星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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学園祭戦闘パート、29000字です。

序盤書き終えた地点で10000字超えてどうなるかと思いましたが30000字行く前に切れてよかったです。


感想評価お気に入り、誤字報告いつもありがとうございます。
クリエイションの助けになっております。


招かれざるゲスト

 人生って奴には、自分の力じゃどうにもならない状況ってのが一度か二度くらいはあるもんだ。でも、俺は割と波乱万丈な人生を送ってきてて、そういう目にあった事はこの歳で一度や二度ってレベルじゃあねえ。

 

 千冬姉のモンド・グロッソ優勝を妨害しようとする謎のテロリストに誘拐されかけたり、何でかISを動かせちまって、あれよあれよと言う間にIS学園に入れられちまったりな。

 

 でも、テロリスト云々はともかく、IS学園に入れたのは今となっちゃすげえいい事だと思ってる。箒や鈴とまた会えたし、セシリアやシャル、ラウラみたいな頼れる仲間達も出来た。それに学園の教師だった千冬姉を初めとして、石動先生や山田先生、それに楯無先輩とかのすごい人達にも沢山出会えた。

 

 そうだ。俺はなんだかんだでそれなりに強くなれた。皆と白式(びゃくしき)のお陰でな。皆が居たから、皆が助けてくれたから、きっと俺はこれからも皆と強くなっていけるはずだ。

 

 それに強さを求める理由だってある。俺の前に現れた恐るべき敵。

 

 ISを奪い取り、箒に銃を向けた<ブラッド>。圧倒的な実力で、俺達の前に立ちふさがった<スターク>。あいつらはきっとまた俺達の前に現れる。

 

 だから強くならなきゃならない。俺のせいで誰かが悲しむなんてもうごめんだし、俺の目の前で誰かが傷つけられるのだって我慢ならないからだ。

 

 皆を守るために。そう思って努力してるんだけど、悲しい事に今の俺は皆に守られてばっかりだ。けどなんだかんだで皆の事を助けられた時もあるし、持ちつ持たれつって感じで昔よりはうまくやれてる、と思う。

 

 そうとも! 皆と力を合わせれば、どんな相手が来たって怖くない。

 

 

 でもさ。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ…………流石に、皆に襲われる羽目になるとは思ってなかったんだよなあ……」

 

 そう、今の今まで俺は仲間のはずの箒や鈴、セシリアにシャルにラウラ、全員に寄ってたかって襲い掛かられていたのだ。何故か。全ては生徒会――――って言うか絶対楯無先輩――――の企画した『観客参加型演劇・シンデレラ』のせいである。

 

 えらい目にあった。それが俺のぶっちゃけたとこの感想だ。つか、シンデレラが何人もいる地点でおかしいし、全員が戦闘のプロフェッショナルってなんだよ! それに揃って王子の王冠を狙ってるとかさあ! せめて事前に説明くれよ事前に! アドリブでこなすような内容じゃあねーっての!!

 

 皆も最初は乗り気じゃ無かったくせに楯無先輩に何か言われた途端やる気満々になっちまって…………結局は殺る気満々もいいとこだ。最終的にはそれに加えて観客の女子達の参戦も許可されてもはや暴動だぜ暴動!

 

 でもまあ、あの大混乱のお陰で抜け出して来れたんだけどな……。俺は辿り付いたアリーナの更衣室で、疲れ切った顔のまま目の前の相手を見やる。

 

「大分お疲れのようですね」

 

 そう言って俺に笑いかけるのは、ラウラの煙幕手榴弾に乗じて俺を阿鼻叫喚のステージから連れ出してくれた招待客の女性。確か休憩時間に名刺を貰ってて、名前はえーと……。

 

巻紙(まきがみ)さん……でしたよね。いや、ホントありがとうございます……助かりました……」

「いえいえ、礼にはおよびませんよ」

 

 そう言って巻紙さんは菩薩じみた優しい笑みを浮かべた。なんていい人なんだ……。彼女が居なければ俺は今頃、女子達の総攻撃によってなんかもう命がヤバくなっていたかもしれない。そう思うと心底ゾッとする。それを考えただけでちょっと疲れの増した俺は肩を落として、そのまま近くの椅子に腰掛けた。

 

 さて、どうすっかな……劇の途中で抜けてきたのはちょっと悪い気がするけど戻るわけにもいかねえし……ほとぼりが冷めるまでここに隠れてようかな。ここ生徒くらいしか入ってこれないし。……って、巻紙さんがここに居るのマズくないか? とりあえず出てってもらうよう言っておくか……。

 

「あ、そうだ。ここ、一応関係者以外立ち入り禁止で……俺、黙っとくんで、誰にも見られない内に出てった方がいいですよ。多分今は皆ステージの方に行ってて、周りに人いないと思いますし……」

「ええ、それがいいんですよ」

「……はい?」

 

 俺の提案に笑顔を崩さぬままに答えた巻紙さんの顔を見て、俺は何となく嫌な感覚が背筋を奔るのを感じた。何だ、これ。なんて言うんだろう。殺気……じゃあない。そういうのとはまた違う、悪意みたいな……。

 

「えっと、それがいいって、なんでです?」

「はい。白式をいただくには打ってつけのシチュエーションだと思いまして」

 

 瞬間、腰掛けた俺に向け繰り出された蹴りを何とか腕を盾にして防いで、俺は転げ落ちるように椅子から離れて距離を取る。当の巻紙さんは蹴り脚を戻して、先程同様ニコニコと微笑んでいるばかりだ。その姿に思わず俺は大声を上げて巻紙さんを問い詰める。

 

「なっ、何するんですか突然!」

「あん? 何だよ、生意気にも防ぎやがって。まぁいいや、ホラ、さっさと白式をよこしやがれ。私も暇じゃあねーんだよ」

 

 相変わらずの笑顔で全くの別人じみたセリフを吐き捨てる巻紙さんに呆気にとられそうになるが、俺は自分を強いて拳を構えた。正直、このどすの効いた声が目の前の人から出てるなんて考えたくなかったけど、今はそうも言ってられない。目の前にいるのは、多分敵。白式を狙って、ずっと俺の隙を伺っていたんだ。

 

「くそっ……何者(なにもん)だアンタ!? 少なくとも、企業の渉外担当なんて嘘っぱちだろ!」

「あぁ? 今更かよ。私は見ての通りの謎の美女だよ。泣いて喜んでもいいんだぜ?」

 

 言いながら一歩踏み込んだ彼女は踏みつけじみた前蹴りを繰り出すが、流石に直線的すぎる。俺は後ろに跳ねるようにしてそれを回避した。すると奴はそれに対して一瞬だけムッとしたが、すぐにその顔を笑顔に戻す。……完全に舐められてやがる。しかし俺は一瞬沸いた反抗心を鎮めて、努めて冷静に女と距離を取った。

 

「ケッ、ちまちま避けやがって……面倒くせえなァ!」

 

 思い通りに事が運ばなかったのが苛立ったか、ソイツはついに張りつけていた笑顔を凶暴に歪めて身構える。それと共にそのスーツの背が内側から引き裂かれ、機械で出来た何本もの爪先が飛び出した。その本数は実に四本。黄と赤黒で彩られたそれはまさに蜘蛛の足。人の手足と合わせてちょうど八本で、本当に蜘蛛をモチーフに作られているんだろう。

 

 だがその見た目よりも、目の前の敵がISを展開した事実の方が俺にとっては重要だった。

 

 ――――こいつは、完全に敵だ。しかも、操るのは量産された機体じゃあ無く、明らかにワンオフの専用機。それを見た俺は展開の隙に更に一歩距離を取って、最速で白式を呼び出(コール)した。

 

「――――白式(びゃくしき)ッ!!!」

 

 俺の声に応じて制服が量子分解され、ISスーツと共に白式が構築された。元からISスーツを着ていなかったせいで余計なエネルギーを食う羽目になったが、背に腹は代えられない。そのまま俺は更に雪片弐型(ゆきひらにがた)を片手に呼び出し、もう片方の手は雪羅(せつら)をクロウモードで起動させる。

 

 今までの訓練の甲斐あってか、敵と俺のIS展開の終了はほぼ同時だった。しかし、動き出しは奴の方が一手早い。向けられた蜘蛛脚の先端が開いたと思えばそこには銃口。俺はそれを見て全力で脇のロッカーに突撃した。

 

 ぶちまけられるロッカーの中身。それを奴の銃撃が一瞬の内にハチの巣にする。誰のロッカーだか分からないけど、本当にスマン! でもそんな事を考えちゃあいられない。俺は即座にその場から飛び退く。次の瞬間ロッカーの上を超えるように伸ばされた蜘蛛足が容赦ない銃撃を俺の居た地点に浴びせていた。

 

 くそっ! この狭いロッカールームじゃあ速度特化の白式は不利だ! それに奴の機体、今の動きからしてあれは閉所での戦闘を得意とするタイプだ。文字通り奴の巣に誘い込まれちまったって訳かよ!

 

 俺は奴がいると思しき地点から距離を取って壁へと向かった。この際四の五の言ってられ無え。ここに長居したってどんどん不利になるだけだ! 壁をぶち破って一旦部屋の外へ! 俺は雪片弐型を構えて壁を切り裂こうと思いっきり振りかぶる。だがそこまでだ。目を凝らせば、壁には奴が仕掛けたとしか思えない粘着ワイヤーがべっとりと貼り付いていた。

 

 危ねえッ! 俺は壁の目前まで迫った所で急制動をかけ何とかと言った(てい)で踏み止まった。もしこのまま壁を切り裂いて突っ込んでたら、瓦礫が全身にくっついて身動き取れなくなるとこだったぜ……。

 

「そこで立ち止まれるとは、意外と冷静じゃあねえか」

 

 かけられた声に俺は振り向く事も無く、ハイパーセンサーを使って状況判断しその場を飛び退く。その俺を掠めるようにして奴の爪が床に突き立てられ、盛大なひび割れを作って埃を撒き上げた。

 

 俺はそのまま急速転回(クイックターン)し、目の前のそいつを改めて視界に捉える。そいつは俺に顔を向け、切れ長の目を凶暴に歪めて長い舌で舌なめずりした。そのISはまさしく蜘蛛の如きフォルム。四本の副腕と操縦者自身の腕が蠢き、相手を蹂躙する喜びに満ち溢れている。そして機体は深い赤色とそこに差された黄色で彩られており、操縦者の危険な気性をアピールしているようだ。

 

「……何だよ、アンタ。一体何者だ」

「ハッ、だから言ってるだろうが!」

 

 その声と共に奴が飛び出す。速い。そのまま一瞬で俺との距離を詰めた奴は四本の副腕と本来の腕に持った刃物、そして強靭な脚で間断ない連続攻撃を仕掛けて来た。俺はそれを必死に捌く。だが、今まで戦った相手でもこれほどの手数を繰り出してきた奴は居ない。たちまち俺は防戦一方となり、奴はそれを見て実に楽しそうに笑った。

 

「私は、お前のISを狙う悪の組織の一員だよ!!!」

「ふざけんな!!」

「ハッ、ガキが! 相手がマジ(真剣)かどうかも分かんねえのか? じゃあこれならどうだ? 世界を相手取る<亡国機業(ファントム・タスク)>が一人、<オータム>様って言えばわかるか!?」

「知らねえよ!!!」

 

 一方的に捲し立てる女に苛立って、俺は雪片を思いっきり横薙ぎに振り抜いた。しかしその瞬間奴はその垣間見える粗暴さからは想像も出来ないほど細やかに副腕を操り、ロッカーを足掛かりにして滑らかに天井にとり付いた。

 

 ――――マジで蜘蛛かよっ!?

 

 驚愕しながら雪片を切り返そうとする俺を尻目に、奴はスラスターにエネルギーを充填する。

 

「踏まれんのは好きか?」

 

 その言葉と共に奴は天井から跳びつつ瞬時加速(イグニッションブースト)。それを俺は何とか切り返した雪片で受け止めた。だがその衝撃に床が蜘蛛の巣めいてひび割れて、周囲のロッカーが吹き飛ばされるかのように薙ぎ倒される。

 

「ぐっ……!!」

 

 その威力を全身で受け止めた俺はダメージに苦悶の声を漏らすが、目の前の奴はその隙を逃さない。奴は押しつけた六本の脚の内副腕の四本を使って俺を拘束し続けつつ、自分自身の脚で思いっきり俺を蹴り飛ばした。

 

「があっ!」

 

 その並のISを遥かに上回るパワーに、俺は呆気無く吹き飛ばされる。ならこれを利用して距離を――――そう思った瞬間、吹き飛ばされた先にエネルギーワイヤーで構成された文字通りの蜘蛛の巣が張られている事に気づいて、俺はロッカーに必死こいて雪羅の爪を突き立ててギリギリで何とか停止した。

 

「チッ、今のでカタが付くと思ったんだけどな……面倒くせえ」

 

 その姿にあからさまな舌打ちを一つして苛立ったように吐き捨てるオータム。俺は息を切らしながら、その余裕たっぷりな立ち姿を見る。確かに、強い。少なくとも俺よりは。でも純粋な操縦の腕前で言えば、多分千冬姉や<スターク>には遠く及ばない。

 

 ――――けど、状況が悪い。この場所でこいつに勝つのは相当うまくやらないと無理だ。

 

 だったら、俺に出来る事を考えろ。状況判断しろ。この状況、あいつが嫌がる事は何だ? 俺が勝つために必要な事…………いや、大局的に物を見るんだ。勝利条件を考え直せ。こいつはわざわざ人目に付かないところに俺を誘いだしたんだ。なら、誰かに見られるのは拙い筈……!!

 

「……へっ、面倒くさがってる場合かよ。こんな派手にブチかましたんだ、その内誰か到着するぜ。ISの稼働だって感知されてるだろうしな。もうすぐ皆が来てお前は御用になるぜ」

「いいのか? 私は来た奴から殺すぞ?」

「なっ!?」

 

 心理戦を仕掛けようとした俺をあっさりと一蹴してオータムはサディスティックに笑う。そして俺は逆に追いつめられた。こいつは見つかる事を恐れちゃあいない。むしろ、敵が増えるのを楽しむような余裕を見せている。それがハッタリなのかどうかは俺にはわからない。だが、俺を助けに来るものを殺すというその宣言を受けて、最早俺はこいつに挑むしかなくなってしまった。

 

 だったらどうする。ここでは白式の強みである機動力は生かせない。あのパワーからして真っ向から<零落白夜(れいらくびゃくや)>で挑んでも腕とかを止められかねないし、何処に人がいるかも分からないこの屋内で<月夜(げつや)>を撃っても、外した時のリスクがでかすぎる……! だからって普通の接近戦を挑もうにも、あの手数相手じゃあまりに不利だ……!

 

 名案が無いか頭をフル回転させる俺を楽し気にそれを眺めるオータム。そうしてしばらく睨み合っていると、オータムの方が先に名案を思いついたかのような稚気じみた顔をして、俺を嘲るかのように指差してきた。

 

「ハッ、やっぱガキだな。心理戦ってのは有利を確信してるやつには通じねえ。……ああそうだ。折角だから教えてやるよ。第二回<モンド・グロッソ>……お前の姉が優勝を逃したあの大会でテメエを拉致ったのは、何を隠そう私たちさ!」

「…………何だと」

 

 その言葉に、俺の内側が沸騰した。

 

 こいつが、いや、こいつらがあの事件を起こした張本人。こいつらのせいで、千冬姉が――――!!!

 

 怒りに燃えて、俺はオータムに突撃しようとした。その姿を見て奴は楽しげに笑いながら、何やら指先にエネルギーワイヤーを生み出してそれを複雑に編んでいく。蜘蛛の糸。そういえば、いつか似た技を見た事があった気が――――

 

 一瞬の既視感に囚われて、俺は足を止める。思い出すのは、学年別タッグマッチでのスタークとの戦い。そこで箒が蜘蛛網を刀を投げつけて止めた事があった。

 

 そして、その前に箒が言っていた事を想起する。

 

【怒りを堪え、自分が今本当にやるべき事が何なのか、それを良く考えるんだ! 怒りに任せ切って振るう力で、得られる物など何もない…………嘗ての私の様に】

 

 ――――ああ、そうだ、そうだった。かつて箒が教えてくれた耐え忍ぶ心。それが俺を救った。立ち止まった俺へとオータムが編み終えた網を撃ち出す。一瞬でそれは弾けるように広がり、俺を捕らえるべく迫って来た。もし怒りに任せて突撃していたら、あの網の餌食になっていただろう。

 

 だったら零落白夜――――いや、エネルギー兵器に対して絶対的な対抗策のある俺にあそこまでこれ見よがしにエネルギー兵器を使うかなんて甘すぎる。俺は奴の意図と目の前の網の危険性を瞬時に推理し、零落白夜での迎撃を却下した。だったらどうする……いや、俺は他の対処法を知ってるだろ! 俺は突き立てられていた雪羅の爪で即座にロッカーの扉を引き裂くと、それをそのまま迫る網目掛けて投げ飛ばす。

 

 回転しながら宙を舞うロッカーの扉。それはそのまま網を巻き込んでオータム目掛け飛翔するかに思えたが、タイミングが僅かに遅れたか広がり切った網に囚われ宙づりとなる。それでも網は途中で止まり俺自身が囚われる事は逃れられた。

 

「チッ!」

「うおおっ!」

 

 そしてオータムの舌打ちを耳で捉えつつ、俺は再び横のロッカーを薙ぎ倒してその場を離れた。直後即座に切り返し、オータムの居る位置へ向け障害物を無視して突撃する。肩からロッカーに激突しながらそれを押し出せば、それは質量兵器となってオータムへと襲い掛かった。

 

「クソがッ!」

 

 吹き飛ばされたロッカーがオータムを襲う、しかし奴はそれを副腕を総動員して防いだ。防がれたけど、隙は出来たぜ。その陰から飛び出した俺が時間差でオータムへと肉薄、雪片から零落白夜の光が迸り、奴の眼が見開かれた。

 

「はあっ!」

 

 火花が散って、金属の焼ける嫌な匂いが立ち込めた。俺の零落白夜によって奴の副腕は一本が完全に切り飛ばされ、天井に深々と突き刺さる。そのまま横をすれ違った俺は向かい側のロッカーをブチ抜きそこで反転。再びロッカーを盾兼質量兵器に使う突撃で奴に襲い掛かった。

 

「味なマネしてんじゃあねえぞガキがッ!」

 

 その二段構えの攻撃に対してオータムは叫び、ワイヤーの網を生み出しそれによってロッカーを受け止める。同じ手は二度も通じねえってか。だが、それこそが俺の狙いだった。網の手前で急制動をかけ停止した俺は雪片を収納して、今やチャージの完了を終えた荷電粒子砲の砲口を奴に向ける。

 

「テメェ――――」

「悪ぃな」

 

 オータムが何か呟くのも気にせず、俺はそのまま荷電粒子砲を思いっきり撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッ、ハァ……どうだ、この野郎……!」

 

 目の前を満たす煙に勝ち誇って、緊張の糸が切れた俺は近くの無事なロッカーに寄りかかる。……えらい派手にやっちまったなあ。こりゃ、後でとんでも無い事になるぞ……。

 

 俺は一度周囲を見回して、それから俯いて溜息を吐いた。ぶちまけられたロッカーに、戦いに巻き込まれた他の生徒の私物。極めつけは最後の荷電粒子砲で壁に見事な大穴が空いちまってる。こりゃ、流石にマジで退学か……? いや、いやいや。俺、正当防衛だし。俺は悪くねえ! 全部あのオータムとか言う奴のせいだ。あ、それをさっさと千冬姉に報告しないと……。

 

 言い聞かせて意識を切り替えた俺は、自身を立ち直らせるべく顔を上げる。

 

 

 

 そこには、怒りの形相を湛えた、蜘蛛。

 

 

 

「なっ――――」

「オラァ!!」

 

 驚愕する俺の顔面に蜘蛛の、オータムの拳が叩き込まれ、その威力に俺は背中からロッカーに突っ込み、勢いのままそれを押し倒しながら崩れ落ちた。

 

「がっ、ぐっ……」

「やってくれたじゃあねえか、ガキがッ……!」

 

 痛みに苦悶する俺に、凄まじい怒りに歯を剥き出しながらオータムが迫る。

 

 何でだ、あの距離での荷電粒子砲。割とオーバーキルな一撃だったはずなのに……! その思いと共に奴のISを見ると、確かにその全身が焼け焦げており、無傷と言う訳ではない様子だった。

 

 だったら何で――――!! 驚愕と困惑に混乱する俺は、そこで気づく。一本減った奴の残り三本の副腕の先端、そして両手にそれぞれエネルギーシールドの発生器が装備されていることに。

 

「レインからの情報が無けりゃあ……この<アラクネ>じゃあなけりゃ、さっきのはマジでヤバかったぜ…………」

 

 オータム自身も既に満身創痍、息も絶え絶えと言った様子で俺の前に立つ。そこで俺はようやく奴がどうあの荷電粒子砲を切り抜けたか理解した。

 

 そうか。こいつあの瞬間、副腕の先にエネルギーシールドを呼び出してそれで防御を――――

 

 俺の思考は、そこで中断された。ガギン、と言う金属音と共に何かが俺に掴みかかった。そいつは40センチほどの大きさの機械。獲物にとり付く蜘蛛じみて脚を閉じしっかりと俺を拘束したそれを見て、オータムはようやくと言う風に大笑いした。

 

「はっ、ハハハハ! やっとお楽しみの時間だ! お別れの挨拶はどうすんだ、オイ!」

「何意味わかんねえ事言ってやがる……!」

「あぁ? 何ってなぁ。決まってるだろ…………お前のその、白式とのだよ!!」

「何――――」

 

 瞬間、取りつけられた装置から凄まじい電撃が迸った。

 

「があああああああっっっ!!!!!!」

 

 全身を焼かれる激痛に俺はただ悲鳴を上げる。その姿を見て、眼前のオータムはにやにやと嫌らしい笑みを浮かべるばかりだ。まずい。この装置が何だか知らないが、このままじゃあ碌な事にならない! だけど電流に苛まれた上に拘束された俺に出来るのは奴をただ睨み続けることぐらいで、それはオータムをますます楽しげにさせるだけだった。

 

「ぐっ、ああっ…………」

 

 そうしてしばらくして、その装置からの電流が止み俺は拘束から解放された。だが、俺からは白式が失われ、元の制服姿に戻っている。

 

「白式が……何を、何しやがった……!!」

 

 自らの状態を理解して、俺は思わず困惑する。その俺を見下ろして、オータムは楽し気に手の上で輝く菱形の結晶体――――第二形態まで形態移行(フォームシフト)した白式のコアを弄びながら笑った。

 

「さっきからナニナニうるせえなァ! ……ま、いいぜ。教えてやるよ。さっきのは<剥離剤(リムーバー)>っつってなあ。相手のISを強制解除できる激レア兵器さ! 最期に拝めてツイてんなあ、オイ?」

 

 言い終えた奴は生身の俺に向けて軽い蹴り――――それでもISのパワーアシストで十分すぎる威力を持つ――――を放つ。満身創痍の俺はそれに反応することも出来ずに脇腹に蹴りを食らって無様に転がされた。

 

「さて、目標達成。後はオサラバするだけだが――――」

 

 もったいぶるように言ってオータムは俺に歩み寄り、床に転がる俺の首を掴んで一息に持ち上げた。その顔は歯を見せて笑っているが、目には並々ならぬ怒りが満ちている。

 

「私をここまでコケにしてくれたお前には、それ相応の罰を与えねえとなあ?」

「ぐあ……!」

 

 そのままオータムは腕に更に力を込める。ミシミシと、首の骨が嫌な音を立てて軋んだ。

 

 ダメだ、クソッ。ISが無い俺と目の前のアラクネじゃあ実力差は余りにも明白。このまま首を潰されて、死ぬのか、俺は……。他人どころか、自分の事さえ守れずに……! 悔しさと不甲斐なさに、軋む首の骨以上に、歯を強く食いしばる。そうだ、こんなとこで諦めてられっか。後悔なんて死んでからすりゃあいい! 情けないのを承知で俺は奴の手首を掴み、その腹に蹴りを入れて反動で奴の持つ白式のコアに手を伸ばす。

 

「おっとぉ、諦めが悪ぃな」

 

 しかし奴はまるで大人が子供のおもちゃを取り上げるかの様にコアを高く掲げて、俺の無様を嘲笑った。

 

「最後の抵抗にしちゃあ情けねえ。これだから男はよ……せめてあの世で、情けなく泣きわめく事だな。あばよ」

「っあ……!」

 

 そのまま奴は更に腕に力を込め、俺にトドメを刺そうとする。すぐに血が頭に回らなくなって視界が真っ暗になった。ちきしょう。俺は、俺はこんな所で――――

 

 ――――俺の意識が、そうして途絶えそうになった瞬間。突如飛来した人影が、オータムの持つISコアを弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「何ッ…………!!」

 

 突然の奇襲にISコアを弾き飛ばされたオータムは一夏を放り捨て、その襲撃者へと向き直る。そこに居たのは、透明なベールを纏った水色のIS。その装甲は全身装甲(フルスキン)の機体どころか通常のISよりも少なく、殆どISスーツが露出している。その右手には液体を纏った巨大なランス。そして何よりも特徴的なのは、左右一対で浮遊しているクリスタルめいたパーツ。そこからは彼女が纏う液体のヴェールと同じものが生まれており、少ない装甲の隙間をカバーするように機体を守っている。

 

何者(なにもん)だ、テメェ!」

 

 歯ぎしりしながら叫ぶオータム。それに対してそのISの操縦者は窘めるように小さく笑って、ランスを握っていない方の手に持った扇子を一振りして開き、『救援』と書かれたそれで口元を隠して自己紹介した。

 

「IS学園生徒会長、更識楯無。そしてIS<ミステリアス・レイディ>よ。よろしくね」

 

 その姿に、ゲホゲホと咳き込んでいた一夏が顔を上げ、驚愕の声を上げる。

 

「楯無先輩……!!」

「よく頑張ったわね、一夏くん。後はお姉さんにお任せあれ。あんな三下すぐに片づけて、ケガの手当てしてあげるからね」

「ガキが言うじゃあねえか! 望み通りぶっ殺してやるよ……!」

 

 言って微笑む楯無に、一夏は尻餅を付いたままどうしようもなく安堵した。一方、一夏にかけられた言葉に混ぜられた挑発を聞き逃さなかったオータムはさらに怒りを見せて身構える。だが、そのセリフを聞いた楯無はますます微笑みを深くして、呆れたように首を振った。

 

「あらあら。センスの無いセリフねえ、そんなだから初対面で三下扱いされちゃうのよ? <亡国機業(ファントム・タスク)>のオータムちゃん?」

「殺すッ!!」

 

 更なる挑発にオータムが動いた。瞬時加速に乗って楯無へと肉薄し、副腕を振り上げ格闘戦――――と見せかけ、その先端を開いて近距離からの掃射を行う。しかし、ミステリアス・レイディの纏っていた透明なヴェールが揺らぐとまるで彼女を庇うかのようにその間へと滑り込み銃弾を受け止めた。本来であれば、その薄い防御を容易く突破するはずの銃弾は、ヴェールの中に突入した瞬間勢いを失って無効化される。

 

「何だと!?」

「隙ありっ!」

 

 驚愕したオータムに対して楯無はそのランスを突き出して自らの盾であるヴェールを突破。その刺突で以ってオータムを大きく突き飛ばす。しかしオータムもさる者、自身の脚と副腕を床や壁に突き刺して態勢を制御し着地、油断なく楯無と向かい合った。

 

「野郎ッ……! ただの水じゃあねえなっ!?」

「あら、意外と鋭いじゃない。お察しの通り、この水はISのエネルギーを伝達するナノマシンを使って制御していてね。通すも通さないも自由自在よ。この防御を破りたかったら、せめて虚を突いて攻撃する事ね」

 

 吐き捨てるオータムに対して、余裕たっぷりにアドバイスまでして見せる楯無。しかしそれを見て、オータムは逆ににやりと笑みを見せた。

 

「だったらどこまで耐えられるのか、てめえが死ぬまで試してやるよ!!!」

 

 その言葉と共にオータムは両手と副腕にアサルトライフルを呼びだして一斉掃射。しかしランスを持った手を突き出して即座に水の盾を張ったミステリアス・レイディにそれが到達する事は無い。見る見るうちに水の中に留められた弾丸が数を増やし、それでもオータムは連射を止めずに攻撃を続けてゆく。

 

「何だ……?」

 

 その攻撃に作為的な物を感じた一夏が目を凝らす。良く見れば、その副腕の一本がリロードを装って僅かに不自然な動きを見せている。その先端からは一本のエネルギーワイヤー。更にその先は既に投擲されたナイフへと繋がっており、それは柱に引っかかって軌道を変え、楯無の首目掛け飛来する。

 

「楯無先ぱ――――」

 

 一夏が言い切る前にその切っ先が楯無に迫る。だが、そこまでだった。楯無は手に持った扇子を閉じ視線を向ける事も無く扇子でナイフを弾き飛ばす。完全に解り切っていたとしか思えない防御に、一夏とオータムは同時に驚愕した。

 

「馬鹿な……!」

「自分から隙を作っちゃ世話ないね」

 

 それを見てとった楯無は手に持ったランスを横薙ぎに大きく振るう。すると水のヴェールが盛大な音を立てて弾け飛び、内包していた弾丸が散弾銃じみてオータムのアラクネに襲い掛かった。

 

「ッ!」

 

 それをオータムは瞬時に呼び出したエネルギーシールドで防御。だがそれに続くランスによる突撃を受け、エネルギーシールドは容易く破られる。更にランスの切っ先が先程自ら破った盾に使われていた水を纏い、その表面を高速回転させてアラクネの強固な装甲を削り取るように破壊した。

 

「ガアアッ!?」

 

 今度こそ何も出来ずに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるオータム。その姿を見届けた楯無は一夏に向き直って呼びかけた。

 

「一夏くん、白式を!」

「……! はいっ!」

 

 一夏はその声に応じて右手を掴んで突き出し、その名を――――自身の愛機である白式の名を、高らかに叫んだ。

 

「――――来い、白式ッ!」

 

 その全身がISを展開するときと同様、白い光に包まれる。その手の中には先程床に転がったコアがいつの間にか浮遊しており、それが光の粒子へと分解され、再構築。そして光が収まった時、そこには白式を纏った一夏が立っていた。

 

「やった……! どうだこの野郎! もう負ける気がしねえぜ……!」

「遠隔での呼び出し(コール)だと……馬鹿な……そんな事が……!?」

 

 白式を纏ったまま自信を深め拳を握る一夏に対し、驚愕して動揺するオータム。その姿を見て楯無は『見事』と書かれた扇子を開き、それを見て一夏は大きくうなずく。そして二人はオータムに向かってそれぞれの剣と槍を構えた。

 

「さて、大人しくお縄について貰えるかしら、オータムさん。いくら貴方が強くてもここからの逆転は無理だと思うけど」

 

 優しく言いつつ、しかしそのランスの穂先はしっかりとオータムの心臓に向けて楯無は笑いかけた。それを見てオータムの顔がますます屈辱に歪む。

 

「ふざけるな……ふざけやがって……! この私がこんな……!」

「喚いたって状況は変わんないぜ? ま、俺が言えたことじゃない気がするけど……」

「いいのよ、それは勝者の特権。しゃんと胸を張りなさい」

「うっす!」

 

 その姿を見て一夏は少々バツの悪そうな顔をするが、楯無に制されて気を引き締める。一方のオータムは膝をついた状態から勢いよく立ち上がり、全ての腕にそれぞれ違う装備をコールして叫んだ。

 

「ブッ殺してやる……! 今ここで!」

 

 ショットガン、ブレード、マシンガン、カタール、そしてランチャー。三つの副腕と両の腕にそれぞれの装備を握らせたオータムはその銃口を二人に向けて身構える。一機のISが扱うべきではない程の重装備の数々に、思わず一夏が冷や汗をかいた。だがそれを見ても楯無は余裕の表情を崩さない。それどころか、まるで感心するかのような口調で言った。

 

「流石はアメリカで作られた機体ってだけはあるわね。何と言うか考え方がシンプルで、正直嫌いじゃないわ。でもここでそこまでやられるのは本意じゃないから、早々に倒させてもらおうかしら」

「その減らず口ごと、すぐにミンチにして――――何だと?」

 

 その挑発に反応して飛びだそうとしたオータムがまるで何かに呼び留められるように動きを止める。それを一夏と楯無は訝しみ、迎撃の態勢を取った。しかしオータムは何やら狼狽したように、虚空に向けて懇願するような声を上げた。

 

「待ってくれ! ここまでコケにされて…………ああくそっ、分かった了解だ! すぐ戻る!! ――――命拾いしやがったな、ガキども」

 

 うんざりとしたようなオータムに一夏が訝しむ。だがその時撤退の意図を見抜いた楯無は既にオータム目掛け突撃を敢行していた。そこへ向けオータムはランチャーから榴弾を一発撃ち放つ。楯無はそれを水のヴェールで捕らえようとしたが、それよりも一瞬早く榴弾が炸裂して更衣室に白煙を撒き散らした。

 

「スモーク!?」

「一夏くん、気を抜かないで!」

 

 楯無は一夏への注意と共に咄嗟にオータムへと飛びかかる。だがしかしその時既にオータムはその場を飛び退いて、一夏が荷電粒子砲で開けた大穴へと飛び込んでいた。それを楯無は追おうとして、しかし反転。波のように水のヴェールを動かしてその穴へと殺到させると、オータムが咄嗟に仕掛けていった蜘蛛の巣状のネットが水を捕らえてその姿を空中に浮かび上がらせる。

 

「……見事な引き際ね」

 

 その前に立ってようやくわずかに悔しさを滲ませる楯無。その横に、バシャバシャと水たまりを踏みながら一夏が駆け寄ってくる。

 

「楯無先輩! オータムの奴は!?」

「逃げられちゃったわ。でもまだそう遠くへは行ってない筈。……まだ動ける?」

「少しエネルギーだけ補給すれば、すぐにでも」

「分かったわ。とりあえず、まずは織斑先生に連絡を入れてもらっていいかな? 私は生徒会の子達に監視カメラやレーダーのデータを送ってもらう様頼むから」

「了解!」

 

 今後の動きを指示されて、一夏はISの通信機能を使って千冬へと連絡を取る、だがそれよりも早く、懐にしまわれたままの携帯端末が盛大に着信メロディーを鳴らした。

 

「うおっ、えっとポケットポケット……クソッ装甲が邪魔で取れねえ! 白式、解除だ!」

 

 音声認証を通して制服姿へと戻った一夏は端末を取り出してその画面を眺める。織斑千冬。そこに表示された今まさに連絡しようとした相手の名前に一夏は驚いて、慌てて通話の着信をオンにして耳へと押しつけた。

 

「もしもし!? 千冬姉!?」

『……一夏、無事か!? 一体何処に居る!? 今すぐ会議室Bに来い! 緊急事態だ!』

「ち、千冬姉? 俺今の今まで、楯無先輩と一緒に亡国機業とか言うテロリストと戦ってて……」

『何だと!? ……ああくそっ! とりあえずさっさと来い! 事は一刻を争うんだ!』

「だ、だからさ、一体何が起きたんだ! せめて説明してくれよォ!」

『ああもう! 緊急事態だと言ってるだろう! すぐに戻ってこい、いいか、石動が攫われた!!』

「………………何だって?」

 

 

 

 

 

 

「……くそっ!」

 

 一夏達もまた亡国機業とやり合っていたと聞き、私は思わず壁に向けて拳をぶつけようとして、止めた。とりあえず、一夏は更識と共に居て無事であるらしい。ならば、今目を向けるべきは其方じゃあない。私は端末に送られてきたデータに眼を細める。

 

 そこにあるのは無許可での稼働が確認されたISの反応のログ。見る限り多くが今し方一夏達が居たという第四アリーナ周辺に集中しているが、その前に一つ、ごく僅かな一瞬だけの反応が校舎の近くで観測されている。更識が確認に行かせた布仏虚(のほとけうつほ)からの報告によれば何者かが争った形跡と、石動の監視の為に更識が押しつけたマトリョーシカの残骸が発見されたらしい。

 

 次に私が目を向けるのは一つの動画ファイル。その観測地点周辺の監視カメラの映像だ。そこにはフードを被って顔の見えぬ少女に手を引かれる石動の姿と、数分後救急隊員に扮した一団によって運ばれる担架とそれに付き添う先程の少女の姿が映っている。

 

 そして最後に見たのは石動が身に付けている発信機の現在地点。それは、今や校舎を中心とした学園祭の会場からは少し離れ、車に乗っているらしき速度で学園と本土を繋ぐ資材搬入用のトンネルへと向かっていた。

 

 この要素から考えられる結論は一つ。石動は拉致され、直後一夏を狙った何者かが襲撃を行った、と言う事だ。恐らく、同一犯。いや、同一組織による仕業とみていいだろう。何よりも、一夏が私に伝えた一つの組織の名前。

 

「一夏だけでは飽き足らず、よもや石動にまで手を出すとは……! ふざけるなよ亡国機業(ファントム・タスク)!! 護衛の任さえなければ、すぐにでも出向いてなます切りにしてやる物を…………!!」

 

 思わず通信端末を握る手に力が籠る。ミシリ、と言う音に慌てて力を緩めた私は、どうやらまだ満足に動きそうな端末を見て小さく安堵の溜息を漏らした。

 

 私は今、応接室の前で一夏達に連絡を取っていた。応接室内には私が護衛に就いていた招待客達が集っており、学園長と轡木(くつわぎ)さんが彼らの相手をしてくれている。だが、自前の護衛を連れて学園祭に参加した招待客は散り散りな上、すぐに全員と連絡を取る余裕もない。

 

 連絡が取れたものから近くの教師と合流するように指示してはいるが、それも焼け石に水だ。本来であれば私自らが事態の収拾に動く所だが、その間に彼らの護衛を疎かにしてしまっては何の意味もない。そしてそれは当然、石動の救出にも私は向かう事が出来ないことを意味する。

 

 私はこの現状に歯噛みして、しかし状況を打開すべく一夏と共に居るはずの更識へと通信を送った。

 

「聞こえるか、更識」

『……織斑先生? 今、会議室へ向かってますけど……』

「先に言っておくが、私はそちらには行けない。そこで、お前に今回の指揮を頼みたいんだ」

 

 その言葉に、電話の向こうで更識が息を飲むのを感じる。だが、他に方法は無いし、個性に溢れるあいつらを統率できるのも更識くらいの物だ。幸い通信は通じるし、私は今回サポートに徹するのが最善だろう。だが――――

 

「突然の申し出だ、お前には拒否する権利が――――」

『いえいえ、やらないとは言ってないですよ? とりあえず、分かっている事を私にも伝えてくれますか?』

「……すまん」

『お気になさらず』

 

 私は通話と並行して先程見たものを含めた幾つかのデータを送信した。それから、他の参加生徒との合流手順を更識に伝えてゆく。

 

「まず会議室Bに……一夏と向かっているな?」

『はい。私と一夏くん以外には、誰が参加を?』

「まだ詳しい話は出来ていないが篠ノ之箒、凰鈴音(ファンリンイン)、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ。以上の五名だ」

『ダリルさんとフォルテちゃんは?』

「彼女達とは連絡が付かなかった。あの二人が居れば心強いのだが、あまりこだわっている時間も無い」

『仕方ありませんね……とりあえず、全員集合した地点で我々は石動先生の元へと向かいます。情報の統制とかについてはお任せしても?』

「構わん。むしろ、それこそ此方がやるべき仕事だろう」

 

 そこまで言い終えた私は、もっと何か伝えておくべき事がある気がして眉間にしわ寄せ思案する。このような状況で一番恐れるべきもの…………。そこで、私の脳裏に一人の敵が過ぎった。……いや、しかし幾ら()と言えど、それほどの情報収集力が――――

 

『…………何か、懸念があるんですか?』

 

 黙り込んだ私を案じてか、心配そうな声色で問いかけて来る更識。私はその声に対してどう答えるべきか一瞬判断に迷ったが、あらゆる可能性を提示しておくべきだと思考を切り替え、私はそれを更識に話し出す。

 

「一つだけある。この状況…………私の予感が正しければ、恐らく()がやってくる」

『奴? もしかして、篠ノ之――――』

「いや、束ではない。…………<スターク>。奴が、このようなおあつらえ向きの事件を見逃すとは思えん。出会ったら本格的な戦闘は避けろ。お前単独ならともかく、他の皆を守りながらやり合える相手ではない……!」

『でも、もし本当にスタークが現れるようならまずいですよ。まだ事件の発生を知るのは私達くらいです。それにIS学園は外部から軽々しく足を運べる場所に無い。だとしたら――――』

「生徒達――――いや。最悪、私達教師陣の中にスタークが居る可能性も考慮しなければならないだろうな……!」

 

 苦々しさに歯を食いしばって、私は更識の危惧を肯定した。そうだ、今までもそうだったが、スタークの神出鬼没ぶりは只事ではない。学年別タッグマッチの時も、臨海学校の時もそうだ。正にここしかないというタイミングで奴は現れ、多くの爪痕を残していった。

 

 だがそもそもそれがおかしい。ラウラの暴走も、福音(ゴスペル)の襲来も、どれもがイレギュラーなトラブルだった。それに対してああまで迅速に対応するには、あらかじめ事件が起きても即座に動ける程近くに居た事になる。福音の時は束のように外部から侵入するのも不可能ではないが、タッグマッチと今回は事実上孤立した空間であるIS学園内部での出来事だ。

 

 もし、今回本当に奴が現れでもしたら、今回の学園祭とタッグマッチの招待客を洗った後に、内側に疑惑の目を向けねばならぬ。それほど奴の危険性は高いのだ。くそっ、しかし今はそれ所では無い。スタークが現れようが現れまいが、私がやるべき事はそう多くないのだから。

 

「…………ひとまず、そちらは私が考える。お前はこのまま会議室へと向かい、皆を統率して石動の救助に向かってくれ」

了解(ラジャー)! では一旦切らせていただきます!』

「ああ、また出撃時に一度連絡をくれ…………頼んだぞ」

 

 言い終えて、私は通話を終了した端末をスーツのポケットへと仕舞い込む。くそっ、亡国企業の奴らだけでも手一杯だというのに、ここにスタークも加わるとなれば……。それは最悪の予想だと私の本能が訴えかける。だが、今護衛の任という重しを付けられた私に出来る事は無い。後はいかに奴らをサポートして、この作戦の成功率を上げられるかだ。

 

 そこで私はようやく先ほどの怒りに満ちた状態から一転。くたびれたかのように近くの壁に溜息を吐きつつ寄りかかると、迅速に今まで手に入れた情報の精査及び整理、そしてそれをまとめたデータの送信を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「エム様、ドリンクです」

「寄越せ」

「はい」

 

 くだらない一日だ。車の助手席で腕を組み、後部座席の部下からスポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出された私は、それを雑に奪い取ってから開けて一口飲みながらに思う。…………本当に、くだらない一日だ。

 

 今考えて見れば、作戦の開始前には私も多少なりとも期待と言える物を僅かにしていたように思う。世界各国から集った次代のトップ操縦者の卵たち。そこに侵入するというのだから、多少の危機くらいはあってもいいだろうと思っていた。だが蓋を開けて見ればどうだ? そこに居たのはぬるま湯に使って腑抜けた年相応の餓鬼ばかりで、祭りの裏で自身等の同輩が拉致されている事にさえ気づけない。こんな所でその腕を腐らせているとは、織斑千冬も落ちたものだ。

 

「チッ……」

 

 そしてその事を考えると、どうしようもなく私は苛立ちを覚えた。無能なIS学園の大人共もそうだが、無理矢理に参加させられたこの作戦で、私に得る物が何一つ無いと言うのが更にその怒りを助長する。

 

 せめて、代表候補生あたりとの戦闘許可でも出ればマシだったが…………あの女狐(スコール)め。私に対しては交戦許可の一つすら出さないとは。さらに苛立ちを募らせた私は用意されていたペットボトルの飲料を一口呷って、また外へと目を向ける。

 

「エム様。じき、合流地点に到着します」

「ああ」

 

 この救急車に偽装した車両を運転している男の報告にそっけなく返して、私は現状に思いを馳せた。

 

 今現在、我々は石動惣一を確保し、スコールの待つ資材搬入用トンネル近くの重機倉庫へと向かっている。そこでスコールとその部下、さらに白式の奪取に向かったオータムと合流し、その後可及的速やかにこの場を離脱する計画だ。余りにも単純な作戦ではあったが、そのシンプルさが苛立つ私にはむしろ好ましい。既にスコールの部下がトンネルの管理員たちを制圧し終えているとの事で、以降に懸念される要素はもはや殆ど無い。

 

 あるとすれば、オータムの奴がドジを踏むくらいか。

 

 その可能性に思い至った私は口元を歪め、奴が盛大にイレギュラーを起こす事をつい願う。私にこの亡国機業への忠誠心などまるでない。首輪を付けられ、下らん命令に従って無為に力を振るうここでの生活にどう喜べと言うのだろうか。

 

 私は強い。その力を戦場で振るい、敵対者を叩き潰すのは正直好きだ。だがしかし、奴らの命令に従ってその力を振るわされるなど業腹の極みだ。せめてもっとマシな指示は出来ないものか。例えば、当初の予定通りアメリカ軍の基地を襲撃して機密情報を強奪してくるとか、IS学園を襲撃して全世界に宣戦布告するとかな。まあ、常に及び腰で軟弱な奴らの頭では前者はともかく、後者の様な突飛な考えなど実行できるはずも無い。

 

 一刻も早く、自由が欲しい。この様な腐れどもの肥溜めから逃れて、私の力を世界に誇示したい。

 

 そう、これまで何度考えたか分からない現状への不満を私はまた繰り返す。それを実現する力自体は手元にある。だがその実行には、私の体内に注入されているナノマシンが邪魔だ。私が亡国企業を裏切らぬ様に、そしてその命令に従わせる為に注入された殺害装置(キルスイッチ)。例えば私が殺意を持ってスコールに襲い掛かればまずは激痛と共に体の自由を奪われ、そこからは奴らのさじ加減一つで脳を沸騰させられて私は死ぬ。実際そうなりかけたのは一度や二度ではない。

 

 忌々しい。この枷さえなければ、亡国企業の奴らなど纏めてなます切りにしてやると言うのに――――!!

 

 元々憮然としていた顔を更に歪めて、上空を流れる雲に向けて私は無為に殺気を向ける。その時、車がブレーキをかけて停車した。どうやら合流地点に着いたようだ。

 

「エム様、到着です」

 

 運転手の言葉に私は答える事無く車から降りて、後ろ手に思い切りドアを叩きつけて閉める。恐らく車内の他の奴らは大いに驚いただろうが、私を恐れてか抗議してくることもない。いいザマだ。

 

 その行為で僅かに苛立ちを解消した私は足早に倉庫の中へと足を踏み入れた。そこには、本来あるはずの重機があらかじめ撤去された広々とした空間が広がっている。そして資材と共に椅子や机、更にいくつかのコンピュータが並べられた一角で、驚くほど上等なスーツに身を包んだスコールが数人の部下と共に私達の到着を待ちわびていた。

 

「……あら。おかえりエム。思ったより早かったわね」

「フン。オータムはまだか?」

「彼女ならちょっと問題が発生したみたいでね。アラクネでこちらに向かってるから、じき到着するはずよ。それと、織斑千冬が緊急に専用機所持者を呼び出しているってレインから連絡があったわ。石動の拉致は発覚したかも知れないわね」

「…………ハッ。奴め、しくじったか」

 

 スコールの説明からオータムがドジを踏んだことを理解した私は大笑いしたい衝動を必死に抑え込んで、平静を装いつつスコールにそう返した。そう、亡国機業の人間などどいつもこいつも虫唾が走るが、弱いくせに普段からふんぞり返っているオータムが私は特に嫌いだ。その癖プライドが高く、事あるごとに私に突っかかってくるから煩いことこの上ない。少しはこの失敗で頭でも冷やして欲しい所だな。

 

「そういう言い方は……まあ、とりあえずはいいわ。それよりエム、石動惣一は?」

 

 オータムの失敗に思わず嘲笑を浮かべた私を、スコールは一瞬咎めようとしてすぐに諦めた。そして私の成果を見せるよう要求してくる。それに私は一度これ見よがしに鼻を鳴らして、偽救急車に同乗していた部下たちに首で合図を送った。すると、奴らはすぐさまそれに反応して気絶したままの石動惣一を乗せた担架を運んで来て我々の前に横たえる。

 

「…………思ったより派手にやったみたいね、エム」

「随分と場慣れしていた様だからな。それなりにやらせてもらっただけだ」

 

 石動惣一は折れた足首はそのままだが、念のため腕は後ろ手に結束バンドで固定されている。その有り様を見て眉を顰めたスコールの皮肉に、私は珍しく率直な感想を口にした。それを聞いて、スコールはそれこそ珍しい物を見たように目を丸くする。

 

「へえ……貴方がそんな事を言うなんて、意外と評価してるのね」

「仮にもIS操縦者養成機関の教師だ。最低限の抵抗位してもらわなければつまらん」

 

 私は意識して『学園』と言う言葉を避けて、スコールの冷やかしに小さく鼻を鳴らす。それに対して目の前の奴は実に興味深そうな目をしていて、私はそれが少しばかり癇に障った。

 

「まぁ、詳しい事は後で聞くわ……誰かMr.(ミスター)石動に気付けを。少しお話してみたいの」

「少々お待ちください」

 

 手を鳴らして部下を呼びつけたスコールの声に一人が応え、すぐに薬品の入った小さな注射器を用意する。そのまま、そいつは石動の折れていない方の腕の袖を捲ると手早くそれを注射した。

 

「……ぐっ…………」

 

 投薬を終えると、すぐに薬の効果が出たのか石動惣一がうめき声を漏らす。ここまで身じろぎ一つしなかったというのに、随分とあっさりとした物だ。まあ、気付け薬とはそう言う物ではあるのだが。

 

「…………お前らは」

 

 目を覚ました石動惣一は、顔を上げて周囲を見渡しすぐに自身の置かれた状況を理解したようだった。苦々しい、それでいて敵意に満ちた目で周囲を睨みつける。しかしその眉間には皺が寄り、骨折の痛みとこの状況の苦々しさに相当奴が堪えているのは私にもありありと見て取れた。

 

「初めまして、石動さん。お会いできて光栄よ」

「そりゃどうも。俺もアンタみたいな美人に会えて光栄だ。お近づきのしるしにコーヒーをご馳走したいんで、ちょっとこの縄を解いてくれねえかな?」

「口の減らん奴だ。腕の次は顎を砕いてやろうか」

 

 開口一番ぺらぺらと受け入れがたい要求を口にする石動惣一を脅すように私は凄んだ。それを聞いた奴は私の方に視線をやり、こちらの顔をじっと見つめて来る。その視線に何か探るような物を感じた私は奴の眼前に歩み寄り、容赦なく裏拳をその頬に浴びせてやった。

 

「がはあっ!? がっ、クソッ……!」

「…………エム。おいたはダメよ。それに彼は客人なのだから――――」

「嫌な視線を感じただけだ。それに手加減はした」

 

 あえなく横倒しになってその拍子に骨折が痛んだか、うめき声を上げる石動惣一。その様を見て咎めるスコールの言葉を私は苛立ちを持って切り捨てた。そうすると、スコールもこう言う時の私をあまり刺激しない方がいい事を良く知っているが故に、肩を一度竦めてそれで話を切り上げる。そして彼女はまた床に転がって呻く石動惣一に目を向けるのだった。

 

「ウチのエムがごめんなさい。立てるかしら?」

「無理言うんじゃねえぞ……! だからこの拘束を外せって……!」

「あら、じゃあそのままでも構わないわ」

 

 石動の要求をさらりと流してスコールはにっこりと微笑んだ。

 

「とりあえず石動先生。貴方には私達と来てもらいます。大丈夫。これ以上抵抗しなければ手荒い真似はしないと約束するわ」

「手荒い真似ねぇ。もう俺はこの通り全身ボロボロなんだが」

「それは貴方が抵抗したからでしょうに。ね、エム?」

「その通りだ」

 

 石動の愚痴に近い反論を受けてもスコールはその笑顔をこれっぽっちも崩せない。当然だ、この女の()()()()()鉄面皮は生半可な物では無い。それに幾度辛酸を舐められた事か。

 

 過去の屈辱を僅かに思い出して、私はまた苛立ちを燻らせ始める。いっそ、ここで石動の無事な方の脚も踏み折ってやるか。そうすればこの減らず口も少しは静かになるだろう。そんな事を考え始めたその時、一人の下っ端が私達の前に現れ、小さくお辞儀をした。

 

「失礼します。オータム様が到着されましたが、アラクネの損傷が激しく応急修理が必要です。いかがいたしますか?」

「すぐに始めて。ある程度アラクネが動くようになったらここを出るわ。オータム自身は無事なの?」

「作戦に支障のある怪我はありませんが、いくつか傷を。今は奥の事務所で休まれております」

 

 それを聞いて、スコールは一瞬本当に心配そうに顔を少し俯かせた。この二人の関係は私もよく知っている。もはや真っ当な人間とは言えなくなったスコールに、プライドばかりが肥大化した加虐趣味のオータム。全く、趣味の悪い奴は趣味の悪い奴を好きになるという事だな。そう心の中で二人を罵っていると、スコールはすぐさま顔を上げて部下に対して指示を出し始めた。

 

「分かった。私もオータムの様子を見に行く。心得のある者はアラクネの補修を手伝って。そこの三人はトンネルのゲートの解放をお願い。他の者は石動の監視を。エム、貴方も石動惣一の監視を――――」

「いや、私も行く。オータムが心配でな。逃走にも影響が出るかもしれんし、その怪我の程度を一目見ておきたい」

 

 その、私のあまりにあからさまな欺瞞に、当然気づいているであろうスコールは苦々しい顔をした。それを見た私は逆に満面の笑みを浮かべそうになったが、意志力を持ってそれを封殺、いつも通りの平静を装い、スコールの目を強く睨みつける。すると奴はここで言い争うのは無為だとでも感じたか、諦めたように溜息を一つ吐いて私の同行を了解した。

 

「………………分かったわ。ただし、余計な口出しはしない事。いいわね?」

「ああ」

 

 口を出す必要もない。奴は私の視線を見れば、そこに込められたものを容易く理解するはずだ。全く、無能の癖して嘲りを受ける事に関してだけはやたらと鋭いのがまた笑える。

 

 その時、笑いを堪えていた私とすぐにでもオータムの様子を見に行きたそうなスコールの足元で、無様に転がったままの男が突然大声を上げた。

 

「オイオイ、人質を放って仲間の心配か!? 優先順位がダメダメだな! それより自分の心配をした方がいいぜ! きっともう皆が俺を探してこっちに向かってるはずだ! 奴らが到着したら、お前らなんてズタズタのボロボロだぜ。覚悟しやがれ!」

 

 強く言い切ったはいい物の、拘束されて芋虫のようにコンクリートの床に這いつくばるその姿は滑稽そのものでしかない。故に、それを見ても私は珍しく不思議と怒りは感じず、逆に嘲笑いたくなるような嗜虐心(しぎゃくしん)が鎌首をもたげるのを感じた。だが、その啖呵はスコールにとってはどうにも苛立ちを煽る物だったようで、奴は私の部下の女を小さく手招きし、その耳元に口を寄せて囁いた。

 

「……どうやら、石動さんは私達に非協力的みたい。少し『おもてなし』してあげて、うまい事『説得』しておいてくれるかしら?」

 

 そこに込められた言外の意味を正しく受け取って、その女は喜悦に大きく口元を歪めた。

 

「はっ、了解しました……!」

「ふふ、よろしくね?」

 

 歳に似合わぬ茶目っ気たっぷりのウインクを部下に送って(この時私は顔を背けてえずきたくなった)、スコールは身を翻してオータムの元へと向かう。私はその背を少し距離を取って追った。そうして少し離れて、部下たちが資材の陰に隠れて見えなくなった頃。先程まで居た方角から、何発もの打擲音(ちょうちゃくおん)とくぐもった男の叫びが聞こえて来る。

 

 フン、どうやら大層な『おもてなし』を受けているようだ。

 

 正直、迂闊と言う他あるまい。ここで奴にとってああもあからさまな挑発をする意味など微塵も無かったはずだ。だが実際にそれを行ったという事は、奴に何らかの考えでもあったという事か……?

 

 ……無いな。少し考えて納得して、私は再び人が暴力を振るわれる苦い音と石動惣一の悲鳴の合唱に耳を澄ませる。後で奴らの元へと戻った時、石動惣一がどれほど無残な有り様になっているのか。それを期待しながら、私はスコールを追いオータムの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、と。そろそろ始めるかァ。

 

 俺は思いっきり伸びをして、それから首に手をやりゴキゴキと鳴らす。随分とじっとしてたからな……こんなんじゃ、所謂エコノミークラス症候群になっちまうよ。ま、それは俺が人間なら、って言う前提の上での話なんだがな。

 

 しかし、今の俺は久方ぶりに自由だ。自由! なんと素晴らしい響きだろうか。監視者も誰も居ないし、それに何よりあのうっとおしい盗聴器も捨ててきたしな。踏み砕かれまでしたのは予想外だったが。お陰できっと学園の奴らはより緊急性の高い案件だと思っちまうだろうな…………そこは一つの懸念ではある。ま、それでも奴らがここに来るにはもうしばらくかかるだろう。あとは発信機は身に付けたままだが……これはIS学園の奴らに俺を助けさせるのに使うのだから、ノーカウントだ。

 

「クソッ……何なのよアンタは……!」

 

 そんな事を考えながら念入りにストレッチを繰り返していると、俺の尻の下から石動惣一の声。だが口調がおかしいよな、何故かって? それはスコールとか言う奴がここに残していった部下の女が上げた声だからだ。

 

「おう、悪い悪い。重かったか? ほれ」

 

 俺はそいつににっこりと笑顔を向けて、手首と肘の中間で綺麗にへし折られた腕を踏みにじって石動の声で悲鳴を上げさせる。俺程じゃあないが、石動の奴もいい声してやがるなあ。そう僅かな感慨を感じて俺は目を細めた。

 

 種明かしは単純だ。俺の顔や物質を変化させる能力を使って、こいつの喉を変化させた。それだけだ。俺が自分(石動)の悲鳴を聞くと言うのは中々に稀有な体験だが、今はそれを楽しんでいる時間は無い。何せ、今出てった奴らがいつ戻ってくるかなんて俺にも予想はつかないからな。

 

 周囲に目をやれば、まずは抜け殻となった満身創痍の俺の体。こりゃひどい。だがまあ、これくらいのケガをしとかなきゃ逆に怪しまれるだろう。寧ろこの後は被害者として振る舞って、本格的に織斑千冬からの信頼を勝ち取りに行くか。次に、周囲を取り囲んでいた誘拐犯ども。まあ、そいつらはもう消滅した後の僅かな残滓がちらつくだけで、俺が意識する価値は無い。

 

 そして最後に、この女。この女には生かしてある理由がある。一つは悲鳴を上げさせる事でのこの状況の偽装。そして、もう一つは情報収集だ。俺は女の背に座ったまま、頭を鷲掴みにして問いかけた。

 

「なあ、いくつかいいか? インタビュー(尋問)だよ。教えてくれれば、ん~……まぁそんな嫌な思いしないように殺してやるぜ」

「ふざけるな! 何者だ貴様! 皆に、私に一体何をした!」

「うおっ怖ぇ」

 

 俺はその剣幕にヘラヘラと笑いながら身を震わせる真似をして、この女が自主的に情報を吐き出す事は無いのだと結論付けた。ま、なんというか無知は罪だよなあ。情報が少ないと、おのずと選べる選択肢は狭まっちまう。だが、残念ながら知る事によって結末が確定しちまうこともこの世の中にはあるわけで。

 

 俺はそこでふっと笑みを消して、コンクリートの床に女の横顔を見つめる。そこで女は何かに気づいてしまったような顔をして、ほんの少しだけ、目を見開いた。

 

「俺が何者かって? …………そうか、いいぜ。教えてやるよ。この世界で初めて、お前は俺の正体を知る人間となる。おめでとう」

 

 その言葉に女がやめろ、と言いかける。だがその時、俺は既に石動惣一の姿から不定形のスライムじみた姿へと崩れ落ちていた。女が絶叫を上げる。驚愕と、恐怖と、絶望。その全てがないまぜになったその表情に俺は随分と愉悦を感じながら女の中へと入り込み、あっさりとその肉体を奪い取った。

 

 

 

 

 

 

「よいしょ……っと」

 

 女に憑依した俺は立ち上がり、まずは喉を元に戻して、それから体の調子を確かめるようにストレッチをする。その時へし折った腕を伸ばそうとして少し痛みを感じたが、それを無視してそっと自分の顔に触れてみた。

 

 ふむ。これが女の体か、興味深い。男の体とはかなり重量バランスが違うな。特に乳房のせいで少し前に引かれる感覚がある。だが、中々に鍛えられて居る体だ。悪く無い。ビルドの世界で憑依した万丈や戦兎とは比べ物にならないが、少なくとも俺が普段使いにしている石動のコピーよりはずっと身体能力は高いな。

 

 俺はちょっとだけ、どれほどこの体の能力を引き出せるか試したくなって、止めた。そんな事してる場合じゃあねえな。少しだけ浮かれた気持ちをクールダウンして、俺は無造作に額に指をやる。

 

 そして、この女の記憶を脳から読み取ってゆく。

 

 さてと、まず名前だが、コードネーム――――ああ、<スコール>やら<オータム>なんか本名なはず無いからな――――<ジュビア(lluvia)>。本名、アニタ・バレス。20歳。生まれた時は3193グラムの元気な赤ん坊で――――

 

 そこで俺は一度指を額から離して自分を戒める様に首を左右に振った。いけねえいけねえ、こう言うもんはつい覗きたくなっちまう。こればかりは性分だな。今必要なのは、こいつらの素性に関する情報、そしてこれから役に立つ事柄。

 

 そして何よりも――――あの、<エム>と呼ばれていた小娘についてだ。

 

 少々もったいないが、俺は女の記憶を雑に扱い、目的の記憶を捜索してゆく。その内、目当ての記憶は割とすぐに見つかった。そして俺はそこでようやく、この襲撃者達の正体を知る。

 

「<亡国企業(ファントム・タスク)>の実働部隊、<モノクローム・アバター>…………」

 

 それは、俺が求めてやまなかった情報だった。余りにも都合のいい展開に、俺は女の顔で歪んだ笑みを零す。

 

 ――――まさかとは思ったが、こいつら本当に亡国機業とは! 笑うなって方が無理だろう! 全員の殺害も視野に入れてたが、作戦変更だ。ここはどうにかして交渉に持ち込む。何せ奴らの持つであろう情報網は本当に俺が欲しかった物の一つだ。俺を誘拐した手際から見ても、この世界における<ファウスト>の役割を十分に担える!

 

 そう確信して、俺は更に記憶の読み取りを進めてゆく。今回の奴らの目的は俺と白式。なるほど、確かに奴らとしては男性によるIS操縦技術や白式を欲しがるのは理解できる。その理由は――――別視点からのIS操縦者の確保。ああ、夏ごろからの篠ノ之束による襲撃で、IS操縦者を初めとした構成員を削られたのか。その穴埋めの為に、男もISに乗れるように出来る方法を探してるって訳だ。

 

 篠ノ之束にこいつらが襲われたのは<ブラッド>が所属しているのだと篠ノ之束が考えたからで…………しかしその嘘を篠ノ之束に吹き込んだのは他でもない俺自身なのだから…………ハッ! つまり、俺のせいか!

 

 おいおい、あまり笑わせるなよ! まさかあそこでこいつらに罪をなすりつけた事がこんな形で効いてくるとは! 因果応報……いや、この言葉は何かしっくりこない。人間の言語――――特に日本のそれはかなり研究したと思ったが、まだまだだな。帰ったら辞典でも読み漁るとするかね。

 

 そんな今後の余計な展望を脇に置いて、俺は更なる情報を記憶から引き出して行く。今回の作戦に参加した幹部は<スコール>、<オータム>、そして<エム>。それぞれが専用機を持ち、組織の中でも凄腕と認められた実力の持ち主らしい。まあ、そんな事はどうでもいいがな。

 

 俺の興味はエム、ただ一人。その情報を更に脳から引きずり出す。

 

 エム。本名、年齢、出身不明。何でも、突然スコールの推薦で幹部の座に収まったイレギュラー的な人物らしい。性格は苛烈そのもので、常に何かに抑圧されているかのようにイライラしている。それ以上にその実力は組織内でも恐れられており、スコールの機体が調整中の現在は、事実上の最強の座を欲しいままにしているとか。

 

 何よりもその容姿――――幼い頃の織斑千冬そっくりの容姿は、組織に入った直後は随分と噂になったようだ。尤も、そう言った事を言っていた奴らはエム自身の手によって黙らされる羽目になったようだが。

 

 まあ、ボーデヴィッヒみたいな人造人間も居る世の中だ。恐らくは織斑千冬のクローン体か何か、ってとこだろう。伝え聞く織斑千冬の実績や噂からしても、世界最強のIS乗りを量産して自分の手駒にする。そんな事を考える奴なんて、当然ゴマンといたはずさ。

 

 推測に過ぎないが、そんな事を考えた奴らによって生まれたのがあのエムなのかもしれない。ま、あの実力からして織斑千冬の完全なコピーではなくとも、かなり奴に近い能力の持ち主だというのは理解できる。……ならその遺伝子を調べて、場合によっては頂くとするか。あわよくば、それで俺のハザードレベルは5に到達するかもしれん。

 

 だが、焦るつもりは無い。この後、恐らく学園の救出部隊と亡国は恐らく戦闘に発展する。その事も考えて動かねえとな。そうなった場合、俺も是非一枚噛ませてもらいたいしよ。

 

 俺がそこまで考えた時。奴らが向かった方向から、何人かの人間が戻ってくる足音を俺の聴覚は感じ取った。こいつからはここまでか。ある程度の情報を抜き出した俺はその女の体から離脱し、遺伝子により形作った触手を突き刺して毒で女を消滅させると、音も立てずに手早く資材の影へと滑り込んだ。

 

 直後、床で気絶する石動のみを発見した奴らが慌ただしく周囲を警戒し始める。思ったより時間に余裕が無かったな。交渉の材料自体はあるが、一体どうやって話に持ち込むか……石動の顔のままじゃあまずいだろうし、誰かに擬態しておかねえと。

 

 その時、資材の陰に隠れていた俺の眼前の床に一発の銃弾が着弾した。

 

「そこに居るのは誰だ? 出て来なければ容赦なく撃ち殺すぞ」

 

 どうやらエムの奴が俺に気づいて発砲してくれやがったらしい。ったく、暴走してた頃の幻徳でももう少し真っ当な交渉をしたぜ?

 

 ……ま、仕方ねえ。どちらにせよここは出たとこ勝負だ。この交渉を何とか成功させつつ、時間を稼いで学園側の対応を期待する。そんな所だな。擬態は――――おあつらえ向きの顔がある。奴の顔なら、そういう役柄でも説得力があるだろう。

 

 俺は即座に脳裏に浮かんだ男の姿へと擬態し、資材の影からまるで余裕があるかのごとく悠々と歩み出るのだった。

 

 

 

 

 

 

「テメェ! あんなガラクタ掴ませやがって……どう言う了見だ、あァ!?」

 

 私の胸倉を掴み壁に押しつけたオータムは、まさしく(はらわた)が煮えくり返ったような顔で強く私を威圧してくる。だがそれに動じてやるほど私は優しい人間ではない。負け犬め。私はその侮蔑を隠す事も無くオータムを睨み上げる。

 

「やめなさい、オータム。今はそんな事をしている場合じゃあないわ」

「黙っててくれスコール! こいつには頭下げさせねえと気が済まねえ!」

 

 ほう。スコールの制止も振り切るとは今回は相当だな。私はその無様な姿に思わずほくそ笑む。

 

「ふむ、そうか。それは悪い事をしたな」

 

 そう、私はオータムを見下す笑みを浮かべながら形だけの謝罪をした。それを受けたオータムの顔は怪訝なものに変わり、より強く私の目を睨みつけて来る。

 

「…………あン? 何だテメェ、何のつもりだ」

「何だ? 頭を下げて欲しかったんだろう? 願いを叶えてやろうと思ってな」

「ナメやがって……!」

 

 私の尊大な物言いに奴が私を壁に押しつける力がますます強くなる。それを感じた私は、今膝を持ち上げてこの女の鳩尾(みぞおち)に突き込んでやったらどれほどスカッとするのだろうかなどとと、まるで他人事のように考えていた。

 

「大体、何なんだよあの<剥離剤(リムーバー)>とやらは! ISを解除できるのはいいが、その後遠隔で呼び出し(コール)出来るようになるってんじゃあ何の意味も無えじゃあねえか、クソが!」

 

 オータムは理不尽に耐えかねたかのような声を上げ、怒りに歯をギリギリと食いしばる。その様子があまりにも愚かしくてこれ以上は爆笑を堪え切れなくなると感じた私は、名残惜しいがここらでトドメを刺してやる事にした。

 

「ああ、その件だが。アレはもともとそういう目的で開発された物なんだよ。知らなかったか?」

「……はァ!?」

「操縦者とISのリンクを一度強制的に切り離す事で、逆に再接続の際のリンケージを強固なものにする。そして、遠隔での呼び出し(コール)能力を身に付けさせる…………それがあの剥離剤(リムーバー)と呼ばれる機密兵器の本来の使い道だ。計らずとも、お前はその本来の使い方をしてしまっていた様だな」

「ふざけんな!」

「ふざけているのは貴様だろう。我々の意図する『誤った使い方』は剥離剤(リムーバー)によって操縦者から切り離されたISコアが遠隔呼び出し(コール)機能を構築しきる前に物理的にそれが出来ないほどの距離を取り、それを以ってISコアの奪取とするものだ。そうすれば何の問題も無く『ISを強制解除して奪い取る』兵器としての運用が行える。…………大方、貴様はISコアを奪ってからもダラダラと長ったらしい講釈を垂れ流していたのだろう? あるいは、格下相手に善戦されたことで冷静さを失っていたとか」

「――――テメェッ!」

 

 私の完膚なきまでの正論にオータムはついに言葉をさえ忘れ去ったか、片手を振り上げ私の顔を殴り潰そうと試みる。私はそれを待っていたとばかりに腕に力を込めた。が、オータムの拳は後ろに控えていたスコールによって掴み止められ、私がカウンターを繰り出す事は出来なかった。

 

「やめなさいオータム。これ以上貴方の為に割いている時間は無いわ。とりあえず、部下たちの元へと戻るわよ」

「…………クソッ!」

 

 スコールに咎められたオータムは突き飛ばすように私から手を離すと、肩を怒らせて資材置き場へと歩いてゆく。私はそれを見送ってから自身の服のシワを少しだけ気にした後、歩き出したスコールの後を追う様にそれに続くのだった。

 

 

 

 

 

 私達が資材置き場へと戻ると、そこに呆然としたように佇むオータムの背中を見る。それを怪訝に思ったか、スコールがそれに声を掛けた。

 

「どうしたのオータム。そんなところで立ち止まって」

「……スコール。お前の部下、何処へ行った?」

 

 困惑したかのようにオータムの声に、私達はその横へと並び立つ。そこには拘束されたまま再び気絶でもしているのか身じろぎ一つしない石動惣一と、部下の誰かが持っていたと思われる消音機付きの拳銃が一丁転がっているだけだった。石動の監視を任せたはずのスコールの部下の姿は誰一人として確認できない。私達はそこで一気に警戒を引き上げ、特に私はいつでもISを纏えるように身構える。

 

「オイ、このオッサンが石動か? 部下共にこいつを見張らせてたんじゃあねえのかよ」

「……明らかにおかしいわね。二人とも気を付けて、襲撃者かも」

「学園の奴らなら石動を助けてるだろうから……別口かよ。イレギュラー続きとはついてねえ」

「イレギュラーに遭っているのは大概貴様の気がするがな」

「あァ!?」

 

 私は警戒しつつ落ちていた拳銃の前にしゃがみこみ、それを検めながらオータムを煽る。その言い草に鋭く反応したオータムは、しかしスコールの無言の圧力を受けて周囲の警戒に戻った。そうすると奴からの圧力が私の方にも向けられるが、意図的にそれを無視して拳銃へと手を伸ばした。

 

 (トラップ)は無し、か。そこを確認した後、私は銃を手に取った。その銃身は僅かに熱を持っている。発砲されたばかりか……だが弾はほとんど残っている。何かに対応しようとして銃を向けたが、成すすべもなくそれをやめさせられた……と言った所か?

 

「エム、その銃から解る事は有る?」

「発砲後特有の熱を持っている。さらに弾の消費は僅か。もし襲撃を受けて発砲した結果がこの状態なら、凄まじい手練れが相手だったか、余程石動を(なぶ)るのに夢中だったかのどちらかだな」

「とりあえず、ここから離れるか? アラクネの応急処置をしてる奴らや運転手までやられてたら目も当てられんねえぞ」

「いや……少し待て」

 

 私はオータムの提案を保留させると確認していた銃の弾倉を再装填し、おもむろに周囲の資材の一つ、その陰になる所から見えるように床に銃弾を撃ち込んだ。

 

「そこに居るのは誰だ? 出て来なければ容赦なく撃ち殺すぞ」

 

 何かが居る、その直感と確信に従って撃ち放った銃弾が抉った床のあたりに向け警告を一つ飛ばし、私は改めて銃口をそちらに向けて右腕を伸ばし逆に左肘を小さく曲げ構える。その時私の鼻は硝煙の匂いに混じって、そこから漂うおぞましいまでの血の匂いを感じ取っていた。

 

「スコール、<ゴールデン・ドーン>は?」

「今日は腕だけ。でもまあ、そこの陰に隠れている人をこのまま焼き殺すくらいならできるわよ」

 

 私の呼びかけにスコールは片腕に自身の専用機の装甲を出現させ、その手の上に小さな火球を作り出した。すると観念したか、物影に動く人の気配。と同時に、パチパチと乾いた拍手の音が響き、直後悠々と一人の男が私達の前に姿を現した。

 

 その身長は180cmほど。理知的な顔立ちで白いフレームのメガネをかけ、この埃臭い場に似合わぬ黒いスーツを身に付けている。私が想像していた手練れの刺客と言った要素はこれっぽっちも見られず、何と言うか、神経質な研究者と言った雰囲気だ。

 

「いやはや、流石は噂に聞くだけはありますね。こうも容易く見つかってしまうとは」

 

 その男はそう私を褒めながら、サイボーグじみて正確無比な歩みで私達の元へと進んでくる。咄嗟にその心臓へと銃の照準を向ける私を、歩み出たスコールが静止して銃を下ろさせた。

 

「何者かしら。私達の事を知っているみたいだけれど」

「それはもちろん。皆さまのご高名はかねがねよりお伺いしていますので」

「何者かって聞いてんだよ。せめて名前くらい名乗ったらどうだ? えぇ?」

 

 男に対してスコールとオータムが揃って問い詰めるように言うと、奴は諦めたかのように立ち止まってその眼鏡の真ん中を指で押しあげると芝居がかった礼をする。そして、まるで仮面でも被っているかの様な人間味の無い顔で笑った。

 

「では改めて…………お初にお目にかかります、<亡国機業(ファントム・タスク)>のお歴々。こうしてお会いできる日を心待ちにしておりました。私は<ブラッド>。貴方がたと同様、世界を敵に回して生きる者の一人です。以後、お見知りおきを」

 

 

 

 




亡国企業の面々もようやく本格的参戦です。今回遅れたのは大体オータム周りの描写のせい。
更に遂にブラッド登場です(大嘘)多分サイボーグだと思うんですけど(すっとぼけ)

ジオウの次回が何かいろんな要素満載でやばそうなので先に投稿したかったけど間に合ってよかったです。

登場人物が増えるとそのキャラの雰囲気をちゃんと再現できてるか怖い……。

活動報告で亡国機業構成員の名前案を出して下さったシャドーサン様、浅漬けの素様、ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

あとルーブ劇場版見てきたけど面白かったです。エボルトと生徒達の絆を描くこのシリーズを今後ともよろしくお願いします。
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