Caligula Acquired immunity   作:灰色平行線

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【7】意思無き者の苦悩

 響鍵介。彼が帰宅部にいたのは、帰宅部の皆にとっては未来のことだが奏にとっては過去のことだ。過去でも未来でもなく、現在の彼はオスティナートの楽士の1人、カギPとして活動している。

 体育館で相対する2人。カギPの手には大きな剣が握られ、周りには4枚の盾が浮いている。μから与えられた楽士としての力だ。刺々しいデザインのそれは、デジヘッドが使う武器によく似ている。

「正直、先輩が何を考えているのか分からなくて、興味があるんですよ」

 大剣の切っ先を奏に向けながらカギPは語る。

「先輩ってばすごい勢いでデジヘッドを倒してますけど、それって意味あります? 確かにデジヘッドを正気に戻されればメビウスの維持は危うくなりますよ? だからって1人でデジヘッド狩ったって意味ないでしょう? 先輩がどれだけ強くても、こっちがそれ以上のスピードで再洗脳すれば済んじゃう話なんですから」

 笑みを浮かべながら語るカギPだが、奏は動じない。

「意味ならあるさ」

 そう返す奏の表情は笑っているようにも見えた。Lucidの姿の彼の顔は黒いドクロとなり、表情など分からないはずなのに。

「こうして楽士の1人である君が釣れたんだ。収穫は十分だ。まあ、さすがに楽士全員を同じ方法でおびき寄せる訳にはいかないが」

「まるで楽士のことをよく知っているような口ぶりですね」

 奏の言葉にカギPは眉をひそめる。

「知っているとも。君がこんな姿の私を先輩と呼ぶように、楽士たちがμを通じて何でも知ることができるように、私も独自の情報網を持っているのだよ」

 片方の拳銃をカギPに向けながら奏は答える。お互いの武器がお互いに突きつけられた状況。いつ戦闘が始まってもおかしくはない。

「……ところで、先輩はどうして現実に帰りたいんですか? メビウスにいればどんな願いだって叶うのに」

 カギPは話題を変える。情報量でけん制し合うのは無意味だと判断し、切り口を変える。

「その姿だってμから貰ったものでしょう? その姿で好き勝手できるのに、現実に帰りたいんですか?」

「確かにこの姿はμからだが、決して私が望んだ訳ではないよ」

「え?」

 奏の答えにカギPは意外そうな顔をする。実際、Lucidの姿は楽士として活動していた前の世界で正体がバレないようにと、μが与えてくれたものだ。過去に戻った今の世界においては、どうして変身できるのかすら、はっきりとしたところは分かっていない。

「それで、帰りたい理由だったな。帰りたい理由……」

 奏は言葉に詰まる。自分はどうして帰りたいのか、明確な理由が自分の中に見つからないのだ。

 最初は、時間が巻き戻っているという異常な状況に流されて、μを捜して入学式を飛び出した。その後、笙悟とアリアに流されて、帰宅部と関わることに決めた。そして今、こうしてカギPと対峙しているのは、学校でμの曲が流れたという状況に流されて、とにかく対処しようとした結果に他ならない。

 

『もしかしてLucid、まだ記憶が戻ってないの?』

『私とLucidで巻き戻したんだよ?』

 

 先程、μに言われた言葉が頭に流れる。

 覚えていない。記憶が無い。自分はどうやって時間を巻き戻した? 自分はμに何を言ったのだ? 自分は一体何を忘れている?

 

「家に帰りたいのに、理由なんているかね?」

 だから奏は、そんな言葉で誤魔化した。自分の意思も分からず、ただ流されているだけだなんて、言えるわけがない。そういえば、前の世界で笙悟が似たようなことを言っていた気がするなと思いながら。彼が現実に戻りたい理由は逃げだった。自分の帰りたい理由に大層な意味などないと判断してしまうと、似たような言葉に行き着いてしまうのかもしれない。

「逆に聞くが、君は何故メビウスに残っていたいんだ? この世界が嘘っぱちで(いびつ)だと気付いているのだろう?」

 理由など分かっている。彼の悩みにも触れたことがある。だが、聞かない訳にはいかない。

「僕としては、現実に帰りたいなんて人の方が理解できませんよ。メビウスにいればずっと理想の自分でいられるんですよ?」

 奏の問いかけにカギPは小馬鹿にしたように笑う。

「才能の有無なんて関係ない、毎日同じことを繰り返して生きるつまらない大人になることもない。ずっと子供のままでいられるんですよ! 夢を見ていられるんですよ! 子供のままなら……ずっと子供でいられれば、いつまでも自分の可能性を信じていられる‼」

 その声は、主張は、段々と激しさを増していく。

「僕は特別だ……皆が憧れるオスティナートの楽士だ! 僕がいるべき場所はここなんだ‼」

「そうか……そうだな。君にとって、メビウスという場所は救いなのだろうな」

 奏はその叫びを否定しない。例え帰宅部から楽士に戻ってしまっても、彼がどんな思いで叫んでいるのか、心の奥の奥のドス黒い部分まで知っているから、奏は決して否定したりはしない。

「だけど、君にどんな理由があろうと、こちらも引く訳にはいかないんだ。悪いが力づくでいかせてもらう」

 否定せず、正面から受け止めて、それでも奏は前に進むのだ。自分のためではなく、皆のために。

 

「いいですよ! メビウスから出ようとするローグには、力ずくでもマインドホンで再洗脳させてもらいます‼」

 

 言葉と共に、カギPは奏に向かって走り出す。

 奏は拳銃から弾を撃ち出すが、カギPの周りに浮かぶ4枚の盾の1枚が前に出てそれをはじく。そのままカギPは走り、奏との距離を詰める。

「どうしました? やっぱり楽士が相手じゃデジヘッドのようにはいきませんか?」

「馬鹿言え、デジヘッドも楽士も同じ力をμからもらっていることには変わるまい」

「ですが、本能で襲いかかるデジヘッドと違って楽士は理性を保ってる。デジヘッドのようにはいかないことぐらい、先輩だって分かってるでしょう?」

 言いながら、カギPは奏の目の前まで迫り、大剣を振るう。

「おっと……!」

 奏は後ろに飛び退きながら、今度は弾を連射し、まばらにばらまく。しかし、カギPの周りの4枚の盾が隊列を組み、その全てを防いでしまう。

 思えば、この状態のカギPと1人で戦うのは初めてだ。大剣だけじゃなく、4枚の盾。帰宅部を裏切った時とは勝手が違う。

「タネ切れですかあ? だったら、そろそろ決めさせてもらいますよ!」

 下がる奏にカギPはさらに迫る。

 だが、

 

「ッ⁉」

 突如として飛んで来た1本の矢に、カギPは足を止め、盾を構えて矢を防ぐ。

 それは、体育館の入り口から飛んで来たものだった。

「やっと、見つけた」

 体育館の入り口。そこにいた人物にカギPは目を丸くする。

「まだいたんですか? メビウスから出ようとする人が……?」

 

 弓矢をカギPへと向ける琴乃。そして、剣を構える維弦がそこにいた。

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