Beyond the lost.   作:浪速の風来坊

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10話 旧友

2025年11月21日

「会う時間を作ってくれてありがとう。久しぶりだね、Ms.風見」

「本当に久しぶりね、ランドル。前みたいにあすかって呼んでくれていいのよ、変に律儀なんだから」

「私としたことが、妙に畏まってしまったようだ。そう呼ばせていただこう、あすかさん」

「相変わらずね、でも会えて嬉しいわ」

「私こそですよ。日本に来る用事があって、あすかさんも今は日本にいると聞いたものですから、無理を承知で連絡してみたんです」

「そうね… これからはもう海外を飛び回ることもないかもしれないわね」

「それは…非礼なことを言ってしまったかもしれません、謝ります」

「ううん、そんなことはないのよ。仕方ないことだし、誰の責任でもないんだから。でも皆に会えなくなったのは寂しいかもしれないわね。でも貴方みたいに機会があれば会いに来てくれる、私にはそれで充分よ」

「お子さんも随分大きくなったようで」

「そうね。あの人との一番の繋がりがこの子に詰まっているのかもしれないわ。せっかくだから相手してやって」

「ええ、喜んで」

 

名雲京志郎と密会した翌日、ランドルは風見あすかの元を訪れていた。二人が顔を合わせるのは、風見ハヤトの告別式以来、数ヶ月ぶりのことだった。

 

「ランドル、私考えていたの。レースって何なんだろうって。沢山の人が命を賭してまでスピードの限界を追い求めること、その先になにがあるのかということ… あの人も、一度大きな怪我をして、辛い思いをして、でもまた戻っていった。そして… ごめんなさい、どうしても気持ちが、ね…」

「大丈夫ですか?無理はなさらないでください。ただ…実のところ、私にも分からないんです。小さい頃から数多くのスポーツをやってきて、結果も出して… もちろんレースの世界を極めていないという思いがあるのは確かですが、それだけではない思いもあって… 言葉にするのが難しいですね」

「あの人も結局言葉で伝えてはくれなかった。義務感で乗り始めたサイバーの世界がいつしか自分にとって無くてはならないものに変わっていった過程、そして心境の変化… ずっと見ていた私ですら答えが出ないんですものね、難しすぎる問いなのかもしれないわ」

「同感です。それでも僕はまだ走っていたいんです。誰かのためじゃなく、自分のために」

「改めて言っても仕方がないことだけど、身体には気をつけてね、ランドル。やっと中継を観ていられるようにもなってきたの、応援しているわ」

「ありがとうございます」

 

そんな会話を一頻り交わしたのち、時より赤ん坊の泣き声が響く以外は沈黙が場を支配した。ランドルとあすかもまた古くからの友人といった感じで、多くの言葉を必要としていないようだった。

 

「おっと、もうこんな時間か。あすかさん、僕はそろそろお暇致します」

「そうね、忙しいあなたをこの子が随分引き止めてしまったわね」

「いいえ、とんでもない。また伺わせてください」

 

ランドルは足早に邸宅を立ち去っていった。あすかには遂に伝えなかったが、以降のスケジュールは相当に押していたのである。

 

「あなたはどんな子に成長するのかしらね。私に似るのか、あの人に似るのか。何よりも心の優しい子になってね」

 

あすかは改めて二人きりになった部屋の中で赤ん坊に語りかけていた。この子がこれからどんな人生を歩むのか、それを知る人はいない。親の願いという思念がただ注がれるのみであった。

 

 

「エピメテウスの進捗状況についてはどうなっている?」

「シーズン途中から開発を始められたこともありプロトタイプは既に走らせられる段階に来ています。ただユニオンのエンジン開発が完遂しておらず、その完成形によっては微調整が必要になるかと」

「エンジンの完成を急がせてくれ。年内のうちに風洞および実走でのテストを行いたい。シーズンオフのテスト日数に制限が加わったとはいえ、早くに動かせるのに越したことはないからな」

「承知しました、Herrランドル。年内には必ず。」

「よろしく頼む。直に私も日本を発つ。北米でのプロモーションを終えてからになるが、オーストリアに帰り次第ファクトリーにも顔を出す」

「道中お気をつけて。お待ちしております」

 

成田空港で慌ただしく会話を交わすランドル。相手はチーフエンジニアのハインリヒ・リントである。スゴウと同じくユニオンもまた来季の新マシン投入を決めていた。オーナー兼監督兼ドライバーのランドルがイシュザークのマイナーチェンジを蹴って英断したことであった。ニューマシンの名前はエピメテウス、操作性の良さを売りにしてきた従来までのイシュザークとは毛色の異なるマシンとなる算段である。

 

「さて、心惜しいが日本に別れを告げねばな。次に来れるのはいつになるだろうか」

 

そう言い残しながらプライベートジェットのタラップを登っていくランドルであった。


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