星狩りのコンティニュー   作:いくらう

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リーダーになるべきなのは誰?

 三時間目。授業の開始時に織斑千冬の鶴の一声により、クラス対抗戦に出る代表者を決めなければならない事が伝えられた。実に面白いと言いたい所だが、恐らく織斑一夏がその座に据えられるんだろうなと、俺は冷めた目でそれを見つめていた。

 

 初対面の日に自薦他薦を問わずに決めると言う条件が問題だな。そうすると、必然的に知名度がある者、あるいはクラス内でも群を抜いて目立つ者に他薦が集中するのは自明の理だ。

 

 案の定、クラスの女子達は織斑に対して票を入れ、よっぽど代表になりたくなかったと見える織斑は拒否の構えを示し助けを求めるように周囲に目をやるが、姉である織斑千冬の一喝によって黙らされた。

 

 代表戦ってのも、なんだか懐かしさを感じさせる行事だな。選ばれた織斑は割と普通にかわいそうな気もするが……他に推薦されるものが居ない以上、仕方ない結果だろう。

 

 そんなに嫌ならここで誰か適当な奴を指名、候補者をもう一人選出して何とか責務から逃れるのがベストだとは思うけどな。それをしないのは織斑自身の気質か、単にそれを思いつくだけの余裕がないだけの事か。

 

「待ってください、納得が行きませんわ!」

 

 このまま織斑で決まって話は終わるのかと思っていたら、嬉しい乱入者がそれを遮った。あいつは確かセシリア・オルコット。入試首席かつ、国家代表候補の実力者。入学試験で唯一実力で(ここ大事だ。織斑の奴も一応勝ってるし)試験官に勝利した、現状疑いようもなくクラス最強と言える生徒だ。

 

 そんな生徒がこうしてクラス代表に名乗りを上げるのは実に喜ばしいもんだ。是非織斑と競い合ってうまい事俺を楽しませて――

 

「そのような選出は認められません! 男がクラス代表なんて恥さらしもいいところですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間も味わえと言うのですか!」

 

 ――ん?

 

「クラス代表は自薦他薦を問わず、最も実力ある者がなるべきですわ! つまりこのわたくし! 大体、その座を物珍しいと言う理由だけでこんな文化的にも後進国の男に任せようとするなど――!」

 

 その言葉に、今まで自分の知ったこっちゃないとばかりの態度を取っていた織斑が弾かれたように立ち上がる。

 

「言ってくれるじゃねえか! イギリスだって別段何の取り柄もねえ――」

「はーいそこ二人ストップ! ストップな!」

 

 オルコットの演説に触発された織斑が売り言葉に買い言葉で応戦しようとした所に俺が割り込む。正直争いは大歓迎だが、あんまりこの程度の小競り合いに時間を割けば授業時間が減る。それで放課後の時間をさらに取られちまうような事になるといろいろ困るのだ。

 

 俺としては一刻も早く隠密行動や飛行の出来る幾つかのボトルを生成して、スタークとしても本格的に行動できるようにしたいからな。

 

「ったくぅ、そんなに一番強い奴がクラス代表に相応しいってなら、男も女もねえ、戦って決めるのが筋ってもんだろう? こんな子供みたいな言い争いをするより、そっちの方がよっぽど『らしい』はずだぜ」

 

 言いながら視線を激突させる二人の間に割って入り、どちらにもそれでこの場は納めろと目配せをした。いち早くそれに納得してくれたか、織斑が先に口を開く。

 

「分かりました。ここは石動先生の顔を立てて、真剣勝負で決着をつけようじゃねーか」

「あら、わたくしに勝てるとでも思っているのかしら? ハンデを上げても一向に構いませんわよ! いくら先生とは言え、男の提案に乗るのは些か癪ではありますが……」

「話は決まったようだな」

 

 オルコットの言い草にちょっとばかり俺がムッとしていると、織斑千冬が話をまとめに掛かって来た。横では山田ちゃんが慌てて端末を弄り回している。恐らくアリーナの使用可能な日を確認しているのだろう。

 しばらくして、山田ちゃんが織斑千冬に耳打ちすると、奴は二人に向けて決戦の日を通告した。

 

「では勝負の予定日は一週間後の月曜、第三アリーナを借用して執り行う! 放課後になり次第すぐに準備を始めるから、間違ってもすっぽかすなよ。石動先生もそれで構わないか?」

「異議なーし!」

「うむ、それでは授業を始めるぞ。各自、ISの装備品に関する知識は記憶してきたな? それを確かめてやる。少し飛ばして、教科書の20ページを開け」

 

 

 

 

 

 

 結局その日の授業は、クラス代表決めに関するいざこざはあったものの、ほぼ予定通りに終了した。俺と織斑千冬は、山田ちゃんが織斑一夏に急遽決まった寮の部屋を伝えに行くのを見届けて、職員室への帰路につく。

 

 いやいや、まったく色々勉強になる一日だったぜ。それ以上に疲れた。年頃の女子の相手がこれほどまでにハードだとは思っても見なかった。

 

「お疲れのようだな、石動先生」

 

 いやお前のせいでもあるんだよな。下手にデリカシーの無い言動をすれば出席簿で打擲(ちょうちゃく)されちまうし。間違いなく、今日織斑一夏の次にこの女によって『わからされた』のは俺だろう。毎日こんな目にあわされちゃあたまらん。早目にこの女の中でのアウト・セーフの基準を見極めなきゃな。

 

「……大丈夫か?」

「ああ、ボ~ッとしてました。流石に堪えますねえ」

 

 考え事をして反応を返し忘れたせいで、割と本気で心配されてしまった。常にそれくらいの気遣いが出来ればもっと親しみのあるモテ方をするだろうに。

 

 今日一日を共に過ごして分かった事だが、この織斑千冬という女に実力行使で付け入るスキは無いに等しい。本気でこの女の成分を採取しようとするなら、仮面ライダーエボルに変身できるようになってからの方が間違いないだろうな。

 

 本末転倒って奴だ。この女の成分があれば俺のハザードレベルも一気に回復するんだが、今の状態でそれを入手するにはリスクが高すぎる。やり合うにしたってもっと俺の装備を充実させてからだ。トランスチームシステムだけでこの女とやり合うのは御免被りたい。

 

 今の内に戦闘用のフルボトルもピックアップしておくか……。

 

「お疲れさまです」

「ああ、お疲れ」

「どーも、ご苦労さん」

 

 そんな事を考えていれば別の教師とすれ違う。いつの間にか職員室の前まで来ていたようだ。俺が初めて来た日の喧騒は流石にもう無く、教師方も各々の作業に取り組んでいる。

 そこで待っていろ、と織斑千冬に言われ扉の横で待機していれば、奴は何センチかの厚みがある書類の束を持ってきて俺に手渡してきた。

 

「なんすか、これ?」

「いや、私も放課後は自身の職務がある。どうにもお前の監視とは並行できそうに無いのでな。お前に目を通して欲しい書類と、記入が必要な報告書をまとめてきた。お前にはこれから部屋に戻って、明日の朝までにこの書類全てに目を通してもらう」

「マジかあ、多すぎやしません?」

「最初の出勤だからな。普段はそこまででもないんだから、諦めて早々に書き上げてしまえ」

「あーい」

 

 ま、こいつに四六時中監視されるよりはマシか。しかし結構な分厚さがあるぞ。今日はフルボトルを生成する暇、無いんじゃあないか?

 

「私の監視が無いからと言ってサボるなよ? 後、発信機は常に身に付けておくように」

「わーかってますって、信用ないなあ!」

「どの口が言うのだ」

 

 笑顔の俺を鋭く一瞥して織斑千冬は溜息をつく。この女の信頼をどうやって勝ち取るかというのは、この学園での生活における高いハードルの一つだな。

 

 

 

 

 そんなこんなで部屋に戻った俺は、抱えた書類の束を見てそれを放り捨てちまいたい虚無感に襲われた。いくらのんびりやるっつっても、ここまで時間に余裕が無いとなると、俺も教師生活と言う物について真剣に考えざるを得ない。

 

 フルボトル60本揃えてさっさとこの星を破壊しちまうか~と言う考えが一瞬頭を過ぎったが、流石に初日からそんな事を考えるのは情けないだろ。織斑千冬も普段はこれほどの量じゃあないって言ってたし、スパッと終わらせてフルボトルを作るとするか!

 

 そう決めた俺は決断的に一枚目の書類をめくって目を通すと、その凄まじい文章密度に打ちのめされ、自身の教師生活に改めて不安を抱いて肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 二日目の授業。既に基礎的なIS知識を習得している俺にとっては、割と退屈な時間が続く。あくびの一つでもしてやりたいが、織斑千冬の価値観から言えばそれは間違いなくアウトになるだろうってのは分かり切ってるので、俺は仏頂面をしたまま授業の様子を眺めていた。

 

 目をやれば、相変わらず織斑は苦悶の表情を浮かべて教科書に必死に視線を走らせている。

 キョロキョロとするばかりだった昨日よりも随分やる気が見えるが、それはそれとして授業の進行にはまったく着いて行けて無いようだ。

 

 まあ仕方ないよなあ。やる気だけで理解できるほど学問は甘くない。昨日の放課後、入寮時にもゴタゴタに襲われたようだしな。

 俺はこの二日で随分織斑には同情的になっていた。これも男二人だけと言うこの環境が成せる業か。とりあえず奴にはさっさと一人で授業に追いつけるよう成長してもらって、俺本来の目的、真の力を取り戻すのに邁進するための時間を作るのが、今の大局的プランだ。

 

 山田ちゃんとも既に折り合いを付け、放課後の補習時間をもう用意してある。この辺の手回しはビルドの世界で随分と手慣れたもんだ。補習の内容もがっちりみっちりと決まっている。

 時折高難易度の問題をぶつけて、あまりの難解さに頭を抱えて苦しむ織斑を見るのが楽しみだぜ。

 

 

 

 

「――――専用機、って?」

 

 見れば、織斑千冬が弟に対して怜悧な視線を向けていた。一方の織斑一夏は事情を飲みこめておらず、呆けた顔でそれを見上げている。

 ったく、それくらいは単語から予想できる範疇だろうが。そう心の中で毒づいて、俺は二人の元へと歩み寄った。

 

「おいおい織斑、お前自分の重要性がわかってないな? 何せお前は世界で唯一の――あ、俺を除けばな。大事な大事な男性操縦者なんだぜ? 日本政府どころか、世界中の国がお前の操縦データを欲しがってる。そんな訳で、世界に467機、日本にもそう多く無い数しかないISを一機、お前の為に用意してやろうって話だよ」

「モルモットみたいな扱いっすね……」

「思ってても言うなよ~。素直なのが悪いとは言わないが、沈黙だって立派な美徳だぜ?」

 

 OK? と両手の指を向けて笑いかけると、織斑もその説明に納得してくれたようだった。それに安心して俺は自身の椅子に戻ろうとする。しかし、それはいつのまにやら立ちあがり胸を反らせてふんぞり返るオルコットによって阻止された。

 

「あら、少し安心しましたわ! このわたくしに対して訓練機で挑んでくるような事では、戦う前から結果が見えてしまいますものね! まあ、それでも素人である貴方とエリートであるわたくしの間にあるあまりにも大きな格差が、ほーんの少し縮まっただけなのですけれど!」

「オ~ルコッ~ト~。今は授業中だぞ~? そんなに織斑先生に修正されたいか~?」

「うっ」

 

 恨みがましく俺にそう言われるとオルコットはその白い肌をさっと青ざめさせて、縮こまるように席に着いた。やれやれと溜息一つ。そこで突如突き刺さる視線を感じてそちらを振りむけば、織斑千冬が凄まじいとしか言えぬ眼光を俺に対して照射してやがる。

 

 何だ? 生徒を黙らせるダシに使われたのがそんなにご立腹かァ? って言うか、自分の日頃の行いのせいじゃねえかよ……。

 

 そんな事を思っても俺はおくびにも出さず、顔の前で両手を合わせて織斑千冬に許しを請う。それを見た織斑千冬は一度鼻を鳴らして、俺に対する視線攻撃を終了した。いつか見てろよこの野郎……!

 

 生徒達には見えぬ無言の激戦を経て、俺はようやく自身の席へと腰を落ち着けた。それを待っていた織斑千冬は一度立ち上がって、授業再開の号令をかける。

 

「馬鹿者どもめ、気を緩めるなとあれほど言ったはずだ。授業を再開するぞ。山田先生、お願いします」

 

 

 

 

 

 

「一夏ァ! その体たらくは一体どういう事なのだ!?」

「いや、どうって言われても……」

 

 二日目の放課後。紆余曲折あって、俺は箒に剣道場に呼び出されて剣を振るっていた。準備体操を終え、今のお前の実力を見定めてやる、と上から目線で言ってくる箒に対して啖呵を切って試合に臨んだのはいいものの、現実は厳しくあっという間に一本を取られて俺は敗北を喫する事になった。

 

 まあ箒の奴は、去年中学生の部の全国を制覇してんだもんな……でもまさかここまで腕を上げているとは思わなかった。

 ……しっかし、この周りのギャラリーは一体どっからやってきたんだ? 流石に負けた所をあんまりじろじろ見てほしくねえんだけど。

 

 未だ敗北の衝撃から立ち上がれず、尻餅をつきながらそんな事を考えていると、剣道場の入り口にまで広がった人垣の向こうから、IS学園じゃ珍しい男の声が聞こえて来た。

 

「おお、居た居た! 山田ちゃん、こっちこっち!」

 

 そんな声がしたと思ったら、俺や箒を取り巻いていた女子達がまるで割れるかのように道を開け、山田先生を伴った石動先生が歩いて来た。どうしてこの人はこれだけの女子を前に物怖じせずに振る舞えるんだ……大人だからかなあ、やっぱり。

 

「ほーれ、お前ら帰った帰った! 見せもんじゃあ無いんだぜ!」

 

 石動先生が大げさな身振りで周囲の女子達に立ち去るよう促すと、彼女らは渋々と言った様子で(一部大喜びで従っている子もいたが)剣道場から退出していく。

 しばらくして、ようやくここに居るのが俺と箒、石動先生と山田先生だけになった所で石動先生が俺に向かって声をかけて来た。

 

「いやー、探したぜ? 確かにISの操縦には基礎体力はすげえ大事なんだけど、知識だって同じくらい大切だ…………放課後の補習、忘れてたわけじゃあねえよなあ?」

 

 基本的ににこやかな石動先生の眼が、ちょっと鋭くなった。ヤバい、怒ってる。

 普段優しい人を怒らせたら千冬姉の次に怖いと言うのは身に染みて知っている事だし、ここは素直に本当の事を話すしかない!

 

「すっ、すみません! 箒に無理やり引きずられてきちまって、どうにも抜け出せなかったんすよ!」

「その言い草は何だ一夏! それでも男か!」

 

 いやこれ事実以外の何物でもねえだろ! つか、男も女も関係ないし。事実上の拉致だし。犯罪だぞ犯罪。

 

「ふぅん。ああそうだ、これ関係ないんだが、俺もお前の事一夏って呼んでいいか? 織斑って言うとどうにも織斑先生と紛らわしくていけねえ」

「あ、いいすよ」

「おう、ありがとな!」

 

 俺の即答に、石動先生はニコーっと人のいい笑顔をした。それから、後ろで所在なさげにしている山田先生に振り向いて、小さく手招きをする。いい事を思いついたと言わんばかりの笑顔を浮かべた石動先生は、次の瞬間とんでもない提案を仕掛けて来た。

 

「そうだ。山田ちゃんもいい機会だし、一夏の事名前で呼ばせてもらったらどうだ?」

「ええっ!? 私はそんな! 織斑くんは織斑くんですよ!」

 

 いきなり爆弾発言をぶちかましてきた石動先生に対して、山田先生はあわあわと慌てふためくばかり。それを見て笑っていた石動先生だが、突然その顔をきりっと引き締めると、あわやパニック寸前かと思われる山田先生を落ち着いた声で諭し始めた。

 

「山田ちゃん。やっぱ教師と生徒を同じようにオリムラって呼んでると、ど~しても他の生徒に示しがつかないんだって。教師としてビシッと決めるためにも、その辺の線引きは大事だと思うけどなあ」

「……本当ですか?」

「ホントホント! 一夏もそう思うよな?」

「えっ、ああ、そ、そうっすね……」

「だってよ! ほら、山田ちゃんも」

「あ、えっ……あの……」

 

 顔を近づけて聞いてくる石動先生の剣幕に、俺は思わずしどろもどろに了承の返事をしてしまう。すると山田先生は目に見えて真っ赤になり、石動先生はそんな山田先生を見て実に面白そうに笑っていた。

 

 この人、完全に山田先生で遊んでるな……。

 

 そんな事を思っていたら。覚悟を決めたような顔をした山田先生が近づいてきて、俺の前に立った。その顔は先ほどに輪をかけて真っ赤で、もう湯気でも出てんじゃないかって感じ。そんな風に思って見ていたら、山田先生が気合を入れるように手を強く握って、震えながら口を開いた。

 

「……えっと、その…………一夏、くん?」

 

 そのあまりの破壊力に、俺は手に持った面具を思わず取り落としよろめいた。天使か。

 

 石動先生も、おお~とでも言いたげな顔で感嘆していた。そりゃそうだ、こんなのを食らったら、普通に勘違いしそうになる。

 そんな事を思って、予想外の幸運に顔を緩めた俺は、そこでふと自身に浴びせられる致死量の殺気に気が付いた。振り向けば、そこには天使とは正に正反対の、恐るべき威圧感を放つ鬼が怒髪天を突いている。

 

「一夏、貴様……」

「ひっ!?」

 

 竹刀を構えた箒がこちらにじりじりと近づいてきた。まずい、完全に殺る気だ! 俺は取り落とした面具を顔の前に突き出して身代わりにしようとするが、次の瞬間面具ごと真っ二つにされる未来を幻視して、もうダメかと半ば諦観モードに入ったその時。石動先生が箒の目の前に立ち塞がり、腰を曲げて視線の高さを揃えてそれを咎めた。

 

「おい篠ノ之。お前、あんまり一夏を脅してやるな。って言うか、お前も一夏が補習あるの聞いてただろ? なーに勝手に誘拐してくれちゃってんだ~?」

「あっ……も、申し訳ありません! ……一夏の奴、どうにも知らぬ間に弛んでいた様で我慢ならず……出過ぎた真似を、すみませんでした」

 

 良くも悪くも日本男児な箒は、目上の者の言う事は割とよく聞く。剣を下ろした箒を見て助かったと安堵の溜息をついていれば、石動先生は笑いながら俺に声をかけて来た。

 

「ま、そういう逢引は、出来れば休日か寮に戻ってからやってくれよな。じゃあ一夏は着替えて来い、さっさと教室に戻ろうぜ」

「あ、はい!」

 

 そう促されて、俺は更衣室に向かう。やっと解放されたぜ……流石に、毎日授業に着いていけないのは胃に悪いし、千冬姉の名誉にも関わる。何よりこのままここに居たら箒に無茶な特訓をやらせられるに決まってるしな。だがその心配も終わりだ。

 そんな事を思って安心しきっていると、何かを考えていたらしき箒が、石動先生に向けて声を掛けた。

 

「あの、石動先生!」

「んん?」

「もし先生方さえ良ければ、先生方の代わりに私が一夏にISの知識をお教えします!」

 

「――は?」

 

 その箒の提案に、更衣室のドアに手をかけた所で俺の体は硬直した。

 

「普段から迷惑をかけているのに、先生たちの貴重な放課後を無為に使わせる訳には行きません! 寮でも同じ部屋ですし、どうか、一夏の基礎学力向上をこの篠ノ之箒に一任しては頂けないでしょうか!!」

「おい待てほう――」

 

 一見筋の通った箒の意見だが、あれは俺をこの手でビシバシしごく為の建前に過ぎない! それを瞬間的に見抜いた俺は、待ったをかけようと大声を張り上げようとする。

 

「マジか!? そりゃあ助かる!」

 

 しかし如何せん距離が遠くなっていたせいで、俺の声は石動先生が放った大喜びな言葉にかき消された。

 

「顔なじみのお前がこのクラスで良かったぜ~! じゃあそう言う事で決まりっ! 一週間後の代表者決定戦、フツーに楽しみにしてるぜ! Ciao(チャオ)!」

「ちょ、ちょっと石動先生待ってください! あ、持ってきたプリントはここに置いておくね? それじゃ、篠ノ之さんも一夏くんをお願い! ……石動先生、置いてかないでください~!」

 

 有無を言わせず、箒に仕事を丸投げしてさっさとこの場から去っていく石動先生。その後を慌てて山田先生が追いかけて行き、あっという間に剣道場には俺と箒が残されるのみとなった。

 

 嘘だろ……割とちゃらんぽらんな人だと思ってたが、まさか生徒に仕事を丸投げするなんて……しかもよりにもよって箒に……。

 俺は先ほどのそれとは違う理由でよろめいた。許せねえ……石動先生ぜってえ許せねえ!!! そう心に誓った俺は、後で千冬姉にこの事を報告する事を決心した。

 

「一夏」

「うっ!?」

 

 その声に恐る恐る振り向くと、面具をつけ直し、戦闘態勢となった箒がこちらを竹刀で指し示している。

 

「早く防具をつけろ、私が一から鍛え直してやる」

「で、でもよ……さっき貰ったプリントを使って、補習の方を進めないと……」

 

 そう俺が言うと、箒はそんな事はどうでも良いと言いたげに竹刀を床に向けて振り下ろして破裂音を鳴らさせた。

 

「うぬぼれるな! 貴様の現状は、それ以前の問題だ! みっちりと剣道の稽古を付けてやるからな!」

「ひでえ! じゃあ寮! 寮でくらいはISについて教えてくれよ!」

「……それくらいなら良い、だが今は剣道の時間だ!! 防具を身に付けろ、一夏!!!」

 

 問答無用とばかりに竹刀を振りかざす箒。こりゃもう何言っても無駄だな……俺は諦めて面具を身に付け、箒の前に立つ。

 

「安心しろ。一定の成果を出せたらすぐにでもISの知識を伝授してやる」

「……一応聞くけど、成果って?」

「――――私から一本取れたらだ!!」

 

 言うが早いか大上段に竹刀を構えた箒が一瞬で俺との距離を詰め、凄まじい速度で竹刀を振り下ろす。それを俺は受け止めようと咄嗟に横に竹刀を構えて上に掲げ、次の瞬間には見事に胴を抜かれていた。

 

「――どうやらこの調子では基礎体力のトレーニングも必要そうだな、覚悟しておけよ」

「マジかよ……」

 

 結局俺は時間ギリギリまで剣道場で箒にスパルタな稽古を付けられ、寮でもたっぷり基礎トレーニングをやらされたせいで、ISに関する知識をほとんど学ぶ事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、俺は結局最後の日まで箒から一本たりとも勝利をもぎ取ることはできず、ロクにISに関する知識を教えてもらえぬままにセシリアとの決戦の日を迎えるのだった。

 

 




エボルトにとって今一番面白いのは山田先生、次点で一夏です。
織斑先生は現状最大の仮想敵として心中ではフルネーム呼びになります。

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