博麗捕物帖   作:深瀬悠

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壹 車輪の跡

 

 

「つまり、最近起こった死体消失疑惑は‥火車の影響だと?」

 

 鳥里と博麗はあれから稗田の屋敷を訪ね、事情を話を話し終えてからの稗田の第一声の言葉がそれだった。

 今、鳥里と博麗が稗田の書斎の部屋で、先程まで机に向かっていただろう稗田を正面に並んで座っている。鳥里らから見て彼女の背景、部屋の四方の壁に沿って立ち並ぶ大きな本棚たちとその本棚の一段一段詰め込まれた本たちが、彼女の個性の一つとして存在していた。

 鳥里は対面する稗田の鷹のような視線に少少萎縮して返答する。稗田とは別段仲が悪いわけではないが、どうも彼女のたまに見せるこの視線は少し苦手だ。

 

「あゝ、そうなんだ。それで夢がな、火車について知りたいってさ」

 

「‥‥私への頼みごとはそれだけではないでしょ、鳥君」

 

 稗田の言葉に鳥里は冷や汗をかく。

 鳥里が苦手とする稗田の視線と云うか目、これは彼が嘘や隠し事をしていると決まって彼女はこの目をする。いつどうやって気づかれているのかわからない故に、鳥里は怖かった。もう、これは素直に洗いざらい話したほうがようだろう。

 

「その、稗田さんには僕らの手伝いをしてほしいと正直思ってます…」

 

「最初からそう云ってほしかった。大丈夫、仕事はしっかり間に合うようにしているし、別に夜更かしとかしないのだから、変に私の身体を気遣うなといつも云っているでしょう。それに、私の手助けが必要かどうかはあなたたち次第ですからね」

 

 鳥里がその言葉に委縮して視線を泳がせているとココで博麗が退屈そうに口を挟んだ。

 

「あ、話はまとまった?ならさっさとその火車について教えてちょうだい」

 

「わかってます。せかさなくても話しますから」

 

 そこで稗田は一度言葉を区切って黙った。それはつまるところ雰囲気の切り替えを図るためのものであろう。

 

「‥では、犯人と今のところ予想される火車について話します。

 火車は、死体を攫う妖怪ですね。元々、悪人または、その死体を地獄へ運ぶとされていました。火車が登場する文献は数が多い。有名なものは『猫檀家』だったかな。檀家と云うように仏教が関係してる。それが要因かは存じませんが、姿をしばし猫のように描かれます。火焔猫燐さんがまさにそうだと言えます。今回の事に、関係があるのかはさて置き。

 その火車ですが今では死体を攫うことが目的となっています。扨、そんな火車でありますがね、魍魎と混同、同一視されるのですよ。異国でもそう云ったことがあるようです」

 

「ソレがなに?」

 

 稗田の話の途中で、博麗が口を挟んだ。しかし、稗田は別段、気分を悪くするような素振りは無く、寧ろ待ってましたと云わんばかりに続きを話し始める。

 

「つまり犯人像が二つに分裂、犯人解釈に誤解が生まれる可能性があると云うことです。火車かと思えば実は犯人は魍魎でした、では捕らえられた火車が不憫です。

 では魍魎について話します。魍魎は、木や石の怪、水の精とか。「みづは」と読みます。魑魅魍魎の魑魅という山の怪に対して川、水の怪。死体を食べる怪の総称です。人に化けたりもします。

 魍魎は魑魅魍魎に付属した漢字でもありますが、色々と漢字が違ってあてがわれています。罔象、罔両、方良なんてね。罔象は日本ではミズハノメにもその字があてがわれています。そして、罔両。これは、これで水の精という性質がありますが、この字で書くと影の周りを覆う薄い影なんて云われています。これはとある画集の影女の絵の説明にも記されていて、他にも読み名は一緒でも漢字が違いますね」

 

 稗田はそこまで話してひとまず喋ることを辞めた。今回の間は一通り簡単な説明が終わったようで質問時間と云うことだろう。

 

「聞くに、火車と魍魎は姿と出自も違うってことでいゝんだよな?」

 

「はい。あぁ、少し待って居て下さい。実際に絵を見て頂いたほうが良いでしょう。今その絵は書庫にありまして、ソレを今お持ちしますから」

 

 そう云って稗田は部屋を出て、しばらくすると2冊の本を胸に抱えて帰ってきた。稗田はそれを鳥里らの眼前に並べて晒した。

 それぞれ『画図百鬼夜行』『今昔画図続百鬼』と書かれた鳥里に馴染み深い本だ。稗田は慣れた手つきで、後者の頁をめくり、魍魎の絵画を開いて見せる。

 木に隠れて紛れて、土から掘り起こされた死体に噛み付く小さな‥‥鬼?のような見た目だ。

 

「鬼みたい。小鬼かしら?で、火車は?」

 

 博麗は『画図百鬼夜行』を手に取って火車のページを開いた。

 描かれた妖怪は火を纏った、火を背負ったような、こちらはなんの生物か判断が上手くつかぬ見た目だ。しかし、先の稗田の話で考えるなら、おそらく元となった生物は猫だろう。いや、猫と鬼が混ざっているのか。地獄には鬼が居ると云うのだから。

 

「なぁ、魍魎ってさ、姿だけで見るなら、鬼だよな。火車は分からないが」

 

「画を描くにあたって作者が罔両を知っていたからなのかも。その可能性として、この画集に載っている鬼の絵に非常に構図が似ている」

 

 稗田は再び『今昔画図続百鬼』の鬼の画が描かれたページを開いて見せた。

 こちらもやはり木々草に囲まれた中で動物に噛み付いている、よく思い浮かべる鬼の姿が描かれている。

 たしかに構図がそっくりである。鬼の画に記された文章によると鬼は方角に関係する妖怪のようだ。この解説文によると、丑寅の方角に従って、牛の角に虎皮を着ているとしている。火車も当てはまるのか。いや、待て。確か佐脇という絵師だったかが描いた火車も腰に虎皮を付けていた記憶がある。

 そこまで考えて、なんだか鳥里は頭が混乱してきた。

 

「結局、どう云うことなんだ?」

 

「私の推論を述べるなら、おそらく後付けをして全てを採用した結果、具体性が失われてしまったのではないかと思うのですね。まぁ、貴方方には、死体に関連づいた妖怪は火車だけではないと分かればそれでいゝです」

 

 稗田がしゃべり終わると、自身の唇を指で撫でていた博麗が笑みを浮かべて云う。

 

「推定犯人の妖怪像は把握したわ。重要なことは次にどうするかね」

 

「順当に考えれば痕跡探しでしょう。被害にあった御宅を伺いなさい。地図を渡します。あゝと、それからまた何かあれば声をかけてくださいね」

 

 そう云った稗田はササッと紙切れに簡単な地図を描くと博麗にそれを手渡した。

 早急に次の目的地を決めた二人はさっそく行動しようと立ち上がるが、鳥里が待ったをかけた。

 

「鳥渡整理させてくれないか。まず行方不明者三人全員が見つかっている。それで、現在最初に見つかった一人目が消えた。二人目は葬式も近い。たぶん今日明日遺体は棺に入れられているはずだから、今夜あたり通夜?今のところは大丈夫だけどいつ盗まれるか」

 

 鳥里の今更すぎる独り言に博麗はしびれを切らしたように鳥里をせかして無理やり立たせた。

 

「そんなことは移動しながらでも考えられるでしょ。時間は有限よ」

 

「えぇ!?そんな!」

 

 鳥里は不満と云うか不安を口にしようとしてやめた。こゝは矢張専門家に従うことにしたほうがいゝ。それに彼女は鳥里の云うことにこれ以上聞く耳を持たないだろう。稗田は特に鳥里を援護してくれそうな様子にないのでソレは絶望的だ。

 観念した鳥里に博麗がやたらハキハキとテキトウな方角を指さして宣言した。

 

「とりあえず稗田の云う通り一件目の家に行きましょう」

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 稗田の屋敷を後にした鳥里と博麗は、遺族の住む家に向かうため人里の大通りを考え事をする余裕がないほどの多くの人が行き交う中、それの間を縫いつゝ向かっていた。

 鳥里は大きな流れのような人人の波に苦しそうにしながら、鳥里とは逆に余裕そうにひょいひょいと宛然重力を感じさせないように身軽に前へ進む博麗に、少し大きめな声で話しかける。話をしていれば、はぐれてしまうことも少なくなるだろう。

 

「なぁ、夢。そういえば、訊きたいことがあるんだけど」

 

「何?」

 

「今朝、葬儀を断ったって云っていただろう。なんでだろうなって少し気になってたんだ」

 

 葬式と云えば、祭壇を前に線香を灯して棺を祭壇の元に置く。そして、坊主が読経を唱えると云うのが鳥里の印象だ。鳥里自身、葬儀に参加した回数は片手で数える程しかない為、確かな事は云えないが葬式の主流は今現在、仏式であろう。では、果たして神道の葬儀はどうなのだろうか、とふと気になったのだ。

 

「今まで、やっていたんじゃないのか?」

 

「やってない」

 

「へぇ、そうなのか。意外だ」

 

「うん。でもね、鳥が気にすることではないわ」

 

 博麗からは面倒くさいことを訊くなとでも云いたそうな空気を感じた。

 

「大変なんだな」

 

「大変?莫迦ね。これも仕事よ。私はこの仕事を天職だと思っている。ソコに何の不都合はまるでないよ」

 

 二人はそうして喋りながら一人目の家に辿り着いた。大通りから離れた場所のため辺りは先程と違って人通りが少ない。

 その家は、老朽化が目で見えて、標準的な日本家屋である。云い方としては失礼だが、稗田の大仰な屋敷を見た後ではなんとも普段感じる家の大きさより小さく見えた。

 博麗が家の戸を優しく叩いた。

 しばらくして「はい」と云う言葉とともに戸が半分ほど開いて、中から一人の女性がこちらを覗く。見たところ格好はしっかりしているのが、生気が薄れているような印象を受ける。

 家の中から博麗らを覗く女性に、博麗が丁寧な口調で話しかけた。

 

「突然失礼。お初にお目にかかります。私、博麗神社の巫女の博麗霊夢と申します。あ、こちらは助手‥マァ手伝いのようなモノなので気にしないでください。ええっとそれで、数週間ほど前に亡くなった、こちらのご主人の奥方とお見受けいたしますが?」

 

「まぁ、巫女様。どうなされたのですか?確かに私がそう、ですが」

 

 女性は博麗の名を聞いて驚いているようで、目を見開いている。博麗神社といえば彼処に置いて一つしかないのだし、神職として、または陰陽師紛いとしても幾度となく異変を解決してきた神社の巫女が突然訪ねて来たのだから驚くのは自然なことだ。

 

「実はご主人の件で伺った次第でして、こゝではなんですから、大変厚かましいお願いではございますが、家に上がらせていただいても?」

 

 博麗は右手を頬にかざして、少し声の音量を抑えながら辺りに視線を向けつゝ云った。

 

「その事‥ですか。はい、構いません。どうぞ、お上りください」

 

 女性、いや無くなった主人の妻は博麗らを快く座敷へ通してくれた。

 博麗と鳥里は客間の一室に机を挟んで奥方と対面する形で、勧められた座布団に座る。

 しばらくして茶を奥さんが持ってきて、ソレを各々の眼前に湯呑みを置くと奥さんは先述した通りに博麗らの対面に座った。

 博麗と鳥里はそれぞれ一口茶を啜った。奥さんはその様子を黙って見ていたが、湯呑みを二人が置くと口を開いた。

 

「それで、主人のことでしたよね」

 

「えぇ。まずはこのたびはお悔やみ申し上げます。…ではさっそく本題に移る前にまずは謝っておきましょう。これから私どもはご主人の件について辛いことを思い起こさせる質問を致しますが、どうかご勘弁を」

 

 博麗がその言葉と共に少し頭を下げた。鳥里もそれに習って博麗に少し遅れて頭を下げる。

 

「いえ。私も気になっておりましたし、巫女様が来てくださったということは、わかります、意味は。構いません」

 

 奥方は今にも風にかき消されてしまいそうなほどかすれたような声でありながらも意を決したような眼を博麗らに向けた。

 了承が得られた博麗は顔を上げ、奥方と視線を交えるとゆっくりと話し始める。

 

「感謝します。では本題へ入りましょう。まず、はっきり申しますとご主人の遺体が消失した可能性が高いという事、それを私どもは妖怪による異変として調査しております」

 

 奥方は博麗の確認に頷いて返答した。

 

「それで、その可能性の根拠として遺骨が火葬後、発見されなかったと云うことまではよろしいですか?」

 

「ええ。私も確認しました。確かに骨は残って…あゝ、いえ、ありませんでした」

 

「遺体を最後に確認したのはいつですか?僧侶が読経を唱えてる間は確実にあったと思われるのですが」

 

「そうですね。僧侶聖様でしたか。あの方が読経を唱えてる間は、はい、確かに棺の顔の部分は開いていましたし、聖様で無くとも遺体が有る無しを見間違う筈がないと私も考えております」

 

「わかりました。扨、問題はそこから先です。それからの流れとしては…あ、どうも私は仏教には少少疎いものですし、葬儀に立ち会った数も少ない。亦、矢張実際目にしていた方の証言を基にしたいのです。どうか流れをそちらからお話ししていただけませんか?」

 

 博麗は困ったと云う様子で顎に手を添えて、思案する様な仕草をした。これは博麗の嘘だ。恐らく、長々と喋ることが面倒になりもっともな理由を付けたと考えられる。そのでっちあげた理由はまるで嘘ではないだろうが、おそらく彼女の中で前者の占める割合が大きいのは違いないだろう。

 扨、奥方は博麗の腹積もりにまんまと引っかかって、事の次第を話し出した。

 

「はぁ、わかりました。えぇっと読経が終了した後、焼香を友人の方やあちらのご両親、私の両親としました。それで、柩の蓋が閉められて(そのときも遺体はありました)閉会し、出棺となりました」

 

「なるほど。どうもありがとうございます。葬儀自体に不思議なところはなかったわけですね。他に、何かありましたか?なんでもいゝんです。普通では起こらないことはありませんでしたでしょうか?例えば、棺を運ぶ最中に変な影を見たとか」

 

 その質問に奥方は黙り込んだ。幾ら時間が経ったかわからないが、体感的には2分程度。奥方は屡逡巡した後、ぼそぼそとした声を漏らす。それは自信の無さ故か、それとも記憶が薄いのか。

 

「棺を運んでいる中にそのようなことがあった記憶はございません。ただ‥」

 

 奥方は云おうか云わまいかを戸惑っていることが容易に見て取れる。

 博麗はそこに切り込んだ。この先の言葉に何か鍵があるのだと博麗は半ば確信しているようだ。

 

「どうぞ遠慮せずともおっしゃってください」

 

「いえ、これは事に関係あるとは思えないのですが…」

 

「構いません。どんな些細なこと、たとえ思い違いでも捜査の作業には大切なことです」

 

 奥方はそれでも迷っていたようだったが博麗の有無を言わない雰囲気に押されて奥方は話すことを決意したようで恐る恐る口を開いた。

 

「はぁ、わかりました。あのですね、葬儀の始まり辺りに、何度かガタガタと音がしまして」

 

「それは‥どこから?」

 

 奥方の言葉を聞いて博麗の表情がわずかに変化した。どうやら当たりを引いたようでその証拠に博麗の今の質問には重苦しい慎重さが込められている。

 

「さぁ、そこまでは。申し訳ございません」

 

 そう云って奥方は申し訳なさそうに頭を下げる。ますで委縮した小動物のように見えた。博麗はソレに対して気にしていないとばかりにゆっくりと目を閉じて静かに首を横に振って奥方に優しく声をかけた。

 

「いゝえ、謝る必要はありませんよ。質問は以上です。ありがとうございました。では失礼します」

 

 博麗は起立して鳥里に行動を促した。鳥里もソレに習って立ち上がり、奥方に一礼する。

 

「あ、お見送りいたします」

 

 奥方は少し反応が遅れていた。矢張辛い事を思い出したからなのだろうか。

 鳥里はなんだかこの女性のことが心配になった。それと同時にある想像をしてしまう。しかし、鳥里はそれを途中で消した。余りにも失礼で不謹慎だったからだ。

 

「それには及びません。アナタも体調が優れないご様子ですからね。お気遣い感謝いたします」

 

 博麗は家に来てから、少しも変わらない態度で奥方の申し出を断った。励ましの言葉は云わなかった。幾ら博麗の巫女の言葉と云えど、気休めにしかならないと考えたのだろう。いや、そうでなくとも余計な言葉である。

 そうして鳥里と博麗は被害にあった一件目の家を後にした。

 






*独自設定として、この小説内では自宅葬ではなく式場での葬儀となっています。

*火車は、江戸時代の説話集の一編によれば、雷と雲とともにやってくるとされているそうです。また、罔両という字は作中にも登場した「今昔画図続百鬼」の影女の解説文にも記されています。魍魎はまた、クワシャと読み、とある絵師の、火の車を押す化物の絵の横にはクワシャの字が記されています。なるほど、共通点は多いようですね。



とはいえ、ここで語られたなんちゃって妖怪話はただの冗談として捉えて下さい。私は妖怪研究家ではないのですから。
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