男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です! 作:takker
――時間は前後する。
こちら本館六階の小宴会場は、間もなく深夜十一時を迎えるところだ。
会場の末席あたりで廃人と化している黒髪、茶髪はともかく。
影嶋一家の組員たちは酒を交わしながら、何やら相談をしている最中であった。
「――へい。別館には親会社の仕事で入ってるモンもおりやすので、
「ちょっと待ちなよ。だけどさ、向こうにゃ例の五月雨のお嬢がついてんでしょ? 五月雨に直接手をかけんのはマズくない?」
「いや、五月雨のお嬢さんに手を出す必要はないだろ。
「キャハッ! なんか、みんなマジになっちゃっててチョ~ウケるぅ~。んでぇ、不知火ちゃんじゃなきゃダメだっつ~オチビちゃん、ってのがコレぇ?」
数人の幹部とおぼしき連中が、不知火を中心にテーブルを囲んでいる。
テーブル上には、深夜子、五月、梅の写真が置いてあり、不知火がその中から梅の写真を手に取った。
「キャハハハハッ!! ちょっ? コレ! ガチリアルでマジオニおチビちゃんなんですけどぉ~~!? ウッケる~」
「
「ふぅ~ん、へぇ~、このおチビちゃんがタクティクスをねぇ~? キャハッ! まっ、たまにはぁ、手ごたえある相手もいいかぁ~」
――そんな会場のどこかから、影嶋一家を見つめる視線が一つ。
もちろん、すでに潜伏中の深夜子である。
なんせ無駄にだだっ広いこの会場。それがパーティションで仕切ってあるわ、あちこちに机やイスが組上げてあるわ、実に隠れ場所が盛りだくさん。
ぶっちゃけイージーモードであった。
ただいま不知火たちの会話を、スマホにばっちり録音中だ。
もう少しすれば連中の
これは朝日との約束が簡単に果たせそうだ。
そう思うと、少し気が緩みそうになる深夜子だが、静かにかぶりを振り気を取り直す。
先ほどから、やはり気になるのが影嶋不知火の存在。
五月から聞いてはいたが、思った以上に厄介そうに感じる。
気配を消したままパーティションの隙間から、頭の悪そうな格好をしたピンク頭の様子をうかがう。
……あの気配、間違いない。
深夜子にとって久々であった。勝てると
さらに五月の指示にあった影嶋一家の戦力分析を続ける。
部屋には総勢十八名と、何故か目が死んでる謎の怪我人が二名。
まずは不知火の側にいる巨体の黒服サングラス。こちらは朝日に色目を使う泥棒蛇女こと蛇内万里、あれと同レベル。
驚いたことに、組員の半数近くがAランクMapsに匹敵する腕と思われた。
武闘派と聞いてはいたが相当な戦力だ。
戦力分析を終え――ちょうど充分な証拠となりえる内容も録音できていた。
我ながらいい仕事だ。帰ったらこっそり朝日の寝顔を見よう。明日はなんか理由をつけてイチャイチャしよう。
と、深夜子は一人ニヤニヤとする。ぐへへへへ。
……おっと、危ない。妄想にひたるところだった。反省。
残すは、この会合のお開きに紛れて退散。
それで無事任務完了――――になるはずだった。
しかし、
「で、最後にこちらが今回のカモ。神崎朝日って坊やですわ」
どこからの手配かはわからない。
写りは良くないものだが、間違いなく朝日の顔写真。それがこの場に提示されたのだ。
「ちょっ!? こ、ここここれマジかあああっ!?」
「やっべえ! 上物って次元の超越してんぞ!?」
「あ、あたし、こんな可愛い坊や初めて見たわ」
「ふわああああ! こんな子があたいの
当然、場は色めき立つ。
それは朝日の美貌なら仕方がない。深夜子も理解していることだ。
だが、そう思うとほぼ同時に、深夜子にとって絶対に聞き逃がすことができない。冷静さを根こそぎ刈り取られる言葉が耳に飛び込んできた。
「ねえねえ、この坊や。
――今、なんと言った?
――朝日を……売る?
『男性売買』
この国で起こりうる最悪の男性犯罪の一つである。
男性の拉致、誘拐に発端を成す人道に外れた行為。
貴重な男性を求める外国へ売り渡す場合がほとんどで、恐ろしいほどの高額な金銭や貴金属、果ては資源や兵器までもがトレードされる。
朝日が拉致され、海外に売られる可能性?
深夜子の脳裏にその光景がよぎった瞬間。目の前が真っ赤に染まった。
――まずい!
ほんのわずかな時間で我に返る。
殺気を漏らすなどあってはならない。隠密行動で絶対にやってはならないことの一つだ。
自分らしからぬミス。
いや、大丈夫だ。すぐに冷静さは取り戻した。
殺気が漏れたのはほんのわずか、一瞬のはずだ。これを察知できるとしたら、それは――――ッ!?
思考の
コンマ数秒。
反射的に影にしていたパーティションの側から、
「――くうっ!?」
三つの穴から、ほぼ同時と思えるほどの速度で飛び出てきた、いや、
深夜子はそれを辛うじてかわし、そのまま数メートル後ろに飛び跳ね距離を取る。
「キャハハッ! いやぁ~ん。不知火ちゃんたちにノゾキかますとか、マジ趣味悪ぅ~い。ちょっと、ちょっとちょっとぉ? どっちらさまですかぁ?」
やたら軽い口調の声が響き、穴の開いたパーティションが蹴り倒される。
ドンっとその上を右足で踏みつけ、右手に持った六尺(約180センチ)ほどの鉄棍を、まるでバトンのように小気味よい音で回転させる。
ピンク髪のギャルツインテールに、紫リボンのセーラー服姿。
手に握られた鉄棍はやたらカラフルで、星やハートや蝶柄をデコレートした『ギャル系鉄棍?』とでも聞きたくなる代物。
不知火の右手で、
そのまま棍の先を軽く揺らしながら、少し並びの悪い歯をちらつかせ、ニヤついた表情を浮かべる不知火。
パーティションの上を半分ほどまで進み、斜に構えて深夜子を見据えた。
「あっりゃりゃ~ん? その顔ぉ、例の五月雨ンとこの奴じゃね? キャハッ! な、ん、で、ここにいるのかなぁ? 不知火ちゃん、チョ~びっくりしちゃったかもぉ~? おっどろきぃ~キャハハッ!」
ふざけた態度、ヘンテコな格好とは裏腹。
一瞬だけ交差したお互いの視線、深夜子はそう感じた。
五月の狙いにどこまで勘づいているのかはわからない。
だが、ここはなるべくそれを悟らせないようにするべき場面であろう。
ふっ、我ながらちょっと格好いいな。と深夜子は無駄な思考も忘れない。
夜間迷彩柄の戦闘用スーツの腰に手を当て、薄手のグローブをはめた片手で前髪を軽くかきあげる。
深夜子はその猛禽類のような眼差しをゆっくりと向け、涼しげに返した。
「んー。えと、道に、迷った?」
はい残念。深夜子なのでこれが精一杯。
――対して、不知火も深夜子を
しかし、この女は全く動じていない。どころか挑発ともとれる回答。相当に場馴れした手練れと評価する。
さらには気配の消し方。
何よりも
きっと裏では
……だからと言って、自分たちの圧倒的優位に変わりはない。
不知火は余裕の態度を崩さず煽り返す。
「キャハッ! 何それぇ~、ギャグのつもりぃ? チョ~サムいんですけどぉ~。キャハハッ! ま、いっかぁ~わざわざ
「んー。何言ってるかわかんない」
お互い様である。
――深夜子と不知火の微妙な会話を皮切りに、取り巻きの組員たちも動きはじめる。
『なっ、なんだてめえは?』
『ふざけたこと言いやがって!』
『くそっ、どこから入って来やがった?』
例えばアクション系漫画。取り巻きたちは動揺して、こんな反応を見せるのがテンプレ展開だ。
ところが、現実はそう甘くない。
「おう、出口をソッコーで固めな」
「「「へい!」」」
「おい、そっちは三人一組でコイツの周りを
「「「了解しやした!」」」
さすがは数ある暴力団の中でも屈指の武闘派。組員たちは
これで深夜子は包囲されてしまうのか? 逃げ道もふさがれてしまうのか?
――それは違う。
半コミュ障で空気が読めないのとは別問題。
まず、影嶋不知火。これの相手をまともにすることは論外。
最優先すべきは撤退である。
よって最も手薄、かつ、最も出口として近い場所を捜索。右手側の奥にある扉と断定。
途中の交戦は控えるか迅速に、出口近くまでたどり着ければ強行突破あるのみ。
これが寝待深夜子の判断だ。
――取り巻きたちが動き始める直前。
深夜子はすでに行動に移っていた。
不知火には目もくれず。自分の行く手をふさごうと、集まりかけている組員たちへと向かって、猛然と駆け出した!