始 火車の影絵
日が厳かな山山から地上を照らし始め、夏雲が活動を始めた頃。
絵師鳥里は現居住まいである博麗神社の台所にて、数ある同居人たちへ向けて朝餉の準備をしていた。これは習慣づいていて、此処で育ち物心ついたときから変わっていない。
もはや調理手順は手が覚えている状態で、目を瞑ってでも出来る…は少し誇張だがそれくらいの自信はあるほどだ。そんな余裕の中であるから鳥里はこの時間、仕事のことをよく考えている。その考えこそ今回の話の始まりなのだが、その為には少しこの鳥里について書かなければならない。
鳥里は基本なんでも描き、最近は出版物の挿絵を担当することが多い。その中でも妖怪の画に関しては専門的だ。これは挿絵をあてがう対象である一人の作家の読み物に関係する。その作家は随分な速筆であり、多くの本を短い期間で出版している。そして鳥里が主に受け持つ本のジャンルが探偵小説であり、特徴として怪奇を前面に押し出した作風がある。そのためか、必然と妖怪などを描く機会が多くなり今に至る。
最近ではただ描くだけではなく妖怪の成り立ちを調べるまで至っており、日々人里で情報を集めていた。勿論、妖怪が平然と跋扈する場所が場所だけに怪異関係の話に不足というものはない。
扨、今回重要なのはこゝからで、今回の話の中心となるのはその鳥里が収集した情報の中の一つ、人体消失現象。現象と云っても話は簡単で死体が葬儀中にいつの間にか消えたと云うものだ。しかし、詳しい情報が少なく概要しか把握できていないという問題がある。
この解決案として、鳥里はこの神社の家主でお祓いなどを生業とする巫女に、このことについて何か知っていないか訊いてみようと結論づけて、皆が集まる居間まで料理を運び出した。
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食事を並べている最中、一番最初に居間に姿を現したのは件の巫女だ。
頭に大きなリボンが特徴的で洋風と和風が融合したような独特な、全体的に赤い装いに身を包む少女、博麗霊夢が欠伸をしながらノソノソとまるで寒さに縮こまる猫のような足取りで料理が並んだ卓についた。
「おはよう、夢」
「おはよう」
鳥里の言葉に博麗は目をこすりながら会釈した。
「今居るヤツらを全員起こして来てくれよ」
「冷めた物同士、お似合いじゃない」
博麗は未だ眠気が取れないようで繰り返し小さく欠伸をしている。普段ならまどろむ様を滅多に見せない彼女だが、今日は違った。
そんな博麗を見て、鳥里は昨日のある光景が脳裏をよぎる。
鳥里は昨日午前1時迄仕事をしていた。部屋の障子を半分開けて風通しを良くする環境作りは冬を除けば鳥里にとっては当たり前の行為であり、昨夜運よく内と外の光の狭間にいた彼には外の様子がはっきり見えていた。
扨、午前零時と少し過ぎた頃障子の間から闇でも目立つ紅緋色の巫女服を着た博麗を目撃した。その日の午後六時頃鳥里たちが夕餉を食べ、博麗が外出してから帰ってくる迄約六時間の間隔である。少々時刻時間にしては妙であり、従って鳥里はその光景が頭に残っていたのだ。
「そう云えば昨日、帰りがやけに遅かったと思う。そんなに仕事が大変だった?」
「いつだったか、人里の人が土砂崩れに巻き込まれたのは記憶に新しいでしょう?そして、最近になって行方不明だった残りの人が見つかったのは覚えてる?だけど、そこの家は葬式形態が確立して居なくて困った。だから、私が遺体とその見つかった場所を確認してたのよ。でね、ほら、私は神社に属するものだから一例として今後のコトを説明をしたんだけども‥結果として色々揉めて帰る時間が長引いてしまったって話よ」
「あ、それって……いや、まぁ、なんだ。ご苦労様」
「…」
その後は特に会話もなく、結局今神社内に居た、なかなか起きないその他住人を鳥里が起こして間もなく朝餉にした。と云っても、今いるのは女の悪霊のみであり、現在3人で食卓を囲んでいる状態だ。悪霊は食事を必要としない筈であるが、本人が以前から食べないと生きている感じがしないと云うものだから、彼女の分も用意している。
扨、食事を開始して大分経った頃、鳥里が口を開いた。
「最近、奇妙な噂を聞いたから夢に相談しようと思ったんだけど」
「噂?」
未だ眠たそうな博麗の目が鳥里を見た。
「君がさっき話してくれた最近起きたって云っていた山崩れの事故のやつ。アレで、先に見つかってた死体が葬儀中に無くなったんだってさ」
「それね。えっと、あゝ、そうだ、思い出した。そういえば昨日、念のため泊まりで一緒に死体見てもらえないかって遺族に云われたことを思い出した。なるほど、お前の話はそのことね」
先程から話に上がる事故というのは、3人の人里の男性達が山の災害に巻き込まれて行方不明になっていたと云うものだ。はっきり云っておくと、こゝまでは不幸な事故である。まず最初に1人の男性の遺体が発見された。そして現在は、先刻博麗の云うように全員の遺体を回収している。
本題はこゝからで、死体が無くなったという部分の話。これは、先に見つかったと云う人の通夜の翌日、棺を覗いた遺族が遺体が綺麗に跡形も無く消え去っているのを発見した‥と云うわけではなく、火葬後の骨拾いを行う段階になって、その肝心の遺骨が綺麗サッパリなかったのだ。従って死体が消えたと云う話になったわけである。
それを知る皆は妖怪の所為だなんだと云い、気味悪がっている。妖怪の所為というのは鳥里も同感であり、それが彼がこの話題に飛びついた理由だ。
「これは妖怪が絡んでいるんじゃないか」
「知らないわよ、そんなこと」
「ならさ、一緒に確かめよう。ほら、異変とかだったら君の出番だろ」
「嫌。面倒くさい。妖怪なら、そう、あいつ。稗田に頼みなさいよ」
博麗は妙案とばかりに鳥里を指さした。
稗田。本名、稗田阿求。先述した挿絵の仕事関係で知り合って、鳥里との仲は悪くない。
彼女は由緒のある家柄の血族で、主にこの地で暮らす上でのガイドブックのようなものを本職、副業で小説を書いている。本職の内容は生息する妖怪の図鑑みたいなモノだ。一般の人々はそこまで注目して読みはしないのだが、主に博麗のような怪奇に関係するものは必ずと言うほど読むものである。その本は何度か版を重ねて今では幾つになるか、数えたことは無いがその情報の更新頻度からは彼女の性格が現れている。
「いや、稗田は忙しいんじゃないかな。頼むにしても妖怪の特徴くらいは教えてくれそうだけど」
「じゃあこれで話は終わりね。もうひと眠りでもしようかな」
「夢、これもお金のためだよ。僕は仕事の役に立つ体験が得られる。君だって妖怪退治で臨時収入が入る。里の皆は事件解決で安心。ほら、良いことづくしだ」
博麗はついに鳥里の言葉を無視してそっぽを向きだした。鳥里が困り果てていると、そこへ博麗と鳥里へ非難の、いや、注意の声が向けられる。
「朝から喧嘩するなよ。メシが不味くなる。」
発言したのは今いる3人の住人残り、つまり悪霊である。名を魅魔という。
緑髮の綺麗な長い髪を持つ少女の姿で、西洋の魔女のような、また形容し難い独特の服を着ている。そして、霊だからか足が生えてない。いや、偶に生えてることがある。彼女は自分を神だといつからか云っているが博麗は悪霊だと云う。未だに鳥里には彼女が悪霊なのか神なのかいまいちハッキリとよくわかっていない。とりあえず博麗の言を採用して悪霊と見ている。
「鳥がしつこいのよ。大体、妖怪の仕業かまだわかんないのに調査する気も出るわけないでしょ」
「どっちにしろだ。下手人が人間だとしたら勿論、そして妖怪の場合恐怖は必要だが永続するのは良くないだろ。それに妖怪退治の方の怠慢が過ぎるとまた八雲がちょっかいかけてくるぞ」
博麗はその一言で一瞬氷漬けされたように固まった。正確には『八雲』の名前が出たあたり。そしてすぐに苦虫を噛み潰したような顔をして深呼吸を行った。
「鳥、さっさと解決させる。じゃあ、まず妖怪の特定ね。鳥、わかる?」
「うぅん、無難に火車かなぁ。僕はそれをまず連想したけど」
「火車?じゃあ燐ね。よっし、アイツを捕まえて終わりね」
そう云うないなや、サッと博麗は立ち上がって駆けようとした。
このテキトウ極まりない博麗の論に鳥里が静止をしようとして、それよりも早く魅魔が口を開いていた。
「なぁ、火車って云っても、あの化け猫だけじゃないんだろう?」
その言葉に博麗は身体にブレーキをかけて僅かにつんのめりになりかけ、その原因たる魅魔に非難の目を向けた。鳥里は1度そんな博麗に目をやってから魅魔の疑問に答える。
「うん、そう。火車って種族名っていうか概念みたいなものだから」
火車については鳥里もそれなりに知っていた。とは云え、知識量では前述した稗田に負けるのだが。
「私は詳しくは知らんが、お前の回答的には燐を犯人だと決め付けるのは少し、早計すぎる。そうだろ?霊夢」
「そうね。でも私も火車とかよく知らないわ」
博麗は対岸の火事を眺めるような顔で鳥里と魅魔の顔を交互に見ている。彼女の無言の命令を察知した鳥里はため息をついて呟いた。
「まずは君がさっき云ったとおり稗田を訪ねるのが先みたいだな」
その後すぐに博麗と鳥里は魅魔に見送られて、稗田の屋敷へと向かった。