2025年9月5日
エジプトGPが始まった。カイロ郊外、ギザの砂漠の大地に設置された特設サーキットが舞台だ。大スフィンクスを始め、3人の王が祀られているとされるピラミッドたち、これら世界遺産を外周するように作られ、北・東の市街地部分と、スフィンクスコーナーを抜けた後のバックストレート以降、南と西を走る砂漠部分でコースの特性が異なるのが特徴である。市街地部分は平坦だが路面はダスティーでμも低く、直線と直角コーナーを繰り返すレイアウト、砂漠部分はサイバーフォーミュラ特設サーキット用のハイグリップ路面が用いられ、高低差が大きくバンク角も大きいほぼ360度の高速旋回や逆バンクになっているヘアピン、3kmに及ぶ西側のホームストレートを備えている。
余談になるが、サイバーフォーミュラで用いられるハイグリップ路面はアーティフィシャル&シンセティックサーフェイスの技術の賜物とされる。日本語に訳すと人工合成路面となるが、繊維や樹脂・オイルを砂と混合して作られ、従来のアスファルトとは大きく異なる特性を持つ。何よりもその場で塗り込んで固める必要がなく、1平方m単位からより大きいサイズまで予め持ち込んで組み立てるだけでコースを作ることができる点で選手権には不可欠なものとなっている。
さて、本題に戻ろう。2つのセクションからなるスフィンクスサーキットは1周13.3km、決勝はこれを35周して争われる。(数年前より一部の特例を除いて周回数は走破距離が455kmを超える最小の数となるルールが定められた) 今、まさに初日のプラクティスが始まろうとしていた。
「ふぅ、これはなかなかどうしてセッティングが決まらないものですね。他の方はどうなんでしょうか?」
アオイZIPレーシングのルーキー、ヤンが最初のプラクティスを終えて思わず溢す。
「砂漠地帯のせいだろうけど、全体のμの低さと不安定さが今年のタイヤには厳しいのかな」
司馬が自らの見解を述べて返答する。
「私は今年からなものでそのあたりが何とも。司馬さんは去年までと今年で大きな違いがあるとお考えですか?」
「マシンアジャストが難しくなったのは間違いないね。セッティングにおけるサゼッションや走行中の微調整・アシストでサイバーシステムの助けを得られにくくなってるし。特に路面状況が変化しやすい時にそれがホントに効くんだよ」
「なるほど… これはJJのやつも苦戦してるかな…」
「誰かに噂されている気がする」
「ん、ジェフどうした?」
「いや、なんでもないよ、ナオキ」
「そうか、それならいい。マシンの調整について困ってたりはしないか?」
「路面が滑りやすくてあまり経験のないトラックコンディションなんだけど、メカニックとも少しずつ詰められているから今のところは大丈夫。いつもありがとう」
「気にすることはないよ。ジェフをこちらに引き込んだ俺の責務でもあるからね」
アオイZIPフォーミュラでもドライバー同士の会話が弾んでいた。尤も、新条とジョンソンの両名は以前からの仲であるため、さして特別なことでもなかった。
話は2020年に遡る。パフォーマンス不足を理由に名雲京志郎率いるAOIから追い落とされて一時的にCFの世界を離れた新条直輝は、新天地に北アメリカ大陸を選びNASCARに参戦した。ここで活躍してドライバーとしても一皮剥け、最終戦でユニオンセイバーへ電撃的に復帰した、というのが衆目の知るところである。この新条と同じ時期にNASCARの最上級クラスにデビューし、新条と交友を深めたのがジェフリー・ジョンソンその人である。そして新条がCFに戻った翌年から頭角を現したジョンソンは、2022・2023年とシリーズチャンピオンに輝く。その才能が買われ、また新条からオーナーサイドへの口添えもあって2024年からアオイZIPレーシングに加入し、初年度にルーキーオブザイヤーを獲得。今年はアオイZIPフォーミュラに異動して晴れて新条のチームメイトとなった。今年もここまで新条にこそやや遅れを取っているが、コンストラクターズタイトルを狙うAOIの大きな戦力になっていることは火を見るより明らかに結果として現れている。NASCAR時代からJJの愛称で呼ばれる朗らかなアメリカ人である。
ちなみにヤンとジョンソンは同い年で同じAOI所属、そして開幕前のドライバーブリーフィングで隣同士に座ったこともあって互いに打ち解けていた。デビューしてすぐのヤンと同じ目線に立てる良い相談役でもある。ドライバーにあまり見えないと言われる学者風で華奢な風体、穏やかな性格はジョンソンと対を成すようではあったが、お互いの関係性にさほど影響を与えることはなかったようだ。