煉獄正寿郎視点
「さて、どうしてあんな事になっていたのか聞かせてもらおうか?」
片目を突かれ、怒り狂う侍をどうにかなだめ、近くの医者へ連れてくように店の女将に頼んだあと、俺は少女に向き直った。大体の話を聞く限り、先に少女から簪を奪おうとした侍にも非はあるが、それにしてもいささかやり過ぎだ。場を収めたものとして、なぜこんな事をしたのかは聞いておかねばなるまい。
件の少女は目の前で簪を握りしめながら、臨戦態勢でこちらを睨みつけている。先ほどのやりとりからか、刀を持っている人間に警戒心むき出しらしい。
「そう固くなるな。奉行所に連れて行くつもりなどないのだから。それに俺は岡っ引きでもない。」
まあ、奉行所に連れていかれる奴らなんかよりも、もっと悪い存在をこの世から消すために動いているがな。そんな言葉を胸のうちに呟いて、俺は改めて少女を見据えた。
屋根から見立てたとおり、やはり美しい少女だ。弟とそこまで年齢差は無いと思うが、どうにも線が細い。遊郭の女ならばもう少し肉がついてそうなものだが。それに見た目こそ良いものの、着ている服はどうにも貧相なありさまだ。奇妙なチグハグがあった。
ジロジロと眺められることに嫌悪感を抱いたのだろうか、少女はその場で反転し、全速力で逃げ出した。子供らしからぬ速さで路地に消えて行き、完全に見えなくなってしまった。
「ふむ、身のこなしは悪くないし、逃げ足も速い。子供だからと、警戒心などなかったとはいえ、侍相手に簪を突き刺す度胸と技術も大したものだ。だが、」
少女に対する評価を口にし、足に力をこめる。
「だが、俺相手では逃げられん!」
グン、と加速し、路地を曲がる。一呼吸も空けずに屋根へと飛び、少女の逃げた方向にあたりを付けながら家々を飛び移る。さらに少し進んだ場所に少女を見つけると、ひょいと屋根から降り、並走しながら話しかけた。
「ハハハハハ!結構結構!子供は走り回るくらいの元気さがないとな!」
突然の登場に顔を驚きに満たした少女は、変わらぬスピードで走りながらも怒鳴り返してきた。
「何よ!何なのよあんた!さっきの侍といい、次から次へと、そんなに私から何か奪いたい訳!?」
「うむ、これは困った!話が通じてないぞ!いいか、俺は君からただ話が聞きたいだけだ。一度止まってくれないだろうか?」
「何よ何よ!あんたが止まればいいじゃない!そうやってみんなして私をいじめて!うわぁーん!おにいちゃーん!」
「いや、確かに俺は兄ではあるが、君の兄ではないのでな…。それに虐めるつもりなどないぞ!とにかく、一度止まってだな…」
「あんたじゃない!!私のお兄ちゃん!!!私をいつも守ってくれるの! …じゃなくて、いいからあんたが止まりなさいよ!!えーん!おにぃぃぃちゃーーん!!!」
「なるほど、良い兄だな!兄妹仲も良いようだ。結構結構!!」
どこかずれた会話?を続けながら、かなりのスピードで2人は走り続けた。
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少女と侍の騒動から1時間ほどたっただろうか。遊郭を走り回った2人は店の前に戻ってきていた。
「ハア…ハア…な、なんで、あんたは、ハア…息一つ切れてな…いのよ…」
「鍛え方が違うからな。子供にかけっこで負けるほど、やわな鍛え方はしていない!」
「私と、ハア…お兄ちゃんに追いつける大人なんて…この街にはそんなには…ハア…いないわよ…」
呼吸を乱し、整えながらも未だにこちらを睨みつける少女へ、正寿郎は話しかける。
「さて、それでは聞かせてもらおうか?」
口調や表情こそ今までと変わらぬものの、その身体から発せられる雰囲気は先ほどまでの正寿郎とはまるで違っていた。話を聞くまでは決してこの場から動かないし、逃がさない。そんな有無を言わせぬ圧力を少女に向ける。
「…、」
少し泣きそうになりながらもそれでも少女は口を開かない。
どうしたものか、と思った正寿郎は、とりあえず自己紹介から始めることにした。少しだけ威圧感を弱め、なるべく明るく話しかける。
「俺は煉獄正寿郎。とある理由からこの街で人探しのようなものをしている。さっきも言ったが、岡っ引きの類ではないから、君にどうこうするつもりはない。とにかく、名前だけでも聞かせてはくれないか?恩に着せるつもりはないが、あの場を納めたのは俺だ。せめて当事者たちから話は聞いておかねばならぬ。」
少女は未だに警戒は続けているようだが、このまま黙っていても正寿郎が諦めないことを肌で感じたのだろう。
「…梅」
と、ボソリと呟いた。
「そうか!梅か!よろしくな!それで、どうしてあんなことに?」
「私は悪くないわ!!あの侍が私から簪を奪おうとしたんだもの!!せっかくお兄ちゃんが私にくれたやつなのに!」
「…ふむ、まあ確かにそれは腹が立つのも仕方ないだろう。しかし、梅。それに対して目を貫く、というのはいささかやり過ぎだ。俺が止めなかったら君は今ごろ、死んでいたぞ。」
正寿郎の指摘に今になって死への恐怖が出てきたのだろうか。梅は身体を震わせ、目に涙を浮かべていた。
「…でも…でも、しょうがないじゃない!お兄ちゃんが言ってたんだもん!奪われる前に奪えって!私たちはいつもそう。生まれた時から何も与えられないで奪われ続けた!だから決めたの。お兄ちゃんの言う通りにしようって!」
(…なるほど。どうやらこの少女の生き方には兄が強く関係しているらしい。おそらく、遊郭の最下層という劣悪な生活環境を、たったふたりで生き抜いてきたのだ。そのような考えになるのも仕方のない事のかもしれん。しかし、)
少女の独白を聞き、正寿郎は考える。
ーーー煉獄正寿郎は生まれつき多くの才を持った人間だった。小さな頃から強く、しかし、それに驕らずに鍛錬を積み続けた。「鬼」という異形の化け物を「鬼狩り」としてこの世から消すため。刀を取り、さらに日々を重ね、気づけば炎柱として鬼殺隊の中核になっていた。そして、彼はその力や技量に負けないほどの善性をその身に宿している。
「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務。責任をもって果たさねばならぬ使命」
一見、高慢ともとれるその思想が、正寿郎という1人の人間が、辿り着いた答えだった。ならばこの、目の前で震える弱き少女を助けるのは、自身の使命。彼がそう考えるのも当然の帰結であった。
(しかし、それでは彼女とその兄は決して幸せにはなれん。子どもが奪い、奪われる社会など間違っている。俺は、俺の使命を全うする。梅とその兄を救う。それが今の俺の使命!)
「なるほどな!よく分かった。それならば梅よ!一度君の兄に合わせてはくれないだろうか?」
「…は?」
…確かに正寿郎は善い人間だ。しかし、いささか考えと言動の間の説明不足が見受けられた。
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