星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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臨海学校二日目前半戦の束回(?)、約二万字です。

第一話と第八話の総合UAが一万を越えてました。
一話はともかく八話は……やっぱりみんな長台詞すきですね?

感想評価お気に入り、誤字報告などしていただけて嬉しいです。
いつもありがとうございます。


ディザスターと呼ばれた女

 臨海学校二日目。時は既に集合時間の五分前。今日は昨日の大騒ぎが嘘のように、朝から陽が沈む直前までみっちりとIS装備の稼働試験を行うことになっている。その為、昨晩の内に搬入された訓練用ISやその装備、専用機持ちのため各国から集められた新型の専用パーツがずらりと砂浜に並べられていた。その姿は正に壮観と言ってもいい。実際、ここにある戦力だけでヘタすりゃ国を滅ぼしかねない程だ。その兵器たちの性能には俺も実に興味がある。出来れば一刻も早く調べたい所だ。だが――――

 

「すまねえ二人とも! 昨日は俺が悪かった!!」

 

 ――――今日の俺の行動は、まず一夏と篠ノ之を探し出して土下座する所から始まった。我ながら情けないとも思う。しかし、こんな事で今まで培ってきた信用を失うわけにもいかず、実際の所かなり必死だ。そんな俺を見て一夏と篠ノ之は困ったように顔を見合わせてから問いただすような顔で俺の事を見下ろして来た。

 

「……石動先生。ホントに反省しておられますか?」

「ああ! 今回は本気で反省してる。これ貸し(いち)にしといてくれ! 今後、何かあれば俺に出来る事は何でもするぜ!」

「えっ、石動先生今何でもって」

「俺に出来る範囲でな! ……いや、本気ですまなかった」

 

 言って再び額を砂浜に埋める俺に二人はどうにもいたたまれなくなった様で、俺の事を(おもんばか)ってか、しゃがみ込んで困惑を残しながらも、優し気に声をかけてくる。

 

「……あー、石動先生も、俺らと海を楽しみたかったんですよね? 箒のアレも一応事故だとは思うし……鈴やセシリアとかに訳わからず攻撃される事は良くあるしな……」

「石動先生、顔を上げてください。確かに……いや、かなり許せない事ではありますが、石動先生の事です。何か深い考えがあっての事でしょう……」

 

 悪いなあ、俺、何にも考えてなかったよ。篠ノ之束(他人)の事言えねえな。

 

「うう……一夏、篠ノ之! お前らは何ていい奴らなんだ~~!!」

 

 胸中の想いなどおくびに出さず、俺はまるで宗教画を目にした敬虔な信者の如く二人の前にひざまづいた。その様子を見た篠ノ之は目茶目茶にやりづらそうだ。傍目にもどう対応していいか考えあぐねているのが分かる。

 

「あーっ! 焼き土下座だ! いっちー達がそーいっちー先生を灼熱の砂浜の上で焼き土下座させてる~!」

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 声の聞こえて来た方向に目を向ければ、布仏(のほとけ)が一夏と篠ノ之に向けて指を向けて叫んでいた。まあ、確かに見る人が見たらそう思える構図だ。だがしかし、お前は昨日あの場に居ただろう。そんな事言ったら、現場に居なかった生徒達にまで事情が歪んで伝わるだろうに。何も考えてねえのか、そう言う所を楽しんでいるのか……人の事は言えねえか。

 

 ちなみに、まだ朝早くで砂はそれほど熱を持ってはいない。寧ろひんやりとして心地いい位だ。まあ、だからと言って好き好んで土下座するほど俺は物好きではないが。

 

「ちっ、違うぜのほほんさん! こりゃ昨日の償いと言うか、石動先生が自主的にと言うか……!」

「一夏さん達……まさか石動先生を自主的に土下座させるほど追いつめておられたなんて……(わたくし)、ちょっと恐怖しましたわ……」

「セシリア!? 断じて違うぞ! 我々は石動先生を追いつめてなどいない!」

 

 一夏が慌てて俺を土下座させたという誤解を解こうとするが、何処から現れたのか、事情を知らぬらしきオルコットの援()射撃によって篠ノ之まで慌てふためいて否定する羽目になっている。ったく、ここは当然フォローするのが大人ってもんだろう。

 

「布仏、オルコットぉ。今回は俺のマジなミスだ。あんまり茶化すんじゃないやい」

「うー、先生ごめんなさい~」

「えっ私もですの!? 茶化してなど無いのですが!」

 

 緩い雰囲気のままに頭を下げ謝る布仏と対照的に慌てふためくオルコットを見て、俺はまた人間の個性と言う物に大いに面白みと言う物を感じていた。嘗て俺が見たライダー達……戦兎(せんと)万丈(ばんじょう)猿渡(さわたり)幻徳(げんとく)、そして内海(うつみ)。奴らも色とりどりの宝石のように個性豊かで、遊び甲斐のある奴らだったな。この世界で見た人間達も、誰も彼もが個性豊かだ。やはり、これだから人間は面白い。

 

 だが、強さと言う点で見れば奴らはまだまだ成長途中の子供だ。流石に織斑千冬だけでは楽しみきれるとは思えんし、飽きでも来た日にはうっかり地球を滅ぼしかねない。早く一夏や篠ノ之、専用機持ちの生徒達を俺の遊び相手が出来る程度には育て上げないとな……。

 

 ま、<仮面ライダーエボル>への変身条件もまだまだ満たせていないのが現状だ。結局はのんびりやって行くしかない。焦る必要も一切無いしな。俺の正体を知ろうとしているのは現状織斑千冬だけだし、<ブラッド>を追っているのは篠ノ之束くらいだ。<スターク>……いや、<ブラッドスターク>についての情報も一夏や篠ノ之、デュノアと交戦した時の証言だけ。そのあたりは、俺も奴らに直接確認したから間違いない。

 

 今の所、完全に万全で安泰だ。極端な話、このまま一教師としての仕事を全うしているだけでも構わない。だがやはり、何か保険が欲しい所だ。織斑千冬の遺伝子情報でも握って置ければいいんだが、奴にそんな隙は無いしな……なら、篠ノ之束を狙うか? 恐らくではあるが、この臨海学校は奴にとっての関心事であるらしい。今もどこかから()親友(織斑千冬)その弟(一夏)の事を見張っているはず。

 

 ……いや、織斑千冬(地上最強)と並んで<人類最高(レユニリオン)>などと称されるような女だ。頭脳だけでなく、それなりの戦闘能力を備えているはず。当然自身の為のISか、それに準じた物は持っているだろうな。いずれひどい目に遭わせるにしても、この臨海学校でこちらから牙を向くのは早計すぎるか。

 

 ならば、<亡国機業(ファントム・タスク)>あたりと接触して見るか? いやだめだ、手段が無い。宇宙飛行士と言う、最先端技術に触れる事の出来る立場であったビルドの世界の俺と違い、今の俺はただの一教師だ。ファウストのような情報網も無ければ要人とのコネクションだって無い。現に情報収集も半ば<テレビフルボトル>に頼ってるような状態だからな……。その点、コネも社会的地位もあって身体能力や知性も高く、顔もスタイルも完璧だった石動は最高の憑依先だった……。

 

「全員集合!」

 

 目前の生徒達を眺めながらそんな事を思っていれば、時間になったようで織斑千冬の声が砂浜に響き渡る。皆が遅れちゃまずいと慌てて駆ける中で、俺はそれを楽しみながら山田ちゃんの横まで歩み寄っていった。さて、今後の訓練の指標にもなる事だし、しっかりと皆の新装備を目に焼きつけるとしますかね。

 

 

 

 

 

 

「……流石に優秀だな。遅刻したのは大目に見てやろう」

 

 そう織斑千冬に告げられ、遅刻者であるボーデヴィッヒは安堵するような溜息を吐いた。

 

 いや織斑千冬もやるねえ。並の生徒にはISの<コア・ネットワーク>についての正確な説明なんか出来ない芸当だぜ? 遅刻したのがボーデヴィッヒだったからいい物の……いや、奴さんはボーデヴィッヒの元上官だったな。アイツなら答えられると踏んでのことか。惜しいな、答えられなかったらさぞ面白い事になってただろうに……。

 

 ま、ボーデヴィッヒの奴、昨日砂浜で篠ノ之と一夏が二人仲良く遠泳に行っちまった(俺のせいだ)って聞いて随分残念そうにしてたからな。お陰様で寝つきがそれほど良くなかったんだろう。可哀想な話だぜ。

 

「さて、それでは各班振り分けられた訓練機の装備確認、及び試験を行え! 専用機持ちは各自専用パーツのテストだ。キビキビ動けよ、もし明日までに終わらんようであれば置いて行くからな。以上、解散!」

 

 そんな事を思いながら笑いを堪えていると、早速、織斑千冬が皆に向けて指示を飛ばした。流石の威圧感だぜ。実際、皆先程までの浮ついた雰囲気が鳴りを潜め、相当真剣にそれぞれのISを弄っている。それじゃあ、俺も早速専用機持ちの様子を覗かせてもらいますか……。

 

「ああ。篠ノ之、それと石動。二人はちょっとこっちへ来い」

「はい」

「へ? 俺ですか?」

 

 唐突に織斑千冬に呼ばれ、俺は篠ノ之と共に奴の前に立つ。一体何だってんだ? まさか訓練機持ちの班を見ろってんじゃあ無かろうな……勘弁してくれよ。俺は専用機持ちの新パーツを見るためにここに居るんだぞ……。

 

「先日の話は覚えているな、篠ノ之」

「はい」

「例の機体、随分と時間がかかったが、ようやく完成したそうだ」

「……本当ですか!?」

「ああ、少し遅れているようだが、じき到着する。石動、お前は篠ノ之の準備を手伝ってやれ。アレだけ入れ込んでいたんだ、お前も鼻が高いだろう」

「…………すんません、何の話ですかね?」

 

 俺は勝手に話を進める二人を訝しむような眼で見つめるばかりだ。今回の臨海学校で何かあるなんてちっとも聞いて無いぞ。俺は憮然とした顔はそのままに篠ノ之の耳元に口を寄せ、織斑千冬に聞こえぬように小声で問いかけた。

 

「なあ篠ノ之ぉ。俺の鼻が高くなるってなんだ? なんかの童話かよ?」

「あの、それは嘘をつくと鼻が長くなる奴では……?」

「何だ篠ノ之。お前、石動に伝えてなかったのか?」

 

 俺達三人は顔を見合わせ揃って首を傾げた。伝えてない? 篠ノ之が? 何をだよ。訓練中に起こった出来事、篠ノ之の戦闘能力、動きの癖や弱点は全て記憶してるつもりだ。それに俺は篠ノ之のプライベートにまで踏みこんだ事は一度もねえし……。しかしそう考えていれば、何か思い当たる節があったのか篠ノ之がバツの悪そうな顔になって、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「……申し訳ありません、少し舞い上がって、伝えるのを忘れていたのかと」

「そうか。ならば私から伝えてやる」

「ちょっと待った! それ良いニュースですよね? なんか嫌な予感がするんですけど」

「安心しろ、最高のニュースさ。お前の愛弟子でもある篠ノ之に、今日からついに専用機が――――」

 

「ちーちゃ~~~~~ん!!!!」

 

 織斑千冬が決定的な部分を言いかけたその時。突如砂煙が巻き上がったかと思えば、何者かがかなりの速度で俺達の方へと向かってくる。生身の人間に出せる速度じゃあない。俺はその乱入者から篠ノ之を遮るような場所に立ち位置を調整すると、その仔細(しさい)な姿を捉えようと努めた。

 

 あの速度を出すのに邪魔にしか思えぬ、おとぎ話にでも出て来そうな青と白のワンピースにトランプのスートが描かれた白の二ーソックス。砂浜ではまず見掛けぬであろうハイヒールに、何より目を引く金属質の兎の耳。今まで見た人間の中でも、完全にセンスがイカれていやがる。何だありゃ――――いや、ここはそも部外者立ち入り禁止の軍事教練場だ。そんな所に躊躇なく侵入し、生身に見える姿であの速度を叩き出す。おいおい、待てよ。じゃあもしや、あの女が――――

 

「――――束」

 

 勘弁してくれよ! 俺は思わず額を押さえて唸った。まさかこのタイミングで出て来やがるとは! 織斑千冬に篠ノ之束、更には今回用意された全IS。こりゃあ流石に、今日は下手に動けねえか? いかに俺が強くともブラッドスタークでは間違いなく無理だ。戦力差が大きすぎる。俺がそう苦悶していれば、篠ノ之束はさらに速度を上げて織斑千冬に迫った。

 

「やあやあ会いたかったよちーちゃんさあ愛を確かめ合うためにハグと行こうそうしよう何せ私とちーちゃんは運めこパぁっ!?」

 

 瞬間、織斑千冬が放った裏拳によって、篠ノ之束はまるで舞踏会に参加したお姫様のようにその場でくるくるとダンスを踊らされ、そのままあっけなく砂浜に倒れ伏した。

 

 なんて一撃だ。今の攻撃は人間の急所である顎を的確に打ち抜いていた。ありゃあたまらん。今のを受ければどんな人間でもノックアウトだろう。ったく、織斑千冬が老若男女に差別なく容赦がないのはよく知ってたが、噂に聞く親友に対してもそうとは恐れ入るぜ。

 

「束。やはり来ていたか。一体何をしに現れた?」

「相変わらず情け容赦がないね……今のはいつものアイアンクローより効いたよ……」

 

 言いながら、フラフラと立ち上がる篠ノ之束。いや、立ち上がれるだけ大したもんだ。普通あんなの食らったら平衡感覚がやられてしばらく起き上がるのも無理なはず。やはり肉体的にも一般の人間とは一線を画していると見ていいな。

 

 俺がそう奴の身体能力を計っていると、当の本人は軽快な動きで立ち上がり、俺の脇を小走りにすり抜けて篠ノ之の前に立って満面の笑みを浮かべた。

 

「やっほ! へへ、久しぶり~! 相変わらず世界一かわいいね~箒ちゃん。こうして会うの何年ぶり? おっきくなったね、特に……や、何か全体的に逞しくなった?」

「………………どうも」

 

 一方、対する篠ノ之の顔には不快感と嫌悪がこれでもかとにじみ出ていた。そりゃそうだ。奴は元々姉に対してコンプレックスを持っていたし、俺との問答でそれが妙な方向にねじ曲がっちまった所があるからなあ。しかし、篠ノ之束が身内に対して酷く強烈な親愛を向けていて、それ以外には塵芥ほどの興味も無いと言うのはあながち嘘じゃあなさそうだ。今も俺の事なんか一瞥さえしなかったからな。

 

「あ、あのう、すみません……ここ、関係者以外立ち入り禁止になってるんですけど……」

「ん~? 関係者って言うなら私はちーちゃんの親友で箒ちゃんの姉でここにあるIS全ての生みの親なんだけど? それくらいちょっと考えればわかるでしょ。おっぱいでかいだけかよ。って訳で後で揉ませてね」

「えっ。……えっとあの、揉むのはちょっと……」

 

 一方、事態を打開しようと割って入った山田ちゃんはあえなく返り討ちとなった。元々初対面の相手に強く出れない山田ちゃんじゃこう言うタイプの相手は無理だ。しょうがねえ、俺も少しは仕事するとするか。

 

「いやいや。そうじゃあ無くて、家族でもここは立ち入り禁止なんですよ。各国の機密もあるんで、せめて正式な許可を取ってきてくれないすかね?」

「は? お前だれ? どっから出てきたの? ちーちゃん、不審者が居るよ。さっさと叩き出さなぎゃわッ!?」

「分かった。今すぐお前を海に放り投げてやろう」

「あっちーちゃんタンマタンマ! アイアンクロー痛い痛い痛い……っと!」

 

 遠慮がちに話しかけた俺に尊大な言葉を返そうとした篠ノ之束の頭を、握り潰さんばかりに鷲掴んで持ち上げる織斑千冬。篠ノ之束はその威力に悲鳴を上げたがしかし、その実久々のそれを堪能でもしていた様で、ある程度ダメージを負った後はひょいと織斑千冬の掌握から抜けだしてしまった。

 

「もー! ちーちゃんったらひどいっ! 束さんは不審者なんかじゃあないよ! ってか、そこの変なオッサンのほうがよっぽど怪しいよね。誰ソイツ!?」

「……IS学園一年一組副担任補佐、石動惣一。以後お見知りおきを」

「あっ、お前が……」

 

 言って気取った礼をして見せた俺に、そこで初めて興味を示したかのように思案しだす篠ノ之束。何だ、俺に何かあるのかよ? 石動惣一としてこの女に対してコンタクトを取った覚えは無かったんだが……。

 

「おい不審者。ここに居座るつもりなら、せめて自己紹介くらいしたらどうだ? 私の教え子たちを困らせるな」

「え、めんどくさ……でも不審者呼ばわりは嫌だし、しょうがないなあ。はろー、私が天才科学者の束さんだよ。以上」

 

 織斑千冬に睨まれ渋々と言った具合の自己紹介に、遠巻きにこちらを見つめていた生徒達が大いにざわつきだした。突然臨海学校に珍妙な女が乱入してきたかと思えば、それがISの生みの親と分かれば当然の反応か。

 しかし、今の自己紹介は雑にも程があるだろ。何よりも<天才科学者>と言うのが気に入らん。戦兎のような奴が二人もいられちゃ俺ものんびりしてられなくなる。それに、この世界の天才科学者はこの女一人だが――――俺からすれば、天才科学者とは桐生戦兎の事だ。その称号を他者が名乗るのに、言いようのない不快感を感じる。

 

「さあ、言いたい事も多少あるだろうが、お前らはこいつの事など気にせずさっさと作業に戻れ。歩いて学園まで帰りたくは無いだろう!」

 

 パン、と手を叩いて言う織斑千冬の一声に、今まで篠ノ之束に向いていた視線が一斉に作業へと戻って行った。その様を一瞥して、疲れたように小さな溜息を吐いた織斑千冬は、すぐさま顔を引き締めこちらへと向き直る。

 

「さて……山田先生。しばらくの間生徒達のサポートを頼みます。篠ノ之、石動。話の続きだ。後は……そうだ束、お前はそこで立っていろ。一歩も動くな、喋るな、余計な事は何もするな」

「はいはいりょーか……ちょっと待ってちーちゃん!? 流石に酷くない!? 兎は寂しいと死んじゃうんだよ!?」

「お前は人間だろう。さて篠ノ之、お前には……」

「ちょっと待った! その前に石動惣一に一つ!!」

 

 何だ、とでも言いたげに眉間に皺を寄せる織斑千冬を尻目に、俺の元へと歩み寄る篠ノ之束。背後の篠ノ之が緊張するのを感じて身構えた俺を前にして、奴は本当に嫌そうな顔で言った。

 

「……お前みたいなどこの馬の骨とも知れない奴にこんなこと言うのは(しゃく)だけど、クラス対抗戦の時、箒ちゃんを助けてくれてありがとね。そんだけ」

 

 それを聞いた瞬間、俺は大笑いしそうになるのを堪えるのにこれまでになく腹筋を酷使する事になった。オイオイ、俺に妹を救ってくれた感謝とは! 誰が撃ったかも知らずに……滑稽極まりねえ! いや、だがこれではっきりした。この女でさえも<ブラッド>と俺の関係性に気づいていない。これは、間違いなく使えるカードだ。大切に扱うとしよう。

 

「いや、教師として当然の行動ですよ……そんじゃ、織斑先生。篠ノ之との話の続きを」

「ああ」

 

 短く返した織斑千冬が、篠ノ之の前に立つ。そのいつも通りの憮然とした顔とは対照的に、篠ノ之は正に手に汗握り、その言葉を待っている。俺には伝わっていなかった話だが、ここまで来れば流石にその内容にも察しが付いた。

 

「篠ノ之。今日からお前にも専用機が与えられる事になった。<倉持(くらもち)>の開発した新型らしい。しかし、幾ら手続きに時間がかかるとは言え、代表候補生への正式な認定を前に専用機を与えられるなど異例中の異例だろう。先日のタッグマッチ戦で見せた、お前の実力がそれを認めさせたんだ。……おめでとう、篠ノ之。これからも頑張れよ」

「…………ありがとうございます!」

 

 感極まったように頭を下げる篠ノ之を見て、俺はついに来たかと独りごちた。長かったと言うべきか。専用機を持っているのといないのではIS学園で行える訓練にはは文字通り天地の差がある。

 わざわざ訓練機の順番待ちなどせずとも、アリーナの空きがあれば稼働訓練を行えるし、何よりISは装着者に合わせて自己進化する、<ライダーシステム>とは別の成長システムを備えた存在だ。それに量産型とは違う、世界にただ一つの機体と言うのは、篠ノ之にとって大きな拠り所となるはず。何せ今の奴は一夏と並び立つための力を欲すると同時に<篠ノ之束の妹>という不名誉からの脱却を願っているからな。唯一無二の専用機はその第一歩ってとこか。

 

「良かったな、篠ノ之。だけどようやくスタートラインだ、気ィ抜くんじゃあねえぜ? これからもビシバシ行くから覚悟しとけよ~」

「はい!」

 

 笑って肩を叩いた俺に、篠ノ之は一際明るい返事を返した。いい顔だ、希望に満ち満ちてやがる。そのままどんどん強くなって、俺の事も笑顔にしてくれよ。そんな心中の想いなど微塵もおくびに出さず、俺は表向き純粋に篠ノ之を祝福する。だが、その姿に凄まじい嫉妬の視線を向ける者が居た。

 

「ちーちゃんやいっくんならともかく、素性も良く分かんないオッサンが箒ちゃんにボディタッチしてるの、超じぇらしぃ感じるんですけどォ……」

 

 何やらギリギリと歯ぎしりしながら、篠ノ之束が俺の事を睨みつけて居るのに気づいて、俺は白い目をそちらに向ける。いや、教師と生徒の師弟関係に目くじら立てるのか? 飼い犬(滝川紗羽)に裏切られた時の難波(なんば)会長かよ……。などと俺が思っていれば、奴は不貞腐れたように足元の砂を蹴り始め、何やらぶつくさ言い始めた。

 

「ま、いーもんね~。これから束さん渾身のプレゼントで、箒ちゃんのハートをげっちゅしちゃうし!」

「おい束、お前にはさっき『余計な事はするな』と言った筈だが?」

 

 篠ノ之束の不穏なつぶやきに織斑千冬がいち早く反応して釘を刺す。しかし当の篠ノ之束はそれをスルーし大仰な仕草で右腕を天に高くつき上げて、狭い砂浜に響き渡るよう高らかに叫んだ。

 

「さあさあ皆さんご注目! 束さんの世界一かわいい妹、箒ちゃんの専用機のお披露目だよっ!!」

 

 奴が叫び終わるのとどちらが早かったか、空の彼方から一つの影が飛来し、すさまじい勢いで砂浜へと突っ込んできた。その衝撃と舞う砂塵に、多くの生徒達が目を覆い注目どころでは無い。そして、晴れた砂煙の中から現れたのは金属製のコンテナ。朝日を浴びて銀色に輝くそれに皆が訝し気な目を向けたと思えば、呆気無くそれは開かれて、中に格納されていた一機のISが皆の前に姿を現した。

 

「じゃんじゃじゃーん!! これが箒ちゃんの為に用意した専用機<紅椿(あかつばき)>!!! スピード、パワー、装備、あらゆる性能が他全てのISを凌駕する人類史上最高のISだよ!!」

 

 格納コンテナに設えられたアームによって砂浜へと出でた紅椿は、その名に相応しい真紅の装甲を燦然と輝かせた。全身に備え付けられた花弁じみたパーツには何らかのエネルギー放出機関が見て取れる。ありゃあスラスターか? 武装は装甲と同色の鞘に包まれた日本刀が一対、或いは二本。流石に専用機、篠ノ之の戦闘スタイルが良く反映されているようだが……一夏の<雪片弐型>と同様、ただの刀じゃあねえんだろう。

 

 いやはや。篠ノ之の奴は不服かもしれんが、こりゃあ想定外のSurprise(サプライズ)だ。外見だけで言っても、篠ノ之が纏うのにこれ以上相応しいISも無いだろう。悔しいが、紛れもなくあの女は天才って訳か。

 

 ……しかし、篠ノ之の機体は倉持技研の新型になるんじゃなかったのか? そう思った俺が照り返しに眼を細めて紅椿を眺めていれば、織斑千冬が篠ノ之束に凄まじい剣幕で詰め寄って行った。

 

「おい待て束、どう言う事だ? 何故お前の呼びかけでこの機体が出てくる? と言うか、名称からして機密事項のはずだ。なのになぜ部外者のお前がそれを知っている?」

「ああ、ごめんねちーちゃん。実は、ちーちゃんがメールでやり取りしてた倉持の担当者の中の人は何を隠そう束さんだったのです」

「何だと……!?」

「やっぱさ、箒ちゃんをあんな無能共が作ったISに乗せるなんて嫌でしょ? だから束さんがさいっきょーでさいっこうのISを用意してあげようと思って、腕によりをかけてコアから新造したんだ! ついでに名前を決めたのも私ね! いや~、ちーちゃんに怪しまれないようにするのは大変だったよ~」

 

 あははと、深刻さなど微塵も感じさせない素振りを見せる篠ノ之束に、織斑千冬は愕然とするばかり。俺はそんな奴の様子が面白くて、意地悪く笑って問いかけた。

 

「織斑先生、メールとかの中身に不自然さとかなかったんですかい?」

「いや……やけに馴れ馴れしい担当者だとは思っていたが、ISの話に関しては至極真面目だったからな…………不覚だ」

 

 悔しそうに歯噛みする織斑千冬を見て、俺は実に楽しい気分になった。流石のこの女の観察眼も画面越しの文面だけじゃあどうしようもないって事か。良い事知れたぜ。

 

「ま、箒ちゃんが奴らに認められなくても私は箒ちゃんのすごさをよーく解ってるから、どっちみちISは作ってあげるつもりだったけどね! 優しいでしょ~? 感動のあまりぎゅってしてくれていいよ!」

「…………それは、今までの私の努力は一切関係無いと言う事ですか?」

 

 両手を広げた姉を篠ノ之が今まで見た事の無い死んだ眼で睨んだ瞬間、俺は即座に動いて、その間に割って入った。悪いな、篠ノ之。お前の怒りはもっともだが、俺からすればこんな容易くお前を強くしてやれるチャンスを逃すのはあまりに勿体無えんだ。

 

「退いて下さい石動先生。私はこの人に言わねばならない事があります」

「抑えろ篠ノ之。それは今この場で口にするべき事じゃあねえ」

 

 俺と篠ノ之が睨み合い中空に火花を散らす。その様を見ていた生徒達が固唾を飲み、山田ちゃんが慌てふためいてすっ転んだ。だが、ただ一人、篠ノ之束だけが場の空気を一切読まず、俺達の間に割り込もうとする。

 

「ちょっとお前! 何箒ちゃんと熱い視線交わし合っちゃってくれてる訳!? そういうのが許されるのは束さんやちーちゃん、何よりいっくグエッ!」

 

 最後まで言い終わる前に織斑千冬が素早く奴の首根っこを掴み上げたかと思えば、そのまま篠ノ之束を思いっきり海へと放り投げた。流石の奴もあまりの突然の攻撃に対応できなかったか、ドポーンと派手な音を鳴らして海の中に沈んでゆく。……俺は今、過去最高にお前を尊敬してるぜ織斑千冬。背中に回した手で小さくサムズアップすると、織斑千冬は『奴が戻ってくる前にどうにかしろ』と言いたげに鼻を鳴らした。

 

「……気持ちは分からんでも無いぜ、篠ノ之。奴はお前の努力を否定した。舐め切ってやがる。過去のお前はともかく、本気になってからのお前は、常に努力しその結果専用機を手にするまでになったのに、アイツは『そんな努力なんかしなくても』なんて宣いやがった。それは許される事じゃあない」

「でしたら、でしたら何故止めたのですか! 私の努力を無視して、まるで私がそれを望んでいたかのような顔で勝手に力を作って、押しつけて! そんなのを目の前にして、この怒りを『耐えろ』と言うのですか!?」

 

 もはや殆ど叫びながら詰め寄る篠ノ之に同調の構えを見せていた俺は、それまでとは一転して、しかしあくまで冷静に、織斑千冬めいた仏頂面で有無を言わせぬ口調で言う。

 

「ああそうだ。その怒りは奴にぶつけるべきモンじゃあねえ。それにだ。お前の専用機がこうして用意されたのは事実だ」

「ですが!」

「ですが何だ? 篠ノ之束が用意した力を使う事など自分が許せないとでも言うのか? 甘えるなよ。お前が目指した未来の為に、強さが必要な事は重々承知のはずだ。それによ、俺はお前に言った筈だぜ? 『手に入れた力に伴う責任は、常にお前が背負っていく事になる』って」

 

 怒りに満ち満ちた篠ノ之をクールダウンさせるために、俺は事実を突きつけつつ、過去の教訓を提示して考える時間を与えた。根が真面目な奴は、すぐに俺の言葉の意味を吟味し、素早く最適解を探し出そうとする。実にいい。お前のそう言う所は嫌いじゃあない。だが、今回は俺の意見に同調してもらうための会話だ。お前の返答は待たんぜ、篠ノ之。

 

「…………それは単純に戒めだけじゃあねえ。手に入れた力は、お前次第で如何様にも使って行けるって事さ。今のあの紅椿はガワだけで、中身は空っぽだ。――――昔のお前みたいにな」

 

 最後の部分だけを篠ノ之だけに聞こえるよう言うと、奴は過去の自分の暗部を思い起こしたか、強く拳を握りしめ顔を俯かせる。荒療治だが、落ち付かせてやるのはこんなもんか。ならば次は……。俺は普段の様に口角を上げて、軽く手を叩いて顔を上げさせてから、篠ノ之に笑いかけた。

 

「……よし、篠ノ之! お前に新たな教えを授ける! Instruction Three(インストラクション・スリー)、こいつは単純だ……『上手くやれ』。戦いの中では何が起ころうと、それを自分にとってプラスの方向へと転がす事が必要になってくる。それは人生の中でも同じ事だ。トラブルの無い一生なんざありゃしねえ。気に入らない事だっていくらでもあるさ。だからこそ、それを上手く、自分にプラスになるように立ち回るんだ――――紅椿が間違った形で生み出された力だと言うなら、お前がそれを正しい形で使ってやれ。それは間違いなく『篠ノ之束を超える』事に繋がる筈だぜ」

「姉さんを、超える…………」

 

 嘗て、俺に言った理想への近道を指し示された篠ノ之は、まるで気づかされたような顔で俺を見上げる。……こいつへの説得は、こんな所で大丈夫か。全く、これも人間を身を以って学んだ成果だな。

 

「…………申し訳ありませんでした、石動先生。確かに、例え姉さんを忌避していても、紅椿を嫌う理由にはなりません。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』という奴でしょうか……例えどんな理由でも、私の為に生み出された力であれば、私が使ってやるのが道理。……まだまだ、私は未熟なようです」

「『環境に文句を言う奴に晴れ舞台は一生来ない』とも言うしな……ま、そう落ち込むなよ。今は素直に、専用機が手に入ったことを喜ぼうぜ。それにこれからは、一夏との練習試合だってガンガン組んでやれるだろうしさ」

「……そう言えばそうですね……! 私とした事がそれを失念するとは……!」

 

 よおし。先程までの憤怒はどこへやら、思い出したようにテンションを上げる篠ノ之に、俺は内心冷や汗をかきつつその場でガッツポーズをしたくなるのを抑えた。やはりここぞという時一夏への恋慕を説得材料に出来るのは助かるな……。恋心様様だよ。

 

「――――ち~~~ちゃ~~~ん。どうしてあんな事しだの~~~~~?」

 

 一件落着、と俺が肩を竦めたところに、漂着物と海藻にまみれてもはやなんかよく分からない存在となった篠ノ之束がのろのろと()()してきた。ひでえな。一昔前の低予算ホラー映画かよ。

 

「ひどいザマだな束。せっかくだし、旅館でシャワーを浴びてくるといい。戻ってこなくていいぞ」

「今日のちーちゃん辛辣すぎィ! 束さんはこれから紅椿の初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)があるんだからちょっと無理だよ!」

「30分もこれからかけるのか? 今日の分の稼働試験が終わらんぞ」

「あ、それは大丈夫。元々箒ちゃんのデータはある程度入力してあるから、遅くても五分あれば終わるよ。殆ど最終調整だね」

 

 先ほどの満身創痍の様相はどこへやら、その場に身に纏った海草やらを放り捨てるとけろりとした顔で篠ノ之束は言う。そして俺の横に立つ篠ノ之を目ざとく見つけるとちょいちょいと手招きした。

 

「んじゃ、そーゆー訳だから箒ちゃん、よろしくね! 私が補佐するからすぐ終わるよん。心配しなくても平気だって!」

「…………はい、よろしくお願いします」

 

 そう言って、姉の元へと歩き出そうとする篠ノ之。相変わらず篠ノ之束に対する嫌悪感は隠せていないが、紅椿を使ってくれる気にはなったみたいで、俺は一安心する。これで篠ノ之の大幅なレベルアップは確実。むしろ、一夏を初めとした他の奴らが置いてかれないように気を使ってやらねえとだな……。

 

「ちょっと待った篠ノ之、一ついいか?」

「なんです?」

 

 一つ、言い忘れた事を俺は思いだして、歩いてゆく篠ノ之を呼び止める。そして先ほど奴の過去を暗喩したように奴の近くに顔を寄せ、しかし対照的に、快活に笑って俺は言った。

 

「さっきは篠ノ之束に怒るななんて言ったがな……許してやれって言った訳じゃあねえ。いつか俺とお前で、あの分からず屋に一泡吹かせてやろうぜ」

「…………はい!」

 

 そう明るく篠ノ之は頷いて、意を決したように紅椿の前に立つ。さてさて、初期化やら最適化してるうちに、俺は他の奴らの様子でも見て……いや、五分で終わるなら、おとなしく待つか。ISの生みの親自らが手掛け世界最強と断言したIS。そんなの、気になるに決まっている。

 

 俺は訓練機の装備が並べられたシートの隅に腰を下ろして、紅椿の初期化を行う篠ノ之と束博士を眺め始めた。流石に天才と言うべきか、数枚の空間投影ディスプレイの情報をあっという間に処理していくその手際は素直に称賛に値するな。早起きした事から来るあくびを噛み殺しながら、俺はその様子を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 凄まじいもんだ。空中を縦横無尽に飛び回る紅椿を見上げて俺は思う。結論から言って、あの機体の性能は他のISとは一線を画していた。

 

 衝撃波を伴うほどの急加速及び急減速を可能とする機動力、刺突に合わせ無数のレーザーを掃射する一対一対応装備の<雨月(あめづき)>、斬撃に合わせて光の波を撃ち放つ(恐らく、一夏の雪片弐型に搭載された能力の改良型だろう)一対多対応装備の<空裂(からわれ)>。更にはそれまでのISには未知数の技術である、<展開装甲>なるギミックも搭載されているらしい。今の稼働テストでは篠ノ之束によるミサイル掃射を空裂による斬撃光波で容易く全弾撃墜して見せた。破片でも飛んでこないかとヒヤッとしたが、そこは篠ノ之が気を利かせてくれたようだ。

 

「すっげぇな……! 流石に<天災>謹製のISってとこか……! どう思うよ山田ちゃん」

「ええ。本当に素晴らしい動きです。特に加速と減速のキレは学生の動きとは思えません……ただ、機体によるアシストが強すぎるのか、篠ノ之さんの想定以上の動きをしているように見える事がたまにありますね」

 

 俺に問われた山田ちゃんが、相変わらず的確な観察力で紅椿の長所と短所を即座に見て取る。流石はあれだけの武勇伝を持つだけはある! 俺はそれにうんうんと首肯して、後頭部で腕を組んで砂浜へと降りてくるその姿を眺めながら答えた。

 

「そうだなあ。そこはアレだ、束博士の想像を篠ノ之が越えてたって事で。実際奴の成長は半端じゃあない。日本代表の座だって、在学中に射止めかねんぜ」

「私の再来、などと言われているようだからな」

 

 言いながら俺の横に立って腕を組む織斑千冬に、俺と山田ちゃんはちょっとだけぎょっとした。ったく、気配を消して近づいてくるなよ。そう思っていると、織斑千冬は山田ちゃんに向けて咎めるような視線を向けた。

 

「ところで山田先生。訓練機を見ている生徒達の補佐をお願いしたはずですが」

「あっ……すぐ戻ります!!!」

 

 横目に睨みつけられた山田ちゃんは慌てて駆け出して、十歩ほどで砂に足を取られ派手にすっ転んだ。全く、期待を裏切らない女だねえ。その様を見て俺と織斑千冬は仲良く溜息を吐いた。

 

「真耶め……もう少ししゃんとはしてくれんものか」

「いやいや。ああ言う所が山田先生のいい所ですよ。それを捨てるなんてとんでもない!」

 

 言って俺が笑うと、織斑千冬も同感とばかりに小さく笑う。だがすぐにそれを引っ込め、何時もの憮然そうな顔で俺に対して問いかけて来た。

 

「……石動。束本人とこうして顔を合わせて、どうだ?」

「どうだ、ってのは?」

「束を見て、どう思ったかだ。やはり嫌悪が強いか?」

 

 どこか困ったかの様に、らしからぬ顔で問う織斑千冬に俺は正直困惑する。しかしすぐさま普段通りの表情を取り繕うと、呆れたように笑って言う。

 

「あー。妹思いなのは評価できますけど、自分本位過ぎて勘弁してほしいですね。どうすれば喜ぶか解って無いって言うより、自分がやる事はなんでも喜んでくれると妄信してる様だ」

「確かにそうだな。どれほど頭が良くても、あいつに他人の考えを理解してやろうという殊勝な心掛けなど無い。だからこそ、私が所々で修正してやらねばならんのだが……近頃は、手に負えなくなってきているというのが本音だな」

 

 肩を竦めた織斑千冬に俺は心からの同情の視線を向ける。そんな考え方の上、力だけは誰よりも持ってるんだから厄介なもんだよ。この女ももっと友達は選ぶべきだと思うんだがね。

 

 織斑千冬は俺のそんな視線など気にも留めなかったようで、降りてきた篠ノ之の周りを小動物めいて跳ね回る篠ノ之束に目を向けている。どうやら先ほどのテストに関して矢鱈とべた褒めしているらしいが、篠ノ之が必死に怒りを我慢しているのが俺には見て取れた。褒める事であそこまで人の機嫌を損ねられる奴は流石に初めて見たぜ。しかも本人に自覚が全くないってのがタチ悪い。

 

 そんな事を思われているなど露知らず、満面の笑みで篠ノ之束は見ている俺達や生徒達に向けて振り返った。その手には、何処から取り出したか、いつの間にかマイクが一つ握られている。何するつもりだ? 俺と織斑千冬が揃って訝しんでいると、奴は近場に居た一人の生徒の元へと走り寄って、芝居がかった仕草でマイクを構えた。

 

「さーて、先ほどの紅椿稼働テスト、一般の方々の眼にはどう映ったのでしょーか!? 道行く人々にちょっとインタビューしてみたいと思います! 紅椿、どうでしたか? 超凄かったよね?」

「えっ!? あ、はい、凄かったです……」

「そうだよね~~わかる~~~~!!! 私の撃ったミサイルをつまんなそうに睨んだ箒ちゃんの顔とか特に最高だったよね~~~~!!!! はい次。紅椿、どうでした!?」

「あ、えっと……キラキラしてて、キレイでした……」

「だよね~~~~!! 紅椿はデザインからして箒ちゃん専用! その美しさをサイッコーに高めちゃうパーフェクトなモデリングだからね~~~~!!! はい次。紅椿、どう思いましたか!?」

 

 …………何だありゃ。

 

「何をやってるんだ奴は……」

 

 どうやらこの瞬間、俺と織斑千冬の思考は完全に一致していたらしい。ちょっとだけ、俺が人間を理解しきれていないせいで奴の行動が意味不明に見えるのかとも思ったが、どうやらそうでは無いようで実際安心した。

 

 そう俺が胸を撫で下ろしている間にも、篠ノ之束のインタビューは続く。多くの生徒達が当たり触りの無い事を答え、それを都合よく受け取って悦に浸る奴の姿は、正直な所何が面白いのか俺には全く理解出来ない。もし否定的な事でも言われたらどうするつもりなんだろうな。そんな思いが俺の脳裏に過ぎった直後、それはあっさりと現実のものになった。 

 

「どう思ったか……うーん、えっと、正直篠ノ之さんならあんな強い機体に頼らなくてもアレ位出来ちゃうんじゃないかって思うんですけど……」

「…………それはちょっと聞き捨てならないね。今の箒ちゃんの強さはこの束さんの開発した紅椿あってこそ、いわば姉妹の愛の結晶! やっぱり私ってば本当に天才♪ ここまで箒ちゃんの強さを引き出せるのは束さん以外には存在しえないよ!」

 

 どこか現実味のある意見に、一人でムッとして主張して納得して断言して、自慢げに胸を反らす篠ノ之束。しかし、その姿を遠巻きに見つめる皆を一瞥して、馬鹿にするような顔になった奴は何やら一人でぶつぶつと思案し始めた。

 

「でもでも、まだデモンストレーション足りないみたいだね。頭悪い一般人の皆の為にも、頭じゃ無く心で理解できちゃうようないいアイデアないかな~? うーん…………あっ、そうだ!」

 

 何かまた良からぬ事を思いついたと思しき動きを見せる篠ノ之束に、織斑千冬が身構えた。

 

「誰か勝負しようよ、紅椿と! そうすれば、束さんと箒ちゃんの凄さが頭悪い皆にもよぉ~く理解できると思うよ! それとも皆怖くて、誰も出て来られないのかな??」

 

 その言葉を聞いて、皆の間に緊張が走った。すぐさま、オルコットや(ファン)を初めとした何人かの負けん気の強い生徒が物申そうと篠ノ之束の元に向かおうとするが、織斑千冬がにらみを利かせた途端、争いの火種は一気に鎮火する。

 

「おい束。今は授業中だ。お前の道楽に付き合う暇など生徒達には無い。解ったらそこで座っていろ。篠ノ之。お前は紅椿の装備確認を行え。石動、お前はその手伝いを――――」

「じゃ、折角だし俺が相手しますわ」

「石動!?」

 

 織斑千冬の声を無視して、俺はのらりくらりと皆の前に歩み出た。いいじゃあねえか。こっちとしては願ったり叶ったりの機会だ。この際だから、紅椿の性能をこの身を以って確かめてやるよ。そう思いながらも顔に人あたりのいい笑みを貼りつけ、俺は篠ノ之束の前に立つ。すると奴は俺の事を上から下まで値踏みするかのように見て、どうやらお眼鏡にかなったのか、人を食ったような笑みを浮かべた。

 

「えーっと? 石動惣一かあ。そうだね~教師を倒したとなればポイント高いねぇ~いいよいいよ~! じゃ、お前に決まり! そう言う訳だからさっさと用意して来てよ。箒ちゃんと私を待たせないでね」

「へいへいっと」

「おい待て石動」

 

 俺が手ごろな<打鉄(うちがね)>を探して首を巡らせていれば、明らかに苛立った織斑千冬が有無を言わせぬ口調で話しかけてくる。怖い怖い。だが、こんなチャンスはもう無えし、幾らお前に言われても止めるつもりは無いぞ、俺は。

 

「貴様、私の話を聞いていなかったのか? 今は授業中だぞ」

「いやいや。だからこそですよ。流石の篠ノ之もあんだけストレスにさらされてたら体調崩しちまう。そう言う所のケアも教師の仕事ですから」

「……詭弁だな」

「詭弁で結構。大事なのは必要なのか否ですよ。」

「……五分で済ませろ。どちらが勝とうが私は構わんが、あまり時間を取らせてくれるなよ」

「アイアイ、マム!」

 

 

 

 

 

 

 空に上がった俺は、紅椿を纏った篠ノ之と向かい合う。いやしかし、こうして対峙すると威圧感が半端じゃあ無いな。打鉄を着ていた時も十分にヒリついたような雰囲気を醸し出していた奴だが、紅椿を纏った今、生半可な意識で挑めば一気に気圧されてしまいそうで、俺は思わずその場で奴を称賛してやりたい気分になる。

 

「石動先生。姉のわがままに付き合わせてしまい、申し訳ありません」

「気にするな。寧ろこれは俺のわがままさ。愛弟子の晴れ姿を最初に相手するなんて、師匠冥利に尽きるってもん――」

『箒ちゃん、聞こえる!? ルールは<ハーフ>ね! シールドエネルギーが50%を切った方の負け! 事故に見せかけてそのオッサンを海に落としちゃって……あ痛だ!』

『おい束、余計な茶々を入れるな。……万一海上でISが解除されでもしたら一大事だからな。私の判断でこのルールを採用させてもらった。好きなタイミングで始めてくれ。では、両者ともに健闘を祈る』

 

 会話に一方的に割り込んできた通信は、これまた一方的に打ち切られた。今頃砂浜では織斑千冬が篠ノ之束に説教でもしてんのかな。そう思うと、腹の底から笑いがこみ上げてくる。

 

「まったく、あの人は本当に何を考えているのやら……!」

「ははは、まったくだな」

 

 一方の篠ノ之は、姉の傍若無人な振る舞いにご立腹だ。その姿に俺は笑いながら、打鉄の標準装備であるアサルトライフルを無造作に篠ノ之に向け引き金を引いた。

 

「なっ――――!」

 

 驚愕する篠ノ之をよそに、紅椿に備えられた装甲が素早く自立稼働し、展開したエネルギーシールドによって嵐の如き銃弾を凌ぐ。なるほど。操縦者に完全には依存しない、一種の自動防御システムか。それなりにエネルギーの消費はあるんだろうが、直撃を貰うよりはずっとマシだな。正に<展開装甲>の面目躍如って訳だ。紅椿の戦力評価を一段階引き上げながら、俺は篠ノ之束の技術力に改めて舌を巻いた。

 

「石動先生! 流石に今のは――――」

「『好きなタイミングで始めてくれ』って織斑先生も言ってたろ? それにだ篠ノ之ォ。嫌いなのは分かるが、戦闘中に姉の声程度で心乱されてる場合じゃあねえ筈だぜ?」

「申し訳ありません……! しかし……」

「ったく。あんな雑音に気が散ってるようじゃ、<モンド・グロッソ>じゃあ勝てねえぞ」

 

 その言葉に、篠ノ之は驚いたように身を引いた。

 

「モ、<モンド・グロッソ>ですか? しかし私には……」

「何言ってる。お前は『あの女(篠ノ之束)の妹』なんて不名誉な称号を塗り替えちまうほどのモンが欲しいんだろ? だったらそれは<世界最強(ブリュンヒルデ)>の座しかありえねえ。そしてそれは、お前になら十分手の届く場所だと俺は考えてる」

 

 狼狽する奴に、言い聞かせるような口調で俺は続ける。これは間違いなく本心からの言葉だ。俺が今まで見てきた人間達の中でも、篠ノ之の成長速度は三本の指に入る。ちなみに一番は当然……万丈だ。アイツより強くなるのが早い奴など居るはずも無え。何たって俺の半身なんだからな! そんな余計な事を考えつつ、俺は言葉を続けた。

 

「それほどの乗り手になればうっとおしい声援の一つや二つ聞こえてくるもんだ。だが、そんなので揺らぐ様な心じゃあダメだぜ。……目の前の相手に集中しろ。それが武道に置ける『礼儀』ってもんじゃあねえのか、篠ノ之?」

 

 そう、奴のバックグラウンドから導きだした言葉で諭せば、奴はまた気づきを得た様に顔を上げ、晴れ晴れとした表情で俺を見据えて来た。

 

「……申し訳ありませんでした、先生。眼を啓かされたかのような気分です」

「気にする事は無えさ。むしろもっと気楽に、今学べてラッキーくらいに思っとけ。お前の真剣さは美徳だが――」

「――シリアスになりすぎるのは良くない、ですよね?」

「ククッ、わかってんじゃあねえか! ……さて、それじゃあこっからどんどん行くぜ。世界最強になるなら、これくらい凌いで見せろよ!」

「はい!」

 

 本当にいい返事をする奴だな! 獰猛に笑いながら、俺は一気に打鉄を加速させ、奴に向けてアサルトライフルを撃ち放つ。だが篠ノ之も今度は(しか)と俺の動きを見ていた様で、小刻みな鋭角機動でその全てを見事回避して見せた。

 

 やるねえ! 今のは一夏なら三割はもらってる所、先日までのお前でも二割は(かわ)せてなかっただろ! そのままの勢いで飛びながら笑い、肩部に増設されたミサイルポッドからのミサイル掃射。だが奴は先ほど、篠ノ之束によるミサイル掃射を容易く凌いでいる。ならばどうするか予測は容易い!

 

 予想通り、奴は空裂を抜き放ち一閃。迸る光波がミサイルを断ち切って炸裂させるのみならず、俺にまで迫り、そのまま機体を断ち切ろうとする。だが俺は臆せずすれ違う様に光波を回避して、そのまま爆炎の中に飛び込んだ。

 

 狙いは一つ。展開装甲の反応速度の検証だ。俺は近接用ブレードを構え、篠ノ之に奇襲を仕掛けんと爆炎を抜けた。だが、剣を構えた俺の前に広がるのはどこまでも広がる紺碧の海。篠ノ之の姿は無い。

 

「隙ありです、先生!」

 

 上方からの声に弾かれたように顔を上げれば、そこには太陽を背負った篠ノ之。俺は地球外生命体だから関係ないが、普通の人間ならこの時点で太陽光で目が眩んでいただろう。そして間髪入れず雨月が突き出され、いくつもの光弾が撃ち放たれる。俺はそれをギリギリまで引きつけ、回避。海へと着弾した光弾が炸裂し、幾つもの水柱を立ち昇らせた。

 

「……俺にブラフをかますとは。やってくれるじゃあねえの、篠ノ之」

「私なりに『環境』を使って『上手くやる』方法を考えてみました。しかし、完全に決まったと思ったのですが……流石ですね、先生」

 

 笑って言う篠ノ之に、俺も朗らかに笑みを返す。だが、それに反して俺達の間の緊張感は更なる高まりを見せていた。やはり楽しいな……満足いく闘いってのには、どうにも心が躍る! 俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を試みるべく、スラスターへと過剰なエネルギーを供給した。それを察知したか、篠ノ之は雨月と空裂の二本を構え迎撃の態勢を取る。面白い!

 

 獰猛に笑った俺は近接ブレードを構えて瞬時加速を発動。真正面から篠ノ之に迫る。この際小細工無しだ! さあ、どうする!?

 

『――――石動、篠ノ之、試合は中止だ! 理由は後で話すから、今すぐに降りて来い!!』

「は? 今いい所だったのにっとっとっとォ!」

 

 突如聞こえてきた織斑千冬の声に驚いて動きを止めた俺は、既に放たれていた雨月による光弾掃射を慌ててその場で回転するように回避し、空裂の光波をミサイルポッドとは逆側に備えられた肩部装甲、更に近接ブレードまで用いて必死に受け流し、何とかその連続攻撃を防ぎきった。

 

「申し訳ありません、止めきれませんでした!」

「構わねえよ! 今のは動きを止めた俺が悪い!」

 

 俺の元へと慌てて飛んでくる篠ノ之に、一声かけてから体勢を戻してホバリングする。織斑千冬め、こんなタイミングでお前に邪魔されるとは流石に思ってなかったぜ。一体何があったってんだ?

 

「しかし、織斑先生があれ程声を荒げるとは……何かあったのでしょうか?」

「らしいな。急ぐぜ篠ノ之」

「はい!」

 

 篠ノ之の元気のいい返事と共に、俺達二人は元の砂浜に向け全速力で飛び出した。が、篠ノ之の後姿にぐんぐんと引き離されてゆく。流石に最高速の差はどうしようもねえか。奴がハイパーセンサーでこちらを案じていると見て、手のひらを振って先に行けと合図をすれば、奴はさらに加速してあっと言う間に小さくなった。

 

 さあて、織斑千冬め。俺達の戦いを中断させるような出来事の癖して、理由を言えないとは――――篠ノ之には聞かせられないって事か? 内部の問題じゃあねえな、これは。束博士が何か悪巧みでもしてなきゃあいいんだが……。そう思案しながら、俺は砂浜目指して限界ギリギリまで打鉄を加速させる。

 

 

 

 そして辿り付いた砂浜で俺が知らされたのは、ハワイ沖で暴走した軍用の新型IS<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>が、凄まじい速度でこちらに向かっているという情報だった。――――それも、暴走の瞬間、装甲を血のように赤く染めたと言う、耳を疑うような話まで添えて。

 

 それを聞いて、俺は篠ノ之束がこの臨海学校に現れた理由が、篠ノ之へのIS提供だけでは無い事を理解した。なるほど……そう言う事か。良かったな。どうやら、今回もお前の出番はありそうだぜ……!

 

 俺は懐の<トランスチームガン>と<コブラロストフルボトル>に意識を向け、獲物を見定めた蛇の如く、邪悪に口元を歪ませるのだった。

 




IS二次創作特有の主人公VS紅椿です。
でも、あんまり教師とやり合ってる奴は見たことないですね……(そもそも主人公が生徒じゃなくて教師のIS二次創作ってあんまりない気がするけど)


ビルドもついに残り1話。幻さんショックだけでズッタンズタンのボロンボロンだったのに万丈まで……早く愛と平和の世界来て……!! 当然覚悟は出来てないです。
あと最終話でのエボルト戦、生身バトルあるみたいで超楽しみですね!(満身創痍)

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