星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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やっぱISの世界は男性には心がもう息苦しいと思います。
お気に入り、感想ありがとうございました。


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 俺は地球外生命体である。名前はエボルト。

 

 生まれはこの地球からは未だ確認されていない惑星。故郷がどんなとこだったかについては面倒なんで端折る。俺は随分と長い間、宇宙を渡って目についた惑星を破壊して生きてきた。

 しかし、太陽系に飛来して初めてのターゲットである火星の文明を滅ぼした際、火星の王妃だった<ベルナージュ>って奴に一矢報われ、随分と弱体化した状態で地球に降り立つ事になっちまった。

 

 それからは激動の人生さ。火星で有人探査を行っていた宇宙飛行士<石動惣一(いするぎそういち)>に憑依して成りすましながら、全盛期の力を再び手に入れて地球も火星と同じように滅ぼすためにいろいろやった。

 当時住んでいた日本を三分割したり、ファウストっつー秘密結社の創設に関わったり、カフェを開業してみたり、娘をネットアイドルにしたり、正義のヒーローを育ててみたりな。

 

 そんな十年にも渡る地球での生活は今までに過ごしたどんな星とも違う刺激的なもので、俺にとってまさに新たな発見の連続だった。

 地球人たちの営みの尊さや温もりにウルっと来てみたり、俺のせいで犠牲になった奴らには申し訳ないことしたなあなんて、ちょびっと気に病んだりしながら地球破壊の為に邁進したもんだぜ。

 

 結局、俺は地球人が面白すぎて地球破壊を土壇場でヤメにしたんだ。だがその後、地球人同士を争わせてもっと楽しもうって考えたのが悪かったか、それまでに育てて利用してきた愛と平和のヒーロー達にぶっ飛ばされて、俺の星狩り族としての人生は終わりを迎えた。

 

 

 だが、俺は滅んじゃあいなかった。

 

 

 

 

 俺が知る限り、地球と言う星の日本と言う国では、戦争などの非常時でも無い限りは平時と変わらぬ日常を過ごすことが尊ばれる。大体はな。朝になれば人々はその営みの一部として、自身の職場に向かうために民族大移動も真っ青の通勤をするんだ。だから――

 

(だからってこれは無いだろ……!!)

 

 ――俺はその恐るべき通勤に巻き込まれて、生命の危機を感じている。

 

 右を見ても左を見ても人、人、人。地球外生命体である俺の力をもってしても身動き一つ取れぬその圧力は、正に科学の発展が作り出した地獄そのものだ。戦兎(せんと)が列車をモチーフにした武器を生み出したのも頷ける! 人間好きを自認している俺でもこれは滅茶苦茶堪えた。

 いくら女尊男卑の思想が広まってるとは言え、通勤電車の混雑率を知っていながら半分近くの車両を女性専用にするなんて、ここの路線会社正気とは思えねえぜ……! こんなの、宇宙人基準でだって何らかの修練と勘違いしたりしたっておかしくないだろう。

 

 俺の居た世界――仮にビルドの世界とでもしておくか――の地球でもこんな惨劇が毎日のように繰り返されているとしたら、それはさぞかし凄まじい事のはず。体験するのはこれっきりで十分だ!

 かつて石動惣一として選んだ隠れ蓑が一般的な会社員とかじゃなくてカフェのマスターで本当に良かったなあ……俺は切にそう思った。

 

 しかし、こんな状態にまで世界を変えちまうとは、<インフィニット・ストラトス>ってのは凄まじい兵器だな。俺の手にした知識によれば、既存のあらゆる兵器と隔絶した性能を誇り、それこそ歴史を変えちまったこの世界究極の科学技術だ。

 

 実に面白い。この世界で俺が関わるべき第一候補がこのISに決まったのは当然の事だ。そして俺はまず、世界の一般常識を手っ取り早く入手するために新しく人間の体に憑依し、その知識を借りることにした。

 だがそれに思った以上に時間がかかっちまってなあ。嘗て俺が使っていた石動惣一に匹敵するような体なんか早々無い。なんで俺はとりあえず背格好だけでも石動に似た人間に憑依し、その顔と声を俺の物質変換能力で石動のそれに変化させる事で妥協した。

 

 まあ、実際使って納得できる体を見つけるまでには何人か試す必要があったし、何日か時間を取られちまったが、その分多くの人間の記憶から様々な知識を得ることが出来た。

 <IS>、<アラスカ条約>、<モンド・グロッソ>、<織斑千冬>、<IS学園>……まったく、この世界もなかなかに俺を飽きさせてくれそうには無い。

 

 そんな夢想をしながら何とか満員電車から抜けだした俺が向かったのは、都会には良くある大型の電器店だ。情報収集の為なら図書館なんかに行くのがセオリー? それもいいが、一般的な知識を既に手に入れた以上、その次の段階として過去の記録では無く、今生まれつつある新鮮な情報が必要になる。

 

『つまり、現政党の問題点はこの問題に対して、明確な問題点を打ち出せていないという事で――――』

『CMの後、監督に作品への意気込みをインタビュー!』

『ローランディフィルネィ氏の個展が日本で開かれるのは初めての事であり、多くの来場者が集まると予想されています。その為主催者側は――――』

『さあ今日の工作はいったいなにをつくるか、みんなわかるかい?』『わかりませ――――』

『今月の昼のロードショーは<極限漢女祭り>!!!! 女は前から――――』

『ヒカエオラー!』『ズガタッキェー! こちらにおわすお方を何方と心得――――』

 

 そこで俺は並べられた大型の家庭用テレビの前に立って、食い入るように放送されている番組を見つめていた。

 俺の目当てはこの国や世界の情勢を映し出すニュース番組だ。ある程度放送局の意図や女尊男卑による意見の捻じ曲がりがあるっちゃあるが、そこまでの俗な知識を得ていない俺にはこう言った情報収集も必要になる。

 

 大切なのはこの世界の『空気』を理解する事だ。火の無い所に煙は立たないし、火を付けられる物が無ければそれ以前の問題だ。俺が最も愛する人間の生きざまには争いが必要不可欠。その為にこう言った生の情報を把握する事はとてもとても大切な事なのである。それと、もう一つ求めている情報があった。

 

『それでは、先日公開されたイギリスの第三世代IS<ブルー・ティアーズ>についてですが――』

 

 おお、来た来た。今のニュースでは、最新のISに関する情報もある程度放映されている。表向きスポーツとなっている事も理由だろうが、何より国防や他国とのパワーバランスにも関わりかねないのっぴきならぬ事情がある。

 ISは日本で生まれた兵器である以上、国民の関心も非常に高いってのは俺も容易く予想出来ていた事だ。公式的な最新情報はこうして地上波の放送に乗る。この辺も、俺が図書館などの公的情報機関ではなく民間の施設を利用した理由だ。

 

『――以上が、ブルー・ティアーズの最新情報になります! IS学園への投入も予定されているという話も聞きますし、次回のモント・グロッソに向けたイギリスの動向は、常に把握しておく必要がありそうです』

 

 ……っても、テレビから得られた情報はうわべだけの大した事無い代物だ。いきなり最新機種の情報を詳しく流すなんてそこまで都合のいい話はねえか。ここは内部情報に詳しい技術畑の人間にでも憑依してその知識を奪って……いや、流石にそれは簡単すぎる。今の俺は自分自身のハザードレベルの回復を待たねばならぬ身だ。早急な手段に訴えるべき時期じゃない。やっぱ、地道にやって行くのがベストかねえ……。

 

『番組の途中ですが緊急ニュースです!』

 

 んん?

 

『先日行われていたIS学園の入学試験において、男性である織斑一夏(おりむらいちか)くんがISを起動させる事に成功したとの事です!』

「……何だって?」

 

 テレビから知らされた情報はこの世界を揺るがすに足る衝撃的なものであった。先程から俺を睨んでいた女性店員もあまりの驚きにひっくり返っていたり、他の客も慌ててどこかに電話をかけたり、テレビの元へと集まってくる。

 

『これを受け、IS学園は特例として織斑一夏くんを入学させる事を発表。同時に日本政府は各地域の男性に対するIS適正試験を順次行っていく事を決定し、全国の企業にも強い協力を求める事を通達しました』

「マジか、これ……」

「男がISに乗れるなんて……!」

「もしかして俺もISに乗れるかもしれないってことか!?」

「そんなわけないでしょ! 何かの間違いよ!」

 

「おーおー……騒がしくなってきたねぇ」

 

 俺は激しくなってきた喧騒から逃れるため慌てて電器店を出たが、外にも既にあの情報は伝わっていたらしく、方々で混乱が起き始めているのが手に取るように分かった。こいつは想定外だな……おそらく、世界中にこの混乱は波及する。

 

 ――――もしかしたら、いいチャンスかもしれないな。

 

 織斑一夏が特例としてIS学園に入学させられると言う事実、それは恐らく超国家機関としてその身柄を保護する為だろう。ならば、その前例を利用すればIS学園にこの姿のまま踏みこむことも可能かもしれない。

 

「いっちょ、やってみるとしますか!」

 

 俺の思い付いたプランは正直な所穴だらけどころか、その場のノリで思いついたもんでしかない。だがまあ、思いがけず拾った二度目の人生。ちょっとは気楽に、もっと楽しんでやったっていいはずだ。

 

「さてさて、どんな所なんだかな。待ってろよお、IS学園……!」

 

 俺は軽く伸びをしてから携帯端末でIS学園の場所を確認し、一路IS学園に向かって歩を進め――――始めようとして、流石に無理があると思ったので通りがかったタクシーを拾うのだった。

 

 

 

 

 IS学園。<アラスカ条約>――正式には<IS運用協定>と呼ぶ――に基づき設置された、IS操縦者、および技術者育成の為の特殊国立高等学校。試験を終え、資料の整理や合格者の選定など、ただでさえ忙しいはずのこの時期。

 だが、織斑一夏が試験会場に迷いこんでISを起動させた事が世界中に知られた今、そこは正に修羅場と言う他無い状況に陥っていた。

 

「各国研究機関やメディアからの問い合わせの電話が鳴りやみません!!」

「ネット上での問い合わせもワケわかんない数になってます!」

「このままじゃ回線がパンクして……それよりも人が全然足りてません!!」

「うろたえるな! 非番の者を呼び出せ! 学園長が声明を発表するまでの辛抱だ!」

 

 喧噪の中、IS学園の教師である私、織斑千冬(おりむらちふゆ)は職員室を右往左往する他の教師たち同様、苦々しい顔でその対応に追われていた。

 

 何故、男性がISを……しかもよりにもよって、あの一夏が……!

 

 今まで私は、一夏を極力ISから遠ざけて過ごさせてきた。自身がIS学園の教師を務めている事だってアイツは知らないはずだ。だが事ここに至っては、それが自身と一夏の間に大きな溝を生んでしまっている。

 

 こんな時にアイツに連絡一つ入れることも出来ないとは……!

 

 IS学園の教師として、そして元日本代表のIS操縦者としての自身の責務はあまりに多く重く、それに雁字搦めとされている私では手の打ちようが無い。彼を特例として保護すると言う判断を早急に学園に打ち出させるのが精一杯だった。そのシワ寄せが、今来ている。

 

「織斑先生」

「真耶……いえ、山田先生、何か?」

 

 処理すべき書類と連絡事項のあまりの多さに辟易としていれば、来年同じクラスを受け持つ予定である山田真耶(やまだまや)が遠慮がちに話しかけてきた。お茶でも持ってきてくれたのかと一瞬思ったが、どうにも違ったようで私は内心少しがっくりした。

 

「お客様のようです。轡木(くつわぎ)さんと応接室でお待ちみたいですよ」

「こんな時にか……分かった、すぐ行くと伝えてくれ」

 

 今のタイミングでの来客は、まさに最悪と言えるだろう。だが今の私にとって、目の前の書類の山から少しでも離れられるとなれば、いい気分転換のようにさえ感じられる。

 幾つかの書類にだけ目を通すと、私は行き交う職員たちの間を抜け、轡木さんの待つ応接室へと向かった。

 

 

 部屋で待っていたのは学園の用務員である老齢の男性、轡木さんと、一人の壮年男性。ジャケットを羽織ったその男が立ち上がると、モデルか俳優かと見まごう程のスタイルに驚かされる。そんな事を思っていれば、男は右手を差し出し、にこやかに私に話しかけてきた。

 

「初めましてミス織斑、出会えて光栄だ。資料で見るよりもずっと美人だな」

「何者だ、貴様? このIS学園に一体何をしに現れた?」

「おおっ怖いな……やめてくれよ~、まだ何にもしてないぜ俺は!」

 

 態度で明確に握手を拒絶されると、男は参ったように両手を掲げて、しかし笑いながらポケットに手を突っ込んでこちらに向き直る。そんな男に対し、私はこれでもかと言うほどに睨みを利かせて言った。

 

「我々は今とても忙しくてな、私も随分気が立っている。もし下らん話なら学園から叩き出すだけではなく海に放り捨てても構わんぞ」

 

 しかし、並の操縦者どころか世界屈指の乗り手達さえ恐れさせる私の威圧にも動じることなく、男は悠々とした態度を崩さない。それ所か、こちらを品定めするかのような視線さえ覗かせている。

 

「いや~実は、IS学園に折り入ってお願いがあってさあ~……俺はそれでここに来たんだ。ま、話を聞いてくれよ」

 

 その緊張感の無い、どこか間延びしたような態度は行方知れずのままの親友の顔を思い出させた。しかし私は、無関係な他者には冷酷とも言える態度を取るが身内にはとことん甘い親友とは違う、底無しの穴を覗いているかの様な、今まさに獲物の首筋に喰らいつかんとする毒蛇の様な、一切の油断を許さぬ緊張感をこの男から感じている。その男が満を持して口を開く。私は最大限の警戒をもってその言葉を待って――――

 

「頼む! 俺も弟さんみたくこの学園で保護してくれ!」

 

 ――――思わずひっくり返りそうになった。

 

 

 

 

 

「――――それで? つまり貴様は『自分にもIS適性があるのでこの学園に保護してもらいたい』と言う訳か」

Exactly(イグザクトリー)! その通りだ! 話が早くて助かるよ~」

「本気で言っているのか?」

「本気本気、大真面目だって! そんなに嘘つくような顔に見えるかな、俺?」

 

 見える、と口走りそうになるのを必死で抑え、腕を組んで一度轡木さんに視線をやる。彼は立場上は用務員ではあるが、実際にはこのIS学園を取り仕切る事実上の運営者だ。

 彼もまた、難しい顔をして目の前の男を見つめている。すぐさま答えが出せる問題で無いのは重々承知だ。ならば、ある程度会話をして時間を引き伸ばすとしよう。

 

「……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。軽く自己紹介でもしてもらおうか」

「おっ、そういえばそうだったなあ。じゃ、遠慮なく」

 

 言って男は胸に手を当て、流れるように大袈裟な礼をする。一々動きが様になる男だ。若い頃はさぞ女性たちが放っておかなかっただろう。

 

「俺は石動惣一。宇宙から来た」

「は?」

「冗談だよ冗談! 正真正銘、日本生まれの日本人さ」

 

 私が一層強く睨みつけると、男は取り繕うように諸手を突き出して振り、その冗談を訂正した。本来ならばこの地点で放り出してやりたい所だったが、もしこの男が本当にISを起動できるならそのリスクは語るべくもない。私は我慢した。

 

「歳は四十とちょっと、前職はカフェのマスターだ。まあそれ程繁盛はしなくてね。恥ずかしながら、バイトを掛け持ちして何とか回してる有り様だったぜ」

「何がダメだったんだ?」

「ん~、やっぱ時期と立地と、コーヒーとパスタの味かなあ……」

「ほとんど全部では無いですか」

 

 この男に本当にカフェのマスターなど勤まっていたのか? と思っていれば、話を聞き流す事に耐えきれなくなったと思しき轡木さんが鋭くツッコミを入れる。それに私は思わず心の中で拍手を送った。

 そして轡木さんは溜息一つつくと、答えを決めたのか、決断的な目で石動惣一を凝視して口を開く。

 

「しかし、信じ難いですね。男性のIS操縦者がこの短期間に二人も現れるなど。それも偶然発覚した織斑くんと違って、貴方は自身がISを操縦できるという確信を持ってここに来た……何らかの意図を感じずには居られない」

 

 言って用意されていたお茶に一度口をつけると、普段の柔和さからは想像もできない鋭い目を一瞬見せてから、轡木さんは私に対して一度目配せをした。

 

「結論を言えば、職員達が忙しく貴方の正体も分からない今、この学園に留め置く訳には行きません」

「ええっ!?」

 

 まるで想像だにしていなかったとばかりに驚いて見せる石動惣一。だが当然の判断だ。話が済んだら、早急に戻って書類処理の続きを始めなければ。既に今日眠れるか怪しい状態になっていたのだ。

 

「……しかし」

「んっ?」

「貴方が本当にISを起動できてしまうと言うなら、我々としても放っておく訳には行きません」

 

 轡木さんが苦悩の末にその判断を下したのは、憂い気なその眼から容易に読み取ることが出来た。しかし、思わず私は轡木さんに幾つかの疑念を問いかける。

 

「轡木さん。この男、どこかの国から送り込まれた工作員と言う可能性もあるのでは? そのような男をこの学園で保護するというのですか?」

「この学園にスパイを送り込まんとするどこかの機関ならば、もっとスマートに生徒として送り込んでくるでしょう。それに、わざわざ貴重で非常に目立つ男性操縦者をその任につけるとは思えない」

 

 確かに、今までこれほど大雑把で雑なやり方でIS学園に潜入して来ようとした者はいない。だが前例が無いからと言って安心しきるのは論外だ。自称とは言え、目の前にいる男もこれまで机上の空論にさえ登っていなかった男性操縦者の一人なのだから。

 

「いや全くその通り、織斑先生もそんなピリピリしなさんな! 大体、こんなイケてる悪者がいる訳無いだろぉ?」

 

 どうだ、と言わんばかりに満面の笑みを向ける石動惣一に、私の堪忍袋は限界近くに達していた。ただ轡木さんの手前そんなに暴れ回ろうとも思えん。

 そう思った私は、この男に対して辛辣な態度を示して、少しでもうっぷんを晴らしてやろうと考えた。こんな態度をずっとしているんだ、それくらいの報復は許されるだろう。

 

「しかし、貴様の態度は気に入らんな。自分の人生を賭けてこの場に立っているなら、それ相応の頼み方があるはずだが」

「……土下座しろって言うのか?」

 

 私の発言に、石動の雰囲気が今までに感じたことの無いような剣呑な物になる。流石の私もちょっと言いすぎたかと僅かな不安に駆られるも、それをおくびにも出さず、高圧的に胸を張り続けた。暫くそうやって睨み合っていると、その雰囲気に耐えかね、轡木さんが横から助け舟を出してきた。

 

「……いや、織斑先生もそこまでは」

「悪かった! 何でもするからどうか俺を匿ってくれ~!!」

 

 石動のその態度のスイッチの早さに、内心緊張していた私は思わず面食らう。余りにもスマートで素早く、美しい土下座だった。完全に全てをかなぐり捨てている者の動きだ。思わず私も毒気を抜かれて肩を落として、一瞬でも気を抜いた事を心の中で反省した。

 

「とりあえず、試験用のISを使って適正試験を受けてもらいましょう。もし実際にISが起動出来たなら我々は正式に貴方を保護します。ただ、その後の処遇などはこちらに任せて頂きますが。織斑先生、案内をお願いします」

「ハイハイっと。そんじゃあよろしく頼むぜ、織斑先生」

「……あまり話しかけるな。何故か無性に腹が立つ」

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、俺の作戦は成功した。男性にはISが起動できない理由を女性との遺伝子レベルでの違いと仮定し、この肉体の遺伝子を弄りに弄りまくったのが功を奏した。

 結局ISの起動に必要な要素が何であるか明確には把握できなかったが、ぶっつけ本番で行ったISの起動試験を俺は無事(IS適正がCランクなんてありきたりな判定の中の、更に最低レベルだったのは気に入らないが)通過し、晴れてIS学園の庇護を得る事が出来たのだ。

 

 しかし完全に信頼されたと言う訳では無い。与えられた部屋も倉庫を整理しただけの即席のもので半ば軟禁と言ってもいい。おまけに幾つかの雑用までやらされているし、更に外を出歩く際には監視を付けられた。

 

 それでも、この処遇は俺の満足行くものだった。その理由はずばり大きな収穫があったからだな。その一つは学園から渡された、鈍器と見まごう厚さを誇る(俺はこれを凶器として用いた事件が起こっていないか、真剣に気になった)ISに関するマニュアル本や参考書だ。

 どうやら学園は新年度、織斑千冬が担当するクラスの補佐か何かとしての立場を俺に与える事にしたようだ。間違いなく、それは織斑千冬を始めとした教師や一般の生徒たちに俺を監視させるための措置だろう。

 

 確かにそうなったら俺は随分動きづらくなる。石動の顔なら、女子生徒からの注目度も高いだろう。しばらくは奴らの目論見の通り大人しくしているしかない。まあ、年単位で時間をかければ警戒もある程度薄れるだろうし、物を教えたり導いたりするのは割と得意分野だ。そもそも、俺を人間だと思っている地点で奴らとの騙し合いには勝ってるしな。

 

 そんなこんなで、このマニュアルのお陰で俺は合法的にISについての知識を得る手段を手に入れる事に成功した。部屋の中に閉じこもっている間はマニュアルをめくり、脳内の知識をどんどん更新し、新たな知識を吸収していけばいい。

 

 だがそれ以上の収穫が一つある。あのやたらと厳格な女教師、織斑千冬の存在だ。

 

 試験後に握手をした一瞬での簡易な測定になったが、その力はハザードレベルに換算すれば現在の俺と同等……<ネビュラガス>の注入もせずにあれほどの肉体強度を持つのは間違いなく異常だ。奴の遺伝子を解析して俺の体に組み込めば、一気にハザードレベルを回復する事も可能だろう。

 

 しかし、俺が教師ねえ。そんな事になるとは考えもしなかったな。

 ビルド達に敗れてから随分遠くに来ちまった気がする。この先、うまくやって行けるといいんだけどなあ。相手する事になる生徒たちが、誰も彼も美空くらい扱いやすいといいんだがなあ。

 

 マニュアルをめくる手を止めて、俺は仰向けに寝っ転がって上を見上げた。そこには急ごしらえで備え付けられた電灯と、暗雲も光明も見出せぬ、ただ薄汚れているだけの天井があるだけ。まるでこの世界の行く末のように、何も見通すことはできないのだった。

 




織斑先生も万丈やカシラと同じく生身でのスマッシュ撃破は出来ると思います。
一方エボルト自身の戦闘はしばらくは無さそうです。

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