星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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謀略パート、27000字くらいです。お待たせしました。

感想お気に入り評価誤字報告してくれる皆さま、お陰様で何とか投稿にこぎつけました。ありがとうございます。

新元号に入りましても、星狩りのコンティニューをよろしくお願いいたします。


悪魔のコンスピラシー

「私は<ブラッド>。貴方がたと同様、世界を敵に回して生きる者の一人です。以後、お見知りおきを」

 

 その言葉を聞いて、私の横に居るスコールとオータムがそれぞれ眉を顰める。目の前の男が名乗った名、<ブラッド>と言うそれには私も覚えがあった。レインからはIS学園を襲撃した無人ISのコントロールを奪って大暴れしたと、そしてスコールの持つアメリカへの情報網からは<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>と言う軍用の新型ISを奪おうとしたと報告を受けている。

 

 その件以降、亡国機業でもブラッドの捜索は行われていた。ISを遠隔操作する技術は未だ机上の空論であり、なおかつそれを稼働中のISに対して行う事が出来る人材など、奴らが欲しがるに決まっている。しかしブラッドについての情報はそれ以降ぷつりと途切れ、結局篠ノ之束による襲撃からの立て直しも相まって一時的に中断されていたはずだ。

 

 故に、そんな相手がよりにもよって作戦行動中のこのタイミングで私達の前に現れるなど、オータムの失敗など比べ物にならぬ程の異常事態(イレギュラー)であった。

 

「……ええ、ご丁寧にどうも。それで、私達に何の御用かしら? こっちも今少し立て込んでいてね。あまりゆっくりお話している暇はないの」

 

 しかし、その異常事態の中にあってスコールの立ち直りは早かった。驚いた様子を一切見せずに、小首を傾げ微笑んでさえいる。相変わらずの面の皮の厚さだ。だがそれを目の前にして、ブラッドもまたにこやかに能面じみた笑顔を見せた。

 

「ご安心ください。それほど長ったらしい話にする気はありませんよ。私もそう時間があるわけでは無いので……お互い、率直に行きましょうか」

 

 スコールもスコールなら相手も相手か。私はブラッドの顔を見てこいつもスコールの同種なのだと理解し、嫌な気分になって眉間に皺を寄せる。そんな私を他所に、スコールとブラッドは互いに一歩前に出て駆け引きを繰り広げ始めた。

 

「本日この私、ブラッドがこうして皆様の前に姿を現したのは、皆様と協力関係を築くためです」

「協力関係だァ? テメェ、男の癖に生意気言ってんじゃあ……」

「黙れオータム。茶々を入れるな」

「あァ?! エムこの野郎――――」

「エムの言う通りよオータム。静かにしてて頂戴。今は大事なお話中なの」

「…………了解」

 

 ブラッドの言に憤慨したオータムを私との二人がかりで黙らせて、スコールは手ぶりであのバカを下がらせた。全く、コイツは本当に後先考えない無能だな。そんなんだからこのぬるま湯(IS学園)に浸かった学生如きにさえ返り討ちに合うんだ。

 

 そう私が奴に酷く蔑んだ視線を送っている内に、スコールはブラッドに向けて話にならないとばかりに溜息を吐いた。

 

「協力関係、ねぇ。貴方と協力関係……と言うのはちょっと厳しいと思うわ」

「ふむ。と言いますと?」

「あら、知らないの? 貴方、()()束博士に狙われてるのよ? そんな人と協力なんて、ねえ……?」

 

 にこやかに疑問を呈したブラッドに対して、同意を迫るようにこれまたにこやかに凄むスコール。そう言った類の(いくさ)は専門外の私は、その二人の様子をただ睨みつけるばかりだ。

 

 …………だがしかし、これはスコールの勝ちで決まりだろう。この男があの忌々しい天災に狙われているのは、我々の間では周知の事実である。実際夏から続く襲撃の生き残り(恐らく、メッセンジャーとして意図的に生かされたのだろう)からは『篠ノ之束がブラッドを出せ、と脅してきた』と言う証言を得ているのだ。

 

 どうやら篠ノ之束はこの男が亡国機業に所属していると勘違いしているらしい。何がどうなってそう思っているのかなど知る由もないが…………思いこみだけでこの有り様だというのに、実際に協力関係にある事など知れたら一体どうなるのか。

 

 …………と、言うか目の前のコイツのせいで我々がああも余計な被害をこうむったのだ。この場で撃ち殺しても筋が通るのではないか……? そう思った私だが、握りしめたままの拳銃を奴に向けたくなる衝動をどうにか堪える。とりあえず、この男がどう狼狽した答えを返すのかを眺めてからでもいいか。そんな思いと共にブラッドの顔をまた睨みつけると、奴は別段気にした風も無く、まるで困ったとアピールしているかのように笑って肩を竦めて見せた。

 

「ああ、それなら恐らく大丈夫ですよ。結局、アレに私を見つける事など不可能なので。事実、今まで私はアレに迫られてなどいませんし。それに、最近はあなた方に対する襲撃の頻度も落ちているのでは? でなければこの様な作戦を実行することも出来ないでしょうからね」

 

 その発言は私達を少なからず驚かせた。その推理の正確さもそうだが、それ以上に篠ノ之束を相手に優位に立っているという確固たる自信を奴が見せつけた事だ。

 

 もしそれが傲慢から来る軽視ならばそんな相手と組む事などまかり間違ってもあってはならない。だが、その自信にも根拠が無いわけではないのは分かる。奴が今生きているというのがその一つだ。

 

 篠ノ之束の性格に難がある事は亡国機業の人間であれば誰もが知っている。奴は絶対的な自身の能力に文字通り胡坐をかいており、自身と相対する者を徹底的に見下してその力で雑に叩き潰すのがそのやり方だ。故に、ブラッドも奴に居場所が露見すればすぐさま攻撃され、疾うに世を去っていることだろう。

 

 だがその言を信じれば、奴は現状篠ノ之束との接触さえも無いという。それはつまり篠ノ之束が真実ブラッドの尻尾さえも掴めていない、と言う事を意味していた。もしその状況が他の者によるものであれば『泳がせている』と言う事も疑う余地があるのだが……あのイカレた女にそれは無い。何よりも、亡国の拠点を襲撃する際欠かさずブラッドの居場所について尋問していくのが証拠だ。泳がせるつもりならそんな事は聞かないだろう。

 

 そこまで私が考えをまとめた所で、珍しく疑う様な表情をハッキリと顔に出したスコールが問い詰めるように声を掛けた。

 

「じゃあ、貴方は協力した際の我々の安全を保障してくれる……って解釈でいいのかしら?」

「いえ、そこまでは流石に。ですが、私の落ち度であなた方に危害が加わる事はまず無いでしょう。なのでご安心していただいて構いませんよ」

「信用できねえな……だがよ、そこまでしてテメェが私達に求めるもんは何だ? 篠ノ之束とやり合えるっつー癖に、わざわざ私達に協力してほしい理由ってのは?」

「それも説明させていだだきましょう…………<スターク>と言うIS乗りはご存知ですね?」

 

 オータムの疑念に答えるかの様に、奴はその名前を口にした。

 

 <スターク>。確か、IS学園の学年別タッグマッチでの『ドイツ製IS条約禁止兵器暴走事件』の際に当時アリーナで戦闘を行っていた生徒達の前に現れたという、謎のIS乗り。その後も<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>が暴走した際にも姿を現して、かの機体を停止させようとしたIS学園側と激突したらしい。その一部始終は、密漁船に偽装した観測船で亡国企業としても観測していたが……。

 

「……随分派手にIS学園に喧嘩を売っている、そう聞いてるわ」

「なるほど」

 

 少し考えたうえで、スコールがその質問に答える。明らかに言葉を選んだ返しではあったが、ブラッドはそれを聞いてあっさりと納得したようにその眼鏡の位置を直した。

 

「ある程度知っておられるようですね。では、<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>やIS学園との交戦の際にかなりの戦闘能力を見せた事についても?」

「まあ、ある程度は知っているわ。私たちの見立てでは少なくとも国家代表クラス……と言った所かしら……それで、奴とあなたの目的とやらにどういう関係があるの?」

「ええ。簡潔に言えばあの忌々しいスタークを抹殺するのが私の目的なのですよ」

 

 あっさりと、しかし苦々しさを持って呟いたブラッドに我々は揃って怪しむ視線を向ける。その苦々しい声色と能面めいた顔色があまりにも合致しなかったからだ。まるで、心の底では何とも思っていないのかと思わせるほどの無表情ぶりに、私はいつでも銃を向ける事が出来る様に腕に力を込め直す。その一方で、スコールは探るようにブラッドに対して声を掛けた。

 

「……どうやら、あのスタークに貴方は随分と恨みがあるようね」

「ええ、まさにその通りですよ。……全く、不要であるのに篠ノ之束を怒らせるような真似をしてくれるわ、その罪をすべて私に押しつけて逃げ出すわ、何よりも私の生み出した<ブラッドスターク>を持ち去り、あまつさえそれを自身の力であるかのように喧伝するあの傲慢さ! 更には私の作った機体の世話になっておきながら私の理論を間違っているなどと宣うあの無能さ!! 全くもって許しがたいばかりだ! 俺は、間違ってなどない!! 必ずや奴を縊り殺してあの研究成果を取り返し、それを以って――――」

 

 先程までの無表情ぶりが嘘のような狂気を浮かべたブラッドはそこまで叫んで、突如動きを止め一様に引きつる私たちの顔を一瞥した後、まるで仮面を被るかのように無表情に戻って眼鏡をくいと押し上げた。

 

「…………失礼、少々取り乱しました」

「構わないわ……何となく、貴方の熱意は分かったから」

 

 その様子を見て、対応に困ったようにスコールが愛想笑いを浮かべて答える。成程、スタークへの個人的な恨み辛みを持っていると言うのは何となく分かったが、それだけでは私たちと協力する理由の説明としては不十分だ。そう思っていれば、スコールにすげなくあしらわれて不貞腐れていたオータムが口を開いた。

 

「つーかよぉ、テメェと奴の間に何があったかは知らねえけど、そんなにムカつくならテメェでやった方が話が早いんじゃねえのか? 何でわざわざよぉー……」

「そうしたいのは山々なのですが、奴は文字通り神出鬼没。後ろ盾も無く一匹狼である私では到底その尻尾を掴むことも出来ません……そこで、あなた方の誇る情報網、諜報能力、人手……そう言った、私に足りない力。あの憎きスタークを追いつめる為に、それらをあなた方からお借りしたいのですよ」

 

 殆ど愚痴に近いオータムの言葉に、ブラッドは丁寧に自らの現状と思惑を(つまび)らかにした。その熱意は実際真に迫る物があった。だがしかし、それだけで信用するほど我々は甘っちょろい組織ではない。しかしIS学園からの救援も迫っている今、ここであまり時間をかけていることも出来ないだろう。そう、私と同様の考えに至ったのか……スコールはあからさまに溜息をついて、諦めたようにその主張を受け入れた。

 

「……貴方の動機は分かったわ、真偽は別にしてね」

「手厳しい。ですがまあ、理解を示していただき少々安心しました。では次は――――」

「貴方が私たちに対して何が出来るか、よ」

「ではまずはこれを」

 

 うんざりとした表情のスコールに向け、作り物めいた笑みを浮かべたブラッドは何やら懐から取り出すと、私の掌にも収まりそうなそれを手持ち無沙汰であったオータムに向けて軽く放り投げた。

 

「おっと……なんだこりゃ?」

 

 それをキャッチしたオータムはまるで灯りに透かすように右手を掲げて仰ぎ見る。その四角い物体は所謂USBメモリだ。一体その中に何が収められているのか……それを私とスコールが聞き出そうとするよりも早く、当のブラッドは自身の眼鏡をまたしても直してまるで何でもないように言った。

 

「それは<銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)>の兵装データです。落としたりしないように」

「…………何ですって?」

 

 その言葉に、スコールは――――いや、私も同じ気持ちだが――――心底驚愕したように声を漏らした。それはまさしく、本来であれば私が出張って手に入れようとしていたものであり、今回の作戦に際して一旦保留となっていた目標物だ。それがまさかこんな所で…………!

 

 私が驚きの余り眼を見開いてブラッドを凝視していると、奴はその視線に気が付いたようで首を僅かに傾けて小さく口角を上げた。

 

「おっと、もちろん完全な物ではありません。流石に米国の最高機密だけあって少々プロテクトが厄介でして………………まずは腕部兵装の一部データだけですが、お近づきの印に。以降も私に協力していただけるのであれば解読出来たものからデータをお渡ししますよ」

「偽物じゃあないでしょうね」

「それは貴方がたでご確認ください」

 

 こちらの疑念を素気無くあしらって、ブラッドはアピールするかのように両手を広げた。……癪ではあるが、現状この男との条件提示の中でこちらの不利益が見えないのも事実。少しではあるが、私はこの場においては奴との話を好意的に進めても良いのではないかとの考えを持ち始めていた。そこに追い打ちをかけるかの様に、ブラッドは人差し指を自身の顔の前で立てて見せる。

 

「それともう一つ。貴方がたもIS学園に対して諜報活動を行っているようですが……私はあなた方のそれよりも上位の情報を有しています。IS学園の事柄に限れば、ですがね。その情報、貴方がたにも横流しして差し上げますよ。例えば……石動惣一が身に付けている腕のアクセサリが発信機であるとか、ね」

「……オータム!」

 

 スコールに言われるまでも無く、すぐさまオータムが石動の腕を確認する。

 

「…………マジで発信機だ、クソッ!」

 

 苦虫でも噛みしめたような形相になったオータムが叫び私に振り向いた。その意図を瞬時に察して私は其方へと駆け寄り、腕に部分展開したISの膂力を以って発信機を引き千切り放り捨てる。まさか、こんな備えまでしていたとは……IS学園め、味な真似を!

 

「成程、やはり貴方がたはその発信機の存在を知らなかったらしい」

 

 その様を見て、嘲笑うかのように口角を上げたブラッドがまたしても眼鏡を直す。その姿を見た私は先ほど一瞬でもこの男の提案を肯定しかけた自分を呪い、それ以上に今すぐこの男を殺害したい激情に駆られた。しかしそんな私の内心など素知らぬようにブラッドは朗々と自らの手札を開示し始める。

 

「お陰様で、貴方がたのIS学園に対する諜報活動があくまで生徒レベルの物だという事が理解できました。それに対して私は教師レベルの、それも非常に新鮮な情報を調達する事が出来ます。今後もIS学園とやり合うつもりがあるのでしたら、これは逃す手はないと思いますが……」

「…………分かったわ、いいでしょう。正直気に入りはしないけど、貴方との協力関係について前向きに検討させてもらうわ。……お陰様で発信機を付けたままの男を誘拐するなんて真似はせずに済んだしね」

 

 怒りに燃える私を他所に、スコールはあくまで冷静に結論を提示した。

 

 納得のいく答えではない。……しかし悔しいが、今この場で出せる答えとしてはそれが最大限の譲歩だろう。それをブラッド自身も理解しているのか、満足したように頷いた後、対面時に見せたような慇懃極まりない礼をして見せる。

 

「いえ、礼には及びません。では後程、私からの連絡手段をそちらへお送りします。良い返答を期待していますよ」

 

 そして奴は踵を返し――――返そうとして、突然何かを思い出したかのように立ち止まった。

 

「忘れていました。最後に、あなた方からも先払いを一つ頂きたい」

「あン?」

 

 振り向いたブラッドの言葉に、オータムが苛立った声を上げる。だがそれを気にした風も無く、奴は自らの要求をまるで友人に向けるかのように気軽に口にした。

 

「――――血を。皆様の血を、一滴ずつ頂きたいのです」

「ダメよ」

 

 その要求を、一瞬の猶予も無くスコールが切り捨てた。

 

「血の一滴って言うのは、今の時代情報の宝庫よ。使い道なんてそれこそ数え切れないほどあるわ。……貴方を信頼しきれていない今、そんなリスキーな事は出来ないの。それくらいわかるでしょう?」

 

 もはや敵意すら滲ませながら、スコールは強く強くブラッドを睨みつける。

 

 当然だ。スコールにとって私は――――『織斑千冬の遺伝子』はナノマシンを投入し選択の自由を奪ってでも手元に置いておきたい切札(ジョーカー)。知っていようがいるまいが、それを軽々しく寄越せと言われて『はい、そうですか』と言うほどこの女は甘くない。 

 もはやその剣幕は今までの協力関係に関する会話を白紙にすると言わんばかりの迫力だ。まぁ、その程度の判断も出来ないようなら疾うに私の手でこの女はバラバラに引き裂かれているだろうが。

 

 ……だがしかし、ブラッドはそんな我々の様子を見て――――そんな事は想定の範囲内でしかないとばかりに、にたりと微笑んで見せた。

 

「……ああ、もしや貴方がたの遺伝子を調べてクローンを作ろうとしているとでも? ご心配なく。この血は今この場で使わせていただきますのでご安心ください。…………それに、万一今から私が行う『使い道』に納得が行かなければ、貴方がたの持つISで私を煮るなり焼くなり好きにするといい。それだけの力の差が、今の私と貴方がたにはあるのですから」

 

 確信を持ってそう言い切った奴は、まるでその圧倒的劣勢を楽しんでいるかのように笑った。それは私達が、この男を見てきて初めて見た心からの笑みだった。恐らく、スコールもオータムもその笑顔の裏にあるものを探ろうとしただろう。だが、奴のその親しい友人に向ける様な笑みは、我々三人の突き刺すような視線を受けても一向に揺らぐことは無かった。

 

「…………一つ聞くわ」

 

 一分近く奴の顔を睨んでいただろうか。根負けしたような、うんざりしたかのような声色でスコールが口を開く。

 

「この場で使う、とは言っても……貴方は私達の血をどうするつもりなの? 貴方に誠意が一欠片でもあると言うのなら、それを(あらかじ)め教えてくれてもいいと思わない?」

「成程、百理ありますね」

 

 ブラッドはその質問に、当然の権利だという様に首を縦に振った。そして、あっさりとその理由を口にする。

 

「単純な話です。――――舐めたいのですよ、血を。個人的な嗜好と言いましょうか。どうしても、昔から血を経口摂取するのが好きでしてね…………それだけですよ」

 

 それを聞いて、私は全身の毛が総毛立つようなおぞましさを感じた。その感情に任せ、私は奴に感じたありのままを口にする。

 

「<ブラッド>の名は伊達ではないという事か。<スターク>が貴様と決別したというのも納得だよ、異常者め」

「人聞きの悪い。それは奴の人間性の問題なんです。勘違いしないでいただきたいですね」

 

 私の指摘に即座に反応し、スタークに対する悪感情を隠さずに吐き捨てるブラッド。それに対して私は嫌悪と拒絶の視線を向けるばかりだ。

 

 一方、スコールは諦めたように懐から小さなナイフを取り出し、自分の指先にその刃を軽く添わせてほんの僅かな血を付着させた。それを見たオータムが、心配そうな表情で声をかける。

 

「いいのかよ、スコール。私はともかく、お前とエムの血を渡しちまって」

「時間もないしね。舐めるくらいは大目に見てあげましょう。まあでも、もし血を回収しようとしたならすぐさま八つ裂きにしてあげて。エム、出来るわよね?」

「…………今すぐに殺させてほしいぐらいだ」

「私も、すぐに殺させてあげたいくらいよ」

 

 私は奴が何らかの不正を行わぬようハイパーセンサーを部分展開させ、更には腕部分の部分展開も追加で行い戦闘態勢を取る。しかしそんな私の本心からの言葉に軽口で答えて、スコールは私とオータムそれぞれに小さなナイフを手渡した。私とオータムはそこで一度顔を見合わせた。

 

 奴の要求を呑むというのか? 馬鹿な。このような奴の提案などロクな事があるはずが無い。だがオータムが不機嫌そうに自身の指先を傷つけ、スコールが私の事も視線で急かす。それに私は納得できぬと睨み返したが、奴が小さく溜息を吐くのを見て自身に選択の権利がない事を理解させられた。

 

 私は手渡されたナイフで指を軽く傷つけ、少量の血を付着させる。それをスコールが回収し、奴にそっと手渡した。

 

 そして三本のナイフをまるで特別なご馳走でも口にするかのようにそれを(うやうや)しく受け取り、ブラッドは刃先に付着した血をねろりと舐めあげる。

 

 次の瞬間奴は肩を震わせ、今までとは比べ物にならぬ大きな笑みを見せつけた。

 

「クッ、ククッ、フハハ、フッハッハッハッハッハッ!!!!」

 

 そのまま奴は口を大いに開き、腹を抱えて狂笑する。心の底から、面白いといった風なその笑いは、第一印象で奴に抱いた冷徹なサイボーグじみた男と言うにはあまりにもかけ離れた姿だ。まるで仮面でも被っていたかのごとき豹変ぶりに、改めて私達は戦慄する。

 

 そうしてその姿を眺めていれば、ふとスイッチが切り替わったかのように奴は笑うのをやめて、元々の能面の如き無表情に戻ってこちらを見据えるのだった。

 

「ありがとうございました。では、私はここで……素晴らしい血も頂けましたし……サービスとして、後程こちらから増援を差し向けます…………上手い事脱出に役立ててください。それでは、また後日」

「ちょっと待てよ」

 

 満足したかのように性急にこの場を去ろうとするブラッドをオータムが呼び留める。それに嫌々と言った具合で応じて振り向いたブラッドを、オータムはそれに勝るとも劣らぬ不機嫌さで睨みつけた。

 

「ここに居たウチの部下共…………お前がやったんだろ? 一体何処にしやがった」

「心外ですね。私は知りませんよ」

 

 オータムの視線にも動じず肩を竦め、知らぬ存ぜぬを通そうとするブラッド。それを見てオータムは更に奴へと喰らいつこうとするが、ブラッドは腕にした時計に向かってちらと目を向け、さっさとオータムに背を向けてしまった。

 

「おっと、余計な話をしている暇は無くなってしまいましたね……IS学園の方々がいらっしゃる前に失礼させていただきますよ……ではまた!」

 

 それだけ言い残して、ブラッドはこれ以上は聞く耳持たぬと言わんばかりに足早にその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 …………奴が去った後も、私はしばらく体の緊張を納める事が出来なかった。今まで、出会ったことの無い類の男だった。私は頬を伝う汗を手の甲で拭う。あれ程までに底知れぬ、得体の知れぬ者など見た事は無かった。私が今居る亡国機業にも、スコールを始め怪物的な存在は在籍している。だがしかし、奴のそれはまさしく別物だ。

 

 幾つもの表情を見せながらも僅かにも揺れる事の無かったあの瞳。あの、全てを吸いこんでしまいそうな底の無い眼が、私の体を小さく震わせる。紛れもない恐怖。私にとって、本来であればそれは酷い屈辱のはずだった。だが、何故容易く殺せるはずの男にこのような感情を抱いているのか。その理由が理解できず、しかし本能的にその警戒が正しいのだと体が訴えて私は少し困惑する。

 

 それを見ていたスコールが、一度疲れたように目を伏せて忌々しげに口を開いた。

 

「もう奴の気配はないかしら、エム」

「………ああ。行ったようだ」

「なあ、良かったのかよスコール? あんな胡散くせえ野郎と協力なんざ、私は御免だぜ」

 

 うんざりと言った様子で溜息を吐くオータム。それに同調してか、スコールはこれ見よがしに肩を竦めた。

 

「そうね、同感よ。でも今は忙しいし、猫の手も借りたいような状況だものね。彼が私達を手伝ってくれると言うなら、甘んじて受けるしかないわ」

「罠の可能性は?」

「正直、罠にかけるのであればわざわざここまでちゃんと交渉事をする必要はないし、過剰に警戒する必要は無いと思うけれど…………それは後でもいいわ」

「どう言う事だよ?」

「前向きに検討するとは言ったけれど、OKするなんて私はこれっぽっちも言ってないもの」

「ヒュゥ、流石だな」

 

 スコールの言葉遊びを称賛するオータム。しかし、私にはどうにも拭えぬ不安があった。あの男が、そういった此方の思惑まで組み込んだうえで動いている可能性……奴にとって、あくまで我々との協力も手段に過ぎない。その真の目的まで明らかではない以上、そう簡単に奴に対して隙を見せるのはよろしくない。もしそれが私にとって不快なものであれば……。

 

 その疑念に苛まれる私は、それをどうにも我慢しきれずスコールへと苛立ちを抑えつつ声を掛けた。

 

「スコール」

「何かしら、エム」

「奴は客観的に見て信用して良いような存在では無い。一刻も早く殺しておくべきだ。それに奴が協力を申し出たのは我々の力が必要だからなのだろうが、我々の方が奴に協力を求める理由など無いだろう。奴との協力は止めておくべきだ」

「……そうね。けれど、それは今すぐ決めるべき事じゃあないわ。時間も無いし、少なくとも奴が持つという福音(ゴスペル)のデータ。それの真贋(しんがん)を確かめてからでも遅くはないでしょ? それに、まずはこの場を切り抜ける事の方が肝要だと思うけれど」

「確かに、そうだが」

 

 歯切れ悪く食い下がる私に、スコールはまるで、娘を咎める母親のように慈悲深い顔で笑いかけた。

 

「ふふ、らしくないわね、エム。心配でもしてくれてるのかしら? そこまで気にしなくていいわよ。もしも奴が私達を裏切ったり、その目的が私達にとって不都合な物であれば――――」

 

 スコールはその先を口にする事は無かった。言うまでも無いからだ。当然、私もその先を理解している。その瞬間は、出来れば一刻も早く来てほしい物だ。だが、ひとまずは目前の任務をこなす事……こんな所で挫けていられる余裕など亡国機業にも、当然私にも無いのだから。

 

 その時、オータムの通信端末が音を立て、奴はそれを耳に当てた。短く会話を交わしてすぐにそれを仕舞い込むと、スコールに向けて声をかける。

 

「アラクネの応急修理、終わったそうだぜ」

「そう、で、どのくらい使えるのかしら?」

「残念ながら、副腕が随分いかれちまってるらしい。真っ直ぐ飛ぶくらいしかできそうにねえとよ。……あのクソガキめ、次会ったら手足もぎ取ってやる」

「トンネルを抜けるだけなら、真っ直ぐ飛べれば十分だけれど……あなたには車に付いてもらうのが一番良さそうね……。とりあえず撤退の準備を始めましょう。時間は待ってはくれないから。行くわよ」

 

 言ってスコールはオータムを伴ってその場を立ち去った。私はそれを追おうとして、一度ブラッドの居た方を振り返る。そこには奴がいた痕跡など僅かにも残されておらず、その存在も夢か何かではなかったとかと思える。だが、奴から感じられたあの匂い……濃すぎるほどの血の匂いが、私の嗅覚にはまだ残されていた。そして、その匂いに感じた畏怖を振り払うように鼻を鳴らし、思う。

 

 ――――きっと今後、奴との関わりが私にとって、何らかの転換点となる。それが良い方向であれ悪い方向であれ。そして奴は間違いなく私達を利用する腹積もりのはずだ。ならば逆に利用してやろう。精々、このくだらない今を打破するための踏み台にしてやろうじゃないか。奴を恐れて怯えるよりも、その方がよほど私らしいだろう?

 

 そう自分に言い聞かせて、私は内に在った畏怖をねじ伏せて心の平衡を取り戻す。……さて。癪ではあるが、スコールの言う通りまずはここから無事に脱出する事だ。その途中、恐らく奴らと…………織斑一夏、そして篠ノ之箒と剣を交える事になるだろう。

 

 織斑一夏など、私にとってただの雑魚でしかない。だが重要なのは奴を含めた敵の裏に織斑千冬が居る事。そして奴を傷つければ、それだけ織斑千冬を苛む事が出来るであろうという事だ。それを考えれば、これから起こるであろう戦いにも少しモチベーションを持って臨める。

 

 …………そして、篠ノ之箒。同年代の操縦者の中でも急激に頭角を現し、最強の第四世代機までも手に入れ今や『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』と呼ばれている女。奴は気に入らない。世界最強(織斑千冬)に最も近いのは奴ではない、私だ。今日この日、それを証明するのもなかなか(おもむき)があるかもしれないな。

 

 そう少し私は気分を良くして、スコールたちの後を追った。如何にあの女に咎められぬよう奴らを傷つけるかについてを思案し、そして<ブラッド>が送り込んでくるという増援、それが邪魔にならぬ事を願いながら。

 

 

 

 

 

 

 亡国の奴らとの交渉を終え、倉庫から抜け出した俺は人目につかぬよう近くの木陰へと滑り込んだ。そして<ブラッド>のガワとして選んだ、俺がかつてビルドの世界で相対した本当にサイボーグになった男……<内海成彰(うつみなりあき)>の姿から慣れ親しんだ石動惣一の姿へと変化し、楽しげに笑って空を見上げた。

 

 成程、成程。どうやら奴らも一応、最低限世界を敵に回すだけの気概と能力を持ってるみたいじゃあねえか。安心したぜ。これならある程度、俺が使っていっても問題は無さそうだ。問題があるとすりゃあ、奴らが俺への協力を拒んだ場合だが…………その時はその時だ。何せ、俺は今回既に十分すぎる成果を手にしているのだから。

 

「ハザードレベル5.1…………ようやく戻ってきたぜ」

 

 俺は胸に当て、自身のハザードレベルを測定してつぶやく。……結論から言えば、エムの遺伝子は予想以上の強化につながる程の物だった。これが世界最強と謳われた女、それに類似した遺伝子の力か。これなら、織斑千冬本人の遺伝子を取り込めばさらなるレベルアップが見込めるかもなァ。ま、ここまで来ちまえばもう敵になるような奴なんざ殆ど居ねえんだけどよ。

 

 内海(うーつーみ)。お前のお陰で、俺はこの世界でも随分うまく立ち回れてるぜぇ? ありがとうよ。

 

 俺はあの世界での決戦の後どうなったかも知れぬ内海に対して感謝の笑みを浮かべると、立ち上がり体内に収納していた装備を取り出した。

 

 それは赤を基調とし、黄金と青の装飾のなされた俺専用のドライバー。かつて葛城先生によって<ビルドドライバー>を作るために参考にされたオリジナル。俺の真の力を――――<仮面ライダーエボル>の力を発揮させる、最強の兵器。

 

【エボルドライバー!!】

 

 俺が腰にそれを押しつけると、嘗てこの世界に転移した時に試した時と違い、俺自身の声による認証音声がドライバーから発せられる。ああ、やっぱこれでなくっちゃなァ! 久しく感じていなかったこの感触に、ビルドの世界でこいつを取り戻した時の様に俺は思い切り大笑いしたくなった。

 

 さて、と。俺は更に体内から二つのボトルを取り出す。その一つは黒いボトルの表面に銀色のピストン機構の装飾が施された、今まで使用していた地球の成分を内包したフルボトルとは別の代物だ。<エボルボトル>。地球上には存在しない、未知の成分(地球人にとっては、な)を内包した俺専用のボトル。

 

 こいつは通常のフルボトルと違い仮面ライダーエボルへの変身に必要なボトルで、その力はフルボトルの比じゃあない。まあ、かつて手にしていた四本のエボルボトルの内、俺の遺伝子を持った万丈に<ドラゴンエボルボトル>を持って行かれちまってるのと、戦兎から作り出した<ラビットエボルボトル>はこっちの世界に持ち込めてねえんだが。

 

 しかし俺の全力を出すのに必要な<コブラエボルボトル>と替えの効かない<ライダーエボルボトル>は今も俺の手の内にある。これだけでもこの星の奴らを相手取るには十分すぎる力だが……それだけじゃあ足りねえ。俺の目的は、もっと壮大なものなんだからな。

 

 そんな事を思いながら、俺はもう一つの、取り出したフルボトルに目を向ける。――――俺の<ライダーエボルボトル>には、エボルへの変身ともう一つ、特別な機能がある。それを今から、ちょっと試してやるつもりなのさ。

 

【インフィニット・ストラトス!】

【ライダーシステム!】

【クリエーション!!】

 

「やっぱ出来るよなァ……!?」

 

 認識音声を耳にして、歓喜と共に俺はエボルドライバーのレバーを回す。それに応じてエボルドライバーから幾つものパイプが出現、それが俺の前に3つの金色の環状の高速ファクトリー、<EV-BHライドビルダー>を作り出してボトル内の成分を材料に瞬時に素材を構築、そのいくつもの素材を挟み込むように3つの円環が合体して、俺の目前にいつかのクラス対抗戦の際に送り込まれた無人ISを作り出した。

 

 ……通常のクリエーションとは異なるプロセスだな。ライダーエボルボトルと共に装着したフルボトルに対応した装備を生み出すのがクリエーションなのだが、基本的に武器を生み出す際には<EV-BHライドビルダー>は生成されず直接装備を生み出していた。生み出す対象が大きく、複雑だったからか? そのあたりは後で検証の必要があるか……。

 

 俺は一つの課題を記憶に留めつつ、ISボトルを抜いたエボルドライバーを外して再び体内に仕舞い込んだ。そして次に自身の体の一部をアメーバ状に変化させ、それを切り離す。これも俺のハザードレベルが十分に回復した事で使えるようになった能力だ。所謂分身能力。本体程の能力を有してはいないが、他者への憑依、擬態程度は問題なく行える。ま、ノーリスクじゃあ無く、俺のハザードレベルの低下を招いちまうんだが……俺はまだしばらく<ブラッドスターク>を使ってくつもりだからな。特に問題は無え。

 

 折角使えるようになった事だし、エボルの力を見せてやるかとも思ったが…………流石にまだ早い。奴らにはもっともっと強くなって貰わねえといけねえのに、こんな所で心をへし折っちまう訳には行かねえからなァ。ったく、奴らにレベルを合わせてやらねえといけねえってのは、ちと難儀なもんだぜ……。

 

 俺は次に、微動だにせぬ無人ISにちらと目を向けた。エボルボトルの成分が混入しているとはいえ、こいつの性能は嘗て俺がコアを奪った無人ISとそう変わらんはずだ。それでは今の一夏達を敵に回すには少々心許ない。仕方無え。少しテコ入れをしてやるとするか。

 

 俺は体内から一本のフルボトルを取り出し、分身体の中へと放り込んだ。それを取り込んだ分身体は一瞬青い光を放つと俺の元から離れ、ISへと侵入。次の瞬間には俺の分身体に乗っ取られた無人ISが稼働し、いびつに備えられたカメラアイを赤く発光させた。

 

 これでよし。ボトルの能力を付与したIS……こいつは我ながらイカした発想だぜ。フルボトルを使うトランスチームシステムにISの力を適合させられるなら、逆もまた然りってな。ライダーエボルボトルの成分がある程度混じっている以上、親和性も十分。これなら奴らを敵に回してもやり合える。あっちからして見りゃ、一種の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)に見えるかもしれんな。

 

 俺の自画自賛が終わるとともに、無人ISはその場を飛び立った。アイツは正しく俺と一心同体。心配の必要は無い。そこで俺は一度ISフルボトルを振った。

 

 なるほど、やはり中の成分はかなり減少しちまってるな……流石に1本のボトルで何機ものISを作れるほど都合よくは行かねえか。だが俺自身が使う程度の成分は残されている――――さて、俺も参戦の準備をするとしようか!

 

 俺は勢い良く体内から<トランスチームガン>を取り出し<コブラロストフルボトル>を装填。【コブラ】の認識音を聞き届け、待機音声を待たずにその引き金を引いた。

 

「<蒸血>!」

 

 次の瞬間トランスチームガンの銃口からボトルの成分を含む黒い変身用特殊蒸気<トランジェルスチーム>が噴射され俺の姿を覆い隠す。そしてさらに俺はコブラロストフルボトルをISフルボトルへと差し替え、【インフィニット・ストラトス】の認証音と共にもう一度引き金を引く。

 

「<凝血>!!」

【ミストマッチ……!!】

 

 銃口から追加で拭き出したISフルボトルの成分が既に形成されていたブラッドスタークの表面に固着、変化させてISとしての能力を付与。そのまま一気に黒煙を吹き飛ばし、変身が完了した。

 

【コッ・コブラ……コブラ……ファイヤー!】

 

 花火じみて散る火花を一瞥もせず、俺は肩を回してストレッチを行う。今からIS学園、亡国機業を相手に立ち回らなきゃあいかんとは…………想像しただけで笑える。まぁ正直ちと忙しいんだが、それくらいどうにかして見せなきゃあゲームメーカーの名が廃っちまうぜ。

 

『……さぁて、一夏達も頑張ってるし、俺も少しくらい無理してみるとするかねェ』

 

 俺はこれからの忙しさを思って一度嗤い、トランスチームガンから煙を噴出させその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 IS学園の空。地上のお祭り騒ぎとは対極的に静かな青空を俺達は駆けて行く。先頭を行く箒の<紅椿(あかつばき)>の背中に俺、ラウラ、シャル、鈴。そしてそのさらに後ろをセシリアと楯無先輩が続いていた。

 

 俺達は今、IS学園の外れにある学園の建造初期に本土からの資材を運ぶために使われていたトンネルに向け全速力で急いでいる。千冬姉から提供されたデータによれば、石動先生が携帯している発信機の信号がその近くの倉庫で確認されたって話だ。

 

 石動先生が発信機の所持を義務付けられてたってのは初耳だったけど、良く考えたら当然の事なのかもな。幾ら殆ど学園の中に居るからって、俺と同じ男性操縦者である石動先生が狙われるケースは十分に想定できる。現にその想定が大当たりしてたお陰で俺達はこうして救出に向かえるんだから千冬姉様様って所だな。

 

 だが、楽観視なんか出来ない。どうやらトンネルはとうに制圧されちまってるらしく、こちらからの呼びかけにうんともすんとも言わないって話だ。本土側の出口を塞いでもらえるように政府に話を通してる最中らしいけど、間に合うかは不透明。だからこそ、俺達は全力で急がなきゃいけない。

 

 しかし、それでも俺は全速力を出しちゃいない。何故なら、それぞれの機体の最高速度には差があるからだ。

 

 俺達の中での最高速は、別格の第四世代機である紅椿が群を抜く。ま、瞬間速度だけなら白式の方が上なんだが、常に全速力を出せばあっという間にエネルギー切れになっちまう。そんでそれにラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが次ぎ、それを甲龍(シェンロン)とブルー・ティアーズが追う形だ。

 

 で、最後にシャルのラファール。これはどうしても第二世代機と第三世代機の基本速度の差があって仕方が無い事だ。後、楯無先輩の機体は良く分からないけど、どう見ても第三世代だし最高速はラファールよりは上だろう。なんで俺達は今、ラファールの最高速度に合わせて編隊を組んで飛んでいる。

 

 だから、シャル以外は意図的にブレーキをかけてる形になるんだが、これが正直心臓に悪い。そんな俺の焦りが伝わったのか、今回の作戦の為に用意された共用チャンネルを通して不安げなセシリアの声が俺達に届いた。

 

『……石動先生は無事でしょうか。(わたくし)、まだ先生から学びたいことが山ほどありますのに……』

『無事じゃ無いかもしれないけど、取り返しはしなきゃね。僕だってもっと強くなりたいし』

『私も嫁たちを守れるほどの力を手にしたとはまだ言い難い。皆の為にも、自分の為にも、石動先生の力ははまだ必要だ』

『……人の恋愛にとやかく言うべきじゃあないのかもしれないけどさ、その動機、ちょっと不純な気がするわ…………』

 

 皆、思い思いの形で石動先生の救出へと意志を固めている。だがその中で独り、箒だけは何も語らず、黙して先頭を駆け続けていた。だが、俺はそのちらと見える横顔からこれ以上無い焦りと苛立ちを感じ取っている。

 

『………………』

「箒」

 

 俺は少し速度を上げ、箒の横に並走する形を取った。そしてプライベートチャンネルを開き、自身の焦りを極力抑えて穏やかに話しかける。

 

「なあ。焦ってんのは分かるけどよ、今<福音(ゴスペル)>の時よりも怖い顔してるぜ?石動先生の事が心配なのは、皆同じさ。だからそんな一人で深刻そうにすんなよ。こうして皆、石動先生を助けるために力合わせようとしてるんだ。あんまり一人で焦っても――――」

「分かっている」

 

 前を向いたまま、緊張を顔に滲ませて箒がつぶやいた。

 

「……そんな事、死ぬほど分かってる。だが……」

「だが、じゃあねえって。焦りは禁物、忍耐大事。お前が教えてくれた事だぜ。それに、箒一人で先走っても良くねえのは分かってるだろ。そんなんじゃまた、石動先生に笑われっちまうぜ?」

「……すまん一夏。少し、頭を冷やすとしよう」

 

 俺の言葉に小さく微笑んだ箒は、それだけ言い残すと速度を落として最後尾のセシリアと並んだ。すると、後列に居た楯無先輩が入れ替わりに最前列へと上がってくる。

 

『皆。データの転送が完了したから、情報のすり合わせと作戦立案をしたいのだけれど構わないかな?』

 

 その提案に皆はすぐさま同意を示した。俺達が合流してからの出撃は余りに大急ぎで済ませたものだったので、千冬姉からのデータ転送が全ては間に合わなかったのだ。……俺や箒の感じていた焦りは、多分情報が無かった事からへの不安感もあったんだと思う。それもようやっと解決されるんだ。俺は少し安心してから、楯無先輩の言葉を一言一句聞き逃すまいと通信チャンネルの音声ボリュームを微調整した。

 

『作戦目標については語るべくもないわね。そうなるとまずは、敵の想定される戦力について。まずは私達が相手をした<アラクネ>……以前アメリカから奪われた特殊な第二世代機だよ。エネルギーワイヤーの生成能力と多数の脚部、そしてその足それぞれに武器を展開する事が可能な重武装機。性能的には第三世代機と遜色ないけれど、さっき一夏くんが大分いいのを食らわせたからね。戦力は大幅に低下してるはずだわ』

『……つまり、それほど脅威では無いという事でしょうか?』

 

 アラクネの損害状況を聞いたセシリアがその脅威度に疑問符を付ける。しかし、楯無先輩は困ったように笑うと首を横に振った。

 

『いいえ。それでも脅威、って話よ。トンネルに逃げ込まれてワイヤーなんか張られた日にはそれだけで決着が着きかねないわ。願わくば、ワイヤーの生成能力も失っているといいのだけれど』

『アイツは白式相手にもワイヤーで対処しようとしてたから、多分零落白夜でも斬れないような特殊なワイヤーって可能性が高いぜ。俺達の中じゃ……ラウラのプラズマ手刀がワンチャンあるくらいか』

『ふむ、確かに熱での切断ならばどうにかなるかもしれんが……正直触りたくはないな』

『じゃあどうしようもないじゃない! どうするの!?』

『マップデータを見てもらっていいかな?』

 

 アラクネのワイヤーへの対処法に難儀する俺達を他所に、データの一つを指してシャルが声を上げた。それに応じて俺達がトンネルの図面データを呼び出すと、シャルはその内の一つ、トンネルの断面図にマーカーを付けて指し示す。

 

『主トンネル、本坑の横に保守通路があるのが分かるよね? ある程度の大きさの車両が通れるサイズはあるみたいだから、万一アラクネに本坑を塞がれてもこっちから迂回が出来るよ!』

「その手があったか! ナイスだぜシャル!」

『あら、先に言われちゃった。なかなかやるわね』

『えへへ、ありがと!』

 

 シャルのその提案に俺が喜びシャルは照れを隠さずに笑う。すると、それを聞いた鈴が閃いたとばかりに手を打った。

 

『……じゃあ、トンネル内での追跡の時もしワイヤーで道を塞がれた場合はその保守通路を通って回避するって事かしら!』

『だからそう言っていましてよ……ですが、それなら問題はありませんわね』

『あはは……でも、それだけじゃあ無いよ。相手はIS以外にもいるの。監視カメラの映像によればIS操縦者以外にも何人か偽装してる人員がいて、石動先生の誘拐にも車が使われてた』

 

 シャルが説明した事を繰り返した鈴にセシリアがツッコむのを見て、楯無先輩は苦笑いしつつ補足の情報を出してくる。その情報の出し方に俺は試されている感じを覚えて少し悩んだ。敵にはIS以外の人員も居る……って事はIS操縦者以外とも戦う事になる……? だから……。すると、それを黙って聞いていた箒がぼそりと口を開いた。

 

『……つまり、もし石動先生の移送にまた車が使われるなら、ISの速度での逃走は不可能…………なら、迂回路を使えば回避以前に先回りが出来ますね』

『そう言う事! みんな優秀で助かるわ~』

 

 箒の推理に、ぐるりと態勢を変えてまで拍手を向ける楯無先輩。先程のシャルルと違って、箒は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 

『ふふっ……まあ、アラクネへの対応はそれくらいとして…………問題は最低でももう一機、敵にISが居るって事ね』

 

 その様子を見て一度小さく笑顔を零すも、すぐに表情を引き締めて真剣な顔を見せる楯無先輩。その情報は、先に千冬姉から皆に伝えられていた。監視カメラの映像、ISの稼働反応などを総合して、敵にはアラクネ以外に最低一機のISが居るという情報。恐らく、その持ち主こそが石動先生誘拐の実行犯であるという事も。

 

『そいつについての情報は今のところゼロ。専用機を投入して来てる事からして、こちらも相当な手練れの可能性が高いね。危険性大よ。でも、私達の目的はあくまで先生の救出。なら、どう対応するべきだと思う?』

 

 再びの、試すような問い。それに対して、今度はラウラの反応が早かった。

 

『一名、ないし二名による足止め、かと。ですが、相手の能力が未知数な上、三機目以降の敵ISが居る可能性もあります。故に適当な人員は我々の中で最も耐久に長ける……甲龍が良いかと思われます』

『あたし!?』

 

 軍人口調で答えるラウラに対して驚いたように鈴が叫ぶ。どこか、予想だにしなかったようなニュアンスを含んだその発言に、釣られてセシリアがぎょっとした。むしろ、俺からすれば鈴以外にこれをこなせる奴は居ないと思うんだけどな。俺は場を納めるべく、それを鈴に伝えようと口を開く。

 

「何だよ鈴、むしろお前こそ適役だと思うぜ? 俺達の中じゃぶっちぎりでタフだし」

『え? いやそう言うんじゃなくてさ、アタシも先生の救出に手を貸したいって言うか……』

『最近は引き際もよく心得てるし、僕も鈴が適役だと思うな。いざって時の判断力もすごいしね』

『うっ……』

『鈴さんのタフネスもさることながら、甲龍自身の信頼性、特に損傷時の安定性には目を見張る物がありますわ。いざとなれば単独での離脱も可能……これは決まりですわね』

『ううっ』

『それに甲龍の龍咆は他の機体の射撃武装に比べてどうしても範囲が大きいからな……救出対象が居る閉所にはあまり向いてない』

『あぁ~~~~~~~もう! 分かったわよ! 大船に乗ったつもりで足止めは私に任せなさい!』

「それでこそ鈴だぜ!」

 

 皆から集中的に賛同され、逃げ場を失った鈴はヤケクソ気味に無い胸を張る。

 

『ふふっ、今年の一年生は本当に面白いね! お姉さんも負けちゃいられないわ。後は――――』

『レーダーにIS反応! 正面から一機、ISが接近してきますわ!』

 

 楯無先輩が更にブリーフィングを進めようとしたその時、先程まで微笑んでいたセシリアが突如血相を変えて叫んだ。それを聞いた俺達の間に緊張が走る。

 

『皆気を付けて! 今言ってた【もう一機】かも!』

「向こうから足止めに来たのか!?」

『上等、やったろうじゃない! こちとらさっき腹は括ったのよ!!』

『違いますわ、この反応は――――』

 

 セシリアの言葉が終わる前に、数百メートル先の空中に突如として黒煙が沸き立ち、わだかまった。それを見た俺と箒、そしてシャルの間に今度は緊張ではなく、戦慄が走る。あの出現の仕方は間違いねえ。忘れるはずもあるかよ。今までの戦いでどれだけ皆を傷つけやがったか――――

 

「気をつけろッ! <スターク>だ!!」

 

 俺が叫ぶのと、奴が黒煙を吹き飛ばして白日の下にその赤い装甲を晒すのはほぼ同時だった。

 

『よぉ~! IS学園の諸君! 随分とお急ぎみてえだが、世界の終わりでも来たのかよ! どうせなら、少しばかり俺とお話して行かねえか?』

『…………ッ!』

 

 わざわざ外部出力のスピーカーまで使って無駄に大げさで余りに軽薄な挨拶を繰り出すスターク。その声を聞いて、箒が一気に飛び出した。

 

「箒!?」

 

 俺が呼び留める間もなく、凄まじい加速でスタークに箒が肉薄する。しかし、目前に迫る紅椿を見てもスタークはいつも通りの自然体で、背に手を回してあの蒸気を放出するブレードを取り出して逆手に持ち、悠々と迎撃の構えを見せた。

 

 まずい、さっきあれだけ言ったのに、箒の奴! 俺達も加速し、箒に加勢せんとそれぞれの武器を構える。

 

『話が早いな……良いぜ、かかってきな!』

 

 大喜びで手招きするスターク。その間合いに入った箒は次の瞬間、予想だにしない行動に出た。

 

 居合が如く刀に手をかけた箒。そのままスタークの眼前まで迫り、斬撃を繰り出すかに見えた。だがその姿勢のまま、紅椿は奴の横をすり抜ける。そのまま振り返る事も無く、アイツは当初のルートに沿って飛び去っていった。

 その背中を呆気にとられたように振り向いた姿勢のまま見送るスターク。その横を、後から追う俺達が慌てて通り過ぎていく。幾ら咄嗟の事だったとは言え、相談も無く独断で行われたスタークへの予想外の対処(無視)に、対応に困りながらも俺達もその背中に追いすがった。

 

「お、おい箒! スターク無視しちゃっていいのかよ!?」

『ッ……良い訳があるか! だが、今は奴とやり合っている暇もあるまい! 先生の救出を優先すべきだ!!』

『確かにそれはそうなんだけど……!』

『流石にスルーはヤバいんじゃあないの!? 追ってきてない!?』

『いえ、まだですわ……けれど……』

『仕方ない、もし追って来たら私が相手するわ! とりあえず急ぐよ!』

 

 当初の目標に注力するべきだという箒と、困惑し混乱する俺達。それを見かねて、足止めを買って出る楯無先輩。一方、後方のスタークはまるで呆然としたように振り返ったまま此方を眺めていたものの、しばらくして気を取り直したように手に拳銃を握るとそれから黒い煙を放って姿を消した。

 

『スタークが消えたわよ!?』

「ってことは……」

 

 俺が言い終わるよりも早く、ルート上に黒い煙が沸き上がる。それを見て咄嗟に迂回する俺達。その横で黒い煙の中からスタークが飛び出し、そのまま奴は俺達に追いついて並走し始めた。

 

『待て待て待て待て!! お前ら、人間助け合いだろうが! ちっとは俺の話聞いてくれてもいいんじゃねえかァ!?』

『黙れ! 貴様の話など聞く耳持たんわ! 消え失せろ! そして二度とその顔を見せるな!』

『オイオイ! この女どんだけ俺の事嫌いなんだよ!? 思わず……涙が出るぜ!』

『いや、自分の行いのせいでしょうよ……』

 

 必死に追いすがる奴を罵倒する箒、それに対して自身を棚に上げて嘆くスターク。その、まるで千冬姉と石動先生のコントじみた光景を見て、鈴が思わず小声でツッコミを入れた。だがそんな緊張感が薄れるような光景を前にしても、俺達は常に対処できるようそれぞれ戦闘態勢に入って奴の出方を待つ。しかし奴が攻撃を繰り出してくる気配は無く、むしろ友人に対するように気軽に声をかけて来た。

 

『しっかし、お前らこんな所で何してやがるんだ? 折角の学園祭だろ? 青春は一度きりだってのに、ご苦労様なこったなァ~』

『君に青春について語られる程の事はしてないと思うんだけどね……!』

『そう謙遜するなデュノア、純粋な善意だよ! 訓練に任務漬けの毎日じゃあ、軍隊と変わらん。恋愛の一つや二つくらい……おっと、IS学園には一夏くらいしかまともな男は居ねえんだったな、こりゃ失礼』

『貴様ごときが一夏()を語るな!』

『嫁!? マジかよ! 随分手が早いなぁドイツ人は! はっはっはっは!』

『貴様……!』

 

 シャルの手酷い蔑みを皮肉な形で返して笑うスタークに、怒りに歯を剥き出したラウラが吠えた。だがそれをふざけた態度で笑うスタークにラウラの逆鱗が刺激され、今にも飛びかからんとプラズマ手刀を構える。しかし次の瞬間、サッと楯無先輩が二人の間に割って入り手を叩いて場の空気を取り成した。

 

『はい、そこまで! ねえスターク、茶番はそろそろいいかしら?』

『んん……? おっとその顔、アンタが噂の生徒会長か? どーもどーも、一夏達が世話になってる。<スターク>だ。以後、お見知りおきを』

 

 俺達と並走しながら器用に態勢を変え、楯無先輩に向き直って小さく手を振るスターク。それに対して楯無先輩はいつもよりも冷たさ10割くらい増しの笑顔で笑って、ぞんざいに手を振り返した。

 

『ご丁寧にどうも、更識楯無よ。で、何か用かしら? 私達今忙しいのだけど』

『世間話に花を咲かせたかったのさ』

 

 スタークは楽しげに笑い、だがすぐに首を振って否定した。

 

『ハハ、冗談だよ……俺は今<ブラッド>を追っかけててなァ。そしたら今ブラッドの奴がここに居るっていうんで、慌てて飛んで来たんだよ』

『ブラッドですって……!?』

 

 あくまで楽しげに笑うスタークに鈴が驚いたような声を上げる。……なんだよそれ、俺だって呻きたいくらいだ。亡国機業に目の前のスターク、更にはブラッドまで近くに居るなんて!

 

 冗談じゃあねえ。そんな俺達を他所に、今度は箒がスタークに冷たい視線を向けた。

 

『ブラッドか。ならば我々とは無関係だ、失せろ。楯無先輩も言ったが、今別件で忙しい――――』

『ブラッドが亡国機業との接触を狙ってる、って話でもか?』

 

 スタークがつぶやいた言葉に、箒の顔が冷たいを通り越して凍り付いた。いや、むしろ楯無先輩以外の全員が表情をこわばらせている。

 

 ……そう。楯無先輩以外、だ。

 

『あら、ならいい機会じゃない。亡国機業とブラッド、まとめて一網打尽と行きましょう? 文字通り一石二鳥、って所ね』

 

 即座に返されたその不敵な発言に、俺達は今度は驚かされる番だった。さっきまであれだけ慎重に作戦組んでたのに、今度はスタークに協力するってマジかよ!? 驚愕に顎が落ちるほどに愕然としながら、涼しい顔の楯無先輩を見る俺達。しかし、スタークは不機嫌そうに首を傾けた。

 

『オイオイ……ブラッドは俺の獲物だって言ってるだろ? 余計な手出しするなら、お前らにも容赦しねえぜ?』

『あら、私達今緊急時なの。敵に手を出す出さないで選り好みしている余裕はないわ。貴方という問題も抱えちゃったのに、ねえ?』

『……まどろっこしい言葉遊びはやめろよ。何が言いたい?』

 

 クールダウンしたスタークは、現れた時の上機嫌さが嘘の様に冷徹に楯無先輩に殺気を向けた。だがそれに対して、楯無先輩は思わず見惚れてしまうような顔でにっこりと微笑んだ。

 

『いえいえ、ちょーっとお手伝いをね。貴方はブラッドが斃せればいいんでしょ? だったら力を貸してあげるわ。私達も目的が達成できればそれでいい……貴方のブラッド狩りに便乗させてもらって、亡国機業は私達がやる。これって、一種のウィン・ウィン関係じゃない?』

『オイオイ、本気か? 俺を前にそんな言葉を吐くとは…………今まで会った奴らの中でも二、三を争う狸だな』

『お褒め頂けて嬉しいわ♪ それじゃスタークさん、お先にどうぞ。ブラッド達が何処に居るか……場所の見当も、実はもうついているんでしょう?』

『フッハッハッハッ…………怖いねえ。嬉しいねえ! お前みたいな奴がいてくれると、俺も心の底からやりがいって奴を感じちまうぜ…………そんじゃあお望みどおりにしてやるよ。さあお前ら、着いてきな!』

 

 話し終えたスタークが急加速、一気に俺達の先頭へと躍り出る。その真後ろ――――いつでも奴に対して攻撃を加えられる位置――――に楯無先輩が滑り込み、肩越しにこちらを見て、小さく笑いかけた。

 

 彼女らの間で今回の作戦がトントン拍子に別物へと変化したのを目の当たりにして冷や汗を流していた俺達だが、それを見て気を取り直し慌てて速度を合わせ、スタークの後を追う。

 

 まさか、こちらから申し出る形になったとは言え、スタークの協力が得られるなんて俺は夢にも思わなかった。……当然、このまま素直に協力してくれるなんて、俺はこれっぽっちも思ってない。多分他の皆も同じだろう。奴の狡猾さはタッグマッチの時と福音の時で十分身に染みてるからな。

 

 ……でもそんな奴が今すぐに敵対する気が無いというのを示したのを見て、少し肩の荷が降りた気がするのも事実だ。これも楯無先輩のお陰か……つーかこの二人、ISの操縦技術とは全く関係ねえ所で俺達とはレベルが違う。年期って言うのか、経験っつーか……力だけじゃあなく、頭の使い方からして別格だ。楯無先輩は味方だからいいけど。

 

 けど、スタークがそれで終わるような奴じゃないと俺は知ってる……そうだ、多分こいつは、ブラッドを倒す事だけじゃなくて、この場でさらに何か別の目的を持ってるはずだ。それが何なのかなんて、俺にはさっぱりわからねえけど…………。

 

『皆』

 

 思案していた所に楯無先輩の声が聞こえ、俺は思考をスタークから彼女へ向ける。その顔は、いつもの不敵に微笑む先輩のそれでは無く、油断ならぬ緊張感を漲らせる、一人の戦士の顔だった。

 

『これから戦闘になるだろうけれど、私はスタークの方に意識を向けるから、全ての力を他の相手に向ける事が出来なくなると思う。その時は、皆に石動先生の救出を任せる事になる…………無理はしないでね』

 

 視線をスタークの背中に向けたまま心配そうに呟く楯無先輩。普段の俺達なら、胸を張ってそれに応えていただろう。けど、今回は状況が状況だ。そもそも敵は未知数。時間の制限だってあるし、目の前にはスタークが居る上、ブラッドの出現も示唆されてる。俺たち全員が全力を絞り出したところで、どうにもならないかもしれない。でも――――

 

「――――先生を助ける。全員無事に帰る。どうにかして、その両方を実現して見せますよ。な、箒?」

『ああ。無理とか無茶とかはともかく、私達は最善を尽くすだけだ。そうすれば、自ずと最高の結果が得られる』

『それだけの力が、僕達にはあると思いますよ。何せ、先生と先輩に鍛えられてますからね』

 

 俺の言葉に箒が真剣に笑って答え、それをシャルが可能だと肯定する。

 

『それにまぁ、スタークの言う事に乗っかるようで嫌ですけれど……今日は折角の学園祭です。それを邪魔してくださった亡国機業の方々には、少々お仕置きが必要ですわ』

『同感だな。『人の恋路を邪魔する者は馬に蹴らせる』のが日本のルールと聞く……ISで蹴り飛ばすのもそう変わらんだろう』

『いや全然違う……ラウラ、前から思ってたけど、アンタの日本理解ちょっと変よ? 中国にいたアタシが言うのも何だけど……』

 

 セシリアが決意を新たにし、ラウラが怒りの籠った笑顔を見せ、鈴がどこか呆れたようにそれを眺める。

 

『まぁいいわ……全部終わった後は打ち上げもあるし……。あっそうだ。打ち上げ、石動先生に奢ってもらわない? そんで皆で焼肉でしょ!』

「おお、いいなそれ! ナイスアイデアだぜ鈴!!」

『石動先生またウルっと来そうだね、それ……』

 

 そう戦いが終わった後の事を話している内に、俺達の間にあった緊張感は消え、皆普段と同じような雰囲気で笑い合っていた。だがやっぱり皆、表情がどこか堅い。俺だって、ちゃんと笑えているかどうかわからない。そんくらいの相手なんだ、今回は。

 

 ひとりでは敵わないどころか、ここに居る皆を同時に相手に出来かねないスターク。何度も取り逃し、また俺達の前に現れようとしているブラッド。そして、石動先生を連れ去ろうとする亡国機業。本当に、俺達だけでこいつらをどうにか出来るだろうか。そんな心配を隠すように自分を強いて皆に笑顔を向ける。こんなのは空元気さ。けど、空元気でもいい。始まる前から切羽詰まってちゃ、出来る事だって出来やしねえ。

 

 そんな風に不安を押し殺して笑う俺の事をちらと見て、楯無先輩の顔が(ほころ)んだ。

 

『…………ふふ、皆本当に面白いね! 終わった後の話をするのは個人的には良くないと思うんだけれど……まあ、今回は悪くないわ、きっと! それじゃあ力を合わせて、石動先生にいっぱい貸しを作っておきましょう!』

 

 楯無先輩が加速し、スタークに追いつき並んで飛び始める。俺たちはその後ろで編隊を組んだ。スタークの事を認めていないと主張するように。それを横目に見て、スタークは心の底から愉快そうに笑った。

 

『ハッハッハ、やっぱ俺の目は間違ってねえな……。さて、楽しいゲームの始まりと行こうぜ……!』

 

 

 

 

 

 

 倉庫から出た私は、傾き始めた日差しの眩しさに眼を細め、展開したハイパーセンサーで光量を調節する事でそれを克服し、何となく空を見上げた。

 

 空を流れていた雲は最早その影も形も無く、目に映るのは澄んだ青空ばかりだ。

 

 それが何となく癇に障って、私は装甲に包まれた掌を太陽に伸ばしその輝きを遮った。

 

 ――――私は、眩しいのは嫌いだ。何故だかは良く分からない。世界の頂点に立って、栄光に照らされ続ける(織斑千冬)への自分でも整理できない感情がそう感じさせるのか、或いは、その姉の生き写しである自身の顔が良く見えてしまうから嫌いなのか。それは、よく分からない。

 

 だが、それは今はどうでもいい事だ。潜入任務は終わり、戦闘の許可も出た。望んでいた戦いの機会が手に入ったのだ。さあ、慣れぬ潜入で背負ったストレスを、奴らをいたぶる事で解消しよう。

 

「それじゃあ、手筈通りに。頼んだわよ、エム」

「ああ」

 

 石動惣一を乗せた車にスコールが乗り込むと、その上にオータムのアラクネが飛び乗る。ロクに動けぬアラクネは、スコールたちを守るための砲台代わりにする腹積もりらしい。

 

 ――――いっそ見捨てて、全員死なせてしまおうか。一瞬そう考えてから、私はすぐさまそれを却下した。ぬるま湯に浸かったIS学園の奴らがすぐに人質を見捨てるとは思えん。情報を欲しているであろう事から考えても、我々の事は生け捕りにしたいだろう。そうなれば、スコールは私が自身を見捨てた事に気づき、ナノマシンを起動して私をすぐさま殺すはずだ。それでは意味が無い。自由は手に入らない。故に、今日はまだ、自分の為に奴らを生かし続けるしかないようだ。

 

 これからの私の立ち回りは至極単純だ。奴らが本土側へと辿り付くのには十五分とかからない。それまでの時間私がこのトンネルを死守し、折を見て離脱する。私はそのシンプル過ぎる作戦に、少し溜息を吐いた。

 

 敵は国家代表候補生の第三世代機を中心とした部隊。そして、オータムを圧倒したという更識楯無とやらがそれに加わっている。その実力は、私ほどではあるまい。だが数の不利は認めなければならん。

 

 一人でこの大型の建設重機さえも悠々と通せそうなほどの口を開けたトンネルに敵が入り込まぬよう手を尽くすと言うのは……少々難儀なハエ退治だな。私の<サイレント・ゼフィルス>が自立稼働可能なビットを備えた機体とは言え、一機でどこまで対応できるか……。

 

『そこにいらっしゃるのは<エム>とお見受けしますが』

 

 ――――近距離からの近接通信(ダイレクトチャンネル)

 

 私は瞬時にハイパーセンサーで背後のISを視認。振り向きざまに剣と銃、そしてエネルギーと実弾の発射機構を備えたマルチ・ライフル<スターブレイカー>をメッセージの送り主へと突きつける。そこに居たのは、かつてIS学園のクラス対抗戦とやらに乱入し<ブラッド>の手で乗っ取られたという異形のISであった。

 

「…………ブラッドか」

 

 その血のように染まった装甲を見て、私はスターブレイカーを引きつつ、忌々しさを隠しきれずに舌打ちする。それを見たブラッドは微塵も怯えを見せずに、むしろ堂々とした佇まいで姿を現した時同様に礼を取った。

 

『ええ、どうも、ブラッドです。ご無沙汰しております』

「何がご無沙汰だ、さっき別れたばかりだろう」

『貴女がISを展開している姿を見るのは初めてな物で。それにしても素晴らしい機体だ。貴女に良く似合っている』

「下らん世辞はやめろ。先にお前からなます切りにしてやってもいいんだぞ」

『それは困りますよ? ……多分、お互いに』

 

 その余裕たっぷりな口調に私は途方も無い苛立ちを覚え、盛大に舌打ちした。ブラッドはそれに対して特に反応もせず、興味深げに私の機体を眺めているばかり。それが更に癇に障って、私は奴に対して背を向けた。

 

「……御託はいい。手助けに来たなら、それなりに役に立て。でなければ私から、お前との協力を断るよう上に進言するぞ」

『それは困りますね。精々張り切って行くとしましょう』

 

 ブラッドは困ったように肩を――――そのISに肩は無かったが、そう見えた――――竦めると、明後日の方へと向きを変え立ち塞がるかのように両手を掲げる。

 

 直後、ハイパーセンサーが敵影を捉えた。八機。予想より多い。その先頭を走る機体を拡大し視認。半透明のヴェールを纏った青い機体と、ブラッドと同様の血の色に染め抜かれ、エメラルドじみた半透明のプロテクターとバイザーを持つ機体が目に映る。青い機体はデータに無いが、オータムの証言と一致する。恐らく奴が更識楯無。そしてもう一機の赤い機体は…………。

 

「<スターク>だと?」

 

 予想外の相手。しかもなぜ、奴がIS学園の連中と並んでこちらに向かっている? 奴らは敵同士では無かったのか?

 

 私は少々困惑し、最初の一手を打ちかねる。その横で、ブラッドが落ち着き払った声色で笑った。

 

『さて……役者も揃いましたし、始めましょうか』

 

 その言葉と共に、ブラッドの掲げた両の掌から前触れ無く二本のビームが放たれ空を裂いた。レインの報告にもあった高出力のビーム砲。それを受ける側となった敵はすぐさま散開し、開幕の花火で撃墜される者は居なかった。

 

 ――――まあいい。予定外の敵が居ようが、私がやる事に変わりは無い!

 

 私は戦いの火ぶたが切って落とされたことで平常心を取り戻し、殺意を全身に巡らせる。その意志に応えゼフィルスが駆動した。スターブレイカーを即座に構えてエネルギー弾を単発速射(ラピッドファイア)。散開した奴らの中でもひときわ大きく距離を取り、孤立気味になった更識楯無の青い機体を狙う。

 

 だが奴は手に長大なランスを呼び出すとその表面に水を奔らせ、高速で横に振り抜く事でエネルギー弾を四散させて見せた。それを見て、自身の顔に獰猛に笑みが浮かんだをの感じる。

 

 そうで無くては。その程度やって貰わなければ、面白みがない。

 

 その妙技に応え、サイレント・ゼフィルスに搭載された六機のビットが一斉に展開され攻撃態勢を取った。ブラッドが執拗にスタークに対し砲撃を加える横で私はスターブレイカーと合わせて他の七機を一斉に照準(ロック)。そして、全ての銃口にエネルギーを収束させた。

 

 さあ、お前たち如きがどこまで私に喰らいつけるのか……精々楽しませて見せるがいい!

 

 私は笑い、引き金を引く。花が咲くように放たれる七条の閃光。それを追う様にサイレント・ゼフィルスは瞬時加速(イグニッション・ブースト)で急加速。そして、七人の中でただ一人先制攻撃に対し防御では無く回避を選択し寸ででそれを成功させた紅椿――――篠ノ之箒へと、私は肉薄した。

 

 




ずいぶん時間がかかりましたが、全ては内海の(エミュレート精度がエボルトに比べ低くそれっぽく描くのに苦労した)せいです。

次回、亡国(エム&ブラッド)対IS学園の戦闘になると思います。ぼちぼち書いていきますが、またしばしお待ちいただく事になるかと思います。申し訳ないけど




(キバ編、当時名護さんの大ファンだった自分からすると狂喜乱舞だけど冷静に考えてすっげえ事になってんぞ……)

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