星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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ルパパト&ビルド劇場版があまりにも良すぎたので日常回の続き部分なのに約25000字の投稿です。こんなに長くするつもりは無かった、だが私は謝らない。(本当に申し訳ない)

感想お気に入り評価誤字報告、いつもありがとうございます。とてもありがたいです。


駆け引きのタクティクス

『……こちらチームアルファ()ですわ。ブラボー()、状況はどうですの?』

「こちらチームブラボー()、異常無い。今んとこ、普通の生徒しか見えねえぜ。……つか、何で俺のとこがブラボー()なんだ?」

姉弟(Bros)の頭文字ですわ。まあ、英語ではそこまで詳しく姉だとか弟だとかは言わないので、日本語的に合っているかはちょっと解りかねるのですが』

「ノリで決めたのかよ。他になかったのか?」

『こちらチームチャーリー()。やはりドイツ語圏コードによる識別の方が優れてないか? 今からでも変えるべきだと思うが』

『ああもう、うるさいですわね! そんな事どうでもいいですわ! まずは形から、こういう時には雰囲気が大事ですのよ!』

『どーでもいいならもう名前で良くない? 別に盗み聞きする奴がいるわけでもないし』

『僕もそう思うよ。下手に形式に拘って失敗したら元も子もないからね』

『うっ……わかりましたわ。では、ブラボー改め一夏さん、箒さん。正門に人影はありますかしら?』

「いや、まだ見えないぜ。流石にちょっと早いんじゃねえか――」

「一夏、来たぞ」

 

 現在時刻朝7時53分。人もまばらなIS学園の正門前。日曜日にも関わらず早起きして三方向からそこを見張っていた俺達の前に、今回のターゲットがついに姿を現した。いつもの黒いスーツに身を包んで、憮然とした表情を浮かべる千冬姉。その姿を見て俺達の間に緊張が走る。既にこの地点で箒の情報と俺の千冬姉行動予測が的中した形だ。もしこれでホントに石動先生がやってきでもしたら……それは間違いなく大事件だぜ。

 

「流石にここからでは見張るくらいしか出来ないな……鈴、ラウラ。もし二人が会話を始めたとして、その内容を読み取る読唇術とかに覚えは無いか?」

『こちらアルファ……あ、それはもういいんだった。……悪いけど、アタシはそう言うのはさっぱりね。ラウラはどう?』

『出来ない事も無いが……それよりも、こんな事もあろうかと通販で最新の指向性ガンマイクを購入しておいた。<S.Brain社>の最新モデルだ。遠くからでもかなり明瞭に音声をキャッチできるだろう』

『S.Brainって<日本三大何やってるかよく分かんない企業>の? あそこの最新モデルじゃあ結構高かったんじゃない?』

『経費で落とした。一応軍属の身だからな』

「アリなのかよそれ……」

 

 意外と図太いラウラの感性に俺がぎょっとしていると、隣の箒に肩をちょいちょいと引っ張られて、慌てて正門の方を向く。IS学園には他に居るはずもない、長身の男性が千冬姉の元へと向かって歩いて来た。ホントにホントにデートなのかよ……石動先生、千冬姉に変なちょっかい出すようだったらマジで許さねえからな……!

 

「来たぜ。……ラウラ、マイクの音声の共有は?」

『ちょっと待っていろ……よし、準備できた。流すぞ』

 

 その声に、俺達の緊張がさらに高まった。誰もが口をつぐんで、マイクからの音声に耳を澄ませる。しばらくして調整が終わったようで、随分と聞き慣れた石動先生の声が僅かなノイズと共に聞こえて来た。

 

『……どー…………先生、早いっすねえ。結構待ちました?』

 

 

 

 

 

 

 日曜日。そこそこの晴天にも恵まれたこの日、私は不本意にも仕事の時と同じ服を着て、IS学園の正門前に立っていた。そもそも何故こんな事になったかと言えば、すべては石動惣一のせいだと言えるだろう。全く、なぜ私が奴の買い物に付き合わねばならんのだ…………だが、これは奴の正体を暴きだすチャンスでもある。

 

 初めて出会った時から奴は得体の知れない男だった。確かに教師としての勤務態度は事務仕事を除いて非の打ち所がないが、奴個人の信頼性はお世辞にも高いとは言えない。普通、何か月も顔を合わせていれば多少なりとも相手の心底が見えてくるものなのだが、最初に顔を合わせた時から奴の眼の奥には底無しの闇しか感じ取ることが出来ないのだ。

 

 例え束に忠告されず、奴が誠実に自身の全てを明かしていたとしても、あの眼がある限り私は奴を警戒していただろう。それほどまでに私は、奴の隠しているであろう『裏側』を本能的に感じ取っていた。

 

 私にこれほどの警戒をさせた人間など、今まで一人として存在しない。出会った頃の全てを見下していた束、嘗て世界最強の座を賭けて剣を交えたアリーシャ。そんな世界に名だたる者達でさえ霞むような、異常な男。そんな男が、一切の瑕疵も見せず『親しみやすく、生徒達や教師陣からも評価される頼れる教師』と言う人物像を貫き続けているのも私の警戒の一因だった。

 

 私も小さい賭け事をしたり、幾つかの教務について助言し合ったりとはそれなりにコミュニケーションを取ってはいるのだがな。奴が私に見せるのも、親しみやすく時折詰めの甘い、懐の大きい大人の男性と言う姿だ。その姿に絆されてしまいそうな自分を、近頃は少なからず感じている。何せ、奴の行動だけを見ていれば一切怪しい所が無いのだ。

 

 クラス代表戦では箒を命がけで助け出し、その後も彼女に対して真摯に稽古をつけている姿をたびたび目撃するし、他の生徒達にも気軽に自分から話しかけ、朝に生徒達に挨拶して回る奴の姿は既に学園でも見慣れた風景になりつつある。

 

 そこに私は一抹の羨ましさを感じていた。私は生徒達に畏れられている。経歴もあるし、自分からそのようにしているのもあるが、時折、気兼ね無く生徒達と笑い合う石動が微笑ましく思えてしまう時があるのだ。しかし奴から滲み出る嫌な気配も同時に感じてしまう。いちいちそこを勘繰ってしまう私の方がおかしいのだろうか?

 

 ……だがもし、奴が私の危惧しているような人間性を隠し持っているのだとしたら……それは看過できない。今の物騒な世の中、どんな奴が私の生徒達を狙っているとも限らん。一夏を攫われた時のような思いはもうごめんだ。故に私は奴への警戒を解かない。出来れば今日、奴の正体を見極められればと思っている。

 

「どーもー、織斑先生。随分早いっすねえ。結構待ちました?」

 

 そんな休日に似合わぬ深刻さで物思いに耽っていれば、背中に向けて奴の声がかけられる。丁度8時か。流石にこの時間で遅刻だと詰め寄る事は出来んな。出来れば会話の主導権を握りたかったが、そう簡単には行かせてくれそうもない。私は肩越しに、のんびりと歩いてくる奴の姿を認めた。

 

 白いソフトハットを被って丸いレンズのサングラスをかけ、柄付きのシャツの上にジャケットを羽織りスマートなパンツを履いた奴の姿はなるほど、もう少し若ければ世の女性たちが放って置かなかっただろう。むしろ今でも相当もてるのでは……いや、そんな事は今はいいな。眉間を抑えて私はそんな余計な考えを頭から追い出すと、いつもと変わらぬ自分を意識して普段通りの口調で奴に答えた。

 

「それほどでも無い。だが石動、お前も社会人なら五分前行動くらいはしたらどうだ? 時間ギリギリだぞ」

「五分前だ何だと拘ってるのは日本人くらいですよ。グローバルの最先端なこのIS学園でそんな事言ってたら時代に取り残されちゃいますよ?」

「お前も日本生まれだろう。そんな事だからカフェのマスターとしても大成しなかったんじゃないのか?」

「残念、俺゛の゛生゛ま゛れ゛は゛宇゛宙゛で゛す゛(ダミ声)…………冗談ですよ、冗談! 自営業をしてると自分にしか時間を合わせないっすからねえ。バイトも忙しかったし……マイペースで動けるってのはすっごい大事なんですよ」

 

 言って、石動は私の事を(たしな)めるように笑った。この会話だけ聞けば奴は軽薄ながら人当たりのいい男でしかないが、私はどうしてもそれに自然と笑い返す事が出来ない。一体、この男から感じるひどい違和感の正体は何なのだろう。

 

 ……しかしこの男、『自身の生まれが宇宙』と言うネタに随分こだわるな。確か初めて出会った日にも言っていたような気がするが……バカバカしい。そんなだから信用しきれんのだぞ、お前は。

 

「そのネタはもう聞き飽きた。面白いと思っているなら改めた方がいいだろう。……ところで、ちゃんと店は調べてきたんだろうな?」

「もちろん! って言いたい所だけど、水着売ってる所が開くの10時からなんですよね。だからそれまでは適当にブラブラする事になると思うんですけど」

「まあ、その程度なら構わん。私もあそこには然程(さほど)行った事が無いし、少し見て回るのもいいかもしれんな」

「じゃ、とりあえず駅行きますか。あのショッピングモール……何でしたっけ」

「<レゾナンス>だ。本当に調べてきたのか?」

 

 私が随分と曖昧な石動の記憶力に苦言を呈すと奴はごまかすように帽子を直して、そのまま足早に歩き出した。まったく。油断ならぬ男だが、こうしているとやはり詰めの甘いお調子者だな。これも演技だとしたら相当だぞ。その本性を計りかねながら、私は奴の横に付いて共に駅へと向かう。

 

 さて、レゾナンスに行くのも久々だが、いかに時間を潰すか……まあ、あそこにはいろいろ店があるからな。10時まではあっという間だろう。しかし、先程から何やら私たちをこそこそと尾行している生徒達がいるようだ。すぐにでも捕まえてやりたいが、石動に注意を払いながらそれをするのは流石に不可能だろう。とりあえず初志貫徹、今日の相手は石動だ。生徒達は今は泳がせて、後で問いただしてやるとする。……楽しみにしておくんだな、一夏。

 

 

 

 

 

 

 電車を降りて改札を出た俺達の前には、市の誇る大型複合ショッピングモール<レゾナンス>の駅直通入口が待ち構えていた。周辺地域の交通網の中心であり、食品、衣類、家具を初めとしたあらゆるものが販売されているこのショッピングモールは、正しく俺達にとっての物流の中心と言ってもいい。IS学園からのアクセスも容易であり、まだ9時前だと言うのに既にちらほらIS学園の生徒と思しき女子達がたむろしているのが目につく。

 

 彼女達は思い思いの私服でおしゃれを楽しんでいるようだが、今日の俺達は違う。俺達は今日、大切な目的の為にこの場に居るのだ。そんなおしゃれをしている余裕など無く、全員が各々必要と思われる服装を身に纏っている――――つまり、変装だ。

 

 ただ、世間一般でいう所の高校生にすぎない俺達の変装などたかが知れているもので、ちょっと失敗したかな、なんて事を今朝皆で顔を合わせた時からずっと思っている。何せ全員が口裏を合わせたかのようにサングラスを身に付けているせいで、何らかの目的が共有された集団と言うのが傍目にも明らかとなってしまっているからだ。

 

「さて、石動先生と織斑先生はどこへいったのやら……」

 

 そう呟く箒は普段のポニーテールを解いて、その美しい黒髪を重力に任せて降ろしている。……それだけならばいいのだが、今の箒はサングラスをつけた上にマスクまで装着して怪しさ500%増しの状態だ。更には七月初頭のじんわり汗ばむ気温の中、長袖のコートまで装着して頬に汗を伝わらせている。不審者だ。

 

「嫁、ここは私に任せろ。こんなこともあろうかと、石動惣一のソフトハットに発信機を仕込んでおいた。まずは私とデュノアが彼らを追跡、発見後その位置を連絡する。皆はそれまでここで待機するように」

 

 腕を組みながら言うラウラは千冬姉をリスペクトした黒いスーツに身を包んでいる。髪の毛の色が違うんでアレだけど、サングラスを掛けたその立ち姿はミニ千冬姉と言っていいくらいに威圧感抜群だ――――その低身長が無ければ。オマケに普段から身に付けている軍用眼帯はそのままで、サングラスと相まって明らかにカタギではない。不審者だ。

 

「まだ遠くには行ってないはずだからね。そうかからずに見つけられるはずさ」

 

 笑顔で言うシャルは女の子らしい白いワンピースを身に付け、普段とはだいぶ違うイメージだ。最近まで中性的な姿ばかり見ていたせいか、こう女の子らしさが強調される服を着るとちょっとドキッとする……だが、身に付けられたいかついサングラスのせいで全部台無しだ。海とかに行くならまだ分かるけどショッピングモールに居る装備じゃないな……ちょっと不審者だ。

 

「ま、その辺は任せるわ。いい連絡待ってるわよ」

 

 肩を竦めた鈴は『ドラゴン』って文字がデカデカと描かれたTシャツにチェック柄の上着を腰に巻いてダメージジーンズを履いている。そこだけ見ればちょっと男性的なファッションくらいに思うが、ただ普段のツインテールを……アレはシニヨンだったっけか? とにかく、頭の上でまとめているせいで隠しきれない『中華感』が出てしまっている。服装がカジュアルなだけにどうしてもそこに目が行ってしまうのは変装としてはよく無いだろう。ちょっと不審者だ。

 

「……よし、じゃあ任せたぜ、二人とも。いい知らせを待ってる」

 

 かく言う俺の変装はサングラスと、派手な柄のアロハシャツに短パンだ。別に怪しくとも何ともない。普通だ。まあ、俺は変装に使えそうな服なんて全然持ち込んでなかったからこんな格好になっちまったんだけど。とりあえず、早く二人を見つけねえとな。

 

 その俺の言葉にラウラとシャルが頷くと、まばらな人の波に紛れるように俺達の前からあっという間に消えてしまった。ラウラは流石は特殊部隊員ってとこか。それにうまいこと合わせるシャルの器用さもすさまじい。あの二人、いいコンビになれるんじゃあねえかな。

 

 しかし、石動先生と千冬姉はどこだ? 流石の俺達も二人がここに来た目的まで探る事は出来ず、単純に彼らの後を追う以外の追跡プランを構築する事が出来なかった。

 

 駅でも最初は二人と同じ車両に乗ろうとしていたのだが、俺とシャルが流石にそれを止めさせた。ちょっと目立つ集団になっちまってたし、相手はあの千冬姉と石動先生だ。一体どんな些細なミスが原因で感付かれるかわかったもんじゃあない。その為に俺達は別の車両に乗り込んで、こっちで二人を再発見する安全策を取った。手間はかかるけどこっちの方が間違いない。

 

「と言っても、このレゾナンスでは半分近いお店が10時開店ですし、焦る必要はありませんわ。じっくりと油断せず行きますわよ」

 

 そう言って優雅に汗をハンカチで拭くセシリアはどうやってか、その縦ロールの髪型を普段の箒の様なポニーテールにチェンジして来ていた。頭にはどこかの野球チームのキャップにサングラス、タンクトップの上に短めのデニムジャケットを纏い、下半身はハーフパンツとごつめのブーツで固めている。完璧だ。この姿を見て彼女をセシリア・オルコットだと判断できる奴は100人中1人もいやしないだろう。俺達だって朝この姿からセシリアのお嬢様ボイスが飛び出した時は腰を抜かしたもんだ。

 

 ううむ、流石は世界的に有名なスパイ物フィクションのおひざ元って訳か。でも確かあのエージェント(007)、大の紅茶嫌いだったような……。唸りながら、俺はそんな余計な事を考えていた。

 

『聞こえるか、皆』

 

 するとラウラからの通信。もう見つかったのかよ? 五分も経ってねえんだが、流石に早すぎねえか?

 

『ゆっくりしている暇は無さそうだぞ。地下一階の食品店通りで二人を発見した。至急合流されたし』

「ホントか、早いな!」

『すぐ近くだ。急ぎ過ぎて見つからないようにな』

 

 通信が切れると同時に俺達は直近の階段を駆け下りてラウラ達の指定した地点に向かう。地下一階の食品店通り。出来合いの惣菜からあらゆる世界中の食材までがひしめき、然るべき時に来ればプロの料理人から主夫(女尊男卑の風潮からか、主婦は数を減らしている)、あるいは自炊に手を出している学園の生徒までが己の食事の為にしのぎを削り合う激戦地。そこに二人は居ると言う。

 

 急いで通りに到着した俺達の前には、人もまばらな、華やかだが閑散とした通りが広がっていた。当然か、今はまだ10時前。ここが賑わうのは昼を過ぎ、夕食の為の買い物をこなす人々が流れ込んできてからだ。きょろきょろ周りを見渡してもラウラ達の姿が無いが、俺達とは別の場所に隠れているんだろう。

 

「ねえ一夏、あそこ。あの二人じゃない?」

 

 鈴が指差す先に皆で視線を向ければ、一軒の店の前で立ち止まる一組の男女が見つけ出せた。相変わらずの黒スーツに身を包んだ怜悧で精悍な立ち姿の千冬姉。それとは対照的に落ち付きなく、だが千冬姉よりも頭一つ抜けた身長とスタイルの良さがその緩さを感じさせない石動先生。一体何をしてるのか……あの店も何の店かここからじゃよくわからない。

 

「俺だぜ。二人を見つけたけど、ラウラとシャルはどこに居るんだ? 近くに居るんだろうけど」

『先生達を挟んで丁度逆に居るよ。迂回して合流した方がいいかな?』

「いえ、余り大人数で固まっては発見される恐れがありますわ。お二方にはそこから様子を伺っていただくのが得策かと」

『私も同意見だ。問題無ければ音声を撮り始めるが大丈夫か?』

「ああ、俺もそれでいいと思うぜ。ラウラ、頼む。会話の内容によっちゃ石動先生を取り押さえなきゃだからな」

「一夏は少し気合を入れすぎではないか……? 確かに空前絶後の緊急事態ではあると思うが」

 

 オイオイ箒。緊急事態も緊急事態、千冬姉のデートだぞ!? もし何かあったらと思うと、ここ何日かはロクに寝れなかったんだ。俺はもしも石動先生が何か不埒な事をやらかしたらすぐさま飛び出してはっ倒すくらいの覚悟で居る。明日の千冬姉の幸せを諦める訳にはいかねえんだ!

 ……しっかし、二人はずっと店の前で何してんだよ。ラウラ、早くしてくれ。俺の堪忍袋が爆発しそうだ!

 

『音声、行くぞ。準備はいいな?』

「いいから早くしてくれ! もう待ちきれねえよ!」

「一夏、心配なのはわかるが落ち付け……! 見つかったら元も子もない……!」

「……悪い。スゥーッ、ハァーッ……」

 

 俺は箒に窘められて、少しでも自分を落ち着けようと深呼吸してからイヤホンを装着した。

 

 ――――何やってんだ俺は。確かに千冬姉は心配だ。だけど、ここで俺が暴走してどうする! そんなんじゃいざって時に千冬姉も、皆の事だって守れねえぞ!

 

 そんな風に、深刻ぶった事を頭の中で考えて無理矢理にクールダウンを試みる。ふう。いい感じだ。さっきよりは随分落ち着いた。……とりあえず、今は見極める事だ。よくよく考えてみると、まだホントにデートなのかはっきりしねえ部分もある。駅までの道程だって仕事の話ばっかりだったし、手の一つも繋ぎやしない。

 

 実はあの二人、ただ買い物に来ただけじゃあねえんだろうか。つか、石動先生が的外れな事言って遊ぶのは今に始まった事じゃあ無いし、本気でおしゃれして欲しかった訳でもないんじゃあないか? もしかして、俺達は何か重大な勘違いを――――

 

『準備出来た。行くぞ……!』

『……………………おお! 見てくださいよ織斑先生これ! まさかこんな所にも売ってるなんて!』

 

 イヤホンから聞こえて来た声に、俺は咄嗟に思考を中断。全身全霊で耳を澄ませ会話内容を吟味し始める。石動先生が何やらはしゃいでいるようだ。一体あの店に何があるって言うんだ?

 

『<コピ・ルアック>ですよ! 世界でも特別貴重なコーヒー豆です! 買うしかねえ! 帰ったら織斑先生も飲みましょうよ!』

『丁重にお断りする。だがまあ、お前以外の者が煎れてくれるというなら考えてもいいな』

『なんですかその言い方は~! 流石に酷すぎじゃありませんか~?』

『実際酷いかどうか、自分の胸に聞いてみる事だ。私は極めて適切な対応をしたと思っている』

『ハッハッハ! こりゃあ手厳しい…………ちょっとウルっと来ます』

 

 その言葉の直後、石動先生が大げさに泣き真似をしているのが見えた。流石に下手だ、と言っても別にうまくやるつもりなんてないんだろう。一方千冬姉はその様子にほとほと呆れ果てたような顔をしながら、視線は興味深そうに店のショーウィンドウへと向けられて居た。

 

『しかし、コーヒー豆がこの量でこの値段とは…………一体どう言うカラクリだ? それほどまでに貴重とでも言うのか?』

That's right(ザッツライト)! 流石は織斑先生、鋭いですね! このコーヒーはインドネシア原産でして……』

 

 千冬姉の疑問に、石動先生は満面の笑みでペラペラとそのコピ何とかなる豆の説明をし始める。……本当に楽しそうだな。まあ石動先生、コーヒーの事かなり好きみたいだからな。煎れるのは下手らしいけど。聞いた話じゃ飲んだ奴がみんなぶっ倒れるなんて言われてるけど、ギャグじゃあるまいし流石に無いだろ。多分俺は千冬姉のコーヒーの方が不味いんじゃねえかなと思うんだよな……飲んだことないけど、何となくその恐ろしさは想像できる。

 

『実は収穫の方法からして特別でして……なんとネコちゃんにとってもらうんですよ』

『……ほう? つまりどういう事だ?』

『ええ。ネコちゃんが食べたコーヒーの果実はお腹の中で消化され、種子――コーヒー豆だけの状態になって排出されます。そしたら後はその糞の中から――――』

 

 スッパーン! 凄まじい炸裂音とともに石動先生の後頭部に千冬姉の平手が直撃した。憐れにも床に叩きつけられた石動先生はピクピクと痙攣している。そのあまりの威力に俺達は背筋が凍るのを感じ、また石動先生の無事を案じた。大丈夫かな。今まで見た千冬姉の制裁の中でもぶっちぎりの高威力だったと思う。通信機の向こうから小さくラウラの悲鳴が聞こえたので、きっとドイツでも見たことないような本気に限りなく近い一撃だったはずだ。生きてるかな、石動先生。

 

『貴様…………購入は却下だ。そんな所から産出(・・)されたコーヒーなど、例えIS学園に持ち込んだとて私は絶対飲まんぞ……!』

 

 そこへ、更なる追撃のように千冬姉の宣告が放たれる。先程まで怜悧な眼光を湛えていた顔は遠目からもわかる程に真っ赤だ。珍しいな、千冬姉があんな取り乱すなんて。貴重なシーンだぜ。

 そう俺が現実逃避していると、どうにかこうにかと言った感じでよろよろと石動先生が立ち上がった。帽子越しだが、そんなので防御できる一撃じゃあないだろう。案の定随分と痛そうだ。

 

『痛だだだ…………ちょっと、流石に横暴でしょそれは! 俺のプライベートな買い物なんだから、頼むから買わせてくださいよ神様織斑様千冬様~!』

『ええい五月蠅い、誰が神様だ! そもそも猫とは言え、その……う、うん……』

『うん○ですかい?』

『石動貴様ァ! 女性に対してなんという言い草だ! TPOを弁えろ!』

 

 石動先生の歯に衣着せぬ物言いに過剰反応した千冬姉が、一気に石動先生の襟元を掴んで吊り上げた。何つー腕力だよ。身長20センチ近く違う成人男性を軽々持ち上げるなんて生半可な事じゃあねえぞ……多分、俺が最後に稽古で投げられたときより強くなってる。流石千冬姉ってとこか……!

 

『あーっ! ちょっと俺の一張羅に皺が付くからやめてくださいよ!! つか半分以上自分で言ってたじゃないすか!!』

 

 だが石動先生もさる者、どうやってか千冬姉からの掌握からあっという間に抜け出して、慌てたように衣服をチェックしながら憤慨したように反論した。だが、千冬姉はその言葉にますます語気を強めて返す。

 

『ええい黙れ! 私は衛生面の問題を言っているんだ! それに貴重なコーヒー豆なら、なおさらお前よりも煎れるのに相応しい人間の手に渡るべきだろう!』

『…………あの、ちょっと……先生の言葉に俺が泣くんでホント勘弁してください……そこまで言われるのは普通にショックで…………』

『…………すまん、言いすぎた』

 

 頭ごなしに怒鳴った千冬姉に石動先生はすっかり心折られてしまったようで、しょんぼりと肩を落として縮こまってしまった。コーヒーの出自を語っただけでこの仕打ち……これも女尊男卑の世の中になってしまった一側面か……いや、千冬姉はそう言うのとは無縁だ。単にうん○言わされかけたのが恥ずかしかっただけだろう。そんな千冬姉も、らしくなく一時の感情に流されて声を荒げたのを反省したのか、石動先生に頭を下げて謝罪した。

 

 最近気づいた事だけど、石動先生と居る時の千冬姉は普段のような泰然自若としたスタンスを維持できていない。やっぱ恋か? 恋なのか……!? いや、恋だったらあんな派手に相手叩かないか。俺はそう納得して、先ほどの千冬姉と石動先生の口論を思い返す。しっかし、千冬姉が女らしい恥じらいを見せるなんて…………。

 

「ラウラ」

『ああ』

「録音してるんだよな、これ」

『ああ』

「後で俺にもデータくれないか」

『ああ、構わん』

「サンキュ」

『他でもない嫁の頼みだ、任せておけ』

 

 ラウラが奥の通路から顔を出し、小さくサムズアップをして見せる。嫁扱いは正直納得いかないが、俺もそれにこっそりとサムズアップを返した。まったく、持つべきものは友達だな!

 

『……まあ、良いっす。俺、自分のコーヒーがおいしくないのは十分自覚してるんで……そろそろ十時だし、行きますか』

 

 一方、意気消沈していた石動先生はそう言ってとぼとぼ歩き出す。どうやら目的地に向かう様だが、その足取りは重い。

 

「なんだか、石動先生が可哀想に思えて来ますわね……コーヒー党の方とは言え、ちょっとばかり憐憫(れんびん)を感じてしまいますわ」

『何を言うオルコット! 奴の入れたコーヒーを飲めばそんな事は二度と言えなくなるぞ! 口の中で一度、胃の中でもう一度炸裂するあのコーヒーの(おぞ)ましさ、思い出しただけでも…………う゛っ』

『ちょっとラウラ大丈夫!? 流石にここで吐くのはまずいよ!』

 

 向こうのラウラがどうやらトラウマを再発させたようで、吐気に耐える呻きとそれを介抱するシャルの慌てたような声が通信越しに聞こえてくる。……大丈夫かよ? その様子を聞いていると、普段石動先生がコーヒーを振る舞おうとして皆にドン引きされているのも頷ける。ちょっと興味あったんだけど、飲ませてもらうのは止めとこう。さっきの千冬姉だって断固拒否! って感じだったしな。

 

「とりあえず俺たちも追いかけようぜ。どうやら目的地に向かうみたいだし。ラウラとシャルは…………」

『ごめん、僕らはラウラが落ち付いたら行くから、先に行ってて。すぐに追いつくよ』

「了解。じゃあ俺らはマイクだけ貰ってくか」

「アタシ行くわ。ちょっとやってみたかったのよねー、そう言うの」

「ちょっと鈴さん、抜け駆けとは感心できませんわよ! (わたくし)にも触らせて下さいませ!」

「言い争ってる場合ではないだろう……」

 

 マイクを取り合う鈴とセシリアをよそに、箒が呆れたように呟いた。まったくだぜ。確かにあのマイク触ってみたいのは分かるけど、今はそれどころじゃあ無いはずだ!

 

「あーもう、どっちでもいい! さっさと行こうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 迷いない足取りで二人が入って行ったのは、この夏にはさぞ繁盛しているであろうレジャー用品店だ。入り口をくぐった石動先生と千冬姉はある品物の売られている一角へと足を踏み入れる……水着コーナー。それも男ものだ! オイオイオイオイ!? まさかと思うが、これもしかして、『今後のデートの為のショッピングデート』じゃあねえか!? 石動先生と千冬姉が二人きりで海……!? そんなの絶対間違いが起こる!!! これは間違いない! 弟の俺が言うのもあれだけど千冬姉すっげぇ美人だからな!? 許せねえ……石動先生ぜってえ許せねえ! 今すぐとっ捕まえてその真意を――――

 

「一夏、出すぎだ……!」

「痛って!」

 

 箒が慌てて俺のシャツの襟を掴んで商品棚の陰に引きずり込む。その勢いにバランスを崩した俺は強かに尻を床に打ち付けた。鈴がいち早く俺に手を伸ばそうとするが、持った指向性マイクが邪魔でわたわたと困惑した動きをする。

 

「鈴、俺はいいから、とりあえず早く二人の声をキャッチしてくれ……」

「ご、ごめん! ちょーっと待ちなさいよ……」

 

 あーだこーだとマイクをいじくり回す鈴を尻目にセシリアが俺に手を差し伸べてくれた。それに小さく「サンキュ」と返して俺は何とか立ち上がる。箒の奴め、思いっきり引っ張りやがったな……? しかし、当の箒は俺の事など気にせず、二人の様子を注意深く伺っていた。その様子に俺は本来の目的を思い出して気を取り直す。……どうやらまだ動いてねえみたいだな。すると思考錯誤していた鈴がぱあっと明るい顔になり、ガッツポーズをしてからマイクを二人の居る方に向けた。準備出来たみたいだな……さて、どういう話をしてやがんだ……!? 皆の意識がイヤホンに集中する。

 

『ん~~~~』

 

 思案する石動先生の唸り声。その視線はビーチのレジャーに男性が着て行く物が集められた棚に向けられていた。……女尊男卑の世の中だ。その商品スペースは女性用水着の四分の一も無い。だが、それが逆に狭いエリアに全ての商品が集中するコンパクトな売り場を実現していた。その為、視線を巡らせるだけで殆どのアイテムを見つける事が出来る。商品の絶対数の少なさは如何ともし難いが、今日どの店に行っても似たようなもんだ。

 

『じゃー、俺はこれかな~。あとこれと、履くモンはこいつでいいか。……はーい終わりっ、目標達成! さーてレジ行きますかぁ、織斑先生!』

 

 そんな狭いスペースだからか、石動先生が欲しい物を決めるのはビックリするほど早かった。羽織るための白いパーカー、膝くらいまでの水着、そしてビーチサンダルをさっさとカゴに放り込んで満足げにレジに足を向ける。しかし、千冬姉が驚いたような顔で石動先生を引き留めた。

 

『…………なあ石動。もっとこう……無いのか? 本当に』

『えっ? 無いです。正直、自由時間で海行って遊ぶって言っても、生徒達と違ってずっと海ではしゃげるほど体力無いんですよ~。俺もう40代ですし? 次の日のスケジュールに響くし、基本ビーチから眺めて終わりのつもりなんですけど』

『真耶に生徒の相手を丸投げする気か?』

『ああ、そりゃあいい! 疲れる事は若いもんに任せて、俺は悠々自適にのんびりあ痛だだだだ!! ギブ! ギブです! 潰れて流れて溢れ出る! やめて!』

『それほど貴様はやわでは無かろうが!』

 

 ……石動先生、ちょっと学習した方がいいんじゃないか……? 再び不用意な事を言って今度はアイアンクローを食らい悲鳴を上げるその姿に、俺達は満場一致で溜息を吐いた。

 

「ふふっ。まあ、あれでこそ石動先生……と言う所はあるのだがな」

 

 皆の考えを代弁して、箒が目を細めて小さく笑う。それはどこか困ったような、でも暖かいものを見るような、そんな顔だ。箒のこんな顔を見るのは、何時以来だっけか。確か、家族ぐるみの付き合いが続いてた頃――――本当に昔の事だ。あの頃は、まさか世界がこんな風になるなんて想像もしてなかったな……。

 

 そんな事を思っていると、必死な顔をした石動先生がまたどうやってか千冬姉のアイアンクローから抜けだしてほっと一息つく。対する千冬姉は自身の技からまた抜けられたのが不満なのか、自分の掌を握ったり開いたり。完全に次はやる気満々の顔をしている。石動先生もガッツがあるよなあ。千冬姉にあんだけ手ひどくやられて痛がっていても、いつの間にやらけろりとしている。俺が見て来た人達の中でもタフネスなら一番じゃあなかろうか。俺は心の中でそう石動先生を称賛した。

 

『ふ~~死ぬかと思ったぜ~……そう言えば、織斑先生。織斑先生はどんな水着着てくかもう決めてるんですか?』

 

 その言葉に、俺は咄嗟に鋭い眼光を石動先生へと向ける。なんだって!? その質問はマジで言ってるのか!?

 

『いや……私もついでに今年の水着を見ていくつもりだった。まあ……男もお前と一夏くらいしか居ないし、そうこだわるつもりも無いんだがな』

『ふぅん。とりあえず見てきますか? 荷物持ちくらいは出来ますよ』

『そのくらいは当然だな。ちゃんとエスコートしてくれよ』

『へいへいお任せ。えーっと? 女物はどっちかな~と』

 

 今年の水着をまだ決めていないと言う千冬姉に、一緒に水着を探す事を提案して少しキョロキョロとしてから、女物の水着とは真逆の方向に歩き出す石動先生の手首を千冬姉が掴んで引き留めた。

 

『そっちは逆だぞ石動。まったく、子供の頃の一夏より目が離せんな貴様は』

『えっ。ちょっ引っ張んないでくださいよ織斑先せ……あれ? 抜けねえ! あ痛っ! えっちょっと待って離してあららららら~!』

 

 そのまま千冬姉は石動先生を力づくで引きずって行ってしまった。今度はコツを掴んだか、石動先生もその拘束から逃れられぬようで、足をもつれさせながら何とか着いていくという感じだ。だが、俺はそれ所では無い。

 

 ――――手を繋いでいるッ! しかもその行動に至ったのは石動先生ではなく、千冬姉の方からだった! 一瞬あの二人に恋愛なんか無いと安心したけど、実はありなのか……!? 俺の脳内では、【脈あり】【脈なし】【両想い】の三つに意見が分かれ、混乱を極めていた……! さっき生徒と言っていた事で、既に今後の海デートの為では無く臨海学校を前に水着を用意しに来たってのは分かったが、それと二人の恋愛には何の関係も無い!

 

 ……そういや、俺も水着が無い。後でどうにかしねえと……つか、尾行が終わったらここに買いに来るか……。

 

「一夏さん、何してますの? ほら、(わたくし)たちも動かないと置いてかれますわよ」

「あ、すまねえ。ここからは今日一番の山場な予感がするぜ……」

 

 セシリアに促され、俺も先行している皆の後を追う。広大な女性向け水着売り場は隠れる場所も多いが、逆に向こうを見失う事にも繋がりやすい。万が一にも遭遇したりとしたら元も子もない。俺達は細心の注意を払って商品の陰から陰へと渡り歩いてゆく。

 

 すると、新たな来店者が二人。ラウラとシャルが復帰して合流して来た。一瞬ラウラと目が合い、アイコンタクトとジェスチャーで行き先を指示すると、辛うじて通じた様で首を縦に振りシャルを伴って移動を開始する。

 

 これで全員が揃ったか……ラウラも調子が戻ったみたいでよかったぜ。俺は安心して、先行している箒たちに追いつく。

 

「どうだ、箒? 何か動きは?」

「ああ。今は見える以上の事は何も」

 

 そう言って箒が指差す先には、しゃがみこんで水着を品定めする千冬姉とその後ろで興味深そうにそれを眺める石動先生が居る。鈴がマイクを向けているが、別にしゃべっていないらしく千冬姉が水着を漁る音だけが聞こえて来た。

 

『そうだな……石動、この水着、貴様はどう思う?』

 

 そう言って千冬姉が石動先生に見せたのは、露出度の高い黒のビキニだった。いや、露出度の高いビキニ……マジかよ!? 

 

「うわすごっ。何か紐がクロスしちゃってるわよ」

「あの水着は自分に自信がなければとても着れない類の水着ですわ……!」

「流石は千冬さんと言ったところだな……」

「うむ、同感だ。私も後で同じものを購入しよう」

「いや、流石にラウラにはサイズ合わないと思うよ……」

 

 皆がその水着とそれを購入しようとする千冬姉に思い思いの感想を述べていく中で、俺は石動先生の次の言葉を聞き逃すまいと零落白夜(れいらくびゃくや)を使う時並みの集中力を耳のイヤホンに傾けた。

 

『ん~……ちょっと真面目に考えさせてもらっていいっすか? ってか、何言われてもセクハラとか言わないでくださいよ?』

『お前は私がそれほど女尊男卑に染まっているように見えるか?』

『いえ、失言っした。織斑先生は相手が男でも女でも容赦ない……いやいや何でもないっす!』

 

 言いかけて慌てて距離を取る石動先生をジト目で睨みつける千冬姉。その顔は『懲りない奴だ』とでも言いたげだ。しかし石動先生は顎に手をやって水着をどう評価するかを考え始めてしまって、その視線に気付く様子は無い。

 

『…………う~ん。黒は収縮色――――物を引き締めて見せる色ですからね。織斑先生のクールな雰囲気にはぴったりだと思いますよ。ただその水着はちょっと布面積が小さすぎやしませんか? そっちも小さく見えるんですよ?』

『そうか……ならこれに決めるとしよう。デザインはこれと決めていたが、色についての意見が聞きたくてな。参考になった』

『何だ、最初からそうと言ってくれりゃあこんな考え込む必要なかったのに!』

『こうして身内以外の人間に意見を求める機会は貴重だし、一応と思ってな。まあそれ程役に立つ意見では無かったが』

『はっはっは、ひーでぇ! くっく、そんじゃあまあ、さっさと金払って、飯でも食いに行きますか! 気を取り直させてください! はっはっは!』

 

 千冬姉の手厳しい言葉を受けてまた心折れちまうかと思ったが、今回の石動先生には暖簾(のれん)に腕押しだったようで、普段通りの顔で陽気に笑うばかりだ。やっぱりこの人、何か掴み所が無いよな。厳しい事言われた場合でも時には悲しんだり、また時には怒ったり。何だか反応が一貫していない気がする。実際、今ではああして楽しそうに笑い声を上げていて、その判断基準が俺にはよく分からない。

 

 人生経験の差って奴かなあ……石動先生、千冬姉と何だかんだ対等の立場で物を言ってるし、やっぱ只者じゃあねえよな。前職はカフェのマスターなんて言ってたけど、俺はそれだけじゃあねえと思う。そんな事を考えて上の空になっていると、横から鈴が神妙な顔をして話しかけてきた。

 

「そういえばさ、一夏は水着もってるワケ? まっさか学校の水着で臨海学校行く気じゃあないでしょうね?」

「いや、まだ買ってねえ。後でここに戻って買いに来ようかな」

「あっ……へえ~……」

「何だよその悪い顔は」

「いや? 別に? ……そ、それじゃあさ、これ終わったら一緒に水着探さない? 私も水着の為だけに中国まで帰るのめんどくさいし」

「ん~。よし、そうすっか」

「やった! 言ってみるもんね……」

 

 背を向けて、何やらガッツポーズをする鈴を俺は(いぶか)しんだ。何だよ、俺が一緒なのがそんなに嬉しいのか……そうか! 鈴の奴、あの二人を見て俺を荷物持ちにする事を思いついたな!? そう言えば、観光に日本にきた中国の人達はよく目当ての商品を<爆買い>して行くと聞いたことがある…………つまり、俺に凄ぇ量の荷物を任せていろんなもんを買いまくる気か!

 

「なあ鈴。悪いけど、今の話――――」

「ちょっと鈴さん!? 抜け駆けとは何とおこがましい! そのような事はこのセシリア・オルコットが許しませんわ!」

「おい待て、許さないのは私だ。人の嫁を勝手に借り受けるなど言語道断! まず婿である私の許可を取ってもらおうか」

「もう……だったら皆で行こうよ。その方がきっと楽しいよ? あ、一夏。その……僕も水着が無いから、良かったら一夏に選んでほしいんだけど」

「ええい、皆静かにしろ! 千冬さんたちが行ってしまうぞ! 一夏!」

「悪い箒、今行く! 皆その話は後だ!」

 

 ああもう、なんでこんな時に言い争い始めちまうかな!? 今はそれ所じゃないだろ……。俺はちょっとばかり呆れて、店の出口で急かす箒の元へと走る。すると先程まであーだこーだと言い合っていた皆も慌てて追いかけて来た。ったく、世話が焼けるぜ!

 

 気づけば時刻はいつの間にやら11時半前。道行く人々も大幅に増え、何処からともなく食べ物の香りが漂ってくる。あっ、やべえ。朝早かったからすげえ腹が減った。千冬姉、出来れば俺達も入れる店を選んでくれよ……!

 

 

 

 

 

 

「……やはり、タコは嫌いか? 石動」

「生でも煮ても焼いてもダメですね。当然、生きてるやつが一番NGです」

 

 回転寿司のテーブル席に通された私達は、回ってくる寿司を眺めながらとりとめの無い話を続けていた。水着も手早く揃えられ、後は石動からその真意を聞きだすべく、どこでアプローチをかけようかと思っていたが……こう言うのんびり出来る店に入ってくれたのは都合が良い。

 

「あっそうだ、寿司食った数で勝負しません? 負けた方が奢りって事でどうすか?」

「海に行くのを前にして大食い対決など女に振るな。デリカシーのない奴だな」

「……? えーっと……? いっぱい食って何か問題でもあるんで?」

 

 その、本当に何もわかっていないと言う顔で聞いてくる石動に、私はこれ見よがしに溜息を吐いた。お前、女性が体型維持にどれだけ気を使っていると思ってる? 元からトレーニングをしている私だから良かったものの、真耶辺りが言われていたら泣きかねんぞ?

 

「まったく無粋な男だな……」

「いいじゃないですか細かい事は! 俺も寿司は久しぶりでテンション上がって……あっ、寿司食べるのカフェの売上使いこまれて出前取られた時以来じゃん。嫌な事思いだしたな……」

 

 先程まで寿司に夢中だった石動は、何やら嫌なことを思い出したらしく、どんよりとした雰囲気を醸し出して目を伏せる。そんなエピソードがぽろっと出てくるあたり、この男がカフェでマスターをやっていたというのは嘘ではないのだろう。だが、今回私の知りたい事は別にある。

 

「――――所で石動。一つ、質問をいいか? お前には、ずっと聞きたい事があったんだ」

「いいっすよ。ただ、その質問に答えられるかどうかは別の話ですけど」

 

 石動はいくらの軍艦寿司を頬張りながらに言った。随分と空腹気味だったのか勢い良く食べるせいで、口の中が渋滞を起こし始めているようだ。だがそれを見ぬふりして、私は率直にずっと聞こうとしていた事を言葉にした。

 

「お前は、何故教師になったんだ? IS学園の保護下と言っても、教師ではなく用務員や事務職と言った別の仕事もあったはず。その中で何故教師の道に甘んじたのだ?」

「はっはっは、副担任補佐のポジションに据え置いたのはそっちじゃあないですか」

「それでもお前は拒否も何もなく、二つ返事でそれを受け入れただろう? 何を思ってその考えに至ったのか。私はそれを知りたい」

 

 私は真剣な目を石動に向ける。最初はからかうように笑っていた石動だったが、一度目が合うと、落ち着いた様子で湯呑みに口を付けて寿司を腹の中に流し込み、気を引き締めたような顔になってから観念したかのように口を開いた。

 

「はぁ。そっか、そろそろ言ってもいいか……この話、恥ずかしいんで誰にも言わないでくださいよ?」

「ああ。承知した」

 

 私の言葉に石動は安心したようで、目の前に広がる皿を一つ一つ重ねながら自身の話を少しずつ語り始める。

 

「…………実は、俺には壮大な計画があるんです」

「計画、だと?」

 

 その言葉に、私に一瞬緊張が走った。だが石動はそれに気づいた様子もなく、憂うような眼差しを私に向けるばかりだ。

 

「この世界は今、争いに満ちてます。篠ノ之博士が生み出し手綱を放棄したISと言う力によって。……人の手に余る科学が行き着く先は例外無く破滅です。(ふる)い知り合いだって言う織斑先生には悪いけど、俺は篠ノ之束が嫌いなんですよ。奴は世界にISをアピールするやり方を間違えた。なぜ彼女がISの『兵器としての強力さ』をアピールする<白騎士事件>なんてのを引き起こしたのか全く理解できません。アレが無きゃ、世界はもう少しマシだったのは想像に難くないじゃないですか」

 

 その言葉に、私は胸が強く締めつけられるのを感じた。華やかな<スポーツ>としてのISの裏側にある、各国の利権と思惑渦巻く中の<兵器>としてのIS。――石動の言う通り、ISが登場してから、世界中の戦闘活動は明らかに活発化した。

 ISによって既存の兵器が蹂躙された初期に始まり、その余りに強大な力は現在まで続く女尊男卑の風潮を生み出して、一般人の生活にまで大きな影響を生んでしまっている。それは、<白騎士事件>の片棒を担いだ私にだって責任がある事だ。

 

「ま、もしかしたら、彼女なりに何か深い考えがあったのかもしれませんけどね」

「石動、それは…………」

 

 そんな思慮遠謀など束に無かった事を知っている私は、思わず口を滑らせそうになって慌ててそれを閉ざす。しかし石動はそんな私の様子になど気づいた様子も無く、普段の軽薄さとは真逆の重苦しさを醸し出しながら、話を続けた。

 

「世界最高の頭脳。その頭の中には百年先の科学が詰まっていると言われる<天災>篠ノ之束。ですけど、彼女が(もたら)したものにはいいものなんて何もない。世界をひっくり返して、つまらん争いを生んだだけだ。行き過ぎた科学は人から考える力を奪う。この、目の前の力に眼が眩み、持つ者が持たぬ者を見下す女尊男卑の世界がそれです」

 

 その言葉に、私は思わず石動から視線を逸らす。普段、そんな深刻な事を考えているなどこれっぽっちも見せなかった男が、真剣に今の世界に横たわる大きな問題の事を憂慮(ゆうりょ)している。その問題の元凶の当事者として、私だって自分のやるべき事はやってきたつもりだ。だが、今の私はその責務を果たすことに精いっぱいで、世界をより良くしようとなど出来ていない。

 

 それは、余りに大きなスケールの話だ。奴が<壮大な計画>と(うそぶ)くのも分かる。しかし、そんな世界を石動は一体どうしようと言うのか。私は想像して、何も思い浮かばずにますます気分を重くする。

 

 

「――――でも。俺は奴とは違う本当の<天才(ジーニアス)>』を見たんですよ」

 

 その言葉に、私はハッとなって顔を上げる。本物の……天才だと?

 

 

「……自意識過剰でナルシストだったけど、アイツは愛と平和を胸に刻んだ本物のヒーローでした。どんな争いも試練も乗り越え、仲間と共にひたすら愛と平和の為に歩んでゆく、そんな奴です。もう会えなくなっちまいましたけど……今のこの世界にアイツが居れば、ISだって正しく宇宙開発のために使われて、人類はもっといい道を歩いていたかもしれません。篠ノ之束の研究(IS)の価値に、アイツなら最初から気づけた筈。そうすれば、篠ノ之束だって世界のお尋ね者に何てならずに済んだだろうに」

 

 その言葉を、私は半ば呆然と聞いていた。愛と平和を胸に進む、本当の<天才>。そんな奴が居れば――――束の研究を理解できる同等の天才が居れば、束がああまで世界を変えてしまう事も無かったのだろうか。どうしても私はそんな事を考えてしまう。

 

「もう会えないとは……その<天才>は、もう居ないのか?」

「つらい思い出です。そこ、聞かないでもらっていいっすか?」

 

 寂しそうに笑う石動に私は何も言えなくなった。一体、この男の過去に何があったのだろうか。謎は大いに深まるばかり。だが、こんな顔をしている男の過去に踏み込めるほどの豪胆さを、私は持ち合わせていなかった。

 

「……無粋な事を聞いたな。許してくれ」

「いえ、お気になさらず。……ともかく、俺がこうしてISの適性を持って教師としての道に立つ事になったのは、正しく運命だと思っています。俺は、(いたずら)に力を振りかざすような奴らが――軽々しく他人を傷つけるような奴らが許せない。俺やあんたの教え子には、そういう風になってほしくないんですよ」

 

 そう言って、寿司の皿を重ね終えた石動は穏やかに笑う。それは正に、父親が自分の子供の未来を心配するような、そんな笑い方。そして石動のその薄い笑顔は、歯を見せて笑うどこか誇らし気な笑顔に取って代わった。

 

「ま、俺は信じてますけどね。篠ノ之や一夏を初めとした皆がこの先の、明日の地球をもっと笑顔に溢れるものにしてくれる、アイツのような奴になってくれるって! ……聞きましたか? 篠ノ之なんて<織斑千冬(ブリュンヒルデ)の再来>なんてIS専門誌に大々的に取り上げられてるんですよ! …………近い未来、俺達の教え子達が世界を変える日がきっと来ます。<すばらしい新世界(Brave New World)>――――なんてね!」

 

 楽しげに、誇らし気な笑顔のままでそこまで言った石動はしかし、その笑顔を引っ込めてまた深刻そうな顔に戻ってしまう。

 

「でも、あいつらの行く道は決して平坦な物じゃありません。<亡国機業(ファントム・タスク)>、<ブラッド>、そして<スターク>。世界中の危険な奴らが、一夏や篠ノ之達の行く道に交わってきている。これから先も、あいつらには良くない出来事が――――悪い運命が付きまとうでしょう」

「……だろうな。だが、そんな危険からあいつらを守ってやるのが――――」

「ええ、それですよ。俺は、あいつらに無為に降りかかる火の粉を払ってやりたいだけです。あいつらがその運命を乗り越えられるのに必要な力と(こころざし)を手に入れ、見出す事が出来るように…………あいつらの背を押してやりたい。ここ(IS学園)から巣立って行くまでの僅かな間に、あいつらを強くしてやりたい。……それが、俺が教師を志した理由の全てです」

 

 そこまで言うと、石動は空になっていた湯呑みに茶の粉末とお湯を入れて、穏やかにそれに口を付ける。

 

「熱っつ! あちっ、あちちち! やへど(火傷)した!」

「……フッ。貴様、私が思っていたよりも随分熱い男だったようだな。舌は猫舌のようだが」

ひやひや(いやいや)……あついもんはあついにきまってるじゃないですか……」

「ハハハ、お冷を持ってきてやろう。幾つ欲しい?」

「よっつ、四つくらさい……」

「二つで充分だ。少し待っていろ」

 

 目尻に涙を浮かべながら言う石動の気の抜けた姿に、私は笑って席を立った。まさか、この男がそんな事を考えているとはな。ほんの少しだけ、奴の人となりをつかめたような気がする。

 

 ――――あの時。奴が束の生み出したものを『つまらない争いだけ』と切り捨てた時。その眼の奥には、黒々とした(うろ)が映っていた。それは、争いを憂いたり、悲しんだりと言う物では無い。本当に『つまらない』と、心底思っているような瞳。私を前々から警戒させてきた、あの瞳だ。

 

 奴が語った事は、全てが嘘ではないと思う。奴は多分本当に束が嫌いだし、本物の<天才>を見たと言うのだって嘘には思えない。一夏や箒たち、生徒の事を守ってやりたいというのも本当だろう。

 

 しかし、ならば今感じているこの薄ら寒さは何だ。先程の告白を聞いて、奴の事を信じてやりたい気持ちが湧いて来ても、体が全力でそれに警鐘を鳴らしている。まるで生存本能……そうだ、私の本能が『この男を信じ切ってはいけない』と恐れ、警報を発しているのだ。結局、奴のことが少し分かっても、この感覚の正体は掴めずじまいか。

 

 私は一つ溜息を吐き、コップに注いだ水を持って自らの席へと踵を返す。やはり、奴は危険な人物なのかもしれん。あんな眼の出来る男が、善良な凡人であるものか。ただ、今すぐに何かをしようと言う気は無いようだ。ならば、これからも監視を続け、尻尾を出すのを待つしかない。

 

 そう独りごちて席に戻ると、急ぐように寿司を口の中に放り込む石動と目が合った。……何をしているんだ、こいつは。

 

「あっ、水どうも~。……ぷはー! いや~、もう少しマイルドな温度でお湯出して欲しいもんですね、あの蛇口……蛇口? まあ……おっ大トロだ! いただきまーす!」

 

 石動はコップをひとつ私の手からもぎ取るようにしてあっという間に飲み干すと、注ぎ口から火傷するほどの温度のお湯が出た事に苦言を呈する。……かと思えば、目の前を通過した大トロを目ざとく掴み取り、小皿の醤油に付けて一口でそれを頬張った。

 

「随分と元気になったようだな。余り急いで食って喉に詰まらせたりするなよ?」

「しませんって! 所で最初にした話覚えてます?」

「話? 壮大な計画とやらか?」

 

 私の答えに石動は笑顔になって、また一つ寿司の皿を取った。……何が可笑しい?

 

「いやあ、もっと前です。ほら、『寿司を食べた量が少ない方が奢り』って奴。俺ちゃんと質問に答えたんだからあの勝負受けてくださいよ。それくらいいいでしょ? それに一回食べ過ぎたくらいで急に太るほど人間やわじゃあないですって」

「それなら、なぜ貴様は今必死になって寿司を食べている? 勝負と言う物は公平な条件の下で……」

「スタートダッシュです。そのくらいのハンデあってもいいでしょ? 俺は既に食欲絶賛減退中の中年男性なんだから……」

 

 そう言ってまたいくらの軍艦巻きを手に取って、私ににっこりと笑いかける石動。……すごい男だ。ここまで白々しい奴は初めて見る。あまりに舐め切った態度に、私の怒りは閾値(いきち)を容易く超え、一周して私に満面の笑みを受かべさせた。

 

 それを見て、石動がぎょっとしたように寿司を食べる手を止める。だが、もう遅い。

 

「よかろう、ならば後10分だ。その時点で多くの寿司を食っていた者が勝者……それでいいな?」

「あっ……はい、確かに時間は決めとかないとっすねえ……」

「……お前は私を怒らせた。喜べ。その財布の中身、貴様の浅はかさほどに軽くしてやろう」

「えっなにそれは……つか、今までで一番怖い顔してるんですけどこの人……」

 

 震えながら石動がつぶやく。だが、その瞬間既に私は動いていた。流れてきた寿司を片手で二皿掴み取ると、空中で手前の一皿、中トロを空いた口に放り込み、もう一皿を素早く確認……ハンバーグ。回転寿司特有の子供向けメニューか! これは『重い』が、皿を戻すのは基本的な常識に反する。回転寿司で取ったメニューはすべからく完食するべし! 仮にも教師をしている私がそこを妥協してなる物か。

 

 石動も慌てて口の中の寿司をもう一杯のお冷で流し込む。どうやらこのまま先行逃げ切りを決めるつもりのようだが、そうはいかん。私は全力で中トロを飲みこんで、間髪入れずハンバーグ寿司を食らい始めた。そう言えば、賭けで石動に勝った事は今まで無い。だが、今回はいつもの運だめしではなく、実力勝負。ならば、勝つのは私だ。今までの負けの分、ここでキッチリ取り立ててやろう……!

 

 

 

 ――――その後、勝負は宣言通りキッチリ10分で決着がつき、残念ながら石動は貴重な一万円札を無為に失うこととなる。高い授業料だが、いい教訓になっただろう。そう考えれば安いものだ。

 

 店を出た石動は、意気消沈という言葉を体現したかのような姿になり果てていた。アレだけ食ったのに、むしろゲッソリしたんじゃあ無いか?

 

「元気を出せ石動。『金は天下の回り物』だ。すると、回転寿司で財布が軽くなるのは正しいことでは無いか?」

「何上手い事言った気になってるんですかね……? 確かに寿司はおいしいですけど、それと俺の財布が出血大サービスする事は何の因果関係も無いんだよなあ……」

「ああ、あのハンバーグ寿司など、正直邪道だと思っていたが……食べてみると中々悪くない。次に来た時も食べたい物だ」

「人の話聞いてねえなこの人」

 

 そう吐き捨てるように言って大きく肩を落とす石動を見て、私は大笑いしたい衝動を必死に抑え込んだ。しかし、どれほど演技が巧ければ本性をひた隠しつつこれだけ生き生きとした感情を表現できるのやら。やはり油断ならん奴だ。そう笑いを堪えながら内心で思っていると、ふとやり残した事を思い出す。 

 

「石動。そう言えば一つ、頼みたい事があるんだが――――」

 

 

 

 

 

 

 千冬姉と石動先生から身を隠しつつ回転寿司屋に潜伏していた俺達は、重々しい足取りで店の暖簾をくぐって、昼時の混雑しつつある通りへと戻った。

 

 俺達――主に俺と箒は、ひどく打ちのめされていた。

 

「なんか俺……すげえ悪くて無駄な事をしてた気がする……ごめん石動先生……」

「私は訓練もせずにこんな所で何をしているんだ……? 今からでも走って学園まで戻るべきでは……?」

 

 石動先生が俺達に託す明日の地球。笑顔に満ちた未来。俺達自身、石動先生が何故あれ程親身に俺達を強くしようとしてくれているのか解っていなかった。だけど、その裏にあんな熱い思いがあったなんて。

 

「なんだか、身につまされるような話だったね」

「石動惣一……少し、奴に対する考え方を改めねばならんか」

 

 そう神妙にシャルとラウラが呟く横で、嘗て女尊男卑の急先鋒だったセシリアは恥ずかしそうに顔を俯かせている。一方鈴は、石動先生の<計画>に思う所があったのか、ふと、つらつらと語り出した。

 

「……ねえ。アタシさ、女尊男卑の世の中も、そんなに悪く無いんじゃないかなーって思ってたんだ。昔から、偉さに胡坐をかいてふんぞり返ってる奴って嫌いだったし、上っ面の力で暴力を振るうような男も嫌いだった。そう言う奴が居なくなって、やっと女だって実力で評価される世の中になったと思ってた」

 

 でも、と鈴はそこで一度言葉を切る。その次の言葉を、皆が緊張の面持ちで見守った。

 

「――――結局、ISって力に胡坐をかいてるだけの女が<偉い奴>の場所に交代しただけだったのかな。アタシだって代表候補生として、国ではみんなへこへこ頭下げてくれて、それを『えらい奴が自分に頭を下げるなんて気分がいい』なんて思ってたけどさ。それってアタシじゃ無くて、<アタシのIS(甲龍)>に頭を下げてただけだったのかな。アタシも、力に眼が眩んでたつまんない奴だったのかな……?」

「そんな風に自分を(かえり)みる事が出来るなら、お前はそいつらとは違うさ」

 

 泣きそうな顔で言う鈴に、先程までの沈んだ様子が嘘の様に箒が声を掛けた。その言葉に、鈴はハッとしたように顔を上げる。

 

「箒の言う通りだ。少なくとも、お前はその力を仲間のために使える奴だよ。<ブラッド>に襲われた時だって、さんっざん俺のこと助けてくれたじゃあねえか」

 

 な? と俺が笑いかけると鈴は恥ずかしそうに笑って、零れそうだった涙をぬぐった。その様子に、俺達はなんだか、心がくしゃっと暖かくなったように感じる。

 

「……ありがと、箒ちゃん、一夏……」

「あっ、ホントに居た! おーい!」

 

 鈴が何か言いかけた所で、遠くから誰かが走ってくる。その声に顔を上げれば、石動先生が満面の笑みで俺達に向けて手を振りながらこちらへ向かってきていた。

 

「石動先生!? もう帰ったと思っていましたけれど、一体どうしたんですの?」

「いや、ちょっと用事が出来てな。お前らこそこんな所で何してるんだ? デートにしちゃあ、男女比率が間違ってるように見えるけど」

「僕達は~……あはは、偶然ですよ、偶然! 実はみんなでここに遊びに来てて……」

 

 シャルが何とか笑ってごまかそうとするが、箒が一歩前に出てそれを制し、頭を下げる。

 

「石動先生、申し訳ありません。先ほどの寿司屋での織斑先生とのお話……大事なところを、盗み聞きしてしまいました」

「オイオイ、何の話だ? 俺達はただ談笑してただけだぜ~?」

 

 石動先生はそんな事を言って、知らぬ存ぜぬと言わんばかりに笑うが、箒は微動だにしない。アイツは筋を通す女だ。それに倣って俺も頭を下げれば、周りの皆も真摯に頭を下げる。

 

「……マジで聞いちまったみたいだな」

 

 その姿を目の当たりにして、石動先生は一瞬寂しそうな顔を見せるが、それも束の間。いい事を思いついたかのようににやりと笑って、俺と箒の間に割り込んで同じ方を向き、それぞれの肩に腕を回して肩を組んできた。

 

「ハッハッハ、まさか聞かれちまうとは……恥ずかしいな! だがまあ、そんなに気にするなよ! あんなのは俺の個人的な考え方だ。お前らがそれでどうこうする事じゃあない! もしあれのせいで気負って楽しい学園生活が送れなくなったらもったいねえぞ? なんたって、青春は一度きりだからな!」

「「石動先生……」」

「ははは、今回の事はお互い気にしねえでおこうぜ。別に、ショッピングモールに難しいこと考えに来たわけじゃあねえだろ?」

 

 そう言って石動先生が笑ってくれたおかげで、俺達の心は随分軽くなった。本当にいい先生を持ったもんだな。回されたがっしりとした腕の力強い感覚が、俺を安心――――いや、何か力強くないか?

 

「……あの、石動先生? こうしてコミュニケーションを取ってくれるのは悪い気しないんですが、そろそろ離してくれてもよいのでは……?」

 

 箒が何やらもぞもぞと体を動かして石動先生から逃れようと身をよじる。俺もちょっともがいてみたが、石動先生の腕は俺達の上着をしっかりと掴んでおり、どうあがいても脱出出来そうにない。

 

 そういやさっき『ホントに居た』とか言ってなかったか? もし誰かに教えられたとしたら、それってもしかして――――

 

「一夏、それに貴様ら。こんな所で何をしている?」

 

 後ろから聞こえて来た声に、石動先生以外の全員がまるで凍り付いたように動きを止める。振り返ればそこには腕を組んで仁王立ちする千冬姉が、怒気を孕んだ瞳で俺達の事を睨みつけていた。もうダメだ、おしまいだ……。

 

「……休日はお前達の物であり、何をしようと自由だ。……だが、その自由には責任が伴う事を分かっていない歳でもないだろう?」

 

 言いつつ一歩一歩、俺達の方へと歩んでくる千冬姉。その姿に千冬姉のテーマソングでもある『例の暗黒卿のテーマ』が脳内で流れだし、俺達の恐怖を一層助長する。

 

「ラウラ。貴様の持っているそのマイク……渡してもらおうか。当然記録媒体ごと。昔から意外と几帳面でマジメだったお前のことだ。私たちの会話を録音していたのだろう? そのデータは絶版にする。寄越せ」

「えっ、いえ、そのようなここっ、事はありません! 気のせいであります!」

「ラウラァ!」

「申し訳ありませんでしたーッ!!」

 

 千冬姉の怒号に敬礼したまま硬直するラウラ。その姿に一度フンと鼻を鳴らして、残りの鈴、シャル、セシリアに千冬姉は獲物を定めた。

 

「石動。そのまま二人は捕らえておけ。ラウラ。逃げてもいいが、その時は石動に頼んで特別な豆でコーヒーを作ってもらうとしよう。後の者は…………私がやる」

「かしこまり! お任せくださいよ織斑先生~! あ、ボーデヴィッヒ逃げろ! 俺コピ・ルアック買いたいからさ!」

「……………………」

 

 らうらからのへんじがない。あまりのきょうふにきぜつしているようだ。それもそうだよな……俺だってあんなふうに千冬姉に睨まれたら気絶もするわ。そんな事を考えた瞬間。

 

「じゃあ一夏、箒ちゃん! 二人の事は忘れないよ!!」

「ごめんあそばせ! 日本では『命あっての物種』と言うそうですわ!」

「そう言う訳だからゴメン二人とも! アタシだって死にたくないしー!」

 

 残された三人が一斉に駆け出す。それも示し合わせたかのように三人別々の方向に。完全に逃げ延びる気満々なムーブ。あっという間に人ごみの中に姿を消した彼女達の後姿を見て、千冬姉は慌てるでも悔しがるでも無く、むしろ品定めするかのように笑った。

 

「追いかけっこか……面白い。私から逃げ延びようなどと、二万年早いという事を教えてやる……!」

 

 言って駆け出す千冬姉。その速度は正に韋駄天の如くで、本当に文字通りの一瞬でその姿を俺達は見失った。やっぱ、千冬姉やべえな。俺、石動先生にさっさと捕まってよかったかも。そんな風に思って心中で胸をなでおろす。

 

「うお~すっげえな……。一夏、篠ノ之、お前ら俺に捕まったのは幸運だったぜ。間違いねえよ」

「はい……」

「そっすね……」

 

 引きつった笑みの石動先生に、俺達は冷や汗を垂らしながら答える。皆、頼む。できるだけ長生きしてくれ……! 既に虜囚となり、運命を握られてしまった俺にはただ、そうやって皆の無事を祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな俺のささやかな願いもむなしく、カップラーメンが出来上がるほどの時間も逃げ延びられなかった三人を引きずりながら千冬姉が戻ってくる。

 

 そして余り人の居ないフードコートまで連行された後、俺達はたっぷりと千冬姉のあり難い説教を頂く事になったのでした。とほほ。もう勘違いはこりごりだぜ……!




高校野球の惑星に強制転移されビルドの無い日曜日に苦悶していた自分でしたがルパパトの映画もビルドの映画も本当に最高だったおかげで一命を取り止めました。エボルトも本当にエボルトでよかった(語彙力を失った感想)
ただ、上映開始日に見に行ったのに恐くてパンフ付属のメイキングDVDもまだ見れてない……平ジェネファイナルのパンフ付属DVD見た時みたいに何も手につかなくなる可能性があったから……これから見るので次はもっと遅れるかも。
いや、ほんと凄かったのでまだ見てない人はお盆休みを活用して映画館に急ぎましょう! 自分が見たかったのはああ言う祭りなんだよォ!(カシラ)って感じでしたもん。

次回は臨海学校編に入れると思います。(エボルトの)笑顔に満ち溢れた世界の為に展開考えなきゃ……。



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