最近戦闘シーン書いて無かったり今後の展開との兼ね合いで切り所さんが見つからなかったりで随分かかりました。けど不定期更新、不定期更新だから安心……(言い訳)
感想評価お気に入り、誤字報告いつもありがとうございます。
9月。夏休みも終わり、帰省していた生徒達も戻ってきたIS学園に2学期がやって来た。まだまだ残暑も厳しく、厳しい授業をするのに向いているとは言い難い気候ではあるが、綿密に組み立てられたカリキュラムにそれは全く関係の無い事である。
まったく、涙が出るじゃねぇか。うだるような暑さの中で俺はむせ返るかのように溜息を漏らした。アリーナの天頂に張られた遮断シールドはあくまで戦闘区域とそれ以外を区分するための物でこの日差しまでは防いではくれない。レーザー射撃とかは防ぐのにな。
そんな事を考えながら眺めているのは、2学期最初の1、2組の合同演習。夏休みという空白期間を経てどれ程のブランクがあるのか――――あるいは、どれだけの腕を身に付けたか――――それを確認するための実戦練習だ。
今戦ってるのは
だがしかし、搭載する武装の性能が似ていても使い方は実際両極端だ。距離を離した途端
ひとえにそれは二次移行を経て更に燃費の悪化した白式のエネルギー消費を配慮してのことだろう。嘗てエネルギー切れでオルコットに負けた事を考えると大した成長だ。
随分と我慢強くなったもんだよ。ああまで粘られると、相手してる方も本当にやりづらくなってくるはずだ。そういやァあのやり方、学年別タッグマッチの時に篠ノ之がデュノアに仕掛けたのとやってる事は似てるな。その辺、一夏も周りを研究してるって事かね。
「あいつら、夏休みに随分頑張ってたが早速成果が出てやがるな。入学当初を考えたら随分強くなったもんだ」
「相変わらず楽しそうでいいな、お前は」
戦場を見上げて呟く俺に、同様に観戦を続けていた織斑千冬が反応する。なぁに言ってんだ、教え子の成長が楽しくない教師なんか居るはずもねえだろうが。そんな思いも口にせず、俺は満面の笑みだけを答えにして再び上空に目を向ける。
いつの間にか二人は距離を詰め、近接距離での格闘戦に移っていた。縦横無尽に振るわれる凰の
「おっと」
その必殺の一撃に対する一夏の対応は、俺をちょっぴり驚かせた。
一夏は崩れた態勢をスラスターを一瞬吹かす事で瞬時に復帰させ、双天牙月の片方を雪片弐型で、もう片方を雪羅によって掴み取る事で防ぎきったのだ。
「すごい! 一夏くん、あの状況から咄嗟にあの攻撃を防ぐなんて!」
その曲芸じみた防御に山田ちゃんが快哉の声を上げる。一夏も上空で『どうだ』と言わんばかりに歯を見せて笑った。……しかし、俺と織斑千冬はその姿に勝負ありだなと溜息を吐く。
次の瞬間双天牙月を手放した凰の掌底が一夏の腹に入った。次に密着からの
俺がそんな分析結果を導いていれば、織斑千冬が面白く無さそうに鼻を鳴らした。
「織斑め、調子に乗ったな。如何に曲芸じみた
「同感っすねぇ。防いだなら防いだで自分が攻撃に回れるような防ぎ方をしねえとこうなっちまうんだよなぁ」
「ほう、中々に言うじゃないか石動。お前ならあの状況でどう防いだ?」
「横から雪片でまとめて弾くのがベストじゃないですかね? 多分返す刀で胴を抜けますよ」
「珍しく意見が合ったな。私も恐らくそうする」
互いにうんうん頷きながら俺達は眼前の戦いの感想を述べ合う。その内にアリーナに居た二人が引っ込んで空きが出来た事を山田ちゃんが確認すると、織斑千冬が最後に残った専用機持ちの二人に視線を向けた。
「さて、次で最後だな。篠ノ之、ラウラ。準備しろ」
「はい」
「了解」
織斑千冬の指示に短く返すと、二人はその場を後にしアリーナへと向かう。……
その光景を目を細めて眺めていれば、織斑千冬が俺の隣に歩み寄ってどこか伺う様に小さく声をかけて来た。
「石動」
「あーい?」
「次の試合、どう見る?」
これまでの付き合いの中で幾度と無く繰り返された問いに、俺はこれ見よがしに肩を竦めて呆れたように笑う。
「えー? またっすかぁ? いい加減、この手の賭けで先手を譲ってる限り俺には勝てないって学習しましょうよ」
「黙れ。二人に稽古をつけているお前の意見が聞きたいだけだ。あまり人をおちょくってるとぶっ飛ばすぞ」
「はっはっは、怖いなぁ……」
俺はその警告に体を振るわせて見せる。確かに、これ以上茶化してたら本当にどこまでぶっ飛ばされるか見当もつかねぇな……。俺は腕を組み、悩まし気に首を傾けた。
「……ま、冗談はともかくとして。この試合、ボーデヴィッヒの勝ちが堅いんじゃあねえですかねえ」
「……意外だな。てっきり篠ノ之に肩入れすると思ったが」
「それはそれ、これはこれって奴ですよ。……どうせ聞かれるんで先に言っちまうと、ずばり燃費の問題っすね。紅椿は白式に並ぶくらいの大飯喰らいでして、あんまり暴れ回るとすぐエネルギー切れになって動けなくなるんですよ。で、ボーデヴィッヒはAICのお陰で物理攻撃にはめっぽう強い。それを抜けるのはエネルギー攻撃で、紅椿にはそれがあるっちゃあるんですが、当然エネルギーはばっちり食います。なら接近戦、ってなりますけどそこでも――」
「AICが致命的に邪魔となるわけだな。それにラウラも接近戦の心得は相当な物だ。……だが、燃費だと? それこそ、<
「使えればの話ですけどね」
「……何?」
眉を
「実は絢爛舞踏、まだ自由に発動できないんですよね。その発動のトリガーを篠ノ之自身が理解できてねぇって言うか……いや、そもそも訓練なんかじゃ使えないようにリミッターでもかけてあんのか……非常時だけじゃなく普段使い出来なきゃ訓練も出来ねえのに、その辺教えてくれなかった束博士には困ったもんですよ」
「なるほど。あれだけの能力だ、普段からおいそれと使える物では無いのかもしれんな…………」
一人納得したように呟く織斑千冬。おいおい、普段から使えないようじゃ俺が困るぜ? 最終的には無造作に使えるレベルになって貰いたいってのが本音なんだが、まだ未知の部分が多い能力だし、長い目で見ていかなきゃいかんか……。ふぅ、と溜息一つ吐いてアリーナに視線を戻せば、今正に紅椿とシュヴァルツェア・レーゲンがピットから飛び立ち、空中で向かいあった所だった。
「さてと、とりあえず奴らのお手並み拝見と行きましょうぜ。俺はボーデヴィッヒの勝ちに缶コーヒー1本。織斑先生は?」
「……今日は賭けをするつもりは無い。だが、お前がラウラを応援するなら私は篠ノ之を応援させてもらおう」
「つれないなぁ……」
珍しく挑発に乗らない織斑千冬には目もくれず、俺は二人の出方を伺った。普段、こうして模擬戦で向かいあった時は大抵一言か二言程度言葉を交わしてから戦い始めるのがよく見る光景なのだが、この日の二人は無言のまま試合開始のブザーと同時に空中で交錯した。
瞬時加速の速度を乗せて振り抜かれた
「……速度や身のこなし、ハイパーセンサーの扱いはほとんど互角か。で、次は力比べかよ」
「それだけで済むとは思えんが――そら見ろ、仕掛けるぞ」
織斑千冬が言うが早いか、ボーデヴィッヒがAICを発動しようと突き出した右腕を空割が弾く。篠ノ之がそのまま返す刃で胴を薙ごうとすれば即座に切り返された右のプラズマブレードがそれを下に逸らし、直後瞬時にプラズマ刃を収納して再度AICによる拘束を狙うボーデヴィッヒの腕を柄頭で篠ノ之がかち上げる。そのまま足を止めた二人の間で、左のプラズマ手刀と雨月の均衡を保たせながらの逆側の腕による格闘戦が幕を開けた。
プラズマ手刀と刀がぶつかり合う音だけがアリーナに響く。本来その高い機動力を特徴とするISの戦闘としてはこれほど一所に留まっての格闘戦は滅多に見られぬもので、観戦していた生徒達も多くがその戦いに身惚れている。だが、何人かの生徒はその様を貪欲な瞳で見つめていた。
「やっぱすげぇな……箒の奴、あんなに腕上げてたなんて。道理で前やった模擬戦で敵わないわけだぜ」
「ラウラもやっぱかなりやるわね。あそこまでプラズマ手刀を巧みに扱うなら、密着距離でも一捻り加えないと負けかねないか」
「それ以上に僕やセシリアみたいな射撃タイプには最初の交錯の後の回避が一番見せられたく無かったけどね。あそこまで死角が無いんじゃ連携とっても厳しいかも」
「…………少なくとも、今の私では勝てる気がしませんわ。何か
その中でも一夏、凰、デュノア、オルコットの四人が並んで、特に真剣な眼差しをアリーナと別視点から戦いの様子を映し出すモニターに注いでいる。当然か、奴らは今まで俺に師事してきた篠ノ之とは違ってあくまで仲間内で技を磨き合ってきた。その結果ここまで差が開いてるとあっちゃ、心中穏やかでは居られないのだろう。
まぁ、そりゃあ
……その時が来たら、俺も惜しまずに力になってやるからよ。
くっくっと先の展望が楽しみでしょうがない俺が喉を鳴らして笑った時、アリーナでの格闘戦に動きがあった。
どちらが焦れて、どちらが均衡を崩したかなどここからでは見えはしないが、格闘戦を続ける横でずっと鍔迫り合っていたプラズマ手刀と雨月が突如反発するように弾かれ、それに引かれて両者の間に僅かに距離が出来る。
ふらつく両者。しかしラウラのアサルトカノンはその中でも正確に稼働し篠ノ之に向かって火を噴く。それを篠ノ之は辛うじてと言った具合に稼働した装甲で弾き、致命的なダメージを寸での所で軽減した。
「展開装甲、マジで厄介だな。折角攻撃が通ってもダメージを最小限に抑えちまうとは……流石に第四世代機ってとこか」
「……お前、時折生徒達に対する評価が自分が戦う前提になるのはどう言う意図だ? 余り褒められたものではないぞ」
「いやぁ、だって俺せめて奴らの在学中ぐらいはデカい顔しておきたいですもん。前の山田ちゃ……山田先生みたいに生徒に実力見せつけられるくらいじゃなきゃ舐められちゃいそうだし。奴らをどう指導していくかにも繋がるんで、その辺手は抜きませんよ」
俺のつぶやきに訝しげな視線を向けた織斑千冬にそれっぽい事を言ってあしらいつつ、俺の目はアリーナに向いたままだ。そちらでは、回避余地の少ない地上でAICとアサルトカノンを凌ぎ続ける余裕を失った篠ノ之が上空へ飛びあがり、それをボーデヴィッヒが追うようにして再び空中戦が開始されている。
だが、篠ノ之の動きから徐々に精彩が失われてきた。気を遣ってはいた様だが、ついにエネルギー残量が誤魔化し切れなくなってきたと言った所か。一方のボーデヴィッヒはプラズマブレードやAICをあれだけ連発しているにも拘らず動きが悪くなる気配は無い。紅椿とは実際対照的――――いや、むしろそれだけ紅椿の燃費が悪いという証明だな。さっさと絢爛舞踏を扱えるように成らねぇと、幾らお前の腕が良くてもどうにもならんぜ?
俺がそんな風な事を考えて笑っていれば、アサルトカノンの砲弾を回避した紅椿のスラスターの光が一瞬不自然に途切れ体勢を崩す。演技じゃあねえな、ついにエネルギー切れが目前か! それを見逃さなかったのはボーデヴィッヒも同じで、更にアサルトカノンを二連射して畳みかける。だが篠ノ之は雨月と空割を外側に振り抜き連続で砲弾を弾き、その曲芸じみた防御に生徒達から歓声が沸き上がった。
――――しかし、その光景を見て両手を突き出したボーデヴィッヒは笑う。その視線の先で、刀を振り抜いた態勢のまま紅椿が停止していた。……決まりか。もがく篠ノ之。しかし両腕の先、恐らく手首辺りをAICに囚われた紅椿に向けてシュヴァルツェア・レーゲンがアサルトカノンの狙いを定める。その様を見届けて、俺は織斑千冬の様子を見に首を巡らせた。
「やっぱ
「石動、眼を離すな」
「へっ?」
織斑千冬の言葉に俺が怪訝な声を上げた瞬間、アサルトカノンの砲撃音。その直後、何かが弾かれたような音が響き、
「は?」
その光景に呆然と間抜けな顔になった俺の眼前をボーデヴィッヒが墜落してゆく。奴はそのまま地上へと叩きつけられ、そこで試合終了のアナウンスが流れた。篠ノ之の勝利。だがその決定的瞬間を見逃した俺は、ただただ驚くばかりであった。
「えっ何? ちょっと、ちょーっと待て。篠ノ之の奴何を……何をしやがった!?」
「……他に手段が無い以上、最後まであがくのも戦士のあり方だが…………まさか成功させるとは」
「えっ見たんですか織斑先生!? よそ見してた俺に教えてください!」
慌てて懇願する俺に織斑千冬はほんの僅かだが口角を上げ鼻を鳴らす。……こいつめ、丁度眼を離してたからって得意げにしやがって。だがこの女の視点からの講釈を聞けるのは有用か。俺はそのまま泣きつくように織斑千冬に縋りつこうとして、繰り出された裏拳を寸での所で回避した。
「ちっ」
「うわ舌打ちしたぞこの人」
愕然とした顔をした俺にうんざりとした顔を見せた織斑千冬は、直後諦めたかのように溜息を吐く。そして少しの間目を瞑って何か思案した後、首を傾け俺に視線を合わせた。
「……お前、どのあたりから余所見をしていた?」
「えー、ボーデヴィッヒが篠ノ之に照準を合わせた辺りっすかねえ」
「そうか」
それだけ聞いて、奴はあっさりとあの瞬間の出来事を語った。
「――――単純な話だ。篠ノ之がアサルトカノンの砲弾を蹴り返したんだよ」
「…………は?」
その言葉に俺は何も言葉を返せなかった。蹴り返しただと? 砲弾を? 万丈か何かかよ? 困惑する俺を他所に、織斑千冬は自身の所見を語り始める。
「流石の私も驚いたぞ。空中に固定された腕を支点に、更には展開装甲を稼働させて脚部の防御力を強化し砲弾を蹴り弾く。そこまでなら防御としてまだ分かるが、まさか反撃として用いそれを成功させてしまうとはな。正道とは言い難いやり方だが……あの場面では紛れもない最適解だろう。お前が教えたのか?」
「いや教えてねえっす。何だそれ。ちょっと後でヒアリングしてみますわ」
そんな風に俺と織斑千冬が話していれば、ピットへの通用口からどこか気まずそうな篠ノ之とむくれたボーデヴィッヒが姿を現した。あまり良くは無い雰囲気で、何事かを話し合っている。俺は織斑千冬の話にも耳を傾けつつ、そっと奴らに向けて聞き耳を立てた。
「…………いや、ラウラ。あれは偶然であってだな……確かに狙いはしたが、まさか上手く行くなんてこれっぽっちも考えてなかったんだ」
「いや、慰めはいらん。運も実力の内と言うが、あれは狙わなければ起きないこと。油断した私の落ち度だ。……嫁よ、私はしばし武者修行という奴に出ようかと思う。日本には『男子、三日会わざれば
「ちょっとそれ
何やら先ほどの試合について話をしている二人に凰が突っかかって行った。その姿に俺は思わず笑いを零す。ボーデヴィッヒの奴の偏った日本知識はますます尖ってやがるなあ。俺も何かおかしなことを教えてみるか…………それはともかく、武者修行で欠席なんて織斑千冬が許さないと思うがね。
そんな事を思って織斑千冬の顔を見ようと視線を向けるが、奴は既に三人の前に立って出席簿をそれぞれ一発ずつ振り下ろしていた。小気味いい音と共に大ダメージを受けた三人はすごすごと自らの位置へと戻ってゆき、その姿を見て奴は不機嫌そうに生徒達の顔を見渡す。するとざわついていた生徒達もあっという間に静かになって、その光景に奴はまた短く鼻を鳴らした。
「ふん……まったく、授業中だと言うのにお前らは…………よし、それでは今回の模擬戦は以上をもって終了とする! 以降はチャイムが鳴るまで専用機持ち各員は自身の機体の整備、それ以外の者、出席番号奇数のものはアリーナの清掃。偶数の者は訓練機の整備に移れ。何か質問のある者は居るか? ………………無いな? 以上だ、解散!」
◆
「……そう言う訳で、俺は篠ノ之にびっくりさせられたまま午前中の授業を終えてきたって訳です。榊原先生の方は午前中なんか面白いことありました?」
熱い醤油ラーメンをすすりながら、俺は真正面に座る榊原先生に尋ねた。
時間は既に12時を過ぎ、食堂は夏休み中には見られなかった活気を完全に取り戻している。久々に食事を共にする生徒達のグループも多いようであちらこちらから聞こえてくる笑い声や話し声は正直騒がしいが、それもまた一つの風情と言えるだろう。そんな喧騒の中で俺は榊原先生とのんびり食事を楽しんでいた。
「うーん。3、4組の演習では別に……。専用機持ってる子はそちらに集中してますし、そんな予想外の出来事なんかもありませんでしたから」
「ふぅん……ま、もしかしたらそっちから専用機持ちが出てくるかもしれませんからねえ。もし何かあったら教えてくださいよ」
…………まぁ、知る限りではそれ程の素質があるような奴があっちに居た覚えは無えがなあ。そんな事を思いながら、俺はラーメンのチャーシューを齧る。
「とりあえず、夏休みを過ぎても皆変わった所も無くて安心しましたよ。つっても夏休み中熱心に訓練してたお陰で、わりと顔見てた奴らも多かったんですけど」
「1組の子達は熱心ですよね……夏休み中の1年生におけるアリーナ使用率も1組が断トツでしたし」
「訓練機から専用機に乗り換えた実例が居ますからねえ、良くも悪くも刺激になってるんでしょうな」
「篠ノ之さんですね。とても努力していたと聞いてます。石動先生も随分と親身になって指導されていたとか」
「その通り! 篠ノ之は俺が育てた……って言いたいトコですけどね。アイツは割とマジで天才ですよ。その内、世界中に名を轟かせるのは間違いない。あ、今の内にサインでも貰っとくかな……」
言って俺はスープに浸してあった海苔を頬張って、その香りとスープの味を同時に楽しんだ。そうしていると榊原先生が通信端末を一度確認して、それからどこか名残惜しそうにして席を立った。
「……すみません、午後の授業の用意があるので私はここで失礼します。また明日もお昼は――」
「ええ、俺はまたこの辺で食ってるんで。良ければまた一緒に」
「は、はい! それでは失礼します!」
「アイ、アイ。そんじゃまた教員室で。
スープに浮かぶ油を眺めながら小さく手を振ると、彼女も控えめに小さく手を振り返して、それから少し慌てた様子で食堂を去って行った。
慌てるようならもっと早く切り上げりゃあいい物を。時間にルーズな女はもてねェぜ? ……ま、俺が言えた義理じゃあねえか。そう思って、俺は一人になったテーブルでくっくと笑う。さて、俺もさっさと飯を食って演習のデータでも確認するかね……。
しかし、俺のそんな思惑はテーブルの向かいに滑り込んできた山田ちゃんの存在によってあっという間にご破算となった。
「どうも石動先生。いつもは購買なのに今日は珍しいですね」
「…………いや、俺も割と食堂で飯食ってますよ。単に山田ちゃんとは時間重なんないだけで」
「あ、そうなんですか……まあそれはいいんですけど、榊原先生は?」
「榊原先生なら授業の用意があるってもう帰っちゃったぜ」
「ふ~ん。そっか、じゃあ食事はご一緒だったんですね? ならいいです」
「何がいいんだ……?」
独りで納得した山田ちゃんに俺は訝しむ視線を向けるも、彼女は何やら思案に入ったようでぶつぶつと何かを呟きながら自身の世界に入っている。
それならそれでいいか。俺は残った麺を啜って早急にこの場を離れるのが最善手と判断する。だが、眼前の山田ちゃんは俺が予想していたよりもはるかに早く顔を上げ、決意したかのような深刻な顔で俺に問いをかけて来た。
「あの、石動先生。一つお聞きしたい事があるんですけど……」
「おお何だい? 答えられる事は誠実に答えるぜ俺は」
内心とは裏腹に親身な顔で言う俺に、山田ちゃんはおずおずと話題を切り出す。
「先日皆でお酒飲みに行った後……榊原先生とはどうでした……?」
「……? どうって、何がだ?」
「ええと……その、何かがですね……あー、とりあえずどう帰ったんですか……?」
「別に、ふつうに駅まで歩いて電車乗って帰っただけだけどなぁ」
「あーもう……榊原先生はどうしてました?」
「俺の隣で寝てたよ」
「隣で寝てた!? 何処でですか!?」
「電車でだが」
「電車の中で!? そんな大胆な! えっいや確かにあんな時間にIS学園行きの車両に乗る人は少ないですけど幾らなんでも公共の場でそれはっ!?」
何事かを捲し立てる山田ちゃん。だがその口は、ぱぁん、という音と共に後ろからの不意打ちによって見事に閉ざされた。
「真耶。公共の場で何を騒いでいるんだお前は」
そこには呆れたような顔で佇む織斑千冬。片手には山田ちゃんを仕留めたと思しき新聞紙を丸めた筒を持ち、もう片方の手はうどんとなみなみと水の入ったコップを乗せたトレイを器用に支えている。奴はそのまま新聞を机の上に放ると山田ちゃんの隣の席に着いた。その横で机に突っ伏す山田ちゃんを見て、俺は思わず笑う。
「おいおい、大丈夫かよ山田ちゃん。あんまり机と抱き合ってるとあらぬ噂が立つぜ?」
「立ちません! 机となんて!!」
俺の発言にがばっと机から身を起こして叫ぶ山田ちゃん。しかしその叫び声の音量はまたしても公共の場で放つべき物ではなく、今度は横薙ぎに振るわれた新聞紙によって椅子から突き落とされ、残念ながら山田ちゃんは俺の視界から消え去ってしまった。
「うっわ~容赦無え~……。織斑先生、流石に他人が酷い目に合うの見るのは心に来るのでその辺で勘弁してやってください」
「今の一撃で打ち止めだ。これ以上やると新聞の方が持たんからな」
「そっすか……」
そのあんまりな物言いに俺が呆れて頬杖を突くと、山田ちゃんがまるで墓場から這い上がるゾンビめいた動きで机の上に復帰して来た。その様を一瞥した織斑千冬はしかしすぐさま興味を失ったようで、うどんの中に七味唐辛子を投入しながら事務的な声色で話し出す。
「ああそうだ……全校集会なんだが、ホームルームが終わったら石動、お前が生徒達を連れて講堂へ向かってくれ。私はその準備があって少し早抜けさせてもらうからな」
「全校集会ねェ。生徒会長の挨拶だって言うが、何事も起きないでくれってのは儚い願いかねぇ山田ちゃん」
「うう…………そんな事、私に聞かれましても…………」
「ははは、マジで大丈夫かよ山田ちゃん。早退でもする?」
「それほどではないですけど……」
痛みに頭を抱える山田ちゃん。その姿に俺はごまかすように笑った。一方、織斑千冬は先ほどとは違い、山田ちゃんに視線をやりながらもほんの僅かにだが躊躇するような表情を見せる。何かあるのか? 俺が疑問を感じた直後、普段よりもほんのちょっと申し訳なさそうに織斑千冬は口を開いた。
「……それよりも真耶。想定以上の大ダメージを与えてしまった所申し訳ないが、お前、こんな所で油を売っている余裕があるのか? 午後の授業の用意は一任していたはずだが」
「あっ」
それを聞いて、未だに先程の一撃から立ち直り切っていなかった山田ちゃんの顔からサッと血の気が引いた。まるでこの世の終わりみたいな顔してやがる。
「すみません失礼します!!!」
言うが早いか山田ちゃんは脱兎の如くその場から駆け出して、次の瞬間勢い余ってすっ転んだ。期待を裏切らねえなあ本ッ当に……。半ば呆れた目でその様を見守る俺と、片手で目を覆って首を振る織斑千冬。そんな俺達の冷たい視線に気付く余裕も無く、山田ちゃんはまた慌てて立ち上がって食堂を後にして行った。
「…………山田ちゃんって、頭いいのに結構迂闊だったり調子乗ったりしますよねぇ。足元見ないし。ま、そう言う所も彼女の魅力だと思うんですけど」
「ああ言う所は直すよう昔から言ってはいるんだが……あそこまで来ると、もう生来の気質なんだろうな……」
互いに彼女が後にした出入り口を眺めながら溜息を吐く。しかし、割と本気で呆れたような顔をしながらも、本当に飽きさせない女だなあと俺は山田ちゃんを改めて高く評価した。その時、織斑千冬が何かを思い出したような顔をして俺に会話を振ってくる。
「……ああ、そういえば石動。生徒会長からの伝言がある。『今日は放課後の予定を空けておくように』、だそうだ」
「放課後って、全校集会とぉ、学園祭での出し物決めですよねえ? その後更になんかあるって事です?」
「私はそこまで聞いてない。だがまぁ、生徒会の手伝いか何かじゃないか? 男手が必要な作業でもあるんだろう」
「うへぇ、めんどくせ……
見え見えの不幸に対してぼやいた俺の眼前を、余りに鋭いチョップが通過した。
「女性に対して言うような言葉では無いな。修正してやろうか」
眼前の織斑千冬が、耐え難いほどの圧力を放って俺の事を睨んでくる。手は未だに手刀の形に引き絞られたままだ。迂闊な事を口走れば強力なチョップ突きが俺の顔面に炸裂する事になるだろう。だが俺はその殺気に対して、いつも通りの誤魔化すような笑みを向けるばかりだ。
「許して下さいよぉ~ほんの出来心だったんですってばぁ」
「ふん。本当にデリカシーの無い男だ。榊原先生が泣くぞ」
「榊原先生が? なんで?」
疑問を浮かべる俺に、奴は先ほどの山田ちゃんに対するような呆れた顔で溜息を吐く。
「ハァ……お前も一夏の同類か……いや、それだけ歳を食ってるのにそのザマとは……呆れて物も言えん」
「いやちょっと待ってくださいよ。何一人で納得して一人で失望してるんですか。流石に失礼ってヤツですぜそりゃあ!」
一夏の同類だぁ?
……何だかよく分からんが、馬鹿にされているのだけは十分に理解できるぜ。確かに俺が人間の感情について不勉強なのは事実だが、そんな態度を取られる謂れは無えだろう……いつか覚えてやがれ。
「……納得行かねえですけど、俺も行きますわ。午前中の篠ノ之の動き、あれをもう一度見直しておきたいんで」
「熱心なのはいいが、午後一番の授業は第四アリーナだ。遅れるなよ」
「りょーかい。そんじゃ一旦失礼しますわ。
それだけ言い残して、俺はテーブルから立ち上がり織斑千冬に背を向ける。……確か、午後一の授業もISを使った演習だったか。第四アリーナ、教員室からはちと距離があるんだよなあ。それに学園祭の出し物決めだ。一夏の存在と今までのパターンから考えると、ロクな話し合いにはならないだろう。久々に耳栓の出番かもしれんね。
――――せめて何事も無けりゃあいいんだがなあ……このクラスに限ってそいつは叶わぬ願いか。もしこの世に神様ってのが居るなら、そいつは俺よりもいい趣味してやがるかもしれないぜ。そう今後の不透明さに俺は一度肩を落とした後、話の間に麺の伸びきっちまったラーメンの
◆
――――その後、午後の授業も基本的につつがなく進行し(昼の直後に一夏の奴が遅刻を決めて制裁を受けたくらいか)、おおむね予定通りに終了した。既にホームルームも終わり、今は俺が先頭に立ち生徒達を引き連れて全校集会へと向かっている。
くそっ、面倒極まりねぇな……今日も早く篠ノ之達に稽古をつけてやりたいんだが。生徒会長が表舞台に出てくるってことは、俺が主導で奴らを教えられる期間もそう長く無い事を示している。完全に俺の手を離れる前に、教えられることは教えておきてえんだ。もう少し待ってはくれんかね。
そんな風に足をホールへと向けつつ俺が唸っていれば、後ろの生徒達はそれぞれ雑談に興じている。まったく呑気な奴らだ。世情からしてもうちょっと緊張感を持ってもいいと俺は思うんだが、所詮学生気分じゃこんなもんか。そう思って溜息を吐いて、俺は生徒達の話に聞き耳を立てた。
「あー、集会めんどくさいねー。寝てていい? 答えは聞いてないけど」
「鏡ちゃん寝る気満々じゃん。アタシも眠りて~!」
「ダメよ、全校集会位しゃっきりして。この後の出し物決めも忙しくなりそうなんだから」
「えー、
「ダメに決まってるでしょう。さ、これで目が覚める?」
「いひゃいいひゃい! つねらないでつねらないで……!」
「……全く。早く切り上げてほしい物だ。私にはまだ訓練が足りんと言うのに……」
「まぁまぁ箒ちゃん。程々にしとかないと体壊しちゃうよ? ……そう言えば生徒会長って僕が来てからは一度も見てないけど、どんな人なのかな?」
「さあな、俺もよく知らねぇ。顔だって見た事無いし」
「
「いや……いつも『多忙により不在』って事でマジで見た事無いんだよな。変な人じゃ無きゃいいけど」
「それで良く学園行事などが回っていたものですわね。上位の者があまり名ばかりと言うのは同じく上に立つ者として感心しませんわ……」
「お前ら~、会場入ったら静かにしろよ~?」
一度振り返って俺が咎めても、奴らの会話が尽きる事は無い。本当に騒がしい奴らだな……いや、この年頃の人間ってのはこう言うもんなのか? いつだか
まあ、俺としては面白ければそれでいいんだが……それでも奴らの教師としては少々心配だぜ。もし戦兎の奴が俺の立場に居てもきっと頭を抱える事だろうよ。
そんな下らん事を考えている内に俺達は大ホールへと到着した。そこには数え切れぬ程の椅子が並べられており、幾人かの教師が生徒達を誘導している。その中には織斑千冬の姿も見えた。……これだけの椅子を並べるなら、早抜けするのもわからんでも無いな。あとはクラス代表の一夏に任せて俺も席に座らせてもらうとしますか。
「さ、一夏ぁ。一年一組は一番端だ。きっちり席に着かせといてくれ。俺は教師の席行くから、後よろしく頼むぜ~」
「了解っす」
俺は一夏にその場を任せて早々に教師陣の席に腰を下ろした。そのまま会場を見渡してあくびを一つ。瞬間後ろからの一閃を受け俺は前列の椅子の背もたれに思いっきり額を強打した。
……痛え。俺は痛む額をさすりながら首を巡らせ攻撃者を視界に捉える。こんな事をしでかす奴はこの学園には一人しかいない。織斑千冬。奴が俺の背後で腕を組み、仏頂面で仁王立ちしてやがった。
「少しは目が覚めたか、石動?」
「…………いや…………気配消して背後からいきなり攻撃してくるのやめてくれませんかね……おかしいでしょ…………どうしてそんな事するんですか?」
「教師が集会の場で堂々と大あくびをするなど言語道断。
「アンタは俺の母親か……? 少しは大目に見てくださいって……」
「…………お前が私の家族など、
「へいへい……了解でございますよ……」
相変わらず上から目線の……いや、実際奴は俺の上司なんだがな。それはそれとしてぶっ叩くばかりが教育じゃあねえだろう。その内、部下へのパワハラで訴えるぞ……まあ、戸籍も何も無い俺に訴えるなんて選択肢はないんだがな。そう俺が少しうんざりしている内に、続々と集まった生徒達で会場は満員となった。俺の周囲にも続々と教師が着席してゆく。
「で、何で俺の隣に座るんすかね?」
「居眠りでもしたら叩き起こしてやろうと思ってな」
「永遠の眠りにつくんでダメです」
俺の返答に織斑千冬はフンと鼻を鳴らして舞台へと視線を向けた。その様を見て俺は歯噛みする。織斑千冬め、俺をいじめるのがそんなに楽しいか? まさかこれほど陰湿な女だったとは思わなかったぜ……! ああ、一刻も早くこの場からおさらばしたい所だ。生徒会長殿もさっさと始めてくれねえもんかね……。
織斑千冬同様舞台に視線を向け、俺は姿の見えぬ更識楯無に対して恨みの念をぶつける。すると、その思いが通じたのか舞台袖から姉の方の
「静粛に。皆様、お集まり頂きありがとうございます。本日は学園祭に関しての連絡を幾つか生徒会長よりさせていただきます。しばらくの間ご清聴下さいませ」
端的に言って奴はまた一礼した。そして、袖から現れた一人の女生徒の歩みを妨げぬよう脇に避ける。現れた女は知らぬ顔ではない。更識楯無。一夏の言っていた通りならこれが初公務って所か。だが奴はこれだけの生徒達の注目を浴びながらも動揺や緊張した様子は無い。寧ろ楽しんでいるようにすら見える。流石に最強を自称するだけはあるって事か? 随分場慣れしてやがるぜ。
そう俺が分析していると、奴はマイクの前に立ち一礼。そしてスタンドからマイクを手に取って笑顔であいさつした。
「やあ皆、お疲れさま。今日は放課後の貴重な時間をありがとう。今年はいろいろと立て込んでいて、今まで挨拶できなくて悪かったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長として、今学期から本格的に生徒会長としての責務を果たさせてもらうよ。以後、よろしくね」
言い切った奴はにっこりと微笑みを生徒達に向けた。すると生徒達のあちらこちらからどこか熱っぽいため息が漏れる。単純な奴らだ。そんな思いを抱いて俺が目を細めると、更識楯無はそうとは知らず本題について語り始めた。
「さて、それじゃあ学園祭についてだけれど。皆は学園祭での各部活の催し物、それに対する投票の結果によって、上位の部活には生徒会から特別助成金が出る事は知っているね? それについて、今回はもう一つ特別な報酬を用意したから、今日はそれを発表させてもらうよ」
言って奴は手に持っている閉じられた扇子をビッと、まるで
ほう、中々のエンターテイナーだな。悪くねえ、一体その特別報酬とやらは何だ? 奴の思惑通りと解ってはいるが、俺はその演出に大きな期待を持って身を乗り出し、織斑千冬に肘で小突かれて姿勢を直させられる。クソッ、白ける事するなよ。僅かな苛立ちと共に奴に恨み言を一つでも言ってやろうとした瞬間、更識楯無が今度は横に扇子を振り、それとともに巨大な空間投影ディスプレイが奴の頭上に展開される。
「名付けてぇ……『各部対抗、織斑一夏争奪戦』!!」
奴が扇子を音を立てて開くと同時に、織斑一夏の写真がディスプレイに投影された。その瞬間、俺の手はポケットの中の耳栓に伸びる。だがそれよりも早く、生徒達からの大歓声が上がった。
「え、ええええええええええええ――――!?!?!?」
鼓膜を
目を向けると、叫び終えた生徒達が皆一夏の方に視線を向けている。奴自身はぽかんとしていて、未だに状況を理解しきれていないようだ。いや、これは、多分今までで一番面倒くさい事になるな? ……ご愁傷様だぜ、一夏。せめてその末路で俺を楽しませてくれ……。
「今年はいろいろあって各部活の資金は潤沢だし、今まで通り助成金だけじゃ芸がないと思ってね。それに織斑君も部活を決めかねていた様だし……折角だから、一般のお客様からの人気投票によって頂点に輝いた部活に彼を入部させることに決定したの!」
再度の雄叫び。その威力に俺の内臓までが震える。少しは加減しやがれ……! あまりの騒ぎに俺はどうしようも無くうんざりするが、行事に対する生徒達のこの熱自体は好ましく思う。
また騒がしい日々が始まりそうだぜ……! 既に幾人かの生徒達が決意を新たにし一夏に鋭い視線を向けているのを見て俺は笑う。こりゃあ忙しくなるな! 俺も楽しく観戦させてもらうとするか!
「それともう一つ」
ん?
「もう一人、教師にも未だにどこの部活にも一切参加していない人がいましたっけね」
その言葉を聞いて俺は背筋に悪寒を感じた。いつの間にか奴の視線――――いや、何人もの視線が俺に向けられている。おい、オイオイオイ。待て、更識楯無、お前まさか――――!!
「と言う訳で、もう一つの特別報酬……!」
奴が扇子を閉じる。その死刑宣告めいた音と共にディスプレイの画像が更新され、そこには楽しげにラーメンを啜る俺の姿が映し出された。
「来賓者からの投票による評価がもっとも高かった部活動には、石動先生を強制的に参加させましょう!」
してやったり、と言った笑顔で宣言する更識楯無。それに対して、今度の生徒達からは先ほどの様な歓声は上がらない。だが俺は幾人かの生徒からの殺気の籠った視線を間違いなく感じていた。嘘だろ。俺はこれからさらに忙しくなる。小娘共のお遊びなんかに付き合ってる暇なんざ無えぞ!
「まあ、皆部活には顧問の先生が居るでしょうけれど、男手というか、労働力としてだけでも十二分に役立つはずよ。あ、当然だけど両方の投票で一位を取れば両者はその部活に送り込むわ。頂点目指しての、皆の頑張りを期待します」
「ちょっと待てえ!!!」
ガタッと音を立てて俺は椅子から立ち上がった。次の瞬間織斑千冬に肩を掴まれ強制的に着席させられるが即座にまた立ち上がる。そのまま俺は更識楯無に対して鋭く人差し指を向けた。
「聞いてれば好き勝手に話進めやがって! 生徒の一夏はともかく俺は教師! いろいろやる事だってあって忙しいんだ!!」
「でも他の先生方もそれは同じですよね?」
ぐっ。更識楯無の返しに俺は息を飲む。どう切り抜ける? 考えろ。この事態はイレギュラーだ、だがもし部活に入った所で俺自身の敗北に繋がるわけでは無い。だからと言って今は力を蓄える時、奴らの面倒を見ている時間は流石に惜しい。しかし話の流れは奴が握っている。それをどう覆すか……!
だが俺が名案を思いつくより早く、奴はまるで皆を納得させるかの様にうんうんと首を縦に振り、したり顔で語り始めた。
「まあ、石動先生の物言いも一理ありますね。これで本当に忙しかったりして業務に支障が出ても困りますし、ご本人のご意向を無視するのも悪いし……もし今週中までに石動先生自身が身のふり方をお決めになられるのであれば、この件は帳消しにするわ」
にっこりと笑って言う奴に俺は一瞬安堵した。そう、一瞬だけだ。今週中? 身の振り方? 不穏な単語に俺は冷や汗を流す。そいつはつまり――――
「だから皆、『勧誘』するなら今週中に頑張ってね♪」
瞬間、先程より遥かに多くの生徒達からの視線が俺に浴びせかけられた。待て待て、『勧誘』だと? それはつまり、一夏争奪戦に先んじて俺に対する『勧誘合戦』の幕が上がる事を意味する。さらにこの方式だと通常の部活動だけではなく、正式な顧問を得て部活動への格上げを狙う各研究会からも強く狙われる事になるだろう。俺への視線が一気に増えたのがその証左だ。
なんて事してくれやがったんだこの野郎! 俺が強い抗議の念を込めた視線を送るも、奴はそれに気づいた様子すら無い。
「あ、そうだ。言い忘れたけど『勧誘』するなら放課後だけにしてね。お昼休みとかに騒がれちゃあたまらないし、普段の学業を疎かにする様な人達は即失格にするからそのつもりで。……今日の所はそれくらいかな。じゃあ虚、あとはお願い」
「はい。以上、生徒会長からでした。以降は各クラス、教室に戻って学園祭での出し物決めを行ってください。それが終了した組からクラス担任の指示に従って今日の授業は終わりとします。以上です。本日はご清聴、ありがとうございました」
万雷の拍手! 頭を下げる布仏と笑顔で手を振る更識楯無に対して生徒達はまるで何かを崇めるかのごとく歓声を上げる。凄まじい人心掌握だ。まあ、生徒達の誰も彼もが欲しがってた一夏をああやって手の届く所に置いて見せたんだ。その反応は尋常じゃあねえ。かなりのやり手だとは思っていたが、これほどとはな……。俺は奴に対しての警戒を新たにした。
だがそれよりも、今はやる事がある! 俺は一年一組の生徒達の方へ向け振り返り、今の自身に可能な限りの声を振り絞って、叫んだ。
「篠ノ之ォ、ボーデヴィッヒィ!! 今日の訓練は中止!! お前ら各自で自主練してろ!!
「石動!?」
「石動先生!?」
周囲に止められるよりも早く俺はその場を飛び出そうとした。ふざけるな。こんな騒動に巻き込まれちゃあたまらねえ! だが俺の逃走は五歩目にして手刀を脳天に喰らい床に叩きつけられた事で失敗に終わった。言うまでも無く、織斑千冬の仕業だ。俺を見下ろして奴は疲れたように溜息を吐く。
「全く……油断も隙もない奴だな。山田先生、生徒達を連れて戻っていてください。石動は後で私が引きずって行きますので」
「あ、はい……じゃあ皆さん、教室に戻りましょう! 慌てず、騒がず、押さないでくださいね!」
織斑千冬の指示を受けた山田ちゃんによって生徒達が退出し、後には俺と織斑千冬を含めた幾人かの教師だけが残される。俺は眼前の織斑千冬を下から睨みつけた。だが、奴は呆れたような顔で変わらず俺を見下ろすばかり。
クソッ……! 人間と言う奴はどいつもこいつも…………いや、違うか。更識楯無。この状況を生み出したのは奴に他ならん。面白い奴だと思えば、次の瞬間には俺にとって面倒極まりない手を撃ってくる。織斑千冬に並んで、現状この世界で一番面倒な相手かもしれねえ。しばらくは泳がせてやるが、奴にはいつか必ず地獄を味わわせてやる……!
そう俺が己の内側で怒りを循環させていると、織斑千冬が俺の上着をむんずと掴んで立ち上がらせた。皺になるからやめろよ。そう言いたくもあったが、今の俺にそこまでの元気はない。そんな状態でも、俺は脳細胞をトップギアで回転させている。ひとまず、今後の傾向と対策――――まずは、今日の放課後をいかにして逃げ延びるか。今週中に部活を一体どうするかと言う二点をひたすらに考えていた。
だがしかし、俺なんぞを本気で欲しがる奴らなんて居るのかねえ? 確かにさっきは視線を感じていたが、ただ物珍しさからじゃあなかろうか。それほど頼られるような人間を演じていたつもりも無えし…………ま、それも今日の放課後には明らかになる事か。
しかし部活動か……時間を取られたくない以上関わらないのがベストで今までもそうしてきたが、ついにそううまくは行かなくなったか。更識楯無の奴は俺の自由時間を削りたいと見える。小賢しい奴だ。だが奴が俺の隙を突いて来ていて、それに対応する策が無いのも事実だ。
結局のところ、勧誘された中から、ある程度マシな部活を選んで身を置くしかねえのかねえ……部活動と言う物に関しては全くのノータッチだったからな。知識も経験も足りん。
とりあえずは今後あるだろう強烈な『勧誘』を上手い事切り抜ける事か…………はぁ。随分と忙しくなっちまいそうだ。それでも、『うまくやる』しかねえんだけどな。
そこまで考えた俺は、これからの一週間ひどい逃走と闘争の日々を送る事を直感的に理解し、人間の感情を得て初めて、強く不安と言う物を噛みしめるのだった。
狙ってはいたけど当たると思ってなかった攻撃が当たって自分が一番びっくりするって事ありません? 自分はゲームとかしてると割とありますあります(自分語り)
久々にIS戦書いたりIS特有のトラブルに巻き込まれるエボルトが書けたりして楽しかったけど、本当に時間かかったなあ……。そろそろ亡国機業登場もあるし、ペースを上げて行きたい(書くのが早くなるとは言ってない)
ジオウ、本当に面白いですね……! 次は鎧武編、本当に鎧武だけかな……?
毎週楽しみです。平ジェネフォーエバーの予告編も公開されたし、随分濃厚な年末になりそうです。