Beyond the lost.   作:浪速の風来坊

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6話 一強

2025年9月7日

第10戦エジプトGPは決勝の日を迎える。前日の予選では新条がPPを獲得。トラクションで苦しむマシンが散見される中、コーナー立ち上がりでの加速で光るものがあった。フロントローにはパワーで勝るGIOエンジンを生かした最高速でタイムを稼いだブーツホルツ、以下は日吉、ジョンソン、ランドル、司馬、アンハート、ヤン、グーデリアン、クレイトーとトップテンまでが揃う。30台のマシンと30人のドライバーが今か今かとスタート時刻をグリッド上で待っていた。

 

 

「新条くん、いい?後ろのスゴウの2台は直線は速いけどタイヤへの負荷はきっとうちより大きいはずよ。前にさえ出られなければ確実にあなたのレースになるわ」

「わかっています、今日子さん。スタートから数Lapが山場ということですね」

「まぁ今更あなたに伝えるほどのことでもないわね、頑張って」

「いえ、感謝してますよ。行ってきます」

 

 

「菅生、戦略的にはどうだ?」

「タイヤへの入力が向こうの方が小さいらしい。ブーストの使いどころを選ぶべきだろうな」

「やはりそうか。序盤に押すことも考えたが、隊列が固まるまでは労って大人しくしておくか」

「私もそれがいいと考える」

「了解、日吉もそれは理解しているか?」

「伝える前に既に意図を汲んでいたよ」

「さすがだな、じゃあ行ってくる」

 

 

「行ってらっしゃいませ、お坊っちゃま」

「行ってくるぞ、グレイスン」

 

 

「ハイネル!今回は特に遅ぇなこのマシンは!開発者の顔が見てみてぇよ」

「なんだと…⁈ シュピーゲルがこのコースと相性が良くないとは始まる前から言っていただろう」

「それをなんとかするのがユーの仕事だろうが!」

「もう切るぞ!つべこべ言わずに走ってこい!」

 

各チームのレース前の会話であった。(一部抜粋)

 

マシンはフォーメーションラップを終え、グリッドに並んで行く。全ての車両が整然と並んでから、レッドシグナルが一つまた一つと灯り…ブラックアウトした!

 

全ての車が猛然と加速し始める。やはり新条のイグザードは蹴り出し良く、1コーナーを先頭で抜けるのは確実に見えた。そして同様にジョンソンもセカンドローインサイド側からスタートを決め、日吉に並んでいく。

 

「くっ… ブロックしても間に合わないか」

「よし、これは抜ける…!」

 

少し長めのホームストレートエンドでジョンソンは日吉をパスし、1コーナーを抜けた。

 

「良くない隊列になってしまったものだな… 前を捉えるどころか後ろを気にせねばならなくなる」

 

ブーツホルツはフロントスクリーンの端で後方を確認して呟く。

 

 

数周を消化する間に大きな順位変動はなく、新条が3秒ほどのリードを形成した。2番手のブーツホルツの後ろにはマークするようにジョンソン、少し離れて日吉、差がなく司馬、そこから若干開いてヤン・ランドル・アンハート・クレイトーの隊列、グーデリアン以下は離されつつあった。ランドルのペースがやや落ち始めていた。

 

「マシンの調子がおかしい。どこか壊れているかもしれない」

「テレメトリを確認します」

「サイバーシステムの方では感知していないようだ。あるいは見落としやすい箇所かもしれない」

 

ランドルのレースは厳しいものになりそうだった。

 

「新条くん、良い感じよ。後ろはタイヤを気にしてかブーストを使えないみたいね。もし使ってきたらその時だけカウンターでこちらもブーストを使いなさい」

「わかりました、今日子さん」

 

そう、昨今のサイバーフォーミュラにおいてはブーストがさほどオーバーテイクに役立つことは少なくなってきていた。各チーム間のブースト性能の差異が小さくなったことに加え、少なからずマシンに負担をかけることを避けたいという心理、そして相手が使えば自分も使ってイーブンにするカウンター戦術が確立されてしまったためである。特にこのエジプトは気温も高く、エンジン負荷・タイヤ負荷の共に大きいことが各ドライバーにブーストオンを躊躇わせることに繋がっていた。

 

 

ほぼ全ての車が1回ストップでピットインを済ませる戦略を取る形になっていた。そしてその最初で最後のピットインが近付いてきた頃、ジョンソンが遂にブーツホルツに仕掛ける。

 

「後ろから見ていても分かるほどタイヤが苦しいみたいだ。コーナー出口の加速が鈍い分、取り柄の最高速も殺されてしまっていると見える」

 

ジョンソンは的確に状況を見抜いていた。更に言えば高速コーナーの旋回速度も差がつき始めていて、いよいよガーランドには苦しい展開である。

 

市街地セクションで一気に後ろに張り付いたジョンソンはスフィンクスコーナーでブーツホルツのラインを潰しながらインサイドへ侵入、立ち上がりで僅かに前に出るとバックストレートで並びかけられはしたが、そのまま次の高速コーナーで振り切って前に出た。

 

「菅生、力及ばずだ。以降ポジションキープを優先するぞ」

「やむを得ん、認めよう」

 

 

これで勝負ありだった。アオイチームのピットワークもミスなく、新条・ジョンソンの1-2体制はゴールまで揺るぐことがなかった。

 

優勝は終始安定した走りで新条、少し差は開いたが2位にジョンソン、3位は守りきったブーツホルツ、レース終盤にペースが落ちた日吉を交わした司馬とヤンが4位・5位でその日吉は6位、ここまでがポイント獲得となった。ランドルはトラブルが複数箇所へ波及してしまいリタイヤ、グーデリアンはタイヤへの負荷が大きすぎて予定外の2回目のピットを余儀なくされポジションを大きく下げた。

 

表彰台で喜ぶ新条やジョンソン、それを見守るアオイチームの面々とは裏腹に、スゴウ陣営は皆一様に口を真一文字に結んだままだった。

 

「今のガーランドでは厳しいわね」

「仕方あるまい、アスラーダに頼りすぎたツケのようなものだ」

「ハヤト君の腕にもね」

「無論だ。こうなると来年のことを考えた方がいいのかもしれない」

「それは気が早いんではなくて?」

「監督としての現実的な判断だ、不本意ではあるがな」

「貴方もすっかり大人になってしまったことね」

「そうならざるを得ないということさ」

「わかった、一つ私に考えがあるの」

「どんな考えだ?」

「今はまだナイショ。形になりそうなところまで来たら教えてあげるわ」

「クレア、あまり揶揄わないでくれよ」

「私は本気よ、修さん」

「争っても仕方ないな、君を信じることにしよう」

「期待してて下さって結構よ」

 

そんな会話を監督とチーフデザイナーは交わしていた。

 

こうしてエジプトGPの幕は閉じた。風見ハヤトが居なくなってからすっかり皆が見慣れてしまった、アオイの強さがただ際立った大会だった。


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