Caligula Acquired immunity   作:灰色平行線

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【6】巡り巡って誰かの決意

「あんた、僕のことを知ってるのか?」

「君は、学校では有名だからね。顔と名前くらいは知ってるよ」

 維弦の質問に対して、奏はいかにもそれっぽい答えを返す。元々は顔も名前も知らなかった生徒だ。彼と関わるようになったのも、帰宅部の活動がきっかけだろう。

「それで、この力のことが聞きたいんだったね」

「ああ、その力、どこで手に入れたんだ?」

 奏の言葉に維弦は頷く。とことん真っ直ぐで、どこまでも正直な男、それが峯沢維弦という人間だ。故に質問も単刀直入で、言葉を濁すことがない。

「これは、カタルシス・エフェクト。僕たちが普段理性で押さえている感情を解放させたものだよ」

 Lucidの姿に変身しながら、簡単に説明する奏。百聞は一見に如かずというヤツだ。

「感情だと?」

「そう、感情。この世界では心という不確かなモノが実態をもつみたいだからね」

 奏の言葉を聞くと、維弦は少し考える素振りを見せたが、やがてくるりと後ろを向く。

「なら、僕には使えそうにないな。失礼」

 そのまま維弦は立ち去ろうとする。

 

「使えないってことはないだろう。感情のない人形じゃあるまいし」

 

 そんな維弦の背中に呼びかけた奏の言葉。維弦の足がピタリと止まる。

 少し、ズルい言葉だっただろうか。

「……あんたに、僕の何が分かるって言うんだ⁉」

 もう1度、維弦はこちらに向き直る。その言葉と表情には、明らかな苛立ちが含まれていた。その言葉は彼が踏み込んでほしくない心の領域に片足を突っ込むものだった。

「憐れんでいるのか? 同情しているのか? 僕に感情がなかったらなんだっていうんだ? 知りもしないで中途半端に分かった様な顔をされるのが1番不快だ……‼」

 怒りと嫌悪感を隠そうともせずに、維弦は奏を睨む。

「……怒れるじゃないか。ちゃんと」

 そんな維弦に対して、奏は優しく笑う。

「それだけしっかり感情をむき出しにできるんだ。カタルシス・エフェクトだって使えるさ」

「……何?」

 予想外の言葉だったのだろう。維弦は少し驚いた顔になる。自分では気付いてないのかもしれない。彼自身は自分のことを人形だロボットだと言いはするが、実のところ、よく見れば感情の変化は分かりやすい人間だ。なにせ彼は嘘をつかないのだから。

「気が向いたら音楽準備室に顔を出してくれ。帰宅部の部室になっている。そこでならカタルシス・エフェクトの使い方を教えられる」

「……」

 奏の言葉に維弦は少しの間沈黙した後、

「……失礼」

 去って行ってしまった。

 

「上手くいかないな……」

 維弦が立ち去り、再び1人になると、奏はため息を吐く。

 言葉が上手く見つからない。どういう言葉をかけるべきか分からない。維弦の抱えているモノを知らないからではない。知っているからこそ、言葉に悩む。

 前回は、相手の事情を知らないからこそ踏み込めた。時間をかけて相手との関係を深め、ようやく吐き出してくれた心の奥の奥にある事情だったからこそ、自然と言葉が出てきた。

 だが、今回はそうもいかない。奏は知っている。帰宅部のみんなが何を抱えているのかを。今は帰宅部にいないみんなが何を抱えているのかを。そして楽士のみんなが何を抱えているのかを。

 知っているからこそ、口に出てしまう。知っているからこそ、言葉が出てこない。

 恋愛ゲームの2週目のようにはいかないのだ。相手の好きなプレゼント、好きな場所、好感度の上がる選択肢を最初から知っていて、最短日数で相手と結ばれるような展開にはならない。メビウスは現実じゃないけれど、そこに生きているのは間違いなく本物の人間だ。最初から相手のことを分かっている人間なんて、むしろストーカーにでも思われるのではないだろうか。

 なんにせよ、後は維弦が部室に来てくれることを祈るしかない。

 維弦については一旦区切りをつけ、奏は再びデジヘッドを捜して校内を歩く。部室にはまた明日、顔を出そう。そしてその時に、みんなの決断を聞こう。

 

 ◇◇◇

 

 奏がデジヘッドたちと戦っている頃、部室に残された帰宅部の面々はというと。

「なんだ、この曲……」

 スピーカーから突然流れ始めた音楽に笙悟が呟く。

「これ、カギPの曲だよ! 洗脳されてるデジヘッドは楽士の曲を聞くとそれに共鳴して、より凶暴化するんだ」

 アリアの言葉に皆の顔つきが変わる。

「このタイミングで流すってことは、先輩を捕まえようとしてるってことですか?」

 不安そうに美笛が口を開く。

「捕まえる……で、済めばいいんだけどね……」

 そんな美笛の言葉に続いて発せられた琴乃の言葉。その言葉に、皆の頭の中に1つのイメージが浮かぶ。

 死。

 捕まって洗脳されるだけならば、まだマシだ。もしも、奏が死んでしまったら? デジヘッドとの戦いで、楽士との戦いで、何かの事故で、考えられる要因はいくらでもあった。

 それでも、助けに行こうと声をあげる者はいない。正義感の強い鼓太郎でさえもだ。

 この中の誰もカタルシス・エフェクトを使えないのだ。奏のように戦える訳じゃない。ここで助けに行っても足手まといになるだけかもしれない。あるいは、そんな言葉を言い訳にして、ただただ自分が死ぬのが怖いのかもしれない。さっきアリアが口にした、カギPという楽士が自分たちを殺さないという保証はないのだから。

 嫌な空気が部屋に充満する。誰も口を開かぬまま、楽士の曲が流れ続ける部室で椅子に座ってじっとしている。

 

 そんな停滞した状況を打破するかのように、突然、部室の扉が開かれる。

 

「帰宅部の部室というのは、ここでいいのか?」

「峯沢……!」

 意外な来訪者の姿に笙悟は驚いたように声をあげる。

「紹介する。峯沢維弦だ。コイツもホコロビが見えるのはわかってるんだが、人間嫌いみたいでな。今まで何度勧誘してもフラれっぱなしだったんだ」

 笙悟が立ち上がって説明する。本人の目の前で失礼なことも言っている気がするが、維弦自身は特に気にした様子も見せない。

「ここに来ればカタルシス・エフェクトとやらの使い方を教えてもらえると聞いた」

「聞いたって、誰にですか?」

 ここの場所を聞いたとなれば、思い当たるのは1人しかいない。それでも、念の為に美笛は維弦に問いかける。少し神経質になっているのかもしれない。

「……」

 美笛の質問にたっぷり間を置いて、

「……そういえば、名前は聞いていなかったな」

 ようやく出てきた答えに皆が脱力した。マイペースというかなんというか……。

「名前は知らないが、黒いガイコツのような男だった」

「新入りだな」

 その後に続いた維弦返答により、笙悟が納得したように頷く。

「でも、いいの?」

「何がだ?」

 アリアが維弦に問いかける。

「確かに、メビウスに気付いてるYouならカタルシス・エフェクトも使えるようになるかもしれない。だけどメビウスも完全じゃないんだよ? メビウスで死んじゃったら現実の体も死んでしまう。現実に帰ろうとするってことは、デジヘッドや楽士たちと戦おうとするってことは、死の危険に自分から足を踏み入れることでもあるんだよ? 維弦は本当にそれでもいいの?」

 

「構わない」

 

 即答。間を置かず、考える素振りも見せずに返された維弦の短い言葉に、問いかけたアリアだけでなく、部室にいる全員が目を丸くして維弦を見た。

「僕はこの世界じゃ生きているとはいえないんだ。死んでいるのと同じだ。だから死ぬ危険性があろうと、僕は生きるために現実に帰る」

 維弦はまっすぐアリアを見て、そう言い切った。そこに一切の迷いはない。それは、誰よりも自己の強い彼だからこそ言える言葉だった。

「……そうよね」

 そして、そんな彼の言葉に心動かされた者が1人。

「本当の意味で生きたいなら、死ぬ気でやらなきゃ意味ないわよね」

 そう呟きながら、柏葉琴乃は立ち上がる。

「アリア、私もやるわ。私も、何が何でも現実に帰りたい!」

 決意した瞳で語る琴乃。元々、危機に対するメンタルは帰宅部の誰よりも強かった彼女だ。1度決めたら必ずやり遂げるという強固な意思を彼女は持っている。

「今ならいけるかも! Go L i i i i i i i ve‼」

 維弦と琴乃、2人の意思から予兆を感じたアリアが叫ぶ。

 その瞬間、絶対に帰るという強い思いが、2人の理性の殻を突き破り感情の塊となって溢れだした。

 

 ◇◇◇

 

 いったいどれだけのデジヘッドを倒しただろう。

 デジヘッドを捜して倒してを繰り返しているうちに、奏は体育館に来ていた。体育館にいたデジヘッドたちを倒した後、体育館から出ようとして、入り口に誰かがいるのに気がついた。

 

「せぇーんぱいっ! デジヘッドばかりじゃ退屈でしょう? 僕とも遊んでくださいよ」

 

 そこにいたのは入学式で見た姿。

『こっ、こんなことで諦めないからな‼ もう僕は昔とは違うんだ‼ 簡単に思い通りにできると思うなよ‼』

 そう言って努力することを覚えた彼の姿はどこにもなく、

「鍵介……いや、カギPか」

「先輩、僕のこと知ってるんですか? いやあ、光栄だなあ」

 今、奏の目に映っているのは帰宅部の響鍵介ではなく、平凡な人間になりたくないとヘラヘラ笑っていた、楽士のカギPだった。

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