Beyond the lost.   作:浪速の風来坊

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4話 新条の葛藤

2025年9月4日

「もう少し下がってください!もう少し下がってください!」

エジプトでのGPウィークが始まる頃、記者たちの関心はCFDAの会長へ就任したエデリー・ブーツホルツに集まっていた。サイバーフォーミュラ世界選手権に参戦するドライバーが有志で集まって発足したCFDAはピタリア・ロペから風見ハヤトへと会長職が渡っていたが、当面は止むを得ずブーツホルツが務めることとなった。そしてそのブーツホルツから、FICCYやマシンコンストラクターの団体であるCYCAへの何らかの声明が発信されるとのプレスリリースが事前に行き渡っていたのである。

「CFDAとしては、風見ハヤト選手の事故死に関する精緻な原因究明、及び同様の悲劇が繰り返されないための改善策の提示を強く要求する次第であります」

「車両に対するいくつかの制約事項が今期から追加されました。ただしそれらはドライバーの意見が充分に反映されたものとは言えず、ドライバーの立ち位置を蔑ろにしているという意見もありますが、それについては?」

「確かにそれについては一定以上認めざるを得ない部分もあると明言させていただきます。ですがそのことと今回の事故との因果関係が分からない以上、今ここで仔細を議論する必要はないと考えます」

「風見ハヤト選手が使用していたサイバーシステムの特殊性が今回の制限で特に大きな影響を及ぼしたという一部報道もありましたが?」

「それについても、我々としては調査を要請し、その結果をあまねく開示していただきたいと言うほかありません」

 

「いつになってもこの手のプレス対応は慣れないものだな」

それなりに長時間の記者会見を終え、ブーツホルツはため息交じりの安堵の声を上げる。

「他に適任者が居ませんから… ご苦労をおかけしました、ありがとうございます」

副会長となった新条直輝がブーツホルツを労う姿がそこにはあった。

「例には及ばんよ新条君。キャリアを重ねてきた者の責務のようなものだ」

「それにしても… やはりサイバーシステムについて突っ込んでくる記者が現れましたね」

「アスラーダを昔から知っている人間としては複雑な気分には違いないな」

「そうですね…」

特にアスラーダのこと、風見ハヤトのことについて知り過ぎているとも言える2人の会話の歯切れは、お世辞にも良いものとは言えなかった。

「なんにせよ、これでこの週末が終わるまでは走ることに集中できる。それだけでもドライバーとしてはありがたいことだ」

そう言い残しつつブーツホルツは自チームのモーターホームへと帰っていった。

「アスラーダ、そして凰呀…」

一人になってから考え込む仕草を見せる新条だった。

 

2022年の第17回大会のチャンピオンマシンとなった凰呀AN-21Bだったが、翌年には加賀城太郎の引退と共に姿を消した。アオイZIPは2023年シーズンをアルザードNP-2、途中からはイグザードZ/A-11に変えて戦うこととなったが、それでも昨年ほどの結果を残すことは出来なかった。アオイ開発陣はそれを憂いて凰呀から何か現行のマシンへ落とし込めるものがないかを探り、そのサイバーシステムのダウングレード化したものとブースト機構を開発に反映させて2025年からイグザードZN/A-01を投入した。

 

奇しくもこの年からのサイバーシステム制限枠ギリギリに収まったこのマシンは開幕から堅調な成績を残し、速さと脆さが顕著になっていた風見ハヤト駆るν-アスラーダAKF00/G+を脅かす存在となっていたのである。一部ではアオイこそがCYCA内での立場を生かして今期からのレギュレーションに影響を及ぼしたとすら噂されるほど、見方によっては出来過ぎた話だった。もちろん、風見亡き今チャンピオンへの道が大きく近付いているのは事実なのだ。

 

新条もその内実を風聞だけでなくオーナーである葵今日子が時折漏らす言葉の端々から感じ取っていただけに、ブーツホルツとの会話に言わば動揺を隠せなかった。


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