星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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ドキドキワクワクスタークによる戦闘シーンがようやく書けました。
合計二万字超えるから分割するって言ったけど、
後半だけで二万字超えてちゃ世話ないね。

感想お気に入り評価誤字報告、どれもありがとうございます。


悪意とのエンカウント

 不愉快だ。何もかも。

 

 この戦いの全てが私を不機嫌にさせていた。ラファールからの絶え間ない銃撃が私に襲い掛かる。無駄だ。掌を向ければ銃弾の嵐は空中で動きを止め、主に逆らい私への攻撃を中断した。そこに織斑一夏が打鉄に追われながらも横合いから飛びかかってくる。

 

 私はもう一方の手をそちらに向けた。織斑一夏は咄嗟に跳ね飛んで軌道を逸らす。だが、私は手を向けただけでAICは起動していない。本命のリボルバーカノンが織斑一夏に向けて咆哮する。しかし、ラファールの放ったアサルトカノンが強かに砲身を撃ち付け、織斑一夏を狙った軌道から砲弾が逸れた。

 

 一瞬安心したような顔を見せる織斑一夏。だがその動きが空中でピタリと止まる。

 

 捕らえた。だが、奴の後ろに打鉄が迫り、ラファールも打鉄が放棄したと思しき実体シールドを此方に投げつけてきた。私は織斑一夏へのAICを解除して後退し、シールドの直撃と獲物を奪われる事を防ぐ。

 

 幾ら織斑一夏の動きを止めた所ですぐさまラファールが横槍を入れてくるこの状況に私は焦れていた。それに篠ノ之箒の打鉄。建前上は味方だが、私には跳び回る障害物としか思えん。そこそこ状況を見て立ち回っているようだが、隙あらば織斑一夏を斬ろうとする動きを見せてくる。奴は私の獲物だと言うのに!

 

 入れ代わり立ち代わり戦闘位置を変える織斑一夏とラファール。その立ち回りが想定以上に巧みな事が、私を更に苛立たせる。打鉄が飛び込み、迎撃のショットガンを回避。だが織斑一夏の剣に阻まれ、一旦こちらに離脱してくる。

 

 ――――うっとおしい障害物だ。ならば、障害物なりに役に立ってもらうとするか。

 

 そう思っていれば、ラファールを前に出して織斑一夏が突っ込んでくる。ラファールは新たに呼び出した実体盾を此方に向けた格好だ。そして、その後ろを走る織斑一夏の剣から光が迸った。

 

 零落白夜。嘗て教官が振るい、世界の頂点に立つ要因となった最強の剣。

 

 それを見て、私の怒りは頂点に達する。

 

 私はワイヤーブレードで近くで迎撃姿勢を取っていた打鉄の足を取り、ラファールに向けて放り投げた。

 

 打鉄とラファール、両者が同時に驚愕する。そのまま実体盾同士で激突した二機は、勢いのままくるりと位置を入れ替えた。それぞれがそれぞれの相手を狙おうとしたのが噛み合ってしまったか。好都合だ。打鉄は織斑一夏の前に立ちはだかる形に。そしてラファールは私と相対する形。この場に居る全員が一直線に並ぶ事となった。

 

 これで、織斑一夏とラファールの連携は分断した。まずは邪魔なラファールを落とし、返す刃で織斑一夏も(たお)す。AICによる隙を突かずにあの打鉄が織斑一夏に勝ってしまう事は無いだろう。

 

 その状況に追い込まれた事を察したか、ラファールが私に向け飛び出す。起死回生でも狙うか? 聡いな。だが、そんな直線的な動きでは私には勝てん! リボルバーカノンが動き、ラファールの顔面に狙いを定める。その瞬間、私はラファールがニッ、と歯を見せて笑うのを見た。

 

 ラファールが今までとは比べ物にならない速度で弾け飛ぶ。――瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと!? 奴があれを使えるなどと言う情報は無かったはず! だが、真正面ならば!

 

 左手を掲げAICを起動し、奴の動きを縛りつけようとする。だがそれよりも先に、奴の構えた実体盾がバシュッと火薬の音を立てて破棄(パージ)され、回転しながらこちらへと迫ってきた。私は反射的に左手に力を込め、実体盾をAICで受け止める。

 

 次瞬、ラファールが空中で固定されたシールドを踏み台にして跳び、私の上方を取った。その手には、リボルバー式パイルバンカー<灰色の鱗殻(グレー・スケール)>。奴は既に目前。ワイヤーブレード? AIC? 間に合わぬ。私は咄嗟にリボルバーカノンをラファールとの間に滑り込ませた。

 

 ズガン! と言う炸裂音と共にリボルバーカノンがへし折れる。流石は第二世代最強の攻撃力を持ち<盾殺し(シールド・ピアース)>の二つ名を頂く武装。衝撃に全身が震え、回復しかけていた気分を僅かに悪化させる。だが。

 

「惜しかったな――」

 

 私の突き出した右手の先で、驚愕の表情を浮かべたままラファールは凍り付いていた。その連装機構により二発目を撃ち放とうとしていたパイルバンカーも沈黙。この状況を打開しうる織斑一夏は打鉄を挟んだ向こう側。

 

「――貴様は終わりだ!」

 

 叫ぶが早いかワイヤーブレードが空中のラファールを取り巻き、その全身を引き裂こうとする。私はずたずたのボロクズじみた姿で倒れ伏すラファールの姿を幻視し、その無残な有り様を思ってにたりと嗜虐的に口元を歪めた。

 

『避けろボーデヴィッヒ!』

 

 突然の打鉄からの通信。その瞬間、固定されたままだった実体盾が真っ二つに分かたれ、そこから三日月(Crescent)状の光刃が飛び出した。反応した時にはもう遅い。軌道上のワイヤーブレードを切断し、AICの力場さえも引き裂きながら飛翔したそれは、吸いこまれるようにシュヴァルツェア・レーゲンに直撃、一瞬でそのシールドエネルギーを奪い去った。

 

 

 

 

 ――――負けるのか、私は? この様な極東の程度の低い戦場で、それも真っ先に。

 

 そんな事があってたまるか。動け、動いてくれ!

 

 だがその思いと裏腹に、機体は強制解除の兆候を見せる。誰もがまだ戦っているのに。倒れ行くISの中、私は嘗ての自分を思い出していた。

 

 世界の兵器の最前線がISに移りゆく過渡期。ドイツ軍の遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)だった私は、その時代の流れに対応するため疑似ハイパーセンサーとも言える新技術<ヴォーダン・オージェ>と呼ばれるナノマシン移植処理を受けた。理論上何ら人体に悪影響を及ぼすはずの無かったそれは、だがしかし私の左目を変質させ、それによって元々持っていた部隊トップの座を私から奪い去った。

 

 落ちこぼれと揶揄され凋落し、金色に染まった左目で見ていたあの頃の景色。訓練中、周囲の皆に着いていく事が出来ず、真っ先に地面に伏して戦い続ける皆を眺める事しか出来ない、無力な己。あれほどの屈辱を感じる事は後にも先にも無い。今日この瞬間まで、私はそう思っていた。

 

 だが、今のこの状況はどうだ?

 

 闇のどん底にいた私に手を差し伸ばしてくれた恩師。再び部隊のトップに立たせてくれた、あれほど憧れた織斑教官をドイツに連れ戻すために訪れた挙句、彼女に恥を晒すのか?

 

 それも、強く、凛々しく、堂々とした教官に、優しげな笑みを浮かべさせた、忌々しき織斑一夏に敗れ去って?

 

 強い教官を変えてしまう弟。奴を必ずや完膚なきまでに叩き潰し、その不要性を教官にお分かりいただくために訪れたこのIS学園で、また誰よりも早く倒れるのか?

 

 ――――ふざけるな。

 

 私の中で、今までとは比較にならぬ怒りが牙を剥く。力が欲しい。全ての敵を凌駕し、戦場に最後に立つ者を私だけにする。最強の力が。その呪いじみた思いに反応して、何かが蠢く。そいつが、私に語り掛けてくる。

 

『願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を、欲するか?』

 

 ああ。欲しいとも。眼前の全ての敵を倒せるだけの力が。私の憧れた教官のような、最強の力。絶対の力を、私に寄越せ――――!!

 

 その思いに呼応するように、眼前にいくつかの文字列が流れる。だが、その意味を私が理解する事は、終ぞなかった。

 

『Valkyrie Trace System────boot』

 

 

 

 

 

 

 ――――当たった。

 

 前回の改修から帰ってきた白式に同梱されていた、どこかで見たポップな文字で記された手書きの説明書。そこには雪片弐型の新機能として『零落白夜の斬撃を剣の軌道に合わせ飛ばす機能』が記されていた。

 

 当然その代償は大きい。本来徐々に――と言っても実際には凄まじい勢いだが――消費するはずのシールドエネルギーを、ごっそり持っていく諸刃の剣だ。エネルギーが満タンの状況でもギリギリ二回使えるかと言った凄まじいその消費量に、もう少しどうにかならなかったのかとちょっと複雑な顔になったのを覚えている。

 

 だが、手動でしか狙いが付けられないとは言え、あれほど欲しがった飛び道具、しかも一撃必殺だ。なんだかんだで俺はその機能を何とかやりくりしてくれた製作者に感謝した。そして、その機能は今正に大きな切り札となって戦場の趨勢を決めようとしている。

 

 名付けて、<零落月夜(れいらくげつや)>ってとこだな。

 

 俺は誇らしげに、光が消え実体剣に戻った雪片弐型に目を向ける。千冬姉から受け継いだ、世界最強の一振り。やっぱ最高の姉さんだよ。俺はそう思って眼を細める。

 

「余所見をするな、一夏ぁ!」

 

 一瞬気の抜けた俺に箒が斬りかかってくる。危ねえ! 俺は雪片でその一撃を寸での所でガードした。俺の知っている箒を遥かに上回る剣圧に、徐々に押し込まれそうになる。だが、AICから解放されたシャルルのアサルトカノンの援護射撃に、箒は堪らず距離を取った。

 

 ラウラが倒れ、これで二対一。しかも残ったのは先ほどから近接武器しか使っていない箒だ。幾らあいつが強くなっていても、俺達が絶対的に有利な事に変わりは無い。

 

 ――――行ける。そう、俺が心の中で確信した瞬間だった。

 

「あああああああっ!!!」

 

 倒れようとしていた突然ラウラが絶叫し、ISから激しい紫電が放たれる。空中にいたシャルルがその余波で吹き飛ばされ、俺の後ろに何とか着地した。

 

「一体何だよ!?」

「僕にも……一夏、あれ!」

 

 頭を振ったシャルルが立ち上がったラウラを指差す。そのISが――シュヴァルツェア・レーゲンがまるで粘土細工か何かのように変形を始めた。『形態移行(フォーム・シフト)』のような生半可なものじゃない。基礎の部分から、まったくの別物へと変化してゆく。

 

 そして、それが収まった瞬間そこに立っていたのはシュヴァルツェア・レーゲンでは無く、全身装甲(フルスキン)のISに似た何か。だが、先日の<ブラッド>が使ったような異形のそれでは無い。そのボディラインにはラウラの面影を残し、フルフェイスの頭部アーマーに走るラインアイから赤い光が漏れる。

 

 そして、その手に握られた、一振りの刀。

 

「<雪片(ゆきひら)>……」

 

 呆然と俺は呟く。嘗て千冬姉が振るい、世界最強の座まで共に駆け抜けた一振り。それが今、奴の手の内にある。どういう事なんだよ……!?

 

 その瞬間、今まで立っていただけだった奴は一瞬で俺の前に降り立ち、中腰に構えた雪片を箒さえ比較にならない速度で振るう。

 俺がそれを防げたのは偶然であり、必然だった。偶然は奴に警戒して雪片弐型を中段に構えていた事。必然はその太刀筋が()()()()()()()()()()だった事。

 

 だが、あの剣を受けて無事では済まない。アリーナの壁に向け、俺は呆気なく吹っ飛ばされた。そのまま壁に頭から激突しそうになった俺を、横から飛んできた影が何とか受け止める。

 

「大丈夫か、一夏!?」

「箒……?」

 

 俺を助けた箒が心配そうにこちらを覗きこんでくる。だが、今はそんな事はどうでもいい。

 

「離してくれ……」

 

 しかし、箒は俺の言葉に何も答えず、さらに俺を抱き止める力を強くした。俺がこれから何をしようとしているか、理解したように。

 

「離せ、箒! あの剣は、()()()のもんだ! 俺はアイツを許せねえ! 許すわけにはいかねえ! 邪魔するなら、お前だって……!」

 

 何時か、千冬姉が語ってくれた『真剣』の重み。アイツは、それを冒涜している。俺にはそれが許せない。千冬姉の願いを、あの剣の重みを。何でアイツはあんなに軽々しく振るってやがるんだ!

 ふざけるな。アイツは一発ぶん殴ってやらないと気が済まねえ。<雪片>は、あの剣術は、千冬姉だけの物だ!

 

「馬鹿者が!」

 

 言うが早いか、箒は巧みな足さばきで俺の重心を崩し、背中から地面に叩きつけてきた。肺から空気が押し出され、強い苦しみが俺を苛む。

 

「……ッ、箒、何すんだ!」

「馬鹿者と言ったのだ! 自分の怒りに任せて剣を振るうな! それはアレと同じ、ただの暴力に過ぎん!」

 

 凄まじい剣幕で叫ぶ箒に、激昂していた筈の俺は容易く気圧される。それは、その言葉に何よりも箒自身の実感と、苦い経験が込められているのを感じたからだ。

 

「確かに奴は、力に振り回され、千冬さんの剣を汚している! 妹弟子として、それは私だって耐え難い事だ! だが……」

 

 箒は俺に背を向け、奴に向け剣を構える。その言葉に、俺は尻餅を搗いたまま箒の背中を見上げた。

 

「……それを耐えるんだ、一夏。奴を否定したいのなら、同じ所まで堕ちるな。怒りを(こら)え、自分が今本当にやるべき事が何なのか、それを良く考えるんだ! 怒りに任せ切って振るう力で、得られる物など何もない…………嘗ての私の様に」

 

 剣を握る箒の手はギリギリと必要以上の力が籠り、その顔は耐え難い怒りを抑え込むが如く無理矢理に深い呼吸を繰り返している。

 

 箒だって、怒りを抱いているのは間違いなかった。だが、箒はそれを確固たる意志でコントロールしようとしている。俺にはその背中が、ひどく遠く見えた。ずっと、一緒に並んでいるものとばかり思っていた箒の背中は、技だけじゃない。いつの間にか、その心で俺より遥か高みに立っていた。俺にはそれが、箒に置いて行かれてしまったように思えてならなかった。

 

「――――悪い、箒。ひどい事言った」

「気にするな。私も通った道だ」

 

 俺は雪片弐型を杖代わりに、何とか一人で立ち上がる。冷静さを保っているように返事をした箒は奴に剣を向けたまま、俺を一瞥する事も無い。目の前の敵に集中しているのか。あるいは、俺なんかを信じてくれているのか。

 

「話は決まったみたいだね」

「ああ、かっこ悪い所見せちまった」

 

 シャルルも奴を刺激しないようにか、静かに俺達に合流する。既に試合どころじゃあない。観客は混乱に陥り、パニックが起こりかけているようだ。

 その姿に、俺はクラス対抗戦の時の騒動を嫌が応にも思い出した。きっと今、苦虫を噛み潰したような顔をしてるんだろうな、俺は。

 

「とりあえず、アレもISである事は間違いない。どうやら、嘗て世界を制した頃の織斑先生と同じ動きをする様だ」

世界最強(ブリュンヒルデ)の動きだって……!?」

 

 シャルルが驚く。無理もない。千冬姉は現役の操縦者時代、結局一度も泥を付けられる事無く頂点に立ち続けたのだから。そんな相手の現身(うつしみ)が、目の前に立っている。驚き、戦慄するのは当然の事だ。

 

 奴はアリーナの中心に立って、剣を構えたまま此方を見据えている。動く様子は無い。迎撃に特化されたプログラムにでもなっているのだろうか、こちらから攻撃しない限り動く事は無いようだった。

 

「ともかく。今アイツを助けられるのは俺達だけだ。待ってりゃ、先生方が来てくれるのかも知れないけど……待てねえ。俺にだって意地がある」

「フ、頼もしいな。だが確かに、一刻も早くボーデヴィッヒを開放してやるのが最優先だ。アレ程の力が、彼女に何の負担も強いていないとは思えん」

「ああ……シャルル、何かいい手無いか?」

「僕かい? うーん……」

 

 俺はシャルルに意見を求める。何せ、俺と箒は近接特化だ。相手が千冬姉のコピーだとすれば、近接戦で挑んでどうこう出来る相手じゃあない。どうしても遠距離攻撃が出来る彼女が鍵になる。

 

「そうだね……篠ノ之さん、僕にも実体シールドを貸してもらえる? あれとやり合うなら、盾がちょっと欲しいかな」

「すまん。その盾なんだが――――もうこの一枚しか無い」

「えっ?」

 

 深刻ぶって言う箒に、シャルルは拍子抜けしたような声を上げる。その顔を見て、箒はますます恥ずかしそうに顔を赤くして言った。

 

「『時間をかけて付き合ってもいい』と言ったが、アレは嘘だったんだ。デュノアさんには随分押されてたからな。あの時にはもう手持ちのシールドは殆ど使ってしまっていたし、その後の乱戦で残りもこの一枚以外壊れてしまった」

「……じゃあアレ、ハッタリだったって事?」

「…………恥ずかしながら、そうなる」

「――――ぷっ。ふふ、あはははは! そっか、もうあの時には盾無かったんだ! やられたなぁもう! あはははは!」

 

 俯くように言った箒を見て、何故かシャルルが笑い出した。聞く限りではどうやら、箒のハッタリにしてやられていたらしい。まさか箒が心理戦なんかやってるとは、ちっとも気づかなかった。笑いすぎたか少しこぼれた涙をぬぐうと、シャルルはいつもの笑顔に戻る。俺はそれを見て、二人を奮起させようと発破をかける事にした。

 

「へっ。でも、盾があろうがなかろうが、やる事に変わりは無えよな」

「そうだね。取り返しの付かない事になる前にボーデヴィッヒさんを助けてあげよう。一夏、零落白夜は?」

「飛ばすのは無理だけど、斬るならまだ何とかなるぜ」

「そっか。ならやっぱり一夏が――――」

 

 

『随分面白そうな事になってんじゃあねえか』

 

 

 その声を、俺は忘れた日は一度も無かった。瞬間、アリーナの俺達と観客を遮るように煙が沸き出し、周囲と俺達の視界、更には音までが遮られる。そして俺達と黒いISの丁度中間に同じ煙が沸き出し、そこから1機のISに似ても似つかぬパワードスーツが姿を現した。

 

 

 宇宙服のようなシルエットに、所々にパイプの意匠を施された、血色の装甲。胸とバイザーはエメラルドカラーのクリアパーツで構成されており、バイザーの奥には青いアイセンサーが覗く。一見煙突の様にも見える一本の角が頭からは生え、全体的に凶悪な雰囲気を纏った全身装甲(フルスキン)

 

 ――――そして何より、あの日聞いた物と同じ、壮年男性の加工音声!

 

『よぉ、織斑一夏! それと篠ノ之箒にシャルル・デュノア。初めましてだな』

「テメェ、その声……<ブラッド>か!?」

「ブラッドだと!?」

「ブラッド……?」

 

 叫ぶ俺に箒が驚き、逆にシャルルが訝しんだ顔を見せる。あのクラス対抗戦襲撃は箝口令が敷かれ、外部に情報は漏れていないはず。なら、シャルルが奴を知らなくても仕方ないか。だが説明している余裕なんかない。

 

『オイオイ、あんな腰抜けと一緒にするなよォ! 俺は<スターク>って言うんだ。以後、お見知りおきを。ハッハッハ』

 

 俺達の言葉に奴……スタークは否定するように手を振ってから名乗って、慇懃(いんぎん)に一礼をして見せた。どこかフレンドリーささえ感じさせるような言動だが、スタークから放たれる気配は凄まじく剣呑。その悪意はブラッドと同じ類のものだ。故に、信用には値しない。

 

「声で判断するなってブラッドには言われてね。アンタが何と言おうと信用できる要素は無いぜ」

『なるほど、一理ある。確かにそうだな』

 

 睨みつけながら言った俺に納得したようにスタークは答えて、奴は喉元の襟状になってるパイプを掴んで何かを調整するかのような動きをする。

 

「ブラッドの言ってた通りだ。なかなか物覚えがいいじゃあねえか、一夏ぁ」

「その声は石動先生の声!?」

 

 隣の箒が驚くが、スタークの言葉はそれだけに留まらなかった。

 

『敵の事を簡単に信じちゃあダメ、そこを分かっているのは素晴らしいですよ、一夏くん!』

「今度は山田先生……!?」

『フン、お前の素直さにはほとほと呆れさせられて来たからな。多少は成長しているようで安心したよ』

「千冬姉の声で喋るんじゃねえよこの野郎!」

 

 怒りと共に、雪片弐型の切っ先を向けて怒鳴りつけると、スタークはそんな俺が心底面白いとでも言う様に手を叩いて笑ってから、また喉元のパイプに手を伸ばした。

 

『フハハハ、悪い悪い。ちょっと最新の変声機の性能を披露したくてな。俺の悪い癖だ。ハハハ!』

「何をしに現れた? ここは貴様のような者が来るべき場所では無い! 今すぐここから消え失せろ!」

 

 箒もまた、怒りを露わにして奴を威嚇する。だがスタークはそんな箒の威圧もまるでそよ風を浴びるが如く何のその。平然と俺達に背を向け、黒いISへと向き直った。

 

『そう邪険にするなよ。俺はお前たちの味方さ』

「何だと……?」

『あの<ヴァルキリー・トレース・システム>の女を開放したいんだろ? 俺もアレと戦いたくてね。目的はともかく、手段は一致してるはずだぜ?』

「信用できるかよ!」

『ま、だよなあ? 別に構わねえよ、とりあえずお前らはそこで見てな』

 

 解り切ったように肩を竦めると俺達に後ろ手に手を振り、そのままスタークは黒いISに向け、赤い残像を残しながら駆け出した。スラスターを使っている様にも見えないのに何つー速度だ!? そして奴はどこからともなく拳銃状の武器と何故かバルブの付いた実体ブレードを取り出して、黒いIS目掛け勢いよく振り下ろした。

 

『そおらァ!』

『――――!』

 

 金属と金属がぶつかり合う音と共に、奴のブレードと雪片の刃が噛み合い、弾かれ、幾度となくぶつかり合う。凄まじいレベルの剣戟に俺達は立ちすくんだ。だが、真に驚くべきは奴が片手で雪片と競り合っている事だ。あの黒いISが千冬姉のコピーならば、その膂力(りょりょく)も半端なものでは無いはず。つまり、スタークの力はそれ以上の馬鹿力っていう事かよ。さっきのダッシュ速度と言い、どう言うパワーアシスト積んでやがるんだ!?

 

 俺が驚いたのも(つか)の間、二人の持つ刃が押し合う、鍔迫り合いへの体制へと移行した。と思った瞬間、奴がもう片手に持っていた拳銃型の武器をがら空きになった脇腹へ向ける。

 

 だが千冬姉のコピーをその程度では捉えられない。黒いISは咄嗟に上体を逸らして銃撃を回避。しかしスタークの攻撃はそれに留まらず、回避に注力した隙を突いてコンパクトな蹴りを放つ。上体を逸らした事で重心を後ろに置いていたISは蹴りを回避できず何歩かたたらを踏んで、スタークとの間に数メートルの距離が出来た。

 

 そこにスタークの拳銃が容赦なく火を噴く。だが黒いISもさる者、被弾のリスクなど知ったことかと言わんばかりに前に踏み込んで、まさにその通りに雪片で全ての銃弾を弾き防いで見せた。

 

『良い反応だ! 偽者とは言え、流石にブリュンヒルデかァ!』

『――――!』

 

 スタークの挙げた快哉の声に応じるように、黒いISが腰だめの姿勢からまるで居合の様に雪片を奔らせる。

 

【ライフルモード!】

 

 だがスタークの持つブレードが二つに分かれ拳銃と合体、工業製品めいたライフルに変化。そのままスライディングの様な体勢で剣閃の下を滑り抜けつつ、がら空きの脇腹に三点バーストの弾丸を叩きこんだ。

 

『――――!!!』

 

 一方的な被弾を受けた黒いISは激昂したかの如く叫びを上げ、居合抜きの動きから振り返りつつの回転斬りを繰り出す。正に一閃、ほとんど目にも止まらぬ速さ。だが、それに輪をかけてスタークの反転速度は早かった。

 

【コブラ! スチームショット! コブラ!】

 

 奴は体勢を立て直しつつ()()をライフルに装填、そのまま黒いISに先んじて銃口を至近距離で突きつけると、耳を(つんざ)くような電子音声と共にこれまでと比較にならぬ巨大な銃撃を黒いISに直撃させた。

 

 爆炎の中から吹き飛ぶ黒いIS、僅かにその表層が剥がれ、ラウラの白い肌が露出する。

 

 だが、スタークの攻勢は止む事が無かった。奴の手の甲辺りから蛇じみた触手が飛び出し、黒いISを捕らえて引き寄せる。そこに奴はタイミングを合わせて体重を十二分に乗せたサイドキックを叩きこんだ。

 

「ボーデヴィッヒ!」

 

 箒が悲痛な表情で叫ぶが、今のアイツにその声が届いて居るはずも無い。だが大きく弾き飛ばされた黒いISは空中で器用に体勢を立て直し、スタークから離れた位置に着地して再び剣を構え、尋常ではない敵意と殺気を放って見せる。

 

『ほう。やっぱブリュンヒルデの称号は伊達じゃあねえな…………だが、中身の無い上っ面だけのコピーとあっちゃ、所詮この程度か……』

 

 スタークはその姿に、少しばかり失望したかのように肩を落とした。俺はその姿に驚愕と、あまりにも大きな力の差を感じた。

 

 ――――何なんだ、アイツは。幾らコピーとは言え、嘗ての世界最強の機体を相手にあれほどの戦いをするなんて。国家代表候補生なんていうレベルじゃあない。間違いなくその上、国家代表操縦者達の領域に奴は居る。

 

 俺は、その余裕綽々と言ったスタークの姿に思わず歯ぎしりした。全力を尽くしてどうにかこうにかラウラを倒したってのに、奴は千冬姉の剣に呑み込まれ、挙句突然現れたスタークにそれすら凌駕する実力を見せつけられる。

 

 箒は耐えろと言ったが、その何と難しい事か。俺は今にも怒りで飛び出しそうな自分を何とか抑え込んで、スタークと黒いISの動きを注視する。そんな俺の横合いにシャルルが寄って、怪しむような瞳をスタークに向けた。

 

「一夏、アイツおかしいよ」

「えっ?」

 

 シャルルがおかしな事を言う。いや、おかしいのは最初からだろ。突然アリーナに現れ俺達と周囲を遮断して、その果てには味方だなんて(のたま)いやがる。何考えてんだかサッパリわからねえ。

 

「……ボーデヴィッヒさん、いや、あの黒いISに奴がトドメをさせるタイミングは幾つかあった。今だって引き寄せながら同じ銃撃をすればそのまま倒せたはず。でも、何でそのまま勝ち切らなかったんだろ? まるで、自分の腕を試してるみたい」

 

 そっちか。俺は変なことを考えていた自分が恥ずかしくなって、誤魔化すように聞く。

 

「でもアイツは『ラウラと戦いたくて来た』って言ったよな」

「いや待て、一夏。確か奴はラウラのISを指して<ヴァルキリー・トレース・システム>と言っていた。それと何か関係があるんじゃないか?」

 

 ヴァルキリー・トレース……。つまり、千冬姉のコピーと戦いに? でも何でわざわざ危険を冒してまでこんな場所に来た? 千冬姉のデータは、ある程度世界に出回ってる。<モンド・グロッソ>だって世界中に放送されていたし、わざわざ本当に戦わなくたって、別に構わないはず……。

 

 俺が悩んでいると、シャルルが何かに気づいたようにはっと顔を上げた。

 

「そうか。アイツ、本当にヴァルキリーと戦いに来たんだ! 狙いは織斑先生、その実戦データだよ!」

「はっ?」

 

 その答えに、一周回って俺は驚いた。何で既に世界中にあるデータを、しかも今の千冬姉のデータじゃなく、昔の千冬姉のデータを欲しがるなんて、何故?

 

「きっとスタークはデータを見るだけじゃあわからない、千冬先生の細かな動きの癖、そう言ったものを身を持って知るためにここに居るんだ。一夏だって、<ヴェント>を撃つのに僕に教えられただけの時と実際に撃った後、全然考え方が違ったでしょ? アレと同じなんだよ」

「あっ、そっか……」

 

 言われて俺は訓練の事を思い出す。確かにあの時も教本に乗ってた撃ち方とシャルルの教えは大事な要素だったが、それ以上に実際に撃ってみることが大切だった。アイツもそうして、千冬姉のコピーと戦う事で今まさに訓練をしてるって訳か!

 

 ……だが、そこで一つの疑問が浮かび上がる。そんな事をしてどうする? データだけでは満足せず、こうしてIS学園に侵入してまで千冬姉のコピーと戦い、自分を鍛える理由。それは――――

 

「――――まさかアイツ、その内千冬姉と戦うつもりなのか……!?」

「一夏、だとしたら不味い! 奴にこの戦いを続けさせてやる理由など無いぞ!」

 

 箒が叫び、俺を受け止めるため拡張領域(バススロット)に収納していた実体ブレードを呼び出した。ああ、マズい。もし今奴がここに居るのが本当に『千冬姉対策』の為だとしたら、俺達は絶対にそれを止めなきゃあいけない!

 

「それに、スタークはこのままだといつまでもあのISと戦い続ける! それじゃあ、中のラウラさんが持たない!」

「一刻の猶予もなかったのかよ、クソッ! 箒行くぜ!」

「ああ!」

 

 焦るシャルルの言葉に、俺と箒はスラスターを吹かせて飛び出した。狙いはラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが変化した黒いIS。スタークの妨害、ラウラの救出。それを最短で、同時にこなすにはあのISの撃破が最善策!

 

 だが、先程まで気だるげにしていたスタークは待っていましたと言わんばかりにこちらに向き直って、再び何かを装填するとそのライフルの狙いを俺達に定めた。

 

『オイオイ……今日はお前らに興味ないんだが、なァ!』

 

【フルボトル! スチームアタック!】

 

 再びノイズ混じりの電子音と共に奴のライフルが火を噴いた。その銃口から飛び出したのは巨大な網。ISを十二分に捕らえられるだけのサイズを持ったそれが空中で広がり始め、まるで壁のように迫ってくる。

 

「侮るな!」

 

 箒が握りしめていた実体ブレードを片手に持ちかえ、同じ物を逆の手にも呼び出し、振り被って鞘ごと網へ向かって放り投げる。回転しながら飛翔したそれが広がった網を上手い事絡め取ったお陰で、俺たち自身が捕縛される事は無かった。

 

『良い機転だ。なら、こいつはどうだァ!?』

 

 奴は再び何かをライフルに装填する。アイツがあの動作を行う度全く別の攻撃が放たれるのは今までの動きから承知済み。一体次は何を撃って来る!?

 

【フルボトル! スチームアタック!】

 

 電子音声と共に、青く輝く弾が煙の尾を引きながら凄まじい速度で放たれた。

 

「箒!」

「ああ!」

 

 迫り来る致命の弾丸、それをギリギリまで引きつけてから俺達は互いを突き飛ばした。大きく開いた俺達の間を、弾丸が流星が如く駆け抜ける。俺と箒は体勢を立て直しながら、アイコンタクトで互いを称え合った。

 

『いい連携だな、だが無意味だ。狙いは最初からお前達じゃない!』

 

 しかしスタークの嘲る声に視線を向ければ、弾丸はそのまま飛翔して、シャルルの元へと迫っていた。咄嗟に回避行動を試みるシャルル。しかし彼女の横をすり抜けたはずの弾丸が急角度で反転、シャルルの周囲を渦を巻くように旋回し、最後には追いつめられたシャルルに容赦なく直撃、大きな爆発で彼女を吹き飛ばした。

 

「シャルル! てめえ!」

『厄介な奴を先に仕留めるのは定石だろ?』

 

 笑うスタークに俺たち二人は躍りかかった。箒の剣が縦の軌跡を描いて奴の肩口を狙う。俺の雪片が横の軌跡を描いてその脇腹を断たんとした。だがスタークはその狙いを予め予知していたように、掴み取る事で箒の剣を、手甲で弾く事で俺の剣を防いで見せる。奴はそのままの動きで箒の腹に掌底を入れ、流れるように俺の胸に肘打ちを放って吹き飛ばした。

 

「痛って……!」

「くっ……馬鹿な、白刃取りだと!?」

『その程度で驚かれちゃあ拍子抜けだぜ!』

 

 言うが早いかスタークが俺達に襲い掛かる。俺と箒の剣による迎撃を弾き、また柔らかく捌いて懐に潜り込んだ奴はまるで駒のように回転し、俺達を回し蹴りでまとめて吹き飛ばした。

 

 なんて奴だ。剣を持った相手に素手で押し勝つなんて、奴は俺達の三倍以上強いとでも言うのかよ――! 俺は悔しさに歯を剥きだし、喚きたくなる衝動に襲われる。

 

『やっぱ人形なんぞより人間を相手にする方がずっといいな!』

 

 そんな俺の内心など知らぬと言わんばかりにスタークがその攻勢を加速させる。先程までと違い武器も使わない徒手空拳だが、その威力と腕前は半端じゃ無い。俺の剣を弾いて強烈な拳を叩き込んだかと思えば、箒の斬撃を刀の腹を撃って逸らして手首を掴んで地面に叩きつける。

 

「くっそ……!」

『銃も持ってねえのか? どんだけ剣が好きなんだお前ら。じゃ、俺も剣を使ってやるとするか』

 

 一旦距離を取った俺達に啖呵を切りながらスタークはライフルを分解、再び剣と拳銃に戻すとその剣を構えて襲い掛かってくる。だがその時、高速で滑り込んで来た黄金の風がその剣を剣で受け止めた。

 

「シャルル!」

 

 先ほどの一撃で相当な痛手を負っていたのか、既にボロボロのラファールを纏ったシャルルは瞬時にショットガンを呼び出すとスタークへ向けて速射、だがスタークは跳躍して俺達の上を飛び越えて回避。着地して埃を掃う様に自身の体を軽く叩く。

 

「スタークは僕が! 二人はボーデヴィッヒさんを!」

「任された!」

 

 スタークに立ちふさがるシャルルを尻目に、俺達は黒いISへと飛び出した。既にその装甲は回復してしまっている。だが、ここで止まるわけにもいかない!

 

 剣を構える黒いIS(千冬姉)。しかしその威圧にも俺達は臆することなく剣を振り下ろした。だが奴はそれを一本の剣で巧みに受け止め弾き飛ばす。その剣圧に俺達は一旦距離を取り剣を構えた。その後ろで絶え間のない銃声が鳴り響く。シャルルがスタークを必死で足止めしている今こそ最大のチャンスだ。俺と箒が一瞬視線を交わして、まったくの同時に飛び出す。救出が始まった。

 

 

 

 

 

『俺とタイマンか。その意気は買うぜ。でもよお、お前なんかが俺を足止めできると思ったのか? もしマジでそうだとしたら、大笑いしてやるが』

 

 スタークは呆れるように肩を竦めた。その姿と軽々しい声とは裏腹に、そこには戦闘を邪魔立てされた怒りが僅かに滲んでいる。だが、僕はその姿に気圧される事は無い。

 

「……僕、意外と負けず嫌いなんだよね」

『んん?』

 

 その言葉にスタークは訝しげに首を傾げた。

 

「さっきの戦いで活躍できなかった挙句、君にもナメられたままなんて、僕のプライドが許さないって事!」

『八つ当たりかよ!』

 

 拳銃を向けたスタークの銃撃と僕の<レイン・オブ・サタディ>の弾幕が空中でぶつかり合い、弾け飛ぶ。即座にスタークが二発目を撃つために引き金を引き絞った。だが、攻撃速度なら僕は負けない――――!

 

 瞬間的に左手で掲げた<ヴェント>で弾幕を形成して出鼻をくじく。同時に連射したレイン・オブ・サタディで面制圧を行い、弾切れ直後に<ガルム>で奴の足元を吹き飛ばす。すぐさまヴェントを格納し、重機関銃<デザート・フォックス>による銃弾の嵐を撃ち放ち、スタークを防戦一方に追い込んでゆく。撃っては武器を持ち変えるその繰り返し。それはまるで西部劇に出てくるガンマンが撃ち終えた銃のリロードの時間を惜しんで、次の銃に手をかけそれを抜く様に。

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)による早撃ち(クイックドロウ)……! ハッ! 何だ何だ。お前も中々できるじゃあねえか!』

「そう? だったら僕に延々付き合っててもらえるかな……!?」

『くっく、いいぜ。お前が、俺を楽しませてくれる限りはな!』

 

 楽し気な言葉と共にスタークの防御がその精度を増して行った。剣で銃弾を次々に防ぎつつ、拳銃は僕を的確に狙い回避を強要してくる。今ダメージを食らえばそれでISが解除されかねない。そうなればアイツは一夏と篠ノ之さんの方に向かうだろう。それだけは絶対にさせちゃいけない!

 

「上等だ!!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合を叫んで、更にギアを上げてゆく。スタークをこの場に釘付けにする。いや、いっそこのまま倒してやる!

 

『いいぞ……いいぞォ! お前の実力もこの俺に見せてみろ、デュノアァ!』

 

 

 

 

 

 

 

 黒いISの振るう剣、その切っ先が俺のこめかみ近くを通過する。稲妻の如き突きを放ちながらも奴には大きな隙は無い。それに対する俺は必死だ。幾ら知っていて過去の物とは言え、千冬姉の剣と俺の剣の間にはあまりにも大きな差がある。だったらどうやってその差を埋めるのか。

 

 ――――そんな物、気合しかない!

 

「はああああッ!!」

 

 荒々しく振るった剣はだが奴の剣に容易く防がれ、俺の鼻先を奴の剣が薙ぎ払う。更には返す刀が俺の頭を輪切りにせんと襲い掛かった。

 

「一夏!」

 

 そこに割って入る箒。アイツの剣は敵の剣を何とか弾き、そのまま二回、三回と打ち合ってゆく。二人が剣道で戦った時には、箒は千冬姉には容易く圧し負けてた筈なのに。俺と何が違う? 何で箒はアイツと渡り合える?

 

 そんな嫉妬に近い様な思考を繰り返すうちに、何度かの剣戟を経て箒と奴は互いに距離を取った。

 

「勢い任せで剣を振るうな! それでは怒りにとらわれているのと何ら変わらんぞ!」

「つっても……気合以外にどこで勝てばいいか分からねえよ!」

 

 俺に叫ぶ箒に、ヤケクソ気味に叫んで返す。すると、箒は少し驚いたような顔で俺の方に視線を向ける。

 

「ああ、気づいていたか。確かに奴と私たちの差が心にあると言うのは間違っていない」

「だったら……」

「一夏、もっと落ち着いて、敵をよく見ろ。そして、やるべき事に全霊で集中するんだ」

「……どういう事だよ?」

 

 意味深に、神妙に言う箒に俺は訝し気に眉を顰めた。

 

「今、自分が何の為に戦っているのか。そこだ、そこだけでいい」

 

 箒の言葉に、俺は自身の心を見つめ直す。俺がやるべき事。ラウラをぶん殴る? 違う、そんなのは後でいい。スタークをぶっ飛ばす? 違う、それは手段に過ぎない。今俺が全身全霊でやるべき事。それは――――

 

 ――――ラウラの奴を助けてやる事。

 

 そうだ。そしてそのために必要なのは何だ? ただ勢いだけじゃあダメだと箒は教えてくれた。もっと必要なもの――箒は言ってたじゃないか。耐え忍ぶこと。だが、耐える事は押さえつける事じゃあないんだ。集中。集中! 俺の荒ぶる思いを、『ラウラを助ける』と言うただ一点の目的へと集中する。

 

 その思いを剣に乗せろ。もっと鋭く、もっと速く、もっと正確に。その思いが俺の心を徐々に、徐々に落ち付かせてゆく。それは零落白夜にも変化をもたらした。溢れ出るようだった光刃の勢いは少しずつ収まり、ゆっくりと形状を刀剣のそれに近づけてゆく。荒れ狂っていた力が、俺の手に収まる形に変化してゆく。

 

「――箒、時間をくれ。ホントにちょっとでいい」

「フッ。そのまま倒してしまいかねんが、構わんな?」

 

 そう言って笑った箒に小さく頷くと、箒は瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いで奴に突っ込み剣を交えほぼ互角に渡り合い、むしろ徐々にではあるが追い込んでいった。その間に俺は零落白夜を更に、更に洗練させていく。

 

 箒の剣が奴の剣とぶつかり合うと、勢いは向こうの方が上のはずなのに箒の剣が圧し勝った。あれが想いの差。剣に乗った責任の差。先達である箒の姿が俺の剣に明確な方向性を与え、更に鋭く、強く押し固めて行く。

 

 ――――そして、普段の『剣から溢れ出る光刃』とは違う、『剣の形そのままの』零落白夜が俺の手の中に収まった。

 

「待たせたな!」

 

 俺は全力の瞬時加速で吹っ飛びながら、剣を腰に添え構える。千冬姉から教わった居合の技。箒から学んだ剣の重さ。勢いのまま奴の懐へと向かい、そこに居た箒が位置を交代するように飛び退く。交差した瞬間、通信すら必要とせずに、俺達の心が通じ合った。

 

 行くぜ。合わせてくれ、箒。

 ああ。行くぞ、一夏。

 

「うおおおお――――ッ!!」

 

 着地した俺はそのまま横一閃、雪片弐型を振り抜いた。奴はそれを雪片の縦斬りで弾こうと試みる。だが、俺の零落白夜が一際強く輝き、噛み合ったその刃を真っ二つに斬り飛ばした。

 

「馬鹿め。何も背負っていない剣で、私たちに勝てるものか」

 

 奴の横を通り過ぎながら、箒の斬撃が奴自身を直撃する。その衝撃に奴はたたらを踏みよろめく。そしてその眼前で、俺は雪片弐型を大上段から振り下ろした。

 

「てめえの剣は、軽いんだよ!!」

 

 縦一閃。その一撃を受けた奴の動きが止まる。そして、まるで蛹が羽化するかのように奴が纏っていたISが断ち割れ、中からラウラが(まろ)び出る。その一瞬、奴の左の美しい金色の眼と、俺の視線が交錯した。弱弱しい、縋るような目を向けた彼女は零れる涙そのまま、気を失って目を閉じる。俺は慌てて倒れ込むその体を抱き止めた。

 

「……ったく。世話かけやがって」

 

 俺はそのまま尻餅を搗いた。そして華奢な体の軽さと命の重さを実感して、また大きな溜息を吐く。

 

『あーあ、終わっちまったか』

 

 それを見たスタークが遠くで呆れるように溜息をついた。

 

『まあいい。奴のデータも十分に取れたし、デュノアのデータも有用だったからな。こんな所だろ』

 

 言って、満身創痍で膝を突いていたシャルルをその触手で捕らえると、勢い良く箒に向けて投げ飛ばす。残心していた箒は剣を放ると、素早くその落下点に移動しシャルルをなんとか受け止めた。

 

「無事か、デュノアさん!」

「ごめん……流石に倒し切るのは無理だったかな……」

 

 弱弱しく語るシャルルの無事に安心したように、箒はシャルルを抱く力を強くした。スタークは肩に掛けていたライフルを分解、再接合させたブレードをどこへともなく仕舞い込み、一仕事終えたように伸びをした。

 

『さあて。そんじゃあまあ、俺もここらで退散と行くかね』

「逃がすわけねえだろ、コラ」

 

 ラウラを優しく地面に寝かせて立ち上がると、俺はスタークに零落白夜の切っ先を向ける。箒もシャルルを置いて、回り込むようにスタークの周りを歩き、その様子を伺った。そして二人分の殺気を浴びせられたスタークは、だが分からず屋の子供を見るように肩を竦めた。

 

『ったく、勘違いするなって言ったろうが。お前達が逃がすんじゃない、俺がお前達を見逃してやるんだ』

 

 俺達を指で何度も指し示して、憤慨するように言うスターク。だが、言い終えて奴は俺達と周囲の状況を確認するように改めて視線を巡らせる。そして、懐から取り出した何かを拳銃へと装填した。

 

『ま、しかしこの状況、歩いて帰るわけにもいかねえし……』

【インフィニット・ストラトス!】

 

『理論を借りるぜ内海(うつみ)ィ。蒸血……いや違うな……ああ、そうだ、これがいい……<凝血>!』

 

 その言葉と共に引き金を引かれた奴の銃から、赤色の煙が吹き出し、それが奴の体を覆う様に集結していく。そして煙に包まれた奴の体が僅かに、だが確実に変化して行った。

 

【ファイヤー!】

 

 そして、煙を吹き飛ばした奴が新たな姿を現した。シルエットや装甲はそのままだが、全身に幾つもの排気口めいたスラスターが増設されている。恐らく、先程の姿よりも更に機動力を強化した姿。俺達はその姿に一瞬気圧され、しかし自分を奮い立たせて剣を向け続けた。だがその姿を楽しむようにスタークは俺達をひとしきり眺めると、スラスターを起動させ宙にホバリングする。

 

『それじゃあな。俺を追うより先にやるべき事があるだろう? 命は大事にしなきゃな。だが、何よりも大事なのはお前達の成長だ。今日は楽しい宴をありがとよ。そして未来のお前たちに期待してる。強くなれよ小僧ども、じゃあな!』

 

 そう言って、スタークは一気に上昇。遮断シールドの天頂を容易く突き破り、そこで煙を纏って姿を消した。それをしばらく見上げていた俺達は、ふと気が抜けたように揃ってその場に崩れ落ちる。戦いは終わった。俺と箒も相当なダメージでシャルルは満身創痍。ラウラに至っては無事かどうかもわからない。確かめる術もない。

 

「皆ご無事ですか!?」

 

 ピットからラファールを纏った山田先生が降り立つと、素早く周囲の俺達の容体を見て回った。そうしている内に、あれよあれよと言う間に医療班の人達も到着し、皆担架に乗せられて医療室へと直行させられる。

 

 第一学年、Aブロック一日目第一アリーナ第一試合。俺達の学年別タッグトーナメントは、そのまま開幕直後に幕を閉じることになった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ~つっかれた~」

 

 俺は後ろ手にトイレの扉を閉め、肩を回して伸びをした。ひっじょ~に疲れた。だが、それだけの成果はあったと言える。

 

 織斑千冬本人では無いとは言え、ヴァルキリーの戦闘データを採取。篠ノ之は特訓の成果を見事に出して見せ、一夏はどうやってか更なる力を手に入れた。それに行きがけの駄賃ではあったが、想定外にデュノアの奴も面白い。剣一辺倒の一夏や箒、射撃特化のオルコットには無い柔軟性。ボーデヴィッヒは要観察だな。

 

 それに、トランスチームシステムとISボトルとの親和性も確立できたしな。嘗てビルドの世界で最上魁星(もがみかいせい)が生み出し内海が昇華させた<カイザーシステム>の合体を参考にやらせてもらったが、最初からそれに合わせて(しつら)えた様に丁度いい。これでスタークでも十分ISと渡り合える。俺は懐にISボトルを仕舞い込んで、早々にトイレを後にした。

 

 

 

「たっだいまー。試合、どうなりました?」

 

 俺は素知らぬ風に管制室に滑り込み、ニコニコ顔で皆に声を掛けた。だが皆予想通り、慌ただしい中に現れた俺に驚きと呆れの視線を向けている。

 

「あれ~? どうしたんすか? 何か俺変な事……」

 

 そこまで言いかけて、俺は自身に突き刺さった視線に込められた余りの威力に凍り付いた。その視線を感じる方向へと振り向けばそこには怒りのあまり阿修羅と化した織斑千冬。マジか。何でアイツ、あんなに怒り心頭なんだ? 奴の周囲の空気が揺らめいているのはどうか錯覚と思いたい。

 

「お、織斑千冬?」

 

 俺はそのあまりの殺気に、思わず後ずさる。オイオイオイオイ、何でこの女はこんなに怒り狂ってやがるんだよ。離席中に事件が勃発するなんて、普通は免責案件だろうがよ!

 

「石動、貴様……!!」

 

 食いしばられた歯の間をこじ開け(こぼ)れた声は、俺に取って殆ど死刑宣告に等しい物だった。俺は余りの圧倒的な威圧にもう二歩後ずさる。やべえ。やっぱ、あのデータ役に立たねえかも。この威圧は、本人以外にはありえない!

 

 俺と織斑千冬はごく僅かな、しかし、永遠にも思える時間その視線を交錯させる。奪い取って意識も無いはずの俺の肉体が、本能的に恐怖に震え頬を一筋汗が流れ、顎を伝う。そしてその汗は重力に逆らう事無く、床へぽたりと垂れ落ちて音を立てた。その瞬間、俺と織斑千冬は同時に動く。

 

「あっ俺急用を思い出しましたんで! Ciao(チャオ)!」

「この非常時に何を言ってるんだこの(たわ)けが――――!!」

 

 咄嗟に部屋から逃げ出そうと駆け出した俺の後頭部に、殺人的な分厚さを誇る『IS基礎知識参考書』が突き刺さる。あ、ダメだこりゃ。俺の体が今の一撃で完全にグロッキーした。だが、それとは独立して意識を保つ俺の眼にはIS界のもう一つの殺人書籍『IS基本操縦マニュアル』で二の太刀を繰りださんとする織斑千冬の姿が映る。

 

 あらら、こいつは本当に容赦がねえなあ。ま、流石に殺されはしねえだろ……俺自身の意識はどうしたもんかね。織斑千冬怖いし、ここは気絶しておくとするかな。

 

 諦めきった俺は奴の攻撃を受け入れた。これが今時噂の壁ドンならぬ顔ドンか。石動の顔が壊れたらただじゃあおかねえからなこの野郎。その怒りをしかし腹の奥にしまい込んで、俺はそのまま重力に身を任せ、床に崩れ落ちる。目を覚ました時には後処理まで全部完了してりゃあいいなあ。

 

 そんなだらしなく怠惰な事を考えながら、俺は気楽に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 次の日。驚異的な回復力を見せ、一夜で職務に復帰できる程になった俺はどうにか今日の教務をサボタージュするために昨日のダメージで動く事が出来ないと織斑千冬に直談判したが、その願いは黙殺されホームルーム前から教室でたむろする事となった。

 

 今日の教室には印象深い顔が幾つか見えない。デュノアの奴は初めての実戦だったろうし、ボーデヴィッヒは今頃事情聴取で缶詰だろう。何せ、先日のクラス対抗戦は内々で隠し通せたが、全世界から来賓を招いた今回はそうは行かない。代表候補生に<アラスカ条約>の禁止兵器を持たせあまつさえそれを白日の元に晒してしまったドイツは今頃全世界から糾弾(きゅうだん)されているだろうな。

 

 だが、昨日同じ命がけの戦いに臨んだはずの一夏や篠ノ之は、いつも通りと言った顔でクラスメイト達と談笑に興じている。実戦経験者ってのはやっぱ胆力が違う――――いや、クラスの皆に気を(つか)い、己を強いてそうして居るのか。

 

 ったく、俺の期待にここまで応えてくれるとは何て可愛い生徒達だ。奴らは間違いなく成長している。一夏はこの戦いで剣の何たるかを掴んだようで、零落白夜の新たな形態を披露して見せ、篠ノ之の剣は木偶人形とは言え、過去の織斑千冬と渡り合える領域に足を踏み入れている。

 

 他の専用機持ちである(ファン)やオルコットの奴が今回の行事を棄権したのは残念な限りだが、これからも学年別タッグマッチは継続される事が決定している。しばらくは他の生徒を眺めて楽しむとさせてもらおうかね。

 

 IS学園としては生徒達の安全を鑑みてタッグマッチそのものを中断・延期しようと動いたようだが、各国上層部からの圧力がそれを許さなかった。当たり前だ。幾らIS学園があらゆる国から独立した超国家機関と言えど、立っているのは余りに脆い薄氷(世界)の上だ。そこまでの『横暴』が許されるはずも無い。

 

 何せあの行事は世界中の国々が形作るパワーバランス、その未来を占う一大イベントなのだ。それを先延ばしにされたとあっては、世界中がパニックさ。IS学園(自分達)の世界的重要性をもっと自覚してほしいもんだぜ。

 

 だが、その圧力を堪え『必要なデータを取るために、残りの全生徒の一回戦は行う』と言う落とし所で、世界の権力者たちを納得させつつ開催期間を大幅に短縮したのは褒めてやるべき所だろう。多分轡木(くつわぎ)の爺さんだな。ああ言った強さだけで無い人間がいるのは実に好ましい事だ。

 

 お陰で他クラス、他学年の専用機持ちの生徒達を見る事が出来るだろうが……流石に全試合を見るのには体がいくつあっても足りねえし、教師としてのスケジュールの問題もある。誰の試合を見に行くかきっちりと考えねえといけねえな。

 

 まずは一年四組に居るって言う専用機持ちだ。不思議と、幾ら調べてもその専用機の戦闘に関するデータが全く出てこない。<倉持(くらもち)技研>が一夏の白式(びゃくしき)の前に開発していたと言うが……白式の様に何らかの欠陥があって試合に出せないのか。それとも余程の秘密主義なのか。

 

 ま、どっちでもいいさ。そういうのを調べる手間もなかなかに乙なもんだ。そんな風に今後の展望を考えて俺が机に頬杖をついていると、教室の戸が開きまず織斑千冬が、その後ろをフラフラと、山田ちゃんが気を抜けたように歩み出てきた。

 

 何かあったのかな? まず織斑千冬を見て少し不機嫌になっていた俺は、その山田ちゃんの有り様を見て満面の笑みを浮かべる。良い顔してるぜ、山田ちゃん! だが、死んだ眼をした山田ちゃんが普段の穏やかで優しい表情からは想像できぬ、まさに過去の逸話に相応しい目で俺を睨みつけて来ると、驚きに俺の笑みはさっと引いた。

 

「石動先生、何で私を見ていつにも増して笑顔になるんですかね? 良く分かりませんが、何か悪いこと考えてたのは分かります。流石に私も怒りますよ? はぁ……」

「……そう堅い事言うなよ~。そういうのは織斑先生の仕事だって~」

 

 そう言って傍に歩み寄り肩を叩くが、彼女は結局恨みがましい目で俺を睨み続けるばかりだ。いやー、成長性はともかく、日常的に弄ってて一番楽しいのは山田ちゃんだな。まるで美空(みそら)を思い出すよ。

 

「では……今日は皆さんに転校生……在校生……? なんて言えばいいのかな……そう、不思議な事が起こってですね……」

 

 目線を伏せ困惑しきって語る山田ちゃんの顔に俺は思わず吹き出しそうになったが、織斑千冬の目線を感じてそれを必死に抑え込んだ。その俺が装う仏頂面とは対照的に、転校生と聞いた教室が何時かのデュノアの時の様にざわつき始めた。

 

「まあ、言うより見てもらった方が早いですよね……ではどうぞ入ってください」

「失礼します」

 

 ――――ん?

 

 俺と教室の面々が、頭の上に疑問符を浮かべるのはほぼ同時だった。廊下から聞こえて来た声がここしばらく良く耳にしていた物だったからだ。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 IS学園の女子制服を――いや、男子の制服着てたのは元々二人だけだったけどさ――纏ったデュノアが丁寧な一礼をクラスの皆に向けた。

 

「何……だと……?」

「デュノア君が女……私は女の子に恋していたの……?」

「美少年じゃなくて美少女…………それはそれでアリね!」

「一夏くん、同室だったのにこの事知らなかったの!?」

「ちょっと待って!? 昨日覗きに行ったんだけど、デュノア君と織斑君一緒にお風呂入ってなかっギャーッ!?」

 

 織斑千冬が覗きを自白した生徒を制裁したが、ザワザワと言った教室中の皆の動揺が収まる事が無い。その混乱が嫌が応にも伝わってくる。その心境は俺も同じだった。

 

 おいおい、どういう心変わりだよ。お前、何の為に男装してたんだ? それとも一夏との間に何か――――ああ、多分それだな。全く何があったってんだ……いや待て、良い事思いついたぞ!

 

 俺はここしばらくで最高の笑みを浮かべて立ち上がり、真っ青になっている一夏の顔を鋭く指差した!

 

「まさか一夏ぁ! お前がデュノアを女にしたのか!?」

「なっ!?」

「何だと!?」

「何ですって!?」

「何言ってくれちゃってんですか石動先生――――ッ!!」

「「「一夏あああァァァ――――ッ!!!」」」

 

 一夏が叫び終えるのと、突然ドアを勢い良く叩き開けた凰がISを展開して踏みこみ、実体ブレードを手にしたオルコット、更には竹刀を握りしめた篠ノ之が飛び出したのは全く同時だった。

 

 あっやべ、ちょっと煽りすぎたか。事態の収拾に織斑千冬が動こうとしたのと同時に、俺は一番安全そうなISを展開していない篠ノ之に向けて動く。しかし、凰とオルコットの動きが止まるのはそれよりも早かった。

 

 いつの間に出て来やがったのか、凰と一夏の間にボーデヴィッヒが立ち、ISを部分展開したその両手を凰とオルコットに向けていた。AICで特に危険度が高い二人を止めたのか? いや、オルコットと一夏の間には篠ノ之が滑り込んでおり、実体ブレードの軌道に竹刀を差し込んでいる。アイツも一夏を守る算段だったのか。その割に殺気凄かったぞ。

 

 いや、待て待て。って事はボーデヴィッヒの奴、あの瞬間、あの混乱の中で危険度の高い相手を選定して的確な行動を起こしたって訳か。タッグマッチの時は随分荒れてたが、ここに来てプロの軍人らしい動きをするじゃあねえか。俺が感心していれば、一夏が心底安心したように溜息をつく。

 

「助かった……ラウラ、サンキュー。つか、IS全損しちまったんじゃあねえのかよ?」

「コアが無事だったからな。予備パーツで何とか動かせるようにして来た」

「そうだったのか、良かった――むぐっ」

 

 その瞬間、このクラスは完全に凍り付いた。いきなり、ボーデヴィッヒが一夏の胸倉を掴んで引き寄せ、その開きかけの唇に自身のそれをそっと重ねたのだ。

 

 …………何が起こったんだ? 俺は混乱した。人間の恋愛と言うものは知識としては知っているが、少なくとも石動の知識にはこんな公衆の面前であんな大胆な事する恋愛は無かったぞ?

 

 二人の唇が離れる。一夏は呆然として、口が開きっぱなしになっている。それに対してラウラの顔は一つの事をやり遂げたように晴れやかだ。いち早くその場の混乱から脱した篠ノ之がラウラに挑みかかった。

 

「おいちょっと待てボーデヴィッヒ貴様なに一夏とキキキキ、キスを――むぐっ!?」

 

 教室が再び凍り付いた。迫り来る篠ノ之の重心を巧みに崩したボーデヴィッヒが再びその唇を自身の唇で塞いだからだ。

 

 ちょっと待て、意味が分からんぞ。一夏へのアプローチは想定外だが、それは奴が俺の予想を越える女たらしだったと言う事でまだ何とか理解できる。だが、何故篠ノ之にまで?

 

 完全に混乱しきった俺は山田ちゃんに視線を送った。顔が赤くなったり青くなったりしている。ダメだ。織斑千冬を見る。まさかまさか、奴さえも完全にフリーズしている。こっちもダメか。俺は自分を鑑みた。ビルドの世界で手にした知識では――――いや、この世界の人間の知識にもそんなケースありゃしねえぞ! だが、自身の知識と現状の相違に苦しむ俺を尻目にボーデヴィッヒは叫んだ。

 

「お前達を……お前達を私の嫁にする!」

 

 ――――は?

 

「日本では気に入った相手を『嫁にする』と言う習慣があると聞く。更に、私の部下の調べによれば一人の婿が大勢の嫁を持つ『はーれむ』なる物も存在するそうではないか!」

「いやお前何言ってんだよ」

 

 俺は思わずつぶやいたが、その言葉はボーデヴィッヒには届かなかったらしい。一方、ボーデヴィッヒによる奇襲攻撃にあった二人はそれぞれがそれぞれの反応を見せていた。

 

 一夏は魂が抜けたかのように真っ白になっていた。恐らく『あんな事をされれば周囲の女子達に何をされるかわからない』という恐怖が意識を現実逃避させたのだろう。その経験、つい昨日俺にもあるからわかるぜ。

 

「私の、私の唇が……事故以外のファーストキスも一夏と決めてたのに……」

 

 一方の篠ノ之は、崩れ落ちて何事か呟き続けている。一体何がそんなにショックだったのか、その瞳からは涙がこぼれそうだ。あとで一夏共々なんとか精神ケアしてやらねえと……ん? これもしかして、俺のプランにとってもイレギュラーそのものなんじゃあねえの? ダメだ、手に入れたはずなのに、人間の心がさっぱり分からねぇ!

 

 そんな事を思っていれば、教室の生徒達が口々に好き勝手な事を話し始めた。

 

「おかしいでしょ……私の前で一体何が起こってるの……!?」

「一シャルが崩れ去ったと思ったらラウ一だった……? いやラウ篠……? わけがわからないよ……!」

「恋のバミューダトライアングル(三角関係)……その時不思議な事が起こった!(摩訶不思議現象発生!)

「一夏ァーッ! 何そんなちんちくりんとキスして呆けてんのよ!? なんなのよも――!!」

「一夏さん……貴方が衆人環視の中でそんな事をするなんて……ちょっと絶望しましたわ……」

「一夏……僕の前でそんな……!」

「一夏ぁ……一夏ぁ……私は一体、どうすればいいのだ……?」

「嘆く事は無いぞ、私がお前達二人を(めと)ってやるのだか――」

 

「貴様ら」

 

 三度、世界が静止した。だが、それは今までと違いたった一人の女によって引き起こされた事態だ。ゆらりと、凍結(フリーズ)していた織斑千冬が再起動(リブート)する。代わりにその余波でクラス全員が凍り付く。俺は既に諦めていた。

 

 二日連続とはなあ。もうどうにでもなれよ。俺が目を閉じて笑って、椅子に大きく寄りかかった瞬間。

 

「いい加減にしろ――――ッ!!!!」

 

 織斑千冬の怒号によって、騒動は見事に一件落着したのだった。

 




すぐ完成するかと思ったけど44話と余りの高気温で色んなものが大爆発してめっちゃてこずりました。
見切り発車してはいけない(戒め)
クッソ長くなりそうなので後書きは活動報告の方で垂れ流すですねはい。
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