星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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ほぼ全編バトルパート、約二万七千字です。
切り所さんが見つからなくて結局フルで投稿する事になりました。
長いの苦手な人は申し訳ないです。
ぬあぁぁあああっ……!(幻徳土下座)

10万UA、1400お気に入り、200感想、100評価どれもありがとうございます。
お陰様でこのパートを何とか完走までこぎ着けられました。
誤字を幾つも見つけて頂ける誤字報告の皆様にも毎度お世話になっております。
良ければ、これからも応援よろしくお願いします。


誰がためにゴスペルは鳴る

 青空を、雲と雲の間を、白と紅の流星が駆ける。僅かに先行する紅を追う中で、白を走らせる俺は、肌に涼しい向かい風を感じながら頬に汗を伝わせている。

 

 俺と箒の駆る<白式(びゃくしき)>と<紅椿(あかつばき)>が<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>と対峙するべく砂浜を発って既に十分余り。俺達は言葉を交わす事も無く、済み切った空とは真逆の重苦しい空気を振り払えずにいた。

 

 ――――当たり前だ。今回の相手である<銀の福音>は、多分今までの中でも一番の強敵。そして、前に<ブラッド>を相手にした時とは違って、正規の操縦者が今だに囚われている。あの時のような力任せの<零落白夜(れいらくびゃくや)>は今度は使えないし、そもそもアイツは鈴の<龍咆(りゅうほう)>を容易く見切った様な相手だ。だからこそ石動先生は、ラウラのAICでの拘束が必要だと考えたんだろうけど……。

 

「上手く行くかな……」

 

 嫌な予感がして、思わず口が動く。すると、小声でつぶやいたそれに気づいたのか、箒の紅椿が俺の真横に並走するように僅かに速度を落とした。

 

「やはり心配か、一夏」

「……相手は<ブラッド>だからな。不安に思うなって方が無理だろ」

「……私も同感だ」

 

 難しい顔をして同調する箒に、俺は少し驚いた。最近の箒は以前のように癇癪を起こす事も殆ど無く(昨日みたいな手ひどいハプニングに遭った時くらいか)、いつも自信に溢れた立ち振る舞いで訓練機搭乗者達の先頭に立ってきた。専用機持ちの俺だって、そんな箒に置いて行かれないよう、追いつけるように頑張ってきたんだ。

 

 そんな、俺にとっての目標の一つである箒にそんな顔されると、俺はもっと不安でたまらなくなる。

 

「……止めてくれよ箒、らしくない。お前はいつもみたいに、自信満々で胸張っててくれよ」

 

 俺が苦笑いしながら言うと、箒は一瞬目を見開きすぐに伏し目がちな沈んだ顔になって、細々とした、それこそらしく無い声を上げた。

 

「…………ブラッドは恐ろしい奴だ。強く、残酷で、他人を傷つける事を心底楽しんでいる。あの日、砲口を向けられた瞬間の事が未だに瞼の裏に焼きついて消えないんだ。自信なんて、これっぽっちも無いさ」

 

 箒の言葉に、俺の脳裏にあの日の光景が浮かび上がる。燃え上がる放送室、ブラッドの哄笑、そして何より、怒りに我を失った自分。結果的に成功したとはいえ、鈴やセシリアが居なければ俺は真正面から奴のビーム砲で消し飛ばされて、ここに居る所か次の朝を迎えることも出来なかっただろう。

 

「だが、奴が居なければ今の私は無い」

 

 俺はハッとなって箒を見た。箒は眉をしかめ、射殺すような鋭い視線を今はまだ見えぬブラッドへと向けていた。

 

「奴が居たからこそ、私は以前の弱い自分と決別し、正しく強くなるための道を歩み始める事が出来たのかもしれん。教えを授けてくれたのは石動先生だが、きっかけは奴だ。だからこそ今日ここで奴を越えて、私は改めて前に進み始める。例え<紅椿>の性能自体が奴の<福音>を上回っていようが、挑戦するのはこちら側だ。全力で戦い、勝利を掴む。助けねばならん人も居るからな」

 

 そう言う箒の眼には油断や慢心など微塵もない。あるのはただ、覚悟と決意。しかし、それによって歪んだ箒の顔に、俺は一抹の不安を覚えた。こんな張り詰めた箒は見たことがない。どうにもその顔への不安感が拭えなくて、俺は薄く笑い箒に声を掛けた。

 

「……あんま気負い過ぎるなよ、箒。あくまでこの戦いは俺たち全員での戦いだ。前のめりになりすぎて落とされちゃ元も子もないぜ」

「……そうだな、すまない」

「ここだけの話、こう言うときの深呼吸ってのは思った以上に効果あるらしいぜ? 騙されたと思って試してみろって」

「うむ……スゥーッ、ハァーッ……スゥーツ、ハァーッ……ふふふっ」

「何だよ、急に笑って」

「いや何、先程までの切羽詰まっていた自分が可笑しくなってな…………ありがとう、一夏。お陰で肩の荷が降りた。ああ、そうだ、石動先生が言っていた。『シリアスになりすぎるのはよく無い』と」

「正にさっきまでの箒じゃねえか」

「その通りだ。全く、まだまだお前から学ぶべき事もたくさんありそうだ」

 

 笑う箒に釣られて、俺もまた笑う。先程までの重苦しい雰囲気が嘘のように、俺達の心は晴れ渡っていた。その時、俺達の元へと通信が届く。

 

『――――聞こえるか、二人とも』

「はい、織斑先生」

『<ブラッド>――いや、<福音>に動きがあった。お前達に向けて軌道を変更、あと百八十秒ほどで接敵する。真正面からの接触になるが、何を仕掛けてくるか分からん。慎重に行け。増援が到着するまで落とされないだけでいい。特に一夏、お前の<零落白夜>は最後の決め手だ。基本的に篠ノ之に任せて、お前は損耗を最低限に留めるように』

「了解だぜ、千冬姉」

『いつも織斑先生と呼べと言ってるだろうが。緊張感の欠如か?』

「緊張しすぎも良く無いって石動先生も言ってたっすよ。それに今織斑先生だって俺の事一夏って呼んだじゃないっすか」

『それだけの余裕があるなら大丈夫そうだな。……織斑、帰ってきたら覚悟しておけよ。以上』

 

 最後に不穏な事を言い残して、一方的に通信を切断する千冬姉。俺はそれに恐怖を覚え、少し震えながら箒の方を振り向いた。

 

「……俺、もしかして余計な事言った?」

「『リラックスしすぎも良くない』と言う事だな。私にもその緊張感の無さを半分分けてくれ」

「無いものは渡せねーよ! つか、箒の緊張感をくれよ! 究極的に言って柄じゃないんだってこういうの!」

 

 言ってにやりと笑う箒に、俺は思わず喚きながら笑った。これなら大丈夫だ。今の俺と箒、それにみんなの力を合わせれば、ブラッドにだって負けやしないさ。

 

 そう心を新たに前に向けば、雲と雲の間に赤い点が見えた。ハイパーセンサーでそれを拡大すると、そこには血のように赤い天使が映し出され、見る見る内に迫ってくる。

 

「来たか。油断するなよ、一夏」

「ああ、真正面から来る以上、何かやらかしてくるに違いねえ」

「まずは様子を見る。先手は渡すが、一撃で落とされんようにな」

「そっちこそ!」

 

 言いながら、俺は<雪片弐型(ゆきひらにがた)>を構えた。同時に箒が<空裂(からわれ)>と<雨月(あまづき)>を構え、何時でも斬撃を放てる姿勢へ移行する。迫る<福音>はその様を気にも留めず、頭部から生えた一対の翼を羽ばたかせさらに速度を加速させた。

 

 通常なら<福音>と同様の銀色に輝いていたであろうそれは、今や無惨にも真っ赤に染まっている。出撃前にもらえた情報によれば、あれこそが福音の要、大型スラスターと広域射撃兵装を融合させた軍の最新システムらしい。

 

 あの翼の可動域と大きさからすればその速度と機動力の高さは想像に難くない。だが、セシリアの言っていた全方位対応(オールレンジ)射撃攻撃が実際どういった攻撃なのか……その具体的なイメージを俺達は掴めていなかった。

 

「来るぞ!」

 

 箒の声と同時に、福音が翼を折りたたむ。再度の羽ばたきで更なる加速を得てくるかと思った瞬間、勢い良く広げられた翼から、光輝くエネルギーの羽根が撒き散らされた。

 

「箒!」

「一夏!」

 

 俺達は言うが早いか、いつか<スターク>の誘導弾を回避した時の焼き直しが如く、互いを突き飛ばし、その加速をもって福音の軌道から避難した。次の瞬間には先程まで俺達の居た地点を瞬時加速(イグニッション・ブースト)張りの速度で福音が通過し、その通った場所には、翼から放たれた大量の羽根が宙を舞っている。

 

 

 直後、その一つ一つが凄まじい音と衝撃を以って炸裂した。

 

 

「マジかよ――――!!」

 

 その破壊力に俺は驚愕する。あの羽根の一つ一つが対IS手榴弾以上の爆発を起こすってことは、一発でも喰らえば碌に身動きも取れなくなる。そしてそれは、同時に放たれている羽根の爆発にさらに巻き込まれることを意味し――――

 

「攻勢エネルギーによる連鎖爆発砲撃……広域を自在に爆撃可能で、かつ回避力に優れたISを面制圧で仕留められる。最重要軍事機密は伊達ではないという事か……!」

「何冷静に分析してんだ箒! こいつは固まってちゃヤバイ! 分かれてやるぞ!」

「羽根は私が空裂でまとめて落とす! 一夏は攻撃の合間を狙ってくれ!」

「了解!」

 

 箒の握りしめる空裂が振るわれ、斬撃の波が福音へと迫る。しかし福音は翼を折りたたみ、弾丸のように回転しつつ光波をかいくぐって箒に迫った。そのまま奴は箒の目前数メートルの距離で翼を開く。いや、翼だけではなく、その装甲の一部が開いて内部の砲撃機構を露わにした。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 だが、それを許す箒では無い。瞬時加速でその懐に飛び込むと、胸部装甲を斬りつけながら宙返りするように奴の頭上を飛び越え上を取った。そのまま雨月を突き出して、光弾をその武器名通り雨あられと降り注がせる。

 

 福音はその光雨をまるで踊るかのように、小刻みな加速機動と羽根による相殺で回避し、防御してゆく。その動きは精密無比。箒の動きを予め見切り切っているような回避精度だ。だが、俺の知るブラッドの動きとはどこか違う。確かに福音の回避は正確なのだが、奴の動きにはもっと余裕があった。目前の福音は常に最速で箒の攻撃を見切り捌いてゆく。

 

 俺の中で奴の存在が大きくなっているだけなのかもしれないが、ブラッドならもっと、こちらを嘲笑うかのように甘い回避を見せる気がする。そしてをそれをエサにして、勇んで飛び込んだ俺を仕留めにかかるような悪辣さを奴は漂わせていた。だが今の福音にそう言った雰囲気は見られない。ただ無機質に、どちらかと言えば、ブラッドに乗っ取られる前のあの無人ISを思い出させる。

 

「なあ、箒! こいつ――――」

「ああ、動きに一切の()()が無い。本当にブラッドが操っているのか!?」

 

 どうやらその疑念は箒も同じだったようで、困惑を滲ませつつ攻防を継続させていた。俺は下手に手も出せず、それを眺めて機を伺うばかり。くそっ、やっぱ普段使いできる遠距離兵装が無いってのは目茶目茶もどかしいな! 束さんもその辺考えてくれよ……!

 

 でも、出来る事はあるはずだ。俺はゆっくりと奴の死角――ハイパーセンサーのあるISに文字通りの死角はないのだが、とにかく迎撃がしづらそうな位置取りだ――へと回り込み、突撃態勢を整える。

 

「箒、俺が奴の気を引く。そこを叩き切るなり突き飛ばすなりしてくれ」

「本気か? らしからぬとは言え、この無機質な動きもブラッドの演技である可能性もある!」

「むしろそこを確かめてえ。俺は福音から(ブラッド)らしさをこれっぽっちも感じねえんだ。箒だって、何かおかしいって思ってるだろ」

「確かにそうだが……!」

「一回だけだ、危険になったらすぐ退避できるようにする。試させてくれ!」

「……くそっ! 責任は取らんぞ!?」

「サンキュ!」

 

 箒の声にサムズアップで答え、俺はタイミングを計る。――――そうだ、そもここでタイミングを計るほどの余裕があるのがおかしい。ブラッドの奴なら、箒に注力しつつ俺へも牽制を飛ばすくらいはしてきたっていいはずだ。しかし福音は箒への攻撃を継続、俺には一切見向きもしない。

 

 確かに箒が強いのは分かる。使ってるISだって最強の機体だ。ただ、一撃必殺の能力(零落白夜)を持つ俺をここまで放置するなんて、俺達を嘲笑うかのような動きを逐一見せたブラッドらしく無い。

 

 ――――って事は、こうして俺が痺れを切らすのを待ち構えてるって訳だな。なら、望みどおりにしてやるさ!

 

 福音が翼を広げ、再度箒に対して羽根をばらまき始めた瞬間。俺はスラスターを吹かし突撃し、その背を狙うべく接近を開始する。だが直後、牽制とばかりにこちらに放たれた羽根の壁を見て、一気に軌道を反転。再び距離を取った俺と福音の間で、羽根が一気に炸裂した。

 

 俺は一瞬驚愕に我を忘れ、しかし次の瞬間には爆炎を目くらましにした攻撃を予測してさらに距離を取った。だが、覚悟した攻撃がいつまでもやってこない。黒煙が晴れれば、そこには先ほどの様に、箒との一進一退の攻防を続ける福音の姿があった。

 

「――――やっぱおかしいぜ!? 今のをもっと引きつけてからやれば俺を落とす事だって出来たはず! けどこいつは単純に俺の攻撃を中断させただけだ!」

「どうなっている?! こいつはブラッドではないとでも言うのか!?」

「少なくとも目の前のこいつは違う! アイツはこんな甘い奴じゃあないぜ!?」

「何なのだ一体……!」

「もう一度突っ込んで、そのまま俺の零落白夜で落とせちまわねえか!?」

「ダメだ、今独断に移れば作戦に乱れが生じる! それにこの動きならば、セシリア達が来れば更に盤石だ!」

「くっそ……わーった! だったら、皆もう少しかかるみたいだし、ちょっとずつそっちの方に誘導するってのはどうだ!?」

「名案だな!」

 

 箒の返答を聞き終える間もなく、数発飛んで来た羽根を高度を上げて回避。その炸裂を見下ろしながら、箒と福音の戦いに目を向ける。確かに福音の攻撃能力はすさまじいが、それでもその機械的な動きを予測するのは容易だ。箒は雨月によって、放たれた羽根が広がり切る前に撃ち落として対処を容易にしつつ、爆炎越しに空裂の斬撃光波を正確に命中させてゆく。

 

 福音はゆっくりと、だが確実に追いつめられつつあった。

 

 

 

 

 

 

「――――見えましたわ! 織斑先生の情報通りですわね!」

 

 先行するオルコットが叫ぶ。強襲用高機動用の換装装備(パッケージ)に身を包んだ彼女は他の専用機乗り達に先んじて偵察を行い、最短距離で一夏()達に合流するのに一役買っていた。

 

「二人とも、大丈夫かな……? 相手は軍の最新鋭機だし、リミッターもかかって無いし」

「だったらアタシ達の参戦で試合をひっくり返してやるだけ。専用機六機がかりならやれない事じゃ無いはずよ」

 

 心配そうにつぶやくデュノアを(ファン)が叱咤する。この作戦は、我々より前に<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>と交戦に入っている二人――――そのうち、一夏の持つ零落白夜と、いま彼らに合流せんとする我々の内、私の持つ慣性停止結界(AIC)が重要な役割を果たす事になる。石動惣一の提案したこの作戦はシンプルであるがリスクの低さ、そして状況が想定通りに進行した場合の成功確率の高さにおいて、あの場で提案された作戦の中では最も良好な物だと言えるだろう。

 

 少なくとも、二人の嫁(一夏と箒)だけを戦場に立たせ、帰りを待つなど婿たる私のやるべきことでは無い。それこそ嫁の仕事だ。故に、あのまま篠ノ之束が提案した通りの作戦が採用されるのであれば教官への諫言(かんげん)も辞さぬつもりだったが……その点は石動惣一に感謝してもいいだろう。しかし……。

 

「……お前達は、安心して私に作戦の要を任せられるのか? もしそうで無いなら、それなりに謹んで行動させてもらうが」

 

 気まずい顔で、私は三人に問う。そもそも私は、極めて個人的な理由でこの学園に足を踏み入れた人間だ。教官をドイツへと連れ戻し、織斑一夏を倒すと言う、今思えば余りに視野の狭まった考え方でだ。その最中で、少なからず私は彼女達に不利益を与えていた。特にオルコットと凰に対しては、学年別タッグマッチの出場を辞退せざるを得ないほどの痛手を負わせている。

 

 彼女達二人が誇り高い人間であるという事は、一夏や箒達と行動を共にするようになってから十分に理解している。故に、そのプライドを見下し、あまつさえあれだけの暴言を浴びせた私を許せているのか。私にはそう言う考え方は出来ない。逆の立場であれば、今も嫌々ながらに行動を共にしていただろう。寧ろその方が自然だ。

 

 学年別タッグマッチでのISの暴走。しかし、真に暴走していたのは私自身だ。故に、頭を下げる事だって、それなりの罰を受けることもやぶさかでは無いし、彼女らが望むのであれば、この学園から去る事だって覚悟していた。しかし、彼女らと接する機会が増えてきても、そのような事を口にする者は居ない。

 

 初めは一夏の居る前だからかと思っていたが、別段そう言った様子も無く、皆ごく自然に私を受け入れてくれているように思えた。そこが、どうしても私には納得できなかった。

 

「少なくともアタシは許してるわ」

 

 あっさりと告げられたその言葉に驚いて、私は凰の方を振り向いた。

 

「むしろ、あの時負けたのは単純にアタシ達が弱かったから。同じ代表候補生でありながら二対一で手も足も出ないなんて何の悪い冗談よ、ってハナシ。だからアタシは気にしてない。アンタもそうなんじゃない、セシリア?」

「……まあ、もっと高貴な言い方があるとは思いますが、かねがね同意ですわ。あの時の戦いは自分の実力不足を痛感するいい機会になりました。それに、貴方はもうあの頃の怒りと憎悪に満ち満ちた盲目のラウラ・ボーデヴィッヒではありませんので」

 

 落ち着き払って言う二人の言葉を、私は純粋に驚きを持って迎えた。私であれば、こうも軽くあの様な敗北を認める事など出来ないだろう。事実、『出来損ない』と呼ばれた時代に私をそう呼んだ者達への昏い感情は、未だに私の奥底に燻っている。当時の私ならこの彼女達の潔さを『卑しい誇りしか持たぬから』とでも軽蔑していたかもしれないが…………今の私にとっては、それが眩しく感じられた。

 

「アンタがどう思ってるか知らないけど、こちとら一度や二度の負けで折れるほど軟じゃないのよ。だから許すわ。でもま、それでアンタが納得できないって言うなら……リベンジマッチは断らないでよ。アタシ、対アンタ用の特訓もしてるからね、ボーデヴィッヒ」

「むしろ帰ったら、一回皆で戦ってみるのはどう? 互いのいい所と悪い所を相談してみたら、今まで見えなかったものも見えるかもしれないし。どうかな?」

 

 好戦的な笑みを浮かべる凰、それに無言で口角を上げるオルコット、皆の間を取り持つように笑顔で提案するデュノアに、私はただただ救われたような気持ちになる。一夏や箒だけじゃない。彼女らに恥じない戦士になるべく、ますますこの学園での研鑽に力を入れなければなるまい。

 

「…………なあ、どうだ? 三人とも私の嫁にならないか?」

「ハァ? 悪いけどアタシ婿にする男は決まってるから。お断りよ」

「残念ですが私もですわ。他の方に声をかけてくださいまし」

「うーん。僕も遠慮しとくよ……」

「いや、冗談だ。…………ありがとう、皆。お陰で目の前の戦いに集中できそうだ」

 

 私がそう言うと、オルコットとデュノアが唖然としたように口を開け、凰に至っては照れたように頬をかき、一瞬して、赤くなった顔を隠すように前を向いた。

 

「だったらいいわ。……飛ばすわよ、皆! 置いてかれたって知らないからね!」

 

 言って最大出力で飛び出す甲龍(シェンロン)に、負けじと<ブルー・ティアーズ>のスラスターが火を噴いた。

 

(わたくし)達も行きますわよ! 一番槍をみすみす渡してはオルコット家の名折れ!」

「いや、もう一夏達が戦ってるけどね……」

 

 呆れたように、しかし微笑んで言うデュノアと共に、私は彼女達の後を追う。ハイパーセンサーに敵影が映ったのはすぐの事だった。

 

 

 激しくぶつかり合う二機の紅いIS。その隙を伺い常に斬りかかるための態勢を取り続ける白いIS。戦闘開始後十分ほどが経って、ようやくここにIS学園の一年生が持つすべての専用機が集結した。

 

「待たせたわね、一夏、箒ちゃん!」

「鈴! 皆! やっと来てくれたか!」

「アレが<ブラッド>ですわね!? すぐにでも(わたくし)が――――」

「ちょっと待って皆! <銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>を良く見て!」

 

 デュノアが示した言葉に従ってその威容を見つめれば、その体は既に満身創痍と言ってもいい状態だった。全身の装甲には数え切れぬ刀傷が付き、片方の翼の先端は斬り落とされたか失われている。一方、奴と真っ向から戦闘していたはずの箒の<紅椿(あかつばき)>は殆ど万全の状態であった。

 

「……まさか、二人だけで圧倒してしまったのか?」

「いや、違う。なんだかアイツ、らしくねえんだ。本当にブラッドが乗ってるなら、俺達二人も防戦一方になると思ってたんだが……時間稼ぎのつもりが、箒ひとりに倒されちまいそうだぜ」

 

 困惑するかのような一夏が視線を向ける先で、紅椿と福音が激しく交錯する。状況説明を一夏に任せた箒はともかく、福音もこちらを気にも留めていないようだ。真っ当であろうがあるまいが、勝利することを念頭に置いて戦う者であれば、敵の数が三倍にもなれば多少は何らかの反応を示すものだが。

 

「暴走しているから……にしては攻撃の矛先が全くこっちに向かないのが不気味だね」

「ああそういや、アイツの攻撃はあのスラスターから羽みたいな弾が出てそいつが爆発するんだ。あんまり固まってると危険だぜ」

「なら、ひとまず散開しよう」

 

 皆が互いに適度な距離を取り、福音を包囲した。それを見て一夏は声を上げ、準備完了を箒に伝える。

 

「箒! 準備オーケーだ! 上手くラウラの方に頼む!」

「ああ……行くぞ!」

 

 その言葉と共に紅椿が突撃を開始した。福音はそれを阻もうと翼を広げ空に羽をぶちまける。だがそれは凰、デュノア、オルコットの制圧射撃によって大多数が発射直後に爆散。むしろ福音に少なからず衝撃を与え、その行動を縛る枷となる。そして爆炎の中から飛び出す紅椿。反応する間もなく福音に肉薄し、柄頭(つかがしら)で強かに福音の腹を打ち付けた。

 

 余りに勢い良く腹を打たれた福音は、手足を投げだした状態で綺麗に吹き飛ばされる。見事な一撃だ。福音は両方の翼を最大限に広げ、空中で何とか持ちこたえる。その姿を――正確には翼を狙い、私は両手を掲げた。

 

「――――拘束、完了」

 

 福音の広げられた翼は空に縫い止められ、その本体は翼から吊り下げられたかのように重力に引かれぶら下がった。一つの装備に機能を集中しすぎた弊害か。それを封じられた途端、奴の戦闘能力は大きく低下する。試験中で、最低限の装備しか積んでいなかったのが幸いした。もしこれで近接用装備など持っていたらと思うとぞっとする。

 

「今ですわ! 一夏さん!」

「やっちまえー! 一夏ーっ!」

「言われなくても……! うおおおおお――――ッ!!!」

 

 皆の声援を受けて、一夏が福音に突撃する。雪片弐型が展開して、その刀身どころか、刀全体が剣を象った光に包まれた。

 

 あれが零落白夜。嘗て教官が操り、今では一夏が使う、世界最強の対IS能力。

 

 その光を見てかつて震えるほどの怒りを抱いた私が今抱いたのは、単純な達成感だった。任務完了。それを皆で無事に迎える事が出来る喜びは、軍に居た頃も、学生としてここに居る今もそう変わらない。後は一夏が動けぬ福音のエネルギーをゼロまで追い込んで、ISの解除された操縦者を保護すればこの任務は終わりだ。武器であり、翼である特殊兵装を封じられた福音に抵抗の手段は無い。私は――――否、そこに居る皆が作戦の成功を確信していた。

 

 

 

 それは、完全に油断だった。

 

 

 

 突如、福音と一夏の間に飛び込んだ()()()が、手に持った工業製品めいた実体ブレードで零落白夜を逸らし、勢いそのままに思いっきり一夏を蹴り飛ばした。

 

「ぐわあっ!?」

「一夏!?」

 

 想定外の攻撃に吹き飛ばされる一夏を、偶然その方向に居たデュノアが受け止める。それ以外の皆は一夏の無事を横目に確認した後、突然の乱入者に視線と殺気を向けた。

 

『なんとか間に合ったかァ……!』

「貴様は……!?」

 

 血の如く紅い全身装甲(フル・スキン)。宇宙飛行士めいたシルエットに、エメラルドカラーのバイザーと胸部プロテクターに目がいく配色、全身に生やしたダクトめいたパイプのいくつかが、スラスターとなって奴を空中に維持する原動力となっている。

 

「貴様は……<スターク>!?」

『よぉ~! 久しぶり! ……でもねえか。随分なメンツが集まっていやがるじゃあねえの。俺も仲間に入れてくれよ』

「貴様、どの口が言うのだ!」

 

 箒が怒り心頭と言った具合で雨月の切っ先をスタークに向ける。奴が、学年別タッグマッチに乱入し、ヴァルキリー・トレース・システム(VTS)に呑まれた私やデュノア、そして一夏や箒と激戦を繰り広げ、まんまと逃げおおせたという謎のIS乗り。

 

 そんな相手が今、私の目の前にいる。その余りの衝撃が、福音を拘束するAICの効力に一瞬ほころびを生じさせ、しかし咄嗟に力を入れ直した事によって、福音に羽ばたかれる事は免れた。

 

「どうやって先生方の包囲網を突破したのですか!?」

『素通りしたんだよ。安心しな、誰も傷ついて無えし、寧ろ気づいていないと思うがね』

「嘘でしょ……!? 山田先生を初め、先生たちは皆並みの乗り手じゃないわ! いくら訓練機に乗っていたからって、それを素通りなんて……!」

 

 停止結界の維持に苦心する私を他所に、スタークは気軽な様子でオルコットの問いに答える。その返答に驚愕する凰を無視して、奴は今だ宙にぶら下がり身動きの取れないブラッドを見据えて、蔑むように首を傾けて言った。

 

『よぉ~、ブラッド! 無様なモンだな。幾らお前でも、軍用最高機密の機体は荷が重かったかァ? お前のような男風情が、ISを操ろうってだけでも傲慢極まりないってのによ。何とか言ってみたらどうだ? ええ?』

 

 だがその言葉に、ブラッドは一言たりとも言葉を返さない。それを見て、スタークはつまらなそうに、或いは納得したかのようにぶつぶつと小さな声で独りごちた。

 

『…………ナターシャ・ファイルスね、見上げた精神力だ。完全に暴走しているはずの福音をギリギリで抑え込んでいる。称賛に値するぜ』

「アタシ達を前にしてよそ者と会話なんて、随分と舐めてくれるじゃない」

 

 両肩の龍咆を稼働状態にした凰がスタークとブラッドがもろともに射線に入る位置に移動して言う。

 

『確かに、ここで六対一……。流石に無事でやれるか怪しいな』

 

 まるで、包囲されている事に今更気づいたようにスタークは言った。その姿に私は一抹の恐怖を感じる。ここに居る皆は全員国家代表候補生、一夏もそれに準じる実力者だ。それを前にしてこれだけの余裕…………それがハッタリだとは、私には思えない。その余裕には『自信』と『経験』が滲み出ている。『この程度の相手にならば』と言う、実体験を元にした確固たる自信。

 

 まるでそれは、着任したばかりの数日間で、新任の教官に反抗する兵士たちをおしなべて黙らせた、教官(織斑千冬)の風格にどこか似ていた。

 

『だったらせめて、もう一人『敵』を用意するとしよう』

【デビルスチーム!】

 

 スタークが手にした実体型ブレードに備わったバルブを操作すると、聞いたことの無い電子音声が響き渡った。同時に、その先端から青黒いネオン状の光を放つ気体が溢れ出す。

 

『お前らもよーく見ておけ。記念すべきスマッシュ第一号の誕生を……さあ、実験を始めようかァ!』

 

 スタークはそのブレードの切っ先を、迷うことなく福音に突き立てた。ブレードと福音が接触している部分から、謎の気体がその内部へ――――操縦者の体内に注ぎ込まれて行く。

 

『キァァァァァアアアア!!!』

 

 金属同士が擦れ合うような、或いは女性の悲鳴のような異音を放ち、煙に包まれる福音。その姿を見て、福音から距離を取ったスタークは実に楽しそうに大笑いした。

 

『フハハハハハ! ハッピーバースデイ!! 最高だ! ずっとこうしてやりたかったぜ……ガスを注いでおいてなんだが『我慢は体に毒』って奴だな……ハッハッハ……!』

 

 皆が固唾をのんで見守る中で、煙に包まれていた福音のシルエットが徐々に(おぞ)ましく変化し、元々の洗練された兵器としての姿から遠ざかってゆく。

 

 そして、煙が晴れた中から現れたのは、今までの福音とも、今まで見たあらゆるISとも似ても似つかない、異形の天使だった。

 

 全身が元の<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>を思わせるような白銀色に染まり、頭部の翼はより有機的に変化、切り落とされていた先端部分も再生している。その頭部や体は元々福音の持っていた女性らしさを確かに残しながら、より禍々しい甲冑となり、その輪郭から神々しい輝きを放ち続けていた。

 

 皆がその異様さに身構える。しかし、怪物はそれに気づいていないのか、自身の体の具合を確かめるように手を一度握るとその美しい白銀の翼を羽ばたかせた。

 

 ――――AICの効果から抜け出している!?

 

 変化に気づいた私が再び両手を構え、天使の姿に焦点を絞った。あっさりと、捕縛が完了するその瞬間。そこには、奴の翼から抜け落ちたと思しき羽根が舞っていた。炸裂音。

 

「きゃあっ!?」

「!?」

 

 皆が全速で振り返れば、爆発の煙の中から吹き飛ばされる甲龍。そこに佇む天使。

 

「鈴!!」

「大丈夫! 甲龍(シェンロン)の装甲ナメんじゃないわよ!」

 

 一夏の声に凰が答え、即座に空中で姿勢を立て直し、天使と対峙する。その装甲には焼け焦げたような跡。そこからぶすぶすと黒煙が糸を引く。

 

『ほう……? フッフッフッフ……そうだな……名付けて、<エンジェルスマッシュ>ってとこか。我ながらそのまんまだが……まぁいい。…………ブラッドの奴は逃げやがったな。相変わらずこう言う時は鼻が利く奴だ』

 

 その姿にスタークが悪意ある笑い声をあげた。<エンジェルスマッシュ>? 一体何だ、それは。ブラッドが逃げた? では、この戦いはどうなる? 何故、ブラッドから解放されたはずの福音が私たちに牙を向く? 先ほどの悍ましい煙は何だ?

 

 堰を切った様に溢れ出した疑問が私の脳内を埋め尽くした。その中で何よりも私を恐れさせたのは、先ほど奴が福音に注ぎ込んだ謎の気体。状況を見る限り、あれは他者を怪物化させる効力を持つ。馬鹿な、そんなお伽めいた物が存在するはずが無い。

 

 そう目の前の事実から眼を背けようとする自分を、私は強いて抑え込んだ。現実を見ろ。福音は天使じみた化物と化し、現実にこちらに牙を向いて来ている。それにもし、あのガスを他の者が浴びればどうなる? 誰かが怪物になってしまうのか? それだけは許すわけにはいかん。

 

 だが、情報が足りない。そして、あのように他者をISごと怪物化する能力を目の前のISが持っているというのなら――――それは、<スターク>が<ブラッド>など比にならない危険性の持ち主であることを意味する。

 

「テメェ、何をした!?」

『何をしたか? その機体の搭乗者には死んでもらった。比喩的な意味でな。今のそいつは理性の無い怪物だ、生け捕りなんて考えればお前達の方が逆に危ないぜ?』

 

 一夏の問いに、喜んで答えるスターク。あまつさえ忠告まで交えるその姿は、この状況を骨の髄から楽しんでいるようで、どこか恍惚じみた陶酔感さえ感じさせた。

 

「何故ですの……? 何でそんな事平然と……!?」

『何故って? ハッハッハ、俺はゲームメーカーだ。あらゆる状況を鑑みて最上の戦術を考える。何、安心しろ。万一お前らが敗れたなら、俺が責任持ってこいつは始末してやるよ。ま、その場合搭乗者は本当に死ぬ事になるだろうけどな。そう言う訳で頑張れよ。巻き込まれちゃ堪らんし、俺は文字通り高みの見物と行かせてもらうぜ』

 

 言ってスタークは高度を上げようとする。しかし、奴は確かにスラスターを稼働させながらもそこから動く気配はない。――――否、動けないのだ。私の停止結界が、既に奴を捕らえてしまっているのだから。

 

「それを、私達が許すと思うか?」

『んん? お前は……』

 

 掌を向けられたスタークは思い出すように首を傾げ、次の瞬間AICの効力など知ったことでは無いとばかりに手を叩き、私に向けて人差し指を向けた。

 

『……ああ! 織斑千冬擬き(VTS)の中身か! 意識がある状態じゃあ初めましてだな、壮健そうで何より! しかし、俺なんぞに構ってる場合かねえ? あれはもうISなんてチンケな枠を越えた怪物だぞ?』

「少なくとも、君をフリーにすることの危険性は良ーく知ってるつもりだけどね……!」

 

 背後からデュノアが二丁のショットガンをスタークに向け、その動きをけん制する。あの様に軽々しく動かれはしたものの、スタークはAICからの効果から完全に抜け出せてはいない。スラスターの出力を上げたままであるにもかかわらず、一点に留まっているのがその証拠だ。だが奴は絶体絶命の状況にも関わらず、首だけでデュノアを見据えて、懐かしむように笑った。

 

『ああ、シャルル・デュノア……いや、シャルロット・デュノアか。 ……仕方ない。俺に啖呵切るって事は多少は腕を上げてきたんだろうな? 前みたいに暇つぶしで終わらんことを願うぜ?』

「だったら……このまま終わってよね!」

 

 デュノアがショットガンの引き金を引く。だがそれより一瞬早くスタークの全身が赤黒く発光し、AICの影響を撥ね退けて銃弾の嵐を回避した。

 

「シャル! ラウラ! そいつはヤバイ! 俺も――――」

「ダメだ一夏! こいつは僕が足止めするから皆で福音を! スタークは『俺が倒せばナターシャさんは死ぬ』って言った! って事は、僕たちがやれば助けられる余地はあるはず!」

「同感だ!」

 

 私はデュノアの射撃を回避するスタークに向け、大口径リボルバーカノンによる砲撃を何発か打ち込んだ。しかし奴はハイパーセンサーでこちらを油断なく警戒していたか、空中できりもみ回転しその砲弾の間隙を掻い潜る。

 

「奴は私とデュノアで何とかする! 一夏以下四名は全戦力を福音に集中、早急に奴を討ち果たせ! スタークが何をしたか分からんが、おそらく、かなりの性能強化がされているはず……殺す気で挑まねば、勝てる相手では無いぞ!」

『かねがね正解だぜ! 褒めてやるよ!』

 

 よそ見をしている隙に、眼前にはブレードを振りかざすスタークの姿。私は両手のプラズマ手刀を起動し、奴の振るう実体ブレードと打ち合った。

 

 奴の一撃一撃は、途轍もなく重い。全力の一夏をも上回るパワー。それを短刀程度の長さの獲物を片手で振るう事で実現しているのだ。現行最新の第三世代機さえ上回るこの性能、このISを作ったものは、間違いなく途方もない頭脳の持ち主だろう。――――それはまるで、<天災>篠ノ之束のような。

 

「くそっ……!」

 

 急所を狙って振り抜く両手を、スタークはただ一本のブレードで巧みに防ぎ、逸らし、一瞬の間隙に攻勢に転じてくる。パワーだけではなく速度も、そして何より搭乗者の腕前が異常なほどに高い。我が<黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)>でもこんな奴とやり合えるのは私かクラリッサ位のものだろう。

 

『そぉらァ!』

 

 スタークが横に大きく振るったブレードの一撃によって私は空中を滑るように大きく弾き飛ばされ、各部のスラスターを使って何とか勢いを殺す。その様を見て更なる攻勢に転じようと拳銃を構えるスタークだが、デュノアによる銃弾の雨あられを受け、その間を縫うように回避していく。デュノアが生んでくれた僅かな時間に、私は汗をぬぐい僅かに息を整えた。

 

 

「ボーデヴィッヒ、避けて!」

 

 

 凰の声に反応して後ろを振り向けば、そこには天使が光の大剣を大上段に振り上げそれを今まさに私へと振り下ろさんとしている。回避など間に合わない。何故気づかなかった――――いや、スタークが私を吹き飛ばしたのも計算のうちか!? いつの間にか奴に誘導され、福音と一夏達の戦闘領域にみすみす追い立てられてしまっていたのか!

 

 私は悔しさに歯噛みする。後ろからの攻撃に、手を向ける必要があるAICは間に合わない。ワイヤーブレードによる防御などもっての(ほか)

 奴の光の剣は、恐らくあの羽根と同様の攻勢エネルギー。触れればその瞬間に炸裂して、相手を打ち倒す恐るべき力だ。そんな物を防御してしまえば、どうなるかは想像に難くない。しかしそれでもとワイヤーブレードを使って奴の腕を斬りつけようとした瞬間、横合いから来た白い流星が私と福音の間に滑り込んだ。

 

「オラァッ!」

 

 飛び込んで来た一夏が、一瞬だけ零落白夜を発動させ光の大剣を真っ二つに斬り裂き消滅させる。思わず私は安堵した。しかしそれも束の間、視線だけで礼を言ってすぐさまスタークの元へと再接近する。天使はその様を見て少し不思議そうに己の掌を見つめた後、翼から抜け落ちた羽根を手に取ってそれを長剣じみた形状へと変形させ握りしめた。

 

『フゥム。攻勢エネルギーの形状変化能力か。強力だが零落白夜とは相性が悪い。少し手助けが必要かね?』

「余所見をするな!」

 

 そう叫んで、頭上からの攻撃でその頭を真っ二つにせんと襲い掛かった私のプラズマ手刀を、奴はブレードで片手を弾き、そしてもう片手を受け止める事で容易く防いで見せる。

 

『オイオイ……俺はお前の様な野蛮な女は趣味じゃないんだ。振り向かせたいのは分かるが、せめてもう少し淑やかなアプローチをお願いしたいね』

 

 呆れたような物言いに一瞬気を取られた瞬間、もう片方の手に握られた拳銃がこちらに狙いを定めた事に気づき緊急離脱。スタークはやはり追って来ない。デュノアのアサルトカノンが火を噴くが、まるでダンスでも踊るかの様な悠然とした動きで、奴はそれを回避して見せた。

 

『ま、確かにお前達はそこそこ強い。だが俺とは差がありすぎるな』

【フルボトル!】

 

 つまらなそうに呟いて、スタークは拳銃に黄色い何かを装填しこちらを狙う。その姿を見たデュノアが咄嗟に叫んだ。

 

「ラウラ! 特殊な攻撃が来る! 気を付けて!」

【スチームアタック! フルボトル!】

 

 咄嗟に身構えた私たちの予想に反して、次の瞬間放たれたのは目も眩むような閃光だった。その閃光を、奴の動きを注視しようとしていた私たちは真正面から直視してしまう。

 

「うあっ!?」

「デュノア!?」

 

 真っ白になった視界の中でデュノアの悲鳴が響いた。目の眩んだ私には何の対応も出来ない。そのまま動きあぐねていると、突如首を鷲掴みにされ、握りつぶさんばかりの圧力で私の首を締め挙げて来た。

 

『この程度か? …………悪い事は言わねえから、『出来損ない』は『出来損ない』らしく、戦場じゃ無く廃棄場にでも行く事だな』

 

 知ってか知らずかのその言葉が、私の中に燻っている憎悪に火を着ける。

 

「私は……『出来損ない』では……ない……!」

『まるで人間のような物言いだな……『兵器』の分際で。可哀想に、その遺伝子が泣いてるぜ?』

「黙れェーッ!」

 

 確信的に言うスタークに対する怒りに任せ、私は左目の眼帯を引き千切った。疑似ハイパーセンサー、<越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)>が見開かれ、真っ白だった世界が像を取り戻す。そしてスタークを睨みつけた私は、その行動に驚いたように硬直する奴の顔に向けてプラズマ手刀を思いっきり振り抜いた。

 

『ガハッ――!?』

 

 プラズマ手刀と奴の頭部装甲が火花を散らし、スタークは吹き飛んだ。だが、仕留めた手応えは無い。全身装甲ゆえの高い防御力……それも並の強度の装甲ではない。頭の片隅で冷静に戦力を分析しながら、私は怒りのままに奴へと突撃する。

 

「貴様は、殺す!」

『フゥ……いい殺意だ……! 来いよ。俺を楽しませてみせろ、ボーデヴィッヒ!』

 

 

 

 

 

 

 天使が通る。その機動に、炸裂する羽根を伴いながら。

 

「セシリア!」

「くっ……!」

 

 残留する羽根が邪魔をして援護することも出来ない私たちを尻目に、福音が変化した天使はブルー・ティアーズに肉薄。周囲に舞う羽根の数枚を掴み取り両手に双剣を作り出してセシリアに躍りかかった。

 

「侮られたものですわ!」

 

 そう叫んだセシリアは六機のビットを換装したスラスターを最大出力で稼働させ、瞬時加速もかくやと言う勢いで一気に後退、強襲用高機動パッケージ<ストライク・ガンナー>専用の超長銃身レーザーライフル<スターダスト・シューター>の射線を福音に向け光芒を連射する。だが福音は手にした剣を放ると再び羽根を掴み取って盾のような形状に変化させ、前方に幾枚も放り投げる事で爆破させてそのレーザーの嵐を凌ぎきった。

 

「爆発の衝撃で防御と目くらましを同時に……!?」

「余所見してんじゃないわよ!」

 

 驚愕する私を余所に再びセシリアに迫った天使。しかし羽根の機雷群を抜けた甲龍が両肩の龍咆を同時に放った。後方からの不可視の衝撃砲が周囲の羽根を炸裂させながら迫る。だが天使はその場で高速反転しつつ掴み取った羽根を瞬時にナイフ状に変形、それを投擲し衝撃波に直撃させることで相殺した。

 

「なんつー腕だ……! 羽根が邪魔でこっちからは近づけやしねえし、どうすんだよ……!?」

「セシリア無事?!」

「なんとか……! 距離を取って狙撃、羽根の除去に徹しますわ!」

「任せる!」

 

 一旦状況を確認して私たちは再び散開した。視界の端にスタークと激突するラウラにそれを援護するシャルルの姿が見える。二人がスタークを引き受けている内にこの怪物を何とかしなければ…………しかし、先程まで戦っていた福音どころか、この紅椿さえも超える様な性能を見せるあの天使を相手にどうやって攻めに転じるか、その糸口を私たちは見つける事が出来ずにいた。

 

「やっぱ俺の零落白夜でやるしか……!」

「ダメだ一夏! シールドエネルギーが持たない!」

「じゃあ他にどうすんだよ?! 何かいい作戦無えか!?」

「それは……」

 

 二の句を告げぬ私に、一夏の焦りが伝わってくる。どうする? あの常軌を逸した性能を、ISと言う枠さえも逸脱しかけたあの怪物をどう攻略する? 考えろ。これも『忍耐』の一つのはずだ。焦るな。奴の動きをよく見ろ。まず敵の戦力を分析し、それを皆に伝えるんだ。我々は一人ではないのだから!

 

「一夏! アンタは箒ちゃんを守りなさい! 私とセシリアで時間を稼ぐわ!」

「分かった! 油断すんなよ!」

「アンタこそね!」

 

 私と一夏の前に鈴が立ちはだかり、迫り来る羽根や投擲された槍や剣を龍咆で撃ち落として行く。同時に遠距離からの狙撃が天使が一所に留まる事を許さない。だが天使は最低限の動きでそれを回避しながら、苛烈な攻勢を続けている。

 

「奴の能力はエネルギーの羽根を武器に変化させる能力……だが、遠距離装備には変化させておらず、福音の時と同様の羽根による射撃か、変化させた装備を投擲する事で対応している……」

 

 打ち出される羽根を遠方からブルー・ティアーズが、中距離から甲龍がそれぞれレーザーと衝撃砲で破壊してゆく。羽ばたきにより羽根をばら撒いた瞬間に、天使の眼前のそれをレーザーが撃ち抜いて誘爆させたが、天使の体には全くダメージは入っていなかった。

 

「奴自身にはあの爆発でのダメージはほとんど通らない……何らかの爆破耐性か……しかしレーザーを盾状エネルギーで防御した以上、防げるのは自身の攻撃だけのはずだ……」

 

 甲龍が龍咆により出来た羽根の間隙を通して、呼び出(コール)した<双天牙月(そうてんがげつ)>を思いっきり放り投げる。妨害も無く双天牙月は天使へと迫るが、天使は握っていた長剣を手放して新たに羽根から大斧を生み出し、力任せに振り下ろしたそれを双天牙月に直撃させ大爆発を起こす事によって退けた。

 

「先ほどのセシリアの引き撃ちを防いだ時もそうだ……アイツは一度変化させた武器をもう一度変化させる事は出来ない……装備変更には再度の羽根の掌握が必須……羽根は羽ばたく事で作られるが、一度に生み出される数は無尽蔵と言うほどではない……ならば……!」

 

 その事実に、一つのアイデアが浮かび上がった。だがそれには攻撃面積の小さい雨月と空裂では不適格だ。だからこそ、私は戦う仲間達に向けて叫んだ。

 

「誰か、超広範囲に向けての制圧攻撃が出来る者は居ないか!?」

(わたくし)の<スターダスト・シューター>では……」

「アタシはやれるわ!」

 

 武装面からこの役目に向かないセシリアが、悔しそうに言うのを遮って鈴が叫び返す。

 

「二つの龍咆を干渉させ合っての反発力を利用した超広範囲拡散衝撃砲<龍哮(りゅうこう)>! 最低限の拡散力が高すぎてISにダメージを与えられるような技じゃないけど、あのうざったい羽根をまとめて吹っ飛ばすにはぴったりのはずよ!」

「リスクは無えのかよそれ!?」

(しばら)く龍咆自体への負荷がオーバーして使えなくなるけど、アンタが零落白夜で突っ込むよりはマシよ! それを使えばいいのね!?」

「ああ! 放たれたそれを盾代わりに私と一夏が突っ込んで、零落白夜を当てる! 私は一夏の護衛だ!」

「そいつがベストか箒!?」

「ああ!」

「なら決まりね! セシリア! 十秒稼いで!」

「任されましたわ!」

 

 会話が終わった瞬間、セシリアからの狙撃の数が倍近くまで膨れ上がった。今まで龍咆が落としていた分の羽根もあっという間に蹴散らして行く。恐らく、<スターダスト・シューター>への負荷を無視した連続射撃。遅かれ早かれこの援護も途切れるだろう。一度きりのチャンス。だが、皆の力を合わせれば行けるはず……!

 

 私と一夏が、龍咆をチャージする甲龍の背後に付いてスラスターにエネルギーを限界まで回す。その眼の前で龍咆の竜を模した砲口部分に空気の歪みが集中していく。

 

 

「準備完了。さあて――――吹っ飛びなさい!!!!」

 

 

 耳を(つんざ)く轟音、それと共に、目に見えるほどの大気の歪みが龍咆から解放された。その衝撃は周囲の雲を吹き飛ばし、舞っていた羽根を次々と爆破させ除去してゆく。その余りの轟音は予め衝撃に備えていた私たちの内臓にまで響き、あの天使にまで、手に持っていた長剣を取りこぼさせるほどの衝撃を与えた。

 

「今だッ!」

 

 叫ぶが早いか、私と一夏は同時に瞬時加速を開放し、一気に天使の元へと肉薄する。天使も咄嗟に翼を開いて羽根を撒こうとするが、私の雨月と空裂による連続攻撃がそれを許さない。一夏の雪片弐型が輝きを放つ。今度こそ、私たちが勝つ! 天使は防御の為か、翼を小さく折り畳み身構えた。だが無駄だ、零落白夜が当たれば、防御など意に介さない!!

 

 

 ――――次の瞬間、今までに無いほどの大きさに福音が翼を広げ、周囲一帯が羽根で満たされた。

 

 

 世界が泥のように鈍化する。これは何だ。まさか、奴は暴走しながらも、これほどの力を隠しつつ戦っていたのか? 天使の翼に目を向ければ、ところどころが損傷し内部から元の福音の機構が露出した状態になっている。ああ、奴にとってもこれは捨て身の防御と言う訳か。相手もこちらと同様、リスクを受け入れれば限界以上のスペックを出せる。それに気づかないとは、お笑いだ。諦観が私を苛む。もう脱出の手段も防御する方法すらも無い。如何に早く雨月と空裂を振るおうが、視界いっぱいに舞う羽根を一つ斬ればその地点で炸裂、そのまま連鎖爆発に巻き込まれて私たちは終わりだ。

 

 だが、視界の端の一夏は諦めていなかった。止まった様な時間の中で零落白夜を振るい、次々と私の周りの羽根を打ち消して行く。確かに零落白夜ならばこの状況を突破しうるかもしれない。だが、如何せん時間が無く、羽根も多すぎた。羽根が輝き、視界が真っ白に染め上げられる。

 

 炸裂。空に作り上げられた羽根の檻は、自らの敵を巻き込みながらこれまでにない破壊力で爆発四散した。

 

「がっ……」

 

 喉から空気が漏れ出る音を聞きながら、私と一夏は吹き飛んでいく。木っ端みじんになる事も覚悟したが、思いのほか損傷は少ない。何とか体勢を立て直そうとしながらも、自身の損傷の少なさに納得できる考察をしようと試みる。それは一夏の零落白夜によって羽根が消され、威力が単純に弱まったのと、全身の装甲が私を覆うように展開し、ダメージを最小限に抑えたからだ。だが、そのために自身のシールドを削って零落白夜を濫用し、展開装甲も持たない一夏にそんな都合のいい展開は望めない。

 

「一夏……!」

 

 海へと落ちる一夏に向け、私は手を伸ばす。だがその隙を天使は逃さなかった。掴み取った羽根から光輝く槍を生み出して、それを私目掛け容赦なく投擲する。

 

 凄まじい勢いで飛翔した槍の穂先が私の背に触れた瞬間、閃光と共に槍は炸裂し、絶対防御を発動させた紅椿のエネルギーを決定的に削り取る。あまりの衝撃と轟音に意識が飛びかけ、朦朧となった頭で自分が墜落し始めている事に気づく。

 

 ――――私はまた、無様を晒すのか。望まぬ形とは言え、ようやく一夏と並び立てる力を手に入れたのに。先ほどの諦観とは違う、口惜しさ、不甲斐なさ、そして怒りが私を責め立てる。本当は少なからず慢心や油断があったのではないか? 石動先生にも言われ、紅椿を受け入れた気持ちになっていた。だがそれは上っ面の物で、真にこの紅椿の事を私は認めていなかったのではないか?

 

 ぐるぐると回り出す視界。それが単なるめまいによるものか、本当に回転しながら落下しているのかの判断が付かない。

 

 その中で思いだすのは、これまでの訓練の日々――――ではなく、あの日、石動先生に向けて誓った自身の言葉。

 

『私を、アイツを守れる、強い女にして下さい! 『天災の妹』ではなく、『篠ノ之箒』として…………アイツの隣を歩んでいけるような、強い女に!!』

 

 …………それが、このザマか。悔しさに涙が零れる。不甲斐なさに歯を食いしばる。自身への怒りに、拳を握りしめる。目を見開けば、定まった視界には太陽を背にする白銀の天使。何かを思うわけでもなく、ただ堕ち行く私たちを見下ろしている。

 

 ここで負けてしまえば、あの天使はスタークに殺される。その事実が脳裏に去来する。一夏の守りたかったものが、次の瞬間にも踏み躙られてしまうかもしれない。そんなのは……そんなのは、ダメだ。

 

 だがこの瞬間、私は無力で、誰の力も借りる事は出来ない。……いや、すぐそばに、力あるモノが一機(一人)だけいる。しかし、今まで内心それを蔑んできた私を、認めてくれるのだろうか。私はそれを信頼できるのだろうか。そんな疑念を振り払い、私は声にならぬ声を上げる。恥も外聞も捨て、悔しさのあまりに涙を流しながら。

 

 頼む、紅椿。力を貸して。一夏を、福音を…………皆を助けるための力を。お願い――――!!!

 

 その時、紅椿の全身が福音の後光さえ比較にならぬ程の黄金色の光を放ち輝いた。残り僅かだったエネルギーが急速に回復し、全身のシールドとスラスターが復旧する。

 

「これは……?」

 

 困惑し、体勢を何とか持ち直す中で、私の眼はハイパーセンサーに表示された新たな文字列を捉えた。

 

『<絢爛舞踏(けんらんぶとう)>、発動。展開装甲とのエネルギーパイパス、構築完了』

 

 それは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の発動を示す文字列。私は直感的に、堕ち行く一夏へと手を伸ばした。

 

「一夏ァァァ――――――ッ!!!」

 

 全力で伸ばした手は、意識を失い、重力に任せ落ちてゆく一夏の手を取った。繋がった手と手を介して、私の<絢爛舞踏>が一夏にも効果を及ぼし、白式のエネルギーを急速に回復させてゆく。

 

 だが一夏は目を覚まさない。海面もすぐそこだ。私は咄嗟に一夏を抱きしめて、一夏への衝撃が最低限になる様海側へと回り込み、全力でスラスターを吹かせた。しかし、それは間に合わず、全身が海へと叩きつけられ白い水しぶきが上がる。

 

 そのまま、私と一夏は海の中へ沈んでゆく。徐々に、差し込んでくる光が薄れてゆく。ここまでか。そんな諦めの気持ちが私の中に沸き上がった。だが、それでもまだ…………。私は己を強いて、何とか一夏ごと自身を引き上げようと海面を睨みつけた。その時、握っていた一夏の腕が、白式が光を放ち始める。眩い発光に包まれ、昏い海が一気に照らされてゆく。

 

 そして私は光に満ちた海の中で、確かに()()()を見た。

 

 

 

 

 

 

「一夏!?」

『お前たちこそ余所見するんじゃあねえよ!!』

 

 海に墜落した一夏達に気を取られた私の眼前にスタークが迫り、腹部に拳銃を押しつけた。

 

「しまっ――!!」

 

 言い切る前に、スタークは拳銃の引き金を引く。衝撃と共に私は吹き飛ばされる。

 

「ラウラ!」

『お前もだぜデュノア!』

 

 一瞬でブレードと拳銃を合体させライフルへと変形させたスタークは瞬時にデュノアへと振り向いて頭部に狙いを定める。その射撃をデュノアは咄嗟に呼び出した実体シールドで防ぐも、瞬時加速で背後に回り込んだスタークの蹴りを受け私の前まで勢い良く吹き飛ばされた。

 

「デュノア!」

『そんじゃそろそろ、敗者に相応しいエンディングを見せてやるか!』

【コブラ! スチームショット! コブラ!】

 

 私たちの上を取ったスタークがライフルに何かを装填するとともに再び電子音声。そしてそこから放たれたコブラじみた形をした巨大な銃撃を私とデュノアは何とか回避、海に着弾したそれは盛大に水柱を生んで、私たちはその中に巻き込まれる。

 

「くそっ……!」

『こいつはオマケだァ!』

【アイススチーム!】

 

 何らかの操作をしたと思しきスタークが、ライフルから私たちを巻き込む水柱に向け連続射撃を命中させると、見る見る内に水柱は凍り付き、私たちは腕や足を氷に巻き込まれそのまま拘束されてしまった。

 

「嘘……こんな能力まで……!」

「一機のISがここまで多彩な能力を持っているとは……!? どこの国があんなものを……!」

 

 氷に巻き込まれた手足を何とか解放しようと私達は巨大な氷の塊へと近接武装を使って攻撃を加える。こんな事をしている余裕はないというのに! だが、その姿をスタークは眺め、楽しそうに見下ろすばかりだ。

 

『頑張るねえ。しかし、一夏達もやられちまったみたいだし、そろそろ飽きてきたな。福音を仕留めて帰るとするかね…………』

「待て!」

 

 背を向けたスタークに向け、私は氷への攻撃を中断し自由な片手を伸ばした。AICが効力を発揮し、スタークの動きを拘束する。しかし奴は停止結界の効力に抗う様に首を巡らせ、つまらなそうに首を傾けた。

 

『なあ、もう止めようぜ? 俺はお前らのような子供と違って忙しい。いや、存外面白い奴らだとは思ったが、単純に実力不足だな。もっと強くなってからなら、もう少し付き合ってやってもいいんだが』

「黙れ……! 戦いはまだ終わってない……!」

「セシリアも、凰さんもまだ戦ってる! 僕達がお前を自由にさせる訳には……!」

『ったく、随分と見苦しいなァ?』

 

 鬼気迫る私たちの気迫を浴びたスタークは、心底から蔑むような声を出した。完全に見下し、侮り切っている声。その言葉にさらなる怒りが私の内から燃え上がる。だが、何も出来ない。腕を包んだ氷をワイヤーブレードで何度も刻むが、まだ脱出には少しかかる。

 そしてスタークはそんな私たちの様を見て、気だるげにライフルを構えた。

 

『一夏と篠ノ之が落ちたのを見たろ? じゃ、そう言う訳で……お前らを殺して、こっちの戦いもお終いにしようぜ――――』

 

 

 ――――その瞬間、一夏と箒の墜落した海面が急に輝いたと思うと、激しい水しぶきと共に、二つの輝く影が上空へと舞い上がった。

 

 

 一機は紅椿。その全身は黄金色に輝き異様な、しかし穏やかな威圧感を纏っている。そしてもう一機は白式。だがその姿は、私たちの良く知る白式とは(いささ)か異なっていた。

 

 その左腕には巨大なクロー状のガントレットが装着されていた。更に、背部のスラスターも数を増加させ、さらに大型化している。あれは、間違いない。多くの稼働時間と戦闘訓練。そして、コアとの深い同調に至った者だけが発現する、ISの第二形態――――!!

 

『ありゃあ……単一仕様能力に……第二形態移行(セカンド・シフト)だと……!? マジかよ……!?』

 

 驚愕するスタークを他所に、再び敵を認めた天使が一夏と箒に向け羽根をばら撒く。しかしそれは、一夏の左腕から放たれた荷電粒子砲の光に飲みこまれ容易く消え去った。

 

「行くぜ、箒」

「ああ」

 

 短く言葉を交わすと、二人は天使に向け突撃を敢行した。紅椿の体を包む光が粒子となってその軌跡を彩る。その姿に危機感を覚えたか、天使は周囲の羽根を手当たり次第に武具に変え、二人に向け投擲する。だがそれは箒の空裂と雨月による弾幕の前に斬り飛ばされた。それを見て福音は新たに生み出した数多の羽根を一つに凝縮し、途方もなく巨大な槍を作り出して今までと比べるべくも無いほどの勢いで投擲した。しかしその瞬間、納刀し片手を開けた箒が一夏の右手を取る。黄金色の光が一夏に伝わる。

 

「――――<雪羅(せつら)>!!」

 

 一夏の声と共に白式が左手を掲げ、広げた指からシールドと思わしき光が広がる。それと接触した槍は、その威容とは裏腹にあっけなく霧散消滅してしまった。

 

『零落白夜を防御に転用したのか……!』

 

 嬉しそうに驚くスタークの声とは裏腹に、天使は動揺したような素振りを見せる。そして一夏と箒は雪片弐型を繋いだ手で握りしめ、大上段に振りかぶった。そして雪片弐型から零落白夜の光刃が展開される。それは、普段とは違う、全長数十メートルにも及ぶかという、巨大な光刃だった。

 

 その威容を、私たちはただ呆然と見上げるしかない。だが、ただ一人スタークだけはその輝きを前に、興奮したような素振りで叫んだ。

 

『クッ、クククッ……そうだ、行けェ! 一夏ァ! 篠ノ之ォ! 思いっきり斬った所でそいつは死なん! お前達の力を、俺に見せてみろォーッ!』

 

 スタークの叫びに一夏達が応じるはずも無い。ただ、天使に向けてその光刃を振り下ろす。天使も抵抗せんとばかりに剣を、槍を、斧を生み出し投げつけるが、零落白夜によってその全てが容易く消し飛ばされてゆく。そしてその刃が眼前に迫ってやっと天使は逃れようと翼に力を込めるが、その瞬間動きを止めて痙攣して、何故か受け入れるように両手を広げた。

 

「「――――零落白夜ァッ!!!」」

 

 振り下ろされた眩い光の中に天使が消えてゆく。一瞬して、緑の炎に包まれた天使が墜落していった。それを待ち構えていた凰が受け止める。その姿は異形の天使のままだったが、スタークが何かを天使に向けるとその体から何らかの粒子が吸収され、美しい女性の姿があらわになった。凰が呼吸を確かめ、その生存を確認して皆にサムズアップする。

 

 対<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>作戦は、見事に成功した。

 

 

 

 

 

「ハアッ……ハァッ……!」

「ハッ、クっハ…………やったな、一夏……!」

 

 息も絶え絶えの俺に、箒が声を掛けてくれる。その体を覆っていた黄金色の光も今は失せ、普段の紅椿に戻っている。だが、俺の左腕はそのままだ。意識を失っていた中で見たものは、一体何だったのだろう。だが、記憶が薄ぼんやりとして上手く思いだせない。

 

「何よ一夏! 箒ちゃん! とんでもないの見せてくれるわね!」

「まあな……!」

 

 意識を失ったナターシャさんを抱えたままの鈴が俺にサムズアップを送り、俺は何とかそれを返した。とんでもないか…………確かに、いくらエネルギーが際限なく回復するからって無茶しすぎたな……。俺は肩で息をしながら、先程の『無茶』に心を向ける。

 

『皆さん、安心するにはまだ早いですわ! スタークはまだ残っていましてよ!!』

 

 だが、遠距離で様子を見ていたセシリアからの通信に、俺達はハッとなって空を見上げた。そこには、巨大な氷塊を背にしたスタークが実体ブレードを腰に仕舞い、拳銃を持った手で万雷の拍手を送ってきていた。

 

『クックック……フッハハハハハ!! 一夏……お前は本当に面白い! こんな所で俺に第二形態移行(セカンド・シフト)を拝ませてくれるとは……! だが、エネルギー増幅能力……!! それがお前の、そのISの力か篠ノ之箒!!! 最高だな! 束博士には感謝しかねえ! まさか、こうも俺の為にお膳立てをしてくれるなんてよォ!』

 

 最高に機嫌よく笑うスタークに俺達は怪訝な目を向ける事しか出来ない。何だよその反応は。お前がおかしくした福音は俺達に撃墜されたんだぞ。どうしてそんなに嬉しそうなんだ!? 俺はその様に理解が追いつかずに、思わず一歩分距離を取った。

 

『ハハハ……はーぁ。まあ、随分面白いものを見せてもらったからな。今日はいい夢が見られそうだぜ。そんじゃ、俺はここらで』

「逃がすわけがないだろう!」

 

 一方的に言い残しその場を去ろうとするスタークに、氷から抜け出たラウラが躍りかかった。ワイヤーブレードの包囲網がスタークを包み、片手はAICでその動きを封じもう片手は突きの形に整えられて引き絞られている。

 

『お前の相手は飽きたよボーデヴィッヒ』

 

 だが、瞬間スタークの全身が赤黒く発光し、余りに滑らかな動きでワイヤーブレードをすり抜けてラウラの頭を鷲掴みにし釣り上げた。その動きに俺は驚愕する。AICに捕まった状態からワイヤーブレードを潜り抜け、迎撃も許さずラウラの頭を掴み上げるなんて……!?

 

「貴様ァ! 離せッ!」

『んん……、どうするかな……』

 

 ラウラの蹴りや手刀がスタークに直撃するが、奴はそれを意に介さず首を傾け思案する。なんだよ、あの防御力は。ISのパワーアシストを用いた打撃は、搭乗者の力量によってはそれだけでもIS戦で使える武器になる。それを気にしてないなんて、シールド? あるいはあの装甲か?

 

『顔を奪うか記憶を奪うか……いや、お前もスマッシュにしてやるか……悩ましいな……』

「ぐああああああっ!!」

 

 より握力を強めるスタークによってラウラが悲鳴を上げる。

 

「てめぇ!」

『動くなァ!!!』

 

 拳銃からブレードに持ち変えたスタークがその切っ先をラウラに向けた。その様に俺をはじめ、ラウラを助けに動こうとした皆の動きが硬直する。その様を見てスタークは実に満足そうに笑った。

 

『ハハハハ……『出来損ない』が一人いると苦労するなァ……? ま、安心しろ。今日の俺はこれ以上なく機嫌がいい! こいつは無事に返してやるよ』

【アイススチーム!】

 

 器用にブレードのバルブを回したスタークは冷気を発したままのブレードでラウラを斬りつけた。その一撃でラウラの全身が凍り付き、身動きが取れなくなる。それをスタークは無遠慮に放り出した。

 

「ラウラぁ!」

 

 俺達は皆全力で墜落するラウラを受け止めようと空を駆ける。しかし、いつの間にか氷から抜け出したシャルが滑り込むようにラウラをキャッチし、その姿に俺達はほっとした。

 

Nice Catch(ナイスキャッチ)! クック、今日は楽しかったぜお前ら。次会える時もまた俺を楽しませてくれよ。じゃあな~』

 

 その言葉と共にスタークは煙に包まれ姿を消す。そこには、あれだけの戦いの傷跡など全く残っていない空と、何とか作戦を成功させながらも、それに関わらず強い敗北感を感じている俺達だけが残されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 花月荘の一室。俺や一夏、織斑千冬の眠る部屋に戻った俺は、煙に包まれて変身を解除した。

 

「痛てててて……くそっ、ボーデヴィッヒめ……思いっきり殴る蹴るしやがって……我慢にだって限界があるんだぜ……!?」

 

 俺は全身の痛みに呻きつつ、体を流体状に変化させて布団で眠り続ける入れ物に再憑依、その体で意識を取り戻す。

 

 ――――此度の戦いは、余りに収穫の大きい戦いだった。一夏の第二形態移行(セカンド・シフト)、この世界におけるスマッシュの初実験、その成分の回収に奴らの戦闘技能の向上……特に今回はボーデヴィッヒの奴に随分コナかけさせてもらったからな。帰った後、奴は訓練に大きく力を入れるだろう。それ以外の皆もまた、以前戦った時より数段腕を上げている。奴らを育てる俺の計画は順調そのものだ。

 

 織斑千冬の声まで使ったのに<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>の実戦データが間に合わなかったのが残念だが、それもまた良し。俺の手元には<福音>の全データがあるんだ。こいつはまた、何かに用立てさせてもらうとしよう。

 

 だが何よりも最大の収穫は篠ノ之! アイツの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)だろう! エネルギー増幅能力……俺が完全体と成るために、最も有用な能力であることに間違いない!

 

 アイツの事はもっと鍛えてやらねえとな……それこそ、自在にあの力を使える程度には!

 

 そう考えて笑いを堪えていると、机の上の通信端末が振動して荘厳なベートヴェンの『交響曲第9番第4楽章』を流し始めた。俺は端末を手に取りその画面を確認する。『織斑千冬』。俺はさっと青ざめて、慌てて通信を繋げて端末を耳に当てた。

 

「はーい石動惣一です! どうかしたんすか!?」

『…………ゼェッ、ハァッ……石動……か……』

 

 端末からは織斑千冬の声、しかし息も絶え絶えだ。俺はちょっぴり驚愕しながら、心配そうに返事を返す。

 

「どうしたんすか? なんか変なもんでも食べました?」

『貴様は……ッ、今はいい……それよりも、砂浜に来てくれ……! 全速力でだ……!』

「えっちょっと待ってくださいよ。俺は生徒達の面倒を見るよう織斑先生に言われて……」

『いいから来い!!!』

 

 ブチッ。ツー、ツー。鼓膜をぶち破らんとする大声を残して織斑千冬からの通信は途絶えた。何つー声量だ。スタングレネードとどっちがマシだよ。俺は苦々しい顔をして端末をポケットにしまうと、<ロックフルボトル>と間違えて一度<エンジェルスマッシュ>から採取した成分の入った<スマッシュボトル>を扉に向けて(かざ)してから、改めてロックフルボトルを使って部屋の鍵を開けて外へと出て今度は通常の鍵で部屋を施錠した。

 

 織斑千冬め、まさかこんなに早く動けるようになるとは思わなかったぜ。いくら使ったのが腕の<スティングヴァイパー>からの直接注入より威力の劣る麻痺ガスを纏った蹴りだったとは言え、一般の成人男性なら丸一日動けなくなるような代物だ。ま、こっちから迎えに行ってやるつもりだったから構わないっちゃ構わないんだがな。

 

 俺はそう独りごちて、今日の戦いにまた思いを馳せる。しかし、かねがね……いや、それ以上に俺のセカンドライフはうまく行っているな。俺が黙っていても騒動が起きるってのがいい。更にはその騒動のどれもこれもが俺にとって利用しやすく、実際素晴らしい成果を叩きだしてくれると来ている。

 まるで運命が俺を祝福しているようじゃあねえか。お前がきっちり俺を仕留め切れてりゃこの世界の誰にも迷惑がかかる事も無かったのにな、戦兎ォ?

 

 あの世界で俺を倒した後どうなったか、そんな事は知る由もない。だが、別世界で俺が生きているなんて奴の勝利の法則からは大外れの出来事だろう。そう思って『俺のヒーロー』桐生戦兎に向けた笑みを作ってから、俺は自身の胸に手をやった。

 

 ――――ハザードレベル4.9。

 

 もうすぐだ。もうすぐ本当の力が、<エボル>が俺の元に戻ってくる。そしてそのきっかけとなるのは、一体どんなアクシデントになるのか……。あるいは、俺の計画が進み、フルボトルがすべて完成するのが早いか……本当にこの世界は俺を飽きさせない、最高のおもちゃだぜ全く!

 

 俺は目の前に迫った、エボルとしての能力を取り戻す日に期待を寄せ、誰もいない玄関で心の底から大笑いするのだった。




初<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>入刀です。無限エネルギー回復を知った時からずっとこうしてやりたかったぜ!(エボルト感)

いやきつかった……元々バトルパートって難しいし……福音との総力戦にスタークまで乱入させたもんだから偉いこっちゃでした。
しかし素晴らしいビルド最終回とルパパト、新たなる『仮面ライダー』の力、そして読者の皆様のお陰で完成させられたことをうれしく思います。

よろしければ次話も楽しみにしていただければ幸いです。

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