今現在、『死装束の女』の噂が立ってからいくつ経つか。
あれから、A作もB子も、もう女の姿を見ていない。それも当然で、あの女が本当に人間だとしたら謂わば犯行現場を見られたようなものであるから、行動を控えているのだろう。いや、もう諦めたか。
あの奇妙な捕物劇から、A作とB子が話をして、一度、二度ほど捜索をしたがそれらしき人物は見当たらなかった。幽霊でも人間でもないのなら、狸に化かされたのか、山姥だったのかもしれないと、皆もう真剣に取り合ってくれることはなかった。
そうして、A作がもうあの女も諦めただろうと考えていた折、それは起こった。
A作の家の玄関の戸に、杭の打ち込まれた藁人形が置いてあったのだ。おそらく、また夜のうちに置かれたものであると考えられる。
A作は恐怖した。もうなりふり構って居られない。それを持ってB子と共に直ぐに博麗神社に駆け込んだのだ。
博麗神社は木々に囲まれた中に、ポツンとまるで秘境のような場所にある。初めて訪れる人間には、廃墟の神社か何かと勘違いしそうになってしまう。
A作は気づいたのだが、B子の顔色がどうも良くない。途中「大丈夫か?調子が悪いなら家に居た方がいい」とA作が言うとB子は震えながらA作にしがみ付いて拒否を示した。仕方なく、B子を連れていくことにした。
A作とB子は、長い長い神社へと続く階段をやっとのことで登りきり、赤い鳥居とその奥に位置する社を視界に入れた。
境内に、人の気、妖の気は無かった。
A作とB子は、二人で一度目を合わせて頷き合うと社へ歩みを進めた。
ここは神社であり、聖域である。しかし、この『博麗神社』においては簡単に妖が多数出入りし、ただの人間が訪れるにはかなり危険な場所であるとされている。しかし、そんな所に行く彼らは、余程目に見えぬ呪術に怯えていることが伺える。
神社の正面から、社全体を一周するように二人で歩く。そんな中で二人は、社の側に備えられた縁側に座っている人物の姿を視界に収めた。
その人物は、15歳くらいの少女で、二人には馴染みのない服装をしている。西洋の服だろう。正しい姿勢で座っており、両手を重ねて膝の上に置いて、目を閉じ沈黙している。
A作は早速、その人物に声をかける。
「あの、この神社の巫女に用があるんだけど、今いるかい?」
A作の声に、少し身体を動かし反応して、閉じていた目を開けて、A作とB子の居る方へ顔を向けた。
「参拝客の方ですか?祈祷師に用ですか?前者でしたら、正面に賽銭箱がありますからそちらへ。後者の方は‥‥。残念ながら今、祈祷師は留守です。今回はお引き取りください」
少女は平坦に、強弱が無いような口調で言った。
A作は変わった子だな、と思いつつ答える。
「後者だ。巫女は居ないって、いつ帰るかわかるかい?」
「不確定です」
「じ、じゃあ、他に、その呪いとか妖怪とかに詳しそうな人は居るかな?ほら、巫女も一人で何でもしてるわけじゃなし、助手の様な人もいるんじゃないかな‥と」
A作がそう言って伺う様に少女を見る。
少女はA作の問いに、しばらく考えた後答えた。
「貴方の仰る条件に該当する人間は今一名在宅しています」
「呼んでもらえるかな?」
「かしこまりました。ではこの建物の裏口にある玄関へ回ってそこでお待ち下さい」
少女はそう言って、神社の中へ入っていった。
二人は、言われた通りに、裏口の玄関へ向かって戸の前で待機した。
やがて、床を踏む音ともに戸が開いて一人の少年が出てきた。
背と年齢は見た目先程の少女と同じだが、推定年齢にしては背が少し高く、中肉中背の人里を歩いて入れば、他の人に混ざってなかなか見つける事が困難な人相の、つまり平均的な少年だ。
「貴方たちが、祈祷師に用があるという方々ですか。どうぞお上がりください」
少年が脇へ退いて建物の中の方へ手をやる。
二人は建物内部へと入り、履き物を脱いで、少年の後を追って一室の中へ入った。
部屋は、畳張りで部屋端に家具があり、部屋の真ん中には大きな卓がある。そこから、居間だと推測出来る。
二人は勧められて、既に敷かれた2つの座布団へそれぞれ座り、机を挟んで少年が座った。
直ぐに、先程の少女が盆の上に3つの水の入ったガラスコップを乗せて登場し、順にコップを眼前へ並べていき、並べ終わると少年の後ろに控える。
A作、B子は一口、水を飲む。今の季節は夏だから、冷たい水はありがたかった。少年は二人がコップを卓に置くことを待ってから話を切り出した。
「それで、何の用ですか?」
「はい実は、今朝家の前にコレが置いてありまして」
そう言ってA作は、袋に入れて持って来た、杭の打ち込まれた藁人形を卓の上に出した。
「藁人形ですね」
「はい。しかし、見ての通り杭が打たれて‥その大変無気味なのです」
すると少年は顎に手を置いて藁人形を凝視し、黙ってしまった。
A作は不審に思い、少年に声をかける。
「あの、どうしました?」
「あ、すみません。こういうものは初めて見たものですから」
「は、初めて?」
A作は内心、この少年は大丈夫か?と思った。実は少年の後ろの少女の様に、ただの使用人で、歳特有の見栄を張った行動なのではないかと怪しんだのだ。A作自身も昔はやった事があるから、気持ちはわかるが今はそんなことに付き合っている余裕はない。
「ええ。これは厭魅と呼ばれるものですね。いや、丑時参と言った方が貴方がたには馴染みがあるかもしれません。しかし、よくもまぁ、今時そんな事をやっている人間がいるのですね」
「丑時参!?」
B子が反応した。
「知っているのですか?」
少年はそれに興味を示したのか、初めてB子へ目を向けた。
「は、はい」
「それを何処で聞きましたか?」
「え、えっと、C子‥ああ、○○家の方からです」
少年は再び黙り込んだ。
A作は少年の評価を改める。この藁人形自体は知っているということは、少年の後ろに控える少女の様に、使用人とは言えないのではないか、と。
少年は顎に手を添えたまま、独り言の様に話す。
「そのC子さんという方はコレを知っていたのですね。‥そうですか。では、僕の方から再び幾つか質問します」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
A作が慌てて少年を遮る。
「何でしょう?」
「さっき、貴方はコレを見たのを初めてだと言いましたね?それはどういうことなんです?」
A作は言外に、「呪術に詳しいと聞いたわりに、何故そんな重要な実物を見た事がないんだ?」と聞いている。
それに少年も気づいている様で直ぐにA作の欲しい返答をした。
「普通、呪った相手にそういう物は送りつけないんですよ。これは、呪術の知識の話関係なくです。例えば、貴方がとある人物の陰口を言ったとして、その本人に「お前の陰口を言ってやった」なんて言いますか?」
「それは、しませんね」
A作は当然だ、という様に答える。
「それを言っては本末転倒。言っておきますが、僕の例えの意味するところはそれではない。わかりますね?」
「は、はぁ」
そういうと少年は1つ深く息を吐いてから続ける。
「貴方達の素性がわかって来ましたよ。貴方達は、『死装束の女』の噂の根だったのですね。つまり、女を獲り損ない、返って恨みを買い、呪われてしまった。だから助けてくれと言いたいのでしょう」
少年の言ったことはあっている。
C子には悪いが、やはりあの時、女を捕まるというのは愚策だった。
そこで、B子が声を少し高めに言った。A作はまたしてもその時になってB子が震えている事に気づく。
「だから、私はあの時言ったの‥C子の厚意は嬉しかったけれど、その結果がこれよ」
ㅤB子は段々と声を高くしていく。
「つまり、貴方はC子さんが先行して、返って無関係な自分達に飛び火したと言いたいのですね」
「そうです。全部、全部C子が女に手を出すからこんな事になったのよ!変に手を出すから因縁をつけられて、それで‥。私達は関係ない!」
これには、A作も驚いた。それと同時に自身に恥じた。B子の不安と同様にA作も不安を抱えている。しかし、妻の事を後回しにし、自身の事しか考えてなかった自身が情けなく思ったのだ。
大声で喚いたB子を少年が諌める。
「奥さん、落ち着いて。喚いた所で問題は解決しませんよ」
「うるさい!もう限界なのッ、私は!!あんただって、無関係だからそんな冷静でいられるのよ‥!分かる?いつ傷つけらるか、殺されるかも知れないって恐怖が‥」
「お、おい、B子お前いい加減に」
「何よ。貴方だって不安でしょう⁈不安じゃないの?そうよね、C子が貴方には付いてるものね。A作貴方妙にC子と仲がいいけれど、浮気でもしてるの?ずっとずっと私を騙して‥だから私は‥」
勿論、A作はそんな事はしていない。
鳥里は部屋に控えた少女に声をかけて、喚くB子を連れて退出させた。
少年は、その様子を先程とは少し態勢を変えて、卓に肘を乗せ、その肘の手で口元を覆って睨む様に見ていた。
辺りに一気に静寂が訪れる。元々、静謐だったが、感覚ではそれがより増したように襲われる。
A作はまず少年に謝罪をする事にした。
「‥その、妻がどうもすみませんでした」
A作は深々と頭を下げる。少年の様子からして何か言われると思った。それは仕方ないことだし耐えようと思っていたが、少年の返事は違った。
「いいえ。彼女はここに来た時から体調が悪そうでした。ストレスや恐怖の中、第三者によって推定される原因が表出し、彼女もそれに同調し引っ張られてしまったのでしょうね。仕方ない、いや、僕も考え無しに言い過ぎました。すみません」
A作は、震える声で言う。
「‥それで、呪いを解くとか、女を突き止めるとかは出来ますか?」
「呪いは相手に送り返すか、かけられた呪いを祓い落とすことに分けられますね」
「では、送り返して」
「いいえ、それでは駄目です。それを行えば再び相手から呪いが飛んで来ます。後はその繰り返し。つまり、呪術戦になってしまいます。それは良くない。呪いは周りにも拡散して効果を示しますからね」
少年は即座にA作の選択を否定した。
「そうすると、祓うということですか?」
「‥そうですね。それが一番最良です。では、そう巫女には云い伝えておきますよ。結果が出る時などにまた連絡します。あ、藁人形はこちらで預からせてもらいます」
そうして、A作とB子は無気味な藁人形を少年に託して、神社を後にした。
さて、神社に居るこの少年、つまり鳥里は藁人形をそのままに、客を見送った後、客人の湯呑みを片付けている使用人に話をかけた。
「君はこれをどう思う?」
「さて、私にはそんな難しいことは分かりません。私はただの使用人ですから」
少女は客に対する態度を変えず、鳥里に答えた。
「そうだったね」
「ただ‥、先程話に出て来たC子という方は気になります」
使用人の少女は片付ける手を止め、遠くを見る様に、または、思い出す様にそう言った。
鳥里は静かに呟く。
「夢は、いつ帰ってくるんだろう?」
「不確定です」
今は昼になるだろうか、太陽が南に位置し神社を照らしている。
博麗の巫女は未だ姿を見せない。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*
二人の神社訪問から数日後のこと。
C子が傷を負った。
そんな知らせを聞いてA作とB子は急いで夕方に早めに店を閉めてから、C子の家へ向かった。
ㅤその頃には、B子も精神が安定しており、神社での失態を恥じていた。
C子の家は人里から少し離れた場所にある。当然、妖怪が襲ってくる範囲外ではあるが、辺りに家はない。強いて言えば、50米程の地点に、一、二件ほどある。
C子の家の前に着いたA作とB子の二人は、声をかけつつ、戸を叩いた。
すぐに、戸が少し開いてC子───ではなく、C子そっくりの少女の顔が開いた戸の隙間から見えた。
「貴方達は、誰?」
少女は睨む様に、低い声で言う。
B子が、それに答えた。
「あぁ、c子ちゃん。私よ、B子。あのね、貴方のお母さんが怪我をしたって聞いて、こうして主人と来たのよ」
「え、B子さん‥」
B子とC子の娘は顔馴染みだったのか、c子はB子の声と姿を確認すると警戒を殆ど解いた。
「母は腕に大きな切り傷を負いました」
「ちょっと、よかったらお母さんに合わせてもらえない?お母さんが今話せるならだけれど」
B子は申し訳なさそうにそうc子に懇願した。
c子はそれを聞いて、戸を全体の半分まで開けた。
c子は、記憶のC子と比較してほぼ同じ位の背で、髪は長く後ろで縛ってまとめてあり、全体的に、幸薄そうな印象である。それはC子の家が、言っては失礼だがボロいからだろうか。
「母は、別に塞ぎ込んでいるというわけではありません‥。どうぞ、上がって下さい」
c子は二人を中へ勧め、二人は1日前の神社の時の様に、c子の後を追い、C子の居る部屋へ通された。
家の中はやはり、外見と同じ様にボロく老朽化が進んでおり、全体的に狭い。
C子は畳に布団を敷いて、半身を起こし、こちらに傷のない方の右手を振って挨拶をした。
左腕には血の滲んだ包帯が巻きついている。
C子は二人が布団の脇に座るのを見てから、ニッコリと笑って口を開いた。
「そんなに二人して、今にも死にそうな顔をして。大袈裟よ」
「いや、でもその傷は」
「あぁ、これ。突然驚いたわ。暗闇でさ、誰かに切りつけられてね。これもあの女の呪いかしらね」
C子は包帯が巻かれた左腕を持ち上げて、二人に見せつつそう言った。
A作はC子の『呪い』という単語に反応して、「もしかしたらC子の所にも、杭の打ち込まれた藁人形が家に置いてあったのではないか?」と考えた。
A作は早速訊ねる。
「なぁ、C子。もしかして、お前さ、藁人形とか持ってるか?」
「‥藁人形?あ、あれね!そういえば、いつだったかは忘れたけどね、少なくとも女を捕まえ損ねた後よ。今A作が言ったものが家の玄関の戸の隅に置いてあったわ。でも、あれなんだか無気味だったからすぐ捨てちゃったけど」
それを聞いてA作とB子は、顔を見合わせた。C子の所にも届いていたのだ。そして、呪いが実際に起こり得たのだ。
C子はそんな二人の様子が気になったのか、恐る恐る尋ねてきた。
「何?もしかして、二人の所にも?」
「‥うん。それで、博麗神社にそれを持って行って、巫女は留守だったから代わりの人に祈祷をしてもらうように、そして女のことを頼んだんだ。巫女が返ってきたら直ぐにしてもらえるらしい」
A作が重々しく言うとC子は目を見開いて暫し固まった後に、彼女にしては珍しく焦った様に言う。
「た、大変じゃない!だったらそんな外出なんてしないほうがいいわ。今日はうちに泊まっていきなさい。何なら数日でもいいわよ。あの女が貴方達の自宅の所在を知っているのだから、寝込みを襲われたりなんかしたら大変よ!女も、直ぐにはもう襲った家の人間の家に、まさか残りの標的が居るとは思わないでしょうから。うん、巫女からの連絡が来るまでここに居なさい」
「あ、あぁ。でも大丈夫なのか?身体は」
「もう、何度も言ってるでしょう。腕さえ無理に動かさなきゃ大丈夫よ。‥c子。二人を空き部屋に案内してあげて」
C子は、A作とB子を部屋に案内してから、部屋の隅で静かにジッと佇んで、三人の様子を見ていた自身の娘に声をかける。
「‥でも母さん。彼処は父さんの」
恐らく娘の言う『父さん』というのは、C子の先週他界したという旦那であろう。B子によれば、この家は檀家ではないから昔ながらの土葬を行なったのだと言う。
死人が出た部屋に泊まるというのは、失礼を承知で思うが嫌である。しかし、あの女に殺されるよりはマシだ。
「いいから。言うことを聞きなさい」
「‥‥‥わかった。あの、少し待って下さい。少し部屋を片付けてきますから。用意が出来たらまた来ます」
c子は、A作とB子にそう言い含めてから、部屋を退出した。
A作はその様子を見てから、C子の方を見て口を開く。
「よく出来た娘さんだな」
「ええ。見てわかる通り今は反抗期だけどね。‥主人が病気で床に伏せてからね、私の言うことに反発して‥。不安が溜まっていたんだわ、きっと。それに、私結構家を開けててね。母親失格ね」
C子は少し俯いてポツリポツリとそんな事を漏らした。
「‥そっか。でも、良かったのか?その、聞いた分だと亡くなった主人の部屋なんだろ?俺たちの泊まる部屋は」
「ええ。‥ごめんなさいね。嫌よね。でも、今空き部屋がそこしか無くて」
「いや、いいよ。あの女にはもう会いたくない」
「‥優しいのね。さて、じゃあ私は今日1日はここに居るから、何かあったら私かあの子に言ってね」
「ああ」
そうしている内にc子が戻って来て、二人は空き部屋へ移動した。
結局、B子はC子に何も言わなかった。
部屋は先程まで居た部屋と大して変わりなく、変わったところといえば、古めかしい本が何冊か立て掛けてあることぐらいだ。
c子が部屋を出て、開いた襖の向こう、つまり廊下側に移動し二人に声をかける。
「では夕食になったら、呼びにきますからそれまで自由にお過ごしください」
まるで旅館の様だなとA作は思い、変な感覚、違和感がした。なかなかc子に声のかけ辛いA作の代わりに、B子がそれに答える。
「ありがとう。悪いわね」
「‥いえ。では失礼します」
その言葉と共に襖は完全に閉められた。
それから、A作もB子も夕食と、風呂や厠の用以外は外に出ることもなくその日は何事も無く過ぎた。
いつのまにか、というより流れの様に二人はC子の家に身を顰める事になった。
C子も次の日から、相変わらず左腕に包帯を巻いたままだが、それでも元気に振舞った。
しかし、やはり呪いなのか、A作、B子、C子の三人で二人の荷物を取りに行った際、人里を歩いて居ても、立て掛けてあった木材が倒れかかったり、また別に、C子とB子が料理している時には台所の上にある棚から刃物が落ちて来たりと大変な目に遭った。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*
C子はあれからも度々家を開けた。二人は部屋から極力出ず過ごした。あの女は現れない。
そうして、巫女からの連絡が来ず数日後の夜。
その日は月が綺麗に地を照らしていた。
C子の家にて突如悲鳴が上がったのだ。
C子は、家の外で当番制で決まった家事の一部である作業をして居たのだが、悲鳴は外から聞こえた。つまり、この悲鳴はC子のものである。
そんなC子の悲鳴を聞いたA作とB子は、直ぐに、家を飛び出してC子が居るであろう場所へ向かった。
A作とB子が見た物、それはC子の上に乗っかる大きな布の塊だった。
月の光でより鮮明に様子が見える。
C子が足を一生懸命動かして、地面を足裏が何度も、何度も叩く。当然上半身も狂ったように大きく痙攣し、その度にC子に乗っかった布の塊がユラユラと揺れた。
布の塊から低い、だがあの女とは比べ物にならない位の腹の底から、地獄の底から出て居る様な呻き声だ。つまり、何者かが、大きな布を纏ってC子を襲っているという事が分かる。
c子が後ろから遅れて駆け寄った。やはり、彼女もそんな様子を見て口を開けて放心している。
三者はそれを見て固まって居たが、A作はすぐに気を持ち直し大きな声を上げた。
「何してる!!」
A作はその言葉と共に、布の塊に飛びかかり、C子の上からそれを退かそうとした。
布の塊は、思いの外すんなりと、C子から退いた。A作とC子から距離を取り、相変わらず呻き声を上げている。
A作はC子に駆け寄った。
C子は、青ざめた顔で、恐怖に顔を引きつらせ、口から涎をダラダラと垂らして居る。
おそらく、首を絞められていたのだろう。首元が赤くなっている。
「おい、大丈夫か!C子!」
A作はC子に必死に呼びかけるが、C子は声が上手く出せないのか、か細く呼吸し、喉を風が通る音が小さく聞こえるだけだ。
A作はそこで、布の塊へ顔を向け、初めてソレを認識した。
布の隙間からは2つの角が見えた。爪は長くて、身体は瘦せぎすだ。肌も夜の月明かりということもあってから青白い。爛々と目が光っているかの様な錯覚さえ覚える。目が此方を噛み殺さんとしている。
それは妖怪と聞いてまず思いつくモノの一つ。その存在は昔から、確認ができる。出自は様々だ。だが、基本皆が想像する姿は、日本の角を生やして、虎皮の布を腰に巻き、肌は赤や青など。時には棍棒などの武器を持ち、その怪力はとても恐ろしい。
そこには、鬼がいた。