1.
「今日の取り立てはこんなもんかあ」
寒空の下、小さな頃からの遊び道具であった鎌を弄びながら妓夫太郎は家路に着いていた。淡緑と漆黒に彩られた髪はボサボサで、こぼしたインクのようなシミのついた顔は、猫背でやせ細った体とも相まって、異様な不気味さを醸し出している。
美貌が全ての遊郭で生まれ育った彼は幼き頃から数多の罵詈雑言をその身に浴びてきた。嘲られ、石を投げられ、役立たずと呼ばれ、鼠や虫を喰らう生活を送るうちに、まるで周りは彼のことを怪物を見るように殊さら忌み嫌った。
(雪でも降りそうだなあ。梅のやつが風邪でもひかないようにしてやらないとなあ)
そんな妓夫太郎の中で何かが変わったのは妹の梅が生まれてからだった。幼い頃から大人でさえたじろぐ美しさを彼女は持っていた。透き通るような白い髪に、瞳は宝石を思わせる黄水晶。誰もが見惚れるような美貌を持った妹がいたことは妓夫太郎の劣等感を吹き飛ばしてくれた。そして、彼は今、自身が喧嘩に強いことを知り、遊郭にて取り立ての仕事に就いている。取立てに行った客が怖がるさまを見て、自身の醜さにさえ一種の誇りを持つようになっていた。
蔑まれながらも、美しい妹と過ごすうちに彼は少しずつ未来に希望を持つようになっていった。これから、自分たち兄妹の人生は良い方へ加速して回っていく気がしていた。
――だから、彼は彼ら兄妹の住む家の前で、妹に、心の底から大切にしている存在に刀を向けている男を見たとき、何かが切れたのを感じた。
――そして己で考えるよりも先に、その男へ鎌を振るっていた。
2.
「遊郭にて多くの人間が行方不明になっている」
近頃江戸の町でよく耳にする噂話だ。なんでも、とんでもない美人の花魁が客を食っちまってるだとか、怪しげな宗教の話をしてくる男についていって帰ってこないだとかいう話が妙に広まっている。普通なら鼻で笑うようなこの噂話が書かれたかわら版の前で、ある男が別の考えを巡らせていた。
(花魁が消えるだけなら足抜けだ。客が消えたならそいつは借金で首が回らなくなったのかもしれない。両方が同時に起こることだってないとは言い切れないだろう。しかし・・・)
普通の人々が知らぬ話、
(しかし、この噂は明らかに鬼が関わっている。)
男が見つめるかわら版にはこう書かれていた。
――今日の明朝、遊郭にて不審な死体が見つかった。胴体はなく、手足のみで、牙を持つ獣に噛まれたような痕跡が見られた――
未だ帯刀が禁止されていないこの時代。太陽に最も近い陽光山で採れる鉱石から造られる日輪刀を腰に下げ、
3.
(俺の勘もそう捨てたもんじゃないらしい)
遊郭のとある店の屋根の上に腰掛けながら正寿郎は思考する。手には、街で買った弁当を持ち、うまい!うまい!なんて声が聞こえてきそうな勢いで食べ進めていた。
(街の中に血の匂いが多過ぎる。遊郭は夜の街。陽の光に照らされぬ時間に人が増えるこの街は鬼にとって都合がいいという訳だな)
二つ目の弁当に手を伸ばし、またも食い始めた彼は、往来を眺める。
(鬼がこの街にいるのは確実。しかし、妙に江戸の町に広がっていた噂、あからさままでなこの血の匂い…もしや…)
ふと、聞こえた叫び声に正寿郎は手を止め、顔を上げた。見るに、遊郭らしく美しい少女が侍に刀を向けられていた。こちらには背を向けていてわからぬが侍の方はどうにも怒っているらしい。それを見に受けてか、未だ10歳に満たぬようにも見える少女は手にした簪を握りしめて震えているようだ。
(鬼とは関係なさそうだ。しかし、力無き人々を助けることも我らが役目。それにあの少女、俺の弟と同い年ぐらいにみえる)
思うが早いが一瞬。瓦が割れるほどの力を脚に入れ、正寿郎は屋根から飛び立った。人間離れした速度で彼らに近づき、まさに侍が刀を振り下ろす瞬間に間に割り込んだ。
「まあ、待たれよ、お侍殿。あなたの目の前にいるのはか弱き少女ではないか。その力を向けるべきはこのようなことではない。ましてや、年端もいかぬ子供にこの仕打ちとは言語道断!」
そう言い切った正寿郎の顔は人好きのするような笑顔のままであったが、その瞳と雰囲気は炎を纏うような怒りを携えていた。
この時に、一つの二人の鬼物語は始まる前に終わりを迎えた。正寿郎が助けたこの少女、梅と、その兄、妓夫太郎。炎の刀を携えた彼との出会いはこの兄妹にどのような変化をもたらすのか。それがわかるのはもう少し先の話である。
お読みいただきありがとうございました。鬼滅の刃の好きなキャラ(鬼いちゃんと煉獄さん)が書きたくてできた小説です。①話だけだと鬼いちゃん放置ですね笑。次回は②。兄と炎の剣士の出会いまで書ければなと思います。
あ、煉獄正寿郎は煉獄杏寿郎のご先祖様設定のオリキャラです。