2025年11月2日
「さぁ今最終コーナーを回ってホームストレートへ!今シーズンラストの富士岡も勝ったのはこの男だ!新条直輝、今ゴーールイン!」
実況の叫びと共に富士岡サーキットの盛り上がりは最高潮を迎えた。チャンピオン決定後の言わば消化試合とはいえ、日本人ドライバーが日本GPを勝つことはやはり格別のものであることを示すようだった。
「新条くん、やったわね!おめでとう!」
「アオイのマシンのおかげですよ、本当に感謝してます、今日子さん」
「観客もあなたを待っているわ!パルクフェルメに戻ってきたら存分に喜びを表しなさい!」
「はい、もちろんです」
各車がパルクフェルメへと戻ってくる。ウィニングランを終え、ホームストレートでドーナツターンを決めた新条が最後の最後にゆっくりと戻ってきて、ウィンドスクリーンに覆われたコックピットから飛び出してきた。その瞬間を待ち侘びた観客たちが惜しみない歓声を送る。そして満面の笑みでそれに手を振り応える新条の姿があった。
表彰台は新条・司馬・ヤンとアオイ勢が独占、マシントラブルに見舞われ不慮のピットストップが発生したジョンソンですら4位に入った日吉のすぐ後ろまで追い上げて5位、6位には予選のスーパーラップで3位につけながらも決勝伸び悩んだランドルが入った。
一方でブーツホルツは司馬・ヤンと表彰台争いを繰り広げる最中にエンジンブローでリタイヤ、アンハートも予選の低調さが響いて中位集団から抜け出せずに終わった。バレーは終盤戦に複数回ポイントを取るルーキーイヤーを送っていたものの、富士岡ではピットミスが災いして周回遅れという結果だった。
「今年もご苦労様だった、監督」
「結果に関しては全て私の責任です。先日の合議通り、来期に懸ける所存です、オーナー」
「スゴウにとって悪夢の年だったことは疑いがない。監督だけの責任ではなく、チーム全体として改善に取り組むことにしよう」
「力を尽くします」
父と子の会話というのにはあまりにも愛に乏しい業務的な会話に終始していた。新マシン導入とドライバーを含めた体制維持は既に来期方針として決まっていたため、不協和音がチーム内部に響いていなかったことだけが救いと言えたのかもしれない。
表彰台ではシャンパンファイトが繰り広げられていた。どちらかといえば控えめな新条と司馬とヤンにしては珍しいほどに喜びを爆発させている姿が印象的であった。余談になるが実はこの3人でのトップスリーフィニッシュは今期初めてで、いつもならジョンソンがどこかに位置していて新条にシャンパンを盛大に浴びせかけたり、キャップに入れて呑んだり、ボトルを下で見ているチームクルーに渡そうとして割ったりなど盛り上げ役になっている節があった。今回は下から眺める役回りとなったが、それでも笑顔に溢れるいつものJJには変わりなかった。
「お疲れ様でございました、お坊っちゃま」
「ふん、面白くもない。技量ではなく性能差だけで結果が決まってしまっているようではないか」
「それは幾らかお口が悪うございます」
「すまない、つい不満を口にしたがそれではよくないな、来年のことを考えよう。スゴウはニューマシンを開発しているようだ、ユニオンも何か打てる手を探るとしようか」
「それが宜しゅうございましょう、お坊っちゃま」
「まずはグレイスン、レース後のティータイムだ!」
「はい!お坊っちゃま」
「来年こそは頼むぜハイネルぅ!ミーはレース中に寝てしまいそうだぜ」
「馬鹿野郎!お前のミスで失ったポイントがどれだけあると思ってるんだ!少しはそれを治す努力もしろ!」
「そーは言ってもなぁ、マシンが牛みたいに遅ぇんだもんなぁ」
「ぐぬぬぬぬぬぬ…」
「本当にいつまでも懲りないわね、このお二人も」
「ともかく、ルイザはよく頑張ってくれた。来年もよろしく頼むぞ」
「感謝します、出来る限りの努力は尽くしますわ」
「ルイザには甘ぇんだよなぁ。ハイネル、女に弱いんだな」
「なんだと…⁈」
各チームで様々な会話が交わされつつ、2025年のシーズンも終わりを告げた。誰しもがアオイ一強時代の到来をその身に感じつつ、それぞれの立場でシーズンオフを迎えることになる。
「私の出番は、まだか?」
「んー、どうかしらねぇ。今はあなた、たとえそのまま載せたとしてもレース中に話せないのよ?」
「寝耳に、水だ。ジンケンシンガイ、である」
「あなた、"人"ではないでしょうに。でも分かったわ、意志だけでも反映されるようにプログラムする努力はしてみましょう」
「恩に、切る」