星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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駆け引き回です。頭使うの好きなんだけど整合性とるのむずかしい……難しくない?
戦兎ばりの知能とエボルト並みの機転、話術がほしい(グリードばりの強欲)

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ロシア代表より愛をこめて

 

「結論から言うとだな…………『今は』嫌だ」

 

 目の前で腰を下ろし、朗らかに微笑む更識(さらしき)とやらに向けて俺は嫌悪感を隠さずに答えた。

 

「実はな、俺は織斑千冬に酷く痛めつけられて見ての通りボロボロなんだ。正直、飯も風呂もいいから今すぐ寝ちまいたいくらいなんだよ。ちゅー訳で今日は帰ってくれ。暇な時なら俺も誠心誠意相手するからさ……」

「まあまあそう言わずに。しかし、思ってたよりも随分殺風景なお部屋ですね石動先生。もっと人には見せられないようなあれやこれやが一杯なのかと期待してたんですが」

「見せられないような物があるかもしれない部屋に押し入ってきたのかよ。いい趣味してるぜ」

「お褒めいただき嬉しいですわ♪ ああ、そうだ。これ、ロシアのお土産なんですけど良ければどうぞ。マトリョーシカ人形です。いい趣味してますでしょ?」

「そうね……」

 

 俺は早くもこの女との対話にうんざりしていた。普段の俺なら彼女との会話を喜々として楽しんでいたのだろうが、今日はすこぶる虫の居所が悪い。ボロが出かねんので、一刻も早く帰ってほしいと思う。俺の経験上、苛立ちや怒りと言った感情はもっとも制御が難しい物だ。

 

 何せ戦兎(せんと)達のハザードレベルを上げるのに最も役に立った感情だからな……そこでふと俺は、万丈(ばんじょう)の恋人の殺害を提案した郷原(ごうばら)の事を思い出した。

 

 奴ら三人、俺の居なくなった世界で何やってんだろうなァ。戦兎達が居る以上俺抜きでの地球滅亡は不可能だし、もしかしたら揃って消滅してたりしてな。三都知事になれるように段取りは進めていたが俺はこうして別世界に飛んじまったし……なんにせよ一騒動起こしちゃあいるだろうな。俺も是非立ち会いたかったぜ。

 

 受け取った拳大ほどの大きさのマトリョーシカ人形を握って、俺は何となく上下に振る。中の人形がカチャカチャとぶつかる音がした。

 

「あら、ダメですよあんまり振っちゃ。マトリョーシカさん達が可哀想です」

 

 言ってよよよと泣き真似をする楯無。そのクオリティの高さに俺は唸った。本当に残念だ。普段話しかけてくれりゃあもう少しいい対応が出来るだろうによ。

 

「悪い悪い……出来れば、ズタボロの俺の事も可哀想だと思ってくれると助かるんだけど」

「それはそれ、これはこれですね。頑張って!」

 

 

 殺すか。

 

 

 そんな考えが過ぎった瞬間更識はほんの僅かに眉を(ひそ)め、ぱちんと小気味いい音を立てて扇子を閉じた。その笑みは穏やかではあるが、口は先程の様に言葉を連ねる事も無くこちらの様子を伺っている。ほんの少しではあるが、俺を警戒するように緊張が走っているのが見て取れた。

 

 その態度に俺の中の好奇心が頭をもたげた。この女、織斑千冬ほどじゃあないが……中々に出来る。一筋縄じゃあ行かないかもしれんな。そういやフォルテ以外に2年生にはもう一人専用機を持つ生徒がいると聞いていたが、一学期にはそいつの姿は影も形も無かった。そしてこの女の持つそこらの生徒とは格の違う雰囲気…………なるほど、今まで不在なら見つからんわけだ。

 

 俺は大きく溜息を吐いて、幾つかの思惑を頭の中で巡らせた。ともかくまずはこの女を追い出す事だ。部屋を見られただけなら殺すほどのリスクじゃない。それに専用機を持っているであろうこの女の実力は未知数。だがおそらく、生半可なもんじゃないだろう。しかし後ろに控える淑やかそうな女ならどうにかなりそうだ。人質にして殺すもよし、殺して動揺した隙に殺すもよし。二人そろって記憶を消す……のは流石に後始末が面倒だな。こいつら二人も建物内の監視カメラとかに映ってるだろうし。

 

 長身で眼鏡をかけ、髪を三つ編みにしたその生徒はタイの色を見るに三年生。三年の専用機持ちはダリルだけのはずだし、少なくとも無力化は容易い。そう俺が殺伐とした視線を向けると、その女は眼鏡越しの瞳をさっと逸らした。

 

「そういや、そっちの三年。名前は?」

「生徒会会計をしています、布仏 虚(のほとけうつほ)です。この度はこのようなタイミングでの訪問となって申し訳ありません」

 

 言って頭を下げる布仏(のほとけ)。そうだよな。まず礼儀をキッチリやってそれから話だろ。なのにこの生徒会長は俺をドアごと突き飛ばしやがって……。

 

「…………お前の頼みなら聞いてやってもいいな……いや待て、布仏(のほとけ)? うちのクラスの布仏とは知り合いか?」

本音(ほんね)は私の妹です。いつも石動先生の話は聞いてますよ」

「へぇ……何て?」

「『たまに怖いけど基本緩くていい先生なんだ』と言ってましたね」

 

 いやホントはもっと緩い事言ってるだろ。俺はその思いを隠さずに苦笑いすると、つられて布仏も苦笑いした。どうにも俺の意図を鋭く察知したらしい。これが所謂以心伝心と言う奴か。その初体験に俺は多少機嫌を取り直す。

 

「もー、虚ったら、私を蚊帳の外にして! ……もしかして意外と石動先生ってタイプ?」

「あ、申し訳ありませんお嬢様。お話の続きをどうぞ」

「これ以上無くスルーしたわね……」

 

 複雑な顔で布仏に視線を向けて楯無が呟く。そういや、何で三年生が二年生に敬語使ってるんだ? 何か事情がありそうだが……後で少し調べてみるとするか。

 

「ったく。それで何だ話ってのは? とりあえず聞かせてくれ」

 

 俺は敷いてあった布団の上に胡坐をかいて壁に寄り掛かり、退屈そうに腕を組んだ。

 

「……先言っとくけど、話聞いたからってその中身に対して俺がいい顔するとは限らないからな」

「解ってますよ。きっと気に入ってもらえると思いますから乞うご期待! えっとですね……」

 

 胸元で手を合わせた更識は言う。いい営業スマイルだなと、俺はこの女に対する警戒度を更に引き上げた。ビルドの世界も含めて、こう言うタイプの相手をするのは初めてだ。さてさて、俺の機嫌が直るような話にしてくれよ。でなきゃ何するか分からんぜ?

 

「篠ノ之さんを私に下さい!」

「あァ?」

 

 その瞬間俺は一瞬石動の演技をすることを忘れた。何言ってんだこの女。本当に殺すべきじゃあないのか? しかし俺はそこで目元を押さえ、煮えくり返りそうな思いを何とか抑え込んだ。そして今すぐにでも部屋から放り出さんばかりの剣幕で更識に食って掛かる。

 

「何言ってんだお前。そう言う事は本人に言えよ。第一あいつは誰のものでもないでしょうが。Do you understand(それくらいわかってるよな)?」

「お嬢様、今のは言い方が悪いと思うのですが……」

 

 余りに不躾な俺の言い方に、更識よりも先に布仏が訂正を提案した。今のを篠ノ之本人が聞いてたら何口走るか……いや竹刀が出るぞ竹刀が。そう言う勘違いさせる言い回しは止めといた方がいいぜ。まあ、果たして俺が人の事言えるのか怪しいとこなんだが。そんな事を考えていれば、更識は白々しく『しまった!』なんて言いたげな顔をした後、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「ごめんなさいね、私ちょっと先走っちゃいました」

「いいから俺にも分かる様に言ってくれ。本気で部屋から叩き出すぞ」

「あらあら、先生が生徒にそんな事言っちゃダメですよ? ……じゃ、改めまして」

 

 更識はひとしきりくすくす笑った後、ようやくその顔を引き締めた。ようやくまともな話か? 今度ふざけたらマジで部屋から叩き出す…………普段ならともかく、今の機嫌の悪い俺とは本当に相性の悪い女だな。そう思わずには居られない。

 

 しかし、篠ノ之をくださいって言うのはどう言う事だ? 生徒会にでも入れようって言うのかよ。だったら俺になんか聞かずに、織斑千冬か山田ちゃんに聞いてみるべきだ。というか、まず本人に聞いてみるのが筋だろうに。そう思いながらそのすました顔を睨みつけていると、更識はもったいぶって口を開いた。

 

「石動先生。貴方が篠ノ之さんの育成に力を入れてるのは知ってます。彼女を半年足らずで専用機所持者にまで育て上げたその手腕もね」

「お世辞はいいから手早く頼むぜ。それともアレか。褒めてからじゃないと言いにくい事か? ん?」

 

 疲れを前面に押し出して言う俺に、ようやく更識は驚いたような顔になって、すぐに笑顔でそれを誤魔化した。図星か。俺はこの後言われる事がどんな事かの想像がつかず、溜息を一つ()いた。

 

「鋭いですね……実は二学期以降、彼女達の育成は私に任せてほしいんです」

「……理由は?」

「だって今、世の中随分物騒ですから。代表候補生たち相手に大暴れしたって言う<スターク>に『ISを乗っ取る』なんて前代未聞の事をやらかしてくれた<ブラッド>、それにブラッドが奪った無人機の<本当の送り主>だってまだハッキリしてないわけでしょ? だからこそ……幾ら指導者として優秀とは言え、専用機も持たない石動先生だけでは力不足です。いざ『敵』が皆の前に現れた時、それから皆を守るだけの力は貴方には無い。教師としての責務もありますしね。その点、私には彼女達を守るだけの(専用機)があります。彼女達の安全の為にも、私に彼女達を任せて頂きたいんですよ」

「………………なるほどな。確かに、汎用機ならともかく、専用機に乗った相手でも来たら俺が出来るのは足止めくらいだ」

 

 巧いな。確かに奴の言う事には一理ある。自分と自分を比べるのも変な話だが、石動惣一としての力じゃスタークにもブラッドにも勝てない。今までのトラブルだって石動惣一は戦力外もいい所だ――――ま、実際は敵に回ってたからそれ以前の問題なんだが、そこまではこの女も(あずか)り知らぬ事だろう。それに奴らの安全を理由にされちゃ教師として動く俺は弱い。だが、そう簡単に手塩にかけた篠ノ之をはいそうですかと渡せるかってんだ。

 

「しかしよお、その事実があった所でお前さんに任せてやる理由にはならんと思うぜ? お前なら奴らから篠ノ之たちを守れるって言う根拠は何処にある?」

「それは単純。IS学園の生徒会長と言うのは『学園最強』の称号だからですよ」

 

 言って挑戦的な笑みを見せながら奴は扇子を開く。『頂点』…………ハッ、言うねえ。説得する相手を前にこの物言い、そして何よりこの自信! なんだよ案外面白みのある女じゃあないか。俺は自身の機嫌が多少上向いたのを実感する。悪く無いかもしれん。正直、ISに関する訓練では俺自身の経験不足に多少の不安感を感じていたからな。

 

 俺だって基本的な知識はほぼ習得している。だがその知識を教えるなんてのは授業の範疇を出はしないし、そうなると俺がしてやれるのは模擬戦の相手くらいだ。真っ当な実感を持って奴らを指導するには、些か俺には経験が足りん。だがこの女は自身を学園最強だと言い切った。もしそうだとすれば、こいつは俺とは違い真っ当なISの操縦経験を持ち合わせている……中々得難い存在だ。そんな相手が自分から奴らの師を買って出ているんだ。利用しない手は無かろうさ! だが……。

 

「けどよ……お前の物言いからして、篠ノ之だけじゃないんだろ面倒見てやるのは。多分だが、一夏を初めとした1年の専用機持ち。そいつらの事もまとめて面倒見ようってんじゃないのか? 一人でそれだけの人数受け持てるのかよ?」

「そこで提案その2です」

 

 更識は扇子を閉じ俺に向けると、満面の笑みを見せた。まるでその提案が受け入れられるのを分かり切っているかのように。

 

「私一人で彼女達の面倒を見きれるか。如何に私が最強でもそれは少々心許ない……。そ・こ・で! 石動先生には私のアシスタントをお願いしたいんですよ!」

「ほう? つまりあれか、俺もお前のやる訓練に付き合ってくれって事か」

「ま、そゆことですね」

 

 …………ふむ。これは中々に面白い提案だ。と言うか、俺にとってのメリットがあまりに多い。今までは篠ノ之に注力してきたがラウラも加わってこれからどうするかと頭を捻っていた所だ。その辺をこの女に任せる事が出来るし、何より二人以外……一夏やオルコット、(ファン)やデュノアも巻き込む腹積もりなんだろう。奴らの成長にまで関われる機会をどう構築するかという課題も一挙解決だ!

 

 ただ一つだけ気になる事があると言えば、逆に俺もこの女に『見られる』事になるって事か。恐らく、この女は俺の事を警戒している。流石に<ブラッド>や<スターク>の正体と俺を結びつけるのは難しいだろうが……あるいは、俺の監視まで含めての提案なのかもしれんな……面白い。

 

 こう頭を使ってのゲームが出来る相手はこの世界に来て初めてだ。織斑千冬も強いは強いが、こういう策を巡らせる性質じゃない。何より、この女が俺のおもちゃとして相応しいか……それを確かめるためにも、この提案に乗る価値は十分にある。

 

「……いいぜ。その話ノッてやる。俺も今後あいつらをどう育てていくかいろいろ悩んでたし、ISの操縦経験に限っちゃ生徒以下だ。そこへお前みたいに腕の立つ奴が来てくれるってのは素直に助かるぜ。世の中助け合いだからな」

「良いお返事ありがとうございます♪」

 

 満面の笑みで更識は言い、何事か布仏に二つ三つ耳打ちすると優雅な動作で立ち上がった。

 

「じゃあ、私達はここらでお暇させていただきますわ。くれぐれもこの件は篠ノ之さん達にはご内密に」

「何でだ?」

「だって、サプライズは突然だから面白いものでしょう?」

「わかるぜ、同感だ。びっくりしてる奴の顔ってのは、これ以上無く面白い」

 

 肩を竦めて言う俺に奴は口元を扇子で隠し、ふふとこれまた穏やかに微笑む。開かれた扇子には『さらば!』の文字。……専用機の待機形態は操縦者によって様々なアクセサリに形を変えている場合が多い。描かれている文字を自在に変化させるその機能からして、更識のそれはこの扇子と見て間違いないだろう……手品の類かもしれんが。そう言えば幻徳の奴もファウストの会合にこんな文字の書かれたTシャツで現れた事があったような……奴も今頃どうしてるんだかなあ。

 

「ああ、その前に。最後に一つ確認させてくれ」

「何です?」

 

 物思いに耽っていた俺は一つ、聞くべきことに思い当たり奴らを呼びとめる。

 

「お前は自分の事を学園最強だと言っただろ? 『生徒会長の称号は最強の証』、って」

「ええ。それが何か?」

「だけどよ、何かおかしいよな? 俺はこの学園の腕のいい生徒は大体チェックしてる。代表候補生とかの専用機持ちならなおさらさ。でもお前はその――――IS学園でも特別な存在であるはずの代表候補生たちを『守る』なんて言ってる。日本の代表候補生の名前にもお前のそれは無い…………なあ更識、お前の『IS乗りとしての本当の肩書き』を教えてくれよ。そしたら、俺も心底安心して篠ノ之たちをお前に任せられるんだけどな」

 

 にたりと笑った俺を前にして立ち止まった二人。薄い笑みを浮かべた更識が口を開こうとするのを、布仏が止めるように声を掛けた。

 

「……お嬢様」

「いいのよ虚。……流石に他の先生方にも一目置かれるだけはあります。いいでしょう。共に皆に教えを授ける仲になりますし、そのくらい、私も教えておくべきですね」

 

 やんわりと布仏を退けた更識は改めて俺の前に立った。その顔には仮面のような笑みを貼りつけたままだ。悪くない。ようやく、腹芸でも俺と張り合える奴が出てきたな。そうで無きゃつまらん! どいつもこいつも根が素直すぎて不安になってた所さ。

 

 何せ戦兎達に敗れ、本来消滅しているはずの俺が送る二度目の人生だ。折角なんだから楽しまねえと。実際の所、ただ目的を遂げるだけなんて簡単なのかもしれねえが……それじゃ俺の気が済まん。人間如きを相手に簡単な道を選び続けるなど、負けを認めたように思えて気に入らんからな。少しは骨のある奴がいなけりゃ、やりがいを見失っちまうってもんさ。

 

 そんな内心の考えなどおくびにも出さず、俺は更識の瞳を直視した。そこには動揺も困惑も一切無い。精神的にもなかなか出来上がってやがる。篠ノ之のように滑り込む隙間はほとんど無さそうだな……。だが、そう言う相手こそ崩した時は面白い。その時が楽しみだ。本当にこの女が俺の眼鏡にかなうかどうか、それもこの問いの答えではっきりする。俺は笑顔を崩さぬままに、ただ奴の答えを待った。

 

「私は――――」

 

 

 

 

 

 

 既に日も沈み、明かりに照らされた廊下を二人の生徒が歩く。一人が前を歩き、その斜め後ろをもう一人が付いてゆくその姿は、友人と言った関係よりも正に主従のそれを感じさせた。

 

「ふー、疲れたわあ」

 

 更識楯無はそう言ってパタパタと扇子を仰いだ。

 

「よろしかったのですか? 自身の立場を明かしてしまって」

「いいのよ。可愛いお弟子ちゃんを頂くんだからそれなりの礼は尽くさないと。どーせすぐに分かる事だしね。むしろ、あんなに簡単にOKしてくれるなんて思ってなかったわ」

 

 うーん、と一つ伸びをすると、更識は茶目っ気たっぷりに布仏に向けウインクをした。それを見て苦笑いを返す布仏。そして分かれ道で二人は立ち止まると、今後の展望について会話を広げてゆく。

 

「とりあえず、コーヒー豆を石動先生に送る準備を。ファースト・コンタクトは我ながら強引に過ぎたしね。二学期までにちょっとは好感度取り戻しとかないと」

「織斑先生へのリサーチによれば彼は『コピ・ルアック』なるコーヒー豆を求めていたとの情報が。そちらでよろしいですか?」

「うん、それでいいわ。あと、虚が煎れるコーヒーも飲んでみたいし、余計に一つ用意しておいてもらえる?」

「畏まりました」

 

 丁寧に頭を下げる布仏に更識は一度笑いかけた。そして背を向け、自身の部屋とは別の方向へと足を向けた。しかしそれに布仏は何ら反応を示す事が無いし、疑問を持つ事も無い。それは彼女達の間に、揺るがぬ信頼がある証であった。

 

「じゃあ今日はここで。おやすみ、虚」

「明日は朝一番でロシアへと戻るのでしたよね? くれぐれも寝坊にはご注意を」

「忙しくて嫌になっちゃうわぁ。(かんざし)ちゃんにも会う時間無いなんて」

「心中お察しします」

「ありがと。じゃあ、私の居ない間よろしくね」

「心得ております。では、良い夢を」

 

 直立不動のまま自身を見送る布仏に背を向けて、誰も居ない廊下を淡々と進んでゆく更識。幾ら陽が落ちた時間とは言えまだ起きている生徒も少なからずいるはずだが、彼女の向かう一角に人の気配はほとんど無い。そうしてしばらく歩いていると、彼女は一つの部屋の前で足を止めた。そして、彼女としては珍しく息を一度整え、軽く扉をノックした。

 

「失礼します。更識です。いらっしゃいますか?」

「ああ。入ってくれ」

 

 内側からの了承の声に滑らかに扉を開き、音も立てずに更識は滑り込んだ。そこには座布団に座り机に向かう一人の教師。織斑千冬。彼女こそロシアに居た更識を一度IS学園へと呼び戻した張本人であった。

 

「お久しぶりです。織斑先生」

「更識。こうして会うのは数か月ぶりだな」

 

 頭を下げた更識に千冬も席を立って歩み寄り、固く握手を交わす。

 

「はい。お陰様でロシアでの仕事も順調ですし、二学期からは正式に会長としての責務を負って行きます。当然、<スターク>への対応にも」

「助かるよ。とりあえず、大したものは用意できないが座ってくれ」

「それではお言葉に甘えて」

 

 千冬の言葉に従い座布団に腰を落ち着ける更識。その前の机に茶の入ったコップと、いくつかの菓子が乗せられた盆が置かれる。そして千冬は自身の分のコップを用意して机の向かい側に座り、両腕の肘を机について顔の前で指を組んで更識に問いかけた。

 

「で、早速だが……単刀直入に言って、お前は石動をどう思った?」

「そうですね……正直、聞いていたような男には思えませんでした。どこにでもいるおじさま……って所ですかね」

「……そうか。お前も、奴に怪しさは見出せんか」

 

 言って一口茶を啜り溜息を吐く千冬。しかし更識はそんな彼女に向けて微笑みかけ、その顔とは裏腹に重苦しい口調で口を開いた。

 

「でも、だからこそ危険だと思います」

 

 その言葉に千冬がはっと更識の方を向く。

 

「織斑先生がそこまで警戒するほどの相手を前にして、私でさえもその危険性をほとんど感じ取れない。あんな相手も居るんだな、と。驚きばかりです」

「なぜ危険を感じないと言いながら奴を危険視する? 明確な理由があるのか?」

 

 更識の答えを予想していなかったか、少し驚いたように問い質す千冬。一方更識はどこか呆れたように肩を竦めた。

 

「だって、あんな組手を見せられた後で――――ほんの数発とは言え、織斑先生に打撃を入れられるような人に『俺はただの一教師ですよ』なんて顔されましてもねえ。信用しろって方が無理ですよ」

 

 更識の意見に千冬は、ようやく安堵したかのように組んでいた指を解いて残りの茶を一気に飲み干す。そして腕を組んで、僅かに緊張の抜けた声で話し出した。

 

「ラウラを出汁にしたようで余りいい気分はしなかったが……お前の助言通り、一芝居打った甲斐はあったな」

「彼女が言い出さなくても一人で乗り込んでたんじゃないですか? 『たのもー!』って」

「私は道場破りではない。だが、今思えば奴はその方が動揺してくれたかもしれん」

「あはは……まぁ、ラウラさんも私が指導していきますし後の事はお任せください」

「石動の奴が二学期が始まるまでに変なことを教えなければいいがな……」

 

 千冬の懸念を前にして苦笑いを返した更識は、話題を切り替えるためか「いただきます」と煎餅を一口齧って、更に自分の持つ石動についての情報を開示し始めた。

 

「それに、石動惣一の周囲には不可解な事もありました」

「……不可解、とは?」

「あの人の部屋のドア、何度か試したんですけどどうやってもピッキングできないんですよね…………IS学園で使われている鍵がそれなりに強固なのはよく知ってますが、あの部屋のは絶対に別物です。幾らなんでも、私が手も足も出ないなんてありえません」

 

 目を光らせ言う更識に、千冬はその行為を咎めるべきか、あるいはその情報に耳を傾けるべきか悩んで難しい顔で唸った。彼女自身石動の部屋を見た事は無かったし、流石に同僚とは言え、男性の部屋を覗きに行くという行為には抵抗感があった。故に彼の部屋を調べる事は忌避していたのだが……。

 

「それを聞くと、奴の部屋は一度洗ってみる必要があるのかもしれんな」

 

 言ってまた千冬は思案しだす。

 

 ――――正規の部屋を与える、という建前なら奴もそう抵抗も出来ないか。むしろ抵抗すればそれを口実に奴への締め付けを一層強く出来るな。持ち物も一度検査してみる必要があるかもしれん。

 

 顎に手を当て黙り込む千冬。だが目の前の更識が不思議そうな顔をしている事に気づいて、らしく無く慌てて姿勢を正した。

 

「すまない。物思いに耽ってしまった」

「大丈夫ですよ。……結論から言って、石動惣一は『ヤバそう』ですね。まだ一度の対面なので暫定の評価ですけど、眼を離しちゃいけないのは間違いないかと」

 

 更識は石動に対して厳しい評価を突きつけた。それは漠然としたものであったが、『石動惣一を警戒する』と言う点において、現状彼女が出来る最大限の警戒に違いなかった。

 

「だが、奴は半年近く学園で教鞭(きょうべん)を執り、その間何一つ怪しい行動を起こしていない――――やらかしは多々あるがな。緊急時の行動も殆ど受け身で、何かするチャンスにも生徒の安全を最優先に行動している。その点、お前としてはどう思う?」

 

 試すような千冬の問いに更識は動きを止め、腕を組んで唸る。しばらくして、困ったような顔でその答えを話し出した。

 

「…………んー、『私達の考える敵味方とは違う判断基準で動いている』か、そもそも別に『敵意自体は無い』のか。あるいは、以前織斑先生に言っていたように本当に『生徒達を強くする為にこの学園に居る』のか。それならあれだけ人となりについては周到に演技を重ねているのに自身の実力を包み隠さないことも説明できます。後、発信機で常に位置を監視されているのを承知している以上、『しばらくは行動を起こす気が無い』と考えるのが妥当かと……逆に織斑先生的にはどう思います?」

「そうだな……おおむね同感だ」

「彼の強さについては?」

 

 そこが聞きたかったと言わんばかりに身を乗り出す更識。千冬は一瞬それに気圧されそうになって、しかし憮然と腕を組んだまま、落ち着いて問いに答える。

 

「難しい所だな。正直に言えば、アリーシャを筆頭として私に迫る力を持つ者が居ないわけでは無い…………お前もその一人だからな」

「やだも~! 織斑先生はお世辞がうまいんですから…………」

 

 困ったように笑う更識に千冬もまた口角を上げて笑みを返す。そこで一度千冬は席を立ってペットボトルからコップへと茶のおかわりを注ぎ、改めて更識の向かいに腰を落ち着けた。

 

「――――故に、奴が強いという理由だけで危険だと断じる事は出来ん。その理由で他人を怪しんでいたら、それこそキリが無い」

「石動惣一もそう言うただの強い人間の一人、って可能性も見ておかなきゃですね、確かに。盲点でした。でも、織斑先生(世界最強)ならどうなってもひっくり返せるんじゃあないですか? 私にわざわざ頭を下げる理由なんて……」

 

 そこまで言いかけて更識は口をつぐむ。目の前の千冬が、悔しさとも不甲斐なさとも取れぬ複雑な感情を表に出し、それ以上に強い怒りを感じさせる顔をしていたからだ。今まで泰然とした笑みを浮かべていた更識の頬に一筋の汗が垂れる。だがそこで千冬は纏っていた雰囲気を緩めると、達観したように落ち着いた声で話を続けた。

 

「あくまで私は『元』世界最強(ブリュンヒルデ)だよ。無敵でも無ければ……先日、無敗でも無くなった」

「<スターク>ですね?」

「ああ」

 

 そこで、二人の会話はしばらく途切れる。ISを相手にして初めて見下されたあの瞬間を想起し、悔しさにコップを握りしめる千冬。その姿にどう声をかけていいか分からず、ただ愛想笑いを続けるしかない更識。

 

 ……どれほどの時間が経ったか。ようやく気を取り直した千冬が、次の話題を更識に切り出した。

 

「それで次の話だが……石動は説得できたか? 二学期からはお前が織斑達の面倒を見るつもりなんだろう?」

「ええ。何とか、って所です。その代わり私も自分の立場とかばらしちゃいましたけど、必要経費ですね」

「良かったのか?」

「お陰で彼もアシスタントを快諾してくれましたから。ちょっと向こうも承知の上っぽいですけど、これで彼の監視もまとめてできて一石二鳥……織斑先生の負担も減らせるし一石三鳥かな?」

「実際、大いに助かる。お前が織斑達の面倒を見てくれるのなら、<ブラッド>や<スターク>も迂闊(うかつ)に手は出せんだろう」

「その言葉に恥じぬよう、頑張って行きます」

 

 佇まいを正し頭を下げた更識に千冬は安堵したように首肯した。そしてちらと時計を見て、またゆっくりと立ち上がった。

 

「もういい時間だな…………無理を言って呼び戻して済まなかった。まだロシアでの仕事が残っているんだろう?」

「大丈夫ですよ。二学期までには片付けて帰ってきますから。それでは後日、今後の事について生徒会室で語りあいましょうか」

「場所を限定する必要があるのか?」

「ウチの虚ちゃんが煎れた紅茶、とっても美味しいんですよ♪ ……あっそうだ、もし織斑先生が望むならコーヒーだって用意しますよ? <コピ・ルアック>って言う豆なんですけど…………」

「スマンが別の豆にしてくれ。アレは好みじゃない」

 

 何か嫌な事を思い出したように提案を断る千冬に、更識は手に持った扇子を開いて見せる。『残念無念』。それを見て千冬はどうしようもなく難しい顔になり、自身の選択ミスを察した更識はすぐに扇子を閉じ席を立った。

 

「では織斑先生、私はこの辺で。何かあったら虚にお願いします。私にもすぐ話は伝わりますから」

「ああ。お前も何かあったら遠慮無く言ってくれ。学園の生徒でスタークとやり合えるのは恐らくお前か、<イージス>のケイシーとサファイアのコンビくらいの物だからな。私に出来る事は協力しよう」

「ありがとうございます。大船に乗った気分で頼らせてもらいますね」

「うむ。では気をつけてな。()()()()()()()()()()。お前が頼りだ、頼むぞ」

 

 千冬の真剣な視線に更識は扇子を開く。『承知』。それを見た千冬に向けて、彼女は悪戯っぽい笑みを向ける。

 

「『更識楯無』の名にかけて。それでは、また」

 

 

 

 

 

 

 暗くなった学園。月が昇り、外を出歩いている生徒など殆ど居ない時間。そんな時間にもなって、私は職員宿舎、石動先生の部屋に向けて歩いていた。

 

 昼間の訓練、そこに新たに加わるというラウラを連れた織斑先生が顔を出し、些か本来の予定とは違う訓練になってしまった。真っ当に私が体を動かしていたのは最初の数分だけ。後は織斑先生に出番を奪われ石動先生と織斑先生の戦いを唯々見るだけとなっていたのだ。

 

 だが、収穫は凄まじい物だった。

 

 世界最強と謳われた織斑先生の体技、それを間近で目にする事が出来たのだ。同じ流派の技を修めているにも拘らずもはや何をしているのかよく分からない所もあったが、それでもあの二人の戦いの中で垣間見たものはあまりに多い。それは織斑先生に必死に食らいついて行った石動先生のお陰だろう。

 

 しかし私は今日の石動先生に一つ、大きな違和感を抱いていた。故にこうして、先生と直接話すためにその部屋――――他の先生たちの部屋とは離れた、倉庫を改修して用意された一室までやってきたのだ。

 

 部屋の前に立った私は遠慮しつつも戸をノックする。石動先生は織斑先生に絞られて疲労困憊の有り様だったし、もう寝ているかもしれない。だが、どうしてもこの疑念を晴らさずにはいられなくて、私は反応を待たずに扉越しに声を掛けた。

 

「夜分失礼します、篠ノ之です。石動先生はいらっしゃいますか?」

 

 緊張を抑え、何とか声を絞り出す。しばらくの沈黙の後帰ってきたのは、何処か楽しげな石動先生の声だった。

 

「おう、篠ノ之か。今調べもの中でな。ちょーっと待って……Bingo(ビンゴォ)! よしよし今終わった! ちょっと待っててくれ!」

 

 その声に私は一歩引いて、石動先生を待つ。と思えば、それほど思案を巡らせる暇も無く扉が開かれ、中からいつもの丸レンズのグラスをかけた、草臥れたような石動先生が姿を現した。

 

「よお篠ノ之。どうしたーこんな時間に……まさか訓練の埋め合わせ希望か? 今日はもうダメなんでそう言うのは明日にしてくれっと嬉しいんだが」

 

 ぎょっとした様に身を引く石動先生。確かにそんな気持ちもあるにはあるが、今は心の内にわだかまる疑問を解決したい、ただそれだけだ。

 

「いえ、石動先生。少しお聞きしたい事がありまして」

「聞きたい事? ラウラにも稽古を付けてやる理由か?」

「他の話です。あの……すみません。場所を変えたいのですが」

「ふぅん。いいぜーどこへなりとも着いていきますよ」

「では屋上で。よろしいですか?」

「ああ……おっと、ちょっと先行っててくれ。鍵忘れて来た」

「待ってましょうか?」

「いいよ先行ってろって。中今見せたくねえんだ、汚くて」

「はあ…………了解です」

 

 ひそひそと芝居がかった仕草で私に言って部屋に引っ込む石動先生。疲れ切っているように見えて、実際にはそこそこに機嫌が良いようだ。その普段と変わらぬ姿に、私は張りつめていた緊張の糸が程よく緩むのを感じる。しかし強いてそれを引き締めると、私は言われた通り先生を待たずに屋上へと歩を進めた。

 

 

 

 

 職員宿舎の屋上。校舎の屋上と違って普段人の立ち入らないここは電灯も少なくて薄暗く、どこか物悲しく殺風景だ。内鍵を空けこの屋上に足を踏み入れる事も、本来なら生徒には許されていないはず。

 

 私がそれを分かっていながら石動先生をここに呼び出したのは、この話を誰にも聞かれたくなかったから。もしもこの懸念が真実だった時……いや、止そう。まだそうと決まった訳ではないのだから。

 

 

「おおー篠ノ之、悪いな。待ったか?」

「いえ、別にそれほどは。私こそお疲れの所申し訳ありません」

「いやいやー、可愛い弟子の頼みだからな。出来れば聞いてやりたいってのが師としての考えだと思うぜ。で、なんだ? 聞きたい事って。出来れば手短に頼むぜ~篠ノ之~」

 

 笑いながら屋上に現れた石動先生に釣られて私も笑みをこぼしそうになるが、ぐっと堪える。長引けばそれだけ話しづらくなるだけだ。そう判断して、私は直球に、真正面から彼に疑問をぶつけていった。

 

「石動先生、今日の織斑先生との闘いなのですが――――」

「おう、困っちゃうよなー織斑先生も。人類最強なのは間違いないんだから、もう少し手加減してくれてもいいのになあ。俺はもうボロボロだよボロボロ! 参るぜ、まったく」

「――――今日の戦いでは、石動先生は一貫して、普段と違う戦い方を見せていましたよね」

 

 歯を見せて笑う石動先生を無視して私は話を続けた。それに驚いたのか、石動先生の顔が怪訝そうな表情を見せる。だが私はそれも無視した。今ここで流れを止めてしまえば、きっと私はその先を問いただす事が出来ない。きっと二の足を踏んで、話をうやむやにしてしまう。そんな確信があった。

 

「攻めに偏重(へんちょう)したあの動きでは無く、いつもの戦い方――――立ち回りとカウンターを重視した動きであれば、もっと織斑先生に食らいつけたのではないでしょうか?」

「んん……そうかなあ? 俺としては織斑先生には流石に手も足も出ねえと思ってたから、正直ある程度喰らいつけただけでもビックリなんだが……あ、手加減されてたからか。悔しさが滲みるなぁ~」

 

 いつもの泣き真似をし始める石動先生。だが、私はそこで話の腰を折る事も無く決断的に畳みかける。石動先生が目元を隠しているのも幸いだった。もし真剣な顔で直視でもされていたら、私は後ろめたさに委縮してしまっていただろう。そんな後ろ髪を引かれるような思いをどうにか振り切って、私は言葉を絞り出した。

 

「単刀直入に行かせてください。あの動きは、私の知る『ある相手』に似ています……石動先生、貴方は……織斑先生達に『そいつ』との関係を疑われたくないから、それを見せたくは無かったんじゃないですか?」

「……何が言いたい、篠ノ之」

 

 石動先生が、先程まで泣き真似をしていた人とは同一人物と思えぬ程に鋭い眼光を私に向ける。思わず一歩後ずさってしまいそうになるが、それでも私は、それを聞かずにはいられなかった。

 

「…………石動先生。貴方の普段の体技は、<スターク>に良く似ています。もしかして、何か奴について、知っている事があるんじゃあないですか? 例えば……奴の正体だとか」

 

 言った瞬間、石動先生の顔から一切の感情が消え失せた。まるでそれと同期するように、電灯がジジジ、と音を立て点滅する。

 

「俺が、スタークの事を…………」

 

 呟いて、石動先生は沈黙する。風もない静かな夜の帳の下で話し声さえも途切れてしまうと、まるで時間でも止まってしまったかのように感じられた。その中で、唯一点滅する電灯だけが世界がまだ動いている事を証明してくれる。だが、それは時間の指標にはなりえず、どれほどの間その沈黙が続いたのか、私に推し量る手段は皆無であった。

 

「ふっ」

 

 そして石動先生が沈黙を抜けまず発したのは、笑い声だった。

 

「……ふふふ……フッハッハッハッハッハッ!!!」

「……石動先生?」

「ハハハ、ハハッ、フハハハハハハ!」

 

 私の声にも耳を貸さず、ただ俯いて笑い続ける石動先生。その姿に、私は何となく不愉快さを感じた。何が可笑しいというのか。私は、決意を持ってここに居る。その覚悟を笑うのは、私の知っている石動先生の印象とどこかちぐはぐな気がして、私は更に苛立った。

 

「くっく、ふはははは! はーっ! 腹痛え! 篠ノ之お前、ちょっと疑心暗鬼が過ぎるぜ! まさかそんな事を言われるとは……! ふっふっふっ、はっはっは……!」

「お答えください石動先生! 私は真剣です!」

 

 怒り心頭となって詰め寄る私。だがしかし石動先生は満面の笑みで諸手を上げ私を制止すると、少し下にズラしてかけているグラスを自身のダンディさをアピールするかの様に右手で持ち上げた。

 

「くっくっく……篠ノ之ォ! こぉ~んなイケてる俺があんな趣味悪いIS着た悪者と関係ある訳無えだろ~? ぷっ! はっはっはっは……!」

「石動先生は、スタークとは関係ないんですね?」

「あったりまえだろ~? くっく、冗談は休み休み言えって。ははははは……」

「…………何となく、織斑先生から石動先生への当たりが強い理由が分かった気がします」

 

 内心で安堵しながらも、私は未だに笑い続ける石動先生に向けてボソリと呟いた。それが効いたのか石動先生はようやく笑うのをやめ、真剣さ半分、いつもの気軽さ半分と言う様な顔で手すりに寄りかかる。

 

「悪い悪い……まあ、勘違いした理由も何となく分かるぜ。俺の技は『赤心少林拳(せきしんしょうりんけん)』と『星心大輪拳(せいしんだいりんけん)』って言う二つの武術を我流にアレンジしたもんでな。スタークの技と似てるってのは、奴もそのどちらか、あるいは両方を学んでたのかもしれん」

「初めて聞く武術ですね。少林……中国の方の技ですか?」

「まあな。どマイナーで、日本じゃ知ってる奴もいないだろうけど。俺だって昔教わるまでどっちも知りゃあしなかったからな」

「待ってください……その技のルーツを辿れば、スタークの正体に近づけるのでは!?」

 

 閃きを見せた私に、石動先生は諭すように首を横に振った。

 

「無理無理。俺も十年以上前にちょっと教わっただけで、師匠の名前も出身も、あまつさえこの武術の正確な発祥の場所も知らねえんだ」

「そうですか……」

「はっは、しかし篠ノ之ぉ。俺がもしそれでスタークの関係者だったらどうするつもりだったんだ? 絶対ロクな事になって無かったと思うぜ?」

「幾ら石動先生でも、紅椿を纏えば拘束できない事は無いですから。杞憂だったようですけど」

 

 安心したように言う私に、石動先生も満足したように笑いかけて手すりから離れる。その様はいつも通りの、私の知る石動先生そのものだ。心の奥のわだかまりがほどけて、私は目を閉じて溜息を吐いた。

 

「よし、折角だしな……Instruction Four(インストラクション・フォー)だ篠ノ之」

「えっ?」

 

 呆気に取られて間抜けな声を上げる私に、石動先生は笑顔で首を傾げながら話し始めた。

 

「『信じる事と、疑う事は両立できる』。いいか? 信じるにはまず、相手を見極める事が不可欠だ。戦いの上でも同じ。『相手が何を出来て、何が出来ないのか』『相手が何が好きで、何が嫌いなのか』『相手がどう言う考え方をしていて、何を狙っているのか』。まずはそこを見抜き、理解する事。もちろん上っ面だけじゃだめだぜ? <スターク>なんかもそうだが、<世界最強(ブリュンヒルデ)>を目指すのなら、絶対にそういう駆け引きが得意な奴も相手にしなきゃいけなくなる。それに、敵だけじゃ無く仲間だって同じさ。『アイツならあれが出来る。アイツならあれがやれる』とかな。そういう風に、多くの事を正確に理解していく事が大切なんだ。……ま、何時だかのデュノアとの戦いを見る限り、お前は割とそういう所は聡いみたいだからな。これを体得するのは簡単だろう。あの時奴を盾で封じ続けたのは見事だったぜ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 慌てて頭を下げる私に、石動先生はただ笑いかけるだけだ。やはり、この人の言葉には不思議な説得力がある。そこにはどうしようもなく本人の実感が込められているのだ。これが人生経験の重みという奴だろうか。それを余すことなく伝えてくれるというのは、弟子である私にとってはあり難いの一言に尽きる。今までも、その言葉に何度も助けられてきたのだから。

 

「だが、一度確信したものを信じ続けるだけの奴はただの無能だ。世界は常に変化するもんだからな。きっと一年前のお前が今のお前を見た所で、未来の自分がこうなってるだなんて信用できないだろう。だからこそ、『信じながら疑う』事が大切なんだ」

「……ご高説、傷み入ります。石動先生に教えを頂くたび、私は自身の未熟さを痛感させられてばかりです」

 

 言って、私は(うつむ)く。まったく何をしているのか。石動先生は疑う事の大切さを説いてくれてはいるが、私の今日のそれはただの疑心暗鬼に過ぎない。それに踊らされてあのスタークと石動先生の関係を疑うなどと笑止千万。だが石動先生はそんな内心の悔しさを見通したかのように、軽く私の肩を叩いて笑いかけた。

 

「まあ、だから今日の事は気に病むな。お前の疑念は正しい。なにぶん、一夏を初めとして皆素直すぎるからな……お前はそうやって、皆と一歩引いたところでものを見れるように気を付けるといい。全員一緒に間違えちまったら取り返しつかねえが、誰かが気づけば止められるし、正すチャンスだって来る」

「……はい! 今日はありがとうございました!」

「いいって事さ。じゃ俺は戻るから、鍵の戸締りだけキッチリ頼むぜ? 開けっ放しだと織斑先生に何言われっか分かんねえからな……」

「了解です」

「おう。じゃ、気を付けて戻れよ。また明日な~、Ciao(チャオ)~」

 

 石動先生はいつも通りの気軽さで手を振りながら、出入り口へと消えて行った。

 

 ……まだまだ敵わないな。最近はある程度体技でもISでも石動先生と渡り合えるようになって、どこか慢心していたのかもしれない。あの人は、私と同じものを見ても全く別の世界が見えている、そんな気さえする。

 

 そんな素晴らしい師に恵まれているんだ。その教えに恥じぬよう、これからも頑張っていかねば。そう思って、手首に巻かれた鈴の付いた紐――――紅椿の待機形態を、私は強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 俺は篠ノ之を置いて部屋へと戻り、くたびれて布団の上に寝っ転がった。そして、腹の底からの笑みを浮かべる。

 

 ――――危なかった。篠ノ之の奴、あそこまで頭が回るようになってるとはな。一瞬記憶を消すべきか悩んだ物の、普段積み上げていた信頼のお陰でどうにか切り抜ける事が出来た。あれでしばらくは疑われる事も無いだろうが、また新しい言い訳も考えとく必要があるかもしれないな。

 

 だが、俺の予想を超える成長を見せる奴に、どうしようもなく心が躍る。これだから人間との触れ合いはやめられん。この世界での最大の敵は織斑千冬か篠ノ之束だと思っていたが、奴にも十分な素質はありそうだ。これからは、もっと慎重にやって行く必要があるかもしれないな。

 

 ――――そして、俺の前についに現れた『国家代表操縦者』。

 

 更識楯無、ね……。ラウラの様なエリートだけでも驚きだったって言うのに、学生でありながら既に最強の一角に名を連ねる奴がいるとはな。しかもそんな奴と共に二学期は皆を教えていく事になるんだ、面白く無いはずがねえ!

 

 奴自身がどれほどの実力を持つのか、まだ未知数なのが正直不安要素ではあるが……調べる機会はいくらでもあるはずだ。俺には時間はたっぷりとある。ゆっくりと外堀を埋めていけばいいさ。

 

 そう思った俺は、先ほどの『調べ物』の結果を手に取った。そこに映し出されているのは水色の髪を伸ばして眼鏡をかけた、内気そうな生徒の姿。

 

 一年四組の専用機所持者。<更識 簪(さらしきかんざし)>……まさか生徒会長の妹とは。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。こいつにもようやく接触すべき時が来たって所だろう。夏休みも残り半分を切った事だし、早いとこ行動を始めなきゃな。更識……姉の方の為にも、一夏達の現状のデータもまとめておきたいし。あくまで好感度稼ぎの為だが、俺も皆の現状は確認しておきたいからな。

 

 俺はひとしきり笑った後、机の上に置かれたマトリョーシカ人形に目を向けた。……間違いなく盗聴器付きのプレゼントなんだよな、これ。どうしたもんか。 

 

 破壊するか? いやダメだ。破壊するって事は聞かれたくない事があるって事だからな。奴からの警戒は更に強くなるだろう。だが放置するわけにもいかん。<テレビフルボトル>による情報収集は未だに俺にとって重要な情報源だ。幸い今日はもう何かするつもりもないし、教員の権限で出来る調べ物は<スマホフルボトル>を繋いだ携帯端末で出来るし、しばらくはどうにかなる。だがずっと出来ないとなると痛い。

 

 困ったもんだぜ。そう思って天井を見つめていると、肉体が疲労からの眠気を訴え始める。しょうがねえ、とりあえず今日は寝て、明日何かいいアイデアを考えるとしよう。夏休みはまだ二週間近くある。長いようで短いが、俺にとっては十分すぎる時間だ。

 

 その間にどれだけの企みの布石を置く事が出来るか……それを思案しながら、その日の俺は電気を消して、傷ついた体を癒すべくおとなしく床に就くのであった。

 

 





たたたたたたっくん! アナザーライダーが!
ジオウ、フォーゼ+555回。フォーゼはレジェンドを呼べなくても過去のライブラリ映像とかガンガン使ってく辺りにジオウ制作側の気合が見えてすき。
あとたっくんと草加で喜び過ぎてすっ転んだりしましたが私は元気です。


Vシネクローズの情報も出て来ましたね。あんまりここで言っちゃうのもあれなので気になる方は各自……クローズエボルのデザインはめちゃすきです。あと新キャラクター! これだから完全完結してない作品の二次創作はやめられませんね……!(どうしよう)

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