Caligula Acquired immunity 作:灰色平行線
「ここが俺達の隠れ家だ」
「音楽準備室……??」
笙悟に連れられてやって来た学校のとある教室。そのプレートを見てアリアは不思議そうに呟く。
「この世界じゃ音楽といえばDTMだからな。吹奏楽は人気がなくて、誰も寄り付きゃしない。人目を忍んで落ち合うには、うってつけなんだ」
そう語る笙悟の顔は少し得意気に見える。
「ひとまず仲間たちを紹介する。ついでにデジヘッドに見つからずに過ごすコツみたいなのも教えられるはずだ。といっても、お前にはあまり必要がないことかもしれないがな」
自重気味に笑う笙悟。「程々に頼ってくれ」と彼が言わないのは、前回の世界と違って奏が状況に混乱するだけのメビウス初心者ではないからだろう。
笙悟は見ている。奏が姿を変えてデジヘッドを蹴散らす場面を。笙悟は聞いている。奏の口からデジヘッドという言葉を。笙悟は知っているのだ。このメビウスという世界について自分の知らないことを奏が知っているということを。
時間が巻き戻ったとはいえ、奏はもう、以前と同じではいられない。笙悟と、アリアと、皆と、以前と同じ関係は築けないのだ。
「どうせならさ、いっそYouも仲間に入れてもらっちゃったら?」
笙悟の言葉を聞いて、アリアがそう提案してくる。
「せっかく、同じ境遇の人がいるんだし、一緒にいた方が安全でしょ? それにアタシも、事情を知ってる人が一緒にいてくれた方が協力しやすいしね。旅はミチヅレ、世はナサケってやつだよ!」
「いや、でも……」
「俺はかまわないぞ。というか、お前のあの能力があれば、むしろ俺たちの方が助かるくらいだ」
戸惑う奏を余所に、アリアと笙悟によって話がトントン拍子に進んでいく。
「ホラホラ~、こう言ってるんだし!」
「わ、分かったよ……」
奏としても、時間の巻き戻りについてμから詳しく聞くためにμを探す必要がある。そのためには帰宅部と一緒にいるのが最も確実だろう。Lucidとしての姿を笙悟とアリアに見せてしまった以上、もう1度楽士になるという道は閉ざされたようなものなのだから。
「……決まりみたいだな。さぁ、入ってくれ。中の奴らも喜ぶはずだ」
そう言う笙悟も、なんだか嬉しそうなのが言葉から感じられる。
「ようこそ、『帰宅部』へ」
扉が開かれる。
笙悟に続いて教室の中に入れば、そこには見知った4人の男女の姿が見えた。
「おかえり、遅かったわね」
髪の長い女子生徒が笙悟に話しかける。
「色々あってな。まあ、それは後で説明するとして……まずは新入部員の紹介からだな」
「へぇ、もう入部が決まってんのか! たまには笙悟も部長らしいことするじゃねぇか」
笙悟の言葉に大きな体の男子生徒が感心したような声をあげる。
「わ! 良かったー! 入学式を飛び出しちゃうなんて心配したんですよー、先輩」
人懐こそうな女子生徒が朗らかに奏に話しかける。なんだか懐かしいやり取りだ。
「紹介する。ここにいる四人が、俺たち帰宅部のメンバーだ」
笙悟のその言葉に、奏はそれぞれの生徒の顔を見る。
「私は柏葉琴乃よ。琴乃でいいわ、よろしくね」
『……信じたのに……‼ やっぱり! やっぱり信じちゃダメだった! ばっかみたい……‼』
「よお、新入り! だいぶビビってたみたいだけど、もう安心していいぜ! この巴鼓太郎様が、バッチリ助けてやんよ!」
『俺はっ……お前のこと、きょうだいみたいに……‼ うああぁぁぁー‼』
「私、1年3組の篠原美笛です! って、この前卒業したばっかりなんですけどね、へへ」
『私、帰ってお母さんに謝りたいって、部長、知ってるじゃないですかぁ‼ 邪魔しないでよぉぉぉー‼』
「あ、私、神楽鈴奈っていいます。美笛ちゃんと同じで、この前卒業して1年生になりました」
『だって先輩が私を裏切るはずない! 待っててくださいね! すぐ元に戻してあげます! あははは! あははははははは‼』
自己紹介を聞く度に、頭に浮かぶのは彼ら彼女らの怨嗟の記憶。それと同時に、この頃はまだこんなに部員の数が少なかったんだということを思い出す。
峯沢維弦も、天本彩声も、琵琶坂永至も、今はまだメビウスに気付いているだけの一般人だ。守田鳴子は気付いてすらいない。響鍵介に至っては楽士側の人間である。
「おい、大丈夫か?」
考え込んでしまったせいか、気付けば笙悟や部員の皆がこちらを見ていた。
「ああ、すまない……。なんだかおかしな自己紹介だなって思っただけだよ」
口からでまかせを言う。
「そうだな、俺もそう思う。お前も知っていることだが、ここじゃ高校生活の3年間が延々と繰り返されてる。老若男女、男女問わず、高校生だ。生身の人間……って言い方が正しいのか分からないが、人間らしい連中は誰も大人にならない」
元々は、笙悟が言っていたセリフだったおかげか、特に怪しまれることはなかった。
「そこらを歩いている大人は、みんなカクカクした偽物よ。あとは機械のお化けみたいになっちゃってる連中ばっかり」
笙悟の言葉を琴乃が補足する。
「そのことに気づいてるのは、どうも俺たち帰宅部くらい……ってところで本題に入ろうか」
そう、笙悟が言った時だった。
「ちょっとYou! 大事な人のこと、忘れてくれちゃってない⁉」
部室に叫び声が響く。
◇◇◇
そこからの展開は、お察しの通りと言うべきか。アリアがμと同じバーチャドールだと聞いて鼓太郎が暴走しそうになり、笙悟が皆を落ち着け、説明している間、奏とアリアは外の廊下で待機することになった。
「そういえば、奏はμのお友達? なんだか親しそうなフンイキだったけど」
待っている間にアリアはふと疑問に思い、目の前の男にそう聞いてみた。
譜城奏、彼には謎が多い。デジヘッドの力を使い、黒い思いを体の外側に解放しているにも関わらず、その力を使いこなしていたり、デジヘッドという呼び名を知っていたり。もしかしてコイツ、楽士なんじゃないのかと疑問に思う程には、譜城奏という人物はよく分からないことだらけだった。
「……友達のつもりだよ。μが僕のことをどう思ってるのかは分からないけど」
少し間を置いてから奏は答えた。
「そっか。きっとμも奏のこと友達だって思ってるよ」
「そうだと、嬉しいかな」
その声色は優しい。2人の会話は、失ってしまった共通の友人について話しているようだった。
そんな会話の中で奏は考える。自分がこれからどうするべきなのかを。
「アリア、あらかじめ、これだけは言っておくよ」
「うん?」
「ごめん」
そう言って奏は頭を下げる。どうして謝るのか、突然の行動の理由をアリアは理解できない。
「よし、もう入っていいぞ」
彼女が理由を問いただそうとするより早く、扉が開いて笙悟が2人を呼ぶ。
◇◇◇
状況を確認する。
メビウスに閉じ込められた者は皆、現実でμの歌を聞いていること。μの歌をずっと聞き続けた人間はデジヘッドになってしまうことが笙悟の口から語られる。
そして、メビウスはμとアリアの2人が作った場所であること。いつからかμがおかしくなり、皆を閉じ込めるようになったこと。μの力が強まり、アリアの力は弱くなっていき、体も小さくなったことがアリアの口から語られた。
「ねえ、みんなが家に帰れるように説得するから、μを捜すのを手伝って! μ、ホントにいい子なんだよ!」
アリアの必死な声が部室に響く。
「ふぅ……現実離れしすぎててよくわからないけど、ここから出るためにはμを捜すしかないみたいね。私は乗るわ……ぐずぐずしていられないもの」
「私もやります! ここはご飯も美味しいし、楽しいとこですけど……でも、帰らなくちゃならないんです!」
「あ、わ、わわわ私も頑張ります……!」
「俺の腹は決まってる」
「仕方ねぇな。お前らだけじゃどうしようもねぇだろうし……オレが助けやんよ!」
皆も乗り気だ。やっと帰れる手がかりが見つかったのだから当然といえば当然か。
「決まりだな。アリア、μがどこにいるか心当たりは?」
「μに楽曲を提供してる人気ドールP、オスティナートの楽士って人たちを探すのが1番近道のはずだよ。楽士たちの作る曲やμの歌がメビウスを維持する力を生み出してる。楽士たちを捜し出せば、μの元に辿り着けると思う!」
「オスティナートの楽士……ね。で、その大層な名前のヤツらは……」
「ちょっと待った」
だが、そこで話を遮る声がする。皆がその声のした方を見る。
奏だ。
「楽士たちを探すというのなら、皆には覚悟してもらわなくちゃいけない」
「覚悟って、何の……ですか?」
鈴奈が不安そうな顔で聞いてくる。
奏は1回、気持ちを整えるように息を吐く。今、言っておかなくてはならない。知っている身として。
「現実に帰るために、死ぬかもしれないという覚悟だよ」
それは、帰宅部にいる誰もが考えもしなかった言葉、あの日、あの光景を目にするまで、誰もが予想していなかった事実。
「メビウスで死ねば、現実でも死んでしまうんだから」
その言葉を発した瞬間、世界は大きく変わる。ただただ過去をなぞっていた世界は終わりを告げ、誰も結果の分からない未来が顔を見せる。
奏の物語は、ようやく既存のレールを大きく外れて動き出す。