臨海学校に向けてのイベントをこなして行くので久々の日常回です。
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――――第二アリーナが、炎上している。
いや。大袈裟に言ったが、別に火事とか災害とか、先日みたいな襲撃とかじゃあ無い。だが確かにピットから見下ろすアリーナはそこら中で炎が燃え盛り、文字通り絶賛炎上中だ。
「随分派手にやりやがるねえ。アイツ、いつもああなのか?」
「いやいや、そんな事無いっスよ石動センセ。先輩、今日は随分機嫌悪いみたいっスからねー」
手すりに寄りかかって笑う俺に熱風で三つ編みとぼさぼさの髪の毛を揺らしながら、IS学園2年生でありギリシャ代表候補生の<フォルテ・サファイア>は答えた。一方眼下を飛び交う影二つ。その片割れが、この惨状を引き起こした実行犯だ。
IS学園3年生にして大国アメリカの代表候補生、<ダリル・ケイシー>。彼女の乗機<ヘル・ハウンド>は炎を操る能力を持つISだ。面制圧力と火力に優れ、特にこの様に閉鎖された戦場での支配力は圧倒的と言える。彼女はこの試合が始まって即最大火力で戦場を焼きまくり、敵を即座に一機落とし余波で味方も落として、残りの敵を今まさに焼き尽くさんと追い立てているのだった。
しっかし味方までダウンさせちまうなんて凄まじいな、こっちまで熱気が伝わってくる。肩部の犬の頭を模した装甲からは炎が漏れ出し、搭乗者の精神状態を否応なく俺達にアピールしていた。いい火力だな。あの姿、万丈のクローズマグマを思い出すぜ。
「なあ。ヘル・ハウンドは随分と細かい更新が多いって聞いたんだが、あれ今バージョン幾つなんだ?」
「2.1っス。でも先輩、どぉ~にも今回お国がしてきたチューニングが大層気に入らなかったみたいで」
「そんであんな荒れてんのか。怖いねえ」
「まったく同感っス。この試合でスッキリしてくれるといいんスけど」
そうフォルテ・サファイアが呟くと同時に、今までとは比べ物にならぬ爆炎がアリーナから吹き上がった。それと同時に試合終了のアナウンスが流れる。これで今年のIS学園学年別タッグマッチは無事終了って訳か。随分短かった気がする……いや、実際予定の半分ちょっとの期間で済んじまったしな。それに先日の『ドイツ製IS条約禁止兵器暴走事件』があった初日以降は来賓の客も大幅に減り、当日試合の無い生徒は手持ち無沙汰になる者も多かった。丁度そこのサファイアみたいにな。
お陰で俺のスケジュールにも大分空きが出来てくれて、専用機持ちや代表候補生の試合の殆どを見て回る事が出来た。今回のタッグマッチは俺的には大成功だな!
織斑千冬の過去の実戦データ、一夏や篠ノ之の現在の戦闘力の確認、デュノアを初めとしたまだ見ぬ生徒や専用機持ち達の実力調査も十分な成果を挙げたと言える。ただ、例の『1年4組の専用機持ち』は結局このタッグマッチも棄権してその姿を見る事は出来なかった。
こうなりゃ機を見て直接会いに行くしかねえか。ここまで露出を避けているとは思わなかったぜ。一体どういう理由だ? 専用機の欠陥? あるいは日本の国としての意向か? 俄然気になってきたな。
「そんじゃ、自分先輩ンとこ行くんでここらで失礼しまーっス。おたっしゃで~」
「あいよ。次はコーヒー用意しとくから楽しみにしといてくれ。
「はっはっは……お断りっス」
気だるげだった顔を最後だけ真顔にして答えたサファイアに、俺は自分のコーヒーに対してどれだけの風評被害が広がっているのかという懸念を新たにした。だがそんな表情はおくびにも出さず、俺はにこやかに奴の背中へと軽く手を振る。
……やっぱ
と言うか、そんな情報何処から漏れた? 織斑千冬がいちいちそんなこと言いふらすとは思えないし、ボーデヴィッヒの性格上、自分からそんな醜態を
時計を見た俺は、物騒なことを考えながらにアリーナを後にする。昼の11時前か。今度の臨海学校について織斑千冬から話があるらしく、11時に応接室に来るように言われている。どうせ俺の行動範囲に関する規定だの、発信機の扱いだの、旅館の寝室振り分けについてだの、そんな下らない話なんだろう。そう思うと、心底行きたくない気持ちが首をもたげてくるが、行かなかった場合の方が奴は恐ろしい。
俺は諦めて、奴が待っているであろう応接室へと急ぐのだった。
◆
「――――以上で注意事項は終わりだが、何か質問はあるか?」
「俺行く必要ないですよね?」
パァン! 織斑千冬の
頭をさすりさすり、痛みに呻く俺を見て織斑千冬は不愉快そうに鼻を鳴らす。しかし、臨海学校か。まぁ周囲に被害の出にくい海で武装確認の演習をするのは理に適ってるとは思うが、一日目の自由時間、これは別に必要ないだろ。前々から思ってはいたがこのIS学園、軍事兵器の教練施設としてより高等学校としての性格が強すぎるな。
「まったくお前は興味の無い時があからさま過ぎる……少しは生徒達に向ける情熱を事務仕事にも持ち込んで見せろ。……それと石動、お前水着は持っているのか?」
「水着ぃ?」
織斑千冬の怪訝そうな声に、俺は
「オイオイ、まさか俺にも泳げって言うんじゃあないでしょうね? 嫌ですよ俺はタコ嫌いだし。それに身一つでこの学園に飛び込んだ俺が水着何か持ってるわけも無えでしょう」
「あそこにそれほど大きなタコがいるとは聞いたことも……どうでもいいな。水着は自分で用意しろ。そのくらいの店ならこの周辺にもある」
相変わらずの仏頂面で言う織斑千冬。その物言いに俺は不機嫌になったが、直後一つの事実に気づいて満面の笑みになった。そうかそうか。どうやら教師として頑張って来た成果が出て来たって訳だ!
「自分で用意しろってそれ、つまり学園の外への外出許可が下りたって事っすよね? やった! ハッハッハ!」
「…………………………」
おいどうした。何とか言えよ。
奴は俺の言葉に苦々しく口元を歪めるばかりだ。まあ、この女にとってそれは本意じゃあ無いんだろうな。アレだけ職員会議でも俺を自由にするのに慎重だったんだ。当然ながら今回も自由に動くことはできやしないだろう。
「……監視はつくが、その通りだ。お前には特例としての外出許可が与えられる」
「監視要らなく無いですか? 発信機もいい加減外させてもらえないですかね」
「だったら自分の素性ぐらい話せるようになる事だな。今のままではどこまで行っても怪人物のままだぞ」
「ひっどいな~」
ハハハ、と笑いながら俺は椅子に大きく寄りかかった。
「ま、そこはいいや。しっかし監視って誰が付くんですかね? また山田ちゃんですか?」
「山田先生と呼べと言っているだろう。だが彼女は臨海学校に関する
「そんなに俺がフリーになるのが心配なら、織斑先生が来てくれりゃあいいんじゃないですか?」
俺の言葉に織斑千冬は驚いたように目を見開いた。そんなにビックリする事……ま、そうだな。驚くのも無理はねえか。今まで行動で誠実さを示してきたにも関わらず、織斑千冬は俺の怪しさを一切許そうとしてこなかった。それは未だに俺の事を計りかねている証拠だろう。そんな相手が自分から懐をがら空きにして来たんだ。向こうとしては俺に探りを入れるまたと無いチャンスのはず。
だが如何せん突飛な提案すぎたかね。奴自身もこう隙を見せられるとは想像だにしていなかったとは思う。しかし、何の裏も無い者がするならばこの提案は理に適っているはずだ。それにこの女もこの女で独自の情報網を持っているようだしな。俺をここまで警戒する理由は何か? 篠ノ之束との繋がりも早急に解明しておきたい。そんな事を思いながら、俺は邪悪でない笑みを織斑千冬に向けた。
「ホラ、俺って世界でただ二人の男性操縦者でしょ? その割に適正ギリギリすぎて専用機持たせてもらっても無いし、いざ外を出歩くとなると一人じゃ怖くてしょうがねえのですよ。クラス代表戦の<ブラッド>にタッグマッチの<スターク>、それに女尊男卑を掲げる過激派も世の中にはいますからねえ。世界は不安ばっかです。その点織斑先生の強さは俺も世界中もよく知ってるんで、一緒に来て頂けるとご安心なわけです、ハイ」
「……私を体の良い護衛にするつもりか? 食えん奴だ」
「監視も出来て
言って俺を見て、織斑千冬は大きく溜息を付いた。あからさまに呆れてやがる。この荒れた世界情勢にか、それとも俺の物言いにか……間違いなく後者だろうな。
「…………仕方あるまい。こちらも今まで外出許可を一切出していなかったのは事実だし、それにお前には土地勘も無いだろうからな。日曜日の朝8時に学園正門前に来い。すっぽかしたり遅刻したりすれば私は許さんぞ」
「
手を叩いて織斑千冬を指差した俺は勢いのまますっくと立ち上がり、勢いのままドアへと向かう。正直この女と休日を共にするなんて考えたくもないが、そろそろ多少は油断してもらいたいしな。職場外での織斑千冬にも興味がある。うまいこと隙が見つかれば儲けものか。それに近くの店についての知識が無いのは事実だし、その辺はある程度調べておくとするか……。
「どうした? 随分と急ぐようだが。何か大事な用事でも?」
「いやいや。今日は早く行かないと定食Aが売り切れちまいそうですし……おっと」
ドアを開けば、そこには一人の女生徒が居る。篠ノ之箒か。織斑千冬に用事でもあったのか?
「よお篠ノ之! こんなとこで何してるんだ?」
「どうも、石動先生。織斑先生に用事がありまして……」
「そっかそっか、じゃあ邪魔しちゃ悪いな、俺はさっさと退散させてもらうとするかね~」
言いながら、俺は入口越しに中の織斑千冬を振り返る。奴は憮然とした表情のままだ。その姿を見て俺は気を良くし、彼女に向けて手をひらひらと振った。
「そんじゃ織斑先生! 当日はちゃんとおめかしして来てくださいよ!」
「まったく口の減らん男だな。貴様こそ、買い物をする店くらいは調べておいてくれ」
「了解了解、日曜が楽しみだ!
そのまま二人を残して部屋を後にする。さあて、水着か。そんな物必要になった事もないし、織斑千冬のセンスに期待しておくか……奴のチョイス次第ではいいネタになるかもな。それに奴からの好感度を稼ぐためにも、飯屋位見繕っておくかね。
そう言えばこの姿で海を泳ぐという経験は無かった。ビルドの世界でも割と忙しかったし、海でのレジャーなんかとは無縁だったからな。何事も経験という奴だ。臨海学校では生徒達のデータ収集に終始するかと思っていたが、これはなかなか羽を伸ばせるかもしれん。
今後の展望を夢想して、俺は楽しげに笑みを浮かべた。まずは日曜日の買い物だな。うまく織斑千冬の警戒を解ければいいが、ま、そう一筋縄で行く相手でもない。気楽に行くとするか……石動惣一の善良さをうまいことアピールしてやるぜ。
そう考えて気合を入れ、楽しげな笑顔をますます深めた俺は、今日のA定食に大勢の生徒が並んでいないことを祈りつつ、小走りに食堂へと向かうのだった。
◆
「「「「いっただっきまーす!」」」」
昼休み。IS学園の屋上に、俺達の明るい声が響いた。普通の学校なんかじゃ屋上は立ち入り禁止のイメージがあるけど、ここはそのイメージとは違い、多くの生徒にも開放された共有スペースとなっている。そこで昼休みになると俺達は各々の食事を持ち寄って、昼食を一緒に食べるのが前からの通例になっていた。なんて言うか、やっぱみんなで一緒にメシ食うのはいいよな!
今日の参加メンバーは俺以外は鈴、セシリア、シャル、それとラウラの四人。……ラウラの奴がこの集まりに参加するのは、最初セシリアと鈴は強く反対していた。だがラウラの奴が誠心誠意謝ってくれたおかげで何とかラウラを受け入れてくれ、今では自然と話をするまでになってくれている。皆の間をシャルが取りなしてくれたのもデカかったな。やっぱギスギスした中で食う飯はおいしく無いし、本当に皆が仲良くなってくれてよかったと思う。
感慨深くそんな事を思っていると、皆が皆それぞれの弁当箱を開いて、その中身を見せあっている。そういえば箒はここしばらく不在だ。何でも、最近は代表候補生に認定してもらうための申請やら手続きやらで随分忙しいらしい。
専用機が無いってのは俺が思っている以上に不便な事なんだろうな。でも代表候補生になれば専用機をあてがって貰える確率もかなり高いらしいし、しばらくは仕方ないだろう。それに箒の奴、メッチャクチャ強くなってたしな。タッグマッチでその強さは周知のものになったはずだし、間違いなくアイツは専用機を手にするはずだ。それも割とすぐに。そうなったら箒の奴、更にどんだけ強くなるんだか……俺も負けてられねえぜ。そんな事を思いながら、俺は自身の弁当箱を開く。
「おおっ!」
俺はその中身に感嘆した。色鮮やかな卵焼き、ジューシーそうな鶏のから揚げに艶めいたきんぴらごぼう。それと冷凍ものなんだろうが、小さなグラタンが入っているのが滅茶苦茶評点高い。胃の細胞がトップギアになってぐうの音を鳴らし、よだれが口の奥から溢れ出る。さあて、どれから喰うか悩んじまうな!
「一夏、今日の分!」
「おっと! 鈴、メシ投げんなって! 零れたらもったいねえだろ!」
「そんなやわな閉め方してないわよ!」
鈴の投げたタッパーを何とか受け取って、俺は弁当の横に置く。今日も酢豚か。少し米は多めに持ってきてあるけど、鈴の中華料理と普通の弁当じゃちょっと食い合わせがなあ……。でもうまいから喰っちまうんだよな。我ながら自分の舌の意識の低さを痛感するぜ。
「一夏の卵焼き、今日のはいつにも増しておいしそうだね。ちょっと貰えないかな?」
「おういいぜ。感想聴かせてくれよ」
「おいしいってのは知ってるけどね」
「あたしからあげ貰うわ!」
「
「ああ。でも、俺の分もちゃんと残しといてくれよ」
どのおかずから口を付けるか考えている間に、シャルに始まり、鈴やセシリアが次々と俺のおかずを持ち去ってゆく。一気に寂しくなる俺の弁当箱。だがしかし、皆このおかずたちの美味さを直感的に感じ取ったと思うと、何故だか無性にうれしくなる。皆はそれぞれ待ちきれぬという風に入手したおかずたちを口に運んで行った。
「すごいね、この卵焼き……良く出来てる。ちょっと甘みが強めだけど、他のおかずとのしょっぱさとバランスが考えてあるのかな?」
「少し冷めてるのにこんなにジューシーなの、一体どうやってんのよ」
「この食感が気持ちいいですわね。火の通し方が絶妙ですわ」
皆が皆、口々におかずを食べた感想を口にする。結果は一様に高評価だ。わかる。だってこのおかずとか本当に良く出来てるからな。俺も似たような評価を下すだろうぜ。俺はそう思って、一人うんうんと唸って言った。
「そっかそっか。みんなからそんな高評価なら、箒も喜ぶぜ」
「箒?」
「彼女が何か関係ありまして?」
「ああ、いやさ、今日の弁当は箒が作ってくれたんだ」
瞬間、七月も目の前と言うのに周囲の空気が凍り付いた。
「は?」
「えっ?」
「何だと?」
「一夏さん、それは本当ですの?」
俺の言葉に、その場の全員が鋭い視線を向ける。何だよ、すげえ食い付きだな。俺は身を乗り出して来た皆にちょっと引きつつ、説明を続行する。
「いやさ、何でもアイツ料理の練習中で、俺に味見係になって欲しいんだってよ。正直最初はうーんって感じだったけど、最近は週の半分くらいは任せちまってるかな。早起きしなくて済むからホント助かってるぜ」
「ちょっと待って!? それいつから!?」
「あー、クラス代表戦のちょっと後からだったかな……」
質問に対する俺の答えを聞くと、皆一様に難しい顔になった。シャルとセシリアが深刻そうに悩み出し、鈴は納得いかないとばかりに転げ回っている。一方ラウラは何故か腕を組んで俺の弁当を凝視し始めた。
「なんと狡猾な作戦でしょう……! 毎朝合法的に会えるしかつその後の会話の種になるとは……箒さん、恐ろしい人ですわ……!」
「一夏何よそれ! まるで愛妻弁当じゃない!」
「おい鈴なんか恥ずかしいからその言い方やめろ! あくまで善意だぞ善意!」
「でも素直にうらやましいかな、そういうの」
まあ確かに俺も恵まれてるよな。箒の料理の腕はここ最近めきめきと頭角を現し、弁当作りに関しちゃ俺に匹敵する領域に達していると思ってる。最初の頃は結構疲れてるようだったが今では慣れたもんだ。俺も手伝おうと早起きしてみたけど『ゆっくり寝ててくれ』って諭されるように言われちまって、その気遣いをあり難く受け取っている。
今度は俺も箒の弁当作ってやるか。そんな事を考えていると、いつの間にかラウラが俺の前で仁王立ちして俺のおかずたちを凝視していた。
何だ? 俺は思わず少し後ずさる。学年別タッグマッチ以後、コイツの突拍子の無い行動にはビックリさせられてばかりだ。つか、いきなりキスとか、人の布団に潜り込むとか、一体こいつはドイツでどう言う一般常識を身に付けてきたんだよ。
しかし今回ラウラはそれほど過激な意図を持ってはいなかったらしく、小さなタッパーに入った豚肉料理を差し出しながらちょっと物欲しそうな目で俺のおかずを見下ろして言った。
「嫁のおかず……実に興味深い。私も嫁の料理が食べたくなって来たので、一夏、私にも一つくれ! タダとは言わん。この
「えっいいのか? かなり手が込んでそうに見えるんだが……」
「構わん。嫁に対して度量を見せるのも婿の役目だ」
「……何か納得いかねえけど、そんじゃ、お言葉に甘えて――――」
「皆大変だ!!!」
声と共に屋上への階段の戸が勢い良く開けられたかと思えば、そこから血相を変えた箒が飛びだして来た。ここまで相当な勢いで走って来たのか、随分と息が上がっている。
「どうした嫁! 何かあったのか!?」
「ハァッ、私はお前の……嫁では……ない! それよりも皆……特に一夏! MAX大緊急事態(?)だ! 石動先生と織斑先生がデートするらしいぞ!!」
「「「「…………は?」」」」
瞬間、屋上に居たすべての生徒が静まり返った。俺達も一斉に鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、疑問符を頭の上に浮かべる。石動先生と千冬姉がデート? いやねえだろ。つか、石動先生って前に千冬姉はタイプじゃないとか言ってなかったか? 当の箒も何やら混乱しているようで、発言が要領を得ない。つか、デート? いやねえだろ……千冬姉がデート……。
そんな風に混乱している俺を尻目に、セシリアが自分に言い聞かせるように箒に事の真偽を問いただした。
「そっ、それは本当ですの? 幾らなんでも突拍子が無さすぎますわ……石動先生はともかく、織斑先生がデートなど……。あのブリュンヒルデがですわよ?」
「だいたいわかったわ。それ幻覚か何かよ」
「事実だ! 織斑先生が石動先生に買い物をする店を調べてくるように言っていたし、石動先生なんか織斑先生におしゃれしてくるよう要求していたぞ!!!」
何か悟ったような面で横槍を入れた鈴を無視して、箒は自身の見た驚愕の真実を公開した。その情報にさらに俺は混乱を極める。
えっなに? あの二人付き合ってたの? 恋愛に関しちゃ永久凍土を生きてきた千冬姉についについに春が来た? それは喜ばしい…………いやいやいやいや! 相手石動先生だぞ。倍近く歳が違うはずだろ! いやでも歳の離れた夫妻なんて歴史上珍しくもなんとも……それに石動先生めっちゃ強いし……いやねえよ! つか何? 二人が結婚したら千冬姉が石動千冬で石動先生が俺の義理の兄になるの? うわなんかやだ。どうすんだよ俺。俺は認めねえぞ!
そんな風に俺が頭を抱えていると、ラウラも同様に頭を抱えて蹲っている。
「今まで気づいていなかったが、教官が私の嫁の姉なら事実上の義姉妹関係……だが教官と石動惣一が結婚してしまえば奴が私の義理の兄に……!? それだけはならん……! 絶対に阻止しなければ……教官の目を覚まして差し上げなければならない……部下としての義務を果たさねば!」
凄まじい目つきで何やらぶつぶつと呟いて、一人で勝手に決意するラウラ。ちょっと待て、これ以上場をややこしくしないでくれ。俺だってもう何が何だかわかんないのに。
「篠ノ之さん、それは間違いないんだね? 何時からデートするとか、日にちは言ってた?」
「た、確か日曜と言っていたが詳しくは……」
シャルに問われしどろもどろになる箒。やっぱりあいつ自身も滅茶苦茶に混乱しているに違いない。その姿は最近の落ち着きが出てきたアイツらしく無い、まるで昔の良く知る箒っぽくて俺は少し微笑ましく思う。……そんな風に懐かしんでたらちょっと落ち着いてきた。さて、どうしたもんか。とりあえず俺の知りうる千冬姉の情報を皆に伝えるくらいしかねえな。
「千冬姉の行動パターンからして、買い物系は午前中に済ませたがるはずだぜ。昔っからめんどくさい用事はさっさと済ませてだらけるのが好きだからな。俺は詳しいんだ」
「教官はだらけなどせん!」
「いやだらけくらいするでしょ人間だし」
憤慨したラウラに、呆れたように鈴がつぶやく。ラウラの奴、千冬姉にどういう幻想を抱いてるんだよ。もしプライベート見たら卒倒しちまうんじゃあねえか? 休日の千冬姉はすごいぞ、ホントに。
「だが、本当に石動先生が織斑先生とデート……? さっきは慌てすぎてああ言ったが、今更ながら自分の勘違いか何かではないかと心配になってきたぞ……」
「でしたら、答えは一つ……!」
余りのイレギュラーな事態に自信を失った箒に対して、決断的にセシリアが提案する。俺達は彼女を中心に小さく集まってその力強い提案を聞き届けた。
「
立ち上がって言ったセシリアに俺達は即座に同意する。これは千冬姉の家族として絶対に看過できない案件だ。全力でその全貌を暴き立てるしか俺に選択肢は無え! しかし、まさかあの千冬姉がデートなんて……『乙女はいつもときめき』……そんなフレーズのCMを最近聞いた気もするが、完全に他人事だと思ってたぜ……『灯台下暗し』って奴か。
そんな事を考えながら俺は弁当を一気にかき込んだ。飯食ってる場合じゃあねえ、早急に二人のデート(仮)を監視するための作戦とデートの情報を収集しなけりゃあな!
◆
その日の放課後から、俺達の活動は早速本格化した。普段全力で取り組んでいた訓練も中止し、その分の全精力をデートプランの解明と監視作戦の立案、更には新聞部を初めとする外部情報機関との折衝に当たる。つい先日までいがみ合ってたとは思えない皆のコンビネーションぶりに、俺も正直驚いた。『呉越同舟』、やっぱ大目的の為なら皆仲良くなれるんだな。まあ鈴なんかは半分にぎやかし、シャルも皆で何かをする事自体を楽しんでいるようだったけど…………他の皆、特に俺(あと、俺を嫁にする気満々だったラウラ)は必死だ。
何せ下手したらこの先の人生にも大きな影響が起きかねない話だ。千冬姉の結婚とか、今までこれっぽっちも考えてこなかったツケが回ってきたかな……。もう20代も半ばだし、確かにそう言う話があってもおかしくねえ気もするけど。
しかし相手が石動先生……それ、どうなんだよ。確かに頼れるいい人なんだけど、家族になるにはちょっとなあ。毎日からかわれて落ち付かなそうだ。教師とか、知り合いとしてはすげえいい人なんだけど、うん。
考えれば考えるほど、二人の仲が恋愛に発展した時の俺の気苦労が凄まじいものにしか思えない。どうしよう……。どうすりゃいいんだ……。そんな風に、朝も昼も夜も身の入らない生活が続いて数日。
運命の日、日曜日の朝はあっという間にやって来る。前日から全然眠れなかった俺は、朝7時には寮から出て、同じ班になった箒と合流し、共に所定の監視位置へと向かうのだった。
最新話のカシラもカズミンも凄かったですね。
次回も冷たい心火を燃やして……と思ったら高校野球の惑星に強制転移させられてしまいました。最新話でのやりたかっただけであろう展開と言い、やはりエボルトはめっちゃ邪悪……!
後謀略戦やるのにあの分裂と擬態がチートもいい所過ぎるけど、あれブラックホールまで行かないとダメみたいだし(使うときはフェーズ1に戻ってたし)しばらくは使わずに済みそうかな……。
ほとんどドラゴンボールとかウルトラマンのレベルだった怪人態にも言えるけど一人であんまりインフレしないで(懇願)
自分の筆力をオーバーフローしちゃう……!
それと、今回試験的に非ログインユーザーの方も感想をコメントできるようにして見ました。もしよろしければお試しください。