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実家のある地域は都会のど真ん中なのでちょっとそこらに出掛ければ大きいショッピングモール的なものがある。
一階は食品コーナーになっていて、二階はインテリア系の商品が軒を連ねている。
僕らは先に二階に行き、姫ちゃんが巻き起こした大災害の被害を補填するため、大小の皿を2桁数購入した。
買い物かごに「これでもか!」と皿だけを詰め込む高校生を見てレジの人は顔を引き攣らせていたが、皿を新聞紙で包む店員さんに向かって「モタモタしないで早くしなさいよね」などと躊躇いなく言う姫ちゃんを抑え込むので精いっぱいだったため、特に気にはならなかった。
その後エスカレーターを使用して一階に下り、魔王を合わせ3人分のカレーの具材を購入しに歩を進める。
ちなみに魔王からもらった金貨はショップで高く買い取ってもらい、高校生にしては余るほどの財力が蓄えられている。
まあその財力の一部を姫ちゃんの大災害で持って行かれたわけだが。
買い物かごを持って歩いていると、多くの人とぶつかった。
なんでも今日は特売日らしくて、通常より人が多い。そのせいもあってか、姫ちゃんは一階に来ると終始浮かない顔をして僕の腕にしがみついていた。
「姫ちゃん」
「何かしら」
「ちょっと離れてくれないかな」
丘陵程度の起伏があるお胸から僕の腕を救出しようと試みる。
右手に買い物かご、左腕すべてを姫ちゃんに奪われてしまっては歩きにくいことこの上ないからね。
さらには“カレー具材四天王”のひとりであるジャガイモを取ろうにも、姫ちゃんがグイグイ後ろに引っ張りやがる。そのため2歩進んでは3歩下がり、ジャガイモに向かっているのに遠ざかっているという怪奇現象が起こるのだ。
「こーすけは、わたくしのことがお嫌い?」
双眸を潤ませ、上目遣いで僕を見上げる。
哀愁漂うそんな目で見られたら、根性無しの僕が否定できないのはわかっているだろうに。
「き、嫌いじゃないよ」
「じゃあ何でわたくしを遠ざけようとしたのかしら」
ずいっと僕の方に顔を近づける。
本当は「邪魔だから」が理由だけど、素直には言えないよな。
というか、なんで目標(ジャガイモ)を目前にして「わたしのこと、本当に愛してる?」的な夫婦問答をせねばいかんのか。
「ちょっとジャガイモを取りにくかったからかな」
語尾を『かな』にすることで弁解の余地を残す。我ながらコスい言い方だぞ。
それでもなおこの王女さまは言うことを聞かない。
ったく。早くしないと魔王が家にやって来ちゃうって。
もし彼がやってきても僕らが不在だったら「我をたばかったな!!」とか言って憂さ晴らしに家を破壊されそうだよ。
「取りにくいなら特別にわたくしが取って差し上げますわ」
と、右腕を僕の腕を絡めたまま姫ちゃんは適当にジャガイモの袋を籠に入れてくれた。
そこまでして離れたくないらしい。
エスコートする側がされている気分になるのはどうしてだろう。
たかがジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ルーを籠に入れるだけで1時間かかった。
しばらくすると彼女は少し赤い顔をしてモジモジし始めたので、御丁寧にも「トイレはあっち」と教えてやった。
「こ、ここで待っておきなさいよ」
「へいへい」
子供がよく親に言うセリフである。まあ大抵の親は必ずそこらをぶらついて約束の場所にいないが。
信用ならないのか、5歩進んでは僕がその場を離れていないか確認する姫ちゃん。
どんだけ不安なんだよ。
「いいこと? この場を離れてたら承知しませんわよ」
「ほいほい」
5歩進んでクルッ。
「今度約束をお破りになったら離婚ですわよ!」
「いつ僕が結婚したの!?」
離婚と叫ばれ、近くを通りかかったオバチャン衆に「まあ」と云う目で見られる。
これじゃあ僕が嫁に冷たい夫みたいじゃないか!
「とにかく早く行っておいで」
「ひどい! 『早く逝け』だなんて!」
姫ちゃんの脳内変換力が恐ろしい。
弁解しようとしたが、姫ちゃんは「あと70年は生きますわ!」などと叫びながらトイレに走って行ったので言いそびれた。
王女さまをトイレに連れて行くだけでこんなに感傷的になるとは思わなかったなあ。
仕返しではないが小さな下剋上を果たすため、姫ちゃんが完全に見えなくなったあと、命じられた場所からお菓子売り場に移動する。
魔王が来るんだし、お菓子でもお出ししないと「無礼な!」とか言われそうだからとりあえず買っとくか。
うん、まああの様子だとこの世界のお菓子を知らないみたいだし、コーラとポテチのアメリカンスタイルを取っておけば無難だろう。
などと魔王が来た時の接待の仕方を脳内でリハーサルしている時、大勢の子供がお菓子売り場に密集しているのに気づいた。
さらにはその親であろうお母様集団も子供らと一定の距離を取ってお菓子売り場の一点を見つめている。
子供はわかるが親がお菓子売り場に集まる要素は考えられないな。
野次馬がたかっていれば見たくなるのが人間の本能である。
ポテチを買うついでにちょっと見てみよう、という好奇心でお菓子売り場に立ち寄ったが、間もなく僕は自らの軽率さに失望した。
「む、康介」
と、野太い声が聞こえた時には手遅れだと気づいた。
ジャンヌダルクさながらの防具と武具に身を包んだ身長150センチ未満のアレクサンポポス大王。
歩くたびにガッシャ、ガッシャと金属音を立ててしまう、潜入ミッションにはどう考えても不向きな格好の彼は、子供たちに囲まれながらこちらを見ている。
子供らの目には魔王が大道芸人か何かに映っているらしい。
ママさんたちの視線が一瞬こちらに向いたので、勘違いされまい、と僕も向けられた視線を受け流す。
が、
「どこに行こうとするのか、康介よ」
「はうっ」
見なかったことにしてグッバイしようと試みるも、脱走には失敗した。
大王が僕のところまでやって来て腕を掴むと、一部のママさんはヒソヒソと「知り合い?」「さあ。 でも怪しいわ」とか言って子供を引き連れて去って行った。
魔王さん、あんた完全にコスプレ好きの変態にしか見られてないよ。そして僕も。
「な、なんで魔王がショッピングモールにいるの?」
「うむ。 今宵おぬしの家に邪魔するのに、魔王たる我が何も持参せず飯を食わせてもらうというのでは面目が立たぬ。 ゆえに供物を探しておったのだ」
「はあ。 別にそんなのいいよ?」
「ならぬ。 好意は素直に受け取れ」
と、言いつつ僕の買い物かごにお菓子を投げ込んだのでは意味が無い。
このままでは結局僕が支払う羽目になり、他人からのプレゼントが自分へのご褒美に変貌してしまう可能性が高い。
おっと、そろそろ姫ちゃんがトイレから帰ってくる時間だ。
色んな意味で早く逃げ出さないと。
「ね、ねえ魔王さん」
「どうした、我が半身Gよ」
半身というくせにまだ等分割された個体が存在する模様。
Gというアルファベット入りの呼称から強烈な下っ端臭がする。Aじゃないのかよ畜生。
「ちょっと用事があるから戻っていいかな」
「用とな?」
「う、うん。 連れの怪獣がそろそろ戻って来るから」
姫ちゃんの素行を怪獣に例えてみたが、失敗だったようだ。
魔王は心底驚いた顔をして「おぬしは猛獣使いであったか!」などと盛大な勘違いをされた。そりゃあ異世界の帝王をしてりゃあ怪獣を信じるよな。
「して、おぬしの飼っておる獣は如何ほどの強さか」
「めっちゃすごいよ。 一度にお皿15枚割るから」
今朝のイナバ○アー事件で。
「なんと面妖な……」
姫ちゃんに大した強さは無いものの、魔王は5歩後退して蒼ざめた顔をする。
もうこれって絶対変なのに勘違いされてるよ。
拳を一振りするだけで皿を15枚割ることのできる大怪獣を御想像なのだろうが、本体はもっと小さいということを先に申し上げておけばよかった。
「恐るべき魔力よのう。 その獣の魔力を以ってして世界を征服することも夢では無かろうに」
皿15枚ではちょっと厳しい。
「世界征服にはあんまり興味ないね。 何せ世界ともなって来ると土地が広いし、維持費の税金払えそうにないから」
世界征服しても税金は納める予定です。 日本に。
「んじゃ、またあとで」
「うむ。 また是非その野獣を我に見せてくれ」
もっと姫ちゃんのことについて訊かれるのかな、と思っていたけど、案外納得したようで魔王は野菜売り場に直行する僕を見送った。
売り場に行くとまだ姫ちゃんは帰って来ていないようで、明日は回鍋肉(ホイコーロー)にでもしようかとキャベツを見ていると、皿割りお嬢さまが無事ご帰還された。
「あら、ちゃんと約束は守れたようね」
帰って来るなり王女さま発言である。
それだけならまだしも、いきなり万歳して僕に抱き付き、トイレで手を洗った際に付いた水を僕の服で拭いやがる。
彼女にとっての僕の存在意義が大変気になるところだ。
「ねえ姫ちゃん、人の服で手を拭くのはやめてくれないかな?」
「洒落のつもりかしら」
「“服で拭く”って? オヤヂでもないのに故意にそんなこと言わないからね!?」
「冗談ですわ」
「あなたの冗談はどこまでが冗談かわかりませんて」
「コラーゲンを食べてもコラーゲンにはならないという事実を御存知?」
「話を逸らすな。 ってマジで!?」
ゼラチン系を食べても意味が無いということか。うーむ、流石は女子だけに美容関係の知識はありそうだな。
「僕が今言ってるのはね、人の服で手を拭いちゃだめ、っていうこと」
「わかりましたわ。 今度からはズボンにしますわ」
「そんな的外れも甚だしい解釈してほしく無かったな!!」
「じゃあ、こーすけのどこで拭けばよろしくて?」
「僕=タオル!? ハンカチ持って来いよ!」
「ハンケチ?」
「大正かっ!」
「この世界の用語は難しくてわからないわ」
ハンカチという単語を難しいと言われたのは初めてだよ。
この女を攻略するために是非とも攻略本が欲しいところだ。
仕方ない。彼女を想っての指導だったが、お嬢さま生活からの更正は不可能とみて諦めよう。
「ああ、そういやさっきそこに魔王がいたよ」
「魔王さまが?」
「お菓子売り場でポテチ買ってた」
今思えばシュールな光景だ。
略奪せずレジに並んで代価を支払うその姿を想像しただけで微笑ましいじゃないか。
でも姫ちゃんは魔王という単語には無頓着といった様子で、「魔王さまはこの世界の生活に慣れていらっしゃるのかしら」などと呑気に欠伸していた。
姫ちゃんは魔王が何か理解していません。