75300UA行く前に投稿したかったけど……最新話見てそんなテンション保てるはずがなかった。
感想お気に入り評価誤字報告、いつもありがとうございます。
「見えた! ついに来たわね!」
「海だ――――!!」
「きれーい!」
バスがトンネルを抜けた瞬間、多くの生徒達が
IS学園1年生にとって夏最大のイベントである臨海学校の初日は、幸運にもこれ以上ない晴天に恵まれていた。穏やかに輝く海の波間はまさしくこの来訪者達を歓迎しているようだ。その姿に生徒達は既に半分リゾート気分か、1日目の自由時間をどう過ごすかに会話の花を咲かせている。
呑気なもんだぜ。一応授業で来てるっての忘れてないか? ……っても、どうせ本来の目的であるIS装備の稼働試験は2日目以降にたっぷり時間がとってあるし、初日に羽目を外しておくのも分からんでもない。だが、ちと緊張感がない気がするぜ。
「あたしはパース。さゆかの番だよー」
一方俺はきゃいきゃいと騒ぐ前方の皆とは無関係と言わんばかりに、バスの最後部座席で周囲の生徒と剣呑な視線を交わし合い、輝く海には不釣り合いな殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
「ちょっと待って!? ハートの6が出てないじゃん! パス! ……
「違うし! 石動先生だし! 観念して早く出して下さいよ……! 手の内に(ハートの6が)見える見える」
「そのような事実は……ございません」
「石動先生って勝負事になると途端に性格悪くなるよね~」
「そう言う
「そのような事実はございませーん」
「パクんな!」
「えーでも今日のラッキーアイテムはクローバーだし石動先生は次パスしたらゲームオーバーだし」
「なんだよ~、お前、俺に何か恨みでもあるのか~?」
「え? 無いです。でも勝負の世界は厳しいって事で一つ!」
「くっそ、もってけドロボー! お望みのハートの6だ!」
「いぇーい、やったね」
「やっぱ石動先生じゃん! 信用ならねぇ~!」
俺は
……しかしまずいな。今の俺の手札はクローバーの大きい数字にひどく偏っている。鏡の奴がクローバーの8をせき止めている以上遅かれ早かれ俺は出せる札が無くなっちまう。そうなればパスを使い切った俺に残されたのは敗北の二文字しかねえ! 幾ら運に左右されるゲームとは言え、この俺がこんな小娘共に辛酸を舐めさせられると言うのか……!?
「石動先生。そろそろ目的地に到着なので戻ってきてくださ~い」
「はいはい山田ちゃん! 今行くぜ!」
「あっ石動先生が逃げる! 卑怯者~!」
「ひきょうもの~!」
「逃げじゃねーよ! 夜にまた相手してやるから覚悟しとけ!」
山田ちゃんの呼び声にこれ幸いと、俺は決断的に席を立った。そこに恨み言を浴びせる三人に指を向けて宣戦布告してから、揺れるバスの中足元に気をつけつつ自分の本来の席である最前列まで戻ってゆく。
途中で何人かの女子にあちこち引っ張られる一夏と目が合ったが、無視。悪いな一夏、本当は助けてやりたい所だがチンタラしてお前の姉上に頭かち割られたくはねえのだよ。そんな後ろ髪を引かれるような思いを感じつつ席へと戻った俺に、織斑千冬が咎めるように声をかけて来た。
「戻ったか石動。生徒と仲良くするのはいいが、余り羽目を外し過ぎるなよ?」
「解ってますよぉ~。今回の臨海学校ではビシッと! ビシッとやらせていただく所存でございます」
「フン、口では何とでも言えるな…………さて、そろそろいいか。お前達! もうじき目的地に着く! 皆席に戻って降りる準備をしておけ。バスにゴミなど残していったら承知せんぞ!」
織斑千冬の一喝に、生徒が皆静まり返って自分の席の周りをチェックしだす。正に鶴の一声ってとこか、やはりこの1年1組の頂点に立つのはこの女だな。しかし臨海学校か……今回の大目的であるIS装備稼働試験はきっちりとスケジュールが決まっちまってるし、とりあえずは初日、一夏に好意を向ける奴らを上手い事煽って楽しむとするか。どいつもこいつも一夏の奴に晴れ姿を見てもらおうと気合入れてるみたいだしな。俺はコーヒーでも飲みながらビーチから高みの見物と洒落込もう。
「さあて、今回はどんな面白い事が起きてくれるのやら……」
「石動先生。何かにつけてトラブルを期待するのは教師としてどうかと思いますよ」
薄笑いを浮かべた俺のつぶやきを捉えていたか、山田ちゃんが呆れたような顔をして注意してくる。まあ教師としては、万事うまく行くことを願うのが当たり前なんだろうが……俺が必死こいた所で一夏達が何かやらかしそうだしなあ。どうせトラブルが起きるなら、楽しむ側に回りたいのが人間心理という奴じゃあないか?
――何もなければスタークとして襲撃かけるのもアリかと思ったが、流石にこの数のISを一人で相手取るのは御免被りたい。一夏、オルコット、
そう心の中で今回の行動方針を再確認して、俺は山田ちゃんに誤魔化すような笑みを向けた。
「こりゃ失礼。でもまあ、今までのイベントはどれもこれも乱入食らって潰れちまったからなあ……今回はそう言うのじゃなくて、もっと穏便なトラブルで済めばいいなあと思って」
「いや、トラブルが起きないのがベストなんですけどね……でも今年は……うーん……」
深刻な顔で黙りこくってしまう山田ちゃん。分かるぜ。このクラスには既に信頼できるほどの『実績』があるからな。俺がやった襲撃みたいなアクシデントを除いたって、日常的に何かしらのトラブルが起きてるし。
「ま、そんなことより折角海に来たんだ。程々に肩の力抜いて、俺達も楽しんでいきましょうや。あ、山田先生相変わらず肩凝ってます? また肩揉んであげましょっか」
「…………後でお願いしてもいいですか?」
「腕によりをかけてやりますんで期待して……あ、あの建物がそうですかね?」
言って外を眺めれば、これから3日間世話になる<
◆
「ああ、山田先生。荷物持ちますよ」
「あっ、どうも石動先生、助かります」
バスから降りた俺達は各自荷物を持ち、花月荘の女将である
実際、信頼を得るにはこう言う日常の小さな積み重ねが大事なのさ。これであんまり俺を当てにされるようになっちゃあ迷惑なんだが、山田ちゃんは控えめで謙虚な女だ。そう言う事はこっちから言い出さない限り無いだろう。しかしそこそこの重さだな、一体何入れてるんだか……女という奴はよく分からん。
手に取ったスポーツバッグの想定外の重さにちょっと顔を
「…………なんすか?」
「私の荷物は持ってくれないのか?」
「俺、釈迦に説法する趣味が無いのと同じで、力持ちの人の荷物を持ってあげるほど物好きじゃグワーッ!」
最後まで言い切る前に、俺の口は投げつけられたバッグによって顔面ごと塞がれてしまった。IS用装備を投げるようなパワーを生身の人間に向けるんじゃないよ……まったく勘弁してほしいもんだぜ。俺はどうにか山田ちゃんの荷物を取り落とさぬように顔から零れ落ちるバッグをキャッチすると、織斑千冬に
「暴力反対っす~織斑先生。つか荷物投げてよかったんすか? 俺のせいで何か壊れたとか言われても困るんですけど」
「そういう貴重品は別のバッグだ。安心してくれていい」
「そもそも人の顔面に向けてバッグ投げるのがどうかと思いますがね……」
そんな俺の恨み言は奴にはこれっぽっちも響かなかったようで、奴は普段の様に腕を組んで憮然そうな表情をするばかりだ。相変わらず人の話を聞かないんだか、そも聞くつもりが無いんだか。結局先日のショッピングモールで俺が内心を明かした後も、織斑千冬が俺に対する警戒を解く事はなかった。この女の俺に対する警戒は理屈や心情的なものでは無いのかもしれん。出来れば、この臨海学校の間は別行動させてもらえるといいんだが。
「そういやあ、結局俺の部屋ってどうなるんですかね? 結局今になっても教えて貰えなかって無いんすけど」
「それは……丁度いい。織斑! 来い。少し話がある」
「えっ、おっとのほほんさん、そんじゃ俺行くから!」
「はーい。おりむーじゃ~ね~」
見れば、また女生徒と話し込んでいた一夏が駆け足でこちらに向かってくる。本当に人気だな、うらやましくは無えけど。しかし、このタイミングで一夏を呼ぶって事は……まぁ、俺と一夏で相部屋だな。当たり前か、男は俺達二人だけなんだし。
「これからお前達を部屋に案内する。石動、山田先生に荷物を返しておけ」
「りょーかい。山田先生、悪いけど……」
「ええ、これくらい大丈夫です。いいお部屋だといいですね」
「くぅ~っ、織斑先生にイジメられた後の山田ちゃんのやさしさ、滲みるわぁ~痛ぁ!」
突然の衝撃を後頭部に感じて蹲れば、眉間に皺を寄せた織斑千冬がチョップの形にした片手を振り抜いていた。その後ろで一夏が口元を押さえて笑いを堪えている。この野郎、部屋では覚えてやがれ。
「石動、ふざけていられる程我々は暇じゃあない。我々には生徒達を監督する義務がある。海と言う、皆が慣れない環境なら
「はぁ~、結局そうなんのね……」
「何を言う。アレだけ体力が落ちていることを嘆いていたお前に座っているだけでもいい仕事を用意してやったんだ。私のやさしさが滲みるだろう?」
「それ自分で言っちゃあダメだと思うんすけど……」
「いいから付いて来い。行くぞ」
俺の
旅館の中は、その年季の入った外観に比べて随分と綺麗に整えられた内装で、正直俺は驚きを隠せなかった。最近改修でもしたのだろうか、元々の時代を感じる建物部分と真新しい床や調度品、エアコンなどの最新設備が一種の調和を生んでおり、正に歴史ある旅館と言って相違無い佇まいと言えるだろう。
「あっ、千冬様! あと一夏くんに石動先生、おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「織斑先生。砂浜に先行した
「分かった。そろそろ生徒の第一波が向かうと伝えて置いてくれ」
目的の部屋に向かう途中、織斑千冬が多くの生徒達や随伴の教員とすれ違いざまに挨拶や情報交換をするのを眺めながら、俺達は廊下を通り過ぎて行った。しかし、外から見るよりも随分と広く感じるな。貸し切りとは言え、流石は100人を軽く超える4クラス分の生徒達を収容できる施設ってとこか。
そんな事を考えていれば、生徒達の部屋がある一角から少し離れた場所で織斑千冬が立ち止まった。そして懐から鍵を取り出してドアを開け、中へ入るように顎で示す。促されるまま俺達が部屋に入ると、目の前にはまさしく高級旅館の一室が広がっていた。広々とした畳張りの和室に、奥側の壁は一面窓張りになっていて、さぞ良い景色なのだろうと思えば、実際眼下に広がる海を一望できる。
「いい部屋っすねぇ~! 俺達だけで泊まるのがもったいねえくらいだ!」
「すっげー! 石動先生海見えますよ海!」
「ヒャッホホヒャッホイ!! 海だ――――! おっ、砂浜で遊んでんのあれウチの生徒じゃあねえか!? 随分と動きの早い奴も居るもんだ!」
「マジっすか!? 俺らも早く行きましょうよ! 久々に泳ぎたくなって来るぜ!」
「よぉーし一夏! どっちが海に早く行けるか勝負すっか!」
「負けねえっすよ先生!」
「おい」
はしゃいでいた俺と一夏が、織斑千冬のドスの効いた声に動きを止める。そんな俺達を見て織斑千冬はこれ見よがしに溜息をつき、呆れたような顔で自分も部屋に足を踏み入れた。
「貴様ら、ここに来るまでに随分と気苦労が絶えなかったようだが、実際到着して見ればその騒ぎ様、まったく元気な奴ら……いや、現金な奴らか」
「おお、織斑先生今のは上手いっすねえ……って、あれ?」
そんなことを言いつつ自身の荷物を部屋の隅へ放る織斑千冬を見て、俺は
「何で織斑先生が荷物置いてんすか? ここ、俺と一夏の部屋でしょ?」
「ああ。ここは確かにお前達の部屋だ。だが同時にこの私の部屋でもある」
「えっ」
「えっ!? 千冬姉と一緒の痛だーッ!」
「一応今も授業中だ、織斑先生と呼ぶように」
「すんません……」
「し、しかし何でまた? 織斑と二人ならともかく、俺と一緒って言うのはマズくないんですかね……いろいろと」
口を滑らせてチョップを受けて痛がる一夏を尻目に、俺は嫌な汗を浮かべながら織斑千冬に問いかける。冗談じゃない。こんな所でまでこの女と一緒に生活せにゃあならんとは正直拷問と言ってもいい。せめてのんびりさせてはくれんかなあ。
「本来ならばお前達二人の部屋になる予定だったのだが、それだと事あるごとに女子が押しかけてしまうだろうからな。結果として私が同室になるのが最善と判断され、こうして私もお前達と寝食を共にせねばばならなくなったと言う訳だ」
「えっ流石に飯は別だ……ですよね?」
「……言葉の綾という奴だ、織斑。石動がもっと信頼置ける人間ならこんな事も無かったんだがな」
「そんなぁ~。俺が一夏をきっちり守ってやるのでご安心してくださいよ~! だから織斑先生は、今からでも山田先生と同室に移ってもらって構いませんよ!」
俺が手を広げて満面の笑みで心配ない事をアピールする。だが、織斑千冬は白々しいと言わんばかりの眼で俺を見て、一つ溜息を吐いてから言った。
「お前、夜に自分から生徒の部屋に行こうと話していただろう。そう言う所だぞ」
「アッハイ。申し開きもございません」
「……と言う訳で、私は事実上の護衛だ。そうと知れれば、女子達も無暗にこの部屋には近づかんだろう」
「そいつは確かに。無暗にこの部屋に来ても『
「誰が鬼だ……」
呆れたように首を振る織斑千冬に、俺は思わず防御姿勢を取る。が、危惧した一撃が飛んでくることは無く、代わりに飛んできたのは織斑千冬のお小言だった。
「ハァ……それよりもさっさと荷物を置け石動。到着したらすぐに会議があるのを忘れたか? 織斑、お前はもう自由時間だ。荷物を置いたら海にでも行くといい。更衣室は別館だからな、ここで着替えるなよ」
「織斑先生は泳がないんですか?」
「会議が終わったら私も少しは海に行くさ……折角水着も新調したしな。さあ、山田先生が来る前に行くぞ石動」
「へいへい」
「返事は一度だ」
「はい!」
織斑千冬に景気よく返事を返して一夏に小さく手を振ってから、俺は織斑千冬の後を追って部屋を出る。会議ねえ。ま、円滑な行事進行の為に必要不可欠なんだが……実際目の前にすると、あれだけ行くのが
「まあ、さっさと終わらせて俺たちも海行きましょうか。織斑先生の水着を生徒達が待ってますぜ」
そう笑いかけると、らしく無く織斑千冬も口角を上げ、どこか楽し気に俺の顔を振り返って笑った。
「フッ、だがしかし、私や一夏ではなく、お前目当ての生徒もいるかもしれんぞ?」
「俺のォ? またまた~!」
「一応、お前も男だからな……年上趣味の生徒もゼロではないだろう」
「そんなもんすかねぇ? 俺に惚れる奴の気が知れませんが」
「全くもって同感だ。お前のような奴のどこがいいのやら」
「…………泣きますよ?」
「ハハハ、冗談だ。さ、言ってないで急ぐぞ」
「まったく酷いお人だぜ……」
頭の後ろで手を組んだ俺は、苦笑いしながら織斑千冬の後を追う。この女は警戒対象だが、最近はこう言ったコミュニケーションが出来るようになって来たのはいい傾向だ。
……人間、頭で分かっていても、どうしても心がそれに従わない場合がある。俺の裏切りを知った時の
そんな事になるのは何時の事か、まだまだ見えては来ねえが……一夏や篠ノ之がどんな顔をするのか想像するくらいには楽しみではある。しかし、この世界での人生は俺個人としては実に楽しいものなんだが、それにしたってハザードレベルの回復が遅々としすぎているな……。
今の俺のハザードレベルは4.8ってとこだ。感情が昂ればハザードレベル5.0を超える所までは来ている。だが、そこでエボルドライバーを使用したとして、感情が収まり、ハザードレベルが落ち付いた瞬間にどうなるかと言うのは試したことがない。
本来の俺にハザードレベルの揺らぎなんて無かったからなあ……ったく。戦兎め、別世界に飛ばされてなお、お前が一番厄介な奴だよ。
そう、また戦兎への評価を更に引き上げた所で、ぱたぱたとサンダルを鳴らして走ってくる山田ちゃんの姿を俺達は捉えた。相変わらず必死で実に良い。織斑千冬は山田ちゃんの爪の垢を煎じて飲んでみたら面白いんじゃあねえか?
「織斑先生! 石動先生! ふう……もう来てらしたんですね! ちょうど今呼びに行こうと思った所で……」
「少し遅れたか? すまない、山田先生」
「いえいえ! 先生方の部屋だけちょっと遠かったですから!」
「もう皆集まっちゃってんのかい?」
「えっと、そうですね……」
バツが悪そうな山田ちゃんの顔を見て、俺は自分達が会議に遅れている事を悟った。……ま、のんびりしてたし仕方無え事だな。俺にとっちゃ会議なんてこれっぽっちも重要じゃあねえし、どうせスケジュールの再確認とかで終わっちまうんだろ? ……そう考えるとますます行きたくなくなって来た。だがまあ、会議くらいきっちり仕事させてもらって、後腐れ無く海行くのがいいかもなあ……。
「じゃ、こんな所で話してないで急ぎますか。フランシィ先生辺りにまた睨まれちまう」
「そうだな。急ぐぞ、二人とも」
「あっ、はい!」
織斑千冬に急かされ、俺達は歩く速度を上げる。しかし、考え事しながら歩いていた内に随分と会議の部屋に近づいてはいた様で、直にその部屋の扉が目前に見えてきた。あーあ。『まぁた石動か……』みたいな目で見られんのかな。そろそろ普段の事務仕事の態度の改善も考えるか。何せ今でも本当に嫌々やってるからなあ……人間ってのはどうしてああ言う規範やルールやらに拘るのか。俺にはそう言う決まり事が人間自身のエゴを表に出す邪魔になっているようにしか思えない。折角豊かな感情を生まれ持ったんだから、そのままの自分に素直に生きりゃあいいのに……ん?
「なんだ? この音」
「どうした?」
「いや、何か聞こえ無えですか? 何かが飛んでくるような、きぃぃぃんって……」
次の瞬間、ずどーん、と。何かが落ちて来たような轟音と地震じみた振動。その威力に、俺と山田ちゃんは思わず跳ねあがった。
「何だァ!? 隕石か何かかぁーっ!?」
「――――石動、来い! 真耶! お前は皆と会議の場で待機、私からの連絡を待て!」
「えっ!? あ、はいぃ!?」
「えっちょっ俺も!?」
「いいから来い!」
「アイアイキャップ!」
突如全力疾走を始めた織斑千冬に、俺は必死こいて追いすがる。一体何だ!? また篠ノ之束の無人ISか!? あるいは、まさかまさかの<
「畜生め! 空気って奴を読みやがれよ! ってか待って下せえ!」
俺もこの体の全力を使って駆けているが、織斑千冬の速度は今まで見た人間の中でも群を抜いていた。どう言う脚力だ! 生身の人間が出していい速度じゃあねえぞ! くっそ、いつかその遺伝子、隅から隅まで調べ上げてやるからな……! 俺はその背中を半ば見失いそうになりつつ玄関の広間を抜け、別館へ向かう道へと滑り込む。奴は右に入ったか、もう先程轟音がした場所は目の前の筈……!
「うわっとぉ!? とっとっとっとぉ!?」
角を曲がっていきなり眼前に現れた織斑千冬の背中に追突し掛けた俺は、咄嗟に横の茂みに飛び込んで転がる羽目になった。
「痛ってぇ~……急に止まんないでくださいよ……!」
全身に引っかかった草葉を払いながら、俺は織斑千冬に向かって愚痴る。あーあ。お気に入りの一張羅が……ビルドの世界で着てたのと同じデザインの奴、探すのに苦労したんだぞ……! しかし、織斑千冬は何の反応も見せない。一体何があったってんだ? 俺は不思議がって奴の後ろから身を乗り出すと、そこにあったのはまったく予想だにしない物だった。
「…………ニンジン?」
それは、ニンジンと言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、色鮮やかで、そして大雑把過ぎた。だがそれは確かにニンジンだった。まるで童話に出てくるような、人一人収まるほどのサイズの巨大なニンジンを模した存在が、俺と織斑千冬の前に確かに突き刺さっていたのだ。
「……なんだこいつは。本物……じゃあねえよなぁ。ったく、何処のどいつだァ? こんな、訳わからんモン作りやがったのは……」
俺はそのニンジンをペタペタと触りながら余りに唖然として、心中の声をそのまま呟いて慌てて口をつぐんだ。危ねえ危ねえ、今
そんな事を考えたのは一瞬。俺は織斑千冬の存在を思い出す。尻尾を掴まれちゃあいないかと慌てて振り向いてみれば、奴もまた、口元に手をやって何やらぶつぶつと考え込んでいるようだった。
「……まさか、アイツが来たのか? しかしこんな派手なやり方で……いや、奴ならやりかねん。また真正面から規則を破って、一体何をしに来たと言うんだ……」
「織斑せんせーい? もしもーし?」
俺が声をかけると織斑千冬は弾かれたように顔を上げ、何か見られたくないモノでも見られてしまったかのように眼を泳がせる。何だよその反応……って、あ、そうか、そう言う事ね。俺は奴のその態度にこのニンジンをここに突き刺した――――否、ニンジンに
「……どうします?」
「ああ……そうだな…………この件は私に任せてくれ。お前も何となく察しがついているかもしれんが、確定するまでは他言無用だ」
織斑千冬はそう言って、うんざりするかの様に自身の額を手で押さえた。分かるぜ~その気持ち。俺も興奮した戦兎に発明品の実験台にされそうになった事は数知れねえからな……天才のお守りってのは本当に疲れるもんだ、心から同情するぜ。
「とりあえず戻るぞ。……皆にどう説明したものか」
「あーあ、やだやだ。本格的に海が恋しくなって来たぁ~!」
「……珍しく意見が合ったな。私も海で年甲斐も無くはしゃぎたいよ」
「はっはっは……」
「ふっ……」
俺と織斑千冬は向かい合ってぞんざいに笑った後、二人並んで溜息を付いて、山田ちゃん以下教員たちが待機している部屋へと重々しい足取りで歩き始めた。困ったもんだ。俺が望んでたのはこう言うトラブルじゃあねえんだよなあ……。そう思って俺はがっくりと
そう諦めきった俺は織斑千冬と揃ってどんよりしながら、皆の待つ会議場所へと戻って行った。
◆
「よっこらせっ、と……」
肉体の実年齢に見合った掛け声でパラソルの陰になったレジャーシートの上に座り込んだ俺の前には、見渡す限りの大海原が広がっていた。きらきらと波間に太陽の光が反射し、
「はぁーっ……!」
やっぱ地球の飲み物ではコーヒーが一番だと思うが、こう言う場にはさわやかな奴も悪く無いもんだ。この炭酸という奴を初めて飲んだ時は随分と面食らったもんだが、今ではそれを楽しめる程に俺は地球に慣れ切っている。そう言えば戦兎の奴が作った<スパークリング>も炭酸をイメージした装備だったが、アレもなかなかに強烈だったな……。
あの時の戦兎の必死っぷりを思い出してちょっと笑った俺が砂浜を見渡すと、一夏の奴がデュノアと組んで3対2のビーチバレー対決を行っていた。……3人の方、一人きぐるみ着てないか――――って、だから一夏達の方が一人少ないのか。あいつは確か生徒会の
「あーっ! いっち~ノーコン~!」
「うおっ、やっべやっべ! ちょっと取ってくる!」
見れば一夏の奴がサーブをミスって、ボールは海の中へ真っ逆さま。布仏に煽られて焦った一夏は慌てて海に飛び込んだ。オイオイ、大丈夫か? クラゲとかは居ないって聞いてるが、足を
「石動先生、泳がないので?」
「あら、篠ノ之かぁ~。俺はパス! この年になると筋肉痛が明日、明後日に来るんでなあ。二、三日目の方が忙しくなるの分かってるのに暴れられねえよ」
「……大変ですね」
けたけた笑う俺に篠ノ之は苦笑いを返すと、誰かを探すように――――いや、訂正。一夏を探して視線をきょろきょろとさせ始めた。その様子があんまりわかりやすいもんで、俺はまたくっくっと喉を鳴らす。
「一夏なら海の中だぜ。ビーチバレーしてたらしいが、ボールが明後日の方に行っちまってよ」
「ああ……成程」
納得したような顔の篠ノ之は、今の内と思ったか自身の水着をチェックし始めた。普段の訓練の甲斐あってか、程々に筋肉の付いた健康的な肢体に白いビキニが良く似合っているとは思う。だが、俺に人間の美的感覚など望むべくもない。あくまでこの宿主の体の脳から引き出した記憶に基づいての考え方だ。そうとはおくびにも出さず、俺はその姿を見て朗らかに笑った。
「俺は似合ってると思うぜ? ほれ、早く一夏に見せに行ってやれよ。アイツだって幼馴染の水着は楽しみだろうしな」
「本当ですか!?」
「お、おう」
うおっ、食い付きがすげえな……。恋する乙女ってのはこんなもんなのかね……? 俺はちょっと苦笑いを零して、目を輝かせた篠ノ之を肯定してやる。その時、一夏がボールを掲げて波間から現れるのが見えた。
「あった! あったぜ! 無くなったかと思ってヒヤッとしたぜ……!」
そう脇にボールを抱えてざばざばと陸に上がってくる一夏を見て、篠ノ之の体が緊張に固まる。そんな奴を見かねて、俺はその背をちょっとだけ押してやった。
「石動先生……?」
「ほれ、頑張ってこいよ。そのために準備してきたんじゃあねえのか?」
「はっ……はい!」
俺の励ましに心を決めたか、踏み出そうとする篠ノ之。だがその足は何人もの女子が横を通り過ぎた事で咄嗟に止められてしまった。
「居た! 一夏くーん! 私の水着どう!?」
「わっ、一夏くんの体……腹筋割れてない? 触らなきゃ……!」
「ちょっと抜け駆けしないでよ! 一夏くん私の水着を見て! 今年の最新モデルなんだけど!」
「一夏くん一夏くん! さっきセッシーにやってたみたいに私にもオイル塗ってよ!」
「待ちなさい! ここはこの『7月のサマーデビル』こと……」
「お邪魔ァ! ああ、もう我慢できぬ……! 間違いを起こすっきゃない!」
海に膝上まで浸かった一夏の前に立ちふさがる女子、女子、女子。さっきまで静かだったのにどっから現れたんだか。お陰で、遠慮でもしているのか篠ノ之は申し訳なさそうに俯いてしまっている。あーあ、折角勇気を出したってのに……しょうがねえ、ここは師匠として一肌脱いでやるとするか!
「篠ノ之ぉ~」
「あっ……えっと、何です、石動先生」
「動くなよォ……!?」
「えっ……きゃあっ!?」
俺は困惑する篠ノ之をダンベルめいて担ぎ上げると、コメディアンじみた大股で一夏の元へと走り出した。
「たっ、高い! 降ろして下さい先生! 一体何をするつもりですか!?」
「安心しろ篠ノ之! お前は一夏の胸に飛び込むことだけを考えてな!」
「一夏の胸に……!? って、まさか!?」
そのまさかだ! 恋愛と言う奴への理解は正直浅い自覚はあるが、俺なりに考えてみても一夏は相当な
俺はブラッドスタークとして培ったバランス感覚を以って万一にも篠ノ之を落とさぬよう注意しつつ、波打ち際で一夏を待ち構える女子達をかき分け、ついにその眼前に迫る。
「げっ!? 石動先生だ!」
「そういん退避~!」
「わあっ!? 何その勢い!?」
「いや何だ何だって……石動先生! それに箒!?」
「俺からのプレゼントだ、しっかり受け止めてやれよ一夏ァ!」
「えっ、ちょっ、まっ」
「オールルァ!」
<スクラッシュドライバー>のそれに似た掛け声を上げながら、俺は一夏目掛けて篠ノ之を程々の威力になるように放り投げた。
「きゃーっ!?」
「うぉあーっ!?!?」
どっぽーん。そんなどこか間の抜けた音と共に海中に消える二人。やっぱ思うに、物理的距離が大事なんじゃあないか、こういうのは?
「ちょっと石動先生! 何してるんですか~!」
「一夏くんが海に沈んじゃった!」
「平気平気! じきに出てくるさ。それに、そもそも大分浅いし、あいつらはこの程度で溺れるような奴らでもないだろ」
自画自賛していた俺に何人かの生徒達が抗議してくるが、俺は笑って二人が沈んだ場所を指し示した。すると、白い泡の中に何やら違う物が浮かんでいるのを見つけて俺はそれを掬い上げる。
「なんだこりゃあ……」
二つの白い生地とひも状の……いや、普通に布と紐で出来たそれを俺はまじまじと見つめる。その瞬間生徒達から驚愕の声が上がり、遅れてその正体に気づいた俺は大慌てでそれを放り投げた。
「ぶはあっ! ゲッホゲッホ! 石動先生……! なんて事してくれんだ……」
先に飛び出したのは一夏。だが、その肩には俺が先ほど放り投げた水着が引っかかっている。
「ん? こいつは……」
「ぷはっ!」
肩に引っかかった篠ノ之の水着に気づいた一夏が、先ほどの俺の様にそれをつまみあげてまじまじと見つめている所に篠ノ之が姿を現した。この後の展開を予想して、俺は自衛のため顔を逸らす。だが篠ノ之は流石に堪忍袋の緒が切れた様で、真っ赤な顔で俺の方へと詰め寄って来た。
「石動先生! 幾らなんでも強引すぎます! 流石の私も今回は――――」
「篠ノ之! ダメだ! こっち来るな! 前隠せ前!」
「前……?」
俺の慌てた声に、篠ノ之は赤い顔のまま不思議そうに一夏を振り返った。その瞬間一夏の顔が真っ赤になり、次いで一夏が持っている物が何かを理解して自分の上半身を確かめた篠ノ之が、今まで見た中でもぶっちぎりで真っ赤になった。
「うっ、うわぁぁぁぁあ――――っ!!!」
「あっ!? ちょっと待て箒!? 俺は何もしてねえ! ちょっと待ってくれ!」
パニックを起こし凄まじい速度で遠くへと泳ぎ去ってゆく篠ノ之を、一夏が必死のクロールで追う。あー、こりゃあやべえ。俺はここらでお暇しとくか……!
この惨状に身の危険を感じ取った俺は、皆の視線が向こうへ向いている間にその場から離れるべく慌てて踵を返す。だが。
「教師たるものが」
時すでに遅く。
「生徒を危険に晒すなァ――――ッ!!!」
織斑千冬渾身のドロップキックにより、俺の意識と体は海の藻屑と消える事になった。
◆
その後、織斑千冬の制裁によって重大なダメージを受けた俺は初日の残りをボロッボロのまま負傷者用の部屋で一人寂しく過ごす事となった。マジで骨が折れたかと思ったが、意外にも体への後遺症は少ない――――いや、俺は無意識の内に自身の成分を使ってダメージを受けちまった肉体部分を保持していたようだ。お陰様で明日には動けるようになるだろうが、ハザードレベルが4.7に下がっている。
あー、やっちまったな。人間の恋愛なんてよく分かってないもんに思い付きだけで対応しようとしたのは失策だった。これも人間の感情を得たからか、余りに楽しい事があると少々軽率になっちまってやがる。もっと気を使わなきゃあいかんな……後で一夏と篠ノ之には頭下げとかねえと。
気絶していた間に、もう夕食の時間も過ぎ去ってしまっている。これじゃあ噂に聞く露天風呂にも入れやしないし、鏡らと約束していた夜のリベンジマッチだって無理だろう。負け逃げとは何と言う屈辱だ。
「はぁ~~……」
俺は布団の上で、天井を眺めて溜息をつく。篠ノ之に忍耐を説いたのがずっと過去の事に思えるぜ。奴に教えた事は自分でも見直して行かなきゃならんな。人間の感情について勉強中なのは俺も同じ事なんだからよ。
そんな事を深刻ぶって考えていた時、こんこん、部屋の扉がノックされた。今この部屋には俺以外は誰もいない。「どうぞ~」と俺が言えば、戸を開いて三人の生徒が部屋に入ってきた。
「
「んーん、生死確認ですよー」
「生死確認!?」
「石動先生、織斑先生に蹴り飛ばされて木っ端みじんになったって聞いたんで」
そう言ってくすくす笑う鏡と岸原を見て、俺はげんなりといった顔になった。
「お前らなぁ……仁義はどうしたんだよ……仁義はどうしたんだよ!」
「えー? そんなものは……なぁーい!」
腕を上げ、頭の上で×マークを作った鏡に、何時だか似たような事を
「意外とお元気そうで安心しました。差し入れです」
「おおっ、この栄養ドリンクは! ビタミンC、ビタミンB、着色保存料ゼロ! 俺これ好きなんだよ~! コーヒーの次くらいにな!」
「私も走った後には飲んでるよー。何も恐れない気持ち! 立ち向かう勇気! あとは元気をフルチャージしてくれるからいいよね」
「鏡ィ~、お前なかなか分かってるじゃあねえか~!」
「ま、陸上部のたしなみって奴ですかねー」
「「はっはっはっは!」」
夜竹からシュワッと弾ける炭酸ドリンクの瓶を受け取った俺は思わず喜びの声を上げた。ついでにそのノリに乗ってきた鏡と軽くドリンク談義をして、楽しげに笑い合う。俺の体調を考慮してこのドリンクを選んでくれたならありがたい。そういや、このドリンクのCMに出てる三人、何処となく戦兎たちに似てるんだよな……。
「じゃ、始めますか」
「んん? 何するつもりだ?」
「何って、石動先生が言ってたじゃあないですか。『夜は覚悟しとけよ』って泣きながら逃げてったの覚えてますよ」
「逃げてねぇし。つか、泣いてねえし」
「いっつもすぐ『ウルっと来る』とか言ってるじゃあないですか~」
そう笑いながら言って、鏡は差し入れの袋の中からトランプのケースを取り出した。成程、負け逃げだろうが逃がしちゃくれねえって事か……!
「面白い……! 後で吠え面かくなよ……!」
「その言葉、そっくり返させていただきます」
「また7並べでいいよね? 今度は崩れたりしないし」
「おっけーおっけー。そんじゃ早速ぅ……
…………そんなこんなで、織斑千冬に食らった一撃を除けば、臨海学校の初日は割と楽しいまま終わりを告げた。明日もこれくらい楽しいといいんだが。ま、専用機持ち達の新装備もあるし、きっと実に参考になるだろう。奴らの実力を正確に理解し続ける事は俺のこの世界での生活において大きな意味がある。全く……明日が楽しみだぜ。
だが、俺はすっかり忘れていた。不穏な<天災>の影の事を。実際意識的に目を逸らしていただけで、織斑千冬さえ
初ラッキースケベです。一度やってみたかった。
一方作者は最新話視聴後涙の海に沈んでいました。カシラ、ありがとうございました……!
あと最後のエボルトのアレ、泣きながらエボルトポイントを大量加点していました。人の心が良く分かってて完璧すぎる……!
自分も本編のようにエボルトをもっとド外道に書けるよう精進してゆきたいです。