星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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夏休み終盤戦です。ちょっと詰め込んだので約25000字です。
他にもいろいろしてたのはあるけどとにかく難産でびっくりした……。

感想評価お気に入り誤字報告、毎回とてもありがとうございます。
書くパワーが湧いてきます。


それぞれのブループリント

 更識楯無(さらしきたてなし)との遭遇の翌日。随分と疲労困憊した俺は、出勤して早速自身の机で朝のコーヒーを楽しんでいた。

 

 ふむ。やはり味自体は全自動でやった方がいいんだよな……俺がやるのと同じ豆を使ってるのに何が違うのやら……。道具か? おいおい、買ったばかりのコーヒーミルだぞ……。そうだ、今度轡木(くつわぎ)の爺さんにちょっと使ってみてもらうか。そうすりゃ何が悪いかハッキリするだろう。

 

 その時、教員室のドアが音を立てて開く。織斑千冬じゃあねえな。奴はもっと静かに、それこそ気づかないくらいに気配を消して入ってくる。俺が出入り口の方に視線を向けると、そこに居たのは一人の生徒だった。

 

「おっはよーございます石動先生! 今日は随分くたびれてますね!」

 

 満面の笑みで言うそいつは、俺の睨みつけるような視線を受けながらもそれを気にする素振りを一切見せずにずかずかと近づいてくる。ああ、俺の朝の平穏はもう終わりかよ。ウルっと来るぜ。

 

(まゆずみ)……帰れよ。一日の始まりから俺を不幸にしないでくれ」

「おっ良いですねその顔。写真撮りたいんでもう一度やってくれます?」

「やらねえよ! 帰れ!」

 

 朝っぱらから何でこのパパラッチ娘の相手をしなきゃならねぇんだ。俺は通勤直後に振りかかった不運にうんざりして、より深く自分の椅子へと寄りかかった。しかしそんな俺の内心など知らぬ存ぜぬとばかりに、黛は笑いながら距離を詰めてくる。

 

「ん~、まぁ今日はご安心ください! ふっつーに取材で来ましたので! 我が新聞部のネット版の人気コンテンツ、『突撃隣の教師のデスク』です!」

「パクリかよ! しかも古いし! つかネット版なんてやってんのか新聞部は」

「ディープでコアなファン向けで購読制ですね。まぁ今の時代手広くやらないと利益出ませんから。一月500円なんですけど石動先生もどうです?」

「遠慮しとく。しかし、部活なのに随分シビアなんだな……分かるぜ。予算は何時だって火の車。それに苦心するのが経営者の辛い所さ……」

「石動先生の経営してたカフェっていくら調べても出て来ないんですけどそれってやっぱ経営失敗して皆の記憶に残る前に閉店したからですか?」

「してねーよ! 本ッ当に失礼な奴だなお前は!」

 

 いやまぁ調べても出てこねえだろうな別の世界での話なんだから! その言葉を苦労して飲みこんで、新聞部の腕章を楽しげにアピールする黛を俺は白けた目で睨みつけた。

 

「で、お前は俺のデスクを見に来たのか? 悪いが、面白いものなんて置いて無えぞ」

「うわー本当に殺風景ですね! 石動先生の人となりがまるで見えません! これは何かを隠していますねぇ間違いない……」

 

 眼鏡のレンズを光らせて俺の机を検め始める黛。もう好きにしろ。この机にあるのは仕事上の書類ばかりで、見つかったらまずいボトルやら何やらなんか一つも置いちゃいねぇんだからよ。

 

「石動先生、机の中は見ても?」

「ダメに決まってんだろ。生徒に見せちゃいかん物もある」

「じゃあ私の想像で補っときますね」

「おい」

 

 あくどい笑顔でしれっと言い切った黛に抗議の視線を向けるも、奴は大して気にせず机の上を丁寧に荒らして行く。俺はコーヒーを一口飲みながら、どうかさっさと去ってくれと黛に向けて念じた。するとその願いが通じたのか通じてないのか、奴は机の一角に置かれたマトリョーシカ(更識楯無の贈り物)に気づいて、それをひょいと持ち上げる。

 

「あれ、これは……ロシアにでも旅行に行ったんですか?」

「あっこら、俺の幸運の女神に触るんじゃねぇやい。……知り合いから貰ったんだよ。俺は旅行行ってないぜ」

 

 怪訝そうに言う黛に俺がぞんざいに答えれば、奴は閃いたかのようにぽん、と掌に握りこぶしを乗せた。

 

「なるほど、ずばり彼女さんからのプレゼントですね!」

 

 その発言に突如として書類を整理していた榊原先生が勢い良く立ち上がり、次の瞬間には何事も無かったかのように席に着いて仕事を再開した。俺と黛は驚いて何事かとそちらを凝視するが、榊原先生は机に置いてあった湯呑みの中身を一息に飲み干し、おかわりでもするのか給湯室へ引っ込んでしまう。

 

 ったく、驚かせるんじゃあねえよ……こっちは黛だけで手いっぱいなんだ。しかし彼女か……石動の外見年齢的には奥さんについて聞くのが筋だと思うが、何故『彼女』なのか。これは所謂『ジャーナリストの勘』って奴か? 興味深いな。

 

「なあ黛、何で彼女からのプレゼントだと思うんだよ。奥さんとかじゃないのか?」

「えっ、そりゃだって石動先生指輪してないじゃないですか。それ以前に、もしいたらご家族もこっちに呼ぶのが普通では?」

「……なるほど。まぁそりゃそうだがな。こいつはあれだ、生徒会長……(やっこ)さんからのお土産だよ」

「なーんだ、たっちゃんからかあ」

「たっちゃん? 知り合いか?」

「ええ」

 

 俺の問いに答えて、黛はどこか懐かしむように、あるいは楽しむようにはにかんだ。

 

「たっちゃんとは一年の時ちょっとルームメイトでして。彼女が忙しかったり私が早々に整備科行きを決めたりしたんで言うほど顔合わせてないんですけど、今でもいい関係を続けさせてもらってますよ」

「へぇ……じゃあお前、アイツの話とか聞かせてくれよ。『教師』として、『生徒会長』の事は興味あるぜ?」

「おおっ露骨に予防線張りましたね~! ……確かに知ってますけど、詳しくはうちのネット版を購読していただければお話しますよ!」

「はぁ……本当に逞しいな……。黛お前、IS学園になんか居ないで本格的にジャーナリストの道を志した方がいいんじゃあねえの?」

「いえー、今はISいじくるのが楽しいので。3年になったら考えます」

 

 溜息一つ吐いて言う俺に、肩を竦めて黛は返す。確かに、聞いた話じゃこいつは整備科の人間としてもかなりの凄腕に属するらしいしな。しかし俺としてはあっちこっちでパパラッチしてるイメージしかない。どうやって二足の草鞋を両立させているのか……まぁ、それについては別段興味を持たんでもいいだろうな。今の俺の興味は、別の所にあるのだから。

 

「ところで黛。一年四組に居る生徒会長の妹がずっと整備室に籠ってるって聞いたんだが、本当なのか?」

(かんざし)ちゃんの事ですか? 確かにずっと七号室を使ってますねえ……きっとたっちゃんと同じように……おっと、口を滑らせかけました。これ以上は有料です」

 

 こいつ、あからさまに情報をちらつかせやがった……。しかし十分だ。俺は今まさに教員室に姿を現した織斑千冬に目を向け、半笑いになりながら言った。

 

「じゃあいいわ。そろそろ帰ってくれ、さもなきゃ業務妨害で訴えるぜ……織斑先生に」

「おっと~? 脅迫ですか~? これはジャーナリズムに対して権力を振りかざすムーブですねぇ~! しかし! 日本では報道の自由が保障されてあ痛っ!」

「朝っぱらから教員室で騒ぐな黛。仕事の邪魔だ」

 

 黛を軽いチョップで沈黙させた織斑千冬が腕を組み、痛がって蹲る黛を見下ろした。Good(グッド)だぜ織斑千冬! 黛が痛い目見る姿を見れた上これで俺も仕事に戻れる! 最高だ痛だぁ!?

 

「……お前もそうこれ見よがしに笑うな、石動」

 

 椅子から転げ落ちた俺の前で振り抜かれた右手をスナップさせて、織斑千冬が俺を睨みつける。明らかに黛への攻撃に比べて力込めすぎだろうが! ダメージに床をごろごろと転がる俺はそんな批判も口に出来ない。しかもそんなこんなしている内に、黛は俺の机の写真を撮ってさっさと出て行ってしまった。まぁた逃げやがったな黛……覚えてやがれ……!

 怨嗟に満ちた瞳で出入口に消えてゆく奴の背中を睨んでいれば、開けっ放しになったドアから今度は山田ちゃんが教員室に入ってきて、床に転がった俺を見て口元を隠して笑った。

 

「石動先生……また何かやらかしたんですか? ふふ、そんなに叩かれてると頭悪くなっちゃいますよ?」

「ああ、俺の事を心配してくれた純粋無垢な山田ちゃんはもう居ないのね……滲みるわぁ~」

「フン、自業自得だろうが」

 

 笑う山田ちゃんと泣き真似をする俺を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らす織斑千冬。しかし奴はそこで気を取り直すように小さく首を振り、何事かを俺に尋ねて来た。

 

「……そうだ石動、昨日話していた事なんだが」

「昨日? ああ、俺の訓練ですか……まさか、また俺をボコボコにするつもりじゃ!? あっチョップはやめて! 冗談ですすみません!」

「貴様、私を何だと……まあいい。そら、言っただろう。食事に連れてってやると。それで土曜の夜に予約を取ったんだが……」

 

 そこまで奴が言い終えるのと山田ちゃんが「まあ!」と驚いた顔をするの、そして、何かを落として盛大に割る音が給湯室から聞こえて来るのはほぼ同時だった。俺達は揃ってびくりと振り返り、給湯室の方に視線を向ける。

 

「すげぇ音したな…………榊原先生、何か最近おかしいぜ? 大丈夫かよ……」

 

 俺がまるで心配しているかのような顔で声を上げれば、らしくなく織斑千冬は慌てたように目を見開く。

 

「おい待て榊原先生が居たのか?」

「そりゃいるでしょここ教員室なんだから。居ちゃまずいんで?」

「いやそう言う訳じゃないんだがそのな……うむ……」

「私見て来ますね!」

 

 唸る俺と織斑千冬を尻目に、山田ちゃんがいち早く駆け出して給湯室へと消えて行った。こういう所で機転が利くのは山田ちゃんの人のよさか。ああいう人間は良い意味で慕われるんだろうな……俺も信頼を稼いでいかんと。そんな事を思いつつ、俺は改めて織斑千冬の方に向き直る。

 

「……で、土曜ですか? まぁ空いてる……って言うか、俺許可と監視抜きじゃ外出もできませんしね。空いてるに決まってるじゃないですか」

「……知っているし決定事項だ。お前が断る事など許さん。昨日の今日で予約を取るのは中々に苦労したしな……それより石動。山田先生と……あと榊原先生も誘って構わないか?」

「別に。と言うかふと思ったんですけど、基本的に俺に拒否権有りませんよね?」

「そうだな。何と言おうが此方の意見を通す気満々だった」

「ひーでぇ……じゃ、ちょっと給湯室見て来ますわ……ああ心配だ心配だ」

 

 それだけ言い残して、俺は織斑千冬の前を後にする。土曜日か。織斑千冬は相変わらず俺の事を警戒しているようだ。またうまいこと躱させてもらうとしよう。それに織斑千冬や山田ちゃん以外の教師とのコミュニケーションは意外となかったし、いい機会だ。しかし、織斑千冬は何故榊原先生まで? まさか、裏で通じでもしてるんじゃあねえだろうな。気を付けねえと。

 

 殺伐とした心中の警戒など微塵も見せず、のらりくらりと給湯室に入った俺の眼に飛び込んで来たのはバラバラになって床に散らばる湯呑みと大層ショックを受けたらしき榊原先生。そしてその背を撫でて慰める山田ちゃんの姿。

 

「ありゃりゃ。こりゃまた……榊原先生大丈夫です? お怪我とか」

「い、いえ……ご迷惑おかけします……」

 

 真っ赤になって顔を覆う榊原先生をよしよしと山田ちゃんが一層優しく慰めた。人間の感情を得ているというのに、俺にはその姿が興味深く、かつ滑稽なものとして映る。うっかりと言えば聞こえがいいがね、人間がこうミスをするのは大体精神的な油断や動揺があってのことだろう。それを引き起こす原因が掴めれば、俺のこの世界での生活は更にやりやすくなるはずだ。

 

 まだまだ知るべきことはたくさんあるな。それにやるべき事も多い。ボトルの生成に情報収集、更に生徒達の強化――――ハザードレベルを上げ、ひとまず戦兎達同様にネビュラガスを注入されてもスマッシュにならん程度にはしてやるのが望ましい。

 

 まずは……(ファン)か一夏だな。あの二人のハザードレべルは最後に計った時で既にハザードレベル2.0以上……ネビュラガスの投与を受けてもスマッシュ化しない強靭さまで来ていたはずだ。特に凰のそれは特筆に値する。あの肉体の強度は訓練の賜物だろう。病気によって極端にハザードレベルが低下していた万丈の恋人の様に後天的にハザードレベルが上下する例など幾らでもあるしな。

 

 後は更識簪。奴についての情報を収集、その戦力の程を見極め、そしてあわよくばこちらに引き込む事だ。上手く行けば更識楯無に対する切り札(ジョーカー)となりえる。篠ノ之とボーデヴィッヒには悪いが、訓練もそこそこに切り上げさせてもらうとするか。今日は大事なファーストコンタクト予定日だからな。

 

「とりあえず、箒と塵取り持ってきます。破片、踏まないようお気を付けて」

 

 二人に声をかけて、俺は掃除用具入れへと向かう。しっかし、今日は朝からいろいろと忙しい日だな……長い一日になりそうだぜ。

 

 俺はそんな事を思いながら、箒と塵取りを手に給湯室から二人を外に出させて、黙々と掃除に取り組むのだった。

 

 

 

 

 

 

 14時を回って、燦々(さんさん)と陽が射し込むIS学園第二アリーナ。そこで私とボーデヴィッヒは、石動先生と共にセシリア、鈴、シャルロットの三つ巴の戦いを眺めていた。

 

 別にただ見学しているわけでもない。これも訓練の一環だ。石動先生曰く、「本当は今日ボーデヴィッヒの腕前を拝見させてもらおうと思ったんだけどなぁ……今日は俺途中で抜けるんで、俺が監督してなくてもいい修行にした。たまにはこういうのもいいだろ」との事だ。しかしいち早く石動先生と手合わせしたかったと見えるボーデヴィッヒは些か不満そうである。

 

 そんな事を考えている間にも戦いは続く。鈴の駆る<甲龍(シェンロン)>の<双天牙月(そうてんがげつ)>を寸での所で回避したセシリア。しかしそこをシャルルの<ラファール・リヴァイヴ>が構えたアサルトライフルに狙い撃たれ、必死の機動でそれを何とか回避する。今や二人がセシリアに狙いを定めた二対一の構図だ。

 

「んー……こいつは、オルコットにとっちゃ辛い展開だな」

「互いに手の内が知れてますからね。狙撃型のオルコットは二人にとって放って置けない相手です」

 

 手に持ったマトリョーシカ人形を弄びながら楽しげに言う石動先生に私は淡々と返した。何故三つ巴のバトルロイヤルでありながらセシリアが狙われるのかと言えば、彼女の狙撃能力に対して残りの二人が決定的な決め手を持っていないからと言う事に尽きる。

 

 自身に優位な間合いを保つシャルルはひたすら引くセシリアに対して、鈴を相手にしながらでは距離を維持できない。逆に<龍咆(りゅうほう)>によってビットの処理が容易な鈴はしかし、そこをシャルルやセシリア自身に狙い撃たれる危険があり積極的な行動が取れない。

 

 そこで二人は示し合わせたかのような即席コンビネーションでセシリアに襲い掛かったのだ。当然あわよくばもう一人も落としてしまおうという気概が見え隠れしているが、見ているこちらとしては二対一を見せられているようで余り気分は良くない。

 

「『敵の敵は味方』と言った所か、石動先生」

「そうだなあ。オルコットの奴は文字通りの『漁夫の利』を持っていける装備構成だからな。二人でやり合ってたら一人がやられて、一人がやられたらタイマンじゃ相当厳しい。そりゃまぁ狙わるのもわかるってもんさ」

 

 ラウラの問いにあくまでのんびりと答える石動先生はしかし、戦いの趨勢はキッチリ見越しているのかしっかりと目を空に向けたままだ。

 

「本来狙撃型ってのは単独で戦うもんじゃあないからなあ……試合形式のミスだよ。一夏でも混じってりゃずっと面白みのある試合なんだろうが。篠ノ之ォ、一夏はいつ帰ってくるんだ?」

「えっと……月曜までには帰ってくる予定らしいです」

「そっかぁ。じゃ、良ければ合同で練習できないか聞いてみるとするかねえ」

「それは本当か!?」

 

 石動先生の呟いた案に、敬語も忘れてラウラが食いついた。その勢いにびくりと跳ねて距離を取りながら石動先生が苦笑いを浮かべる。

 

「いやボーデヴィッヒお前、別に遊びじゃねえんだ。訓練だぞ訓練。そりゃあ一夏に会いたいのは分かるけどよ……」

 

 そこでちら、と私に意味深な視線を向ける石動先生。だが私は動じず、冷静に一夏達との合同練習によるメリットとデメリットを計算して口を開いた。

 

「そ、そうですね! えっと、一夏と……じゃなくて、皆で訓練すれば互いの能力を良く見極め……あー、チームワーク……結果的に戦闘時の連携が取りやすくなると思います!」

「わかったわかった! だからそんな詰め寄るなよ! とりあえず帰ってみたら声かけといてやるから、一夏が帰ってきたら教えてくれ! それと、その辺の調整もあるから明日の訓練も軽いもんにしとくからな!」

「ありがとうございます……!!」

 

 私の意見に心動かされたか、石動先生は強い決意を覗かせる表情で一夏達との合同訓練の為に動いてくれると約束してくれた。最近は訓練も別であまり話せていなかったからか、今からウズウズしてくる。そうして一人燃えていると、隣のラウラがこっそり私に声をかけて来た。

 

「嫁。もう一人の嫁との逢瀬(おうせ)の為の援護射撃感謝する」

「嫁ではないと言ってるだろう」

「そう照れるな。二人まとめて愛してやるから安心しておけ!」

 

 自信満々で言い切るラウラに私が小さく溜息を吐いた瞬間、上空から衝撃音。その出所に向かって顔を上げれば、セシリアの<ブルー・ティアーズ>が大きく吹き飛ばされ遮断シールドに激突。そのまま墜落して、アリーナの地上でISが解除されてしまった。

 

「決まりか……」

「オルコット的には悔しいだろうが、事実上の二対一だしな……さて、俺はそろそろ行くぜ。後でどっちが勝ったか教えてくれよ」

 

 そう言うと、石動先生は興味なさげにさっさと席を立ってその場を去ってしまった。やはり、昨日の織斑先生との組手以降、どうにも石動先生は『らしくない』。急に慌ただしくなったような、あるいは余裕が少し削れたように感じる。

 

 ……とはいっても、それは微々たるもので、彼自身の態度に大きな違いがあると言う訳ではないのだが。それに石動先生も教師だ。私達だけに(かかずら)っては居られないはずだ。きっと二学期に向けて、何かやるべき事があるのだろう。私は自分をそう納得させて、再び空の戦いを眺め始めた。

 

 鈴がシャルロットを追いつつ龍咆を連射し、一方シャルロットはそれを細かい軌道変更で回避しつつひたすらに射撃武器で迎撃し続ける。堂々巡りか。だがそれも永久には続かない。一発の衝撃砲がリヴァイヴをかすめ、その動きが明らかに鈍った。そこに鈴が双天牙月を両手に構え一気に加速、一挙に距離を詰める。それを見てラウラが真剣な声色で呟いた。

 

「デュノアの勝ちだな」

「ああ」

 

 瞬間、一瞬で体勢を立て直したリヴァイヴは瞬時加速(イグニッション・ブースト)で甲龍に肉薄――――いや、()()した。両手に携えたショットガンの銃口もだ。

 

 鈴が双刃を振り下ろすよりも早く、破裂音に似た銃声と共に甲龍が吹き飛ばされ、そのまま地上へと落下してゆき墜落。地面に打ち付けられて転がってからISの装着が強制解除された。その様を見て、私はいつの間にか肩が触れるくらいにまで近づいて来ているラウラに問いかける。

 

「ラウラ。今のはどう思う?」

「完全にデュノアの『釣り』だな。恐らく体勢を崩したところから演技だ」

「お前もそう思うか。凰のミスはやはり近接戦を選んだことだと思うが」

「同感だ。接近するとしても衝撃砲を撃ちながらにするべきだったな。エネルギー残量の問題かもしれんが、高い稼働効率を誇る甲龍にそれは考えにくい」

 

 人を嫁だ何だと言っている時とは裏腹に、特殊部隊員らしい合理的で冷静な意見を口にするラウラ。その姿は婿を自称するのも何となく分かる程度には頼もしい。私は嫁にされるつもりなど毛頭ないが。

 

 そのまま二人して、しばらく黙り込む。言う事が無くなった訳ではない。私には少し、ラウラと一緒に考えてみたい事があった。仮定の話に過ぎないが……しかしその話をするのは少し躊躇われた。

 

「嫁……いや、篠ノ之」

「……なんだ?」

「――――もし<スターク>がこの戦いに混じっていたら、どうなったと思う」

「……………………」

 

 ()しくも、ラウラからかけられた問いは私の考えていたそれを全く同じものだった。その答えに窮して私は口を閉ざす。何と言うべきか。ラウラとて、先日弄ばれた際の傷が癒え切った訳ではあるまい。私とて、未だにブラッドに砲を向けられた時の事を夢に見るのだ。そんな思いに苛まれ拳を握りしめている横で、ラウラはそう言った事を気にするそぶりも見せず、淡々と持論を語り始める。

 

「これは私の個人的見解――いや、お前も同じ意見になると思うが――間違いなく奴が一人勝ちするだろう。彼女達の中に、全力のスタークとやり合える者は存在しない。いや、彼女達とは言ったが、私やお前、一夏もそうだ」

「私やお前でもか? それに一夏には一撃必殺の<零落白夜(れいらくびゃくや)>がある。あれを受ければいかに奴でも――――」

 

 そこまで言った私の言葉を、ラウラは首を横に振る事で途切れさせる。そして、今までに無い殺気を伴った瞳で私の事を見据えて来た。

 

「奴のISの性能、装備はともかく……操縦者の技術が我々とは隔絶しすぎている。今の私達は奴ほど自由自在にISを扱う事は出来ていない。一夏も同じだ。幾ら<二次移行(セカンド・シフト)>した機体とは言え、乗り手の腕が違いすぎる以上宝の持ち腐れになりかねん。それに――――奴がお前や一夏のような<単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)>を持っていないとも限らないのだからな」

 

 その指摘に私は愕然とした。<単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)>。ISと操縦者が最高の相性状態となった時に発現する固有の特殊能力。世界的にもまだ珍しい物で研究も殆ど進んでいない。分かっているのは、基本的に第二形態以降のISが発現するもの……しかし、必ずしも発現するわけでは無いと言うくらいだ。

 

 その能力は多岐に渡るが、いずれも戦況を容易にひっくり返すほどの力であるのは間違いない。一夏や織斑先生の零落白夜などその最たる物だ。そんな力をまだ奴が隠し持っているならばそれは余りに大きな危険だ。いやしかし、まだ奴が能力に目覚めていると決まった訳でも――――。

 

「――――実を言うとだな、奴の『能力』らしきものを私は先の戦いで目にしている」

「何だと?」

 

 ラウラの言葉に、私は背筋が凍るような思いを味わった。もし本当にそうだとしたら、奴の強さは私の考えるそれよりも遥かに上にあるという事になる。

 

「私は先の<福音(ゴスペル)停止作戦で>奴を二度AICで拘束した。そのいずれも、全身を赤く発光させ無理矢理振りほどいている。恐らくだが、あれが奴の単一仕様能力」

「あのAICを自力で振りほどけるだと…………それが奴の単一仕様能力と見て間違いないのか?」

「……確証は無い。だが、自身の強化か、あるいはAICの阻害か……そういう能力を奴が持っているのは確かだろう」

 

 先ほどと変わらぬ真剣な瞳で言うラウラを前に、私は深刻な顔で悩むばかりだ。単純に奴より強くなりさえすれば勝ちの目が見えてくるかと踏んでいたのに、その実私が知っているのは奴の強さの片鱗に過ぎない。それをハッキリと思い知らされて、私は自身の無力さを改めて痛感する事になった。

 

「……その情報、織斑先生には?」

「共有済みだ。だからと言って、何かいい策が出てくるわけでもあるまい。確かに奴の強さはまた未知数の物に戻ってしまったが、それで我々に出来る事が減るわけでも増えるわけでもないしな」

「結局、凰が言っていたように強くなる以外に道は無いという事か……」

 

 私の言葉を聞き届けて、ラウラは観客席から立ち上がる。その顔は、先程の真剣そのものの表情ではなく、何処か困惑しているような、何かを決めかねているような顔だ。それに私が訝しげな視線を向けると、覚悟を決めたのかラウラはすさまじい勢いで捲し立てて来た。

 

「その通りだ。だからその……これからトレーニングルームでもどうだ!? うむ、とりあえず体を動かせば嫌なことを忘れられると(ファン)も言っていたしな。それがいい! さあ行くぞ嫁! 三歩の間隔を保ち私の後方を追従するがいい!!」

 

 顔を真っ赤にして一息で言い切ったラウラ。余程緊張したのか紅潮した頬に汗を僅かに滲ませ、ぜえぜえと肩で息をしている。その姿を、まるで一夏を誘う時の自分のようだなと思って私は笑った。運動には丁度いいか。今日の訓練は座ってばかりで、自室でのトレーニングの中身を濃くしようと思っていた所だし。

 

「その笑顔……肯定と受け取るが、どうだ?」

「ああ、構わない。丁度欲求不満でな、体を動かしたかった所だ」

「待て待て待て欲求不満だと!? まだ昼間だというのにふ、ふしだらだぞ!」

 

 紅かった顔を更に真っ赤にしてこちらを指差すラウラに、私はこれ見よがしに肩を落として言った。

 

「……何か勘違いしているようだが、トレーニングをしたいと言うだけだ。別にお前とそういうことをしたいなんてこれっぽっちも思ってないぞ」

「……そうなのか? それは、うむ……残念なような、安心したような」

「言ってないでほら行くぞ…………ん、これは」

 

 ラウラに先んじて立ちあがろうとした私は、丁度石動先生の居た辺りに置きっぱなしになったマトリョーシカ人形を発見する。

 

「それは……確か石動先生が弄りまわしていた奴だな」

「忘れ物か……まったく、世話の焼ける人だ」

 

 私はそれを拾い上げ、持ってきていたカバンの中に放り込む。一方ラウラは、なぜか嫉妬するかのような視線で私の事を凝視していた。

 

「…………婿である私より親しそうにされるのは、ちょっと妬けるな」

「何を言ってるんだ。お前より石動先生の方が付き合い長いんだから当然だろう。ほら行くぞ、私の三歩前を歩いてくれるんだろう?」

「あ、ああ! ってちょっと待て速…………いや待て……そういえばクラリッサが言っていた……日本では嫁は婿に自分を追いかけさせ『捕まえてごらんなさ~い』と試練を与えると! そうと分かればこちらの物だ!」

 

 早々に観客出入口へと向かう私の後ろで取り残されかけたラウラが何事かぶつぶつ呟いている。また間違った日本知識でも披露するつもりか? そう思って白々しい目を向けると、瞬間奴は全力疾走で私の横を走り抜け、勝ち誇った笑みで振り返り叫んだ。

 

「残念だったな嫁! 捕まえるどころか先に行っているぞ!! これでお前も私を婿と認めざるをえんな! ゆっくり歩いて来るがいい!! 楽しみにしているぞ!」

 

 そのままの勢いでラウラの姿はあっという間に見えなくなる。ふざけている……訳では無さそうだな。大方間違った日本知識でも身に付けてしまっているのだろう。丁度いい。嫁と呼ばれるのも癪だったし、ここで一度矯正してみるとしよう。しかし先行された以上、向こうで変に絡まれるのは間違いないか、面倒だな……。

 

 ――――まあだが、そういう友人も悪くないか。そんな事を思ってくすくす笑いながら、私はアリーナを後にしてのんびりとトレーニングルームへと向かう。……その道中、織斑先生に廊下を走ったのを見咎められ説教されるラウラに遭遇するとは思わなかったが。

 

 

 

 

 

 

 ――――IS学園には、操縦者としての腕を磨く生徒達の為のアリーナやトレーニング施設の他に、技術者や整備士を育成する為の多くの施設も併設されている。

 

 生徒達は二年生、三年生への進級の際にISの操縦者としての訓練を続けるか、あるいはIS関連のメカニック、エンジニアとしての道を選ぶかを選択させられるのだ。だが、そこにはどうしても国家や集団としての意思が介在し、個人の思惑を通す事の出来る者は少ない。それは、ISと言う兵器の希少性と強大さがそうさせている。……仕方のない事ではあるが、多くの者がISの操縦者としての夢を諦め、別の道を選んでゆくのだ。

 

 だが、連日整備課の整備室の一つに引きこもり、作業を続ける私は整備課の人間でも無ければ上級生でも無い。今年IS学園に入学したばかりの一年生だ。

 

 カタカタと物理キーボードをタイピングし、時折眉間を押さえ、また空間投影ディスプレイを睨んで、キーボードを打ち始める。その繰り返しを、一人でもう何日続けているのか。

 

 ――――やはりダメだ。私は長い溜息を吐いた。そして、一度データを保存して持ち込んでいた栄養剤を口にする。そのままイスに深く寄りかかって、眼鏡を外し両手で目元を覆った。そうして休んでいると、とりとめのない思考が脳裏に浮かんで来て、それが悪い方向に成長して私を強く苛んでいった。

 

 何故、どうして。私は未だにこんな日の当たらない場所に居るのか。折角皆が喉から手が出るほどに欲しがっている『チャンス』を手にしているのに、それをただ無為に使いつぶしている。情けない、申し訳ない、不甲斐ない。

 

 そう思考の迷路に嵌って唸っていると、不意に出入り口の扉がノックされる。

 

「……………………」

 

 誰だろう。本音(ほんね)? いや、彼女は今日は生徒会の仕事が有った筈。整備課の人達は、私がここに居るのは承知のはずだ。一年四組の生徒(クラスメイト)達は、私の事を煙たがり、距離を置いている。……まさか、姉さんだろうか。そんな想像をして私が体を強張らせた、その時。

 

「おーい、更識(さらしき)。不在かー? おっかしいなぁ。ここに居るって聞いたんだが……」

 

 何処か気の抜けたような大人の男性の声。幾ら多くの人が在籍すると言っても、男性は数えるほどしかいないこの学園でその声の主を判別するのは容易だった。私は手元のコンソールを使って、部屋のドアをオートで開かせる。そこには、突然ドアが開いた事に驚いたのか警戒してのけぞる壮年の男性が一人。

 

「よ、よお。初めまして。その、中、入れてもらってもいいか? 外で突っ立ってるのも、なんだかなぁ、って」

「…………どうぞ」

 

 私の許可を得た男――――石動先生は、ようやく安心したかのように、安堵の表情で整備室の戸口をくぐった。

 

「えっと……どーも、初めまして更識さん。石動惣一です」

「……更識 簪(さらしきかんざし)、です……」

 

 畏まってお辞儀をする石動先生に釣られて、私も立ち上がってお辞儀をした。一瞬遅れてその滑稽さに気づいて、咳払い一つして私は椅子に腰掛ける。一方石動先生はきょろきょろと物珍しそうに部屋の中を見回してから、気安く私の近くまで歩み寄って来た。

 

「いやあ、突然お邪魔して悪いな。何でも一年四組のクラス代表が夏休みに入った直後からこの部屋に入り浸ってるって聞いてなあ。特に最近はずっとここに居るって言うんで、心配になって見に来たんだ」

「余計なお世話……です」

「そう言うなって~、俺は仕事熱心なんだ。ちょっとくらい大目に見てくれよ~。な?」

 

 言ってにっこりと白い歯を見せて笑う石動先生に、私は少しうんざりとした気持ちになった。この、相手の事情を承知(しょうち)して、なおそのパーソナルスペースに容易く滑り込んでくる立ち振る舞い。それが姉さんのそれにとても良く似ていたからだ。そう思われているなんて夢にも思っていないんだろう。石動先生は目を光らせ、興味深そうにディスプレイを覗きこんだ。

 

「ほほ~、こりゃ、ISの設計図に……そっちにあるのはISの部品だな? ああ、あれか。聞いたことあるぜ! 一流の乗り手は自分の機体は自分で整備しないと気が済まないって。流石に代表候補生。丁度夏休みだし、こうして派手にオーバーホール(点検分解修理)してるわけだ! 何だよ、安心したぜ~!」

 

 はっはっは。そんな風に白々しく笑う石動先生は知らず知らずに私の地雷を踏み抜いていた。何が一流だ。姉の七光りでISコアを手に入れただけの私が。何が代表候補だ。今まで何一つとして結果も残せてない。……何がオーバーホールだ。私のISは、()()()()()()()()()()()()()と言うのに――――!!!

 

「……違います」

「んん?」

「――――私のISは、まだ完成してないんですよ」

「……………………は?」

 

 ぶっきらぼうに、吐き捨てるように言った私の言葉に、石動先生はこれ見よがしに硬直した。顎が開き、目をぱちくりさせている。その顔があんまりにも面白くて、私はちょっとスカッとした。私がそう思って少しいい気分になっていれば、硬直していた石動先生はまるで再起動した機械の如く周囲をきょろきょろとまた見回して、困惑に満ちた顔で私に詰め寄って来た。

 

「いや、ちょっと待てちょっと待て。お前、一年四組のクラス代表で、専用機を持ってるって話じゃなかったのかよ?」

「……コアはあります……でも、機体は出来てません……。あるのは基本のフレームと装甲と、作りかけのスラスターに幾つかの武装だけ……内部のプログラムもまだだし、ISなんて、とても言える状態じゃない……。……むしろ、知らないで私の所、来たんですか? 四組の子たちは、何か言ってませんでした……?」

「いや、俺は整備課経由で来たんで、四組の生徒達とは何も……あー、まさか未完成のISとは……流石に予想してなかった……」

 

 眼鏡のレンズの奥で目を細めズバズバと指摘する私に、石動先生は途方に暮れた様に片手で顔を覆って天を仰いだ。私はその様を一瞥して、再びディスプレイに視線を戻す。

 

 ――――何しに来たんだか。それが、私の石動先生に対する率直な感想だった。確かにずっと整備室に籠りっきりで自室に帰っていなかった私にも問題はあったかもしれないけど。

 

 そこではっと、石動先生を笑っていたつもりがいつの間にか自分の良くない所に目が向いている自分を自覚して、私はまた嫌な気分になった。するといつの間にか、石動先生が椅子を持ってきて私の横に腰掛け、怪訝そうな顔でこちらを覗き込んで来た。

 

「うーん……所で更識。未完成とは言うけどさ、そもそも何で未完成なんだ? 本来そういうのは研究所とかの開発機関の仕事だろ? なのにコアまで渡されてお前が機体を弄ってんのは、なーんかおかしくねえか?」

 

 首を傾げて言う石動先生に、私は自身の怒りのボルテージが溜まって行くのを自覚する。だがしかし、教師に手を上げる訳にも行かない。ここはもう、さっさと説明してお帰り頂こう。

 

「…………織斑一夏のせいですよ。私の機体は元々<倉持技研(くらもちぎけん)>で開発されてた第三世代機だったんです……。でも彼が現れたおかげで、研究所のリソースは全部<白式(びゃくしき)>に持ってかれました……。その上、男性操縦者のデータがどうとかで……一月(ひとつき)待っても開発が再開される様子がない。だから、痺れを切らしてデータやコアも貰ってきたんです……。――――この<打鉄弐式(うちがねにしき)>を、自分で完成させるために」

 

 そう言って私は機器の中心に鎮座する機体を見据える。日本製の第二世代機、<打鉄(うちがね)>の後継機となるはずだったその機体の、作りかけのその姿を。

 

 この機体を、一人で完成させるというのは本当は遠回りの道なのだろう。だがこれは半ば私の意地だ。姉さんはかつてロシアの設計したISのデータを元に自身の専用機を一人で組み上げたのだ。なら、私もそのくらいは出来なければ、遥か先を行くあの人の後姿を捉えることなんて一生できやしない。

 

 さあ、説明したから帰って下さい。充分失望したでしょう? そんなやさぐれた視線を向ければ、石動先生は私の予想とは違い、神妙な顔でまじまじと打鉄弐式を眺めていた。

 

「ふぅん……しかし、未完成って割には中々形に成ってきてるじゃねえか。お前、ここまで一人で作ったのか? だとしたら凄い奴がいたもんだ……Amazing(驚き)だぜ」

 

 その言葉に今度は私が驚かされる番だった。確かに、打鉄弐式の完成度は預かった時に比べれば大分進歩しては居る。でも、これから必要な要素……機体コンセプトの明確化や、火器管制システムのプログラミングなど、まだまだやるべき事はたくさんある。そう考えると、また気分が重くなった。

 

 …………もう、一度出てってもらおう。話ばっかで、全然作業も進まないし。

 

「…………お世辞なんて、止めて下さい。……もう話は終わりましたので。そろそろ、いいですか……?」

「ふぅん……そっか。分かった分かった。こっちこそ邪魔して悪かったな。今回はここらでお暇させてもらうよ。お前の機体の完成、楽しみにしてるぜ……じゃあまたな。次来るときは何か差し入れでも持ってくるさ。そんじゃ、Ciao(チャオ)!」

 

 言い残して、石動先生は部屋を後にした。……凄い奴、か。本音以外に褒められるのなんて、何時ぶりの事だろうか。実にむずがゆい。そんな風に少し浮かれている自分を自覚して私はハッ、と小さく笑って自嘲する。我ながらちょろい奴だ。ちょっと褒められたくらいでいい気分になるなんて。

 

 ……とりあえず、これ以上寮に戻らずにいるとまた何か言われそうだし、久々に部屋に戻って撮り溜めてあるアニメでも見ようかな。最近はちょっと根を詰め過ぎだったかもしれないし。

 

 いい機会だと部屋を後にする事を決意した私は、手際よく整備室を撤収していく。コンピュータのデータをしっかりと保存しバックアップも取って、その次に一見無造作に、しかし自分に使いやすく置かれた道具をひとまとめにする。整備課から借用した道具も、ちゃんと返却しなければ。ここを出禁にでもされてしまえば、それこそ私と打鉄弐式の未来は断たれてしまうから……私はとても慎重に、一つ一つの道具に不具合が無いかどうかを確認していった。

 

 

 

 

 

 

 ――――全ての片づけを終えた私は、今頃になってふと時計に目を向ける。17時か。今から帰れば、食堂が賑わう前に夕食を終えることも出来るだろう。私は余り、人混みが好きじゃない。皆、私の事なんて気にしてないって事は解ってはいるのに、どうしても、周囲の視線を気にして落ち着かなくなる。

 

 皆がどれほど苦労しても手に入るとは限らない専用機を与えられていながら、結果どころかその姿を白日の元に晒す事さえ出来ていない。それが申し訳なくてどうしようもなくなるのだ。そんな思いに囚われて手を止めていると、不意に出入り口のドアが開かれる。

 

「たっだいま~。教師石動惣一、宣言通りまたやってまいりました。はっはっは」

 

 先ほどの悩んでいた私とは真逆の、陽気な笑顔を顔に張りつけた石動先生。その手には幾つかの購買の袋がぶら下がっている。だがそれよりも、この場に石動先生がまた現れたという事実の方が私にとって重要な事だった。

 

「…………あの、今日はもう、帰ったんですよね……? ……何しに、来たんですか……?」

「んん? いやまた来るって言ったろ? だからまた来たんだよ。悪いか?」

「えぇ……?」

 

 あっけらかんと答えた石動先生に私は困惑を隠しきれない。しかしそんな私の様子も気にする事無く、石動先生は手に持った購買の袋を掲げて見せた。

 

「それよりほら、差し入れ持ってきたぜ。糖分補給しねぇと頭働かねえし、もういい時間だし昼食ってから結構経ってるんじゃねえの? ……ほれ、好きなの食っていいぞ」

 

 言って石動先生は袋の中の物を先程私が整理した作業台の上に並べ始めた。スナック菓子の袋に始まり、チョコレート、菓子パン、おにぎりなど。購買にある目ぼしいものはあらかた購入してきたのだろうか、これだけでも、数千円は行ってるんじゃないのか? その考えに至ると、私は途端に不安になって、思わず声を上げた。

 

「あの、今私、払えるようなお金、持ってないんですけど……」

「おいおい、俺ぁそんながめつくねぇぞ~? 奢りだから安心して食いな! それともダイエット中か? それだったら悪い事をしたが……」

「そう言う問題じゃ――――」

 

 笑う石動先生に反論しようとしたとき、私のお腹がくぅ、と空気を読まずに小さく鳴いた。一瞬、私と石動先生の間に気まずい沈黙が流れる。その沈黙に耐えきれなくなった石動先生が顔を背け肩を震わせるのと、私が顔を真っ赤にして明後日の方を向くのはほぼ同時の事だった。

 

「くっ、クックック……ああ、悪いな更識。今のは俺のデリカシーが無かった。これが織斑先生相手なら、きっとまたボコボコにされてる所だろうよ……くくく……」

 

 まるで悪人のような笑いを漏らす石動先生を前に、私はますます顔を羞恥に染める。だがそれでも時と場合と場所(TPO)を弁えぬ胃袋の発する飢餓感には抗えず、私は手近な所にあったメロンパンを引っ手繰るように手にした。

 

「ほう、そいつを選ぶとはお目が高い! じゃ、俺はこいつをっと……」

 

 そう言って石動先生はソースのたっぷりかかったコロッケパンを手に取る。購買の売るパンの中でも一、二を争う人気商品だ。その袋を伝え聞いていた人物像とは裏腹に丁寧に開いて、石動先生は幸せそうにパンを頬張る。

 

 なんて顔でご飯を食べるんだ、この人は。その様に私の食欲は更に刺激され、諦めて私も一息にメロンパンを頬張った。

 

 ……そのまま、私達は黙々とパンにかじりつく。しばらくの間、部屋には包装の擦れる音ばかりが聞こえていたが、そこでふいに石動先生が口を開いた。

 

「――――なあ更識、お前の作ってるISの事なんだけどよ」

「……何ですか?」

「いやぁ、一体どんな機体が完成するのか気になって。ちょっとだけでいいから、俺に教えちゃくれないか?」

「……まあ、別に、いいですけど……」

 

 一瞬、何を聞かれるのかと身構えたが、どうせこの機体も遅かれ早かれ皆の前に晒される事になる物だ。なら、それくらい別に話しても構わない。

 

「……この<打鉄弐式>は、防御力に優れていた<打鉄>と違って、機動力を特別底上げした機体です……。それにより、射撃戦および格闘戦を行う時、自分に一番有利な位置を取れるようになってます……」

「ほほー、一夏の<白式>みたいな格闘用の瞬発力を高めた奴じゃあ無くてあくまで立ち回り重視って事か。それで各距離で戦うとなれば、どっちかと言えば<打鉄>と言うよりフランスの<ラファール・リヴァイヴ>に性格的には近いんだな」

「……良く分かりましたね……。この機体は<ラファール>の高い汎用性をモデルに設計されたんです……。お陰様で全距離用の武装も用意しないとだし、それに対応する分だけの火器管制システムのプログラミングをしないとなので、見た目以上にすごい苦労なんですけど……」

「あ、そっか。大容量の拡張領域(バススロット)に手持ち武器をこれでもかと詰め込めるラファールと違って、こっちは武器も付けてやんないとだからな……俺だったら頭が痛くなってどうしようもなくなるぜ……それを一人でどうこうしようなんて、やっぱ大したもんだよお前は」

 

 言って溜息を吐く石動先生とは裏腹に、私はちょっと恥ずかしくなってスッと眼鏡を直す。あんまりそうさらりと褒めないで欲しい。慣れてないんだから。

 

 ……そう言えば、この人とは今日出会ったばかりで、その人となりも伝え聞いた話でしか分かっていない。そこで私は彼がどんな人なのか見極めようと、何か適当な事を聞いてみる事にした。

 

「……あの。石動先生は、テレビとか、見るんですか……?」

「おう。テレビは見るぜ。っても殆どはニュース番組だが……後はIS関連番組は大体チェックしてるぜ」

「…………アニメとか、見ます……?」

 

 そこまで言って、私は自身の選択ミスに頭を抱えたくなった。なんだよアニメって。今どき女尊男卑の煽りを受けてアニメや特撮業界も女性向けの物ばかりになってきている。そもそも石動先生のような壮年の男性がアニメを見ているなんて、そんな都合のいい話は無いだろう。せめてドラマかバラエティにするべきだった、私アニメ以外殆ど見てないけど。そっちの方がもっと話題を広げられたかもしれないのに……!

 

「アニメかぁ……あんまり見はしねえなぁ」

 

 その予想通りの答えに、私は肩を落とす。しかしふと石動先生は思いだしたかのように「あ、でも」と呟いた。

 

「最近はたまに『魔法少女☆ビースト』の再放送は見てるぜ。子供向けかと思えば意外と面白いんだ、あれ」

「魔法少女ビーストのどの辺が面白いと思います?」

「ん? 一番はキャラクターの造形……ああいや、魔法少女ビーストこと【ニトー】が契約した【きまいらちゃん】に魔力を与えるために自分から戦いに行かなきゃいけないってのが俺は好きだな。あの積極性……むしろ自分から敵に襲い掛かってくようなスタンスは良くある変身ヒーローにはない。自ら積極的に敵と戦いに行くってのは、実に利己的でなんだか共感できる所があるな」

 

「わかります。ニトーは悪い奴じゃないしどこかお気楽で憎めないんだけどその行動の根幹にあるのは自分が生きるためって言う生存欲なんですよね。そういう点じゃライバルの【ハルト】の方がよっぽどヒーローらしい。それでも間違いなくニトーはヒーローなんですよ。生きたいって言う正当な欲望と人助けを両立していながら結果的に悪の野望をくじいていくニトーの姿はなんだかヒーローとして身を削って削ってギリギリの所で戦うハルトよりも私は共感できちゃいますね。それにニトーのいい所は生きるために人助けはしても決して非道には走らない所なんですよ。普通命の危機とあったら少しは悪い事だって考えそうなものなのに第24話で自身の祖母が【ふぁんとむ】に狙われた時の必死っぷりとかもう本当に根っこの部分がいい人なんだなぁって感じますよね」

 

「えっ何待ってもう一回ゆっくり喋ってくれる?」

 

 驚いたように言う石動先生の言葉に自身の暴走を自覚させられて、私はもうすごい勢いで死にたくなった。幾らそう言う話が出来そうな人が見つかったからって、今のは無いでしょ……ここ二週間ほど本音以外の人とほとんど話してなかった弊害が出てるのかもしれない。重症だ。

 

「…………えーとだな、すまん、俺24話の再放送見逃しちまってて。そんな話だったんだな」

 

 そんな私に気を遣ってか、気まずそうにフォローを入れてくる石動先生。ええい、ままよ。こうなったらもう、どこまでもこの話題でゴリ押してやる!

 

「…………私『魔法少女☆ビースト』の特装版Blu-ray BOX持ってるんですけど……興味あります……?」

「えっ。あの限定受注生産で今じゃもうオークションとかでしか手に入らないって言うあの?」

「はい。良ければお貸ししますが……いかがですか……?」

「…………いいのか?」

「代わりに、ここでの会話は誰にも言わないで下さい……」

「いや、別に言うつもりもねぇけど……」

 

 ちょっと引き気味ながらも首を縦に振った石動先生の姿に、私はほんのわずかに安堵した。もとより陽気で口も軽いと噂の人だし、もしここでの会話を広められ、姉さんにでも知られた日にはホントに消え去ってしまうかもしれない。……でも、ひとまずはそういう心配も無さそうだ。そんな風に力を抜いた私に、石動先生は楽し気に声をかけて来た。

 

「……更識よお、お前、どう言うアニメが好きなんだ?」

「……えっ?」

「いや、お前随分と熱意もって語ってたからよお……ちょっと興味が湧いたんだ。何かオススメがあったら教えてくれよ」

「えっ、え、えと、あの……その、『超星監察医レーザーX』とか……」

 

 こんなに食い付いてくるとは思わず、私はしどろもどろになってまず思いついた名作ヒーローものを口から絞り出す。星を股にかける宇宙監察医が全宇宙を支配し神となるべく野望を燃やす宇宙ゲーム企業の社長と激突する設定だけ見れば荒唐無稽な作品だが、そのストーリーの熱さや自らの信念を持って戦うキャラクター達のかっこよさが受けて男女問わず大ヒットした名作中の名作だ。この女尊男卑の世界で男性主人公の作品がヒットする事は珍しく、今でも業界では語り草になるほど。主題歌は紅白でも歌われたし、社長の迷台詞は社会現象になりかけたのをよく覚えている。

 

 主人公のハイキックを真似してはしたないって怒られたこともあったなぁ……。そんな風に思い出に浸っていると、興味深そうに石動先生が笑う。

 

「ほほー、宇宙か。興味あるぜ。そのレーザーXとやらのブルーレイとかも持ってんのか?」

「……あります、けど」

「良ければ貸してくれないか? 俺、この年にもなって『ヒーロー』って奴が大好きなんだよ」

 

 どこか恥ずかしそうに笑う石動先生を見て、私は少し呆気にとられる。目の前の人が、急に近い所にいるような気がした。この学園に来てから……いや、今まで生きてきて、面と向かって『ヒーローが好き』なんて言える人は、初めて見た。……だからこそ、聞いてみたい事が一つある。

 

「……石動先生は、どんな『ヒーロー』がお好きなんですか?」

「ナルシストで自意識過剰な正義のヒーロー」

 

 即答だった。そんなヒーローものは聞いた事も無かったけれど、石動先生のその自信に満ち溢れた顔は有無を言わせぬ熱意を感じさせる。私はしばらく、その姿に圧倒されていた。すると石動先生はにっと笑って、意趣返しとばかりに一つ質問を繰りだして来た。

 

「なあ更識、そういうお前は、どういうヒーローが好きなんだ? 『俺のヒーロー』を聞いたんだ、『お前のヒーロー』も聞かせてくれよ」

「私の、私の『ヒーロー』は――――」

 

 

 

 

 

 ――――結局、石動先生とのヒーロー談義はその後も続き、私が自室に戻ったのは22時前。同居人も帰省中で、しばらく無人だった部屋にはほんの少し埃っぽさが漂う。しかし部屋に入った私は荷物を放り投げた後、適当な寝間着に着替えて眼鏡も外さずにベッドに飛び込んだ。そのまま目を閉じると、話の中で石動先生が言っていた『正義のヒーロー』についての言葉が思い浮かぶ。

 

『正義のヒーローってのはな……ナルシストで、自意識過剰で……平和を享受する誰かの笑顔を見ると、心の底から嬉しくなって顔がくしゃっとするんだ。……俺は、そんな奴の事をヒーローって言うんだと思うぜ』

 

 その言葉をどこか遠い目で、懐かしむように言う石動先生。あの人の言う『ヒーロー』はいったい誰の事なんだろう。私の知らない、古い特撮とかなのだろうか。もし今度機会があったら、聞いてみたいと思った。それに、男の人とあんなに長く話をしたのは、人生でも初めての経験だった。いや、ヒーロー好きに男も女も関係ない、って事なんだろうか。

 

 ……結局、石動先生には『魔法少女☆ビースト』と『超星監察医レーザーX』のBlu-rayを明日貸し出す事になった。夏休みを使ってじっくり鑑賞したいとのことだったし、同好の士を欲していた私はその頼みに二つ返事でOKしたのだ。

 

 あれ程ヒーローに一家言(いっかげん)持っている人だ。感想も聞かせてくれると言っていたし、今からその時が楽しみで年甲斐も無くうずうずしている。そうだ、明日からは私ももう一度頭から見返してみようか。ネットでの配信サービスを使えば手元にBlu-rayが無くても大丈夫だし、IS制作のいい息抜きにもなる。

 

 ……早く石動先生の感想が聞きたいなあ。あのシーン、どういう反応をするだろう。あそこのギャグで、石動先生は笑うのだろうか? あそこの伏線、気づいてくれるかな。

 

 

 そんな風に、まるで自分の作品を見せるかの様にうきうきした私は、久々に明るい気分で眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 更識簪とのファーストコンタクトから数日後、土曜日の夕方。夏のこの時間はまだまだ夕暮れと言うには明るく、人々も多く行き交っている。そんな街中を俺と織斑千冬はのんびりと並んで歩いていた。

 

 今日は、織斑千冬が予約したという飯屋に行く予定日だ。流石にこの女からの誘いを断るわけにもいかん。それに、自分から対価を要求した身でもある。まあ拒否権は元々無かったがなァ。久々に外出できるとあっちゃ断る理由も無いと言うのが本音か。

 

 そんな事を考えて上の空で歩いていると、いつも通りのスーツに身を包んだ織斑千冬がこれまたいつも通りの仏頂面でこちらを覗き込んで来た。

 

「……石動。お前、最近寝不足のようだが大丈夫か? 何かあったか?」

「いえ、実は生徒にアニメのブルーレイを借りたら意外とこれが面白くて……最近は部屋でずっと見てるんですよね……」

「おい。アニメなどに現を抜かして仕事を疎かにするなど言語道断だぞ」

「『など』って何すか『など』って。織斑先生、アニメを軽い気持ちで馬鹿にしちゃあいけねぇ。……今度、織斑先生にもブルーレイ貸してくれねぇか頼んでみるんで見てください。いや見ろ」

「あ、ああ……」

 

 俺の剣幕に織斑千冬が珍しく狼狽して、その様が面白くて俺はくっくと笑った。それを見て奴はぷいと前を向き、今までとは比べ物にならない速度で歩き始める。なんだ、気に障ったかよ? 俺はその様子がたまらなくおかしくて、笑いながら奴の隣に追いつき、そのまま同じ速度を維持して歩く。

 

 暫くそうして不機嫌な織斑千冬を楽しんでいれば途中で奴は向きを変えて、ビルの地下へと降りて行く。なるほど、穴場という奴か。この世界でこうして外食するというのはいつかの回転寿司以来か。あの時は奢らされちまったが今日は奴の奢りだ。心行くまで楽しむとしよう。そう思いながら、俺は奴の後をついて行った。

 

 

 

 

 階段を降りきって扉を開けば、からからと来客を知らせるベルが鳴った。中は統一されていると思しき調度品が並べられたシックな店内で、他に客はおらず初老の店主らしき男性がカウンターに一人立ち、グラスを黙々と磨いている。

 

「失礼します。今日予約を取っていた織斑ですが」

「ああ、千冬さん。お待ちしておりました。……四名様と聞いていましたが、後のお二方は?」

「揃って電車に乗り損ねたらしく、一本遅れてくると」

「ははは、分かりました。ではこちらの席にどうぞ」

 

 オールバックの白髪と同じ色の口髭を揺らし笑う店主の示す席に俺達が座ると、店主がゆったりとした仕草で俺の前に立つ。

 

「お客様は初めてのご来店かと思いますが、何を頼まれますかな?」

「んー、実は俺はあんまり酒は嗜まんもんでして……とりあえず適当な物を一つ。あ、高い奴にして下さい。今日は奢られる側なんで」

「グラスビールを二つ」

「畏まりました」

「ちょっと待ってくれ織斑先生、俺は……いえすいませんでした」

 

 勝手に注文を決めた織斑千冬に反論しようとするも、その殺気に危険を感じ俺は意見を取り下げる。その様を見て奴は一度フンと鼻を鳴らし、店主はにこやかな顔でグラスを用意し始めていた。

 

「……しかし、いい店ですねえ。独特のアトモスフィア(雰囲気)を感じます。流石、織斑先生レベルになると選ぶ店も違うってトコですか?」

「お世辞はやめろ。実は良く分かっていない癖に」

「おお、流石! 俺の事良く分かってらっしゃる。ま、俺はこう言う店は初めてなんで大目に見て下せえ」

「お前という奴は……」

 

 はっはっはと愛想笑いをして織斑千冬にムッとした顔をさせていると、空気を読んだのか店主が俺達の前に一つずつ、よく冷えているビールをそっと置いた。それを見て俺達はそれぞれグラスを持ち上げ、軽くぶつけて小気味いい音を鳴らした。

 

「「乾杯」」

 

 それから俺達は一口ずつビールを飲みこみ、他愛もない話を始めた。店主はサービスのチーズを俺達に出してからは、少し離れた位置でまたグラスを磨いている。流石にプロだな、良く分かってらっしゃる。俺も人間だったら贔屓(ひいき)にしてやっても良かったかもな。

 

「石動、篠ノ之とラウラの訓練の様子はどうだ? ケガなどさせていないだろうな」

「させてませんよォ。ま、でも二人ともやる気があっていいですよ。特にボーデヴィッヒの奴、俺をまた放り投げる気満々で笑っちゃいますぜ」

「投げられてやったのか?」

「あんまりにもあからさまなんで逆にジャイアントスイングしてやりました」

「真面目にやれ」

 

 ぺちっと、織斑千冬が俺の肩を小突く。流石に外じゃそれほど引っぱたいたりはしてこねえか。まぁ、一応この女も一般常識は弁えてるらしい。……出来れば、普段からその辺容赦してほしいもんだぜ。

 

「でもボーデヴィッヒの奴のお陰で、篠ノ之も負けじと随分頑張ってますよ。ただお陰であいつらオーバーワーク気味なんで、昼の訓練はちょっと減らしてますがね」

「熱中症にはくれぐれも気をつけろよ。お前はともかく、あいつらはまだ若いんだからな」

「そこは俺を心配する所じゃあないんですかね……?」

「熱中症どころか煮ても焼いてもピンピンしてそうな奴が良く言う」

「ハハッ、褒め言葉にしちゃ辛辣っすね!」

 

 そう言って笑っているとからからとベルの音。視線を入口の方に向ければそこには何故か緊張気味の榊原先生と、その背を押す山田ちゃんの姿が見えた。

 

 何してんだか。俺がそう思ってビールを口にする間に、二人もカウンターにやってくる。そして織斑千冬を挟んだ席に座ろうとした榊原先生を山田ちゃんが引っ掴んで俺の隣に座らせて、当の本人はその向こうに腰を落ち着けた。

 

 ――――今日の山田ちゃん、随分気合入ってんな。

 

 服装は普段より地味目で口紅もさしていないが、常にニコニコ、今日この日が待ち遠しくてたまらなかったという具合だ。もしかして酒が好きなのか? そりゃ流石に知らなかった。今後にその情報は生かして行くとしよう。

 

 ……一方の榊原先生は普段のきちっとした格好とは裏腹に随分と背伸びした格好だ。肩も出てるし、胸元だって開いてる。折角だから頑張っておしゃれしてきたって所か。人間の基準で言えば良く似合っているんだろう……まあだからなんだと言う話なんだがな。俺にとってそれはどうでもいい事だ。

 

「とりあえずお二方、ご注文を」

 

 言って、二人に笑いかける。だが織斑千冬がさっさとビールを全員分注文し直したせいで俺の気遣いは無為な物に終わってしまった。まったくこいつめ、俺の好感度稼ぎの邪魔をしやがって。これで女性ファンがビックリするくらい多いというのだからこの世界は良く分からん。

 

 そうこう思っている内に俺達の前には二杯目のビールが並べられ、皆がそれを掲げるのに合わせて俺もグラスを持ち上げる。

 

「「「「乾杯(かんぱーい)!」」」」

 

 

 

 

 

 

 丁度日付が変わった頃。俺達は店を後にして、それぞれの帰路に就いた。店内で早々に酔い潰れて泥酔した山田ちゃんを担いだ織斑千冬がうんざりとしながら俺達の視界から消えてゆく。

 

 やっぱ今日の山田ちゃんやばかったな。俺と榊原先生を見ながら緊張気味にひたすらグラスを空けて行くもんだから、誰よりも早く酔い潰れてうわごとの様に支離滅裂な発言を繰り返していた。何が彼女をそこまでさせたのか、これも一つの酒の魔力という奴なのだろうか。俺は不思議でたまらない。

 

 最後、織斑千冬に引きずられながら俺達に向けサムズアップしていたが、ありゃあ何の意味があるんだか。なんにせよ、さっさと自室に戻りたい。俺自身には影響はないものの人間の体に多量のアルコールは毒だ。早く休みたいことこの上ないぜ。

 

「じゃあ、私達は学園に戻りましょうか、石動先生」

「了解。しっかし山田ちゃんには困ったもんだぜ。酒は飲んでも呑まれるなって名言を知らねぇのかよ」

「ふふっ、そういう石動先生は酔われてないんですか?」

「体質かなんかですかねえ。ま、山田ちゃんが酔い潰れて織斑先生に絡んでたの見てて面白かったんで今日は満足でしたけどね。はっはっは」

 

 笑う俺に釣られてか、榊原先生も口元を隠して上品に笑った。ほんのりと頬は赤く染まり、少し体を揺らしてはいるが、別段歩くのに問題があるようには見えない。それよりもバーに入ってきた時の様な固さが抜けて、今の方がずっと自然体だ。俺もその方があまり気を遣わずに済むんであり難い。

 

 ――――さて、ひとまず織斑千冬と共に食事という当面の問題は切り抜けた。これからは夏休みが終わるまでひたすら教師としての雑務と、篠ノ之とボーデヴィッヒの訓練にアニメを見ながらのボトル作りだ。ああ、織斑千冬から一夏の帰ってくるタイミングも聞きだせたしな。明日、早速一夏達にも合同訓練の事を打診してみよう。

 

 どうせ、二学期に入れば更識楯無(さらしきたてなし)にあいつ等は任せることが多くなるんだ。その間に俺は奴への切り札として、更識簪のISを完成に近づけつつ懐柔を試みるとしよう。どうやら、アイツは姉に対して相当コンプレックスがあるみたいだからな。

 

 だが、アイツは篠ノ之とは根本の性格からして違う。また別のやり方が必要になってくるはずだ。とりあえずフレンドリーにやって行くとするか……純粋な好意という奴にいつまでも抗えるほど頑なな人間とは思えんし。

 

「石動先生?」

「んん?」

 

 俺にかけられた声に振り向けば、榊原先生がどこか寂しげな笑顔で立ち尽くしている。ただ、俺はその姿に人間特有の覚悟を見たような気がして、少しばかり体を緊張させた。

 

「あの……今日はいろんな話を聞けて、とても楽しかったです」

「……こっちこそ。榊原先生もお見合いとかあーだこーだ、結構大変そうっすねぇ。俺でよければ相談に乗りますから、気軽に言ってくださいよ」

「……本当ですか? それではもし、良ければなんですが……今度は二人だけで、食事とか………………」

「食事、ですか?」

「はい。あ、もし良ければと言うだけで、良くなければ別に、断っていただいても構いませんよ!」

 

 取り繕うように言う榊原先生を見て、俺は訝しむ。だがまあ、別に食事くらい良いだろう。結局織斑千冬や山田ちゃん以外の教師との接点は割と薄いしな。ここでもう一人くらい親しい関係を築いておいても損は無いだろう。

 

「いいですよ」

「えっ」

「行きましょうよ、食事。でもまぁ、俺外出許可出てないんで外で食えるのは何時になるか分からないんですけど。とりあえず、明日の昼食からでどうです? 食堂なら俺も問題なく行けますし」

「あ、はい、喜んで! それでは、明日はよろしくお願いします!」

「こちらこそ」

 

 約束を交わして、俺達は二人で笑い合った。そしてそのまま駅に向かって言葉も交わさず、だが並んで歩みを進めてゆく。

 

 ――――さて、とりあえずしばらくは現状維持。様子見だな。こうして人間達とのたのしい触れ合いを続けちゃいるが、人間の感情と言う物について知ってまだ一年も経っちゃいない。これからもこうして多くの人間と語らい、楽しみ、それを有効活用できるよう学んでいかねえと。そうすれば、篠ノ之たちを操るのもより容易になるだろうしなァ。

 

 いやはや、やるべき事も多いが、やりたい事も多すぎる。こりゃ俺ものんびりしてられない。これから迎える二学期、またどこかで何かしら動きがあるだろうしな……。そんな悪い事ばかり考えて、俺は笑う。この世界にはまだまだ未知の面白さが数多にある! それも、しっかりと探していかねえと。

 

 そんな事を思っている内に俺達は駅へと辿り付いて、丁度来た電車に乗って適当な席に座り学園へと戻る流れに身を任せた。さあ、ひとまず帰ったらシャワーを浴びて肉体を休ませるとしよう。そして次は何のボトルを作るか……戦闘用のボトルは幾つか作ってあるし、また何か別の形で役に立つ物がいい……そう言えば、アレがあったな。あのボトルが完成すれば、更に周囲からの信頼を得る事が出来る可能性がある。

 

 ……決まりだな。<ダイヤモンドフルボトル>の次に作るボトルを決めた俺は外の夜景に目を向ける。暫くそうしていると、酔いが回ったのか榊原先生が目を閉じて俺の方に寄りかかってくる。無防備なもんだ、隣にいるのがどんな相手かも知らないで。

 

 そうして彼女の寝顔をひとしきり嗤って、その重みを感じながら窓に映った自分の顔を透かして夜景を眺める。その景色はまるで宝石か、あるいは星々のように輝いていた。

 

 




恋愛回フェーズ2です。
とにかく簪ちゃん(と簪ちゃんが見てるアニメの内容を考えるの)に苦しみました。ネタ募集すればよかった。
キャラがつかめている自信が今も無いのでここおかしいと思ったら教えてくれるとたすかります。

ビルドファイナルステージ、見に行けなかったけど友人からショーの話を聞いてからEvolution聞いてガチ泣きしていたのはこちらの筆者です。

ジオウ、ファイズ編どうなるかと思ったけど普通に好きです。ゲイツくんの「救うさ」からはじまるあれ名セリフすぎるでしょ……。
我が王はバンバン押田くんの近接画像をツイッターに上げてくれるしとても楽しいです。流石は既に風呂を共にしている仲……。
あとたっくんと草加の次は仁藤か~とか思ってたら『王』とか言うすさまじい爆弾投下してきやがりましたね。
絶対やばい(確信)

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