星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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被勧誘パート、約16000字です。

ずいぶんお待たせしました。分割するんだったら待ってくれてる方もいるし前半部分だけでも投げた方がいい事に気が付いて初投稿です。分割についてのご意見くれた方、助かりました。

投稿前に確認したらお気に入り2000件こえてました、数字だけ見ると現実感ないけど、多分しばらくしたら喜びにのたうち回ると思います。
それを初めとして多くのご意見ご感想や評価、誤字報告、いつもありがとうございます。

相変わらずの気分屋な更新となると思いますが、これからも楽しんでいただければ幸いです。


明日へのエスケープ

 

「……と言う訳で、一組の出し物は喫茶店って事になりました」

 

 放課後、教員室。全校集会が終わり教室に戻った俺は、そこで行われたクラス会議を経て決定した事項を伝えるため、こうして千冬姉の元へとやってきていた。

 

「ふぅむ。まあ、妥当と言った所だな」

 

 言って、千冬姉は俺の差し出した書類を受け取りしばし眺めた後、さらさらとそこに自身のサインを加えてゆく。

 

「ここには『喫茶店』としか書かれていないが、本当にこれだけか? お前達の事だ、どうせただの喫茶店で終わらせる訳でもないだろう?」

「……あー、なんて言うか、コスプレ……とりあえず、なんか衣装を着てやるつもりみたいです、ハイ」

 

 書類に目を走らせた千冬姉の問いに、俺は言い淀みながら答えた。そもそもこの出し物に決まったのも、他の案が俺とツイスターゲームだとか何とかわけわかんないのばっか出た中で唯一真っ当な方向性を持っていたからだ。ラウラの奴には割とマジ感謝するしかねえ。結局俺もコスプレか何かやらされそうだが、一人で体張らされるよりずっとマシだろう。

 

 後、俺は厨房仕事も一通りできるしな。それにお客さんに料理を振る舞えるってんでちょっとうずうずしている自分が居るのも事実。そういう所を含めて、俺もこの案に賛成していたのだった。

 

「立案者は誰だ? 田島か、リアーデか、それとも岸原や鏡あたりか? 奴らにしては大人し気に思えるが」

「ラウラです」

 

 俺の返答に、千冬姉はちょっとだけきょとんとして呆けたような顔を見せた後、少し考え込むような、複雑な顔になった。

 

「ボーデヴィッヒが? ……そうか、誰か変な知識でも教え込んだな? 奴め、日本に来て随分変わった――――いや、染まったというべきか。喜ぶべきか複雑だな」

「俺的には助かりましたけどね。他にいい案が出なくて……」

「ふむ。まあ、クラスでそう決まったのなら構わんさ。草案としては割と現実的だしな。……とりあえず、この書類のコピーを取ってきてくれ。コピー機の使い方くらいわかるだろう?」

「了解」

 

 俺は返された書類を受け取り、教員室の中心にあるコピー機へと足を向ける。だがその前に聞いておきたい事を思い出した俺は、踵を返して千冬姉に声をかけた。

 

「あ、そう言えば一ついいっすか?」

「何だ?」

「あの……さっきの集会で生徒会長さんが『一般のお客様からの人気投票で一番の部活に俺を入部させる』とか言ってたじゃないすか。あれマジなんすか?」

「知らん」

 

 一言で俺の質問をバッサリ切り捨てる千冬姉に俺はがっくりと肩を落とした。その様子をちらりと横目で見て、千冬姉は淡々と説明を始める。

 

「生徒会長には我々教師とはまた別の権限が与えられている。だがまあ、その権限の中で言えば不可能な話では無いな。なんにせよ、今まで部活を決めるのを先延ばしにしていたお前が悪い。諦めて腹をくくる事だ…………だが一つだけ訂正させてもらうと、一般の客とアイツが言ったのは語弊がある。IS学園の学園祭にはそもそも一般人は参加できんからな。恐らく、生徒や職員に配布される参加チケットでの来訪者の事を指しているんだろう」

「へえ~……」

 

 千冬姉の説明を聞いて、俺は中途半端な相槌を返す事しか出来なかった。こりゃ事だ。今までのツケが回ってきたって事かよ……いや、でもずっと訓練とか自主練に忙しかったし、これからその時間が削られるのも嫌だしどうにか無しって事にしてもらえねえかなあ……。俺としては、そんな事より一刻も早く強くなりてえところなんだけど。近頃は石動先生に鍛えられた箒に置いてかれてる感がすげえしな……って。

 

「そう言えば、石動先生は? まだ戻って無いんですか?」

「奴なら逃げた。脱兎の如くな」

 

 姿の無い石動先生について尋ねると、途端に千冬姉は苦虫でも噛み潰したような表情になって忌々しそうに言った。その姿に俺はちょっと後ずさる。

 

「全く……普段は訓練やら終業の時間ギリギリまで怠けているくせに、こういう時だけ矢鱈(やたら)手が早い……奴の現金さにはほとほと呆れるよ」

「ハハハ……大変っすね……」

 

 明らかに機嫌を損ね始めた千冬姉を前に立ち続ける度胸も無く、俺はさっさとコピーを取ってその場を立ち去る事にした。

 

「はい、コピーっす」

「ああ。では、これが申請書だ。こちらが機材、こちらが食材。それと、喫茶と言う事は料理なども出すんだろう? こっちが部屋の申請書だ。調理に使う部屋は早めに確保しておけよ。他の組と使用予定が重なるといろいろと面倒だからな。ほれ」

「了解っす」

 

 俺は幾枚もの書類を受け取り、その記入事項の多さにぎょっとする。こりゃ、ちょっとのんびりしてる暇無えな? 訓練とかの兼ね合いもあるし、早く皆と話をすり合わせとかねえと……!

 

「提出期限は学園祭当日の一週間前だ。万が一にも遅れるなよ」

「……うっす。じゃあ、俺はこれで! 失礼します……」

「ちょっと待った」

「えっ?」

 

 一睨みして釘を刺した千冬姉に俺は思わず背筋を張って答え、出入り口のドアへと向かおうとした。しかしその背中を千冬姉が呼びとめる。振り向けば、割と真剣な顔をした千冬姉が腕を組んで溜息を吐いた。

 

「一つ言い忘れたが……石動の奴がやりたがるだろうが、奴を絶対厨房に入れるな。食中毒騒ぎにでもなったら学園祭どころでは無いからな……」

「……ずっと不思議に思ってたんすけど、そんなにヤバいんすか?」

「そんなにだ。特にコーヒー周りにだけは何があっても触らせるな。下手をすれば死人が出かねん」

「う、うっす。気を付けます。そんじゃあ俺はこの辺で……」

「ああ、引き留めて悪かったな」

 

 そう言って、千冬姉は視線を机に向けて仕事に戻る。一方俺は話している内にどんどん不機嫌になっていった千冬姉に恐れをなして、速足で出口へと向かった。

 

 ……相変わらず、すげえ威圧感だ。慣れっこっちゃ慣れっこなんだけど、それでも普通に怖い時がある事に変わりは無い。でも、抜き身のナイフみたいだった中学とかの頃と比べれば随分落ち着いたって感じだ。

 

 だけど最近はまた今までのそれとはちょっと違う。張りつめた威圧感を放っている。……やっぱ、今年はトラブル続きだったもんな。それに、無人ISの送り主やら<ブラッド>やら<スターク>と言った未だに解決していない問題もいくつかある。さっさと強くなんなきゃ、千冬姉も安心させてやれねえな。そう思いつつ、ドアを開けて外に出る。

 

「やあ」

 

 そこには、一人の女子生徒が――――今日の全校集会で、いきなり俺の事を景品に仕立て上げた、IS学園の生徒会長こと更識楯無(さらしきたてなし)が満面の笑みを浮かべて待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハァッ……! ここまで追いつめられるとは、俺も歳を取ったか……! 油断ならぬ強敵だった……!」

 

 俺は目の前に横たわる古代ローマ剣闘士の恰好をしたコスプレ研究会会長を見下ろしながら、満身創痍で悪態を着いた。

 

 先ほどの生徒会長の発表の(のち)織斑千冬に捕まった俺は、順当に教員室で書類整理をさせられる事になったがなりふり構わず最速でこれを処理。一刻も早く生徒達の目を盗んで自室へと戻ろうとしていた。

 

 だが俺を自身の部活や研究会に引き入れようと画策する一部の生徒達、その数はともかく、熱意を俺は随分と甘く見積もっていた様だぜ……。その結果、予想を遥かに上回る襲撃タイミングの早さに随分と体力を削られちまった。俺は重くのしかかる疲労を堪えながらも、特別消耗させてくれた下手人であるコスプレ研究会会長の持っていた小盾を奪い取ってすぐにこの場を離れる。

 

 さぁて……これからどうするかねえ。一刻も早く部屋に帰りてえ所だが、放課後に入ってそう経っていない今でも既に数組の襲撃者が来てるって事は…………恐らく、俺の部屋周辺はとっくに固められちまってるだろう。だったら、どこかで下校時刻まで凌ぎきるしかねえ。

 

 流石に下校時刻を過ぎてまで俺に襲い掛かるのは校則的に言ってルール違反だろ。だから、下校時刻を越えて校内に留まるなら俺は『教師』として然るべき対応を取る事が出来る。ったく、こうも不自由を強いられるのもルールによってなら、そこで武器になるのもやはりルールか。難しいもんだぜ。

 

「石動先生、覚悟ォ!」

「はいはい」

 

 いろいろと今後の立ち回りを思案しながら、俺は曲がり角から襲い掛かってきた生徒の薙刀を小盾で受け流(パリィ)して、その勢いで大きく体勢を崩した相手の薙刀に手を伸ばし引っ手繰る様に奪い取る。そしてそのままの勢いで足元を掬って転倒させると俺は尻餅を付いた生徒の眼前にその切っ先を突きつけ、半ば脅すように言った。

 

「俺の勝ちだな。また明日来いよ。もし今日また来たらこの薙刀ちゃんがえらい目見るからな?」

「くっ……!」

 

 自身の得物を突きつけられ、うめき声を漏らす生徒。タイの色からして二年生か。まあ名前も知らんが。そのまま特に興味も無く、薙刀と小盾を持ったままその場を去ろうと切っ先を引いた俺は、そこで一つ疑問を抱いて座り込む生徒の前にしゃがみこんだ。

 

「なあ、良ければ動機聞かせてくれねえ? そしたら薙刀返してやるからさ」

「…………剣道部に大型新人(篠ノ之箒)が入って、薙刀部にも話題が欲しかったんです……! ただでさえ剣道に比べて認知度低いのに……」

「あー、去年の全国優勝者なあ、そりゃ話題性がある…………まあ、何だ。頑張れよ……」

 

 悔しげに唇を噛む薙刀部の肩を軽く叩いて、俺は薙刀とついでに小盾をそいつに向けて放り出し足早にその場を後にした。

 

 ……誰も彼にも、いろいろ理由があるモンだなァ。そう言うのを知るのもなかなか面白いかもしれねえが……いや、今はそう欲張る時じゃあねえ。隠れる場所のアテはある、とりあえずそこにたどり着くのが先決だな。

 

 そう思って俺は階段を踊り場まで一気に跳躍して飛び降り、着地の衝撃で全身に割とダメージを受けてその場で一瞬(うずくま)るも、すぐさま復帰して今度は一段飛ばしで駆け降りてゆく。

 やっぱ体の性能は今まで使ったモノの中では一番低いな……ま、元宇宙飛行士の石動に正義のヒーローとして長らく実戦を経験した戦兎、俺の半身である万丈なんかと一般人の肉体を比べちゃいけねえか。

 

 実際の所、俺自身の、エボルトとしての力を使えばそれなりの身体能力は出せるんだが……それは非常時だけと決めている。流石に正体の隠匿(いんとく)が最大のアドバンテージとなっている今、万が一にも俺の正体に繋がる要素を見せる訳には行かねえからな……。

 

「いたぞ! ……生徒会長じゃない、石動先生だ! どちらにしろ、ここで仕留めるぞ!」

 

 溌剌(はつらつ)とした声を聞き首を向ければ、そこにはそれぞれの武装を固めた生徒達が幾人も待ち構えている。どうやら先回りされたか……それなりに騒いでたからな、仕方ねえ。俺は首を傾け、取り繕った笑顔で生徒達に向き直る。

 

「おっと皆さんお揃いで…………って、なんか皆殺気立ってねえか? そんな怖い顔せずにさ、どうだ? 穏便な話し合いで解決ってのは」

「……話し合い、ですか?」

 

 大真面目に、かつ気楽に提案した俺の言葉に奴らが訝し気に身構えるのを感じる。……そもそも、俺を勧誘するのにどいつもこいつもまず俺を打ち倒してから事に入ろうとするのは何故だ。アレか? これも女尊男卑の一側面ってヤツか? 男に頭を下げるのが気に入らないから、実力で物にしたって形を取りたいって感じの。

 

 そうだ、多分それだな。一年一組の奴らは割とそういう雰囲気が薄いからすっかり忘れちまいそうになるが、世の中の男性は一般的に女性の下に見られて、割と理不尽な行為もまかり通っているらしい。

 

 勘弁して欲しいモンだぜ! 他人がそうなるのを眺めるのは大歓迎だが、俺自身に害が及ぶのは看過できねえ。だからと言って実力で黙らせるのはこの場での最善手じゃあない。とにかく、穏便に、上手い感じに誤魔化して解決と行こう。幸いにも、奴ら皆俺の話を聞くくらいの理性はあるみたいだしな。

 

「……ああ、仲良くやろうぜ。あんまり暴力とか、俺そういうの好きじゃあないんだ。とりあえず……そうだな、カフェにでも行こうぜ。みーんなまとめて、じっくり話聞いてやるからさ」

 

 手を広げ笑顔で俺が提案すると、生徒達の幾人かが武器を下ろし思案する様子を見せる。いいぞ、この調子だな! さてさて、他の奴らも上手い事懐柔するのに何かいいアイデアはっと……ああ、丁度いい。あのボトルを試すにはもってこいのタイミングだな!

 

「そうだ! 折角だし、お前らには俺がコーヒーとケーキを振る舞ってやるよ! 最近はコーヒーだけじゃなくケーキ作りにも嵌っててな……コーヒーと違って、割と普通に食えるもんが出来てると思うんで皆ちょっと試して…………んん?」

 

 そこまで言い終えて俺は気づく。武器を下ろし、穏健な雰囲気を見せていた幾人かが、明らかに剣呑な殺気を漂わせ、憤怒に満ち満ちた眼差しで俺の顔を見据えているのを。

 

「……あの、なあ、俺なんか悪い事言った?」

「石動先生、それマジで言ってますか? ……貴方は前もそう言って、無知な私達にクッソまずい新作コーヒーを飲ませやがったじゃあないですかっ!!!」

 

 最前列に居た生徒が俺を指差し、声を張り上げて叫ぶ。その言に俺は一瞬で事情を理解し、閃いた瞬間の勢いそのままに後先考えずに言った。

 

「ああ! お前らもしかして、俺が前いろんな所で振る舞ってた新ブレンドの試飲経験者かァ! つか直球にまずいっての傷つくからやめろ」

「知るか! 私達の心はもうとっくにメチャクチャですよ!!!」

 

 俺の言葉を半ば涙目になりながら生徒の一人が一蹴する。これはヤバイ。俺の一言が火をつけたか、先程まで穏健さを伺わせていた生徒の何人かも武器を構え臨戦態勢に突入してやがる! 最早言い訳も許されない状況だ。幸いなのは、ここに居る全員が俺の被害者ではないらしいって事か……何人か、この凄まじい怒りの渦を困惑しっぱなしの奴もいる。

 

「そっかー、そういう事だったかー……なあ、その点は悪かった! だから今日は見逃して? なっ?」

 

 無駄だと思いつつも、手を合わせて平謝りする俺。案の定彼女らの熱気は更にヒートアップし、ついに堪忍袋の緒が切れたか、一人の西洋甲冑を纏った生徒が怒り心頭と言った顔で歩みだして叫ぶ。

 

「ダメだこの男……やはり天誅を食らわせねば! 一番槍は頂く! ついでに、我らが西洋甲冑格闘研究会の部活動昇格の為にも…………覚悟しろ!!」

 

 宣言と共にガシャガシャと音を立て、甲冑を着込んでいるとは思えない速度でその生徒が突っ込んで来た。俺はそれを見て、まるで狼狽しているかの様に数歩跳び下がり距離を取って身構え、慌てたふりをして見せる。

 

「ちょっと待て! 俺は今回本当に悪かったと思ってる! それと歳が歳なんであんまり重い鎧着て動き回る部活はNGだ! 考え直せ!」

「問答無用!!」

 

 気合一閃、明らかに生身の人間に向けるものとは思えない両刃の長剣の横薙ぎ。それを冷静に滑り込むように回避してから、俺は爪先でその軸足を薙ぎ払った。

 

「きゃーっ!?」

 

 そのまま甲冑女は廊下を派手な音を立ててすっ転ぶ。だがしかし俺に挑むだけはあるか、すぐさまうつ伏せの状態から近くに転がった剣を握りしめ起き上がろうと試みた。だがそこまで。その背中を踏みつけた俺の重みに、そいつはジタバタと足掻くのが限界となった。

 

 ――――んー、やっぱ、人間を足蹴にするのは気分がいい。特にこう、必死に頑張ってる姿を見るのは最高だな!

 

 そんな思いはおくびにも出さず、俺は軽く甲冑女に体重をかけながら俺は皆に笑いかける。奴らも目の前で文字通り一蹴されたその姿に二の足を踏んで攻めあぐねているようだ。さて、どうしたもんだか……。

 

「くそっ、脚が長い……!」

「イケてるだろォ? ま、それはそうとあんまり刃物は人に向けんでくれ。下手したら取り返しのつかん事になってたからなあ~」

「ハリボテです! 我が研究会はすごい安全に考慮してます!」

「はっはっは、そうか、そりゃすまん」

 

 言いつつ、ぐりぐりとその背中を踏みにじって足元の女の体力を削って行く。その顔はやはり結構な無理をしていたと見え、残暑の熱も相まって汗がだらだらと滴り始めていた。

 

「よぉし、じゃあ次はどいつだァ? 俺、こう言う事するのは正直心苦しいんだが……逃がしてくれないとあっちゃあ、しょうがねえよなァ?」

 

 そう言ってにやりと笑うと、堰を切ったように何人もの生徒が一度に襲い掛かって来る。一人ずつじゃ無理と悟ったか! それは間違いなく正しい判断だが――――

 

「――――俺とやるには足らねえなァッ!」

 

 そう言って、俺は足元の甲冑女を後方に蹴り転がしつつ両手を広げて迎撃態勢を取った。もはや穏便な解決は不可能! ならば――――実力行使と行こうじゃあねえか!

 

「銃剣術研究会! 参る!」

 

 先頭の女によって気合と共に突き出された銃剣。それを俺は半身になって回避し、その先端と手元に手を添えて、一気に引っぱりながらかち上げた。

 

「うっそぉ!?」

 

 その勢いで銃剣を放り出され驚愕した生徒の手首を掴んでそのまま甲冑女の上に引き倒し、次の生徒に応じる。

 

「もらったァ!」

 

 次に迫るはヘッドギアとボクシンググローブを身に付けた女。ボクシング部か、悪く無いフットワークだ。しかし俺の反応速度には及ばない。拳を構え突進してくるボクサーに対して俺は容赦なくローキックを腿に叩き込み足を殺すと、痛みに力を失った手首をまた掴み取って銃剣女の上に放り投げた。

 

「うぎゃーっ!」

「次だァ! どんどん来な!」

「クソッ、覚悟ぉ!」

 

 破れかぶれと言った様子で突っ込んでくる竹刀を持った生徒……剣道部員かよ! 流石に部活でまで篠ノ之の面倒を見るのは御免だな。そんな事を考えつつも、振り下ろされた竹刀を合掌するように白刃取りしてあっさりと奪い取った俺はその額を小突いて尻餅を付かせ、それをちょっと見下ろしてから、竹刀を後ろに積み重なった生徒達の上に放り投げて無力化した。

 

「こんなもんか……さて、次はお前か?」

 

 一人だけ集団の前に踏みだしていた生徒。そいつは一瞬怯えたように後ずさったが、それも一瞬の事。キッと意を決した顔になって俺の前に立ち、凄まじい速度でのお辞儀を繰りだした。

 

「すみません美術部です! 部員達からの要望で高身長の男性モデルが欲しいのでお願いします! 毎回おやつも付けますので!」

「えっ? …………あー、週一なら良いぜ」

本当(マジ)ですか!?」

「あ、ああ。細かい条件は後でまた詳しくな。…………他の奴ら、来ないなら俺は行くぜ? Ciao(チャオ)!」

 

 最後の最後で穏便に事を済ませた俺は、折り重なった生徒達を尻目にその場から逃げ去る。――――どいつもこいつも、ハザードレベルは1.5以下。普通の人間だ。わざわざ相手する理由も薄かったな。……まあ、無事に切り抜けられたんだ、今回はそれで良しとしよう。

 

 だがしかし、こいつは難儀だな……これからしばらくの間、こんな日々を送るってのは絶対に御免だぜ。とりあえず余計な乱入の無え所で今後の事を思案するとするか……この辺に居たらまたいつ襲撃されるかもわからねえからな。

 

 そう俺は僅かな失望と確かな安心感を得て渡り廊下を駆け抜ける。向かうは整備棟。来訪者が少なく、かつある程度信頼が置け、何より部活動に殆ど関わっていない奴――――更識簪。奴の居るであろう第七整備室へと、俺は迷わず向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 放課後の、第七整備室。そこで<打鉄弐式(うちがねにしき)>の開発を続けていた私は、なにやら騒がしい物音に気づいて顔を上げた。

 

 今日の作業の進み具合はそこそこ。全体的な重量バランスの計算がそこそこ上手く行って、フレームの調整がかなり進んだところだ。そんな事もあって大分機嫌が良かったのだが、外をドタドタと走り回る人々の足音に顔を顰める。

 

 こんな日に、何かあったのだろうか。いや、確かに姉さんが発表した学園祭での報酬で、他の生徒達が随分沸き立っていたのは知っているけれど。でも、そこまでうるさくなる程の事だろうか?

 

 確かに石動先生はフレンドリーで話の分かるいい人だし、勧誘したくなるのもわからないでも無い。でも…………いや、そもそもそれが理由でうるさくなっているとは限らない。どうにも気になって、真っ当な理由でなければ静かにしてもらおうと考えた私は、少し外の様子を伺おうと部屋のロックを解除して扉の前まで歩み寄る。その時だった。

 

「更識ィ! 俺だ! 匿ってくれ!」

「きゃあっ!?」

 

 勢い良く開かれたドアから飛び込んできた石動先生の迫力に驚いた私は、後ずさろうとして思いっきり尻餅を付いた。

 

「ああ。悪い。立てるか?」

「どうも……」

 

 その姿を見て、唐突にクールダウンして手を差し伸べる石動先生。その手を取った私を引っ張り上げると、今度は思い出したかのように慌てて扉を閉めて必死に机の影へと滑り込んだ。

 

「更識ぃ! 悪い鍵閉めてくれ! 俺追われてるんだよ! 皆に!」

「皆に?」

「いいから! 頼むから閉めてくれほんと!」

「はぁ……」

 

 一体何があったのだろう。困惑しながらも言われるがままにドアを閉じロックをかけて、そこでようやく私は気づく。

 

 ――――これ、巻き込まれてない?

 

「あの、石動先生……」

「いやー助かった! 更識! お前のお陰で何とか切り抜けられそうだ! ありがとうなァ! やっぱ持つべきものは友人とは、昔の人はいい事言うもんだぜ!」

「あっ……はい、どういたしまして……」

 

 抗議しようとした私の声も、嬉しそうに礼を言う石動先生の剣幕に押されて小さくなってしまった。……ダメだ、流石にあからさまに事情がある人を見捨てるのは、ヒーロー好きとしては選べない選択肢だ……! しかし、これからどうしよう。石動先生がここに居るのを受け入れる以上、そこから生まれる危険もどうにかしなきゃいけない。巻き込まれるのは、御免なんだけど……。

 

 その時、閉じられたドアをコン、コンと、誰かがノックする音が聞こえ、私と石動先生は揃って凍り付いた。

 

「すみませーん、整備課の沢神(さわがみ)です。点検なんですけど、入れてもらっていいですか~?」

 

 点検? そう言えば、もうそんな時間か。でも、普段より全然早いような……不審に思って石動先生に目を向ければ、必死に手を交差して×のマークをアピールしている。

 

「あの、えっと……すみません、まだ来ないかと思って……片づけるんで……少し、待っていただけますか……?」

「はーい、手早くお願いします~」

 

 ドアの向こうから聞こえる朗らかな声。それとは裏腹に、石動先生は音を立てぬよう、しかし慌てながらこちらに駆け寄って来た。その表情には窮地に立たされたことへの焦りがありありと現れている。

 

「更識……! この部屋、他に出口とかないのか……!? 追いつめられちまってるぞ……!」

「私に言われましても……と言うか、本当に点検の可能性も……」

「いやいや……! 明らかに五人ぐらいドアの前に居るぞ……! 気配感じるだろ……!」

 

 言われて意識を研ぎ澄ませてみれば、かすかな衣擦れの音や、何かを小声で話し合っている声が僅かに聞こえる。……姉さんなら、こんな事しなくてもすぐに人数まで把握してしまうのだろうけど、私には無理だ。更識の名を背負う姉との実力差をこんな所で痛感して、思わず私は歯噛みした。その時、再び外から声がかかる。

 

「更識さーん? ()()も忙しいのでー……もう開けちゃいますよ?」

 

 まずい! 慌てて振り向き、いっそ部屋の扉を塞いでしまうかと機材を手に持つ私。一方の石動先生は何故か机の影から立ち上がると、こちらに背を向け、何やら懐を漁り始めていた。

 

「くそっ、背に腹は代えられねェか……! 更識! ちょっと十秒くらい向こう向いて、耳塞いでてくれ! 絶対こっち見るなよ!」

 

 苦々しい石動先生の声に私が顔を背けると、カチャカチャと何かを振るような音が数秒続き、直後石動先生の気配が急に希薄になり静かになった。一体何をしたのか、気になった私が十秒を数え終え眼を開くと、そこには変わらぬ光景の整備室が広がっているだけで、何処にも石動先生の姿を見つける事は出来ない。

 

「……石動先生?」

 

 そう私が訝しんだ瞬間ドアのロックが外部から解除され、勢いよく扉が開け放たれた。そこから特殊部隊の如き姿をした完全武装の生徒が五人飛び込んでくる。その先頭の人物――――整備課の沢神さんが私の目の前に駆け寄り、手に持った物騒な銃を此方に向けて来た。

 

「動くな! サバイバルゲーム同好会だ! ……あれー? 石動先生は?」

「えっ、えっと……何の事やら……」

「そっかー。ごめんね、少し調べさせてもらうよ~…………皆、始めろ」

Yes,ma'am(了解)!」

 

 両手を上げ観念した私の目を暫く見つめた後、沢神さんはあっさり興味を失ったらしく、私を尻目に他の生徒と共に部屋の中の捜索を始めた。皆、統率された動きで機材の影や机の裏などをきっちり調べ上げてゆくが、唐突に消えた石動先生を見つける事は皆出来ず、そう時間も経たずに広くもない部屋の中を右往左往し始める。その重苦しい雰囲気に耐えかね、私は近くの生徒に向けて声を掛けた。

 

「あの、それ本物ですか……?」

「あ、いえいえ。エアガンですよ。ちゃんと弾速測定も通してあり、かなり安全です。弾も抜いてあるし……まあ、さっき隊長が銃口向けちゃってたんですけど、あの人ノリを重視するタイプなんで。ちょっと大目に……」

「おい、話してないで探せ。出口は無いし、どこかに居るはずだ」

「申し訳ありません!」

 

 咎められ、すぐさま捜索に戻る生徒。だが、いくら探しても石動先生の姿は無い。居たはずなのに、何処にも居ない。一体、何をどうしたのか。私が目を閉じている間に外へ? いや、入り口は固められていたはず。だったらこの部屋の中に居るはずなんだけれど………………。

 

 首を傾げても、石動先生がどこに行ったかなど皆目見当もつかない。虱潰しに捜索に当たっていた周囲の生徒達もそれは同様のようで、さっきから一度探したはずの場所をそれぞれが代わる代わる確認している有様だ。……その内、彼女達も居ないと諦めたのか、調べるのをやめ入り口に居た沢神さんの元へと集まって来る。

 

「隊長! くまなく調べましたが、石動先生どころかネズミ一匹発見できません!」

「……逃げられたか? もしそうなら、見事な引き際だな……」

「下校時刻も近いですし……隊長、追撃しますか?」

 

 その提案に沢神さんはほんの少し悩むように顎に手をやった後、ちらと私の方を一度見てから少し諦め気味に答えた。

 

「慌てるな……まだ逃げられたとも限らんだろう。この部屋では見つけられなかったが、そう遠くには行っていないはずだ。どうやって包囲から抜け出したかは些か疑問だが……インタビュー(尋問)している時間も無い。行くぞ」

Yes,ma'am(了解)!」

 

 隊長、もとい沢神さんの一声に素早く反応した生徒達が一斉に部屋から退出してゆく。

 

「……更識さん、ごめんなさい、お邪魔しました。点検は問題無しってことで。じゃあねー!」

 

 そうにこやかに言い残して、沢神さんもさっさと部屋から出て行ってしまった。この場に残されたのは、私だけ。どうやら嵐は過ぎ去ったようだ。その事実に安心して、私は一度気の抜けた溜息を吐く。

 

「行ったみてえだな」

「きゃあっ!?」

 

 突然背後からかけられた声に慌てて私が飛び退くと、そこには石動先生が訝しげな顔をして腕を組んで立っていた。

 

「い、石動先生、一体何処から」

「んんー? 秘密だよ秘密。とりあえず、奴らは行ったみたいだな。お陰様で助かったぜ~更識~!」

 

 至極当然な私の疑問をあっさりとはぐらかすと、ようやく安心したと言わんばかりに石動先生は空いていた椅子に腰掛ける。どうやら、何処に隠れていたのかを教えてくれるつもりは無いらしい。

 

 ――――騒動に巻き込んでくれたんだから、それくらい教えてくれてもいいのに。

 

 そんな私の不満に気づかなかったのか、無視しているのか、石動先生は興味深げにディスプレイを眺めるばかり。その態度に追及を諦めた私は、またディスプレイの前の椅子に座って作業の続き、今日の分の最後のまとめを始めるのだった。

 

「………………」

「………………なあ」

「……何ですか?」

「いや、結構作業進んだみたいだな、と思ってよ」

「解るんですか?」

 

 前後逆に椅子に座って背もたれの上に寝そべるようにこちらを見る石動先生は、私の問いに心外とばかりにムッとした顔をする。そしてやり場のない思いを発散するようにくるくると椅子を回転させると、その顔とは裏腹な気楽な口調で私の問いに答えた。

 

「まあ、俺もこの学園の教師だ。一通りの知識は入れてある。見たとこ、素体の重量バランス回りがかなり進展してるように見えるぜ」

「……ええ、その通りです。もっとも、武装を搭載した後のバランスがあるので……あとでまた同じような計算を繰り返すんですけど……」

「うえっ、やーな話だな」

 

 言われなくても、この作業の煩雑(はんざつ)さは良く分かっている。でも、やらなければならない作業だ。実際必要な作業であるし、何より、姉さんもこの作業を実際にこなしたはずなのだから。

 

「……まあ、仕方ないです。実際、それは必要不可欠な計算ですから……」

「最初っからその辺視野に入れて作れないのか?」

「武装だけを作る、と言うなら元からあるデータをやりくりして作れるんですけど……この機体は完全な新造機ですから……こっちも一から、新しく作らないと……」

「新しく作る、ねえ…………」

 

 私の言葉に何か思う所があるのか、ボソリと呟きまたくるくると椅子を使って回り始める石動先生。そう思って眺めていると、突然石動先生は回転を止めて勢い良く立ち上がった。

 

「その手があったか!」

 

 これだ、と言わんばかりの満面の笑みを浮かべ立ち上がった石動先生の姿に、私はまた何かに巻き込まれる予感――――否、確信を得て、思わずとても渋い顔になったのが自分でも良く分かった。

 

「……あの……石動先生?」

「更識、ちょっと教員室に付き合ってくれ!」

 

 有無を言わせぬ勢いで距離を詰めてくる石動先生に私は無意識に椅子を転がして距離を取るが、あっという間に壁際に追いつめられてしまった。明かりを背に受け陰になった石動先生の顔はとても邪悪に見える。その威圧感に、私はしどろもどろになりながら、何とか拒絶の意志を示そうとした。

 

「えっと、あの、私今日は帰ってレーザーXの続きをですね……」

「いやいや、この状況を打開するいい案思いついたんだよ! 悪いようにはしねえし、アニメ見る時間は確保してやるから! ハッハッハ……! なんか、これなら行ける気がするぜ!」

 

 そう言って邪悪に笑う石動先生に私は抗い続けることも出来ず、結局石動先生の言う通り教員室へと連れ出される事になり、部屋の掃除を終えた後心うきうきといった様子の石動先生の後を着いてゆく。一体、何をするつもりなのか……その不安にちょっとお腹の調子を悪くしながら、とぼとぼと着いてゆくのであった。

 

 

 

 

 

 

「あの、えっと。それで……これは何ですか、石動先生」

「部活動――――いや、研究会? 同好会か。その設立に関する書類ですよ!」

「ああ~、なるほど…………」

 

 生徒達の強烈な勧誘を切り抜け切った俺は、渋々と言った様子の更識を連れ、教員室の榊原先生の元を訪れていた。

 

 本当なら、織斑千冬に話を通すのが筋ってもんなんだろうが――――奴はどうやら用事があるとかで、仕事が終わった後さっさと学園を離れちまったらしい。……ま、奴がいない間に既成事実を作っちまうのも悪いプランじゃあねえか。後が怖いが、この現状を長々と続けるわけにもいかねえしな。善は急げなんて言うし、さっさと終わらせちまうのが一番得だろう。

 

「まあ、とにかくです。俺と更識の二人で『IS学園アニメ同好会』を設立させてもらいたいって事ですよ。会員は俺と更識。この人数なら教師が所属してても同好会のままで、複雑な手続きとか要りませんでしたよね?」

「ええっと、まあそうですけど……」

「やったぜ! そう言う訳で、外部の教師の承認が要るんで書類の確認お願いします!」

「あ、はい。ちょっと待っててくださいね」

 

 言って、書類のコピーを取るために一旦その場を後にする榊原先生。俺は割と肯定的なその反応に気を良くして、自身の椅子を引いて腰掛ける。そのまま更識にも空いている椅子に座るよう促すが、奴はそれを固辞して俺の横で立ったままだ。

 

 真面目だねェ。そんな感想を抱いた俺に、更識の奴が声をかけてくる。

 

「あの、石動先生。アニメ同好会って……」

 

 気まずそうに言う更識の口から出たのは、俺の想定通りの質問だ。……悪いなァ、お前が押しに弱いのはこの付き合いでもそこそこに解ってる。数少ない、同一の趣味の話が出来る俺に対してならなおさらだろう。だからここは強引に行かせてもらう。ちょっとだけ悪い気はするがなァ……これも俺の為だ、諦めてくれ。

 

「おう、好きだろ? アニメ。俺も好きだし、折角だし…………何より、これ以上あんな『勧誘』されるのは御免だし……まあ、凄ェ緩くやるつもりだから…………頼む! 人助けだと思って名前だけ貸してくれ! お前の開発の邪魔はしねえから!」

 

 そんな内心などおくびにも出さずに白々しく頭を下げる俺に、更識は諦めたように溜息を吐く。そうして、行き場の無い思いを飲みこむように沈黙した。

 

 …………流石に強引すぎたか? だがまあ、こいつもアニメは嫌いじゃねえんだ。困っている同好の士の頼みを断るような奴でも無い。そういう所は『ヒーロー』様様だな。ありがたい。

 

 そんな事を思いつつ時間を潰していれば、コピーを取り終えた榊原先生が戻ってきた。俺はにこやかな笑みで彼女を出迎える。

 

「どうすか、榊原先生。不備とか無かったです?」

「……………………あっ、ええはい無いです無いです! とりあえず今日はもう下校時刻前なので…………」

「りょーかい。明日って事ね。不備も無いし大丈夫だろ?」

「はい、判子も押しましたので、あとは提出だけです」

「よかったー! これであの勧誘ともおさらばだー! 更識、ありがとな。これで学園内でアニメ見れるぞ」

 

 そう言って更識の方を見れば、奴はちょっと真剣な顔で――――アニメの話をする時の様な、普段の彼女からは想像もつかぬ切れ味鋭い口調で言った。

 

「それ本当ですか? ありがとうございます」

「オイオイ感謝するのは俺の方さ。つーわけで、明日レーザーXの十二話一緒に見ようぜ! クリスマス回らしいからな、楽しみなんだよ」

「えっ…………すみません、クリスマス回はちょっと……」

「……? つれねえなあ……ま、いいや。後で感想聞かせてやるから、楽しみにしといてくれ」

「ええ、それはもう……!」

 

 ――――何だか、こいつ嫌な笑顔してやがるな。くしゃっとなる笑みとも違う、何かよからぬ喜びを感じている顔だ。……まあ良し! 細かい事はどうでもいい。これで当面の問題の一つは解決したし、更に意図していた形とは違うが更識を手元に置く事が出来た。これで随分とこいつへの干渉もやりやすくなる。残念だったなあ……これは俺が一歩リードじゃあねえの、生徒会長殿?

 

 俺はこの場に居ない更識楯無(さらしきたてなし)が不機嫌になる様を想像して、くっくとあくどい笑みを零した。その時教員室のドアが開き、誰かがこちらに迫ってくる。

 

「ああ、石動先生、こちらにいらっしゃいましたか」

「んん?」

 

 その声に反応して椅子を回転させて向き直ると、そこに居たのは生徒会長の側近。ええと、布仏(のほとけ)――――姉の方だ。こんな所に一体どうした? それに、口ぶりからして俺の事を探していたと見える。まさか、また何かろくでもないこと考えてやがるのかあの生徒会長は!

 

 俺がその可能性に懸念を感じていると、布仏姉はそれに気づく事も無く更識の方に向き直って形式ばった礼をした。

 

「お久しぶりです。本音(ほんね)がいつもお世話になっております」

「いえ……こちらこそ、姉がお世話になっております……」

「いえいえ、お嬢様が私の手を煩わせることなど滅多にありません。本音こそ、迷惑をかけてはいませんか?」

「いえ、本音は別にそういうのは……」

「そうですか、でしたらよかったです」

 

 何やらよく分からない会話を交わす二人。その中に幾つか気になる部分を見出して、俺はその意味を推理し始めた。

 

 お嬢様ってのは前にも聞いたな。やっぱ、生徒会長と布仏姉は何らかの主従関係にあるのか。そんで、会話の内容からするに更識にも布仏妹が(あて)がわれている――――って事だろう。それが何を意味するのかは、流石に今は分からん。情報不足だ。

 

 ま、大方家族ぐるみの付き合いがあるとか、そんな所だろう。主従関係まで出来るのがただの家族付き合いだとは到底思えないが、それは後で暴いていけばいい。俺はそこまで考え終えると、立ち上がって布仏姉に声を掛けた。

 

「……よぉ、布仏。俺に何か用かい?」

「ええ、会長がお呼びです。第二訓練場に来てほしい、と」

「訓練場?」

「はい。何でも訓練をするので、見に来てほしいと」

 

 ……訓練だと? 自分から手の内を明かそうってのか? 流石にそこまで迂闊な女には――――ああ、もしかして、俺が勧誘を捌いてる間に一夏とかに接触したのか? なるほど、それならこのタイミングでの呼び出しも頷ける。二学期から指導に入るって言ってたし…………それで俺の放課後を生徒達使って拘束してたんだな。くそっ、そもそもあの勧誘を受けてた時点で負けてたって事じゃあねえか! やってくれたなァ……!

 

「…………まあ、分かった。学園祭の賞品うんたらかんたらで文句も言ってやりたかったしな、すぐ行くって伝えといてくれ」

「はい、解りました。ではご案内します」

「必要ないって。あそこはいつも使ってたんだ。そいつは今更って奴だぜ」

「失礼致しました。それでは私はこれで……」

「ちょっと待った」

 

 俺は背を向け去ろうとする布仏姉を呼び止め、意趣返しだと言わんばかりに、にやりと悪どい笑みを浮かべながら言った。

 

「それとあいつに、もう一つ伝えといてくれ。『俺は部活決まったから、俺を賞品にする話は無しだ』ってな。頼んだぜ」

「……畏まりました。では」

 

 小さく一礼して、今度こそ立ち去る布仏姉。その姿を見送ってから、俺は腕を組んで小さく笑った。……あの生徒会長なら、その報告を受けて手を緩めるような事はしないだろう。俺の予想が正しければ、今後は一夏達の訓練にかこつけて俺の時間を拘束してくるはずだ。だが、それはそれで俺には大きいメリットがある。一夏達の成長を調整しつつ、生徒会長自身を逆に監視する事が可能だ。

 

 相互監視、と言えば聞こえはいいが、実際の所俺の隠蔽はかなりの精度、隙なんか殆ど無い。……だからこそ奴も、こうして綱渡りめいたギリギリの距離感で接して来ているんだろうが、今回は俺の方が一枚上手だな。だがしかし、中々楽しませてもらったぜ……! やっぱ、予想通りのいい対戦相手みたいだな、お前は。

 

「うし、じゃあな更識、俺は行くわ。気をつけて帰れよ」

「あ、はい。ではまた」

 

 此度の駆け引きに十分な手応えを得た俺は更識に一声かけると、そのまま教員室を後にしようとする。しかしその俺を、慌てたように追いかけて来た榊原先生が引き留めた。

 

「ちょっと待ってください石動先生、忘れ物です! ……篠ノ之さんから預かってたんですが、渡す機会が無くて……」

 

 そう言って彼女が渡してきたのは、何時だか篠ノ之達の訓練の時にアリーナに置いてきたマトリョーシカ人形だ。盗聴器があからさまに仕込んであったんで放置してきたんだが、奴めキッチリと届けてくれていたらしい。

 

「あ~……何処に行ったかと心配してたんですよ! こいつが無いせいで、いろいろ不運に襲われてたからなあ! 助かりましたぜ……!」

「いえ、お礼は篠ノ之さんに……」

「ああ、それもそうだ! すいませんお手数かけて! じゃあ俺は失礼します!」

 

 ……ま、流石にもう電池も切れてるだろ。俺は榊原先生からそれをひょいと受け取ると、雑にポケットにねじ込んでから、改めて教員室を後にするのだった。

 

 

 




後半部分もそう遠く無く投げるんで少しだけお待ちを。
最新映画のネタバレとかは……活動報告の方にでも投げていただければ助かります。
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