Beyond the lost.   作:浪速の風来坊

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9話 密会

 

2025年11月20日

…キーーーン…

 

「3週間も経たずにまた日本に来ることになるとはな。要件を済ましたら久し振りに滞在を楽しむことにしようか」

 

ランドルが成田空港に自家用ジェット機で降り立っていた。彼言うところの要件とは、極秘に人に会うためである。その人とは…

 

「そうか、今ランディングしたんだね。まずは遠路お疲れ様、ここに着くまでの間もお気を付けて、Mr.ランドル」

『労いのお言葉ありがとうございます。ヘリでそちらへ向かいますので、あと数時間ほどを要するかと』

「分かった、招き入れる準備をしておくことにしよう」

『感謝致します。ではのちほど、Mr.名雲』

 

電話を切ってから、名雲京志郎は独り言ちる。

 

「"あの"ランドルくんが突然私に話を聞きたいとはね… おおよそ内容に察しはついているが、さてどうしたものか」

 

2時間余りが経った頃、ドアベルが鳴った。名雲が自ら玄関に出向いて扉を開ける。

 

「やぁ、よく来たね。あまり広くはなくて恐縮だが、寛いでいってくれると嬉しいよ」

「いえ、突然の訪問をお許し下さって感謝しています」

「さ、冷える前に中へ入ることにしようか」

 

軽井沢にある名雲の別荘にて、今密談が始まろうとしていた。

 

「この時期に君が私の元へやってきたということが何を意味するのか、あらかた見当はついているよ」

「おそらくご推察の通りでしょう。"あの"サイバーシステムについて私は知りたいのです。ハヤトは僕に多くを語ってはくれなかった。今だからこそ、僕は知らなければならないと考えているのです」

「ふむ…やはりか。いいだろう、少し長くなるだろうが構わないかね?」

「構いません」

「では何か飲み物を用意した方がいいな。君の口に合うかは保証しかねるが、珈琲を入れた後にでも話を続けることにしよう」

 

名雲はリビングを一旦離れていく。ランドルは幾許かの逸る気持ちを抑えながら、表面では平静を保って時間が流れるのを待った。

 

「どこから話せばいいのだろうかね。君は風見ハヤトくんの父親について知っているかね?」

「調べた情報だけでなく、ハヤトからも幾度か話を聞いたことはあります。アスラーダのマシン、そしてそのサイバーシステムを開発した当人であると」

「そう、風見広之氏の主たる功績としてそれが挙げられるだろう。そして、その開発の初期から私の兄が関わっていたところから話は始まるんだ」

 

話は風見氏と名雲氏の対立、そしてそれがアスラーダと凰呀という別々の完成形へと結実したこと、またそれらが従来のサイバーシステムとも大きく一線を画すものであったこと、過程で名雲京志郎本人がアルザードという非常の手段を用いてしまったこと、それ故に自らが直接CFの世界に関われなくなってしまったこと、加賀城太郎が全てを理解してあのマシンに乗っていたこと、実に多岐に渡って展開された。ランドルは自分が周りから何も知らされていなかったという衝撃を次々に受けていた。単に風見ハヤトを拉致した卑怯な男という一面で名雲のことを看做してしまっていたことを恥じる気持ちも生まれていた。

 

「ほう、そんなストーリーが秘められていたとは知りませんでした。ドライバーと共に成長するアスラーダ、ドライバーを理想へと引き上げる凰呀、確かにどちらも未来形ではある」

「そういうことになるね。皮肉なことにレギュレーションが凰呀に味方したとも言えるだろう。枠の中で最大限可能なことを先にサイバーシステムに詰め込み、それをドライバーに無理ないように押し付ける、それがどんな結果を齎したかは君が一番よく知っているはずだ」

「理解しているつもりです」

「そこで今度は私から訊きたいのだが… 君はこの情報をどう生かすのかね?」

「…」

 

ランドルは即答することが出来なかった。しばしの逡巡の後、言葉を紡ぐ。

 

「私は勝ちたいのです。そしてそのためには敵を知る必要があると考えたのです。今のあなたはアオイを離れ自由に話せる身、何かを得られないかと思って頼ってみました。ただし、思いのほか濃厚な情報すぎたこともあり今の私にはすぐに処理できません」

「それもそうだろう。さて、私は君に与えうるすべてのことを伝えたつもりだ。それをどう使うのか、楽しみにしているよ、Mr.ランドル」

「感謝しています、Mr.名雲。ではそろそろ」

「おっと、少し時間を掛け過ぎたな。すまないね、思い出話のようになってしまった。この後はどうするのかね?」

「六本木にランドル家の持ちビルがありますので、そちらの別邸に泊まるつもりです。明日までは日本に滞在しようか、と」

「なるほど。玄関まで送っていこう」

 

玄関ドアを開けると既に黒塗りのユニオン製高級車が停まっており、軽く挨拶を交わしたのちランドルはそれに乗り込んで帰っていった。

 

「一つ彼に言い忘れていたかもしれないな。でもそれはあまり重要なことでもないからよかろう」

 

最後まで名雲が葵今日子への複雑な感情を口にすることはなかった。


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