男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!   作:takker

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第八十三話 寝待深夜子の判断

 ――時間は前後する。

 こちら本館六階の小宴会場は、間もなく深夜十一時を迎えるところだ。

 会場の末席あたりで廃人と化している黒髪、茶髪はともかく。

 影嶋一家の組員たちは酒を交わしながら、何やら相談をしている最中であった。

 

「――へい。別館には親会社の仕事で入ってるモンもおりやすので、標的(マト)(朝日達のこと)が明日チェックアウトしたら、駐車場から出るとこを誘導して追い込みをかける手筈(てはず)になってやす」

「ちょっと待ちなよ。だけどさ、向こうにゃ例の五月雨のお嬢がついてんでしょ? 五月雨に直接手をかけんのはマズくない?」

「いや、五月雨のお嬢さんに手を出す必要はないだろ。影嶋(うちら)を舐めたらどうなるか。前の会合でやってくれたクソチビと、もう一人ついてるMaps。それを男の目の前でグサグサに潰してやりゃいいのさ」

「キャハッ! なんか、みんなマジになっちゃっててチョ~ウケるぅ~。んでぇ、不知火ちゃんじゃなきゃダメだっつ~オチビちゃん、ってのがコレぇ?」

 

 数人の幹部とおぼしき連中が、不知火を中心にテーブルを囲んでいる。

 テーブル上には、深夜子、五月、梅の写真が置いてあり、不知火がその中から梅の写真を手に取った。

 

「キャハハハハッ!! ちょっ? コレ! ガチリアルでマジオニおチビちゃんなんですけどぉ~~!? ウッケる~」

姐御(あねご)。裏取ってあるんで間違いありやせん。そいつが、例のタクティクスを一人で潰したってバケモンですわ」

「ふぅ~ん、へぇ~、このおチビちゃんがタクティクスをねぇ~? キャハッ! まっ、たまにはぁ、手ごたえある相手もいいかぁ~」

 

 ――そんな会場のどこかから、影嶋一家を見つめる視線が一つ。

 

 もちろん、すでに潜伏中の深夜子である。

 なんせ無駄にだだっ広いこの会場。それがパーティションで仕切ってあるわ、あちこちに机やイスが組上げてあるわ、実に隠れ場所が盛りだくさん。

 ぶっちゃけイージーモードであった。

 

 ただいま不知火たちの会話を、スマホにばっちり録音中だ。

 もう少しすれば連中の悪巧み(かいわ)も核心にせまり、証拠にできるレベルになるだろう。

 これは朝日との約束が簡単に果たせそうだ。

 そう思うと、少し気が緩みそうになる深夜子だが、静かにかぶりを振り気を取り直す。

 

 先ほどから、やはり気になるのが影嶋不知火の存在。

 五月から聞いてはいたが、思った以上に厄介そうに感じる。

 気配を消したままパーティションの隙間から、頭の悪そうな格好をしたピンク頭の様子をうかがう。

 ……あの気配、間違いない。

 深夜子にとって久々であった。勝てると断言できない(・・・・・・)レベルの相手を見たのは。

 

 さらに五月の指示にあった影嶋一家の戦力分析を続ける。

 部屋には総勢十八名と、何故か目が死んでる謎の怪我人が二名。

 まずは不知火の側にいる巨体の黒服サングラス。こちらは朝日に色目を使う泥棒蛇女こと蛇内万里、あれと同レベル。

 驚いたことに、組員の半数近くがAランクMapsに匹敵する腕と思われた。

 武闘派と聞いてはいたが相当な戦力だ。

 

 戦力分析を終え――ちょうど充分な証拠となりえる内容も録音できていた。

 我ながらいい仕事だ。帰ったらこっそり朝日の寝顔を見よう。明日はなんか理由をつけてイチャイチャしよう。

 と、深夜子は一人ニヤニヤとする。ぐへへへへ。

 

 ……おっと、危ない。妄想にひたるところだった。反省。

 残すは、この会合のお開きに紛れて退散。

 それで無事任務完了――――になるはずだった。

 しかし、とあるもの(・・・・・)が場に出た。それを見た瞬間。深夜子はカッと頭に血がのぼるのを感じた。

 

「で、最後にこちらが今回のカモ。神崎朝日って坊やですわ」

 

 どこからの手配かはわからない。

 写りは良くないものだが、間違いなく朝日の顔写真。それがこの場に提示されたのだ。

 

「ちょっ!? こ、ここここれマジかあああっ!?」

「やっべえ! 上物って次元の超越してんぞ!?」

「あ、あたし、こんな可愛い坊や初めて見たわ」

「ふわああああ! こんな子があたいの情夫(イロ)だったらなぁ」

 

 当然、場は色めき立つ。

 それは朝日の美貌なら仕方がない。深夜子も理解していることだ。

 だが、そう思うとほぼ同時に、深夜子にとって絶対に聞き逃がすことができない。冷静さを根こそぎ刈り取られる言葉が耳に飛び込んできた。

 

「ねえねえ、この坊や。外に売ったら(・・・・・・)、千億……いや、兆超えするんじゃない?」

 

 ――今、なんと言った? 

 

 ――朝日を……売る?

 

『男性売買』

 この国で起こりうる最悪の男性犯罪の一つである。

 男性の拉致、誘拐に発端を成す人道に外れた行為。

 貴重な男性を求める外国へ売り渡す場合がほとんどで、恐ろしいほどの高額な金銭や貴金属、果ては資源や兵器までもがトレードされる。

 

 朝日が拉致され、海外に売られる可能性?

 深夜子の脳裏にその光景がよぎった瞬間。目の前が真っ赤に染まった。

 

 ――まずい!

 

 ほんのわずかな時間で我に返る。

 殺気を漏らすなどあってはならない。隠密行動で絶対にやってはならないことの一つだ。

 自分らしからぬミス。

 いや、大丈夫だ。すぐに冷静さは取り戻した。

 殺気が漏れたのはほんのわずか、一瞬のはずだ。これを察知できるとしたら、それは――――ッ!?

 思考の最中(さなか)、深夜子の背筋に寒気が走った!

 

 コンマ数秒。

 反射的に影にしていたパーティションの側から、飛び離れようとし(・・・・・・・・)たと同時に(・・・・・)、ダンボールでも貫くかのような軽さで、分厚い合成プラスチックと合皮製パーティションに三箇所の穴が開いた。

 

「――くうっ!?」

 三つの穴から、ほぼ同時と思えるほどの速度で飛び出てきた、いや、突き出て(・・・・)きたのは、太さ4センチほどの鉄製とおぼしき棒――(こん)と呼ばれる武器。

 深夜子はそれを辛うじてかわし、そのまま数メートル後ろに飛び跳ね距離を取る。

 

「キャハハッ! いやぁ~ん。不知火ちゃんたちにノゾキかますとか、マジ趣味悪ぅ~い。ちょっと、ちょっとちょっとぉ? どっちらさまですかぁ?」

 

 やたら軽い口調の声が響き、穴の開いたパーティションが蹴り倒される。

 

 ドンっとその上を右足で踏みつけ、右手に持った六尺(約180センチ)ほどの鉄棍を、まるでバトンのように小気味よい音で回転させる。

 ピンク髪のギャルツインテールに、紫リボンのセーラー服姿。

 影嶋(かげしま)不知火(しらぬい)が、ゆっくりとその上に進み出た。

 

 手に握られた鉄棍はやたらカラフルで、星やハートや蝶柄をデコレートした『ギャル系鉄棍?』とでも聞きたくなる代物。

 不知火の右手で、それ(・・)は虹色の円形を描き、最後に肩の上でピタリと止まる。

 そのまま棍の先を軽く揺らしながら、少し並びの悪い歯をちらつかせ、ニヤついた表情を浮かべる不知火。

 パーティションの上を半分ほどまで進み、斜に構えて深夜子を見据えた。

 

「あっりゃりゃ~ん? その顔ぉ、例の五月雨ンとこの奴じゃね? キャハッ! な、ん、で、ここにいるのかなぁ? 不知火ちゃん、チョ~びっくりしちゃったかもぉ~? おっどろきぃ~キャハハッ!」

 

 察しましたよ(・・・・・・)

 ふざけた態度、ヘンテコな格好とは裏腹。不知火(この女)の目はそう(・・)言っている。

 一瞬だけ交差したお互いの視線、深夜子はそう感じた。

 五月の狙いにどこまで勘づいているのかはわからない。

 だが、ここはなるべくそれを悟らせないようにするべき場面であろう。

 ふっ、我ながらちょっと格好いいな。と深夜子は無駄な思考も忘れない。

 

 夜間迷彩柄の戦闘用スーツの腰に手を当て、薄手のグローブをはめた片手で前髪を軽くかきあげる。

 深夜子はその猛禽類のような眼差しをゆっくりと向け、涼しげに返した。

 

「んー。えと、道に、迷った?」

 

 はい残念。深夜子なのでこれが精一杯。

 

 ――対して、不知火も深夜子を値踏(ねぶ)みしていた。

 影嶋一家(自分たち)相手に一人で潜伏し、それが発覚。普通なら絶望的な状況であろうはずだ。

 しかし、この女は全く動じていない。どころか挑発ともとれる回答。相当に場馴れした手練れと評価する。

 さらには気配の消し方。公務員(Maps)だとは到底思えない。

 何よりもあの目つき(・・・・・)。あれは間違いなくこちら側(・・・・)の人間の目だ。

 きっと裏では殺人(コロシ)もやっている人間に違いない。

 ……だからと言って、自分たちの圧倒的優位に変わりはない。

 不知火は余裕の態度を崩さず煽り返す。

 

「キャハッ! 何それぇ~、ギャグのつもりぃ? チョ~サムいんですけどぉ~。キャハハッ! ま、いっかぁ~わざわざ獲物(えも)ぴっぴが自分からお疲れちゃ~んな感じぃ?」

「んー。何言ってるかわかんない」

 お互い様である。

 

 ――深夜子と不知火の微妙な会話を皮切りに、取り巻きの組員たちも動きはじめる。

 

『なっ、なんだてめえは?』

『ふざけたこと言いやがって!』

『くそっ、どこから入って来やがった?』

 

 例えばアクション系漫画。取り巻きたちは動揺して、こんな反応を見せるのがテンプレ展開だ。

 ところが、現実はそう甘くない。

 

「おう、出口をソッコーで固めな」

「「「へい!」」」

「おい、そっちは三人一組でコイツの周りを(かこ)め」

「「「了解しやした!」」」

 

 さすがは数ある暴力団の中でも屈指の武闘派。組員たちは脇目(わきめ)もふらずに最善手の連携をはじめる。

 これで深夜子は包囲されてしまうのか? 逃げ道もふさがれてしまうのか?

 

 ――それは違う。

 

 半コミュ障で空気が読めないのとは別問題。

 こう言ったこと(・・・・・・・)は、幼い頃から実家で散々叩き込まれている。

 まず、影嶋不知火。これの相手をまともにすることは論外。

 最優先すべきは撤退である。

 よって最も手薄、かつ、最も出口として近い場所を捜索。右手側の奥にある扉と断定。

 途中の交戦は控えるか迅速に、出口近くまでたどり着ければ強行突破あるのみ。

 これが寝待深夜子の判断だ。

 

 ――取り巻きたちが動き始める直前。

 深夜子はすでに行動に移っていた。

 不知火には目もくれず。自分の行く手をふさごうと、集まりかけている組員たちへと向かって、猛然と駆け出した!

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