博麗捕物帖   作:深瀬悠

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呪いの竈の底
始 死装束の女


 

 

 虫がうるさく騒ぎあっている夜。

 人里の民家にて、男A作は夜漂う熱気に覚醒を促された。身体を頭部から順に布団から浮遊させつゝ、寝汗が纏わりついた肉体に不満を持った。洗い落とそうと考えた彼は隣で眠る妻を起こさないよう質量を感じさせない足取りでと風呂場へ向かった。

 その途中、偶然にも窓のから見えた外の有り様にA作はギョッとした。

 そこには白装束を纏った女が亡霊のように歩く姿が見えたのだ。女という表現は顔が女の髪でよく見えなかったからだ。しかし、性別については、袖から覗く小枝のような手をみれば十中八九そうに違いないと思わせる。

 女は他には何も身に付けてはいなかった。乱れた長い髪をそのまゝに、衣装もどことなく着崩したような様で、白く滑らかな肌をその布の間から覗かせながらゆっくりと迷いなく歩行している。まるで山姥のようで異質が顕現している。

 女はA作の家の前を横切って夜の闇の中へと消えていった。

 『あれは幽霊だろうか?だとしたら、あれは白装束ではなく死装束だったのではないだろうか?いやいや足があった。すると幻だろうか』

 なんだか怖くなってしまったA作は『きっとおれは寝ぼけているのだ』そう一人合点して風呂には入らず、急いで汗を軽く拭いて着替えて再び床に着いた。今度は朝まで眠れた。

 A作は朝、目が覚めるといつも通り仕事に取り掛かった。A作は自営業主である。今日も見知った顔の人々が訪ねてくる。ソレはどこまでも今までと変わらない様子であり、もうあの死装束の女の事など忘れていた。

 

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 

 日が南から地を照らしている。

 絵師鳥里は現自宅である博麗神社の居間にて、小人と会話をして暇を潰していた。

 この小人というのは少名針妙丸という少女で紅色の上に刺繍によって出来た見事な装飾の着物を来ている、童のような髪型のせいか幼子という言葉が彼女にはピッタリだろう。

 この小人の仔細は省くとして、彼らが話している事は少し前に博麗が関わった骨董品にまつわることであった。

 

「それで、私に何が訊きたいの?」

 

 少名は卓袱台の上に座って鳥里を見上げて尋ねた。

 鳥里は居間にある唯一の大きめの卓袱台に頬杖を付いて、すぐ視界の真下にいる少名と視線を合わせて答えた。

 

「実は今度道具に関する妖怪、つまり付喪神について幾つか絵を描こうかと思ってね。だけど、その妖怪について大して知らない僕が適当に描いては彼らに失礼な気がするんだ。だから君にまず付喪神とはなんなのかというところを聞こうと思った次第なんだが、何かマズかったかな?」

 

「私よりも適任がいるじゃない。例えばあの忌々しい霊夢とかね。寧ろ彼女以外の適任が、私にはあまり思いつかないけれど」

 

「いや夢には無理だよ。彼女、妖怪についてはあまり知らないんだ。むしろ知らなくても全く問題ないというか」

 

「確かに。私ども一同。まとめて一撃の元に倒されたことを今さっきのように思い出せる。知識や理論、理屈などはアイツには関係ないわけね」

 

 少名は以前に自身が起こした異変の顛末を思い出しているようで、口ではそうは云っても彼女からは感慨深そうな雰囲気を感じる。しかし、なんだかソレに釣られて別のコトを思い出したかのようにハッとしたような表情を見せた。

 

「‥そうだ鳥里君。私ね、気になってたんだけど霊夢はずっとあんな態度なの?私‥いえ、私達初対面の時にすごくびっくりしたんだけど」

 

「びっくり?僕からするならあの夢の使ってるお祓い棒がいつの間にか、如意棒になってたことの方がよっぽど驚いたんだけど」

 

 鳥里の言う通り、博麗が仕事で使うお祓い棒はいつの間にか、本当に知らない内に、霊木から作られたものではなく如意棒になっていた。どこから持って来たのか未だ謎である。盗んで来たのだろうか?と鳥里は疑っている。如意棒の出所は未だ不明であるが、博麗がソレに変えた理由は明白で少名が起こした異変におけるお祓い棒のある変化にあるのだろう。

 そうして鳥里が頬を軽く掻いて苦笑いを浮かべていると、少名は「とにかく」と続けた。

 

「そんなどうでもいゝことより、私の疑問。貴方ならわかるんじゃないの?」

 

「‥そうだなぁ、アイツは昔からと云っても物心着いて幾つかした後に気づいたら、あんな性格になってたんだ。けれど僕にはなんであんな態度を取るのかなんとなくわかる気がするよ」

 

 鳥里は少名から視線を外して、開いた障子から見える景色を見ながら枯れたような乾燥したような意味が込められたような言葉を吐いた。

 その様子に何故か惹かれるモノがあったのか、少名も思わずその調子で訊く。

 

「それは?」

 

「アイツは多分あの性格をワザとやっているんだ。理由はええっと…。ごめん、うまく云えない。この話はやめよう。それで何の話をしてこうなったんだっけ?」

 

「えっと霊夢が妖怪などの知識に疎いって話よ」

 

 鳥里の話にのめりこんでいた少名は我に返って今までの話を思い出した。それに鳥里は「そうだった」と白々しく呟いてから言葉を続ける。

 

「それで夢が妖怪の話には疎いけれど、それは狭義的で広義的に見るならばそう云ったことに全く無頓着というわけでもないんだ」

 

「と云うと?」

 

「呪いや呪術だよ」

 

「なるほど。‥呪いといえば、不幸な目に遭うとか?」

 

 呪いは漠然としていてオカルトとしてありえそうだけど無いだろうという感想を考える人が多いと思う。妖怪とは違い、存在が曖昧な印象を受ける。しかし、これを考えてみると理論に基づいて効果を示す過程がある。

 

「妖怪は怪奇現象の原因であって結果じゃない。一方、呪いを引きを越しているものは陰陽師などの式神、犬神などの霊、人の邪な感情など。これが、先の原因に当たる。過程は概ね一緒だ。原因があり結果がある。ただ妖怪は基本、自然現象の原因だ。呪いには人の感情が必要になる。この場合は妖術。陰陽師などの呪術は依頼を受けて、式を打ち、他人を呪うらしい」

 

「陰陽師かぁ‥人里にも落ちぶれた人がいたような。マァ、人里の陰陽師なんて今時占いくらいしかやりはしないけど。所で呪術と云えば、厭魅などは?いえ、一般には丑の刻参りかな?」

 

「あゝ、それね」

 

 呪術と云えばまず思いつくのは、丑の刻参りだろう。丑の刻に位置する方角を鬼門として、十二支の虎と牛の間に一致するということを時計の時刻標示に合わせて魔を入れやすい時刻としているのだ。神木に人形やら人型の木の片などを釘で打ち、その後、神仏へ祈願する。これを七回行い、最後に祈願した後神社の鳥居の前に寝そべる牛を何事なく通過して終了する。この神仏に祈願するところを見るに、どうやら丑時参とは直接術者の念によって達するのではなく、中間に神仏の力によって達するということだとわかる。つまり神仏へ祈願をしなければ、術は成し得なく神仏頼みであるから、必ず叶うというわけではないと云うことだ。

 その様子は『今昔画図続百鬼 雨』においてもその画が描かれている。

 また、これを行った橋姫が何処からかの声に従い、鬼神になったというのは有名な話だ。しかし、橋姫伝説では行った方法が先述の方法とはどうやら異なるようだ。

 前述した蠱毒や厭魅。これはかなり広範囲にわたって行われていた。他に系統は違うが犬神や猫鬼などがある。ただ、犬神などは扱いが難しいので素人が易々と使えるものではない。

 鳥里が少し蘊蓄を語ると、少名は少し驚いた顔をした。

 

「その話は、博麗から?」

 

「うん。でも実際そうなのかは知らない。元手不明の人づてだし、何より発言者が夢だからね」

 

 鳥里が苦笑しつゝそう云うと、少名は目を伏せて呆れたような様子を見せる。ソレは心底信じられないと如実に物語っていた。

 

「呪術についてそれ以上に妖怪についても、叩けば蘊蓄が埃の如くでてきそうなものだと思うけどね」

 

「コレはどうも本当らしくて、妖怪についてはほとんど知らないと本人は云っていた。実際僕も夢がまともに妖怪の勉強をしているところなんて見たことがない」

 

 そこで言葉を区切って、『博麗は妖怪についての知識人としては合わない』と云う鳥里の言外の説得の結果を少名の様子を見て伺う。

 少名は手を顎に当てゝ、わざとらしく間を置いてから口を開いた。

 

「博麗が適役ではないと理解したよ。けれどお断りします。私だって専門家というほどでもないから。半端な知識で描くことこそ失礼極まりなし、その責任を後で私に求められても困るわ」

 

 少名は左手の人差し指を立てゝ目を閉じ、まるで教鞭を執った教師のような様だった。「コレはだいぶ決意が固いぞ」と感じた鳥里は撤退を選んだ。

 

「そうか。残念」

 

 鳥里はそう云った後、少し思案する為に目を細めた。また本屋に行ってその類の本を借りてみようか。いや確か此処の書庫にもある程度資料はあるはずだな、などと考えた。

 しかしそれはすぐ打ち切ることにした。今は少名と話をしているのだ。話し相手を無下にするのはよくない。

 

「じゃあ違う話にしよう。君は最近何か事件とかあった?」

 

 そう訊くと少名はクスクス笑いだした。着物の袖で口元を隠して上品な仕草だ。

 

「貴方は仕事熱心ね。事件だなんて」

 

「あぁ、そうだな。事件って云い方も話題も少し変だった。職業病かもしれない」

 

 鳥里は決して話の上手い人間ではない。むしろ下手である。それは読者諸兄も今までの会話を読めばわかることである。

 扨、こうして鳥里と少名の雑談をダラダラと書き連ねていても意味がないため話を進める。

 そうして鳥里と少名が談笑しているその時だった。

 居間に影が入った。人型の影だ。居たのは少女だった。

 第一印象は全体的に青を纏う少女である。立ち姿だけでも独特の雰囲気を発している。髪型が特徴的な形をしており、羽衣伝説の天女のように頭上で結われ豪華な櫛で止められている。

 突然の来訪者を見て放心する両者を他所に、その要因たる少女が柔和な表情で口を開いた。

 

「もし、博麗霊夢はご在宅ですか?」

 

 紡がれた言葉はなんて事はない言葉だったが、ソレに含まれる独特の発音、音調の喋りが印象的であり、それが何故か彼女に合っているとそう思わせるような口調だった。

 

「いゝえ。申し訳ない、博麗は今不在でして」

 

 鳥里は少し固まっていたが、何とか会話をすることができた。

 鳥里の返答を聞いた少女は、にこやかに笑う。

 

「そうですか。どうもありがとうございます。申し遅れました、ワタシ、霍青娥と申します。今申しましたようにこちらに住まう博麗霊夢に用がございまして、馳せ参じた次第ですが、こちらから何やら楽しそうな音を耳にしたので失礼を承知で声を掛けさせて頂きました。‥しかし、博麗はお留守でしたか‥。困りましたね」

 

「よろしければ、彼女が帰って来るまでココで待ちますか?」

 

 鳥里は得体の知れないこの少女に警戒しつつ、客人には変わりない為、そう提案した。

 少名を視界の端に入れた。少名は、突如現れた少女を訝しげに睨んでいる。見た目で大体の予測はつくが、彼女はどうやら人間ではなく妖怪の類らしい。とは云え、少名は鳥里の提案に露骨に不平を示してはいないので、今のところは特別害はないのだろう。

 

「ご丁寧にありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます。あ、履き物はどうしましょう。改めて裏口の玄関から入った方がよろしいかしら」

 

「いえ、構いません。どうぞそのまゝお上りください」

 

「そうですか?では」

 

 霍と名乗った少女はそう云って履き物を整え、軽く一礼しつゝ敷居を跨いだ。そうして、彼女は鳥里の対面に座った。

 少名は先程とうって変わって仏頂面をしている。よほど警戒しているのか、または会話を邪魔されて不服なのだろうか。

 今現在神社には、普段あれだけの住人が居るにも拘らず今日に限って皆出払っていた。霍がそれを狙ってきたのかは知らないが、少し先刻の判断は早計だったなと後悔し始めていた。

 

「先程まで、何を為されていたの?わたくし、博麗が来るまで退屈ですから、よろしければ混ぜさせていただけないかしら?」

 

 霍が柔かな表情で尋ねてきた。

 

「話をしていただけよ」

 

 少名は、相変わらず半目で霍を睨んでそう言った。

 

「それはどの様な?宜しければ聞かせてくださらない?」

 

 霍はまるで少名の態度を気にしていない様に続ける。不気味さが増す勢いだ。

 

「その前に貴方の身の上を訊きたいわ。名前だけ名乗られただけだと、貴方自身がどんな人かわからないでしょ?」

 

 少名の言は少し冷たい。鳥里は相手を不快にさせてはいないかと不安になるが、霍が以前変わらぬ調子で話しだした。

 

「実はワタシ、異変を少し前に起こした身でして、博麗霊夢に退治されたのです。その時彼女の使う力に興味が湧きまして、こうして、直接聴きに来ているのですよ」

 

「異変を起こした!?」

 

 危ないかもしれない、ではなく危ない人だった。しかし、博麗に退治されたのなら、多少は心に変化はあるのだろうか。今はそう期待するしかない。

 

「過ぎたことです。それはともかく、ワタシはワタシのお人形含め、共犯者を一撃で仕留めた彼女の力が知りたいのです。いえ、もっと云うなら、彼女自身について知りたい、研究したいと考えています」

 

「博麗はこの神社の巫女です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

 

「貴方の意見などどうでも良いのです。そこのお嬢さん。ワタシの事はこれでよろしいかしら?」

 

 霍は少名を指してゆっくりと子供に確認するようにそう云った。少名の片眉が動いた。これはいよいよまずい事態だ。なめてかかるということは、彼女にとって少名は別に脅威でもないということになる。

 

「貴方が危険人物で、故ここに来たかと言うことがわかっただけよ。貴方は何者?」

 

「おや、ワタシとしたことがうっかりしておりました。そうですね、自分自身についてはなにも語っておりませんでした。ワタシは一言で表すなら‥仙人です」

 

「仙人?通りで天女のような恰好をしているわけだ」

 

「ワタシは天人ではありませんよ。さぁ、これで満足いただけたかしら。そろそろ貴方たちの話に混ぜさせていただきたいわ」

 

 仙人というのは希少な種である。なかなか居ない。それに、大体は山籠りしていたりしており、滅多に見られるものでもない。鳥里は少し霍に興味が湧いた。従って、鳥里は話を霍にも話すことにした。少名は何も云わなかった。静観を決め込んでいる。

 

「暗黙の了解というと変ですが、筋は通しますよ。僕らが今話していたのは呪術についてです」

 

「まぁ、都合の良いこと」

 

 霍は嬉しそうな顔をした。先程からずっと笑顔が張り付いていたが、それが深くなった。どうも霍はのらりくらりとして本質を掴ませないようにしているように感じる。

 

「都合のいい?あぁ、確か貴方は博麗に彼女の力の仔細を尋ねに来たと云っていましたね」

 

「えゝ。術、つまり彼女が使う力には道教のものも含まれます。ワタシ、こう見えてそういった類の事が好きなのです。ですから、初めて見た彼女の力に興味が湧いたのですよ」

 

「あゝ、だから。流石仙人というだけありますね。勉強熱心だ。これも修行の為と」

 

「褒められるような事ではありませんわ。仙人とは皆、こういうものです」

 

 話の区切りがひとまず着いたので、鳥里は訊いてみたい事を、つまりは先述した興味のある部分を尋ねてみることにした。

 

「あの、話が少し変わってすみませんが、仙人になるには大変な修行が必要だと聞いたのですが、実際そうなんですか?」

 

「仙人が皆が皆、総じて修行して仙人になるわけではありませんよ。ワタシは少なくとも違います。尸解仙と云いましてね、死後仙人になるんです。修行は仙人になった後に行います」

 

「その尸解仙とは具体的にどういう?」

 

「死後と申しましたが、実際死ぬ訳でありません。人に対象が死んだと一度認識させる事です。哲学の認識に似ています。観測者が存在することで初めて事象が世界に現れる。方法として死体の代わりとなる物を用意し、それを自身の死体だと発見者に認識してもらうのです」

 

 その話を聞いて真っ先にに思い浮かんだのは、以前に読んだ探偵小説に出てきた死体偽装の仕掛けのようなものだった。単なる錯覚ではなく術によるものだから、そう簡単に見破れるものではないのだろう。おそらく善行を積む、修行を行うことに見劣りしないくらい実際問題としては難しいのだろうと考える。

 

「なるほど、仙人というのもなかなか深いモノなのですね」

 

 鳥里の言葉に霍は頬を染めて困ったように云う。

 

「やはり自分について語るのはなんだか恥ずかしくって、落ち着かないわ。話はここまでに、先の術についての話を続けませんか?」

 

「そうですね。いやぁ、僕の要望ばかりですみませんでした。今後は控えます」

 

 こうして、博麗が帰ってくるまで彼らは呪術について語り合った。

 鳥里は霍への警戒をほとんど緩め、話に夢中になった。少名は卓袱台の上でその様子を不満気に見ており、結果として何もなかったが後になって鳥里は少名に注意をされることになった。

 肝心の呪術についてだが、それを記述するのは物語の本筋に大して関わりがない為割愛する。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 夜。

 A作は店を閉めてほっと一息ついた。

 店兼自宅であるA作の家は手前の玄関が店にあたり、そこが客との交流場である。一方、それの奥の部屋がA作ともう一人、A作の妻のB子の生活空間である。

 A作は居間に腰を下ろし、胡座をかいて煙管を吹かせる。

 しばらくして、B子が茶を淹れた湯呑みを二つ盆に置いて持って来た。

 

「お疲れ様」

 

 B子はそう云って湯呑みをA作の前に置き、もう一つをA作の対面に置いた。そして、その位置に彼女は座る。

 

「ありがとう」

 

 この二人について、正確にはA作についてそろそろ記述する。

 A作とB子は幼馴染だ。そしてこの二人の他、一人にC子という人物も入れて、三人。それが彼らの仲良しの集団だった。寺小屋では他の友達とは違ってある種独特の境界によって線引きされた、絆で結ばれた。

 この二人が結婚した経緯であるが、A作としてはただB子が好きだった。そして、一番長く近くに居た異性だからか、自分に合うような相手が他に考えられなかったということもある。そしてB子はB子でA作との婚姻を拒む事はなかった。婚姻に障害はなかった。

 B子は嫌とは顔にも口にも出さなかったが、事実彼女が今もどのように感じているかはA作の知らぬ所である。

 A作とB子はもう結婚して何年にもなる。しかし、子どもはいなかった。経済的に余裕が無いわけではないが、あまり両者とも必要性を感じていなかった。

 扨、次に残りのC子について記述する。

 C子は、裕福な家の出である許嫁と結婚し、子を一人もうけた。今年で13、14程になる娘である。ただ不幸な事に彼女の旦那──A作は会ったことはない──は先週辺りに他界してしまい、つい最近埋葬をした所だった。A作も葬儀には出席し、C子の旦那の遺体が入れられた棺を埋めていく様をB子と見ていたので、記憶に新しい。

 C子は今、A作とB子の住居や人里からもそれなりに離れた住居で親子二人で暮らしている。どうやら、夫の方の親族になにやらあるようだった。

 C子とB子の交流は今も続いている。幾つになっても女同士気が合うのだろうか。A作自身も最近になってC子とB子の三人で小一時間ほど談笑する時期が増えた。その時だけは、子供に戻った様な気になるのだ。

 三人の人間関係がわかっていただけただろうか。では今回の話を進める。

 A作とB子はしばらく互いに一言も話すことなく、それぞれでゆったりとしていた。

 やがてB子とそろそろ眠ろうという話になり、寝室に布団を二つ敷いて、先にB子が寝室へ入り床に着いた。A作はあいも変わらずぼんやりと窓外に移る景色を見ていたがあることを思い出した。

 そうだ、あの女。あの昨夜見た死装束の女は今夜再び現れるのだろうか?いや、あれは幻だ。昨日そう考えたじゃないか。

 零時を過ぎた辺りで近隣の家々も部屋を暗くしている中、A作も電気を消した。そして、寝室に行こうとして外を気にして後ろ、窓の外を見た。

 女はいた。昨夜と同じ様にゆっくりとした足取りで、昨夜と同じ方向へ進んでいた。相変わらず死装束を纏い、髪はボサボサで顔はよく見えない。A作は息を潜め、黙ってその様子を女が姿を消すまで見ていた。あれは幻ではなかった。妖怪の類だったのだ。そうでなければ、二度も続けてあんな姿のモノを見るはずが無い。A作は恐れ慄いた。すぐさま布団に入り、顔を毛布で覆ってガタガタ震えながら遅く眠りについた。

 朝になってA作はB子にこのことを話した。身振り手振りを使い、目を見開いたまゝ大口で喚き立てる様に云う。B子は珍しく必死なA作に驚きつつ宥める。

 

「落ち着いて」

 

 B子はA作を手で制した。

 

「あ、すまない。だがあれは絶対妖怪変化の類だ。間違いない。どこの世界に意味なく死装束を着る人間がいるんだ?それに、例えそんな酔狂な奴が居るなら居るで、周りの人が知ってるはずだろ?」

 

「それじゃあどうするの?巫女様にお祓いでもしてもらう?」

 

「それがわからない。何かされたわけじゃないし、俺に付きまとっているわけではないんだ。だからお祓いっていうのは少し違うんじゃないか」

 

 A作はただ目撃しただけなのだ。特にあれから霊障などは起きていない。従って、巫女にはどのように相談したらいいのかがよくわからない。

 

「ねぇ、本当に見たの?貴方の見間違いじゃなくて?」

 

 B子には未だA作の言が信じられなかった。いや、妖怪自体が存在する事は分かっている。B子が信じられないのは、この人里にそれが現れたことだった。妖怪たちは普通、人里にはあからさまに姿を現すことはない。人間に変装しているものだ。

 

「俺も最初は幻なんじゃないかと思ったよ。‥そうだな、お前も零時から一時頃に窓の外を見ていればわかるよ」

 

 B子はひとまずそれに賛同して、巫女に相談するのは後回しになった。あれから朝食を摂り、店支度をして通常通り開店となった。

 開店して1時間程度で客がいつも通り訪れた。そして、正午頃、客の数が減って来た頃、A作を名指しで声をかけて来る客が現れた。先述したC子である。

 

「A作、会いに来たわ」

 

「なんだ、驚いた。今日はなんの用で来たんだ?」

 

「客よ」

 

「あぁ、そうか。元気そうで良かったよ」

 

 A作の言葉に、C子は顔を少し伏せて先程とうって変わり悲しそうにした。

 

「‥いつまでも落ち込んでいられないわ。娘にも心配かけちゃうしね」

 

「‥そっか。いや、すまない。辛い事を訊いてしまった」

 

「いゝのよ、気にしないで。‥さて、じゃあ用を済まそうかな」

 

 用事が済むとその後C子は「また近い内に来る」と言って帰って行った。

 その日の夜。

 A作とB子は、朝に話した『死装束の女』の事実を確かめるべく二人して早い内から部屋の電灯を消して息を潜めて女を待ち構えていた。

 

「今日もその‥来ると思う?」

 

 B子は隣に居る窓外を注視するA作に、出来るだけ小さな声で尋ねた。

 

「二日連続だ。二度あることは三度あると言うじゃないか。確率的に高いだろ」

 

 A作は視線をB子に向けないでそう云った。そこには女の姿を逃しまいとする、A作の決意が見て取れた。

 

「でも不思議よね、ただ道を歩いて行くだけなんて。向かう方向に何か用でもあるのかしら?」

 

「妖怪の考えることなんて、俺たちにはわかるわけないさ。そう云うのは巫女とかが考えることだよ」

 

「‥それもそうね」

 

 B子は口ではそう云うながらも内心は納得していない。

 

「ねぇ、もし今日もその女の人が現れたらどうするの?」

 

「どうするって?‥俺が女を捕まえろってことか?」

 

「そうじゃなくて、巫女様に相談するの?」

 

「どうだろう。とりあえず他にも見た奴がいないか、訊いてみて大勢見たってなら相談してみるか」

 

 しばらく二人はそういった会話をしながら、暇を潰した。

 さて、会話の種も尽きて来て、辺りの家の灯りも消えてしばらくした頃、死装束の女は彼等の眼前に姿を現した。女は相変わらずゆっくりとした足取りで前を向いたまま進んで行く。その姿を見たB子は声をあげそうになるが、A作がB子の口元を素早く抑えて、声を押し込んだ。そうしている内に、女は姿を消した。

 女の姿が消えるとB子はA作の手を口元からどけた。

 

「あ、あれが⁈本当にいたのね」

 

 B子は恐怖と驚愕の表情を顔に貼り付けてA作に問う。

 

「あぁ、嘘じゃなかっただろ?」

 

「えゝ‥。夢や幻じゃ、ないのよね」

 

「‥それを確かめるために、色々な人に訊くんだろ。俺は十中八九妖怪だと思いはしてるが、事実はわからない。酒に酔った女がぶらぶらしてるってこともあるかもしれないからな。まぁ、事実が分かった後に考えればいゝさ。今のところは別段、俺たちに害は何も無いのだし」

 

 そうして二人は床へ潜り、今日の出来事を振り払うように、忘れるように眠りにつくのだった。

 

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