ご愛読してくださっている方々、ご感想を頂いた方々、本当にありがとうございます。
ぴんぽーん。
「はーい」
風呂場からとりあえず返事。
魔王に対して居留守を決め込むほど、僕は度胸があるわけじゃないからね。
姫ちゃんに「あとは自分でやっといて」とシャワーノズルを手渡し、僕はアレクサンポポス大王を迎えに玄関に向かう。
でも玄関に行くとトラックのエンジン音らしきドッドッドという音が聞こえてきたから、訪問者が魔王だという選択肢が無くなった。
彼は馬に乗ってやってくるから「ヒヒーン」のはずだ。
ガチャッ。
「ちわっす。 『闇の帝王』さまよりお届けものです」
魔王(アレ)の仕業か。
「ご苦労様です」
玄関に用意しておいたハンコをポンして受け取りは終了。
宅配便のお兄さんはトラックに乗って帰って行った。
「お届けものってなんだろ」
ガムテープで封がされた大きめの段ボールを玄関で引っぺがす。
するとどうだ。中身は全部ポテチ。しかも全てうすしお味という品揃えだから驚きだよ。
せめてコンソメとかも入れて欲しかったところだ。
「誰でしたの?」
「うん? 単に宅配便で魔王から……」
Oh!
姫ちゃん全裸でご登場!!
「何やってんのさ!! 服着て――って言う前にバスタオルで体拭いてよ! 何でボトボトのまま出てくるの!?」
うひゃあ、危ない。
宅配便で助かった。もし魔王だったら完全にアウトだ。
「決まってますわ」
「?」
「こーすけが『拭け』って言わなかったからですわ」
「僕が言わなくても世間一般の御家庭では体は拭くものだから!!! つか服着ろって言うまで全裸でいる気なのか!?」
眼福だよ!!
「うるさい下僕だこと」
「じゃあうるさくさせないでッ!!」
兎にも角にもその小さいお胸を隠しなさい、とバスタオル(新品)を手渡し、姫ちゃんがまき散らした水滴を雑巾で拭いていく僕。
鼻歌を歌って下着を身に纏う“誰かさん”の横で、涙を流しながら雑巾を絞っている時、チャイムも鳴らされていないのに魔王がやってきたことが分かった。
だって、カッポカッポという馬蹄音と「はいやぁ!!」という手綱を取る掛け声、さらには明らかに人工的な声で「ひひぃーん!!」などと啼きやがるからさ。
魔王が。
まあ闇の帝王を待たせるのもよくない、と思い、姫ちゃんがブラを付けてパンツを穿いたことを確認してから玄関に直行。
ガチャッ。
「うむっ?」
丁度魔王は馬上からチャイムを押そうとしていた。しかし押す前に僕が現れ、拍子抜けした顔をしている。
「待ってたよ。 馬はそこの木に繋いで上がって」
「むぅ。 かたじけない。 今宵は我が愛馬も興奮しておるのか、よく啼くのでな」
あくまで自分がセルフで「ひひぃーん」と鳴いていたことは秘密らしい。
「では邪魔するとしようか」
魔王は身長のせいか転げ落ちるようにして馬から降り、馬を樹に繋いで傷だらけになって我が家に上陸する。
魔王が来たんだ。無礼の無いようにしないとね。
……無礼と言ってまず初めに想像されるのが姫ちゃんの素行の数々である。
もし気が狂ってカレーの皿を魔王に投げつけたら地球崩壊の危機がすぐそこまで迫ってしまう恐れがある。
なんとしても皿は割らず、かつ屋内で水上パレードを開催させないことが大切だ。
あれ、そういや姫ちゃんは?
「姫ちゃん、魔王が来てくれたよ」
どこにいるか分からない“奴”に向かって報告も兼ねて叫ぶ。
まあ我ながら「来てくれたよ」というのもおかしな言い方である。
大抵は「来てしまった」というのが妥当だが、あたかもVIPが庶民の家庭を訪問した時のような言い方になるのはこの人の温厚な性格のおかげに違いない。
「康介よ。 姫とは何者か」
ガッシャガッシャと鎧を引きずりながら我が家を進行する魔王が問う。
「んーとね、大災害しか引き起こさないトンデモナイお嬢様」
「ほう。 それはおぬしの身内か?」
「赤の他人。 昨日アポ無しでやってきたんだ」
魔王は再度「ほう」と頷いた。
このアバウト過ぎる説明で十分に納得した顔ができるのは大王だけだと思うな。
リビングのテーブルまでやってくるとカレーのスパイシーな香りが漂っていて、彼から「今宵の食物は期待できそうな匂いよのう」などとお褒めの言葉を頂いた。
だが素直に喜べないぞ。
だって姫ちゃんが一階のどこにもいないんだから!
ま、まさか魔王が怖くて逃げちゃったのか!?
うーん。そりゃそうだよね。普通RPGゲームで魔王に向かって突き進んでいく酔狂な姫君(ヒロイン)はいないよね!!
魔王をすんなり我が家に入れてしまうなんて、僕はなんて軽率だったんだ!!
ごめんよ姫ちゃん!!
裏口から外に出て追いかけようとしたその時、二階に続く階段から「ようこそですわ、魔王さま」などというおバカ臭プンプンの声がした。
急いで階段の方に行ってみると、なんとそこにはドレスに着替えた姫ちゃんがいるではないか!!
でもよく考え直していただきたい。
昨日確認した通り、彼女は下着の上に着るシャツ類を異世界に忘れてしまったのだ。
そのせいか、ブラとパンツが純白のドレスから透けて見える惨状。
もはや西洋の高貴な着物が浴衣と同レベルになっている。
「ちょ、姫ちゃん!! 下着丸見えだけど!?」
「見ないで頂けるかしら?」
「あー、ごめん。 って、何で僕が謝らなきゃいけないのさ!!!」
前を向いても後ろを向いても下着が見え隠れ。
男にとって“裸エプロン”並みに嬉しい格好の姫ちゃんだったが、次の瞬間、
ツルッ。
「きゃあ」
「のぁああ!!」
盛大に階段を踏み外し、僕の方に向かって倒れてきた。
なにぶん裾の長いドレスだ。きっと裾を踏んで滑っちゃったんだろう。
「あっぶないっ」
危ういところでキャッチしたものの、僕がいなければ大けがをして……、
いや、たかが階段2段で大けがはしないか。
「とりあえずさ、魔王が来てるから変なことしないでよ?」
「あら、その言葉そっくりそのままお返しいたしますわ」
客人が来た途端に気取りやがって。
一度に15もの皿を割り、さらには洗面所を水浸しにし、その上勝手に僕のエロ本を閲覧するこのお嬢様に、まさか素行を注意される日が来ようとは夢にもおもわなかったな!
「ごめん、お待たせ」
「む!」
リビングのテーブルにじっと腰かける魔王の元に急ぐ。
彼は就活の面接時のように姿勢正しく凛とした顔をして前を向いていた。
「紹介するね。 これが我が家の姫ちゃん」
「!?ッ」
ドレス姿の姫ちゃんを披露した時、魔王の顔から血の気がサァーっと引いていくのが確認できた。
諤々と脚を震わせ、さらには口をパクパクさせて「あわわわ」と言っている。
「どったの?」
明らかに魔王の反応がおかしい。
普通なら「ふん、小娘めがっ」とか言われそうなのに、何か強い衝撃を与えれば気絶しそうな血色だ。
一方で姫ちゃんは眉根を寄せて魔王の顔を見入ると、揃ってお互いを指差し、「「ああ!!!」」と叫んだ。
「う、うぬは確かエレシアヌス王国の第一王女!!」
「そういうあなたは暗黒帝国の大王!?」
どちらも中二っぽいことに変わりは無い。
「二人とも知り合い?」
「し、知り合いも何も……我は……」
その瞬間、魔王は椅子から転げ落ちてシュタッと土下座し、
「すんませんっした!!」
ええー!!?
「ひれ伏しなさい! この情けない魔王がっ!」
ええー!!?
魔王が突然姫ちゃんに土下座しただけでも驚きなのに、姫ちゃんの反応がさらに僕の度肝を抜く。
その後、魔王はかつてRPGのように姫ちゃんを攫おうとするも、逆に彼女から再起不能になりかけるほどのパンチと蹴りを入れられてトラウマになっているという旨の話を両者から聞かされた。
女もキレると恐ろしいなあ。
「で、何でアレクサンポポスがここにいるのかしら」
椅子に座り脚を組む姫ちゃん。
その手前で両膝をついて低頭する魔王は威圧感に気後れし、「しぇい……」という、ショボンとした返事を返した。
「実は……勇者から逃げて参りました」
「あら、それは奇遇ね。 わたくしも勇者さまと結婚したくないがためにここに来たのですわ」
傍から見れば魔王が大変気の毒である。
蛇に睨まれまくったカエル状態で肩を竦める魔王は、「それはお気の毒なことです」などと風体に似合わぬ言葉遣いをしている。
ここは僕が助け舟を出してやるべきだ。
「ふ、二人ともさ、この際仲良くしたら?」
魔王と姫ちゃんの間に入って仲裁を試みる。もし彼女から「うるさい」とか言われたらどうしよう、と考えていたけど、結果は意外とあっさりしていた。
「そうですわね。 お互い勇者から逃げてきた、という点で利害関係が一致しておりますし。 この場所を口外しないと誓えるのなら過去のことは水に流して差し上げますわ」
「畏れ多いお言葉にございます」
魔王はその呼称に似合わぬ顔で頭を下げた。
かくして我が家の平和は守られ、姫ちゃんと魔王は仲良くカレーにありついたのだった。
余談だが、二人に食べさせたカレーというのは実はオコチャマカレー。
初心者(ビギナー)には甘口が良いだろうと思っての配慮だが、二人はそのカレーの名称を知ることはない。
そう、『“勇者”カレー』という名の名称を。
まだ3章に続きます。