博麗捕物帖   作:深瀬悠

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壹 夜歩く

 

 

 A作とB子は昨夜空想の一片を垣間見たにも関わらず翌日通常通り営業を開始した。

 当然理由はあり、店を訪ねてくる人に『死装束の女』を見たことがあるか?ということを訊ねるためである。

 結果としては「見たような気がする」という人が数人いた程度であった。どうにも記憶が曖昧であり、証言としてはあってないような物である。あれから、夫妻は客に「疲れているんだろう」や「人里に幽霊が早々でるもんかね」などと云われ、夫妻も段々と昨日見た光景が一種の集団幻覚に思えてきてしまった。

 その日のノルマも達成して日も暮れて来た頃、店を閉じようとしたときにC子が再び姿を現した。

 A作は時刻が時刻であるときに訪れた人物に驚きつゝ、本日最後であろう客を迎えた。

 

「ごめんね、こんな遅い時間に」

 

「いや、いゝよ。でも真逆昨日の今日で来てくれるなんて思わなかった。それにしても何か買い忘れでもしていたのか?」

 

 A作がそう訊くと、C子は顔を俯かせて小さな声で呟く。

 

「うん。うっかりしていたわ」

 

「そうか。じゃあ丁度良かったな。もう少し遅れてたら店も閉まってたところだよ」

 

「そうね、急いだ甲斐があったわ。‥ところでB子は?今居ないの?」

 

 C子はA作を挟んで店の奥をキョロキョロと身体を揺らしてB子を捜しているような動作をした。

 

「あゝ、アイツは今店奥で別の作業、後片付けをしてるよ。そんな風にしても見えないさ」

 

 A作はC子の動きが童子のようで面白かったのか笑った。

 このときA作の脳裏には「C子にも『死装束の女』について訊いてみよう」という考えが浮かんでいた。しかし、A作はすぐにその考えを消すよう努める。事が事であるし、友人にそんなことは極力話したくはない。と思っていたのだが、口は意識とは裏腹にその事について喋ってしまう。A作は、それをほぼ無意識的に話してハッとした。「おれは何を馬鹿な事を、よりにもよってコイツに話しているのだ」と。

 直ぐにC子の様子を伺うと、C子は眉を寄せて心底不思議そうな顔をして口を開いた。

 

「‥なに、それ?」

 

「あ、いや、ごめん。あれだ、最近読んだ読本の事がな、つい口に出てしまった。気にせず忘れてくれ」

 

「嘘。A作貴方、それを見たの?どこで?」

 

 C子は心配そうにA作に詰め寄る。A作はC子の真剣な様子に観念して彼女に本当の事を話すことにした。

 

「実は、つい最近深夜になるとこの家の道、ほらそこの道を横切っていく女がいるんだ。で、それが幽霊なんじゃないかと、不安になってゝさ」

 

「B子も知ってるの?」

 

「知ってる。昨日も二人で見たんだ。それで、今日今みたいに来た客の数人に訊いてみたんだ。でも皆、夢や幻だろうって。‥もうどうしたらいゝか、俺にはわからないんだ」

 

 A作は絞り出すように話す。そんな中B子が店の奥から現れて、A作とC子の姿を見て驚いてその場で立ち止まって固まっている。

 C子はそれをチラリと瞳を動かして見た後、あえてA作に問う。

 

「‥巫女様には話をしたの?」

 

「いゝや。どの程度で話をして良いのかわからないから。それに、やっぱり俺たちの見た幻覚だったなんてオチなら、俺たちはそれで心配事が一応減るには減ってひとまず安心だけど、巫女に迷惑かけてしまうだろ?勝手に勘違いして勝手に騒いで、でもやっぱり思い違いだったなんて‥それは駄目だ」

 

 A作が喋り終わると辺りに静寂が訪れた。

 C子は考えるように顎に手を当て、A作は俯き、B子は心配そうにA作の背中を見ていた。

 やがてC子が沈黙を破る。

 

「よし、わかったわ。じゃあ、今日私もここに泊まってその女とやらを私たち三人で確認する。そして出来るなら後を追って、その女が夜な夜な何をしているか見る。取っ捕まえることが出来るか試してもみましょ」

 

 C子は笑顔でそう云った。

 A作は顔を上げてC子の顔を見た。笑顔で、と記述したが、A作にはC子が表情とは逆にその言が本気であることを理解した。

 A作は何となく、C子の性分を思い出した。C子は昔から、怖いもの知らずというか、神経が図太かった。

 

「え、ほ本気か?」

 

「ええ、本気も本気よ。A作ならそれが分かると思ったけど、残念。私たちの仲はその程度だったのね」

 

「だ、だって、そんな。後を追うとか捕まえるとか‥」

 

 A作にはとてもC子の性分を入れて考えても、正気には思えなかった。仮に事実、女が居たとして、幾ら女でも相手は人知を超えた妖だ。非力なただの人間が敵うなんて思えない。

 

「"出来たら"だって。私だって、そんな妖怪とかに簡単に敵うなんて思ってないわよ。でもね、後を追うくらいはしないと、事態は進展しないと思う。原因をしっかり深く知れば知るほど対策はしやすくなるからね。違う?」

 

 確かにC子の言う事は理解できる。しかし、危険だ。本来自分たちがやる事ではないのだ。それは巫女などの仕事である。つまりこれはジレンマだ。A作は優柔不断な性分ではないが、今回の事が彼をそうさせる。

 さて、C子はA作がそのような悩みを頭の中でおこなっていることを見抜いてか、再び口を開いた。

 

「あのね、そもそも『いたら』の話でしょ?それに、あぁ、そうね、なら私だけでもいいから」

 

「私だけって?つまりお前だけで追いかけるってことか?それは‥っ、だめだ!俺も‥俺もいく」

 

 そういうとC子は笑った。

 

「『俺もいく』って、一人じゃ怖いのね」

 

 そう言われてA作は少し気恥ずかしくなった。先程と別の意味で俯いてしまう。

 

「あぁ、ごめん、ごめん。からかいたくてね」

 

 そうして会話が一段落したところで、B子がA作とC子の方へ駆け足で寄ってくる。B子はA作とC子の間の一歩後ろに位置するところで立ち止まった。

 

「‥ねぇ、その話本当なの?」

 

「B子‥。そんなに訝しんで。」

 

「でも‥」

 

「貴方たち夫婦は本当に心配性ね。‥三人もいるのだから、いえ、男が一人でも居れば、女一人の幽霊なんてどうとでもなるわ」

 

 それに、久しぶりにまた三人で連めるというのも懐かしくていいわね、とC子はB子に言った。B子も先程のA作とC子の話をしっかりと聞いていたし、何より不安であったのだ。それになりより、二人は今まで、『幻覚』や『夢』と話を半ば信じていないような言葉を言うことなく、一緒に問題に取り組んでくれるC子に感謝の念を覚えた。結果、二人はC子に押し切られる形で話を承諾したのだ。

 

「ねぇ、でもC子の娘さんーーc子ちゃんはいいの?」

 

 話はまとまったが、B子はC子の娘の事が気になった。やはり母親が1日でも留守にするというのは、こんな世界であるから不安ではないかと思ったのだ。

 

「大丈夫よ。あの娘はちゃんとしてるから、1日くらい私が留守にしても、ね」

 

 そうして、C子は一度家に帰ってから娘に話をつけて、支度をして再び1、2時間後にまた訪れるという話で決着をつけたのだった。

 C子はそれから言葉通りに、1、2時間後に姿を現した。しかし、先程と違い少し元気が無いように見える。A作はそれについて尋ねた。

 

「どうしたんだ?元気が無い様だけど」

 

「あぁ‥うん。さっき娘とちょっと喧嘩しちゃってね。最近私に冷たいのよね。反抗期かしら」

 

「え?それって今日のことか?だったらその、一緒に居てあげた方がいいんじゃないか?厚意は嬉しいけれど、そこまでして手伝ってくれなくても‥」

 

 A作は焦った。自分達が原因で、本来関係の無い親子に不和をおこしてしまうのには流石に耐えれない。ましてや、一家の主が少し前に他界したのだ。元々、その主人は身体が弱く、病になりがちだったと聞く。つまり、C子の家庭は不安定なのだ。いつ崩れてもおかしくないとA作は思っている。

 しかし、C子はというとA作の心境を知るところではないため、否定した。

 

「気にしなくていいわ。あれくらいの歳の子は親を遠ざけるものよ。寧ろ、私が居なくてよかったんじゃないかしら」

 

 A作はもう何も言えなかった。

 それから、A作、B子、C子の三人は、その日の深夜に以前夫婦二人がそうした様に、家の灯りを消して窓に張り付き、例の『死装束の女』が現れるのを今か今かと待ちわびていた。

 彼らの待ち時間の話合いはわざわざ記述する程でもないので割愛する。

『死装束の女』は昨日、一昨日同じくしっかりと三人の視界に映り込んだのだ。

 A作はちらりとC子の様子を見て見た。C子は、やはりというべきか放心して、やや顔が青ざめていた。口では強気なことを言っていたが彼女も当然、事実現象を目の当たりにして怖くなったのだろう。

 しかし、C子は一番に気を取り戻し、二人に声をかける。

 

「お、追いかけましょう」

 

 震えた声だ。A作は少し躊躇してから、意を決した様に彼女に同意する。

 

「わ、わかった。B子は、家で待ってなさい」

 

「え、ええ。‥気をつけて」

 

「あぁ、わかってる」

 

 そんなやり取りもあり、A作とC子の二人は、女を追いかけた。

 女は人里を出て、木々に囲まれた所へ入っていく。ふらふらとなんだか安定しない足取りで見ている側もなんだか不安になってくる。

 女に続いて音を立てぬ様に慎重に辺りを見回しつつ、女を必ず視界に捉えて進んでいく。

 そこで二人は、ここが、かの博麗神社であることを確認した。

 不思議に思ったA作がC子に尋ねた。

 

「神社?なんだ、成仏でもしに来たのか?」

 

「それは違うんじゃない。幽霊って普通祈祷師が居る所は好まないはずだけど。だって退治されちゃうでしょう」

 

「それもそうか。つまり、ただの幽霊ってわけじゃなくて、怨霊とかの類ってわけかもしれないな」

 

 そうして居る内に、女は少し広めの空間に出た。そしてある木の前で立ち止まる。他の木々と比較すると特別大きいとは言えない木であるが、それなりに太く、樹齢が並大抵のものではないことがわかる。

 二人はこんなところで何をするのだろうと、考えていたが、直ぐに理由はわかった。

 辺りが夜であること、時々現れる月明かりくらいしか光源がないこと、暗順応にも多少の限界があること、遠目に見ていること等々理由があり、よく見えないが、女は、左手を木に添えて、右手を振り上げて何かを木に何度も叩きつけていることはわかった。音が辺りに響く。

 二人はしばらく動作の意味を考えていたが、C子がハッとした様にしてから、A作に耳打ちをした。

 

「あれはきっと『丑の刻参り』よ。きっと女は、藁人形だか木の板を人型にくり抜いたものに、杭を金槌で打ち込んでいるんだわ。‥恐ろしい」

 

「丑の刻参り?何だそれは?」

 

「あぁ、A作は知らないか。簡単に言うなら、人を呪い殺すための術よ」

 

「呪い殺す!?‥なんだかおどろおどろしいな」

 

 呪術と言われても、A作にはいまいちピンとこなかった。そもそも、妖怪自体この目で見たことも無いのだ。

 

「幽霊はそんなことしない。つまり、あの女は幽霊や妖怪では無く、人間でしょうね」

 

 C子は静かに、A作が今一番知りたかった事を告げた。

 

「‥な、ならもう帰ろう。女が何してるかはわかったし、こんな無気味な所さっさと離れよう」

 

「‥いいえ、あの女はここで捕らえるわ。だって今あの女が呪ってる人間が呪殺されたら、女はもう私たちの前に姿を現さない可能性があるわ。だとしたらここでふん縛って、巫女様に突き出す方がいいと思うの」

 

 C子の言うことは、頭では納得できる。しかし、現実問題として、それだけは強く踏み止まった。そもそもここまで来れたのでさえ、奇跡に近いのだ。これ以上望めば、足元を掬われる、そう感じた。

 しかし、それを言う前にC子は飛び出してしまった。

 C子と女は向かい合い、互いに睨み合いになっている。いや、女は低い声で唸り声を出し、まるで獣が威嚇するかの様に静止している。

 A作は、そんな二人から視線を逸らすことなく、今いる位置から移動して女の後ろ側、つまり女が杭を打ち込んでいた木の後ろ側へと回った。しゃがみ込んで木と自身の周りにある植物で隠れ、女を捕らえる機を伺う。そこで、A作はC子が言ったように、女は金槌を持っていることに気づいた。

 C子が女に語りかける。

 

「理解出来るかは知らないけれど、ここで何をしているの?こんなことはもうやめなさい。でなければ、貴方をこれからひっ捕らえて、ここの神社の巫女に突き出すわ」

 

 果たして女はC子の言葉を理解出来たかはわからないが、腰を低くくして、おそらく構えの姿勢をとった。

 C子は、顔を少し動かして木に隠れたA作に向けて合図をした。女が姿勢を低くくしていたことが幸いして、不自然な顔の動きにはならなかった。

 最初に動いたのは女だった。C子目掛けて真っ直ぐに走り、右手に握られた金槌を振り上げた。C子は両手を頭の上に持ち上げ、構えをとった。その瞬間、A作は機を見たのか、茂み、藪から飛び出して、女の背中に飛び付いた。

 女は突然の不意打ちに、精神的にも物理的にも姿勢を崩し、C子を避けてA作共々地面に叩きつけられた。

 C子は、すかさず女を拘束しようとしたが、女は体制を素早く整えて、応戦するには不利と見たのか木々の奥に走り去って行った。C子は女を追うことはせずに、A作に駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

「‥い、いや、全然。怪我はないけれど全身が痛い」

 

 A作は息も絶え絶えに、地面に叩きつけられた衝撃による身体の痛みに顔を歪めている。

 

「逃げられてしまった。ごめん、私の考えが甘かった」

 

 C子はそう言ってA作に謝った。

 A作は痛みが少し引いてきたのか、その場で起き上がり座る体勢になってから、それに答える。

 

「‥最初、捕まえるなんて言ったときはなんの冗談だ、なんて思ったけど。それも俺たちを気遣ってのことだし、‥それに結果としては、誰も怪我しなかったこと、相手はやっぱりちゃんといて、幽霊とかではなかったってわかっただけでも収穫だよ」

 

「‥ありがとう、そう言ってくれると救われるわ」

 

 

 

 

 あれから二人は、元来た道を辿ってA作の家へとたどり着いた。B子は家で寝ずに待っていてくれた。

 三人は、家の居間の真ん中に位置する卓を囲んで話し合う事にした。灯りは電灯をつけずに蝋燭を灯して、それを光源とした。さながら百物語のようだ。

 二人はB子へと事の顛末を伝え、それから三人は女についてあれやこれやと考察し合った。

 一部抜粋する。

 

 

「じゃあ、幽霊ってわけじゃなくて普通の人間が、夜な夜なその‥丑の刻参り?をしていたのね」

 

 B子は信じられない、と言った表情で言った。

 

「あぁ‥でも里にあんな奴いたか?」

 

 そこが一番の疑問だった。A作の記憶するところでは、そんな変わった奴など聞いた事も見たこともやはり一度だってない。

 

「捨て子とか?ほら、捨て子が何かの偶然で妖怪に育てられて、その妖怪に騙されて代わりに呪術をやらされてるって考えられない?」

 

 B子が何とか案を出してみるが、C子に即却下される。

 

「ちょっとそれは変よ。妖怪がなんでそんな回りくどいことするのよ。確かにここの妖怪は里の人間に手を出さないから、人間を騙してって考えても百歩譲って一応筋は通るけれど、何で方法が呪術なのよ?それこそそいつに刃物でも持たせて、例えば、昼の人が多い大通り、大禍時の薄暗くて人が疎らなときなんかに、こっそり刺し殺した方がよっぽど簡単で確実よ。それが例え『幻想郷』だとしてもね。まさか、妖怪らしくオカルティックに、なんて言わないでしょうね?」

 

 B子はそう言われて気まずそうに口を噤んだ。

 

「おい、C子。あんまり、B子を虐めないでくれ」

 

 A作は助け舟を見兼ねて出す。A作はC子が、女を逃したことが余程腹が立っているから八つ当たりでもしているのか、と思った。

 

「別に虐めてないわよ。ごめんなさいね。でも、彼奴はなんだか、言葉が話せない見たいだったわね。髪もボサボサだし、B子の案を、つまり妖怪に人を殺す為だけに育てられたから言葉をほとんど教えてないと考えると、一部採用することも出来なくはないわ」

 

「じゃあなんで『呪術』なんて知ってたんだろうな。‥あれ、ちょっとまてよ」

 

 A作は何かを思いついたのか、ぶつぶつ何かを一人で呟いていたが、直ぐハッとしてC子を見た。

 そんなA作の様子を見てC子は微笑む。

 

「わかったみたいね」

 

「ねぇ、ちょっと。二人だけでわかったみたいにしてないで私にも教えてよ」

 

 未だ分からないB子が二人へと訴えかける。

 C子はそれを手で制する仕草をした。

 

「待って待って、わかってる。ちゃんと順序を追って説明するからさ」

 

 C子はそこで一度言葉を区切り、一つワザとらしく咳払いをしてから再び口を開いた。

 

「まず、さっきのB子の案に照らして考えてみようか。この世界における妖怪は基本的に人里の人間に手を出さない。しかし、そいつにはどうしても殺してやりたい人間がいた。殺してやりたいが、そんな事をすれば、今度は自分が巫女に殺される。だから、適当な捨て子なんかを拾って育てて、自分の代わりに殺してもらう。そうすれば、犯人はそいつになり、自分は無罪であるとこう考えたわけね。もっというなら、『対象を殺した後、自殺しろ』と言い含めておけば、これで更に事件は迷宮入りに近づく。さっき私が否定したが、刺殺ではなく呪殺を選んだ理由として、その実行犯の足が付かないように配慮した、と考えれば一応理にかなっている。もし捕らえられた時に、口を割られて自身が糸を引いていたなんて知れたら、意味がない。またはその子を育てている内に、情が湧いたか」

 

 ここでC子は、呼吸を整えるために二度、溜め息をつき、二人を見た後少しして続ける。

 

「では、この推理の何が問題なのか?まず第一に、あの女=妖怪に育てられた子として考えると、『どうして、言葉が理解できないのに、指示された通りに殺人を実行できようか?』これが一番の関門だね。もっと言おうか、『何故言葉が理解出来ないのに、呪術をしっかり身につける事が出来るのか』だよ。言葉が分からないのなら、そんな複雑な命令をしっかりと実行するなんてまず無理だ。つまり、言葉が喋れない、理解できないというのは、"嘘"だよ。女が唸り声を上げるから、私たちがそう言った先入観を持ってしまったのさ。また、安直な操り人形を作ったにもかかわらず呪殺を使った理由として、さっきあげた理由の他に、もし刺殺の場合、犯人探しが始まり、最悪人里が壊滅する。それを回避する為に、多少不自然でもはっきり"人間による人殺し"と人々に認知させない思惑があるのだと私は考える。しかし、妖怪がここまで考えておいておかしいのは、女に言葉を教えた事だ。祈祷師が見ればそれこそ巫女の能力は妖怪の方がわかっているはずだから、一目で呪いの対象を突き止めることがとわかるはず。当然、実行犯は捕まる。そこで言葉が喋れるとわかれば、あとは時間の問題だ。実行犯が真犯人を言ってしまう可能性がある。そんな博打を賭ける奴とは思えないんだよ、私には。なぜなら、ここまで危険を避け続けていた奴が、最後の最後に博打なんてするなんておかしい。それは兎も角、つまりどちらにせよ、この計画は妖怪が真犯人だとしたら、最後は行き止まりだ。だからこれを考えた時にそれに気づいてその計画は破棄するはず。しかし、これが現実に起こっているのだからその計画上で行われているものではないと考えられる。従って、前提が違うのだから論は崩壊する。そんな考えから、私は女が妖怪に育てられた説はちょっと採用しかねるね」

 

 それはA作も引っかかっていたことだった。

 つまり、C子の考察の結論は、女はこちらの言葉が理解できる人間であるという事がわかっただけだ。いや、妖怪に育てられたという説も十中八九違うであろうとA作は思っている。

 

「ほとんどわからないじゃないか」

 

「まぁ、素人考えだからね。それに陰謀論抜きに考えるなら、普通に人里に住む人間が、幽霊に変装して人目が付かない夜にこっそり呪殺を行なっていたと考えるのが普通ね。ボサボサの髪は今回みたいにA作に姿を見られても顔を隠す為ね。あぁ、そういえば結局女の顔は見えなかったわ」

 

 そんな話もそこそこに、三人は灯りを消して寝床へ着くのだった。

 

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 

 鳥里は馴染みの本屋、通称《鈴奈庵》を訪れていた。

 理由といえば、霍との呪術に関する語り合いによって術について、より興味を示したことや少名から付喪神の仔細を聞けなかった等の理由で、彼の住居である神社にある書庫を漁ってみたが目ぼしい書物が無かった為、こうして餅は餅屋の如く本を探して本屋を訪ねたというわけである。

 鳥里は店の入り口にある暖簾をくぐって中に入った。

 

「おや?鳥里さん、いらっしゃい。今日はどのようなご用事で?」

 

 店番である本屋の娘さんである本居小鈴が鳥里を迎えた。本棚の整理でもして居たのか、店に入って直ぐのところで本を数冊抱えて立っていた。

 本居小鈴は鳥里に挿絵の仕事を紹介してくれたりと色々良いようにしてもらっている。

 彼女は鮮やかな洋燈色の長髪を、頭の左右の耳上部分でそれぞれ、自身の名前と同じ鈴の着いた髪留めで髪を左右均等にまとめ上げている。服装は、稗田の様に彼女とはまた違った独特な装いの着物を着て、今は営業中からかその上にエプロンを着けている。

 鳥里は片手を振って彼女に会釈しつつ要件わ伝える。

 

「今日は、本を借りに来たんだ」

 

「どのようなものをお探しで?」

 

「あぁ、呪術と付喪神についての書物かな」

 

 鳥里が自身の顎を軽く触りながら言うと本居は店内にあるカウンターへ向かう。鳥里は彼女の後を追ってカウンター前で立ち止まり待つ。本居はカウンターの奥に置かれた結構な数の書物の中から数冊を持ち出して、カウンターの上に並べた。

 本居が並べ終わっと同時に説明を始める。

 

「呪術というなら、この4冊が厭魅、蠱毒、犬神などの筋、生霊、式神とかですかね。いやぁ、よくもまぁ、人を呪う術を思いつきますね。怖い怖い。それで残りが付喪神についての評論です。あ、そうだった。実は異国の本で、何十巻近くある本がありましてね、今コツコツと和訳しているんです。『金枝篇』って題名だったかな?で、それを訳した分だけでも見ます?」

 

 そう言って本居は一度肩を上下させつつ息を吸った。

 

「そうだな‥流石に全部は無理だから各一冊ずつ借りようかな。その金枝篇とやらは、また今度でいいや」

 

 鳥里は2冊を選んで手にとって見せた。すると本居は意外そうな表情をした後、残りの並べられた本を手にとり、鳥里に見せつつ言う。

 

「え?何言ってるの、鳥里さん。ほら、これとこれなんてね、互いの考察を補足し合ってより深みがでているの。それに、『金枝篇』は今初版分まで訳し終えたから、とりあえず見るだけでも」

 

「‥本居は商売熱心だな。けれどどういたしまして。今日は手持ちが足りないんだ」

 

 鳥里がそういうと本居は、残念そうな顔をして小さく舌打ちした。

 鳥里も少し悪いと思い、また自分以外に客が居ないことを確認して、本居に話を振ってみることにした。ちょっとした世間話だ。

 

「本居は、これを読んだみたいだから訊くけれど、感想としてはどうかな?」

 

「鳥里さん、貴方偶に莫迦みたいな文章で会話して来ますよね。‥そうですね、妖怪はそこら辺にいますけど、呪術はあまり見ませんね。ですから呪術というのは興味があったので、新しい発見があって見識が広められました」

 

「特に何が?」

 

「霊とかですかね。ほら、最近巷で噂なんですがね、夜な夜な幽霊が人里を歩いている‥とか」

 

「なんだ、それは?」

 

「あ、知りませんでしたか?なんでも、白装束だか死装束を身にまとった女が、人里を毎晩のように通過していくのを、とある男性が見ていて、それを追って捕まえようとして失敗したらしいのですね」

 

 鳥里はそんな噂は知らない。最近は神社の自室で、稗田の家で缶詰め状態で絵を描き続けていたものだから、そんな噂を耳にする暇はなかったのである。

 却説、ここで鳥里はあることが疑問に思った。

 

「霊が目に見えて、彷徨くなんてことあるのかなぁ」

 

「狙いを定めてるとか?次はお前に取り憑いてやる!みたいな」

 

「いや、それは無いかな、多分。大体は恨みを持つ特定の人物に憑いて不幸にするものだよ。見境なしに襲ったりするというのは聞いたことがないな、僕は。まぁ、僕の知識不足かもしれないけれどね。それに、道に取り憑いてるって場合もあるね。いや、それでもフラフラ移動なんてするかしら?それに、それは憑き物だから違うのか」

 

 鳥里がそう疑問を口すると、本居は一つため息を吐き言った。

 

「それがですね、話に続きがあって、なんでもその女は人間らしいんですね。その捕まえようとした人曰く」

 

 それを聞いた鳥里は目を細めて呟く。

 

「白装束に女、深夜に外出。本居、最近この辺りで能でもやっていたのかい?」

 

「はぁ?そんなのやってませんよ。何を言ってるのですか?」

 

 本居は、鳥里の言にいまひとつ、意味を見出せないでいた。しかし、次の一言で記憶から引き出す事になる。

 

「能には『鉄輪の女』というのがあってね、橋姫伝説と凄く類似しているんだね。実際、能には橋姫の面があるくらいだからね」

 

「あ、そういう。つまり、『丑の刻参り』ですね」

 

 本居は合点がいったらしく、握りこぶしを虚空で上下に叩く仕草をしつつそう言った。

 

「そう、それそれ。元はちょっと違うけれどね。それはそれとして本居、もしかしてその話にはまだ続きがあって、その女はウチの神社、つまり博麗神社の近くの森に入った‥とか?」

 

 どうだ?という目で本居を見た。しかし、本居の返事は思わしくないものであった。

 

「ごめんなさい。私そこまでは‥」

 

 本居は申し訳なさそうに目線を横へずらした。しかし、鳥里は気にすることもなく続ける。

 

「いやしかし、博麗神社の祭神が其奴に手を貸すとも思えないな‥。うん、本居。これは誰にも言っては駄目だぞ」

 

「え?あ、はい」

 

 本居の返事を聞く間も無く、鳥里は本の代金をカウンターに置いて、さっさと店を出て行ってしまった。

 

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