本当に申し訳ない(天才科学者)
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クラス対抗戦の次の週明け。
この日の授業も、何とか乗り切った。相変わらずの授業のレベルに何とかついて行っている俺は、今日も机に額を付けて、受けた授業の事を
最初の頃よりは大分マシになったと思うのだが、どちらにせよキツいものはキツいし。今日なんかひどいもんで終始上の空だった。
なんだか落ち着かない。目を閉じて、その理由を考えてみる。
『私が優勝したら……付き合ってくれないか?』
瞼の裏に浮かんだ、俺の幼馴染。あいつが言ったその言葉に、妙に心を乱される俺が居るのだ。
――付き合って……付き合ってって、なんだよ。何に付き合うんだよ。稽古か? 買い物か? 俺の知らん何かか?
あの時よく分かんないけど妙に恥ずかしくなって箒に何も聞けなかったのを、今だいぶ後悔している。あいつのケガが治って寮に戻ってきた後も、教室ですれ違ってもそうだ。挨拶とか、日常的な軽い会話は出来ても、なんとなく、その事については聞けないで居る。
そういや、今日……箒が帰ってきてからの初めての訓練があるな。
本来なら、今日はセシリアとの戦闘訓練のはずだった。ただ俺の白式は先日の戦闘で盛大に破損して今は手元に無い。常に身に付けていた待機状態の白式、アレがない事もこの落ち着かなさの原因だろうなあ。
セシリアは口惜しそうに、今日の訓練を箒とのそれにする事を提案して来ていた。私から声をかけておくとは言ってくれていたが、俺からも改めて箒に今日の訓練の事をお願いしなきゃだな。
……と、思っていたのだが、結局休み時間も昼もそれを言いだせぬままに放課後を迎えてしまっていた。
その事を考えると、何故か腹が重くなる。今は、なんだかアイツの顔を直視出来る気がしない。負い目を感じている、と言う奴なんだろうか。こんな状態で剣道なんかしたら、何言われるか分かんねえ……。
「寝てるのか、一夏?」
悶々と自分の世界でのたうっていた時、突然横からかけられた声に俺はバネ仕掛けじみて飛び起きる。そこには当の幼馴染が心配そうに俺を見下ろしていた。
「ほっ箒!? 寝てない寝てない! ばっちし目が覚めてるぜ!?」
慌てて弁明する俺。箒との稽古を前にして辛そうにしていたら、それこそぶっ叩かれ――――
「あ、ああ。起きてたのか。……大丈夫か? そんなに眠いなら寮に戻った方がいい」
「えっ」
箒の柔らかな対応に、俺は豆鉄砲を食らった鳩のような、唖然とした表情を返す事しか出来なかった。マジか? いや箒、そこはお前『私との稽古を前にして何を弛んでいるのだ!』ってなる所じゃあねえの?
先日医務室で話して以降の箒は、声を荒げる事がめっきり少なくなったと思う。やっぱり、あのアリーナでの出来事が原因なのかな。やっぱその辺も含めて、今日の稽古で聞いてみるしかないか……。
「い、いや、ってもこれからお前との訓練だし……今日何やるんだ? 剣道? 筋トレか?」
「ああ、それなんだが実は伝えたい事があってな……。しばらく、お前の訓練に付き合えなくなった」
「へーマジかー……へっ!?」
一瞬上の空で答えた俺は、その意味を噛みしめて再び驚愕した。
あれだけ俺の訓練を見る事に躍起になっていた箒が、参加しない? それだけの事情が出来たって事か? 一体何があったんだよ。申し訳なさそうに言って頭を下げる箒に、俺は今度は困惑した。
「どうしたんだよ箒、何かあったのか?」
「ああ、今の私がお前の訓練に付き合うという事に、ちょっと思う所があってな……代わりの者を探して貰えるよう山田先生には頼んでおいたし、今日の訓練はセシリアに代わってもらえないかとさっき頼んでおいたから、そのうちお前の所に来てくれると思うぞ」
「でもいいのかよ、あんだけ稽古にこだわって――」
「おおい、篠ノ之ぉ。そろそろ行こうぜ~」
「あ、はい石動先生!」
意を決して箒に聞いてみようとした瞬間、ぬるりと現れた石動先生の一声が俺の決意を遮る。それに箒は弾かれたように反応して、そちらに向き直ってしまった。
「よっ一夏ぁ、悪いが篠ノ之は借りてくぜ」
「あっ、はい……」
体を傾けて俺の前に顔を出してくる石動先生はいつも通りの陽気な笑顔。そりゃそうだ。石動先生にとっては、俺達はあくまで生徒だ。例えそれぞれの関係を知識として知ってはいても、それを実感するほどに長い付き合いじゃあない。立ち上がった箒は俺に小さく頭を下げると、すまなそうに声をかけて来た。
「一夏。済まないが用事があるなら後で剣道場に来てくれ。石動先生とそこに居る」
「あ、ああ……じゃあな」
「自分の特訓も頑張れよな一夏ぁ~。
並んで歩いてゆく二人はまるで、女尊男卑の世になってめっきり見なくなった父娘のようだ。俺はその後姿にかける言葉が見つからず、ただ二人の背中を見送る事しかできなかった。
◆
「一夏さん! 今日のこの結果はどういう事ですの!?」
正面でセシリアが叫ぶ声は人のまばらな図書室に響き、ついでにキンキンと俺の耳に長く残った。
放課後になって、箒に代わってセシリアが俺に訓練を付けてくれた(と言っても、急な事だったので今日の授業の簡単なおさらい程度だ)のだが、日中半ば上の空だった俺はセシリアの出す問題に殆ど答える事が出来ず、余りにも不甲斐ない結果を叩き出してしまったのだ。
我ながらなっさけねえ。そんな風に思いながら、セシリアの説教に真摯に耳を傾ける。このくらいの精神状態の方が普段より人の言うことを受け止められるような気がする。気がするだけなのかもしれないが、そう考えでもしないと、自分が情けなくてやっていけそうにもないのも事実だった。
「まーまー。アンタも一夏が前の戦いのダメージ引きずってんのは分かってるでしょー? そんなカッカするもんじゃないわよ」
ねえ一夏? と言うのは、俺の左隣に座った鈴だ。鈴の奴ったら、先日の襲撃事件で俺や箒が医務室送りになったのとは裏腹にあっさりと復帰して、その後もいつも通りに振る舞っている。一度何でそんな頑丈なんだよと聞いてみたら、『鍛えてますから!』と無い胸張って偉そうに言っていたが、同時にそれが真理なんだろうとも思った。
何せ、この間まで一般中学生だった俺と違って、鈴は軍隊で鍛え上げられた国家代表候補生だ。文字通り鍛え方が違う。そのフィジカル面とメンタル面の強さは今の俺には間違いなく足りないものだ。
それを俺はガッツリ思い知らされて、その後鈴にフィジカルトレーニングについて指南してくれないかと打診してみた。鈴の奴は二つ返事でOKしてくれて、『じゃあビシバシ行くからね! 覚悟しなさいよ!』と随分張り切っていたのを覚えている。それにセシリアはちょっと嫌そうな顔をしたが、箒はあっさり了承してくれた。おかげでそれからは、こうして訓練にもちょくちょく顔を出してくれている。
しかし、俺には心や体の強さよりも、どうしようもなくIS乗りとしての技量が伴っていないように思えてならない。心技体、どれも欠けているのは分かってるが、その中でも技が飛びぬけて足りない気がする。
俺の前にいるセシリアや鈴も、稼働時間三百時間を超えるエリート中のエリート。そんな奴らに追いつくというのは正直傲慢だとわかってはいるのだけど、あの日、爆炎に包まれて見えなくなった箒の姿がどうしても頭から離れないのだ。
早く白式戻ってこねえかなあ。戦闘訓練は正直な所滅茶苦茶キツイのだが、今はそうも言ってられない。代表候補生である鈴と二人がかりでも歯が立たない、そんな相手と実際に戦う事になって、箒や石動先生にケガまでさせてしまった。
強くなりたい。その思いが日に日に強くなってゆく。
そんな風に思い詰めていると、セシリアが呆れたように俺の顔を見つめていた。やべえ、途中から全然話聞いて無かった。完璧に上の空って奴じゃあねえかよ俺。謝ろうと顔を取り繕うが、当のセシリアはそれより先に溜息をついて、一つの提案を俺にしてきた。
「……仕方ありませんわね。今日はこれくらいにして、箒さんの様子でも見に行きましょうか」
「へっ、箒の?」
「箒ちゃん? なんで?」
俺と鈴が拍子抜けしたような顔で聞く。セシリアはその様子に、頭が痛くなったように手を額にやった。
「何でも、剣道場で石動先生を相手に修練に打ち込んでいると聞きまして。折角ですし、その様子を見て貴方にも少し気合を入れて頂こうと思ったのですわ」
◆
「剣道場かあ。私は行くの初めてね~」
「剣道部の方々が使ってる場所と、何かあった時のために空けてある場所がありまして、箒さんは石動先生を相手にそこを借りて訓練していると聞きましたわ」
「あいつ、自分の稽古に力を入れたかったんだな」
それも当然か、と俺は思った。専用機を持っているわけでもない、代表候補生でも無い。そんな箒が強くなるには、まず自分自身が強くなって、どうにか専用機を手に入れる所から始めるのがベターなんだろう。
俺と同じように、箒も苦しんでたんだな。
その事実を思い知ると、うじうじと悩んでいた俺が途端にアホらしく思えてくる。俺も一緒に稽古させてもらえねえかな。そんな事を思っていると、剣道場の扉が目の前に見えてくる。中からは踏み込みが床を鳴らす音と、振るわれる竹刀の音が断続的に聞こえて来た。
「随分派手にやってるみたいだな」
「剣道部に見学の話は通してありますので、早く行きますわよ」
「どんな事してるのかな? ちょーっと気になるわね~」
そう和気藹々と話しながら、揃って扉をくぐる。見ると、剣道部の生徒達はどこか神妙な顔をして、激しい音が聞こえる道場の一角を見つめていた。箒と石動先生はそっちか。そう思った俺たちも、そちらに目を向けた。
――そこで行われていたのは、剣道とはとても言い難い戦いだった。
箒が駆けこみ、大上段に構えた竹刀を勢いよく振り下ろす。それを石動先生は躊躇なく左手で掴み取り、空いた胸に鋭い突きを打ち入れた。その威力に箒はよろめくが、石動先生が手放した竹刀を鋭く振るって追撃をけん制し、間髪入れず再度の突撃を敢行した。
対して石動先生は半身になって右手に持った竹刀で攻撃を防ぎ、時折前後にステップを踏みながら箒の攻撃を逸らして行く。本来片手のみの握力であんな激しい攻撃を防げば、すぐさま竹刀を弾き飛ばされるのがオチだ。しかし石動先生は箒の攻撃をその速度からは想像できない程に柔らかく防いで、力をうまく殺しているように見えた。
「ダメだダメだ! 自分の強みを生かせてねえ! そんなんじゃ、あのISは愚か、一夏とだって渡り合えねえぞ! もっと貪欲に来い!」
「くっ……!」
箒が駆けるように踏みこんで剣を振るえば、速度が乗る前に石動先生がその軌道に自身の竹刀を刺し入れて防ぎ、返す刀で箒の肩を打つ。面や胴を狙う様子もない。あんなのは剣道の技じゃあない。だが二人が止まる様子は無く、再び激しい斬り合いを始めてゆく。
あれは剣道の形を取っているだけの実戦稽古だ。その鬼気迫る勢いは、面越しの箒の表情からも容易に見て取れた。しかし、対する石動先生はその技を丁寧に捌いて生まれた隙を突き、一転して攻勢に移れば剣道のセオリーにはない様々な角度からの攻撃で箒を打ち負かして行った。
よく見れば石動先生は巧みに箒との間合いを調節して時にその攻撃の勢いを削ぎ、回避し、また時には攻撃に緩急をつけて箒の防御を潜り抜けて着実にダメージを与えている。凄まじい技量だ。全国で優勝した箒の剣に喰らいつく所か圧倒しているようにすら見える。しかし箒もさる者、僅かに距離が出来た瞬間に短く呼吸を整えた。
「ハアッ!」
箒が飛び込み面を仕掛けた。相変わらずそのキレと伸びは半端なものじゃない。しかしそれを防ごうと石動先生の腕が動いた瞬間、一瞬で剣の軌道は胴を狙ったものに変化、掲げられた竹刀をすり抜けて右脇腹を打ち抜こうとする。だが石動先生はそれを読み切っていたかのように後ろに飛び退き、振り切られた箒の腕を痛烈に打って見せた。
「うっそ。今の決まらないの?」
「……今のは、一夏さんが私と戦った時最後に見せた技では?」
「俺のはパクリだよ。箒の技にはちっとも届かねえ」
腕を打たれた痛みに竹刀を取り落とす箒。それを拾おうとしゃがみこめば、その姿に向けて石動先生の強烈な叱咤が浴びせられた。
「どんだけその技が好きなんだよ! 空を飛ぶISでの戦いでは、地上だけで戦う剣道よりも多彩な状況が発生する! それに一撃で勝負が決まるわけじゃあない! 必殺の技もいいかもしれんが、それよりも多様なやり方を身に付けることを考えろ!」
「ッ…………はい!」
竹刀を拾い、再び構える箒。それを見て満足そうに構えた石動先生。だが、そこで一度時計をチラと見て、先ほどの様な厳しいそれでは無く普段の気安さが混じった声で箒に声を掛けた。
「そろそろ休憩はどうだぁ、篠ノ之。それともまだやるかー?」
「……まだ、いけます…………続けてください、先生!」
「やっぱり全国優勝者ってのは想像以上にいけるな……! 気合入れていけよ……篠ノ之ォ!」
「はいッ!」
再び剣を交わし始める二人は、周囲の事などまるで目に入っていないようだった。その姿を見ていると、爪が食いこむほどに握った手に力が籠っている事に気が付く。
――俺は、一体何をしているんだ。こんな所で油を売ってる場合か? そんな、やり場のないもどかしさとどうしようもない怒りが体の中で渦巻いた。
「二人とも、行こうぜ」
「へっ?」
「一夏さん?」
「トレーニングだよ。こんな所で油を売ってる場合じゃねえ」
今は、兎に角体を動かしたかった。こんな所で突っ立っている時間が只管に無駄に感じられた。溜りに溜まったフラストレーションに火がついたのが自分でもわかる。
ありがとよ、箒。それとセシリア、お陰でケツに火がついたぜ。
そう思いながら俺は剣道場を立ち去った。後ろから二人がそんな俺を慌てて追いかけてくる。
「ちょっと一夏さん! どうしたんですの!?」
「一夏! ほんっと、どうしたのよ突然!」
「鈴」
「んえ?」
俺は肩で息をする鈴に向き直って、その眼を真っ直ぐに見据えて言った。
「これからランニングでもしたいんだけどさ、悪いけど付き合ってくんねえか?」
「付きっ……!?」
鈴が突然真っ赤になってわたわたと慌て始める。お前、そんなにランニング好きだったのか? いや、もしかしてそう言う訓練に対してポジティブな所が国家代表候補者に上り詰めた要因かも……。そんな風に神妙に考えていると、俺は一つの問題に突き当たった。
「あっやべ、この時間からグラウンド空いてっかな……」
「り、陸上部の子はいるだろうけど、そんなに狭っ苦しいグラウンドじゃないから大丈夫よ! 早く行こ一夏!」
「おわっ、おい何だよ鈴、押すなって!」
「二人とも何をやっていますの!」
赤くなった顔のまま俺の背中を押す鈴に抵抗できずに、どんどんと追いやられて行く俺。その間にセシリアが割って入って、俺たちを引き離した。
「私も行きますわ! 実際、基礎体力に関しては他の代表候補生よりもほんの少し劣っているのでは常々思っていた所! 私もこの機会に是非訓練させていただきますわ!」
「ちょっと! あなたの担当は勉強とIS戦の部分でしょ! フィジカルトレーニングは私の担当じゃない!?」
そんな風に声を荒げながら、二人が廊下の真ん中で取っ組み合う。代表候補生のプライドをのぞかせてバチバチと言い合う二人の姿が、どこか今の俺には微笑ましいものに見える。さっきまであんなに追いつめられてたのが、何かバカらしくなってきた。
「よし、じゃあ二人ともグラウンドまで競争しようぜ! 一番遅い奴はジュースおごりな!」
そう言って真っ先に走り出す俺に二人は一瞬ぽかんとして、それから慌てて俺の後を追って走り出した。その慌てっぷりが俺は楽しくて楽しくて、思わず歯を覗かせて大声で笑う。
いい友達を持ったな。そう思うと、俺の中で煮えたぎっていたものが、どこか清々しく澄んでいくのが感じられた。
そして俺達はグラウンドに向けて走り、一つ目の角を曲がった直後千冬姉に遭遇して仲良く出席簿を食らって、頭をさすりながら歩いてグラウンドに向かうのだった。
◆
IS学園、整備課の人間すら滅多に立ち寄らぬ、IS保管庫の奥の奥。織斑一夏の専用機である白式が
「こんな所に呼び出して一体何の用だ」
「やっほーちーちゃんおひさ~。元気だった?」
「何の用かと聞いている」
場違いに明るい声で聞いてくる彼女に、織斑千冬はより語気を冷たくした。その様子に彼女は一瞬ムッとした表情を浮かべる。だが、すぐに気を取り直したようにざっくばらんな敬礼をして、満面の笑顔を浮かべて織斑千冬に向き直った。
「篠ノ之束博士、はるばる白式を受け取りに参りました!」
「いや~、倉持通すとさあ、修理だけじゃなくて、また前みたいに解析だの余計な事して無駄に時間かかったりしそうでしょ? あいつらに私のプロテクト抜けるわけないのにね。んまぁでも時間かかるのはやだから~束さんが直接取りに来ようと思ってさ~」
「……本当にそれだけか?」
まるでおとぎ話にでも出てくるようなメルヘンチックな服装をして、頭のカチューシャに取りつけられた兎の耳を揺らしながらも答える篠ノ之束に、織斑千冬は懐疑的な視線を向ける。彼女らの付き合いは長い。その中で、織斑千冬は目の前の天災が見た目より遥かに一筋縄で行く存在でないことを重々以上に承知していた。
「そ。修理だよ。あとついでに、雪片弐型をちょっと改良しようと思って」
「改良だと? あの武器にあれ以上の攻撃力は必要ないだろう」
「それは強化って言うんだよちーちゃん。相変わらず頭かったいなあいだだだだ! ごめんやめて痛い痛い痛い!!」
軽口を叩く束にいつの間にか距離を詰めてその頭部を鷲掴みにして握りつぶさんばかりの力を込める千冬。それに悲鳴を上げる束だったが、その顔には久方ぶりに親友と顔を合わせた歓喜がどこかにじみ出ているようだった。それを見た千冬は頭にやっていた手を離すと、鼻を鳴らして話の続きを促した。
「フン……それで、改良とはどうするのだ?」
「う~……やっぱり飛び道具が何にも無いのはまずいかなー、なんてちょっと思ってさ。今作ってる新型ISの武器の機能を付け足してみよっかな、って」
「もう
「新しいものを入れるほどの隙間はね。でも改良ならできる。束さんが何とかして見せる」
先程までのおちゃらけた顔とは一転して真剣な表情を見せる親友にどこか面食らったような顔を一瞬した千冬は、すぐさまその顔を厳格なそれに戻して、怪訝な目でその真意を問いかけた。
「……なぜそこまでして白式の強化にこだわる?」
千冬に聞かれると、束は肩を竦める。
「今はなんだか世界中が物騒だもん。束さんのISで箒ちゃんに銃を向けてくれたクソ野郎だって、まだ見つかって無いし。それにこれからも――」
「――待て、束。クラス対抗戦にISを送り込んで来たのは、やはりお前なんだな?」
世界中のIS操縦者を怖気づかせた
「そだよー。いっくんのかっこいいとこ、皆にアッピールしようと思ったんだけどね? 余計な邪魔が入ってさあ」
頭の後ろで腕を組んでつまらなそうな顔をして束は言う。まるで自身の正しさを疑わないその物言いに、思わず千冬は彼女の胸倉に掴みかかった。
「ふざけるな! 貴様のせいでどれだけの被害が出たと思っている? 第二アリーナは大破で今も修理中、何より生徒や教員にも怪我人が出た! 何を考えてるんだ貴様は!?」
「束さんだって箒ちゃんにケガさせるつもりなんてなかったよ!」
その手を振り払いながら、心外とでも言うように声を上げる束。それに千冬は逆に呆気に取られて、僅かな間言葉を失ってしまう。束はそんな千冬を横目に、溜息をつきながらその心情を漏らし始めた。
「あのさあ、束さんが箒ちゃんを傷つけるわけないじゃん。それに、今回は束さんだってちょっとは反省してるんだ。まさか束さんのかわいいゴーレムを乗っ取って、あまつさえ完璧に操作してくる奴が居るなんて」
「……何?」
当時強烈なジャミングを受けていたせいで、管制室に居た千冬もその眼で襲撃の全貌を見ていたわけでは無かった。しかし聴取である程度の話は聞いている。その地点で襲撃の犯人を束だとある程度考えていた千冬だったが、束が今し方発した『ISを乗っ取られた』と言う発言には耳を疑った。しかしそれにも気づいていないように束は続ける。
「あの最中だって、何度もカウンターしようとしたんだよ? でもダメだった。ISとは通信途絶。コアだって束さんの言う事完全無視だし、逆探知しようとしてもあの機体がどこから操作されてるかも追えなかった。ここまでコケにされたのは初めてだよ」
「つまり、お前はまだその
「本当にムカつくけど、認めざるを得ないね」
思っていたよりも事態は深刻だと、千冬はその認識を大きく改めた。確かにそんな話を一夏や鈴から聞いてはいたが、『束相手にそんな事が出来る者が居るとは思えない』と、その話を信じ切ってはいなかったのだ。当事者である束本人から事実を聞かされて事の重大さを認識するに至った千冬は、内心渋々ではあるが、白式を束に一旦託す事に決めるのだった。
「……分かった。強化でも改良でもいいが、手早く済ませてくれ。授業にも支障が出るからな」
「だいじょーぶ! 一週間以内には送り返すよ! それとちーちゃん頭が固いって言ったのまだ気にして……わっ、アイアンクローは勘弁! 束さんもうこりごりだよ~!」
「…………もう言う事は無いな? 終わったなら、白式を持ってさっさと出て行け。お前がここに居るという事自体が知られていい事ではない……じゃ、私は帰るぞ」
「ちょーっとまった!」
話を終え、踵を返そうとした千冬を束は呼び留めた。それに対して、千冬はあからさまに嫌そうな顔をして言う。
「何だ? まだ何かあるのか?」
「そう言えば、もう一つ聞いてみようと思ってた事があってさあ~」
「早くしろ。私はお前ほど暇じゃあない」
呆れたように話を促す千冬に、束は核心を突くような口調で言った。
「……石動惣一。アイツ、おかしいよね」
「……何?」
「だってさ、アイツの個人情報、幾ら調べたってなーんにも出てこないんだもん! この束さんが調べたのにだよ? だからおかしい。少なくともこの日本で生まれた人間じゃないはずだよ、アイツは」
そう解り切った事であるように話す束に、千冬は睨みつけるように言う。
「一人の人間が無から湧いてきたとでも言うのか?」
「それもありえるってのはちーちゃんだって知ってるよね?」
言われて千冬の脳裏に、嘗てドイツで相手にしていた銀髪の少女たちの姿が思い起こされた。半ば生体兵器として世に生み出される試験管ベビー。戦うために生まれた人造人間達。それを考えた千冬は一瞬胃の腑が煮えくり返るような感情に襲われるものの、すぐさま怜悧な理性でそれを抑え込んで、束の顔を見定めた。
「どこかの国の遺伝子実験体か何か、とでも言いたいのか?」
「束さんも最初はそう思ったんだけどさあ。あいつの遺伝子、どっこも変わった所が無いんだよね~。血を調べても普通の日本人、どこにでもいるオッサン! あ、データは健康診断のを貸してもらったよ。この学園のセキュリティも強化した方が……それはいっか」
千冬の問いに、曖昧な答えを返す束。その後、途中で話を脱線させかけた彼女はよっ、と椅子から飛び降りてから距離を詰め、千冬の目の前に立つ。
「そんでさ、ちーちゃんから見てアイツ、おかしい所は無い?」
言って、束は小首を傾げる。その姿に、千冬は石動惣一に感じていた違和感を、自身の記憶から一つ一つ掘り起こしていった。
「……変だとは思っていた。いや、今も思っている」
今までの奴の行動に怪しい所があったかと言えば、ほとんど無いと言うのが実際の所だろう。だが実際の所それはゼロではなく、未だに千冬の中にある大きな違和感が幾つかあった。それを千冬は、思考を整理するようにゆっくり口にし始める。
「奴はここに来た時……自分にはISの適性がある、と主張していた。だがそれはどこで知った? 一夏の様にISに触れる機会は奴には無かったはずだ」
「ふんふん」
「それに一夏との模擬戦の映像も見たが……公表されている稼働時間に比べて、戦闘と言うものに手慣れすぎている。あれだけの技術は、一朝一夕で習得できるものじゃあない」
「ふぅん。やっぱちーちゃんから見てもおかしいんだ」
どこか納得したような束は千冬から距離を取って、顎に手をやり何事かを思案し始める。しばらくその姿勢で固まっていたが、千冬の存在を思い出したように顔を上げると、束は急ぎ足で再び千冬に詰め寄った。
「兎に角さ、石動惣一からは目を離さないようにしてよ。アイツ、絶対なにか企んでると思うから」
「……………………」
難しい顔をした千冬に、だが自身の言葉が伝わったのを確信した束は、白式に駆け寄るとその装甲に触れる。すると展開されたままだった白式は待機形態に移行、ガントレットとして束の腕の中に収まった。束はそれを大事そうに抱え持つ。
「今日のところはそれくらいかなー。じゃ、束さんは一旦帰るよ! 白式はすぐに送るからね! あ、あといっくんによろしく!」
それだけ言うと、まるでかき消えるようにその場を後にする束。その姿に千冬は『まるで魔法みたいだな』なんて場違いな感想を抱いてから部屋を去る。そして廊下を歩み始めて、束が最後に言っていた事に思考を巡らせた。
石動惣一。
突如現れ、無理矢理に自身をIS学園に置かせる事に成功した、あまりにも胡散臭い男。しかしながら、教師としての姿勢は悪いものでは無く、時折気を抜くものの生徒に親身に接し、畏れられがちな自分や、侮られがちな真耶と生徒の関係をより良好にする潤滑剤のような役割を果たしている。
教員たちとの関係も悪く無く、自分や真耶の監視下ではあるが快活にコミュニケーションをこなし、彼を中心とした会話の輪が出来る事も多々あった。そんな彼には千冬も内心、同僚としてだがそれなりに好感をもっている。
だが、そんな人柄とは裏腹に彼自身はとにかく怪しいのだ。どこで生まれ、どこから来た? カフェを経営していたというがそれは事実なのか? 家族は? 自身のIS適性をどこで知った? あの国家代表クラスに迫るほどの戦闘技術をどこで身に付けた? 束のISを乗っ取った者と何らかの関係があったりするのか?
考えれば考えるほど、多くの疑念が湧いてくる。だが、彼はあの事件の間も生徒の避難に尽力し、あまつさえ、箒を窮地から救い出しても居る。しかし、箒を溺愛するはずの束が妹の命の恩人だと言うのに警戒を露わにするのだ。
私も、気を抜かんようにせねばならんか。
考えを新たにすると、千冬は廊下を行く足を速めた。生徒達や一夏に、以降危害が及ぶようなことはあってはならない。束の言う通り、今の世界は一見穏やかに見えて、所々で危険の影が見え隠れしている。
世界中の国々による権力闘争、女尊男卑によるIS操縦者たちの増長。世界の裏側で暗躍し、かつて一夏にまでその魔手を伸ばした
――――そして束のISを奪い取った謎の下手人。
それらに対する警戒を一層強いものとして、千冬はIS学園に身を置く自身が一体どこまでそれに対応できるかを考えながら、自室へと向かう足を更に速めるのだった。
のんびりしてる間にエボルトが人間の感情を手に入れました。
彼あの調子で今まで感情無かったとか嘘でしょ……
ウルっと来たとか申し訳ないと思ってたとか、アレも全部嘘だったのか!?
でもそう言う所がすき……!