星狩りのコンティニュー   作:いくらう

21 / 30
臨海学校エピローグです。
一万字くらいで終わるかと思ったら二万字超えてしまって……難産でした。

感想評価お気に入り毎度励みになっております。
それと前回は特に短い時間で量を書いたので誤字がめっちゃ多かったみたいです。
誤字報告してくれた皆様、ありがとうございました。



星にウィッシュを

「まずは皆さん、よく無事に帰ってきてくれました。ナターシャ・ファイルスさんも意識は戻っていないものの、大事に至るような怪我も無く無事です。本当に、本当によくやってくれました」

 

 対<福音(ゴスペル)>作戦の終了後、ISと自身の検査を終えた俺達は花月荘の作戦会議に用いられた大座敷に集められていた。窓から差し込む夕焼けの輝きに照らされながら安堵の笑みを浮かべる山田先生の言葉を、しかし素直に受け止められる者は誰も居ない。

 

 俺は上の空で皆の様子を眺める。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の発動にまで成功したものの、自分の作戦で俺諸共やられかけた箒は申し訳なさ全開で俺に頭を下げてきたし、<スターク>を止めきれなかったシャルは終始悔しそうに俯いていた。セシリアも福音が変化した天使の羽根による防御を突破しきれなかった事に歯がゆさを感じていたようだし……俺なんか<零落白夜(れいらくびゃくや)>を限界を遥かに超えた出力で酷使したせいで<雪片弐型(ゆきひらにがた)>を壊す羽目になった。束さんに直してもらわなきゃいけないから、万全の状態に戻るのはいったい何時になるやら……。

 

 皆の中で唯一ポジティブだったのは鈴くらいか。スタークのあの異常な強さを見ても、『良い目標が出来たんじゃない?』なんてあっけらかんと振る舞うその様に俺は驚きを通り越して尊敬の気持ちすら湧いて来てる。まあ、確かにアイツと戦えるくらいに強くならなきゃってのは分かるけど、ちょっと決断的過ぎるだろ。……それに、唯一この場に居ないラウラの打ちのめされっぷりを見た後じゃ、俺はそんなキッチリと気持ちを切り替えることは出来なかった。

 

 ラウラは戻ってきてすぐに体調を崩して、今は医療室(便宜的にそう呼ばれてるだけで、体調不良者を見るために借りられた客室だ)で寝ているらしい。そりゃそうだよ。スタークとの戦いで、一番矢面に立っていたのはラウラだ。

 

 アイツは、俺達と仲良くなる前も、今だって自分の強さを誇りに思っていた。それを『出来損ない』だ何だと言われた上、まるで赤子でも相手にする様に弄ばれたんだ。

 

 悔しいなんてもんじゃないだろう。やっぱ、スタークの奴は絶対に許すわけにはいかねえ。次見つけたらぶっ飛ばしてやる。……それが出来るようになる為にも、帰ったらもっといい訓練のやり方考えねえとなあ。

 

 俺がそんな事を考えていると、皆も一様に険しい顔になっている事に気づく。心中穏やかじゃないのは俺と一緒か。まるで他人事のように俺が視線を巡らせると、なぜかちょっと涙目になった山田先生が目に映った。

 

「あ、あの……皆さんお顔が何だか怖い感じに……やっぱり何処かケガとか!? 我慢しないで言ってください! そのために私達教師が居るんですから!」

「……いえ、本当に大丈夫ですわ。お気遣い痛み入ります。なので落ち付いて下さい、先生がそう動揺していては示しがつきませんわ……」

 

 苦笑いしながらセシリアがなだめるも、当の山田先生は空回りするばかり。しょーがねえ、話題変えるっきゃねえな。

 

「あ、山田先生、一つ聞いていいっすか?」

「はいはい一夏くん! どうしました!?」

 

 手を挙げて先生に話しかけると、待ってましたと言わんばかりに――いや、待ってたんだな。びしっと人差し指を此方に向けてくる。

 

「ちふ……織斑先生はどうしたんですか? 作戦の責任者なのに、この場に居ないなんてらしく無いっす。何かあったんですか?」

「えっ。そ、それはその~、えーっと…………」

 

 さっきまでの勢いはどうした。そう思わずには居られない程山田先生があからさまにわたわたしはじめる。普段ならかわいいなぁ、くらいで済んでたかもしれないけど今は非常時、その反応が俺は厭に気になった。

 

「千冬姉に何かあったんですか?」

「え~と、あーっと、その、織斑先生は疲労で倒れられて療養中と……」

「千冬姉が?!」

 

 あの千冬姉が倒れた!? 一体どんな天変地異だよ!? 俺はそう驚きを隠しきれずに叫ぶ。けど山田先生は純粋な心配からの声と受け取ったのか、ますます委縮してぼそぼそと小さい声でその詳細を話しだした。

 

「いえ……実は皆さんが出撃した直後、織斑先生の前に<スターク>が現れたらしくて……」

「何だって!?」

 

 その言葉に今度こそ俺は心から驚愕した。そう言えば、確かにスタークの奴は「間に合った」みたいな事を言ってた。それに奴は千冬姉を想定した戦闘訓練の為にIS学園のアリーナに乱入してきたこともある。そんなスタークが千冬姉と接触して、千冬姉が倒れたって事は……!

 

「山田先生! 無事なんですか千冬姉は!?」

「えっ!? あっ無事です無事です、多分! 実はこの話も石動先生に聞いたくらいで私もまだお会いしてなくて!」

「くっそ……! 悪い、俺抜けるわ!」

 

 煮え切らない山田先生が歯がゆくて、俺は全速力で部屋を飛び出――――そうとして、山田先生の方を慌てて振り返る。

 

「千冬姉は何処っすか!?」

「自室ですー!!」

 

 その言葉が終わらぬ内に俺は再び走り出す。皆の俺を呼び留める声が聞こえるが、意に介さず唯々走った。廊下には沈みかけの日差しが差し込み外には煌めく海が広がっていたが、それを気に留める余裕もない。幸いにも大座敷から俺達三人の部屋は近く、廊下を何度か曲がって階段を一階昇れば目の前だ。

 

 角を安全確認もせず走り抜けて、一段飛ばしで階段を駆け上がり部屋前の廊下にたどり着く。そこには石動先生が俺達の部屋の横に寄りかかっていて、すぐに俺に気づいたか廊下の真ん中に立って笑顔で手を振って来た。

 

「おっ、一夏ぁ! あんな事があった直後なのに随分元気そうだな――――」

「悪い石動先生邪魔!!」

「のわーっ!!!」

 

 俺は全力疾走を緩めず石動先生を押しのけてその場を走り抜けた。石動先生が悲鳴と共に壁に叩きつけられた音がする。それに申し訳なさを感じて後ろ髪を引かれつつも、俺は勢い良く自室のドアを開け放った。

 

「千冬姉!!!!」

 

 俺は必死こいて叫んで部屋に踏みこむ。そこには、千冬姉が布団の上に佇んでいた。下着姿で。

 

「あっ…………」

 

 俺は呆気に取られて、その姿をまじまじと凝視してしまう。着替えの途中だったか、その太もも辺りまでズボンが引き上げられている。珍しく呆気にとられたような顔をした千冬姉の美しい黒髪が日本人にしては白い肌に映え、飾りっ気の無いスポーティーな下着がその鍛え上げられた肢体を引き締めていた。だけど、その体の所々に小さな生傷が見え隠れしている。あとその胸は山田先生ほどじゃないけど豊満であった。

 

 一通りその光景を処理し終えた俺の脳が、生存本能に従い最大級の危険信号を鳴らす。やべえ。ダメだ、やっちまった。そっか着替え中だから石動先生外に居たのね。気づかなかったなーハハハ。……ナムアミダブツ。皆、このIS学園での生活、何だかんだ楽しかったぜ……。

 

 千冬姉は走馬灯を見る俺の絶望を知ってか知らずか、ズボンを履き終えると上半身下着姿のままで腕を組み、鋭い視線を俺に向けて来た。大きな胸が窮屈そうに強調されるも、そちらに目を向ける余裕もない俺は、その立ち姿に罪人の首を斬り落とさんとする処刑人を幻視して震えあがる。だが、千冬姉はどこか怪訝そうな顔をしながらも、別段普段と変わらぬ調子で淡々と声をかけて来た。

 

「一夏」

「はい」

「幾ら実の姉弟とは言え、着替えを覗くのは感心しないな」

「はい」

「とりあえず出て行け。話は着替えの後にしろ」

「……はい」

 

 とぼとぼと、だが想定外に何のダメージも受けず自室を後にした俺。そこにさっき置いて来た箒達が息を切らせて走り込んで来る。

 

「ふぅ、はぁ……一夏、置いてく……はぁ、なんてひどいよ……」

「一夏さん……! ゼェ……ハァ……心配なのは分かりますが、廊下を走るのはマナー違反ですわよ……」

「つか、何つー脚力してんのよアンタ……千冬さんはどうだった?」

「ハァ……まったくお前という奴は……ふう……って、石動先生!? 壁に貼り付いてどうされたのですか!?」

 

 俺を次々に咎める皆の内、箒だけが壁に潰れたカエルめいて貼り付く石動先生に気づく。当の石動先生は顔を押さえながらどうにかといった様子で壁から身をもぎ離した。

 

「いやあ、暴走特急に跳ね飛ばされてね……」

「暴走特急……一夏、お前まさか」

 

 示し合わせた様に振り返った石動先生と箒に睨まれた俺は、その尋常ならぬ圧力に思わず後ずさった。いやいや、箒はともかく、石動先生までそんな圧力醸し出すのはやめてくださいよ! ……しかし今の俺はそんな事言える立場じゃないのは重々承知、心の中の申し訳なさに従って、俺は素直に頭を下げた。

 

「いや、千冬姉が心配で……すみませんでした」

「言いたい事はいろいろあるけどよ……まあいいや。心配してたが、随分と元気そうだからな」

「ははは……」

 

 寛大な石動先生の言葉に、俺は思わず苦笑いする。その姿に皆が呆れたような目で俺を見ていると、部屋の中から千冬姉の声が聞こえて来た。

 

「入っていいぞ、織斑。それと、外にいる皆もだ」

 

 その言葉を聞いて俺と石動先生はすぐに、一瞬呆気に取られた皆はそれに続いて俺達の部屋に上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 部屋に入ると、織斑千冬は運動用の野暮ったいジャージに身を包み布団の上に胡坐(あぐら)をかいていた。しかしその威圧感は健在で、俺達はすごすごとその周りに正座する。

 

 ……いや待てよ、一夏達はともかく何で俺まで正座するんだ。つい雰囲気に飲まれちまったぜ。俺は空気を読んでしまった自分が可笑しくてちょっと笑うと、胡坐をかいて部屋の壁に寄り掛かった。

 

「まずは皆無事なようで何より。だが織斑。流石に教師を跳ね飛ばすのはどうかと思うぞ」

「反省してます……」

「もっと言ってやってください」

 

 織斑千冬に睨まれた一夏が小さくなるのを見て俺が笑いながら言うと、すさまじい勢いで睨まれたので諸手を上げて降参する。その様をひとしきり白い目で見つめた後、織斑千冬はこれ見よがしに溜息を吐いた。

 

「はぁ…………さて、織斑、それにお前達。突然どうした? 何かあったのか?」

「何かあったのかじゃあねえよ千冬姉! スタークに会って倒れたって聞いたけど大丈夫なのかよ!?」

 

 落ち着き払った織斑千冬とは対照的に、一夏は声を荒げて身を乗り出す。その言葉に織斑千冬はしまったと言いたげな顔で額を押さえた。

 

「その大事なところを端折(はしょ)る伝え方は真耶だな……? 全く……石動、山田先生には何と伝えたんだ?」

「『織斑先生がスタークと会った後倒れたけどちょっとした疲労でふらついただけだから大丈夫』って」

「……知っての通り山田先生は心配性だ。もう少しオブラートに包んで伝えてやってくれ」

「結構気を使ったつもりなんですけどねえ。次は気を付けます」

 

 自分の言葉をカニめいた仕草で引用して言う俺に白い目を向けた後、織斑千冬は皆を一度見回して、観念したように語り始めた。

 

「確かに、私と束の前にスタークが現れたのは事実だ。だが本格的な交戦があった訳でもない。私は奴を捕らえようとしたが、向こうは乗り気では無かったみたいでな。上手い事あしらわれて逃がしてしまったよ」

 

 織斑千冬は肩を竦めながら言うが、その口調には所々悔しさが滲んでいる。そりゃまあ、結果だけ見りゃ俺の圧勝だったからな…………。だが今思えばあそこで奴に付き合ったのは判断ミスだった。<福音>戦に合流するために手っ取り早く麻痺毒を使ったが、逆に俺の手札を見せちまった気がしてならん。

 

 織斑千冬と言う女の戦闘能力の高さは正直イレギュラーもいい所だ。今回の俺の勝利もあくまで情報アドバンテージによるものが大きい。後は奴が素手だった点か。あそこまで容易く奴を殺害できるチャンスは今後回ってくることは無いだろう。

 

 しかし、あそこで織斑千冬を消しちまうなんてのは論外だ。もったいない。奴はこれからも俺をもっと楽しませてくれる確信がある。いや、切実に楽しみだぜ。本気の織斑千冬とやり合うなんてのは……ゾクゾクするねえ。そんな事を考える俺を他所に、織斑千冬の言葉をいち早く飲みこんだ一夏がまたまた声を荒げた。

 

「あしらわれたって、アイツちふ……織斑先生から逃げきったって事かよ!? どうやって!?」

「どうやって……と言われてもな。私はIS無しで空を飛べるほど人間辞めてはいない。それともお前の中では私は空まで飛べるのか?」

「あっそっか……」

 

 一夏がまた姉との距離を詰めるも、白い目で皮肉られて気が抜けた様に納得する。織斑千冬もなかなかに上手い言い方をするな。普段ガチガチな分、こういう風に他人を揶揄(やゆ)する奴を見るのは中々に新鮮だ。老若男女の区別なく容赦がないとは思っていたが、割と一夏は例外みたいだな。

 

「……と言うか、織斑先生はあのスタークと生身でやり合ったと言う事でしょうか?」

「ああ」

「嘘でしょ……アタシ達は6人がかりでも取り逃がしたのに」

「私だって取り逃がしたさ」

「僕とラウラ二人がかりでも抑えるのが精いっぱいだったのにね……」

 

 篠ノ之の言葉に答える織斑千冬。その返答を聞いて凰とデュノアが驚愕の表情を浮かべる。……いやいや! お前らはなぁーんにもおかしく無いぜ! 織斑千冬(この女)が異常なだけだ。

 

 場数に関しちゃ負ける気しねえが、生身でIS用装備を扱いブラッドスタークとも渡り合う身体能力にその格闘センス、それだけでも十二分に脅威なのは昼の戦いで再確認できた。ただ、あの時は自分の能力をちょっとは過信していたみたいだがな……。まあそれも当然だろう。生身でもブラッドスタークに変身した俺とやり合えるんだから、並大抵のIS操縦者など敵じゃ無かったに違いねえ。

 

 ――――逆説的に、俺も並のIS操縦者なら軽く捻れるって事ではある。

 

 その事実を再確認して俺は小さく笑う。だがそれを気に留める余裕のある者はここには居ない。ほれ、織斑千冬もスタークとの戦闘に関しての話に興味深々みたいだしな。

 

「お前たちもスタークとやり合ったのは聞いた。……実際、奴と戦ってどう思った?」

「……俺は福音の相手で精いっぱいだったからなあ……シャル、どうだったんだ?」

「僕もラウラの援護をしてただけだから一概には言えないけど……一夏やセシリアみたいな特化型とは真逆で、びっくりするほど多芸極まりない、って感じかな」

「ほう?」

 

 デュノアの言葉に興味深そうに反応する織斑千冬。その様を見て、篠ノ之が自身の相対したスタークについての情報を語り始めた。

 

「以前アリーナで戦った時は拳銃に実体ブレード、それらを組み合わせたライフル型の武器から通常射撃だけではなく誘導弾に捕縛ネット、それに高火力の砲撃を放ってきました。本人も鞭の様な触手攻撃に加え驚くべきレベルの体術を操ります。他にも今回は今まで見たことの無い能力を披露していました」

「ふむ……それについては学園に戻ってから詳しく聞かせてもらおう。奴の戦闘能力や危険性はここに居ない者達ともしっかり共有する必要があるからな……」

 

 深刻そうに言う織斑千冬に、周囲の皆が更に気を引き締めるのを感じる。確かに情報って奴は大事だ。ビルドの世界ではあの手この手で戦兎達を動かしてたのが本当に楽しかったからな……。かく言う俺もあの良く分からん<テレビフルボトル>に頼り切りな現状を早く抜け出して、もっと情報管理をうまくやれるようにしたい。やはり<亡国機業(ファントム・タスク)>の様な組織力のある奴らとの接触は急務かね。

 

 ――――奴ら、篠ノ之束に全滅させられちゃあいないだろうな。もしもそうなってたら拍子抜けだ。今までも上手い事隠れおおせてたみたいだし、今回もうまくやってくれりゃあいいんだが……焚きつけたの俺だけど。……ま、その程度の奴らなら要らねえって事だなあ。

 

 そんな事を思いながらふと窓に目を向けると、既に陽は落ちて青黒い夜の帳が降り始めていた。もういい時間だな。そろそろメシも近いし、ここらでいったん解散させてもらうとしよう。

 

「……とりあえずよお。お前ら、もう帰って休んどけって。正式な実戦は初めての奴だって居るんだ。ってか、病み上がりの織斑先生の前であんま深刻な話するんじゃないやい。また倒れられちゃ堪らねえからなあ」

「おい石動。私を病人扱いするな」

「似たようなもんでしょうが。そら、お前らも飯の前に風呂でも行ってこいよ……自覚無えかもしれないけど、こう言うときの疲れは後で、それも来てほしくない時に来るもんだ。分かったら大人しくしてろって。な?」

 

 ウインクして言う俺に、一夏とデュノアが苦笑いし、(ファン)とオルコットが後ずさった。失礼な奴らだな……茶目っ気って奴を理解してくれよ。泣くぞこの。

 

「……石動先生のおっしゃる通りだ。織斑先生が過労で倒れられたと言うのに、ここで私達が時間を潰していても余計な負担になるだけ。体を休めて頂くためにも、ひとまず私達はここから去るのが最善だろう」

 

 そう言って、篠ノ之だけはあっさりと立ち上がる。お前、初めて会った時に比べて随分空気が読めるようになってくれたな……本当に助かるよ。

 

「そのとーり。物分かりが良くて先生ずいぶん助かるぜ~。さ、お前らも帰った帰った!」

「ほら、行くわよ一夏。さっさと立つ!」

「えっちょっと鈴待ってくれよ俺の部屋ここなんだけどうわっオイちょっと引っ張んなって痛え痛え痛え!!」

 

 俺が腕を振って退出を促すと、凰とそれに引きずられる形で一夏が外へと姿を消す。オルコットとデュノアもそれに続き、最後に篠ノ之が会釈を一つして彼らの後を追った。

 

「確かに一夏さんの部屋なのは分かりますが、織斑先生に負担をかける訳には行きませんわ。……い、一夏さんが良ければ私の泊まっている部屋で休んでも……」

「あっちょっとセッシーずるいわよ! だったら私の部屋の方がいいわよ一夏! アイスあるし!」

「セセセ、セッシー!? ちょっと凰さん、略さないでくださいまし!」

 

「お風呂かぁ……ロテンブロ(露天風呂)、って奴だよね? 折角だし、ラウラも誘ってみよっか。多分、一番疲れてるの彼女だと思うし」

「そうだな……皆で風呂でも入ってゆっくりしよう…………一夏、覗くなよ?」

「覗かねーよ!」

 

 騒がしい喧騒が去って行くのを感じて、俺はくっくっと笑い声を漏らした。対照的に、織斑千冬は疲れ切ったように溜息をつく。

 

「まったく、こちらの気も知らずに元気な物だ……」

「子供は元気が一番って言いますからねえ。ま、何にせよ皆無事なようで何よりですよ」

 

 ニコニコと笑って言う俺に訝しむような眼をして、何か言いたそうにする織斑千冬。その顔がたまらなく面白くて、俺は一つ、ちょっかいをかけて見る事にした。

 

「所で織斑先生。本当の事、伝えなくて良かったんすか?」

「……何の話だ?」

「またまた~。過労が祟ってぶっ倒れた人間が、あんな勢いで電話かけてくるわきゃ無いでしょ~! …………負けちゃったんじゃないですか? スタークに」

 

 いつもの軽薄な顔を引っ込め不敵に笑う俺に、織斑千冬はますます眉間の皺を深くした。あー、怖い怖い。並の人間なら震え上がるどころか気絶するくらいは普通にありそうだな……俺はしないけど。

 

 そうして、どれほど睨み合いが続いたか。その内織斑千冬は観念したように目を閉じて首を横に振った。

 

「お前はそうであって欲しく無い時に限って鋭いな……こういう時くらい普段の軽薄な男で居ろ」

「酷い言い方だなあ……んで、何で黙ってたんすか? 織斑先生に勝てる様な相手をほっとくのは流石にヤバイと思いますけど」

「本意ではない。だが、ただ伝えれば皆を不安にするだけだ。せめて有効な施策を何か考えてからにせねば」

「ま、確かにそうっすねえ」

 

 織斑千冬の意見に表向き同調して、俺は畳に体を横たえた。まあ、俺もそこまで性急に事を進めるつもりも無えし、別に構わねえか。俺に急ぐ必要なんて無い。この臨海学校では多くの収穫があったし<エボル>も目の前だ。……ビルドの世界じゃ<エボルドライバー>を前に焦って幻徳(げんとく)にやられかけたが、二度も同じ轍を踏むほど俺は甘くない。こう言うときはどっしり構えて、余裕を持って行った方がいいに決まってる。

 

 ――――ま、向こうの世界と違って、俺の暗躍を知る奴が居ないってのが大きいけどな。

 

 俺はそう独りごちて、一つ気になった事を思い出す。織斑千冬から見て、スタークの実力はどう映ったのか。奴の危機意識を判断するためにもぜひ聞きたい情報だ。俺は内心を悟らせぬよう、これまで通りの軽薄な態度で織斑千冬に声を掛けた。

 

「……ぶっちゃけ聞きますけど、スタークってそんな強かったんですか?」

「少なく見積もっても、徒手空拳の強さは私に匹敵するだろうな」

「でもそれ『生身の織斑先生』に匹敵する、ですよね?」

「奴は『武器があるならともかく素手の織斑千冬ならどうにかなる』とは宣っていたが、実際どうだかな。間違いなく奴は私の知らない力を隠し持っている…………少なくとも、スタークは国家代表クラスの人間で無ければ相手をするべき敵じゃあないと言うのが分かった。私も、せめて剣の一つぐらいは持ち歩いているべきだったよ」

「ふーん……」

 

 評価が高いのは嬉しいが、そう鋭いのは勘弁してほしいぜ。それに確かにまだ手札を隠しはしているが、アンタに武器を持たれると相当に厄介だ。少なくとも今回の様に接触毒で倒すのは相当難しくなる。消滅毒の使える毒針<スティングヴァイパー>も、奴が刀でも持てばあっさり捌かれて終わっちまうだろう。

 

 …………だが、実に面白い。やっぱそれなりの相手が居なきゃあゲームと言うのはつまらんからな。お前が居てくれてよかったぜ織斑千冬。お陰様でこの世界での生活も、教師と言う仕事にもまだまだ飽きそうに無い。むしろ、これからもっと楽しくなりそうだ。学園に戻ったら今後の行事についてもキッチリ確認して置かねえとな。

 

 そんな事を考えてにやつく俺に、織斑千冬は訝しげな視線を向けてきていた。おっと、ちょっと顔に出ちまってたか。やはり、まだまだ人間の感情がもたらす一種の衝動を制御しきれてはいないな。他人の心理を理解するよりも、自分の感情を理解する方が先かもしれん。その辺もしっかりやって行かねえと……。

 

 畳に自堕落(じだらく)極まりなく寝っ転がりながら俺自身の改善点を思案していると、誰かがどたばたと走ってくる振動を感じ取って眼を開き起き上がる。織斑千冬もその気配に気づいた様で首を巡らせ扉を凝視した。

 

「織斑先生! 石動先生! いらっしゃいますか!?」

 

 扉の外から慌てふためいた山田ちゃんの声が聞こえてくる。随分と取り乱してるみたいだが一体どうしたんだ? 俺は立ち上がろうとする織斑千冬を制して扉を開けると、予想通り息も絶え絶えな山田ちゃんを見下ろして問いかけた。

 

「どうしたんだよ山田先生。病み上がりも居るんだぜ~?」

「そっ、それが! 一夏くん達が医務室に行ったらボーデヴィッヒさんが居なくなっていたらしくて!」

「そりゃ大変だ! 一夏達は?」

「皆手分けしてボーデヴィッヒさんを探しに行きました!」

「ったく、しょーがねえな……。織斑先生! 俺も探し行ってきますが構いませんね!?」

 

 振り向いて織斑千冬に呼びかけると、奴は鋭い目で小さく首を縦に振る。ある意味こいつが一番物分かりがいいってのは困った話だな。しかし、その決断的姿勢のお陰で俺が自由に動けてる部分もあるし、そこそこ感謝しなきゃいかんだろう。

 

 しかしボーデヴィッヒ、俺にあしらわれたのは随分とショックだったか? 今度はスタークとしてじゃなく、石動として声を掛けに行ってやるかね。人間の感情を学ぶには、それを剥き出しにした人間と触れ合うのが一番良い。それに、もしこれで奴の心の隙間に滑り込めれば最高だ。手駒は多ければ多いほどいいからな。

 

「ああ、どうしましょう……ボーデヴィッヒさんを探してる内に一夏くんたちもケガをしたりしたら……」

「そうならんようにするのが俺達の仕事でしょうよ……そういや砂浜を見下ろせる高台があったぜ。アイツは髪の色からして目立つし、そっから探してみるってのは?」

「解りました! そうと決まれば早く行きましょう!」

 

 オロオロしていた山田ちゃんは、俺の提案に賛成するとあっという間に(きびす)を返して走り去ってしまった。高台の場所知って……ああ、この旅館との打ち合わせとか山田ちゃんがやってたんだっけ。知ってて当然か……こりゃ置いてかれかねんな。

 

「そんじゃ、俺もボーデヴィッヒを探してきますわ。Ciao(チャオ)!」

 

 それだけ織斑千冬に告げて俺も部屋から飛び出し、山田ちゃんの後を追う。既に陽は沈み切り、外には月も雲も無い夜空が広がっていた。さあて、まずはボーデヴィッヒを誰よりも早く見つけ出さねえと……ついでに山田ちゃんもどっかで撒かねえとな。人間を(そそのか)す時は一対一って相場は決まってる。後は上手い事奴の弱みを突けるかどうか……ま、最低限アイツを連れ帰ればいいんだ。そこまで気を張る必要も無えか。

 

「おーい、山田ちゃん! 俺を置いてかないでくれよ~!」

 

 声を張るも山田ちゃんの背中は既に見えない。普段は良く転ぶのにこう言うときは機敏だな……流石にIS学園の教師の看板背負ってるだけはあるか。そんな風に山田真耶という女を再評価しながら、俺もその後を追い旅館を飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 月の無い夜。やがて降ってくるのではないかと思わせるほどの満天の星の元、私はただ波打ち際で膝を抱えて蹲っていた。寄せては返す波を見つめて、誰ともなく溜息を漏らす。

 

 ――――『出来損ない』。スタークは私の事をそう呼んだ。それは、私へ向けられていたかつての蔑称だ。

 

 私は、最初から『出来損ない』だったわけでは無い。暗く冷たい、鉄の子宮から兵器として()()された私は、初めは同輩達の中でも最高レベルの性能を持つ個体として認識されていた。だがISの登場で全てが変わった。

 

 ISへの適合性を高めるための疑似生体ハイパーセンサー<ヴォーダン・オージェ>の不適合とその後の凋落(ちょうらく)。それは自身の性能を拠り所にしていた私にとって耐え難い苦痛であり、屈辱だった。だが一度はそこから教官(織斑千冬)によって救い上げられ、彼女が去り再び闇の中に戻った私は、ここ(IS学園)で織斑一夏と篠ノ之箒という二つの光に出会った。

 

 そんな二人と、初めて戦場を共にした<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>との戦い。そこで私はスタークの前にただ弄ばれる事しか出来なかった。これを敗北と言わずして何と言う。

 

『悪い事は言わねえから、『出来損ない』は『出来損ない』らしく、戦場じゃなく廃棄場にでも行く事だな』

 

 私を遥か上から見下ろすスタークの眼。あれは、嘗て訓練場に横たわる私を嗤っていた同輩達と同じ、敗者を見下し、置いてゆく者の眼だった。怒りが湧く。悔しさが湧く。それ以上に、不甲斐なさが湧く。仮にも嫁と呼ぶ二人の為に戦場に足を踏み出した私を、ただ(あざけ)り踏み(にじ)って行った怪人。

 

 奴の強さよりも、それに手も足も出なかった自分自身に、私は強く打ちのめされていた。

 

 ――――今頃、ドイツでは昼の訓練が始まっている頃か。この砂浜に座り込んで、一度クラリッサに通信を入れて見たものの、彼女も常に反応してくれると言うわけでは無い。だが、彼女と話をしてどうするというのか。自分の浅ましさを鼻で笑って、クラリッサがこのまま通信を返してこないことを私は願った。

 

 ざあ、ざあ。波はいつまでも寄せては返す。その繰り返しは私の鬱屈とした思いに出口など無い事を暗示しているようで。吹き抜ける潮風と滲んだ涙の味が混じり合う。心の中の(もや)はますます重苦しくなってゆくばかりで、私はますます膝を強く抱え込んだ。

 

 じゃり、じゃり。しかしそこに、波の音とも、風の音とも違う音が混じる。近い。いくら私が平常心を保てていないとはいえ、これほど接近されるまで気づかなかったのはその相手の能力の高さに起因するのだろう。伏せていた目だけをちらと向けた先に居たのは、逆光で顔も定かでは無い一人分の人影だった。

 

「ラウラ、こんな所で何をしてる。皆心配しているぞ」

「篠ノ之……。篠ノ之箒か」

 

 気遣うかのような彼女の声音を聞いて、私は今すぐ消え去ってしまいたい衝動に襲われる。部屋から姿を消した私を誰かが捜しに来ることは予測していた。だが、よりにもよって彼女とは。他の者なら先に気配を感じ取って隠れることも出来ただろうに。

 

「隣、いいか?」

 

 そう口では言いながらも、私の答えなど待たずに彼女は砂浜に腰を下ろした。しかしその行動に反論する気概も私には残っていない。精々、横目に彼女の顔を覗き見るくらいだ。

 

「――――思えば、お前とこうして二人きりで話すのは初めてだな、ラウラ」

 

 彼女は眼前の海に目を向けたまま私に語り掛けて来た。私はその言葉を聞いて彼女から眼を逸らし、同じように海へと視線を向ける。

 

「初めて会った時……私はお前の事が嫌いになった。突然一夏と石動先生に手を上げて……『何だこいつは』と心の底から思った。だが今はどうだ、共に学園生活を過ごし、共に一つの作戦をこなし、そしてこうして、二人きりで語りあっている。以前の私が知れば……そうだな、驚きにひっくり返るくらいはしていただろうな。ふふっ」

 

 そう言って一人で微笑む箒に、私は過去の醜態を思い出して何一つ言葉を返す事が出来ない。ますます気を重くして、更に顔を俯かせるだけだ。しかし彼女はそんな私を一度横目に見て、気にも留めぬように言葉を紡ぎ続ける。

 

「その後は……学年別タッグマッチか。アレが始まる前に石動先生に見せてもらった、お前と皆の戦い。あれを見て私はひどく衝撃を受けたよ。どうやってあそこまでの強さを身に付けたのか。あれほどの強さを持つ相手に、追いすがる事が出来るのか……石動先生も、さりげなくお前対策の訓練を私に課していたよ。まあ、結局組むことになったのは随分と想定外だったが」

「……そうか、石動惣一はそこまで考えて私にあのコーヒーを飲ませていたのか……」

 

 今まで自身にだけ向けられていた感情の矛先が、過去のトラウマによって恨みとなり今この場に居ない石動惣一に向けられる。まさか盤外戦術で弟子の敵を潰そうとしていたとは……。捨て鉢な笑みを浮かべながら、私は如何に石動惣一に目に物見せてやるかを脳裏に描きだす。その笑みを見て、慌てたような顔で箒が身を乗り出してきた。

 

「待て! 勘違いするなっ!? 普段の石動先生はあの風体からは想像も出来ない程の深い見識と熟慮を以って動いているが、たまに、そうたまになんだが、後先一切考えずやりたい事をやりたいようにやる事があって……」

「……フォローしているつもりなのかもしれないが、フォローしきれてないぞ……」

 

 ボソリと呟いた私の返答に、箒は目を丸くした。そして羞恥に頬を染めて俯くと、私と同様に膝を抱え込んで黙り込んでしまう。その姿はまるで自分を見ているようで、どうにも居た堪れなくなった私は彼女を励ますように声を掛けた。

 

「気にするな、箒。私も、そうやって空回りした経験があるから分かる。お前が石動惣一を信頼しているのは良く伝わったよ」

「……本当か?」

 

 ああ、と答えると、箒の顔は差した朱そのまま、幾分明るくなった。……これでは、どっちが慰めに来たのかわからないな。それは彼女も同じだったようで、どこかバツの悪そうな笑みを浮かべる。暫くそうして見つめ合って居ると、彼女はようやく本題に入り始めた。

 

「……なあ、ラウラ。空でスタークに一体何を言われた? 奴の何がお前をそこまで傷つけた? ……お前さえ良ければ、私にも聞かせてくれないか? お前の、ラウラ・ボーデヴィッヒの話を」

 

 そう言って、彼女は心配と慈しみがないこぜになったような目を、真剣な顔を私に向けて来た。やめてくれ。そんな目を向けられているという事実だけで目頭が熱くなって、私は目を逸らす。箒は私のその姿を見ると、柔らかな笑みを浮かべてまた海の方を向いた。

 

「……もし、お前が辛いのなら、別に構わない。いつかまた、話したくなったら……その時、私に声を掛けてくれ」

 

 そう言って立ち上がろうとする箒。私はその腕を、気づいた時には掴んでいた。

 

「……ラウラ?」

 

 困ったような彼女の声に、私ははっとなってその手を振りほどく。何をしているんだ。私は真っ赤になって縮こまる。だがその様を見た箒はただ慈しむように笑って、先程よりも少し私に近づいて改めて腰を下ろした。

 

「……………………」

 

 そのまま彼女は何も語らない。いや違う、語るべきは私で、彼女はただ待っているだけだ。潮が満ちてきたか、爪先を砕けた波が掠め濡らして行く。それでも、私はこの静寂に重苦しい物を感じて動けずにいた。

 

「……私は、ドイツの、名もなき研究施設で生まれた」

 

 だがその感情に苛まれながらも、私はぽつぽつと、己の事を語り始める。自分が人の腹から生まれたのではない、人造人間である事。ドイツの兵器として育てられ、それを受け入れ生きてきた事。今も眼帯の下にあるこの左目によって『出来損ない』と呼ばれ、蔑まれてきた事。教官に――――織斑先生にそこから救われ<黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)>のトップに立つことが出来た事。そして、織斑先生をドイツに連れ戻すためにIS学園を訪れ、身勝手な感情で一夏達に牙を向いた事。その全てを洗いざらい語った。その全てを、彼女はただ、目を閉じて聞いていた。

 

 寄せては返す波が靴を満遍なく濡らし切った頃になって、私の独白は終わりを告げる。それと同時に、彼女が閉じていた眼を開く。そこには確かな優しさ、ただそれだけがあった。

 

 

「――――ラウラ、ありがとう。話してくれて」

 

 話を終えた私に、彼女はそう声をかけて来た。その笑顔に、私は顔を真っ赤にして俯く。

 

「そうか、スタークは、だからお前を『出来損ない』なんて言ったのか。許せないな」

 

 そう言う彼女の瞳には、義憤と怒り、スタークへの強い感情が渦巻いていた。だがそれは一瞬で鳴りを(ひそ)めて、どこか遠い目になり星空に目を向ける。

 

「……以前の、石動先生と出会う前の私を見ているようだ。私も、以前は随分と酷い奴だった。出来損ないどころじゃない。私のせいで、大切な皆が傷ついた」

 

 それを聞いて私は驚きを隠せない。私の知る篠ノ之箒は誰よりも努力を欠かさず、明朗で素直で闊達(かったつ)な女だ。だから私は彼女に惚れた。一夏と共に、力に呑まれた私を救いだしてくれた彼女に。

 

 驚いている私に、今度は彼女がつらつらと語り出した。

 

 <天災科学者>であり、ISの生みの親である篠ノ之束を嫌っている事。姉のお陰で四六時中監視される幼少期を送った事。そのコンプレックスから無自覚に暴力を求め、結果として剣道の道を歩み続けた事。IS学園に入って一夏と再会した事。そして、それまでに得てしまっていた在り方のせいで<ブラッド>との戦いの際に戦場に無防備に飛び込み、結果として自らの命だけでなく、一夏や凰までも危険に晒してしまった事。

 

 一夏達をむざむざ傷つけさせてしまった事を語る時の彼女は、これ以上無く苦しそうな顔をしていた。当然だ。今彼女は、自らの古傷を盛大に抉り出し、見せつけているのだから。その悔恨に満ちた顔を見ていると、未だに過去の屈辱に足を取られている自分が、何とも情けなくなってくる。

 

 その先も彼女は語り続けた。石動惣一によってそんな自身を変えるために立ち上がった事。努力を続け、日本代表候補生との認定を受ける一歩手前まで来た事。予定外の形ではあったが専用機(紅椿)を手に入れて、今はIS操縦者の頂点……<ブリュンヒルデ>の称号を目指すと心に決めている事。そこまで語り終えて、彼女は恥ずかしそうに口を閉ざす。私は、彼女の目標の大きさと遠さに、半ば呆然としながら口を開いた。 

 

「…………篠ノ之束(人類最高)を超える…………その為に<ブリュンヒルデ(世界最強)>を目指す、か。世界最強などと、私は考えたこともなかった。随分と大きな目標だな」

「だって、『あの人(篠ノ之束)を越えたい』、『あの人(篠ノ之束)の妹としてではなく、篠ノ之箒として世界に見てもらいたい』。そう思ったら、世界最強にでもなるしかないじゃないか」

 

 頬をかきながら恥ずかしそうに言う彼女の眼はどこか悟り切ったような、逆に諦観さえ見えるような落ち着き様だった。その答えに至るまで多くの思案を経て、なおその目標を定めたのだと感じさせる。私がそう理解して口を紡ぐと、彼女はどこか思考を整理するようにしながら言った。

 

「まあ、つまり、だ、何を言いたいかと言うとだな…………『人は変われる』。嘗ての自分が、どんなに消し去りたくなるようなひどい奴でも、それをきちんと自覚していれば、私達は強くなれるんだ」

 

 自信に、いや、実感に満ち溢れた彼女の言葉に、なぜ彼女が皆に慕われているのかが何となく分かった気がした。『自分は変われる』。『自分はもっと高い所に行ける』。そう堅く信じ、それを体現していく彼女に、皆憧れているのだ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒは『出来損ない』なんかじゃない。私の、私達の大切な友人だ。それとも何だ? 嫁と呼ぶ私の言葉よりも、得体の知れないスタークの戯言を優先するのか? それは、ちょっと妬けちゃうが」

「そんな事は無い!!」

 

 彼女の懸念を否定するように私は必死な声で叫んだ。だがその様を見て唖然となった彼女を見て、自分が冗談に本気になってしまったのに気づく。

 

「……すまない、意地悪な事を言ったな」

「いや、その、私こそ、声を荒げてすまない」

 

 二人で気まずくなって謝り合って、その姿にどちらともなく笑い合う。先程までここに居た陰鬱な私はもう何処にも居なかった。私は『出来損ない』ではないと、彼女がそう言ってくれたから。それだけで新しい私が形成(ビルド)されたような……彼女の言葉に恥じない私になりたい、彼女がそう言ってくれたなら、きっと私はそうなれる。そんな、根拠など何もない確信が私の中に芽生えていた。

 

「帰ろう。みんながラウラを待っている」

 

 そう言って立ち上がり、彼女は私に手を差し出してくる。そう言えば、以前にもこうして手を差し出してくれた事があった。その時の私は、彼女の気遣いを振り払い無理して一人で立ち上がったのだったか。今は無理なんてしなくても一人で立ち上がれる。それでも、この手を振り払う事なんて、今の私には考えられなかった。彼女の手を握りしめて立ち上がりたかった。

 

 差しだされた手を握りしめると彼女の温もりが直に伝わってくる。そのまま優しく引き上げられて立ち上がると、私達はそのまま、言葉も交わさず花月荘への帰路に就くのだった。

 

 

 

 

 

 

「先、越されちまいましたねえ」

 

 砂浜を見下ろす高台。その手すりに身を預けながら石動は笑った。口角を上げ、ただ二人の生徒を遠目に眺めている。その後ろで真耶はその光景を微笑ましく思って、同時にうらやましそうに目を向けた。

 

「ああ、若いっていいなあ……挫折とそこからの再起、わかります。正に青春って奴ですね……」

 

 そう遠い瞳で呟く真耶の肩を、横に回った石動がポンポンと叩く。

 

「何言ってんだ山田ちゃん! アンタ、俺と違ってまだまだ若いでしょう! ピッチピチの二十代なんだからもっと胸張って行かなきゃ!」

「そう言う石動先生は言葉選びにお歳が出てますよね……」

 

 呆れるような目を向けられた石動は一瞬ぎょっとして後ずさった後、丸レンズのサングラスを外しておいおいと泣き真似を始めた。その様を無視して、真耶は再び砂浜に居る二人に目を向ける。

 

「……でも、本当に良かったです。ボーデヴィッヒさんが居なくなったと聞いて、私ビックリしましたから。<福音(ゴスペル)>との戦いで何かショックな事があったとだけは聞いたんですけど……」

「思春期だからねえ。それにボーデヴィッヒの奴はIS学園に来てからだけでも随分いろいろやってくれちゃってるし、元々いろいろ問題は抱えてたと思うんだが……篠ノ之の奴がうまくやってくれたみたいで、俺もちょっぴり安心したよ」

「ちょっぴりですか?」

 

 石動の物言いに真耶は不思議そうに首を傾げる。当の石動は逆に、その問いに「何言ってんだ」とでも言いたげな顔で肩を竦めた。

 

「当たり前でしょ~が~。これから<福音>の事件の後始末に、予定総崩れの臨海学校の帳尻合わせ、そんでもって、俺の生徒を随分かわいがってくれた<怪人(スターク)>の件もある。明日からひどく忙しくなりますぜ」

「ああ~…………」

 

 がっくりと肩を落とす真耶。その背中を軽く叩いてしゃんとさせると、石動は満面の笑みでその顔を覗きこんだ。

 

「そう落ち込むなって山田ちゃん。ほら上向いて!」

「上ですか……?」

「顔上げろって意味じゃないぜ。本当に真上を見てみろって」

 

 その言葉に、素直に顔を上げた真耶の前に広がっていたのは雲一つない満天の星空だった。煌めく光景に、真耶は感嘆の溜息を漏らす。

 

「わぁ……」

「星空でも見て元気出してくださいよ。IS学園からじゃ到底ここまではっきりとは拝めないですぜ」

 

 笑う石動を他所に、真耶はまるで子供に戻った様に喜び、その人差し指を夜空にひときわ輝く三つの星に向けた。

 

「見てください石動先生! あれはデネブ、ベガ、あと、えーっと……」

「アルタイルっすね」

「ああそうでした忘れてました! わし座のアルタイルです!」

「何だ何だ、山田ちゃん詳しいな! 星見るの好きなのか?」

「はい! ……と言っても、ここからこんな綺麗な星空が見えるなんて、全然気づいてなかったんですけどね……何度も来てるのに」

 

 言って、また少し顔を伏せる真耶。その様を見て、石動はまるで娘を励ます父親の様に、にっこりと歯を見せて満面の笑みを浮かべた。

 

「そこは気にする所じゃないっしょ~。それよりも、キラッキラしてて綺麗だし、目に焼きつけとかなきゃ損ですよ。今年の臨海学校の夜は今日が最後なんですから」

「ほんとに……そうですね…………」

 

 その言葉を最後に、穏やかに二人は黙りこくる。ただ宙を見上げ星々を数えるだけの落ち着いた時間には、砂浜に打ち寄せる波の音がざぁ、ざぁ、と(しず)かに響くのみ。

 

 そんな一時がどれほど続いたか。ふと、石動が視線を下ろし、真耶の顔を見て口を開いた。

 

「……なあ山田ちゃん。もしも……もしもの話なんだけどさ」

「はい?」

 

 どこか神妙さを帯びた石動の声に、不思議そうに顔を向ける真耶。そんな彼女の顔を見据えながら、石動は生徒達に言い聞かす時の様に両手を広げた。

 

 

「きらきら光る星空もいいけど……この空一杯の星が全部無くなって、黒一色の夜空が広がっていたら……そいつはそいつで、途轍もなく素晴らしい眺めだとは思わねえか?」

 

 

 石動は普段と変わらぬ様子で、いつも通りの笑顔で宣う。だがそこに真耶は底知れぬ何かを見て、一瞬目の前が真っ暗になったような感覚に襲われ途轍もなく不安な気持ちになった。

 

「……えっと…………ごめんなさい、良く分かりません」

 

 困ったように、あるいは誤魔化すようにはにかむ真耶。それを見て、石動は両手をポケットに突っ込むと口角を上げながら肩を竦める。その笑顔は先ほどと同じだったが、底知れぬ何かを感じさせるようなものでは無く、いつも通りの軽薄さを感じさせるものに戻っていた。

 

「こりゃ失礼! 野暮な事聞いちまいましたね。気にしないでください」

「あっ……はい。別に、かまいませんよ。好き嫌いは人それぞれですから……」

 

 取り繕って言う真耶に、石動はまたサングラスを外して泣き真似を始める。そんな彼の感情表現に些か慣れ切った真耶は一度愛想笑いを浮かべると、また夜空の星々を楽しむ事に熱中し始めた。石動も自身の演技が流されている事に気づくと、あっさりサングラスを掛け直して星を見上げる。

 

 ………………どれほどそうしていただろうか。ふと石動は、砂浜の人影が帰路に入ろうと立ち上がるのに気づく。そのまま彼は星々に夢中になっている真耶に、そっと声を掛けた。

 

「……さて、俺は二人の事出迎えて来ますわ。山田ちゃんは……ま、ちょっと星でも見ててくださいよ。あっちこっちに頭下げんの疲れたっしょ」

「いいんですか?」

「お任せ! 神様仏様石動様って拝んでもらってもいいですよ!」

 

 茶目っ気たっぷりに言う石動にまた真耶は白い目を向けると、石動は今度は泣き真似をせずに笑って誤魔化した。その様を見ると真耶は一度小さく溜息をついてから、小さく頭を下げた。

 

「拝みませんよ…………でも、お言葉に甘えさせていただきます」

「了解。ま、休憩がてらのんびりしててください。コーヒー煎れて来ましょうか?」

「ダメです!!!!」

 

 突然必死になる真耶の剣幕に小さく諸手を上げて後ずさる石動。だがすぐに彼は気を取り直し、むくれっ面で反撃を始める。

 

「そこまで言わなくたっていいじゃねえですか~! 山田ちゃん、俺のコーヒー一回しか飲んでくれた事無い癖に~!」

「その一回で人を医務室送りにしといてよく反論できますね……」

「…………あー…………その話、もう止めません? めっちゃ謝ったじゃないですか……」

 

 普段の温和な表情が鳴りを潜めた真耶の視線にたじろいで、石動はバツが悪そうにそっぽを向き、勢いそのままに背を向ける。

 

「……ま、ともかく俺は行きますんで。Ciao(チャオ)!」

 

 言って素早く身を翻して去って――逃げて行く石動の姿が見えなくなるまで見届けてから、真耶は再び夜空に目を向ける。

 

 ……もし、石動先生の言ったようにそこに浮かんでいるのが真っ暗な夜の空だけだったら。

 

 一瞬そんな事を考えそうになった真耶はハッとなって、ぶんぶんと頭を振ってその思考を脳から追い出した後、手すりに寄りかかって再び星座を探し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 三日目の朝。我々は支度を終え、早くに花月荘を発つためバスを待っていた。何でも<福音>の暴走事件の調査と後始末の為に開発国が動いたらしく、我々は早急な退去を求められたのだ。昨日(さくじつ)<福音>をとっ捕まえたのは我々だというのに随分手ひどい仕打ちだと憤慨したが、怒りでどうにかなる問題でも無い。

 

 昨日はラウラの脱走もあったしな……心情などを鑑みてお咎めは無かったが、お陰で皆仕事が夜遅くまで立て込んでいたのは間違いない。病み上がりと言う事で私はそちらには参加させられなかったが、今朝は真耶が思いっきり寝坊した所を見るに相当深夜までやっていたらしいな。結局、私と石動で朝の仕事をこなす事になった。まあ、石動も時間になっても起きなかったので私が叩き起こしたのだが。睡眠の邪魔をした一夏には悪い事をしたと思っている。

 

 玄関前でベンチなどに座ってバスを待つ生徒達も幾人かはうつらうつらと船をこぎ、中にはバッグを枕に横たわるものまでいる始末だ。ここまで予定が繰り上がるとバスが来るのもすぐでは無いし、仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

 

「織斑先生。お客さんっす」

 

 生徒達の様子を見回していれば、眠たげな石動が一人の女性を連れて私の前まで歩いて来た。そのまま奴はあくび一つ。随分な態度だな。眠いのには同情するが、客の前でその態度はな……しかし如何せん客の前なので、私は何も言わずに、その客とやらの相手を石動から引き継いだ。

 

「ハァイ。お久しぶりです、織斑さん」

 

 そう明るい声ではにかむのは<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>操縦者であり此度の作戦の後、意識が戻らず今朝まで眠っていた<ナターシャ・ファイルス>だ。美しい金髪は一つに纏められ、全身包帯やら絆創膏まみれだ。片手には杖を突いていて、用意された部屋からここまで来るのも一苦労だったろう。

 

「まだ寝てなくて大丈夫なのか? お前はそっち側の人間、退去命令が出されたわけでもなかろうに」

「ええ、まあ、ホントは寝てなきゃって言われてるんですけど……私と『あの子(銀の福音)』を助けてくれた皆が早々に帰らされるって聞いたら、居てもたっても居られなくて」

 

 困ったように笑う彼女は、その見た目よりも随分元気そうだ。その姿を見て多少安心した私は、しかし顔を引き締めて彼女に言った。

 

「私は何もしていない。礼なら実際に君を助けに行った生徒達にしてくれ」

「ああ、それはもう。こんな状態じゃハグも出来ないからお礼を言うだけでしたけど。あと作戦を考えてくれたって言うソウイチ・イスルギ、でしたっけ? あの人にもありがとうと伝えておいてくれますか? 随分眠そうで流石に今伝えるのはちょっと、ね……」

 

 それを聞いて、私は後で石動の眠気を飛ばしてやる事に決めた。最悪奴自身が吹っ飛ぶことになりかねんが切っても焼いても死にそうにない男だ。心配は不要だろう。

 

「しかし……思ったよりも元気そうで安心したよ。織斑の奴、お前に対して随分な大技を放ったらしいからな」

「まあ、私はあの子に守られてましたから……良く覚えてないですけど」

 

 そう言ってまた困ったように首を押さえるナターシャ。私は眉を顰め、その事について問いただしてみる。

 

「当時の記憶が無いというのは本当なのか?」

「そうですね……暴走が始まってから必死にあの子を落ち着かせようとはしてたんですけどね……日本近海に来た辺りからさっぱり!」

 

 肩を竦めて、体のどこかが痛んだかびくっと跳ねる彼女を見て私は思案した。一夏達によれば、彼女はスタークによって怪物にされ、皆と激しい戦いを繰り広げたという。そんな鮮烈な(いくさ)の記憶がすっぽり抜け落ちているなど、些か都合が良すぎる。だが、彼女が嘘をついているようにも見えない。束が<福音>に何か仕込んだのか。あるいは<スターク>の使ったというガスによる副作用か。それを判断する材料は今の私にはなかった。

 

「……<福音>はどうなった? 相当なダメージを受けたとは聞いたが」

「まあ、当分あの子には乗れなさそうです。けど、お偉方が暴走中とは言え篠ノ之束謹製の第四世代ISと渡り合ったのを高く評価したみたいで……凍結は見送られました。イスラエルは手を引いたみたいですけど。そこだけは、私を怪物にしてくれたっていう<スターク>とやらに感謝しなきゃですかね」

「それは言っていいのか?」

「いーんですよこれくらい。あの子の事、みーんな兵器としてしか見てないんですから」

 

 そう不満そうに言うナターシャに私は小さく笑う。そんな私を見て彼女も小さく微笑んで、しかしすぐに憂い気な表情になって肩を落とした。

 

「まあ、正直複雑な所ですけどね。またあの子と空を飛べるかもっていう嬉しさと、上の人達が力に目が眩んでるのがありありと解った嫌な感じと。でもまあ、あの子が手元に残っただけ贅沢は言っていられないかな。犯人についても、織斑さんに特別に教えてもらいましたしね」

 

 そう言って、彼女はその表情をまた切り替えた。ここに居ない誰かに向けた、敵意に満ちた目。その鋭い気配に眠っていた何人かの生徒が目を覚まし、ラウラや篠ノ之を初めとした幾人かの手練れは何事かと此方を凝視している。そんな彼女らの元に、石動が陽気に話しかけに行った。その際小さくこちらに手を振るのが見える。まったく気が利くんだか利かないんだか。

 

「――――やはり、この事件の下手人を許せないか」

「決まってるじゃないですか。あの子の判断力を奪った挙句あんな色に染め上げて、無理くり戦いの場に引きずりだした<ブラッド>も、あの子を捻じ曲げて化物に仕立て上げた<スターク>も。必ずとっ捕まえて報いを受けさせます。例え、どんなにそれが難しい事でも」

 

 彼女の切羽詰まった様子に、自身の胸の内を吐き出してしまいたい衝動に襲われる。この戦いが、本当は誰によって仕組まれたのか。だがそれを伝えてしまえば、世界のバランスにまた良くない変化が起こる。個人的な目的の為に、他者のISを操る人間。そんな奴が()()も存在すると知れれば、世界中で混乱が起きるのは免れないだろう。

 

 私も今朝から束に何度もコンタクトを取ろうと試みているが一向に返信は無い。朝のニュースでは、昨日からこの付近の地域で突発的なガス爆発事故が散発していると言うが、十中八九<亡国機業(ファントム・タスク)>を狙った束の攻撃を隠すための政府レベルからのフェイクニュースだろう。そしてそれが止まっていないという事は未だに束も<ブラッド>には辿りついていないという事だ。

 

 その事実に私は頭を抱えたくなった。とりあえず、早急に束の奴に一回ガツンと言ってやる事と、ブラッドについての調査、そしてIS学園でスタークに対抗できる戦力を用意する必要がある。

 

 戦力については一人当てがある。()()ならその役目も十分にこなせるだろう。その分自由にやってもらう事になるが、背に腹は代えられん。また何らかの騒動が起きるのは目に見えて明らかなその選択に、私は早くも胃が重くなるのを感じた。

 

「まあ、私もこの後査問委員会に療養、あの子もまだまだ未完成で専用の整備が必要ですし……しばらくは大人しくしてます」

「ああ、今回はいろいろと済まなかった。一刻も早い復帰を願ってるよ」

「もー、織斑さんが謝る事じゃあないでしょ。……じゃ、とりあえず私は部屋に戻りますね。Good-bye(グッバイ)!」

 

 そう言って、自身の惨状も気にせずはにかんでから去ってゆく彼女を見て、私の中の罪悪感はますます降り積もってゆく。嫌な予感がある。何時かこう言う事の繰り返しが、きっと良くない結果を生むのだと。

 

 ……一刻も早く、束の奴をどうにかしないといけないな。

 

 そう心に決めるが、不穏な存在はもう一人。<スターク>。奴についての情報をまとめ、早急に対策を練らなければ。奴は既に一度IS学園のアリーナのど真ん中に悠々と侵入して来ている。ある意味、束よりも直接的に危険な存在。それにあの戦闘能力……生徒達の早急なレベルアップも必要だ。

 

 課題は山積みだな。その事実を直視した私は大きな大きな溜息をつく。そして顔を上げると、道の向こうから数台の大型バスが向かってくるのが目に入った。とりあえず、まずは学園に無事に戻ることか。袋に入れたIS用実体ブレードを担ぐと私は眠っている生徒達に声を掛けそれぞれ整列させてゆく。彼女達を並ばせた私は、後のことを山田先生に任せ憎々しいほどに澄み切った空を見上げて、溜息をついた。

 

 ――――今後この世界は一体どうなるのか。先は見えない。少なくとも、今後今より平和になるという予感はこれっぽっちもしなかった。




ラウラの嫁レースは箒が一歩リードです(本人になる気があるとは言ってない)。一夏も頑張ッテ!(無責任)
これでようやく三巻分……次の四巻、総じて一夏とヒロインたちのコミュ回だけどどうしよう。

プロテインの貴公子が活躍するVシネクローズ、凄い画像が公開されてひっくり返りました。君たち並ぶとカッコイイな……。

ジオウはレジェンドたちの登場にも飛んで跳ねて喜んでますが、とにかくゲイツくん激推しです。三話にしてちょっとカワイイが過ぎるだろ……あんなの卑怯だぞ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。