立てば石楠花、座れば牡丹、戦う姿はゴリってる!!! 作:九十九夜
「はぁっはぁっはぁっ・・・キャッ!?」
足が縺れてしまいそのまま少女はドシャっと倒れ込む。
その後を追うように近づいてきた複数の馬の蹄の音にハッとして起き上がろうとするが、どうやら足を挫いているらしく、うまく起き上がれない。
とうとう少女のすぐ傍にまで迫り「やっと見つけたぞ!手間を掛けさせやがって!」と怒鳴り声が響いた。
降りて近づいてくる男たち。
もうどうしようもなく絶望的な状況であり、少女には強張った身体を丸める他なかった。
「おいっ立て!」という男の言葉に首を左右に振りそのままの体勢を保とうとすると髪を鷲掴まれて無理矢理目線を上げさせられた。
「いいとこの姫さんだか何だか知らねえが調子乗ってんじゃねえぞ!!」
「黄色い猿が!!」
ガッ
「う゛っ」
頬を思い切り殴られる。
泣こうが悲鳴を上げようが変わらず降ってくる拳と蹴りと罵声と厭らしい笑い声。
そんな中で現実逃避気味に彼女は思考する。
どうして、なんで、なぜ。
私はただ、あの日常から、世界から逃げたかっただけなのに。と
少女はこの世界の人間ではなかった。
未来で第二魔法とか言われる並行世界とやらから来たわけでもなく、俗にいう観測世界。
異世界とやらから逃げるためにこんな空想的な手段に走った人間だったのだ。
それ自体は別段罪でも何でもない。が、彼女は失念していた。
上手く飛んだあと、どうやってその世界で生計を立てていくのかを、
どうやってうまく周りをだまして生活を保障してもらうのかを、
その後のことを全く考えていなかったのだ。
あるのはこういった魔法とかが使えるようなところの知識が漫画や小説を通じて断片的に。
果たして、それで無事でいられるのか?
・・・結果はご覧の通り。全くもって芳しくない。
この世界、ブリテンには魔法は存在している。
が、全てがそんなアニメや児童書の様にふわふわとしたご都合主義で成り立っているわけではない。
というか、どちらかと言えばシビアである。
魔法には理論があり、現象には理由がある。
故に、価値観だってなんだって、何処までもそれこそ悲劇的なくらい
ここはブリテン。後のイギリス。ブルネットの髪はいないわけではないが珍しい。
黄みがかった肌。中世辺りのこの国ではやはりというか肌の色は白い。
そうして極めつけは、コーカソイドらしき人々が多いこの国の中で浮いてしまうモンゴロイド独特の人相に身綺麗な格好。
正に、珍妙ないいカモなのであった。
現にこうして奴隷商人か盗賊みたいなのに捕まりかけている。
ああ、きっと私。ここで死んじゃうんだ。
ポツリと、幼い子どもの様に漠然と少女は思った。
いやだなあ、いやだなあ、いやだなあ。
でも、死んじゃうんだ。
そう思っていた時、不意に足音が聞こえた。
さっきまで降ってきていた拳や蹴りはもう来ない。
代わりに聞こえてきたのは男たちのどよめきと、安い革靴の音でも、馬の蹄の音でもない、重厚な鉄の音。
「ふむ、ここには闇市があると聞いてきたのですが・・・。」
気絶するふり、というかどのみち動かない身体をそのままに耳をそばだてる。
若く、張りのある男性の声だ。
「んだ?何かと思えばどこぞの騎士様じゃねえかよ。」
「こんなしけたとこになあんのごようでしょおかあ?騎士様よお!?」
「はっそんなすかした兜被りやがって!!」
「・・・あまり品物に期待できそうにもありませんし。摘発したほうが無難かなあ・・・。」
殺気立つ男たちを前にして、鉄の足音の持ち主は何事かを呟くとうん、と納得したかのように頷いた。
「あ゛!?おいおいおい兄ちゃん。あんた立場ってもんがわかってねえなあ?ああん!?」
「これが見えねえのか?」
グイっと引き合いに出されて、苦痛に悲鳴を上げる。
暫し沈黙の後、びゅっと何かが風を切る様な音がして思わず目を開ける。
男性が「そこのレディに免じて一太刀くらいは許しましょう。」というのとほぼ同時に彼の首を狙って横振りに斧が振られた。
ガギャンッという音がして間もなく、ガシャンと何かが落ちる。
思わず瞑ってしまった目を開けると、吹っ飛んだのは兜だったようで彼の首はちゃんとついていた。
が、ここで少女は驚く。
えっ・・・?
だって、その顔は。
少女が異世界でよく見知った顔だったのだから。
ガ、ガウェイン!?
そんな唖然としている少女を余所に会話は続く。
「へ、へへっ兜の下は優男ってか!?」
「こいつぁ丁度いい!二人揃って売り飛ばしちまえ!!」
やんややんやと騒ぐ周りをそのままに沈黙していた男性は顔に手を遣って確認する仕草を取る。
「・・・確かに、一撃で決めるならそれこそ袈裟斬りか首を狙うか。けれど、こうもピンポイントで継ぎ目を狙ってくるとは思いませんでした。いやはや、よい腕をお持ちで。」
ニコニコとこの場に似合わぬ温和にして凛々しい笑顔で言って「でも、」と言葉を濁す。
「予定は変更です。この顔を見られたからには、申し訳ありませんが処理させていただきます。」
そう言ったその顔は、欠片も笑ってなんかいなかった。
***
「ううっこ・・・こ、は・・・?」
「気がつかれましたか、レディ。」
気が付いたらしい少女に寄って行って膝を付く。
きょとんとこちらを見る少女に微笑みでもって返すと、その頬はポウッと赤く色づいた。
うん、こういった対話やら誘導やら尋問やらのときに滅茶苦茶役に立つよね、この顔。
しばし呆気に取られていた少女が何かを思い出したように起き上がろうとする。
いや、あんた全治2カ月の重病人なんだけど。
案の定少女はずるりと傾き倒れそうになった、ところを支える。
「ああ、無理をしてはいけませんよ。貴方は最低でも後2カ月はこのまま安静にしなくては。」
「あ、あのっでも私・・・お金とか・・・その、持って、ません。し・・・。」
「安心してください。そう言ったことは求めていませんので。」
で、でもっ!とまた何か言い募ろうとする彼女を遮る様に口を開いた。
「まず先に、あなたの関わったあの男たちの報告をさせてください。まず、あの男たちですが。どうやら最近周辺を暴れまわっていた盗賊団だったそうで、取り敢えずそのまま衛兵に身柄を引き渡しました。」
・・・もっとも、それは自身を後ろから斧で斬りつけた奴だけであって、それ以外の俺の顔を見た奴は全員糸でバラしたが。いや本当に、あの時咄嗟に殴って気絶させておいて良かった。
「は、はあ。」
「それともう一つ。貴方の身柄の事なのですが・・・。貴方がここで治療を受けて眠っている一週間の間に貴女の関係者を探してはいるのですが・・・その、申し訳ないことに力及ばず・・・。」
もちろん王にも、円卓の連中にも、父上にすら話しておらず。全て独自のルートでだけどな。
俺の言っていることに申し訳ないのか、はたまたは不安からなのか悲し気な表情で俯く少女。
前者は彼女がトリップとか転生とかしていた場合で、後者が日本から人買いの手によって売られてきた場合だ。
たぶん前者だろう。なんせ、セーラー服着てたし。ヘアスタイルからして現代か。
「いいんですっ。むしろ謝るなら私の方で・・・助けていただいてありがとうございました。その上こんなに良くしてもらって・・・面倒だったでしょう・・・ごめんなさい。」
生憎お金もなくて・・・どうすれば・・・と少女がまたしゅんとした表情になる。
なんだこの子、いい子だ。いい子過ぎる。
具体的にいえばオトゲーのヒロインかギャルゲーの健気系後輩ポジ。
下心とか全くない感じの超純粋ないい子だった。
下心っつか、打算ありきで拾った俺が逆に申し訳ないよ。うん、ごめん!!
「いえ、きにしな「で、でもっそれじゃ私が気にします!お願いです!私にできることならなんでもしますから!!」
何言っちゃってんだこの子。それは言っちゃダメなセリフワーストに入る言葉だよ男は狼だよなんなんだよ。
いや確かにありがたいよ?
もう少し懐柔してから頼もうかな~とか、外堀をうめてからかな~とかって考えてたから手間が省けたと言えば省けたんだけどさあ・・・なんか、この子の将来が不安。
悪い男に散々利用された挙句捨てられそう。あ、かーちゃん思い出した。顔も結構なものだから尚更だろう。
「・・・そこまで言うのなら頼みがあります。」
さらりとベッドから零れ落ちそうになる、足首辺りまである美しい黒髪。
「あなたの髪を、私に売っていただけないかと・・・。」
少女はきょとんとした後に快く承諾してくれた。あんなに伸ばしていたのに本当に良かったのだろうか。
でもそのおかげでこっちはホクホク顔である。
なんせ、滅多にお目にかかれないブルネット。それもモンゴロイドの髪である。
こちらの人々特有の金髪よりも丈夫で、且つ、夜闇でも目立たない。
糸の原料には最適だ!!ひゃっほう!!
え?例の少女?
安心してくれ。あの後彼女はうちの使用人になった。
表向きは人手不足の解消と彼女の身柄の保護。
魔術師の概要と、少女に秘められた狙われる危険性を話したらこっちも快諾してくれた。
良かった。これで彼女を消さずに済んだ。