あの奇跡からおよそ三ヶ月。キョウトの支援のお陰で豊かになった伊丹グループは主要メンバーを集めて会議をしていた。
「やはり我々にはリーダーが必要だ」
「え、伊丹さんがリーダーじゃ駄目なんですか?」
「いや、確かにこれまでの体制でも駄目じゃないが私たちは知ってしまった。カリスマというものを…戦場を手の上で転がせる人間がいることを」
「このゲットーでも多くの者が白蛇の雄姿を知っておる。老若男女問わず、彼女を称える者は少なくない」
伊丹の言葉に賛同するのは桐山。彼女は老齢ながら多くの人間の支えとなっている。このゲットーがレジスタンスに対して当たりが激しくないのは彼女のお陰と言っても過言ではない。
「実際にここ数ヵ月で白蛇に集えって入団希望者が増えてるでしょ?しかも他のゲットーからもぉー」
「人の口に戸は立てられぬ。他のゲットーにも白蛇の賛同者が集まりつつあるからのぉ」
世間に疎い柏木も白蛇の噂はよく耳にする。ここ最近、明るいニュースが無かったから余計に噂が広がっているのだろう。
「キョウトからの勅書も来ている。見つかり次第、連れてくるように言われている」
「え、待ってくださいよ。そんな勅書が届いてるってことはキョウトですら白蛇に辿り着けてないって事じゃないですか?」
「そうだな」
キョウトからの勅書の意味を悟った伊坂は呆然とする。一体、どんな人物なのだ白蛇という人物は。あのキョウトですら調べられない人物なんて。
「とにかく私はシンジュクゲットーに向かう」
「あの時の言葉を信じるんですか?」
「あぁ、確かに彼女はシンジュクゲットーなどには居ないかもしれない」
あの時、出身地を聞いてさらっと答えたがあれだけ思慮深い人物が答えるはずがない。なら答えはひとつ、嘘か…それともそこに行けば何かがあるのかだ。
「居ても居なくても私たちにはこれしかないんだ。彼女はブリタニアを罰し、この日本をもとに戻すと言った。彼女ならやってくれる」
伊丹の言葉に集まっていた全員が頷く。こうして伊丹グループの白蛇捜索が開始されたのだった。
ーー
「といってもすぐ見つかれば苦労はしないか」
伊丹は無事にシンジュクゲットーにたどり着いたものの見つからず困っていた。
(仕方がない。今夜は扇グループの所で泊まるか…)
シンジュクゲットーのレジスタンスのリーダー。扇要との話は終えている一週間、彼らの力も借りて捜索するがこの調子だと見つけられそうにない。
「どうしたものか…あ……」
悲嘆に暮れていた伊丹の視界に映ったのは真っ白な髪。夕陽に彩られた寂れたゲットーの中に居たのは間違いなく白蛇その者。
「白蛇…」
「ん?」
思わず呟いた言葉に反応し振り返ったのは蛇の仮面を被った白蛇の姿。
「やはりここにいらっしゃいましたか!」
思わず敬語で話し頭を下げる。
「どうか、あの時の奇跡を我々に与えてください!」
「どういうことだ?」
「我々は貴方に相応しいくあろうとしました。賛同者も増えております。ぜひ、我々のリーダーとして!」
フッとすれば消えていきそうな儚い存在。それでもなお、その姿はどこまでも頼もしい。夕陽の中の彼女はどこまでも力強く見えた。
「自らの手を汚すことを、厭うてはならない。道を指し示そうとする者は、背負うべき責務の重さから目を背けてはならない」
「白蛇さま…」
だれかからの請け負いなのか、それとも信念なのか。そう呟く彼女は消え入りそうな声だった。
「俺は命を背負うつもりはない」
「はい、貴方なら命を背負う必要はないでしょう」
彼女は誰一人、仲間を殺さないと告げた。極論だがそれは決意とも取れる。口は固く結ばれ、その仮面越しに決意思いが伝わってくる。これは了承と思ってもいいだろう。
「そういえば、桐山さんから伝言があります。《あの子は無事に助けられた。貴方のお陰です》っと」
「そうか…あの怪我でよく」
「貴方が居なければあの子もその友達も死んでいたでしょう。貴方は我々、イバラキゲットーの救世主なのです」
「俺に柱になれと言うのか?」
「いえ、貴方は既に私たちの柱です」
柱…というより英雄。伊丹は心からの感謝を告げる。
「そうか…」
大きく仰ぎ見る白蛇はしばらく空を見上げるとこちらを睨み付ける。
「用件はそれだけか?俺の意思は最初から変わらない」
やはり彼女はやるつもりなのだ。ブリタニアとの戦争をあの時、イバラギゲットーで口にした言葉は嘘ではなかったのだ。
「いえ、もう一つ。キョウトにお越しいただいて欲しいのです」
「キョウトだと?」
「はい、キョウトは当然。ご存じですよね」
「あぁ、有名だからな」
「そこでお会いしたいというお方がおりまして」
「…分かった」
「ありがとうございます」
伊丹は深々と頭を下げると手にしていたアタッシュケースを差し出す。このアタッシュケースの中には希望の日時、場所などの書類とこちらからのせめてもの気持ちが入っている。
「これは?」
「必要なものを纏めておきました。我々の誠意とお受け取りください」
「分かった…」
そう言うと白蛇は用は済んだとばかりに身を翻してゲットーの中に消えていく。その姿を伊丹は黙って見つめるのだった。
(女の私から見ても美しい方だ)
口許も整っているところから見るとかなりの美人。是非とも素顔を窺いたいものだがそんなことは出来ない。だがこれで白蛇は我々を導いてくれるだろう。
ーー
「薫、また来ていたのか?」
「ルルーシュ、駄目だったか?」
「いや、お前も楽しそうで何よりだ」
夜も更けてきた頃。一階が少し騒がしくなってきたのを念のために確認しに行く。だがその原因は心当たりがあるので一応、チェス盤を持っていこう。そしてそこにははやり、薫の姿があった。
「薫さま、何にいたしますか?」
「咲世子さんにお任せします」
「承知いたしました」
キッチンに消えていく咲世子さん。そして紅茶を片手に談笑するナナリー。彼女が現れたお陰でナナリーの笑顔を見る機会も増えた。
「またやるのかルルーシュ?」
「あぁ、お前とやっていると愉しいからな」
「私は弱いぞ」
「そんなことありませんよ薫さん。この前だってお兄様、負けそうだったって言ってましたもの」
「ナナリー、そう言うことは」
「煽てるなよ、何も出ないぞ」
「分かっている、気にするな」
昔に比べてかなり変わったがそれでも仲良くしてくれる彼女はありがたい。学校では確か、シャーリーとかいう生徒ばかりと居て男子を寄せ付けない。その点から過去が原因で男性恐怖症を患っているのだろう。
だが、会う時はそれを感じさせない。俺を信頼してくれているのかナナリーの為なのかは分からないが。恐らく、後者だろう、最初に会ったときなんかひどく怯えていたしな。口の割りには無表情だったが。
「ここはどうだ?」
「む、やるな」
最近では会うと必ずチェスをしている。挨拶にも等しい行為になっているチェスでは久しぶりに味わうスリルを楽しむためだ。
「ナナリー様、そろそろお時間です」
「もうそんな時間ですか?」
咲世子さんはナナリーの就寝時間であることを知らせると彼女は残念そうな顔をする。
「薫さんは泊まって行かないのですか?」
「すまない、ナナリー。今日は私服で来てるんだ、制服がない」
「そうですか、それは残念です」
残念そうに呟くナナリー。なんとか力になってあげたいが流石に制服なしではキツいだろう。
「俺の制服は着られないのか?」
幸いなことに彼女の制服は男子制服。体格もあまり変わらないし、一日ぐらいは大丈夫だろう。
「胸が入らん」
「そ、そうか…」
完全に失念していた。胸だ、彼女には胸がある。しかも並みではない立派な胸が…いかん。雑念が入った、決して胸と言うワードに驚いたわけではないぞ。
誰が童貞坊やだ!言ったやつは出てこい!
「それは仕方ありませんね。遅くならないようにしてくださいね」
「ありがとう、ナナリー」
突然のワードに動揺したルルーシュを横目に部屋から退室するナナリー。それを薫と見送る…そして沈黙が訪れる。
「どうしたんだ?」
「なんだ、急に…」
「何かあったのか?」
「…いや」
おそらく彼女は今日は訪れる予定などなかったはずだ。その証拠にこの身一つで訪れている。いつもはナナリーが喜びそうなお土産を持参してくるのだが今回はない。なにかあったのだろうか。友人として聞いてみたが拒絶されてしまう。
「お前こそなにもないんだな?」
「俺か?」
「あぁ…」
話題を変えようとこちらに質問を投げ掛ける薫。
「買い物でもしてみたらどうだ?」
「欲しいものといっても特にないな」
「そんなことはないだろう」
やけにピンポイントな質問に思わず動揺してしまう。確かに、最近は軍の払い下げ品のナイトメアシミュレーターを買うための軍資金を集めているが…察しているのか?
「チェックメイト」
「なに?」
そんな思考を巡らせているといつの間にか追い詰められ完全に詰んでいた。
「俺が負けたのか?」
「クイーンは強いぞ」
クイーン、それはある種の暗示だろう。俺が王だとするならば彼女は王女と言ったところか。彼女はもっと私にたよれと言ってきているのだ。
「ありがとう…」
ここは素直に礼を言おう。そしてその言葉に甘えてもいいかもと思えてしまう。ずっとナナリーを一人で守ってきた、だが今は薫も居る。
「そろそろ帰る」
時間は9時半、いつの間にかこのような時間になっていた。日が上ってきた頃と言ってももう暗い。
「送っていく」
「…いや、いい」
立ち上がろうとするが薫に止められ中途半端な体勢で止まってしまう。
「じゃあ、また明日な」
「あぁ、そういえば明日。出掛けるつもりなんだがお前も来ないか?」
俺が裏で何をしているのか彼女には見せるべきだろう。そう思ったルルーシュは約束を取り付ける。
「ん?俺は別に構わないが」
「分かった、詳しい話はまた明日」
「あぁ」
相変わらず表情筋は死んでいるが声色はとても優しい、そんな彼女の背中を見つめルルーシュは見送るのだった。