2025年9月30日
「〜♬〜〜♬〜〜〜♬」
鼻唄を奏でながら端末に向かうクレア・フォートランの姿があった。ここはイギリス・ブラックリーにあるスゴウのファクトリー。
「これで…よし、と」
選手権は終盤のアジアラウンドに入って第12戦シンガポールGPまでが終了したものの、既に新条とアオイのチャンピオン獲得は決定的となっていて、クレアは帯同しなくともよくなっていた。そして、自らのプロジェクトを推し進めることに集中していた。
表向きには明らかにされていないが、監督である菅生修が具申した来期集中の方向性は既にオーナーサイド、ドライバーサイド共に了承するところとなっていた。特に、その核となるのがクレア・フォートランによる新しいマシンの開発であることを。
「ちょうどGIOがより小型のエンジン開発を進めていてくれて助かったわ。今のレギュレーションだと、重量バランスとサイバーシステムの効率的利用が不可欠ですからね…」
独り言を呟きながら休憩するクレア。しかし、その声に応えるものがいた…⁉︎
「私に出来ることなら何でも協力しよう。それがハヤトの為に出来る私の全てだ。」
クレアが目をやる端末のトップにはこう記されていた…
"ALBION Project"
2025年10月6日
「本当によくやったな、カルロス。次のGPまでは少し間も開く、故郷に帰るもよいし、アジアは過ごしやすく良い国も多い。好きに過ごしなさい」
「はい!ロペさんありがとうございます!」
この美しい師弟関係はロペとフィッティパルディの間に結ばれたものである。姓を見てピンと来る人も多いだろう、カルロス・フィッティパルディは曽祖父にエマーソン、親戚にもクリスチャンやエンツォ、ピエトロといった多くのレーサーを輩出している一族の人間である。彼は早くからサイバーフォーミュラの世界に興味を示し、その志は同郷の英雄ピタリア・ロペとの出会いで決定的となった。下級カテゴリであるJr.サイバーフォーミュラで瞬く間に頭角を現し、若干20歳にして今年デビューした期待の新人だ。
前日のオーストラリアGP、大雨に見舞われたアデレードは大荒れのサバイバルレースとなった。スピンアウトでのリタイヤやマシントラブルが続発、完走したのが12台だけという近年稀に見る展開を繰り広げた。
新条こそ安定した走りで優勝したもののジョンソン・司馬・ヤンと他のアオイ勢はリタイヤ、スゴウはブーツホルツ・日吉が2・3位に入ってアンハートとバレーがリタイヤ。ユニオンは軒並みドライブトレインに同系統のトラブルが発生してまさかの全滅と凄まじい結果である。
一方、そのおかげで利を得るものも居た。シュトルムツェンダーのルイザ、S.G.Mのレンツ、そしてA.G.S.のフィッティパルディがそれぞれ4・5・6位に入り、今季初ポイントを獲得するに至った。
「たしかに運に恵まれたのは間違いない。でもそれをモノにしたのは僕だ。そして何よりロペさんに褒められたことが嬉しいんだ…」
空港へ向かう道すがら、カルロス・フィッティパルディは感慨に耽っていた。少なからず親の威光について他者に僻まれたり妬まれたりすることもあったし、ロペとの関係についてもそれが影響したものと見られて実力を必ずしも正当に評価されていない風潮を感じていたし、本人もまた恵まれていることは自覚していた。それだけに、デビューした年のうちにポイントを取って一つ結果を残せたことが一層自分にとって意義があることだと理解していたのである。
「さてと、パパイ、ママイ… ファミーリアの皆に顔見せに行かなくちゃ!」
足取り軽く目的地へ向かうフィッティパルディの背中は将来への希望と夢に満ち満ちていた。