星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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お待たせしました。学園祭パートその一、22000字です。
ルパパトの終わりとかジオウⅡとかいろいろあったせいで長引いて遅くなりました。でも不定期更新だからゆるして……。

感想評価お気に入り誤字報告、いつもいつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただければ幸いです。


スクールフェス、開戦

『そこだァーッ!!』

『ナイスよ一夏くん! でもそこで止まらない! そのまま瞬時加速(イグニッション・ブースト)の用意をしたまま荷電粒子砲で9時方向のバルーンを撃ちつつシューター・フローの機動! そこから円状制御飛翔(サークル・ロンド)に繋げながら高度を50まで上昇!』

『こうすかァ!?』

『そうそう上出来! そのまま左回転して瞬時(イグニッ)……あっ』

『えっ何ギャーッ!?』

 

 悲鳴と共に、白式(びゃくしき)がハズレの青バルーンに接触してバルーンが破裂。その衝撃で盛大に一夏は吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。その様を見て隣の石動が楽しげに笑い、私は額に手をやり溜息を吐く。

 

 時は次第に秋模様も深まって来た十月初頭。ついに眼前に迫った学園祭の開催を目の前にして、私は石動と共に一夏達の訓練を眺めていた。

 

「一夏の奴、盛大に吹っ飛ばされたなぁ~。途中まで上手く行ってただけに残念無念、って感じっすねえ」

「……お前、実は楽しんでるだけだろう?」

「そんな事ありませんよ~。俺は何時だってあいつらの訓練には真剣です!」

 

 笑いながら言う石動に疑惑の目を向けた後、私は空に視線を戻す。今行われているのは『高度マニュアル総合訓練』。俗にIS操縦者の中級者と上級者の壁とされている訓練の一つだ。

 

 目標である敵を示す赤いバルーンとハズレである味方判定の青いバルーン、ついでに障害物である黄色いバルーンが混在する中を飛行しつつ赤いバルーンを制限時間内にどれだけ破壊できるかを試すこの訓練は、飛行精度や射撃力、それ以上に認識力及び状況判断能力を強く要求される。本来であれば、IS学園の一年生が手を出すような物では無いのだが――――

 

「――――意外と、様になってきているな」

「おっ、織斑先生もそう思います?」

 

 私の独り言を聞いて、まるで自分の事のように笑顔を浮かべて石動がこちらを覗き込んできた。それに私は眉を顰め、距離を取るように体を仰け反らせる。

 

「顔が近い」

「そう邪険にしなさんなって~! ま、それは置いといて、あいつらの成長ぶりには目を見張るもんがありますよね! やっぱ教える奴の腕が違うって事っすかねえ~」

「それはお前ではなく、更識の手腕だろうに」

「う゛っ」

 

 自慢げに笑っていた石動の表情が、私の一言によって屈辱に歪められた。その様を見て私は呆れたようにまた溜息を吐く。

 

「お前が今までやって来た訓練はどれも実戦形式の物だったとラウラから聞いている。それだけでは確かに場数は踏めるだろうが、明確に技術を学べるわけじゃあない。その点、奴らにしっかりと段階を踏んで鍛える事の出来る更識は師として最適な人物だったと言う訳だな。当然それもお前と皆が基礎をしっかりと鍛えてきたからこそなのだろうが……」

「いやぁ……織斑先生には敵わねえですね……」

「事実を言ったまでだ」

 

 フン、と鼻を鳴らす私に、愛想笑いを浮かべた奴は姿勢を正してまた空を見上げる。だが、空中に先程落ちた一夏はまだ戻ってきておらず、無数のバルーンがふよふよと漂っているだけであった。

 

「……休憩すかね」

「そのようだな」

 

 それを見て一息つく石動に答えを返し、私も堅い椅子の背もたれに体を預け伸びをする。……しかし、一夏を初めとして皆私の知らぬ間にそこそこ腕を上げているようだ。この時期の一年生の授業では模擬戦を除いてあくまで基礎技術の習得がメインになるからな……ああ、丁度いい機会だし、こいつ(石動)の見解でも聞いてみるとしよう。今日は一夏以外の皆の動きを見れていない事だしな。

 

「……ところで石動。お前から見て、どうだ? 皆の成長具合は」

「んん? ああ、Very Good(メッチャ良い)! あいつらの成長力には流石の俺もビックリ仰天、って感じです!」

 

 拳銃めいて両手の人差し指を向ける石動、その笑顔に対して私は白い目を向け詳しい話を要求する。それを早くも察したのか、石動は苦笑いをしてから皆の成長具合について語り始めた。

 

「……一夏は見ての通りかなり頑張ってますけど、他の皆も相当なもんですよ。篠ノ之は紅椿(あかつばき)の改修が終わってマニュアル操作の訓練に入りましたし、ボーデヴィッヒはますます総合力を鍛えてます。オルコットは状況判断能力に磨きをかけて、デュノアは近接戦能力を集中して底上げしてますね。ああ、それに(ファン)はフィジカル面が既にタフ過ぎるんでちょっと別メニューっすわ。何でも戦術研究だとかで、生徒会のえーっと布仏(のほとけ)姉が付いてるみたいですぜ」

「ほう。皆、それぞれ良く考えてメニューを組んであるようだな……で、どこまでが更識の提案だ?」

「なんか勘違いしてるみたいですけど俺はあくまでアドバイザーでメインで教えるのはそもそも生徒会長ですからね? ……まぁ正直、凰にはフィジカル鍛えまくって行けるとこまで行ってほしかったんですけど……」

「優れた肉体も、それを使う頭有ってこそだからな」

「生徒会長と同じ事言いますね。ま、仰る通りと思いますがね」

 

 言い終えて、くくくと楽しげに笑う石動を見て私も合わせるように薄く笑った。奴も言っていた通り、随分と皆成長していると見える。それは全くもって喜ばしい事だ。

 特に篠ノ之とボーデヴィッヒは既に国家代表候補生の中でも上位陣と言えるレベルに手をかけていると考えざるを得ない。特に篠ノ之は、本当に私の後釜として国家代表の座に座るのもそう遠く無いかもしれんな……実際に口に出すと石動が調子に乗りそうなので思うだけに留めるのだが。

 

 そこで少し浮ついた自身を切り替えるように時計に目をやれば、既に17時を過ぎている。……今日の見学はここまでだな。そろそろここを発つとしよう。

 

「さてと……そろそろ時間だな。行くぞ石動」

「えっ? 何かありましたっけこの後? 俺訓練見ていたいんですけど……」

 

 呆けたように返すその顔に、先ほどの愉快な気分はどこへやら。私は思わず眉間に皺を寄せ石動を睨みつけた。

 

「オイ。学園祭に向けた最終の打ち合わせだぞ。昼も話しただろうが」

「あーはいはい! 当然覚えてました。会議室も距離あるし早く行きましょうぜ~」

 

 思い出したかのように言うと、さっさと立ち上がり駆け足でその場を後にする石動。少しは待つ気もないのか? そう思った私は小さく溜息を吐くと、資料の入ったカバンを手に取って、普段通りの足取りで奴を追ってアリーナを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「では、各クラスの使用教室の一覧は以下の通りです。何か質問は?」

 

 理事長のその言葉に会議室は沈黙に包まれる。それを肯定と受け取った彼女は、一度居並ぶ教師達を見渡すと納得したようにその話題を終了させた。その様子を、俺はつまらなそうに机に片肘立て、拳に顔を乗せて聞いている。

 

 いや、つまらなそうじゃあねえな。本当につまらねえ。これだから会議って奴は嫌いなんだ。以前に確認した事の焼き直しばかりで、いつだったかファウストの会議に出席した時に幻徳(げんとく)が下らん事を隅々まで確認していたのを思い出す。

 

 幻徳はなんだかんだで真面目な男だったからな。パンドラボックスの光を浴びてもそれは何ら変わらなかった。俺もそれは人間としての美点なのだろうとは思うが、奴と俺の目的が根本的に異なっていた以上同じだけの熱量を持って会議に臨む事なんてできやしない。お陰で良くどやされてたよ。俺はそれにコーヒーを飲みながら応対してたっけなァ。どうにもそれが奴は気に入らなかったみたいだったがね。

 

 しかし、今日の会議はあれ以上に退屈だな。何か面白い話題でも無えものか…………ほれ見ろ、山田ちゃんなんか目がしょぼしょぼしてるぜ。放って置いたら船をこぎ出しちまうんじゃあねえのか?

 

 そう思って向けた視線の先で、山田ちゃんの脇腹を織斑千冬が小突いて一発で覚醒させるのを見て、俺はちょっと笑いを堪えた。それを誰も気に留めた様子も無く、会議はつつがなく進行してゆく。

 

「それでは明日の招待客について。榊原(さかきばら)先生、お願いします」

「はい」

 

 理事長先生の声に榊原先生が立ち上がって説明を引き継いだ。招待客ねえ。これについてはスケジュール調整やら何やらで正確な参加者が決まっていなかったか、結局今日まで発表される事は無かった。そう言う訳で、今日の議題の中で俺が楽しみにしていた数少ない議題だ。片肘立てていた腕を下ろし、榊原先生に視線を向ける。すると彼女と目が合った。

 

 次の瞬間には彼女は手元の資料へとさっと視線を落としてしまう。ちょっとつまらなそうにしすぎたかね。俺は人間とのコミュニケーションについてちょっと反省しつつ、真剣に話を聞く姿勢へと移った。

 

「で、では明日の招待客なのですが、政府関係者が5名、IS関連企業から15名、その他企業から5名、研究機関から15名、以上計40名の予定……でした」

「でした? 増えたんですか?」

 

 教師の一人が歯切れの悪い言葉尻に疑問の声を上げる。それに榊原先生は少し申し訳なさそうに返答に窮した。なんだ? ちょっと面白そうになってきたぜ?

 

 しかし、そこで俺が笑顔を浮かべるよりも早く織斑千冬が立ち上がる。それだけで少しざわついた会議室の喧騒がぴたりと止んだ。流石に一目置かれてやがるねえ。

 

「それについては私から説明させていただきます。よろしいですか?」

 

 それに反論する者など居るはずも無い。皆黙ってその続きを待っている。それを織斑千冬は確信して一度ペットボトルの水に口を付けると、どこか忌々しげに話し出した。

 

「先日、IS学園からの招待客……政府の関係者を除いた方々の元に脅迫状が届きました」

 

 奴が言い切ると同時に部屋の中央に空間投影ディスプレイが映し出される。そこにはどこにでもあるような紙に、学園祭に出席した場合害を及ぼす旨が普遍的なフォントで印刷されていた。

 

「これを受け、私を中心とした幾人かの教師が招待客の護衛を担当する事になりました。しかし人手も足りず、<S.Brain>社の社長殿を初めとした約半分の招待客に今回の参加を見送っていただく事となっています」

「じゃあ織斑先生とかは本来の業務からは離れるんすね? その穴埋めとかはどうすんすか?」

「少し待て石動、それについては最後に話す。それで、実際の参加者についてですが……」

 

 俺の質問を後回しにして織斑千冬は説明を続ける。相変わらずつれない奴だ…………だが、奴が抜けるって事は、とどのつまり他の教師にそのシワ寄せが来るって事だ。確か奴は1年生の出し物全般の監視役だったから……こっちに回ってこねェ事を祈るぜ。

 

 ちなみに、俺の業務は学園祭の会場の警備――――いや、見回りって事になってる。のんべんだらりと過ごすには丁度いいと思ってたが、なんだかトラブルの匂いがしてきちまったなァ……。ま、ウチのクラスなんか年中トラブル続きだ、今更あいつらが余計なトラブルに巻き込まれても、そっちの方がもはや日常って気もするがねえ。

 

 俺がそんな事を思って小さく笑っている間に、織斑千冬は次々と参加者の名前を述べてゆく。正直、興味も無い。むしろ俺が興味を持っているのはその脅迫した側の相手だ。正直、IS学園に対していい感情を持ってない奴なんて星の数ほどいるだろうしなあ…………世の男性諸君とかにとっちゃ女尊男卑の象徴みたいな見られ方をする事もあるし、逆に女尊男卑に肯定的な女性たちの中でも過激な一部からはそこに一夏が入った事で抗議って事が幾度かあった。

 

 割と生徒達は表向き友好的に接してくれるから忘れがちになるが、ここはむしろ女尊男卑が一般的な世界だ。外部から入ってきた人間にいちゃもん付けられる可能性もある。何たって俺は轡木(くつわぎ)の爺さんとかと違って教師としてこの場に居るからな。『男が女に物を教えるなんて何様のつもりだ!』なんて言われたりしたら面倒だ。あんまり一般客の多い所には行かねえようにするかねえ……。

 

「――――IS装備関連企業『みつるぎ』の渉外担当、巻上礼子(まきがみれいこ)氏。以上20名が今回の学園祭に参加頂ける方々となります。しかしこの人数に絞ってもそれぞれにマンツーマンで着くほどの余裕はありませんので、招待客自身で護衛を用意していただくか、あるいは我々と共に班行動での見学となるか……その条件を飲んで頂いております」

「会場の警備に関してはどうなるんですか?」

「予定していた人員に加え、警察等から警戒の為の人員が派遣される事になっています。彼らの配置、連絡手段については今書類を回します」

 

 ふぅん。まあ別に構わねえか。自分の身は自分で守ってもらうのが一番だ。それに、IS学園として脅迫に屈していない姿をアピールできれば十分だろう。つっても、招待客を減らしたなんてバレたらそれはそれでとやかく言われちまいそうだけどな……。だが実際に客に危害が加えられるよりはマシか。なんたって学園の招待客なんて文字通りのVIP揃いなんだからよ。民間人が傷つくよりももっと大事になっちまうからなぁ。

 

「他に質問は? ……無いようですね。では、榊原先生、当日の人員配置についてお願いします」

「あ、はい。ではまず見周り班からですが――――」

 

 ――――その後も会議は問題なく進行し、俺達は万全の準備をして学園祭当日に臨む事になった。結局、俺も見周りのまんまで助かったぜ。しかし、どの部活やクラスもいろいろ面白そうな事を考えてやがる。さてさてどうなることやら…………俺としては、いい感じにトラブルを見物できればいいんだがね……。

 

 

 

 

 

 

 窓の外、秋模様の深まってきた空に数機のISの編隊が飛行機雲を描く。IS学園、学園祭の盛況は中々の物で、俺は大いに喜びを露わにした。

 

 廊下を行き交うのはほとんどが生徒だ。だが時折、生徒に招待されたと思しき一般人の姿もちらほらと確認できる。一般的に開放されている催しじゃあねえからその数は決して多くは無いが、それでもその光景は少し新鮮だ。……当然、招待客には進入禁止の場所とかも設定されている。その辺に間違って踏み入ったりしないように誘導するのも俺らの仕事だ。

 

「あ、すみません。トイレってどちらにありますか?」

「トイレですか? それならここを真っ直ぐ行って二つ目の階段脇にありますよ。もしそこが混んでいたら階を一つ移動すれば同じ所にトイレがありますんでそちらをご利用ください」

「ありがとうございます……ほら、行くわよ。ちゃんとお礼して」

「ありがと、おじちゃん」

「いえいえ、ごゆっくりどうぞ~」

 

 女の子を連れた母親らしき女性にトイレの場所を案内して、俺はその姿を見送る。……やっぱ、男に対する当たりの強さは人次第って所か。今のは穏便に済んだから良かったが、聞く話じゃ使いっぱしりならまだいい方で、奴隷じみた扱いをされることもあるらしいからな。あんまり一般人の居る所に行くのはやめとくかね。どんな事言われるか分かったもんじゃあねえし。

 

 そう思った俺は、早速部活棟へと足を向けた。まだ学園祭が始まってから1時間足らず。昼の休憩まで2時間ほどもある。その時間内でいかに楽しむか……それも一つの課題だ。俺も自由に見て回れるよう客としてここに来たかったがなあ~。いや、それだと奴らの知り合いとしての立場で愉しめない。あちらを立てればこちらが立たず、か。ままならぬもんだぜ。そんな事を思いながら見かけた自販機で缶コーヒーを購入し、俺はそれを味わいながら部室棟へと足を踏み入れた。

 

「あっ、ウチの部活に入らなかった薄情者の石動先生だ! ……ぶっちゃけ、NGの理由聞かせてくれませんか?」

「んん? そりゃあお前、俺の意志じゃあ無かったしな……つまるところ、全ては生徒会長の責任だ。だから俺は謝らない」

「うへー、そんな薄情者が何やってんですかこんなとこで」

「誰が薄情者だ! 今から見回り行くから覚悟しとけよ!」

「うえっ!? ウチは後回しにして下さいね! それじゃ!」

 

 そう言うと、焦ったようにその生徒は踵を返して走り去ってしまった。ったく。まだ準備してるんなら俺と話してる場合じゃあねえだろうに。そう腕を組みながら呆れつつ、俺は周囲を見渡した。

 

 部室棟にはまだ人の波も押し寄せていないらしく、見かけるのは部活動の衣装を纏った生徒ばかりだ。中には俺に剣呑な視線を向けてくる奴もいる。そりゃそうだ。一瞬大きな盛り上がりを見せた石動惣一争奪戦は俺のアニメ同好会設立によって不完全燃焼のまま幕を閉じた。そのせいで予定の狂った部活もあったみたいで、参加した奴らにも参加しなかった奴らにもいい迷惑だったと我ながら思う。

 

 ま、本命の一夏争奪戦は終わってねェし全ての元凶は生徒会長なんだがな。なので俺は悪く無い。俺は余裕たっぷりに笑みを浮かべ、各部室を覗いてゆく。皆準備万端で客を待ち構えているもんだと思ってたが、中にはまだ大慌てで展示物の調整を行っている奴らも居た。何やってんだかな。そう少し呆れながら進むうちに、大勢の生徒で賑わう部室を俺は見出した。新聞部か……一体何を展示してやがるんだかな……。

 

「邪魔するぜ~」

「あっ、石動先生! ようこそおいでくださいました! 申し訳ありません、この様な部室で……」

「良く分かんねえけど、盛況でいいんじゃないか……? (まゆずみ)の奴は?」

「部長なら既に取材に出てますよ。呼び戻しましょうか?」

「いや、邪魔しちゃ悪い。とりあえず見回りとしてチェックさせてもらうぜ」

「ごゆっくり~」

 

 新聞部の部員と会話を交わして入室した俺は新聞部の展示を見渡した。ここ数年のIS競技会で学園生徒が入賞した際の写真や部員紹介、それぞれの会心の記事などが壁いっぱいに展示されている。だがしかし、客の生徒達が集まっているのはそれとは関係の無い一角だ。その一角に近づいて生徒達ごしに覗いてみれば、そこには声を張り上げる幾人かの新聞部員と大量に用意された写真が置かれていた。

 

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! さあさあ、マジパネェIS学園生徒や教師の生写真! 織斑先生のが売り切れ近いよ! 悩んでる暇無いよ! どんどん買ってってよ!」

「おいおい何やってんだ~? これ許可とってんのかよ~?」

「げっ石動先生じゃん、関わりたくないなあ……」

「おい」

 

 露天めいた売り文句を俺に見咎められたその部員が嫌そうな顔をするのを見て俺は口をとがらせる。その様を見て売り子の生徒は渋い顔をして身を引くが、そこに先程会話を交わした生徒が見かねたとばかりに滑り込んで来た。

 

「おや、石動先生も買っていきますか写真? 織斑先生や山田先生の写真もありますよ~」

「いや要らねえけど……」

「じゃあこれ、とっておきの榊原先生の写真なんですけど……安くしときますよ!」

「いやそれも別に」

「えっ要らないんですか!? うっそ!? なんで!?」

「何で驚くんだ……?」

 

 驚く部員に俺は疑いの目を向けるが、すぐに並べられた写真の方に目を向けた。そこにあるのは俗に人気がある生徒、教師とされる者達の写真だ。成程、取材したはいいけど結局使わなかった写真の処分……って事なのかね。俺には良く分からんが。

 

「しかし、割と色んな生徒の写真売ってんなァ。何に使うんだよ」

「何って……ねぇ? 黛先輩も言ってたけどやっぱデリカシーないですよ先生。そんなんだから先生の写真全然売れないんですよ」

「俺のまであるのかよ!」

 

 驚愕と共に良く見れば、俺の写真も積まれた写真たちの中に紛れていた。しかしどう見ても残り数枚しかない。俺はそれを見て優越感に浸って笑った。

 

「おい、良く見ろよ。俺の写真あとこれっぽっちしかないぜ? 意外と、大人のダンディズムって奴がわかる奴もいるんだな~」

「いや、石動先生の写真10枚しか焼いてないですから」

「おいィ?」

 

 俺の抗議の視線を受けても、そいつは困ったような笑みを崩す事は無い。それどころか肩を竦めて、呆れたような口調で話し始めた。

 

「だって、石動先生のファンクラブ、一応あるにはあるけど会員一ケタですよ? 需要がないんですよ需要が。もっと焼いてほしければ、せめて轡木さんくらいのファンを獲得してから言ってください」

「えっ、俺のファンクラブとかあるのか。って轡木の爺さんより俺のファン少ねえの?」

「そりゃあ轡木さんは癒し系ですから。石動先生は見た目はいいけど言動がね……ま、織斑先生や一夏くんに比べれば微々たる差ですけど」

「……参考までに聞くが、会員が多いファンクラブって、誰のファンクラブだ?」

 

 問う俺の声に、そいつは指を顎に当てて首を傾げる。

 

「えーっと、まず織斑先生のファンクラブが確か100人近かったかな? 次に多いのが篠ノ之さん。その次に多いのがデュノアさん……あ、いや。あそこはデュノアくん派とシャルロットちゃん派の抗争で分裂しちゃって混沌を極めてるからなあ……」

「えっなにそれ怖」

「まあ人気のある人はとことん人気ありますからね。後は一夏くんとか一年生の子の人気が高いですけど、ダリルお姉さまや更識会長も相当ですよ」

「お姉さま、ねぇ……」

 

 その呼び方に何となくこの女の趣味を垣間見た気がしたが、俺は途端にどうでもよくなった。よくよく考えたら、俺にここに留まる理由は無い。誰も彼も期待できるハザードレベルの奴は居ねえし……帰るか。

 

「じゃあ見回りも終わったし、俺はこの辺で帰らせてもらうとするか」

「ちょっと待ってくださいよ! 情報料!」

「えっ金取るのか!?」

「とーぜんじゃないですかァ! タダの売り物なんてこの部屋には一つもありません!」

「くそっ、黛の部下ってだけはある。殊勝さがねえ!」

「いーから、写真どれか買って行ってください!」

「へぇへぇ、分かりましたよお嬢様……」

 

 溜息を吐いた俺は、サッと並べられた写真を見渡してその中から榊原先生の写真を手に取った。

 

「おおっとお目が高い! やっぱり榊原先生なんですねぇ」

「何がだよ……安くしてくれるっつってたでしょうが。ほらさっさと会計頼むぜ」

「はいはい、350円になりま~す」

「もってけドロボー! Ciao(チャーオ)!」

 

 俺は財布を開いてなけなしの小銭を放り投げると、写真を受け取って踵を返した。その背にありがとうございます! と生徒の声がかけられる。しかし俺は振り向かずに手を振って、さっさと部室から撤退した。

 

 ったく。少しひもじくなっちまったなぁ。出店やら何やらで使えるよう少し金を溜めてきたんだが、全くもって余計な出費だぜ。そう独りごちた俺は手に持った写真をジャケットの内ポケットに納め、次の見回り場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、と……」

 

 昼近くの時刻を指し示す時計を見上げて、俺はどこで食事を取るかを思案し始めた。既にいろいろな所を歩き回ったおかげで少しばかり人間の体が空腹を訴えてきている。

 

 朝食ってなかったからなあ、腹減っちまったよ。こう言う行事の日というのは生徒達に輪をかけて教師たちは忙しく、お陰でロクに飯を食う暇さえありゃしない。今回は織斑千冬らが要人の護衛で本来の職務を離れているせいで俺達のスケジュールも随分とタイトなもんになっちまったし、メシを食う時間自体がそう長くないんだ。そう言う訳で、今日の俺のメニューは購買で買っておいたタマゴサンドが一つ。侘しいもんだ。後はどこで食うかなんだが……。

 

 とりあえず、屋上やら校舎付近のベンチやらはほとんど埋まっちまってた。自室まで戻る事も考えたが、あそこは今日基本立ち入り禁止の学園祭には関係の無い区域だ。一応、休憩ってだけで仕事してないわけじゃあねえから、あんまり離れたりしたら何か言われるかもしれねえ。

 

 そう言う訳で、俺は一年一組の教室へと向かっていた。確か奴ら、部屋の隅をスタッフ用の休憩所にしてたからな。今日はそこを借りてメシを食わせてもらうつもりだ。……幾ら喫茶っつっても、そこまで混んでやしないだろう。そんな希望的観測を持ちつつ俺は渡り廊下に差し掛かった。すると、後ろから声をかけられる。

 

「失礼します。あの、IS学園の石動惣一先生とお見受けしたのですが」

「んん? どちら様で?」

 

 振り返った先に居たのは、長髪を流したスーツ姿の妙齢の女だった。そいつはニコニコとした営業スマイルで俺を見つめ、その胸元には来賓用の識別証が下げられている。

 

「申し遅れました。(わたくし)、IS装備関連企業『みつるぎ』の渉外担当、巻上礼子(まきがみれいこ)と申します。以後お見知りおきを」

「ご丁寧にどーも。IS学園の石動です。俺になんかご用ですか?」

 

 丁寧な一礼に対して小さく頭を下げた俺に巻上とやらは緩やかな足取りで歩み寄り、懐から一枚、名刺を取り出して此方へと差し出してきた。それを俺は受け取り、一瞥してからポケットにしまい込む。それを見届けてから、そいつは営業スマイルを維持したまま口を開いた。

 

「はい。<織斑千冬(世界最強)の再来>と今噂されている篠ノ之箒さん、彼女を鍛え上げたと言うその手腕は我々も聞き及んでおりますわ。その貴方と、ぜひ良き関係を築きたいと思いまして」

「いや~照れるなぁ~……あんたみたいな美人さんに褒められるのは悪い気がしない。で、良き関係って?」

 

 俺はその女に興味深そうに顔を近づける。しかしそいつは営業スマイルを崩す事無く、だが僅かに思案するように視線を逸らした。

 

「そうですね……立ち話も何ですし、ここは少し移動しませんか?」

「ああいや……申し訳ない。一応、今仕事中でして……もしお話が長くなりそうだったら、また今度正式にアポイントメントを取ってもらえると助かるんだが」

「でしたらここでも構いませんし、お時間は取らせません。少しだけ、付き合っていただけませんか?」

「……ま、五分くらいなら大丈夫ですぜ」

 

 その譲歩に、彼女は安堵したように胸を撫で下ろす。まぁそれくらいなら良いだろう。どうせ、今もってるメシもすぐ食い終えられる類のもんだしな。俺は壁際に寄りかかって腕を組み、彼女の話を促す姿勢を取った。

 

「ではその内容なのですが……石動さん、貴方は世界でただ二人の男性操縦者にも拘らず、織斑一夏くんと違い専用機を持っていらっしゃらないそうですね?」

「ああ、よく調べたっすね。事実ですよ、事実。まぁ、隠す程の事でもないんですけどね。何せ俺の適性は――――」

「今まで記録された中でも最低クラス。一夏くんとは違い、専用機を用意しようとする企業も現れなかった。そうですよね?」

「……本当に良く調べてらっしゃる。まあお陰様で、俺くらいの適性だったらどっかに居るんじゃないかって世界中で男性適性者探しが活発に行われてるらしいですけど」

「はい。そこでですね、今回は石動さんに我々から専用機の供与を行わせて頂けないかと思いまして」

 

 適性の低さを堂々指摘されてバツが悪くなった俺が話題を逸らそうとするも、巻紙はそれを意に介する事も無く本題を突きつけて来た。専用機か、俺にとっちゃあISコアを一つ合法的にいただけるし、悪い話じゃあねえ。だが俺はそもそもの前提に手持ちの情報との相違点を幾つか見つけ、まるで思いだすかのようにそれを問いかけてみた。

 

「……んん? 確か『みつるぎ』さんのトコはあくまで関連の装備だけであって、IS本体は開発してないんじゃあ無かったか?」

「ここだけの話なのですが、我々は幾つかの企業と合同で日本製の第三世代機の開発を進めています。そのテストパイロットとして、貴方の腕をお借りしたい……と言う訳です」

「ふうん…………でもいいのかよ俺なんかで? それこそ、一夏の奴に頼むべき話じゃあねえのか?」

「織斑くんの使っている白式(びゃくしき)を開発した倉持技研(くらもちぎけん)と我々はライバル関係にありまして。彼自身にも新装備の提供を何度か申し入れているのですが、ISの特性がどうとかで取り合って頂けないのです」

「ああ、そういう事ね……でもよお、白式がある以上、今から後追いで第三世代機を作っても意味ないんじゃあねえか? もう日本政府も倉持任せになってるんじゃ?」

「それがですね、倉持に任されていた打鉄の後継機としての新型機の開発がほぼ凍結されているとの情報が入りまして。彼女らは対外的には白式の成果をアピールしていますが、実際の所はどうなんだか。それに、あんなピーキーな機体を量産するなんて……ねえ?」

「それはわかる。……白式、じゃじゃ馬もいいとこだもんなぁ。量産して戦場に出てみんな揃ってエネルギー切れ(ロスト)なんて、笑い話にもなりゃしねえ…………つか待ってくれ、それ、俺に話しちゃっていい話なのか?」

「無論、口外禁止でお願いします」

「ですよね」

 

 そこで小さく互いに笑い合って、俺は腕を組みなおしまた思案する姿勢に入った。――――さて、どう断るかね。こりゃあ、どう考えても俺一人の権限じゃあ扱えん話だ。今の話が万一真実とすれば、織斑千冬どころか学園の上層部も通さなきゃあいけなくなるだろう。

 

 だが、それよりもいくつかこの話には怪しい所がある。まずわざわざ俺を新型ISのテストパイロットに仕立て上げようとする所。それはつまり、その新型とやらはまだ完成してないって事だ。だったら、余りにも未知の部分が多い男性操縦者であり、かつ適性の低さが目に見えてる俺なんかを使う道理はねえ筈だ。まずは基礎のデータがしっかりしている女性の操縦者を使って研究を進めるべきだろう。

 

 こいつが比較対象とした白式が新型として直接一夏に渡されたのは、何より篠ノ之束が関わってたからだ。奴の技術力は当然こいつらよりも遥かに上を行っているからな。何の不思議もねえ。

 

 次にこの女、敵対企業の情報に詳しすぎる。コイツの語った倉持の新型の開発が止まってるって話は、俺が更識から聞いた話とほとんど同じだ。情報ってのは多角的な裏付けが取れると信頼性が一気に増す。だが更識の場合はその完成機を扱うはずだった本人で開発にも携わっており、それと同等の情報を敵対企業の渉外担当が持っているなんざ考えにくい。

 

 国内で厳しい情報戦が繰り広げられてるって線はあるにはあるが、昨今の世界情勢から見ても今は国と国との開発競争の時代だ。同じ国の企業同士が足を引っ張り合うなんてのは得策じゃあねえ筈。それに競争相手がそこまで足止め食ってるのを知っているなら、それこそ不安要素のある俺を使うよりも充実したデータを取る方法はいくらでもあるはずだ。それになにより、こいつから感じ取れるこの匂い……。

 

(くせ)ェよなぁ……」

「はい?」

 

 小さく呟いた言葉に首を傾げた巻紙。意外と耳がいいな、やっぱ怪しいぜ。俺はそんな疑念をおくびにも出さず、白々しい態度に打って出た。

 

「ああいや、いい匂いするなあと思って。こいつはバラかな? 一体何処の香水ですか?」

「あ、はい。えっと、これは<S.Brain>社の社長が自ら作った<Rose of orphan(孤児のバラ)>という香水ですね。超高級品で滅多に手に入らないんですよ」

「へぇ~そりゃあすごい。やはりお目が高いかただ、貴方は。俺も知り合いのプレゼントに香水でも送ってみるかなあ、ははは」

「お褒めいただき光栄です……それで、石動さん。お返事をお聞かせ願いますか?」

 

 話題を逸らした時間稼ぎも虚しく、巻紙はずずいと俺に迫り問い詰めてくる。だがどうにも余裕があるな。やっぱ、こいつ自身もそこまでこの話題には拘ってねえのかもな。上の人間に振り回されでもしたか、あるいは何かの布石で、別に本命が居るのか。…………そこまでは流石にわからねえな。ま、俺が返すのは、当たり障りの無い答えと困ったような笑みと決めてるんだけどよ。

 

「ああ……悪いけどやっぱ、俺だけじゃ決められねえ話だわ! スマン! 後日、キッチリと上に話を通してくれ。その時は、良い返事が出来ると思うからよ」

「そうですか……分かりました。その時はまたよろしくお願いします」

「こっちこそ申し訳ない。またのお越しを期待してますぜ」

「ふふ、ありがとうございました。では私はここで。失礼します」

「ご苦労さまでさぁ。Ciao(チャオ)~」

 

 別れの挨拶を軽く済ませて、俺はその女から離れて行った。さて……どうなるんだかな。あの血の匂いを隠しきれていない女の言う事が事実だとすれば、この先ちょっとしたうねりが日本のIS業界を、ひいてはこの学園の日本製ISの乗り手を襲うはずだ。湧いて出てきて国籍の定まってない<紅椿(あかつばき)>はともかく、倉持技研が強い影響力を持っていた構図も少々変化が訪れるかもしれねえ。

 

 やっぱ情報源が少ないのは問題だな……さっさと亡国機業(ファントム・タスク)を初めとした情報力のある奴らとつながりを持ちたいぜ。ここに縛られたままじゃあ出来る事にも限りがあるからな。

 

 それに第三世代機の開発が別口で進んでいるとなれば、それこそ更識の<打鉄弐式(うちがねにしき)>をさっさと完成させてやらねえと。仕方ねえ、何処から齟齬(そご)が出るか知れねえからあんまり口出ししたくなかったが、ビルドの世界で得た科学知識を生かして、開発に一枚噛んでやるとするかね。

 

 それ以外にも懸念するべき事は確かにあるが、それはメシを食いながらでも構わないだろう。そう思って俺は足早に、一年一組の教室を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

「はい! メイドにご奉仕……いえ、ご褒美セット一つですね! ありがとうございます!」

「すみませーん! 注文お願いしまーす!」

「あ、すぐお伺いしますー! 一夏、3番テーブルお願い!」

「了解シャル! すぐ行く!」

 

 メイド服を着て朝からニコニコしていたシャルも、ここに来て汗を流して客の応対に当たっている。昼時を迎えた俺達一年一組の『ご奉仕喫茶』は、余りの客の多さに混沌を極めていた。

 

 良くわかんねえけど、どうにも俺目当ての客がこぞって訪れているみたいで、さっきから女性客の応対に俺はてんやわんやだ。最初こそ、未目麗しい皆がメイド服なんか着て働く姿に男として少なからず高揚感を覚えていたが、混み合い始めてからはそれどころじゃあない。ローテーションで休憩を回してきた接客班――――俺、箒、セシリア、シャル、ラウラの五人も、この昼の時間には皆揃って教室の中を右往左往している。

 

 だがしかし、一時になるまであと五分。そうすりゃ午後組と交代だ……! 俺は最後の力を振り絞り、接客に集中する。あんまり仕事を残したまま交代するのも男が(すた)るしな、ラストスパートだ! 

 

一夏()、3番テーブルには私が行く。そろそろ1番テーブルへの『執事にご褒美セット』が完成する頃合いだ。そちらの応対は私にはできんからな」

「あいよっ任せた!」

 

 発案者の癖して始まってから何やらずっと不機嫌そうだったラウラも、今や軍隊で培った(?)バランス感覚を武器にして両手一杯にケーキやらを運びながら注文を取りにテーブルを回っている。箒やセシリアも似たようなもんで、下手したら訓練の時より動いてんじゃあねえかってくらいだ。本当なら、俺の自炊で鍛えた料理の腕で皆においしいものを振る舞うつもりだったのに……!

 

 そんな事を思っていれば、またドアの開く音。休むどころか、気を抜く暇もありゃしない!

 

「いらっしゃいませ! 今係の者が案内するのでしばらくお待ちを――――」

「なーに言ってんだ。客じゃねーよ俺は。良く見ろって」

「あ、石動先生」

 

 目の前に立っているのはいつも通りの石動先生。俺ににっこり笑いかけながら、どこか呆れたように肩を竦める。今日は先生方も忙しかったらしく、朝にホームルーム――――と言うか最終確認と諸注意をやった時に見かけたくらいで千冬姉も山田先生も目にしちゃ居なかった。石動先生も見周りとしていろんな所を回ってるって鈴が言ってたし、暇がないのはそっちも同じなのかもしれないな。

 

「急にどうしたんですか? なんかあったとか?」

「変な事じゃあねえ。見回りだよ、見回り(み・ま・わ・り)。ま、ちょっとばかし歩き疲れてな。少し休憩室借りるぜ~」

 

 茶目っ気たっぷりに言い残すと、購買のレジ袋をぶら下げた石動先生はそのままカーテンで仕切られた休憩室に向かって行った。やっぱ皆忙しいんだなあ。

 

 まあでも、俺はこの昼を乗り切れば今日はほぼ自由時間だ。いろんな所を皆と見に行くって約束してる。(だん)ともまた合流したいしな。とりあえず、このちょっとの時間でミスなんか起こさねえように気を付けなきゃ――――

 

「きゃーっ!?」

「んなっ!?」

 

 その時、突如として響く女子の悲鳴。石動先生の情けない声が休憩室からこだまする。思わず教室内の皆がそちらに振り返ると、中から何やら言い争う声が漏れ出てきた。

 

「ま、待て待て待て待て! 何でお前らここで着替えてるんだよ! ここは更衣室じゃ無くて休憩室だろ?!」

「何言ってんですか!? うちのクラスの男子は一夏くんだけですよ!? ほか皆女子なんですから、手近な場所で着替えて何の問題ですか!?」

「あ、ああ……いやその理屈はおかしい! せめて着替え中とかなんか書いとけよ! 一夏が入ってきたらどうするつもりだったんだ!?」

「それを狙ってたに決まってんでしょーが!!! 作戦台無しにしやがってこのセクハラ教師!!!」

「いやセクハラって不可抗力だろこれ!」

「さっきは私達の下着とかチラチラ見てたじゃあないですか!」

「そーだそーだ!!」

「いや、お前らの下着とか興味ないし……何で見る必要があるんだよ……」

「は?」

「それはそれでムカつく」

「怒りが収まらないわ……いっそこうしてやる!!」

「あいたたたた! おい待て腕が! 俺の腕が!」

「乙女心チョップ!!」

「アーッ! 俺のタマゴサンドが潰れて流れて溢れ出る! 土下座でも何でもするから許してくれ!」

「気持ち悪い媚を売らないで下さいよ!! そりゃーっ!!」

「グワーッ!?」

 

 悲鳴を上げて休憩室から放り出され、床を転がった石動先生。いつも通りのじゃれ合いだ。ああして石動先生は、ドジを踏んで皆に囲んで棒で叩かれるような目に合う事がままあった。けどしばらくしたら本人もケロッとしているし、別に皆も石動先生の事は嫌ってないのを俺は知っている。だがそんな事を知らないだろうお客さんたちはその様子を呆気に取られて見つめていた。

 

「どうして俺がこんな目に……」

 

 見た目以上に精神的にボロボロになった石動先生が小さく呻く。何か違えば、俺がああなってたかもしれないのか……。その想像にちょっと震えてから、俺は何となく周囲を見渡した。あの一連の流れを見て、俺や箒たちを含めて多くの人が同情の視線を送っている。

 

 だが、そうでは無い人達も居た。

 

 普段、石動先生と関わっていない、招待された人や別のクラスの人とか上の学年の先輩。その人達が、俺には向けなかった心底嫌そうな視線を石動先生に対して向けている事に俺は気づいた。

 

 その人達はひそひそと、場にそぐわぬ者が現れたと、迷惑しているのは自分達だとでも言うかのような目で石動先生を見つめている。

 

「あーあ。何よ、折角楽しんでたのに……これだから男はさ」

「だねぇ、ホントこのIS学園にあんなオッサンがいるなんて嫌んなっちゃうね~」

「ま、男が痛い目見るのは悪い気しないけど。一夏くんはともかく、石動なんてさっさとクビにしちゃえばいいのに」

 

 女尊男卑。皆が良くしてくれてたお陰で、俺は()()()()()を向けられたことは殆ど事は無かった。でも、今石動先生に向けられているそれが、その片鱗(へんりん)だってことは俺にだって簡単に予想が付いた。そして、俺は親しい人に対してそういう視線が向けられてめちゃくちゃに嫌な気分になっていたんだ。

 

「ちょっとあんたら……!」

 

 その人達に口を出そうとする俺。しかし、その眼前に制止するよう手が突き出される。いつの間にか箒が俺に背を向け、その人達への視線を遮るように立っていた。その(たしな)めるような視線に俺が渋々引き下がると、箒はセシリアに客対応を任せつつ俺の袖を引き石動先生の元へと歩み寄る。

 

「石動先生、ご無事ですか?」

「無事だけど、無事じゃあねえ。割とマジで泣きそうだ」

「ご傷心の所申し訳ありませんが、ご退出を。今ここに留まるのは善いとは言えません」

「…………そうだな、わかった。迷惑かける」

「申し訳ありません。一夏、そっちを」

「え? あ、ああ……」

 

 俺は箒に言われるがまま石動先生に肩を貸して、廊下へと抜け出した。その時、待機列で待っている人達から黄色い声が上がったけど、俺達が人を運んでいると分かると、皆声のトーンを落として、心配そうにこちらを見つめている。

 俺達はそんな周囲も意に介さず最寄りの曲がり角を曲がり階段の前に入って視線を切ると、さっと石動先生から離れて揃って溜息を吐いた。

 

「ったく…………あいつら、着替えは更衣室でやれよなぁ。百歩譲って休憩室で着替えるのはアリとして、先にそれくらい教えとけってんだ」

「すみません、石動先生。私が接客に集中しすぎていなければ……」

「いやいやそりゃまた別の話だ。そんだけ繁盛してる所に、水差すわけにもいかねえからな。助かったぜ」

 

 石動先生と箒が、先程の事について話し始めた。確かに石動先生にとっては降って湧いたトラブルだっただろう。でも、俺にとってはもっと大事な事があった。

 

「あの石動先生、それより……」

「さっき俺の事嫌そ~に見てた奴らの事か? 気にすんな。俺も気にしてねぇし」

 

 俺の言いたい事を先読みして、肩に手を回しながらにこやかに言う石動先生。その顔から所謂嫌な感じはこれっぽっちも見られない。本当に、石動先生は気にしちゃあいないんだろう。鈍感なのか、やっぱ器がデカいのか。でも俺は、そんな風に気軽にあれを流すなんてできなかった。

 

「ですけど」

「おい、一夏」

「箒、お前は何とも思わねえのかよ? 確かに騒ぎは起こしてたけど、だからって……」

「確かに大切な人をああいう風に嫌悪されるのが気に入らないのは分かる。私だってはらわたが煮えくり返る思いだ。だが、当の石動先生が割り切っているんだ。我々からそれを蒸し返していては(らち)が明かん」

「でも少しくらい言ってやったって!」

 

 感情のままに熱くなる俺。しかし、そんな俺を前にしても箒はただ首を左右に振って、諭す様に口を開いた。

 

「まったく、気持ちは分かるがいい加減にしろ。純粋に心配してくれていた人達も居た以上、その人達の為にも場の空気を更に悪くするのは得策ではない。お前だって、それは望む所じゃないだろう? 人の為に怒れるのは美徳だが、『忍耐しろ』、一夏」

「………………悪ぃ、そこまで気が回らなかった」

 

 いつか一緒にラウラを助けた時のアドバイスを思い出した俺は、申し訳ない気持ちになって思わず(うつむ)く。義憤のままに振る舞おうとして、結局周りに迷惑をかけそうになるなんて。そんな、意気消沈した俺を見かねた石動先生がガシガシと頭を強く撫でて来た。

 

「はっはっは、だから気にするなって! 俺にとっちゃあ名前も知らない女に差別されるより、お前達が気遣ってくれた事の方がよっぽど大事で嬉しいんだからよ!」

「いだだだ! 力強いっす先生! あっちょっあっ割とマジで痛え!」

 

 そんな俺達を見て、箒は堪え切れずにぷっと吹き出して顔を背けた。俺も同様に釣られて笑う。やっぱ、この人のこう言う所好きだな。ムードメーカーっつうか、本当に雰囲気を明るくするのが上手い。そうして三人で笑い合っている内に、俺も先程の嫌な気分が嘘みたいにいい気分になっていた。

 

「ありがとうございます、先生。……とりあえず私は教室に戻ります。一夏は……最後の接客が途中だったはずだ」

「ああ、謝りに行くよ。手間かける」

「いや、私も行こう。お前を連れ出したのは私の判断だからな」

「ああ、そうしとけ。結局の所大体俺のせいなんだが……任せる! 俺は改めてメシ探してくるわ。休憩時間も残り少ねえしな。Ciao(チャオ)!」

 

 俺から離れた石動先生はさっさと踵を返し、階段を駆け下りて行ってしまう。やっぱ忙しいんだな……俺もぼーっとしてらんねえ。最後のお客さんへの応対もちゃんと終わらせて、皆で祭りを楽しむとするか! そう気を取り直して、俺は箒の後を追って一緒に教室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

「……食い損ねちまったなぁ」

 

 石動は人混みを通り抜けながら、小さくそう呟いた。既に15時前。結局休憩所にタマゴサンドを落としてしまっていた石動は、余りの客足の多さに結局何も口にする事が出来ず、フラフラと見周りを続けているのだった。

 

 仕方がねえ。そう石動は一人ごちる。彼は最初、昼食を食べながら一年一組の喧騒を楽しもうとして居ただけで、食事そのものを重要視しているわけでは無かった。なので特段昼を逃しても落胆する事は無い。だが、それでも腹は減るものだ。故に彼は手近な食事場所を探して首を巡らせる。

 しかしこの時間帯、そろそろ歩きつかれたと見える学生や来客たちが目ぼしい場所には腰を落ち着けており、残念ながら彼の目に映る範囲に食事がとれて、休めそうな場所は残されていなかった。その現状に、石動は困ったように頭をかいて溜息を吐く。

 

「おーい! 石動先生!」

「んん?」

 

 その時、人混みの中から声を掛けられ、それに反応して石動は首を巡らせた。向けた視線先に居たのはダリルとフォルテ。相変わらず、二人仲睦まじそうに連れ歩いているのを見て石動は陽気に返そうとしたが、止めた。彼女達はもう一人、パーカーのフードを目深に被った少女――――背丈だけを見れば、小学校高学年か中学生程に見える――――を連れていたからだ。石動はそれを何となく訝しんだ。

 

「ヤッホー先生。何か元気なさそうだけど大丈夫かよ?」

「ナンパでもしくじったんスか?」

「よぉダリル。あと適当な事言ってんじゃないぜサファイア。……ちょっと昼飯食い損ねちまっただけだよ」

「そりゃキツい」

「おなかぺこぺこって訳ッスね」

「そんなとこだ…………その子は?」

 

 軽く会話のキャッチボールを済ませてから、石動は少女を見て首を傾げた。それにダリルが困ったように笑う。

 

「そうそうこの子。実は迷子らしくてさ…………」

「珍しいッスよね~。普段なら見て見ぬ振りしそうなもんッスけど」

「うっせえな! ……そんでよ、連れて親探してあげたのはいいけど全然見つからねえし、流石にオレらもあんまりこの子に構ってるわけにはいかねえから……頼む! 親探し引き継いでくれ!」

「マジか」

 

 一旦フォルテと言い合っていながら、すぐさま態度を変え顔の前で両手を合わせて頭を下げるダリルに、石動は困惑した顔で答えた。

 

「大マジッス。もう時間、意外とやばいんスよ。生徒会の劇が――――」

「シーッ! 言うなって! ……つー訳なんだ! 頼む! オレらを救うと思って!」

 

 自分たちの都合を隠しきれず、しかし平謝りでもするかの如くに頭を下げ続けるダリルを見て、石動は何やら難しい顔で腕を組み――――しばらくして、諦めたかのように肩を落とした。

 

「まぁ、そりゃあ……それも俺の仕事の範疇だよなぁ~~……」

「そう嫌そうな顔しちゃあだめッスよ、この子困ってるんスから」

「うむ、わかる、わかる……。仕方ねえなぁ~、任された! この子は俺が何とかするから、お前らはデート楽しんで来い!」

「やった! 愛してるぜ先生!」

 

 諦めてそれを受け入れた石動にダリルが快哉の叫びを挙げた。だがそこで、『愛してる』という一言に反応したフォルテがダリルへと詰め寄った。

 

「ちょっと先輩! 愛してるってどう言う事スか!?」

「言葉の綾だよ! いいから行くぞ!」

「あっちょっ待ってくださいっス~!! 先生ありがとッした~!」

「おーう、Ciao(チャオ)~」

 

 そのまま背を向けて走り去る二人の背中に、石動は小さく手を振った。そのまま彼は二人の姿が人混みに隠れるまでそうしていたが、二人の姿が見えなくなると同時に、思いっきり肩を落として溜息を吐く。

 

「ったく、俺だって暇じゃあねえんだが……」

 

 そう呟いた石動は、横目に少女を捉える。やはりパーカーのフードを目深に被っていて顔は見えないが、フードから覗くその黒い髪と肌の色からアジア系――――恐らく日本人だと石動はアタリを付ける。そして、その少女と目線の高さを合わせるようにしゃがみこんで声を掛けた。

 

「悪いなお嬢ちゃん、日本語解るか? ……お姉ちゃんたちは忙しいんで、俺がこれからは付き合うぜ、よろしくな。そんでちょっと、パパとかママとか、誰と来たかだけでいいから教えてくんねえかな?」

「……………………」

 

 にこやかに問いかけたものの、少女は何も答えない。その様子に石動は一度立ち上がり、困ったように頭をかいてから学園の方を指し示した。

 

「とりあえず、校舎にある総合案内所に行くか。家族が探しに来てるかもしれねえし。奴らも俺の所に連れてこねえで、そっち行きゃよかったのにな…………よし、こっちだ。レッツゴーと行こうぜ!」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべながら少女の手を取った石動。しかしその瞬間、少女は石動の手を強く握り返し、そのままその体に見合わぬ膂力で石動を引きずってゆく。

 

「ちょっちょっちょっと待て! どこ行くんだ!?」

「待ち合わせ場所。こっち」

「待ち合わせだって!?」

 

 慌てた石動に、少女は雑な返事を返してどんどん彼を引っ張ってゆく。その言葉を聞いて眉を顰める石動だったが、強い抵抗もせずそのまま少女に引きずられて行く。彼らの様子を、当人の慌てようとは裏腹に周囲の人々が微笑ましい目で見つめていた。

 

 そうしてしばらく引っ張り回されている内に、石動は自身達が学園祭で解放されているエリアの端、人気(ひとけ)も無くに資材が所々に積まれている場所にたどり着いた。そこで少女が突然立ち止まって彼の手を離すと、少女にペースを合わせていた石動は前のめりにつんのめって少女にぶつかりそうになる。しかし少女はそれを見もせずに躱して、転びかける石動を一瞥してからつまらなそうに口を開いた。

 

「ここ」

「ここ……? 待ち合わせ場所がか? 変な親だな……」

「来た」

 

 こちらに向き直って毒を吐く石動に取り合う事も無く、少女は石動の後ろを指し示した。それに反応して石動は上体を巡らせて振り返る。しかしそこには人はおらず、ただ設営に使われたと思しき道具があちらこちらに積まれているばかりだ。

 

「……どこ? 居なくねえか?」

「良く見て」

 

 自身の問いを否定する少女の言葉を聞いて、後ろを向いたまま面倒くさそうに眼を細める石動。しかし、どれほど目を凝らしてもそこには誰も現れる事は無い。それに、ついに石動がしびれを切らして少女に抗議しようと振り返る。

 

 その脇腹に、十二分な電力を溜め込んだスタンガンが押し当てられた。

 

「ギャッ!?」

 

 瞬間、嫌な音と共に走った激痛と共に石動は跳ね飛び、情けない悲鳴を上げつつ痛みにのたうち回って少女から離れるように転がってゆく。その姿を、当の少女は逆に驚いたように見つめるばかり。その内3メートルほど転がった石動は跳ねるように油断なく立ち上がって、痛みに顔を(しか)めながら少女と相対した。

 

「このヤロ……オエッ……いきなりスタンガンとはご挨拶じゃあねえか……! 俺に何の用だ……!?」

 

 脇腹から走る痛みと怒りに顔を歪めたまま、石動は少女にしかし、一方の少女はスタンガンを押し当てた時の姿勢のまま、困惑するように問いかけて来た。

 

「……貴様、何故気絶していない」

「………………あっ」

 

 その言葉に、今度は石動が呆気にとられる番だった。元々今回少女の使っていたスタンガンは大の成人男性を捕らえる為に用意された得物だ。その威力は実証済み、何をどう間違っても石動を気絶させる事は出来たはず。

 だがしかし、当の石動は苦悶こそしている物のまだ自分の足で立って、あまつさえ抵抗の構えまで見せている。尤もな、しかし普段の少女を知る者なら想像できないであろう当惑した顔でスタンガンを構え直す少女に、対して石動は何かを誤魔化すように笑い始めた。

 

「あー……はっはっはっは……ハン! 当て所が悪かったんじゃあねえの!? それより、何の真似だお嬢ちゃん? どっかのフィクションから飛び出たヒットマンか!? せめて所属を言いやがれ!」

「説明する必要があるか? 今から虜囚(りょしゅう)となる貴様に」

「……何だと?」

 

 まるで怒っているかのように少女に捲し立てる石動。しかしその長台詞の内にその当惑をひとまず脇に置いた少女は、普段通りの高圧的な様子で石動を見下(みくだ)した。その言葉に、石動は眉を顰める。

 

 瞬間、少女がスタンガンを石動の顔目掛け全力で投げつけた。彼はそれを身を逸らして回避する。だがその間にその外見年齢からは予想しえないような速度で石動の眼前に迫った少女はその脚力を生かして飛びあがり、石動のこめかみ目掛けて空中での回し蹴りを繰り出す。しかし石動は即座に少女の足と自身の頭の間に腕を差し入れその蹴りを防御した。

 

()っ――――そらァ!」

 

 予想よりもはるかに威力の籠った蹴りに顔を歪めながら、振り払う様にガードした腕を振るう石動。しかしそれよりも一拍早く蹴りの反動で身を翻した少女は宙返りの要領で地面に手を突いて石動から距離を取っていた。

 

 それを見て、石動は警戒しながら数歩後ろへと退く。時間は彼の味方だ。この少女が何者で、何の目的があって彼に襲い掛かったかは分からないが、元々あのスタンガンだけで終わらせるつもりだったのは間違いない。時間を稼がれるのは望んでいないだろう。故に石動はリーチ差を考慮してカウンターの構えを取った。このまま戦闘を長引かせて誰かに見咎められれば、それは石動の勝利を意味している。

 

 故に少女は止まらない。凄まじい脚力で地を蹴ると、一気に石動との距離を詰めに行く。相手を幻惑するかのごとき鋭い動きで駆ける少女。しかしカウンターの構えを取っていた石動はその体を狙い、射程に入った瞬間に渾身のミドルキックを繰り出した。

 

 瞬間、少女は前に倒れ込むようにして身を沈め、その蹴りを辛くも潜り抜ける。驚愕する石動。しかしそれは自身の渾身の蹴りを躱されたという事実からではなく、蹴りの風圧でめくれたフードに隠されていた少女の素顔に対しての物だった。

 

「お前、その顔――――」

「ハァッ!」

 

 驚愕する石動の前で、再び少女は飛びあがって頭部への回し蹴りを仕掛けた。咄嗟に石動は先ほどと同様、腕を差し入れて防御しようとする。しかしその瞬間、少女の蹴り脚に黒いISの脚部が部分展開された。

 

「がッ!?」

 

 そのまま、ISを纏った少女の脚が石動の腕をへし折り、その威力を以って彼自身を吹き飛ばして資材の山へと叩き込む。着地した少女が視線を上げて残心すれば、そこには頭から資材に突っ込んで身動き一つしない、石動惣一の姿があるのみだった。

 

 

 

 

 

 

「――――こちらエム。石動惣一(ターゲット)の確保に成功した。人を送れ」

『了解よ。……ターゲットは大丈夫なの? あんまりケガとかさせて無いでしょうね?』

「問題ない。情報通りなら、それほど軟な奴でも無いはずだ」

『そう……まあ、捕まえられたなら言う事は無いわ。手筈通り頼むわよ』

「フン」

 

 スコールとの通信を終えた少女――――織斑千冬の若かりし頃にそっくりな顔をしたエムは、一度通信端末を地面に叩きつけたい衝動に襲われる。しかし意思の力を総動員してその怒りを抑え込むと、油断なく石動の傍へと歩み寄りその様子を睨みつけるように観察し始めた。

 

 ISの部分展開を行った上での蹴りを防御した腕は見事に手首と肘の中間で折れ曲がっていた。それに加え資材に突っ込んだ時に切ったか頭からは血を流しており、ついでに片方の足首も明後日の方向を向いている。

 

 ……少しやりすぎたか?

 

 一瞬疑念を感じたエムだったが、すぐさまその疑念を脳内で殺す。この程度なら許容範囲内だろう。そもそも無傷で連れて来いなどとは一言も言われていない。適度に逃げれぬ程のケガもさせたし、もう私の知った事じゃあない。

 

 そう考えたあと、無様に気絶する石動を見下ろして鼻を鳴らすエム。そこに招待チケットを使って侵入していた亡国機業(ファントム・タスク)の構成員が救急隊に偽装して現れた。彼らはまるで本物の救急隊であるかのように手早く担架を展開して石動を乗せてシートで顔を隠し、それからエムへと指示を請う。

 

 それを見たエムが小さく首肯で答えると、その瞳に僅かに怯えの色を見せながら彼らは石動を担ぎ上げ、早々に来た方向へと移動していく。その姿を見てエムは苛立ちに一瞬顔を歪めるが、すぐに気を取り直してその後を追おうと踵を返した。

 

 だがその足元にごろりと転がってくるものがあった。エムはそれを苛立たし気に睨みつける。移送中の石動のポケットから零れ落ちた、ロシアの伝統工芸の人形。エムはそのマトリョーシカを見下ろして、自身の内の行き場の無い怒りをぶつけるかの如く思いっきり踏み砕いた。

 




学園祭、いろいろやらせたい事は有ったんですけど書かなきゃいけないシーンが多くて多少絶版しました。つかれた……。

ルパパトの凄まじい完成度に涙を流して崇拝の構えを取ってしんでいたんですけどVシネグリスの速報が来て蘇りました。
これが俺の求めてた祭りだァッ!(新変身アイテムを見て)

松坂さんもツイッターで呟いてらっしゃいましたがシンケンジャー10周年ですね! いやあおめでたいです。

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