手のロングカーディガンを羽織って、下は丈が短めのプリーツスカートにルーズソックス姿。
朝日が見れば「ギャル系女子高生?」と言ったであろうこと請け合い。
影嶋一家若頭『
大きめなプラチナのクロスピアスを揺らし、愛想を振りまく不知火を、組員たちが宴会場まで案内する。
小宴会場と言っても五十人部屋。パーティションで適度な広さに区切ってあり、ソファーとローテーブルを設置し、オシャレなラウンジバー風にセッティングしてあった。
各テーブルに置かれているのは酒とツマミ。不知火は最も奥側にある大きめのソファーに、勢いよく腰を下ろす。
序列順らしく、組員たちは不知火を中心に、
そして、『コの字』に設置されているテーブルの中心。床に正座している者が二名。
一人は顔に巻かれた包帯が痛々しい黒髪。一人は見た目は普通だが、肋骨ほか骨折十ヶ所近くに及ぶ重傷の茶髪。
そう、万里に撃退された不届き者二名である。
「キャハハッ! それでぇ~、そこの
不知火の明るく軽い口調とは対象的に、周りの組員たちの表情は固い。
当の二名は「「……あ、
「あのさぁ~、五月雨ンとこに二連チャンかまされるとかぁ、不知火ちゃんガン萎えなんだけどぉ? キャハッ!」
最後に語気が強まると、不知火はソファーに腰をかけたままスチール製のローテーブルを蹴り上げる。
スニーカーを履いた足で軽く蹴ったように見えたが、120センチ幅はあろう重いテーブルが宙高く舞った。
酒とツマミが飛び散る。
「「ひっ、ひいいいいいいっ!?」」
絶叫に近い悲鳴を上げ、二人は腰を抜かして後ずさる。
「んじゃさぁ
「へい、こちらに」
土山と呼ばれた巨体の黒服が何かを取り出す。――と同時に数人の組員が黒髪、茶髪を押さえつけた!
「「あっ? あああああっ!? 許してぇ、許してぇええええ」」
絶望に泣き叫ぶ二人に対し、不知火は変わらぬ軽い口調で続ける。
「あのさぁ~、不知火ちゃんたちは、ヤクザさんやってるワケぇ。舐められたらエンドっちゃうワケぇ。やらかしたらケジメは必要みたいなぁ? キャハハッ! んじゃあ、土山ぁ準備できたぁ?」
「へい」
一気にその場が緊張感に包まれる。表情に出してはいないが、他の組員たちにも怯えが見える。
「それじゃ、おバカちゃんたちの『スマホの
「「いやあああああああああ!!」」
会場に哀れな二人の悲鳴が響き渡る。
ちなみに、前回は自宅PCのハードディスクの中身全公開だったと言う。影嶋不知火。身内にも容赦しない女である。
◇◆◇
――多少時間は巻き戻る。
こちらは、朝日たちが宿泊する
ここで、五月は予定より時間が押していることに気づいた。
朝日のリスクを最大限に軽減するため、深夜子の任務は、火急にして速やかに完了する必要がある。
すなわち、影嶋一家が朝日を襲うであろう確証。『男性略取準備罪』に問える証拠の確保である。
それを以てして、Maps本部に加えて男性警察をも動員して一気に殲滅。
これが五月の理想とする筋書きだ。
現在、時間は午後十時少し前。わずかでも早く任務開始したいところだが……。
「朝日様。ご機嫌を直してくださいまし。その……お気持ちはわかりますが、仕方のないことですの」
「うん。それはわかってるけど……でも……せっかくの旅行……だったのに……」
そう、今は時間的に朝日も当然起きている。
かと言って『今から深夜子は命の危険がある任務に行って来ます』など、心優しい朝日に口が裂けても言えるわけがない。
ただいま、五月、深夜子、梅による言い訳の真っ最中。
「本当にたまたまなのですわ。
「そ、そうだぜ朝日。今日は早く寝てよ。んで、朝起きりゃ深夜子も帰って来てっからさ。まだ明日の昼まで遊べんだし、なっ」
五月による
それにこういった場面だと、梅のさっぱりした物言いは説得にプラス要素となる。だがしかし……。
「ふーん」
「「「うっ……」」」
朝日の視線と対応は冷たい。
それもやむなし。
特殊警棒に薄手の防刃ジャケット他あれこれ、深夜子が思いっきり重装備なのだ。
さらには、服装自体もダークグレーで夜間迷彩柄の『Maps特別警護用戦闘対応型スーツ』、朝日も初めて目にするガチ装備。もう察してくださいと言わんばかりである。
「と、とにかく。深夜子さんもそろそろ出発せねばなりませんので……朝日様。ささ、こちらへ。五月と、ついでに大和さんが、お休みまでなんでもお相手しますから」
「そうだぜ朝日――って、誰がついでだっ! 誰がっ!?」
軽いノリツッコミ。五月と梅が、空気を軽くしようとしたのだが「もういいです! わかりました!」とバッサリ朝日が言い放った。
「ちょっ!? あ、朝日くん? あのね、そのね、ああああ――――えっ?」
朝日を怒らせてしまったと、焦りまくった深夜子の腕を、ふいに朝日がつかんだ。
「もう、ほら……時間が無いんでしょ? じゃあ、深夜子さんをエレベーターまでお見送りしてくるから、五月さんと梅ちゃんはここで待ってて」
「朝日様、それは――」「おい、朝日――」
「すぐ近くだし、すぐ戻るから、待っててくださいっ!」
「「あ、はい」」
朝日の剣幕に、肯定してうなずくしかない五月と梅。
深夜子をひっぱって部屋を出ていくのを、呆然と見送るしかなかった……。
「……朝日君。ごめんね、ちょっとお仕事だから」
エレベーターの前まで歩いたところで、深夜子はぼそりと呟やく。
朝日の気持ちはわかるが、色々と仕方がない。
かと言って、それを上手く説明できる自信もない。むしろ苦手分野。
「そうだね。深夜子さんはもう僕のこと嫌いになったんだよね?」
「んなあああああああああっ!?」
えらいこっちゃ。朝日に嫌われる? 終わった……何もかも。
深夜子は頭の中が真っ白になった――ので、ちょっと意地悪な笑顔を見せている朝日に気づけない。
「あばばばばばば、そっ、そそそそそそんなことことことこ」
もう阿波踊りもかくやの動きであたふたとするしかないですよこれは――――ん?
「え……? ちょっと……あ、さ、日君?」
突然、朝日にぎゅっと抱きしめられた。どゆこと? 深夜子、困惑。
「えへへ、嘘。ごめんね……深夜子さん……わかってる、わかってるから。また、僕のために何かしなきゃいけないんでしょ?」
おっと、これはやられちゃったね。このスウィートリトルデビルさん。
深夜子の表情筋がだらしなくゆるむ。
「いや、それは、あにょ……むひゅう」
……それはともかく。
せっかく朝日が浴衣のみという薄着で抱きしめてくれているのに。この厚ぼったい装備はいただけない。
本来の素晴らしい感触が台無し――ではなく。
やはり、朝日は口に出さないだけで
かと言って、正直に理由を説明することもできない。
情けない話。深夜子は黙りこむしかなかった。
すると、自分の様子に気づいたらしい朝日が、顔のふれあいそうな距離で、少し潤んだ瞳を向けてきた。
ごくり……。
「あ、深夜子さん。無理には言わなくていいよ。ほんと、ごめんね。でも……危ないことは――いや、無茶はしないで……ね。もう、前みたいなことは嫌なんだ。僕がいるから、みんなが誰かと戦ったり、危ない目にあったり、怪我したり……もし、
朝日の唇を、深夜子の唇がふさいだ。
――ダメだ。その先は決して、決して言わせてはならない。
あの夜とは違う。お互いが見つめ合う中、次の一言を止めるため、自然に、深夜子は朝日の唇を自ら奪うことを選んでいた。
「ふっ、むっ……? はっ……え……み、深夜子さん?」
キスを
しばしの静寂。深夜子が真剣な表情で真っ直ぐに見つめてくる。
そして、つい先ほど重ねあった唇が動き、沈黙をやぶった。
「そんなこと言う朝日君はヤダ。信じて。あたしも、
「深夜子……さん……」
「ハッ!? ご、ごごごごごごごごめん朝日君! あ、あたし何を、い、今のは、そそそそそ……ファアアアアアアアアアアアアアッ!!」
やっちまったなぁ!!
そう言わんばかりに、深夜子は両手で顔を覆って、その場にしゃがみ込む。
「ううん、ごめんね。僕がダメ……だったよ。変なこと考えちゃ、ね。ありがとう深夜子さん」
それから少しの間「う、訴えない? に、日報とかにも書かれない? さ、
ついさっきまでカッコよかったのになぁ。
――と、優しく笑ってなだめる朝日だった。
「――はい、じゃあこれ。腕出して」
「え? これって朝日君の?」
「うん、腕時計。僕のと交換。ちゃんと朝までに、僕が起きる前に帰ってくるって……約束してよ」
「ん。らじゃ、絶対大丈夫。それに途中でサボってゲーセンで遊べるくらい余裕。ほら!」
何故かポケットから、大量のゲームセンター用コインをジャラつかせる深夜子。
「あー、えーと。十時でホテルのゲーセンは閉まるでしょ」
「あうっ」
残念。滑った。
「あはは。うん、深夜子さんはやっぱ深夜子さんだ」
「むうう」
「あっ、……ほら、時間だね。いってらっしゃい。がんばって!」
深夜子の背を押して、朝日が後ろに視線を向けた先――廊下の角からは、見慣れた二つの顔がのぞいていた。
少々時間が経ったので、心配して様子を見にきたようだ。
「うん、行ってくるね。すぐに終わらせて帰ってくる。朝日君の愛があれば楽勝!」
かくして、深夜子は本館へと向かって出発した。